アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
悪魔は呪印化を解き、Dキュゥべえを回収して匣兵器に収納する。
魔法少女たちは激戦を制して安堵と共に力尽きたのか、もう疲労困憊だとため息をついて座る者が多かった。その中でも警戒を怠らない七海やちよや由比鶴乃、佐倉杏子や百江なぎさは、不意に新たな魔力パターンを大勢感知する。
「何事ですか!」
地下貯水槽の出口から両扉を開き出てきたのは、白髪黒眼の魔法少女と、それに仕える黒羽根たち。
「────みふ、ゆ────?」
「! みふゆだー!」
七海やちよが呟き、由比鶴乃が飛びついて抱き締めようとする。だが梓みふゆは固有魔法《幻覚》を使い、由比鶴乃の接近を拒絶した。
「あれ!? 私みふゆに抱き着いたはずなのに、なんでやちよに抱き着いてるの!?」
「みふゆ……あなた……」
悪魔は直感する。七海やちよも彼女のソウルジェムの濁り具合から、その精神状態を察したようだ。
「……」
やっちゃんなら、きっと生きて出てくると信じていた。多くの命を預かる自分がマギウスを裏切って彼女たちを助けることは絶対にできない。だけど、これで決まってしまった。どうしようもない全面戦争が決定された。もう七海やちよは、完全にマギウスの宿敵になってしまった。ただの敵ではない。必ず排除すべき宿敵。こうなれば七海やちよに安息はない。あとはもう殺すか殺されるか。それしか道は残されていない。そう梓みふゆは考える。
「…………っ。羽根たちを回収しなさい。撤退しますよ」
「────っ! みふゆ! あなた、マギウスに入っているのね!? そんなところにいちゃダメよ! 早く戻ってきて!」
梓みふゆの命令により、白赤羽根と白青羽根、その二人が率いる黒羽根14名が回収されていく。そこで立会人が七瀬ゆきかの回収を断った。
「あ、わたくし七瀬ゆきかサマを取り立て中なので、お返しすることはできません」
「何を言っている。早く返せ」
「なるほど。では排除してもよろしいのですね?」
「なに? ウワサのくせに────」
ある黒羽根が立会人に楯突こうとした瞬間、それを梓みふゆが制する。
「その黒羽根は回収しなくても構いません。今回の作戦が成功すれば白羽根に昇格する手はずでしたが、失敗した以上は仕方ありません。それに立会人のウワサの性質上、取り立ての妨害は不可能です。すぐに戻ってきなさい。これで充分です。速やかに撤退しましょう」
「……はい」
「みふゆ! お願い! 話を聞いて!」
七海やちよの声は届かない。彼女の手が虚空に伸びる。そして梓みふゆは固有魔法《幻覚》を使う。
────と、悪魔が直感した瞬間。その口からとんでもない暴言が飛び出てきた。
「ちょっと待てよ泣き虫
梓みふゆはピクリと反応して立ち止まる。
それは逃げる梓みふゆを呼び止める為の煽りであり、決して悪意はないが──仮に悪意があれば“ワイン呷って自慰でもしてろ”と付け加えていただろう──悪魔は超直感を使うことで的確に人の心を抉ることができる。それを知るフゥ太は愕然とし、そっと呟いた。
「うわぁ……ツナ兄、容赦ないなぁ……この前、教えてくれって言うから教えた《梓みふゆが言われたくない暴言ランキング》の三位から七位くらいまでを的確に使い切ったよ……」
そこで黒江が突っ込む。
「あの、急にどうしたんですか……?」
「こうでも言わなきゃキレて止まってくれなかったもんでな」
「私は時々、悪魔さんが怖いです。恐ろしいです……」
梓みふゆは両肩を震わせて、されど相手にしないと歩き出す。幻覚を使うのも忘れている。まさか歩いて帰るつもりか。かなり動揺している。両扉は幻覚を使って作り出したものであるため、もう一度幻覚を使わなければただの壁に激突することになる。そして額を壁に激突。
「どうした? 涙目だぞ? いま無意識に思っていたことを全部言い当てられて驚いたか? まぁいい。少し話をしよう」
