※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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第3.1章 三日月日常譚 ボナセーラ・アドマーニ ‐神浜の一日‐

【好きなことをして大いに活躍する】



第3.1章 三日月日常譚 ボナセーラ・アドマーニ ‐神浜の一日‐
5月2日~3日【チョイワルのボーイフレンドにそそのかされてしまったようデス……】アシュリー・テイラー


 

 夕暮れ。日が落ちかかる間際。中央区・電波塔の屋根で仰向けと眠る悪魔の下に、一人の魔法少女が近付く。

 

「……悪魔。あなたは何者なんデスカ?」

 

 彼女は、金髪に薄紫色のメッシュが入った“KAWAIIファッション”の美少女。アシュリー・テイラー。

 

「マメジが生き返ったワケを、理子から聞きマシタ。悪魔と契約して生き返らせてもらったと聞いた時は驚きマシタが……あなたは、本当にその悪(・)魔(・)なのデスカ……?」

 

 悪魔は狸寝入り。静かに聞き耳を立てる。

 

「契約とは何か。具体的に何をしたのか。聞くと理子は答えてくれませんデシタ。どんなことをしたのか興味がアリマス。私にも“悪魔契約”について教えてクダサイ」

 

「知ってどうするつもりだ」

 

 突然の悪魔の返しに驚いたアシュリーは、自分が何をしに来たのか、改めて目的を想起する。

 

「私は、どうしても……生き返らせたい人がイマス。そのために“悪魔に魂を売った”と知れば、きっとその人は怒るデショー……でも、それでも私は……あの後悔を取り返せるなら、なんだってしたいのデス」

 

 悪魔は身を痛めつつ起き上がる。

 

「なら……まずは互いに話をしよう。オレの契約内容を聞いて、それでも契約したいのなら、そっちの全てを赤裸々に語ってもらう」

「────! ほ、本当に人を生き返らせることができるのデスカ……!?」

「できる。だが期待はしない方がいい。魂の売り方にも、色々とあるからな」

 

 そこで悪魔は提案する。

 

「では具体的な話を煮詰めるためにも静かな場所がほしい。それと今晩の宿を探してるんだが」

「! それなら、私の家に招待シマス」

「いいのか? 男を連れ込んで」

「悪魔はそんな人じゃアリマセンから!」

「それは分からないぞ? あまり見た目と振る舞いに騙されないことだ」

 

 悪魔は具合の悪そうな様子で立ち上がる。強風によるせいか足元がおぼつかない。

 

「? あの戦いの後ですから、やっぱり疲れが溜まっているんデスネ。肩を貸しマス!」

「いや、いい。近付くな。それより案内してくれ」

「……いいんデスカ?」

「あぁ。触らぬ神に祟りなしと言うだろ」

「??」

 

 ともかくアシュリーは地上へ飛び降りる。それに続く悪魔。

 

 

 

 夕空が暗くなる。地平線に沈んでいく太陽。

 電波塔の対角線。乱立する高層ビルの屋上にて二つの人影が揺らめく。遥か遠方から悪魔を見つめていたのは、頭に一本の角が生えた黄金装束の魔法少女。手にはトゲ付き棍棒を担ぐ。その傍らには額から青い炎を灯す超戦士。名を、紅晴結菜とバジルだった。

 

「……紅晴殿。あなたの目的は理解しました。あなたの危惧は拙者にとっても同じこと。悪魔殿を助けたい同志には是非とも手を貸したい。しかし暴力的な行ないは認められない。慎んでほしい。でなければ拙者はお助けできませぬ」

「別にあなたの助けを借りたいだなんて言った覚えはないわぁ……」

 

 紅晴結菜は悪魔を見て感じたことを呟く。

 

「今の悪魔は、これまたとんでもないレベルの魔力発作に苦しんでいるわねぇ……。普通なら地獄の炎もかくやという激痛で何度か失神していてもおかしくないレベルだわぁ。また大勢の人間の命を救ったのかしら? その身一つで。相変わらず、独りで地獄を背負っているのね。そして誰も、その地獄に招待しようとしない。恩讐の鬼(この私)が、自己犠牲の鬼(あの莫迦げた彼)に手を貸そうと言っても」

 

「……親方様から“泣いた赤鬼”という昔話を聞いたことがあります。その場合、悪魔殿は青鬼でしょうか……?」

 

「そうねぇ。たまにはいいこと言うじゃない。まさしくそれだわぁ……青い青い、本当の“魔女(鬼)”に、囚われている……青が深まった、藍色の“願い(呪い)”にも……澄み切った青色の“助太刀(魔法)”にも……まるで彼は役者。機械仕掛けの神。全てを救うために生き続ける、青空に操られた屍(しかばね)。目的より目先の命を優先する? そんなお人好しのレベルで済まされる話じゃないわぁ……彼の行動原理は、言動は、もはや呪いによって助長さ(勧められ)れていると言っても過言ではない……」

 

 紅晴結菜は謎めいたことを言う。

 

「しかし、接触はしないのですか?」

「どうせ逃げられるがオチよぉ。それより彼がどうにかなってしまった時に分捕るのが効率的。それに……神浜市(この街)にも、彼に匹敵するレベルで興味があるし……既に二木市の魔法少女も徐々に集い始めている。ここからは争奪戦よぉ……」

「争いは避けられないのですね」

「臆したのなら帰りなさい。ここから先は一介の死炎闘士が立ち入れる世界じゃない。私たち魔法少女の戦場よぉ」

「いえ。それでも拙者は、悪魔殿をお助けするために馳せ参じた友でありますので」

「……あなたも、彼に負けず劣らずのお人好しねぇ……」

「いえいえ。紅晴殿には及びません」

 

 バジルの満面の笑み。それを向けられた紅晴結菜は苦虫を噛み潰すような表情で“ペッ”と生唾の苦味を吐き捨てた。

 

          †

 

 中央区と工匠区の中間に立つ超高層マンション。その立派な建築物は富裕層が買い占める建物だとひと目でわかる。

 

「まるでビバリーヒルズだな」

「そうデスカ? たしかにヤシの木の並木通りは故郷を思い出しマース!」

 

 悪魔はヤシの木を仰いで思う。

 ヤシの木は滋養強壮と美容に良いため富裕層に人気と聞く。故に花言葉は“贅沢”だと。

 

「なぁ。ヤシの木の花言葉って知ってるか?」

「思いがけない贈り物」

「!」

「ココヤシの花言葉デスが、固い決意という意味もありマス。これは私のことデスネ。もし悪魔が私にとっての“思いがけない贈り物”だったら……とても嬉しいデス……“成功”してほしいデスネ……」

 

 ふと思い立ったアシュリーは移動販売のドリンク屋からココナッツジュースを購入。悪