「……」
口を開けば嗚咽してしまいそうになる。そのため梓みふゆは「黙ってください」とも言えない。
「お前の苦労は把握している。究極超直感でここの
「────……?」
頭に疑問符が浮かぶ梓みふゆが振り返った時には、既に悪魔は背を向けて入口に戻ろうとしていた。
「……あいつは何を言っているんだ? 幹部、お知り合いですか?」
「い、いえ……」
「では幹部。すぐに撤退を……!」
「────え、えぇ……」
梓みふゆは《幻覚》の魔法を使って地下貯水槽から離脱する。
「待って! みふゆ────!」
七海やちよの呼び声むなしく、梓みふゆは幻の光と共に姿を消した。
†
昼下がりの参京区。地下貯水槽の入口となる
長いハシゴと階段を登って、ようやく地上に上がった一行は、外の空気を吸って各々その場にへたり込む。
赤い鉄橋の向かい側に望める黄色とも赤とも言えない太陽。その周りは青く澄み渡る大空が広がり、雨も雲もない。だが全員の心には、モヤモヤとした霧のような痛みが残留していた。
それを長らく直感していた悪魔は振り返り、ひとりひとりの顔を見て謝罪する。
「みんな。ごめん」
『────?』
「危険な目に遭わせた。みんなの命を勝手に賭けた。……すまない」
そこで環いろはが立ち上がり、悪魔を叱る。
「悪魔さん……そうするしかなかったのは、わかっています。罠に掛かったんだろうことも、その上で賭けたことも、なんとなく分かっています。でも……もう、
環いろはの傍らを七海やちよが通過する。悪魔は直感して、それを受け入れるように目を伏せた。
────頬が破裂する音。“パンッ!”という風船が割れたような音に驚いた全員が、一斉に音の方向へ振り向く。
「や、やちよさん……?」
「あなた……自分のした意味が分かってる? 私たちの
「あぁ……。ちなみに負ける場合は、オレが死ぬ代わりにお前らを逃がす予定だった」
七海やちよの中で怒りの沸点が超過する。
「ふざけないで。あなたは信頼を失ったわ。もうみかづき荘に迎え入れることはできない」
「────え? や、やちよさん!?」
環いろはが止めに入る。しかし七海やちよの言うことは正論である。それに悪魔は
「あ、あの……織莉子さんも、未来予知では、ああするしかなかったって言って────」
「何が
『っ!?』
七海やちよは歯を食いしばる。未来予知のワードは彼女にとって禁句中の禁句だ。いま彼女の中では、
「それで自分勝手に動いて! 何も説明せずに! これが最善だからって理由で! こっちの話も聞かずに勝手に命を
「やちよさんっ!!」
七海やちよは過呼吸に陥ったかのように、ぜえぜえと両肩を上下させて激昂している。
俯く悪魔は静かに振り返り、階段を下りていく。
「え────悪魔さん!?」
環いろはの呼び声。それで立ち止まったわけではない。
「なぁ、やちよ。去る前にひとついいか?」
「……」
「お前がなんと言おうと、
「────────」
首の上だけ振り返った悪魔は笑みをこぼす。
七海やちよの沸点突破一秒前。
「
仲間を守るという志を同じくする仲間。そう言いたげに悪魔は立ち去る。みんなを任せた、なんて言葉は不要だ。わざわざ言うまでもない。
騒然の後の、ふとした沈黙。
「────ボス!」
「悪魔さん!」
「付いてくるな」
悪魔の鋭い声は、立ち上がった凪と鼓星かずみの足を動かなくさせる。
「…………やちよ姉、ひどいや! なんでツナ兄を追い出したんだよぉ!」
「────あ、ちょっとフゥ太!」
「ツナ兄はみんなを守っただけなのに! 僕らを賭けたのだって本意じゃないはずだ!」
フゥ太は七海やちよの足腰に飛びついて、泣きながらその服を引っ張る。
「たしかにツナ兄は自分の命と仲間のソウルジェムとグリーフシードを賭けなかったけど……それだって
七海やちよは首を横に振らない。そこで佐倉杏子がフゥ太を叱る。
「坊主。アイツが
「でも……!」
「だってもでもでもねぇ! あいつはそれだけのことをしたんだ! それを無視してはいそうですかってわけにはいかねーんだよ!」
「────! …………」
「それくらい、ガキでもわかんだろ……」
フゥ太は首を横に振らない。黒江は屈み込むとフゥ太を後ろから抱き締めて頭を撫でる。
七海やちよは何も言わず階段を降りる。行き先は悪魔と逆方向。西側。新西区にあるみかづき荘である。
「……悪魔さん……やちよさん……」
環いろはは正反対の道を行く二人の背中を見て心を痛める。
(どうして……ふたりとも、本当は同じ気持ちのはずなのに……仲間を守りたい気持ちは、一緒のはずなのに……)
「いろはちゃん」
鹿目まどかが声を掛ける。
「ひとまず帰ろう。今日は疲れたでしょ?」
「まどかさん……」
「悪魔さんについては、休憩したら考えよう。こんな疲れた状態だと、ろくに考えることもできないよ」
「……そうですね。ありがとうございます……」
「ううん。気にしないで」
環いろはを抱き締める鹿目まどか。
その光景を目に焼き付けた美国織莉子は、呉キリカを連れて人知れず家路に着く。
それから一行は家路に着いた。一人の仲間が欠けた、みかづき荘へと。
†
夕方に入る参京区・河川敷。
悪魔はつまづいて転ぶ。頬に切り傷。立ち上がる。気性が激しい野犬に吠えられて飛び掛かられる。後ろに倒れて後頭部と背中を思いのほか強く打つ。調和の力で優しく撫でると猛犬は落ち着くが、悪魔の中に渦巻く呪いを本能的に察知すると尻尾を巻いて逃げ出す。またつまづいたが転ばない。と思ったが排水口のフタが開いていて片足を突っ込む。鳥のフンが頭の上に落ちてくる。
「……。なんだか懐かしいことの連続だな」
悪魔は666のヘルリングを取り外そうとする。だが見事にハマっており外すことができない。
悪魔は雨小刀を開匣。指を根元から切り落とす。ヘルリングの指輪を外して《施術魔法》を行使。切り落とした指をくっつけて縫合する。ヘルリングは保存用匣兵器に収納。これで不運は起きないはずだ。
頭の上に別の種類の鳥のフンが落ちてくる。ベチャッとねっとり。気持ちが悪い。
「……そういえば不運水がまだ残っていたのか。これはしばらく不運を避けられそうにないな」
常に気を張り詰めていれば躱せるが、あえて躱すほどのことでもない。この程度の不運は日常茶飯事だった。故に、そもそも不運とも思わない。
不運を物ともせず、不運を不運とも思わない悪魔は、次々と不運な目に見舞われて、なお歩き続ける。
「…………お前、マジでスッゲー運わりーな」
その様子を、ずっと後方から見守っていた深月フェリシアが話しかけた。
「……。なぜ付いてくる? 傭兵契約はあの一戦だけのはずだが」
「だってオレがやったことって、ほかの奴らがトラップにハマったり、中ボスに襲われたところを助けてやっただけだもん。傭兵は契約者を守るもんだろ? オレ、まだお前のこと守ってねーもん。あ、でも鳥のフンからは守ってやんねー。だってきたねぇもん。それにオレは魔女退治専門だからな!」
深月フェリシアは、なぜか誇らしげに胸を張り叩く。
「そうか。そう言えば細かい契約内容を伝えていなかったな。オレの契約内容は《オレが居ない間、仲間を守ってくれ》というものだ。つまりフェリシアはしっかり働いてくれた。だからもう帰っていいぞ」
「……いや……さすがに冷酷無情・金に糸目をつけない・魔女には残忍非道なこのオレでも、見てらんねぇっつーか……」
「……気遣ってくれたのか?」
「う……いや、そのほら……独りは寂しいじゃんか……それにほら、まだオレ的に契約期間は残ってるし! でも今この瞬間に切れたから、延長したいならなんかくれ!」
「随分と都合のいい契約期間だな」
悪魔は手っ取り早く追い払うため、佐倉杏子から貰った当たり棒を後ろに放り投げる。
「おっ!? お、お……キャッチ! ────うぉお! これアイスバーの当たり棒じゃん! なぁ駄菓子屋行こうぜ!」
「それは餞別だ」
「いいから行こうぜ! アイス分けてやるからさ! これ二つに割れるやつなんだ!」
「……」
乗り気ではないとは言え、相手の機嫌を損ねるような真似はしたくない。仕方なく悪魔は付いていこうと振り返る。次の瞬間、なぜかカラスの群れに鳴かれてつつかれて、後退した悪魔は足を踏み外し、河川敷の斜面を転がり落ちた。
「うおわぁ!? おい! 大丈夫かー?」
バッシャーンと着水の音がする。
「……まぁでも、鳥のフンが取れたんなら、別にいいんじゃねーの? 逆に幸運じゃん! そのきたねぇ体で駄菓子屋には入れねーからな!」
「……そうだな」
†
夕方の参京区。昔ながらの駄菓子屋《あした屋》にて。
「ばあちゃーん! 当たり棒ー! アイスくれー!」
駄菓子屋の老婆からアイスを貰った深月フェリシアは、軒先のベンチに座る悪魔の隣に座り、「へへっ」と笑ってアイスを割る。が、そのアイスは上手く二つに割れず、4分の3と4分の1、四角い四マスのうち三マスも塗りつぶすというような形で割れてしまった。
「あ……」
「少ない方でいい」
「いいのか? じゃあこれな!」
深月フェリシアは笑顔でアイスを舐める。悪魔はアイスを一口頬張ろうとした瞬間、どこからともなく現れたハヤブサが悪魔のアイスを奪い去っていった。
「あ……」深月フェリシアはアイスを頬張る口をあんぐりと開けて固まっている。
「いいから早く食え。今度はフェリシアのアイスを狙って戻ってくるかも知れないぞ」
「! それはヤベェ……! はむっ! はむっ!」
周囲を警戒しながら深月フェリシアはアイスを食べる。そして頭がキーンとする。
「痛覚遮断しないのか?」
「あ、そっか! でもこれがいいんだよなー」
「そうか」
悪魔は遠くを見ている。深月フェリシアはアイスを食べて両足をブラブラとさせながら聞いた。
「あのさ。オレ何が起きてたのかまったくわからねーんだけど。説明してくれるか?」
「そうだな。まずオレたちが飲んだ水は毒だった。それは18回の幸運が起きた後、飲んだ者を殺す劇物だ。それを食い止めるためにオレは魔法を使って、あの場にいた37人の死を受け入れた。つまりオレはみんなの代わりに37回死んだ。だからあんなグロイことになったわけだ。嫌なものを見せたな。すまん」
「いや……。……ってことは、オレもお前に助けられたのか?」
「そうなるな」
「……」
深月フェリシアは、最後に残った4分の1のアイスを目にして、ぐっと悪魔の口の前に差し出す。
「……それ、お前が口をつけたものだろ。気にしないのか?」
「細かいこと気にすんな! 礼だから食え!」
「そうか」
悪魔はパクリと食べる。
次の瞬間、深月フェリシアは(オレのアイスがー!)と、少しの後悔を表情に出していた。
「それならくれなくても良かったのに」
「オレにも筋の通し方ってもんがあるんだ!」
(オレに666円で雇われた時、敵に高いカネを払われたら速攻で寝返ろう、とか考えてたくせに……)
随分なクソガキである。だが感謝の気持ちを表すため、身を切るような思いでアイスを差し出す優しい子供でもある。
「じゃあ……あのローブを着た連中は悪い奴らなのか? 魔女を飼ってたから悪い奴らなのは確定だけど」
「いや。悪いのは組織のトップだ。ローブの連中は軽く洗脳されてる奴らが多い。もちろん悪人もいるにはいるが、それ以上に善人も多い」
「トップって? 最後に出てきた女は、ローブの奴らから“幹部”って呼ばれてたぞ?」
「オレが言うトップの中に“幹部”は入らない。梓みふゆは悪人じゃない」
「でもあいつら魔女を操ってた!」
「そうだな。魔女が力を貸してくれるのではなく、魔女を強引に操っているなら、それは悪いことだろう」
「……そもそも魔女は力を貸さないだろ」
「そうか? オレは人間に力を貸す魔女を知っているぞ」
「は? そんなのありえねー!」
悪魔は水泳の魔女のことを言っている。厳密に言えば、水泳の魔女は悪魔にしか力を貸さない魔女である。他の存在を見れば容赦なく殺しにかかる。悪魔を守るために。故に悪魔は水泳の魔女を結界に閉じ込めて、それを目の中に封印している。
その時、軒先に吊るされていた風鈴が悪魔の頭上に落下して割れた。パリンと音がして駄菓子屋の老婆が出てくる。
「あらあら。大変だ。動くなよ。すぐに拭きものを持ってくるからね」
「────ぶわははは! お前、ほんっと運わりーな!」
深月フェリシアはアイスバーがハズレだと分かると「ちぇっ」と言って席を立つ。
「んじゃこれで契約成立だな! オレになにしてほしい?」
「そうだな……」
悪魔は立ち上がるとガラスを拾い集め、ひとところに置いて老婆が掃除しやすい状態で駄菓子屋を後にする。それに付いていく深月フェリシア。
「……衣食住を整えてもらう」
「んあ? おいおい。オレは魔女退治専門だって言っただろ!」
「オレは魔法少女じゃないからグリーフシードは不要だ。特に倒したい魔女もいない」
「ならオレは何もできねーな!」
「いいや。オレの言うことを聞いてもらう。なぜなら衣食住を整えろというのは、お前のことだからだ。フェリシア」
「────は?」
深月フェリシアはわけがわからないと言いたげに悪魔の顔を見る。
「ろくに飯を食えてないだろ。その服もどっから調達してきた。寝床も冷たいな」
「な、なんだよ! また心を読んだのか!? プライバシーのシンガーソングだぞ!」
「侵害をそういうふうに言う奴は初めて見た」
「わざとだよ! さすがにジョークだろ今のは! 真面目に驚くな!」
深月フェリシアなりに話を逸らそうとしたのだろうか。説教は御免のようだ。
しかし悪魔も引くつもりはない。
「復讐か」
「!?」
「目的は同じだ」
「!!?」
深月フェリシアは愕然とする。
「オレも友達を魔女に殺された」
「……はん! オレなんか両親を殺されたんだ!」
「不幸を競う気はない。だが敢えて言おう。オレの友達を殺した魔女は、オレの妹だ」
「────、……???」
深月フェリシアは目が点になる。魔女化の真実を知らないのだから無理もない。きっと悪魔の言葉は、深月フェリシアの中で文脈的に相当おかしい言い回しに聞こえたはずだ。
そして無論のこと、悪魔は深月フェリシアの将来的な
「……妹も、魔女に殺されたのか?」
「別の意味では、そうかもな。魔女との戦闘中に死んだわけだし」
魔女ではなく
「まぁ互いが同じ復讐者であることは今どうでもいい」
ただ共感を呼んで話を聞いてもらいやすくしただけだ。
「オレの依頼は《みかづき荘お試し体験》だ」
「……はぁ?」
「それで気に入ったら、みかづき荘の厄介になれ」
「────なんだよそれ。そこに行けば、腹いっぱい飯が食えるのか?」
「あぁ。約束する。もちろん家賃や食費は支払う必要がある」
「オレ金ねぇもん。無理だよそんなの。それに今更、魔法少女のオレが普通の場所に行ったって……」
「孤児院に入れなかったのか。……ともかく、みかづき荘は魔法少女が住む家だ。つまり傭兵として活躍すれば、少なくとも家賃はチャラだろう」
「────」
「あとは食費の問題だが……適当に働き先を紹介してくれるだろ。かずみは万々歳で働いているみたいだし、お前もそこで働けばいい。いつか出前でも届けてくれ」
「…………ホントに、そんなうまい話があんのかよ?」
「うまいかどうかは、自分で確かめに行け。言っただろ? オレは強制しない。あくまで《お試し体験》だ」
深月フェリシアの心の隙間を突くような、悪魔の的確なセールス。
それに心が揺さぶられた深月フェリシアは、ふと頭が冴える。
「ん? 待てよ。もしかして、そのみかづき荘って……さっきの連中か?」
「お。よくわかったな」
「だって、あんな大所帯な魔法少女チーム、ほかにいねーもん」
「そうだな。オレもびっくりだ。でもみんなうまくやってる。ちなみにオレも含めて問題児だらけだから、今更フェリシアが増えたところで問題ないと思うぞ?」
「別にオレ問題児じゃねーもん!」
「ははは」
「なんかその笑い方ムカつくなテメー!!」
深月フェリシアは腕を組んで首をひねり、懸命に想像しているのか悩んでいる。
「……でも、あのガミガミババアうるさそうだからヤダ」
「はっはっはっ。殺されるぞ? ……でもそのガミガミやちよも、きっとフェリシアを見捨てておけない。必ず受け入れる。あいつは優しいからな」
「全然そうは見えなかったぞ。お前のことも追い出したし」
「それは当然だ。みんなの命を賭けたんだから。お前も怒っていい立場なんだぞ?」
「でもオレなんともねーじゃん。悪魔だっけ? お前がそうしないとオレ死んでたんだし、逆に感謝してるぜ!」
深月フェリシアは笑顔で応える。まさかの対応に驚いた悪魔は、そんなに怒っていないことを直感していたとはいえ、さすがに楽観が過ぎないかと言いたくなる。
「過去は振り返らないタチか」
「そうともゆー」
バトル漫画によくあるセリフを悪魔が言ったからか、深月フェリシアは上機嫌になる。どうやら楽観どころか何も考えていないらしい。やはり深月フェリシアはバカである。
「……やちよはな。さきいかみたいに、よく噛んでみないと味が出なくて良さが分からないのさ」
「たしかにババアはシワシワだもんな」
「……その口を止めないと、マジでオレみたいに追い出されるぞ?」
「わーってるって!」
全然わかってないことを直感する。
悪魔はずぶ濡れのスマホを取り出してメールを打つ。一度川に落ちたスマホだが、防水加工が功を奏した。
「……なにしてんだ?」
「お試し体験の件でいろはにメールを打ってる。いろはの紹介なら、やちよも受けざるを得ないだろう。今のところやちよが一番気を許しているのはいろはだからな。本人は無自覚だろうが」
「ふーん」
悪魔はメールを打ち終える。
「地図は読めるか?」
「おう」
「この番地だ。迷っても、きっといろはが迎えに来る」
「おう」
「途中で“やっぱいいや”って投げ出すのは無しだぞ。そんなことしたらいろはからの報告ですぐに分かるし、オレが瞬間移動魔法で無理やり連れて行くからな」
「な、なんだよ……なんでそこまで……」
そこで深月フェリシアは思い出す。悪魔は誰かの為に、文字取り身を粉にした頭のおかしい奴だと。
「…………。────まぁ、そこまで言うなら仕方ねーな。お前の依頼、引き受けたぜ!」
「助かる」
「紹介してくれてありがとな! あと……」
「?」
「悪魔もきっと、すぐに仲直りできるだろうから心配すんな!」
「……そうだな。ありがとう」
悪魔のスマホの地図アプリを見せられて、ある程度の場所を記憶した深月フェリシアは手を振って走り去る。
その背中を見届けた悪魔は、これでひと仕事片付いたと安堵の溜息をついた。
(究極超直感で見た光景……あのワンシーンの前後に登場した人物については、
ならば、そのために深月フェリシアをみかづき荘に誘ったのか? 無論、それだけではない。その必要がなくても悪魔は同じ行動をしていた。ただ多くの物事が見えるようになった結果、趣味と実益が合致する瞬間、それを認識する機会が増えただけである。
そうして悪魔は霧の炎で身を隠して死炎噴射。どこへなりと飛び去った。
†
夕陽が地平線に浮かぶ中央区・電波塔の屋根にて。高所ゆえ強風が吹き荒れ、悪魔の衣服が激しくたなびく。普通なら寒くて座っていられないが、魔力発作による発熱で体が熱い悪魔にとっては、非常に涼しく感じて居心地が良い場所だ。屋根の材質も、そこらへんにあるビルのコンクリートと比べれば丸みを帯びて柔らかいため座り心地が良い。
着信音。スマホを開くと環いろはから返信が来ていた。
【件名:メール読みました。
本文:フェリシアちゃんの事情も分かり、近くまで来ていた所を迎えに行きました。フェリシアちゃんに代わって事情を説明した所、やちよさんは二つ返事ですんなりと受け入れてくれました。まだほんの一時間しか経っていないんですが、やちよさんが作る夕飯の匂いを嗅いだだけで、フェリシアちゃん、もう「オレここに住む!」と言ってくれています。この分だとすぐに仲間入りを果たせそうです。もし難しくても私がなんとかしてみせます。今のフェリシアちゃんは放っておけませんから】
「……やちよの奴。オレが誰か連れて行くと心底イヤそうな顔をするのに、いろはだと快諾するのか?」
笑う悪魔。
【追記です。悪魔さんの件については、私がやちよさんを説得します。でもきっとやちよさんも、悪魔さんを嫌いになったわけじゃないと思うので、どうか誤解しないでください】
「……オレが読心できることを分かった上で言ってるのか? ……いや、そういうことじゃないよな」
悪魔は心の中で、環いろはに礼を言う。
【さらに追記です。ところで悪魔さんの方こそ、今夜の寝床は確保できているんでしょうか? 心配です。何か力になれそうなことがあれば言ってください】
悪魔はスマホをしまう。その心配はない。今回の究極超直感のワンシーンから受け取った情報から推察して、少なくとも今夜の寝床は当てがある。
「ふぅ……熱いな……夕陽も浴びてるからか?」
今回は流石に無理をしすぎた。千秋理子から大量の魔力を吸収してもなお、魔力発作が起きつつある。
そこで匣兵器の中のDキュゥべえが語りかけた。
「君は学ばないね」
「……そうだな。馬鹿と煙は高いところが好きと言うし……」
「言い得て妙だ。確かに君は逆転勝利の呪いにおだてられている」
「否定はできないが、それでもこれはオレの意志だ。笹川京子は悪くない」
そして悪魔は突然意識を失い、強風に体が煽られて転落した。電波塔の屋根。高さ1kmを超える高所から。
†
一方その頃。みかづき荘では。
「フェリシア。もう部屋も残り少ないし、余ってる部屋はまだ掃除してないから、今夜は悪魔の部屋を使いなさい。シーツは洗濯してあるから」
「やったー! ふかふかの布団だー!」
深月フェリシアはベッドに飛び込む。
「悪魔の私物には触らないでね。あくまで今日だけよ」
「へーい」
「夕御飯ができたら呼ぶから。あるいはその前に降りてちょうだい」
「今日はラッキーだぜ。まさかカレーなんてな!」
「疲れてるから楽に済ませたいだけよ」
七海やちよは一階の台所に戻る。そこで深月フェリシアはあるものを発見した。
悪魔という住む人が居なくなった部屋には、二枚のカンバスが置かれている。一枚は巨大ロボの絵。後になって子供に落書きされた跡がある。もう一枚は水彩画で豪邸が描かれており、今度はわざと子供に描かせたような人物絵がある。それはフゥ太、ランボ、鼓星かずみ等がクレヨンで描き足した、みかづき荘の前に集う仲間たちの集合絵だった。
「……これはやちよで、これはいろは。これは鶴乃で、これは
一つ一つ数えていく。そこで深月フェリシアはあることに気付いた。
「あれ? この絵、悪魔の姿がどこにもねーじゃん」
その理由は分からない。
ただ絵の端っこには黒い羽が一枚、飛び去った後、羽が散ったように描かれていた。
†
夕暮れ。電波塔の屋根にて。
「……?」
高熱で意識が朦朧とする悪魔は気だるげに目を覚ます。強風が冷たくて心地好い。西日を浴びる悪魔の対角線には、ポニーテールをなびかせる佐倉杏子が座っていた。私服姿だが、後ろ首には槍を担いでいる。
「だから言ったじゃないか。そんなやり方じゃ信頼を失うと」
「────…………マジか。落ちたのか。助けてくれてありがとう」
「そんなのはイイんだよ。どうせあたしが助けなくても勝手に助かってたんだからさ。あんたに憑いてる逆転勝利の女神様とやらのおかげで。……それより、何か反論あるかい?」
「佐倉の意見を蔑ろにしたわけじゃない。信頼を失うと分かった上で行動に移した。それ以外に生き残る方法を模索できなかったオレの落ち度だ」
「…………」
佐倉杏子はゆっくりと立ち上がる。
「誰にも理解されない辛さ。望んでいた結末が望まれていなかった現実。アンタはそれに耐えられるのかい?」
「あいにく心が読めるんでね。たしかに理解はされず望まれてもいなかったようだが……悪いようには思われていないようだ」
「ハッ! さすがにお人好しが過ぎるね」
「まったくだ。この街にいる魔法少女は……優しい奴が多いな」
「甘いの間違いだろ?」
「そうとも言う。またオレみたいな極悪人に騙されないか心配だ」
「もう遅いってーの」
二つの失笑が強風にさらわれる。
「……なぁ。ちょっくら共闘と行かないかい? どうせアンタ何も食いやしないんだ。寝泊りは自由だよ。一度くらいはホテルの布団を味わっとけよ」
「断る」
「そう言うと思った。そもそもそういや、あたしとアンタが仲違いした理由も
「────と思ったが、無銭宿泊は今に始まったことじゃない。それもそれでいいかもな」
「────え?」
悪魔は起き上がれない。視線だけ佐倉杏子の方に向けて、微かに視界に入る赤いポニーテールを仰ぎ見る。
「その代わり……。……いや、なんでもない。その気になったら邪魔するよ」
「なんだい。変な期待を持たせやがって。アンタとあたしが組めばさ、どんな魔女だって倒せんだから。……じゃ、ゆまが待ってるから。元気でやってろよ」
佐倉杏子は地上を見やる。
「……なぁ。さっき、なんて言おうとしたんだ?」
「忘れた」
佐倉杏子はその言葉で納得したのか飛び降りる。
「……どうして断ったんだい?」
Dキュゥべえの質問。
「佐倉杏子が魔女化するチャンスだったのに……か?」
「そうは言っていない。ただ興味深いね。まだ人間の感情の機微を理解しきれていない。どうして君が佐倉杏子と行動を共にすると魔女化するのか聞かせてくれるかな?」
「その理由を説明したら、そのまま佐倉杏子に応用するつもりだろ。だから教えない」
「そうか。協力してくれなくて残念だよ」
「殺人の片棒を担ぐわけにはいかないからな」
「それは君らの決まりごとだろう。宇宙の利益になるのに断るのかい?」
「こっちの価値観を尊重する意思がない以上、お前の言葉はあまり届かないよ、インキュベーター」
Dキュゥべえは会話を終了する。
悪魔は考える。
(
悪魔は溜息をつく。その吐息は灼熱地獄で蒸せられたように熱かった。
(困ったもんだな……超直感で人の心が分かっても、なんでもかんでもうまくいくとは限らない。誰でもいいから佐倉を救える人を捜すというのも一つの手だが……それもなかなか見つからない)
悪魔は語りかける。
「オレはいつも正しくない。ひたすら周りの死を先延ばしにしているだけだ。根本的な解決策を見つけるのは非常に困難を極める。……魔法少女システムのように」
「僕らの技術がどうかしたのかい?」
「視座の高さは違えど、似たようなものだと言いたいんだ。なぁキュゥべえ。いつか、誰もが覚悟して犠牲になれる世界が訪れるといいよな。もちろん、犠牲を容認するわけじゃないが」
具体的には、インキュベーターが一から十まで懇切丁寧に仕様を説明するだけで、この地球はちょっと平和になる。
「あくまで、絶望せず、騙されたと思わず、判断ミスでもなく、全てを知った上で他者に強制されず、自らそれを選び取る。そんなような選択肢があれば……そこそこ理想的だとは思わないか?」
「そうだね。もしそうだったら、どれほど僕らもノルマ達成が楽だったか」
Dキュゥべえは困ったように呟く。
「しかし、その“もしも”を叶えるのは事実上不可能だ。この星の知的生命体は
「そうだな。
高いところが好きなんだよ。
すべてを変えられるかもしれないと、期待できるから。
夕空の一番星を見上げた悪魔は、だから手を伸ばさずにはいられないのだと、そう独りごちた。
第三章 完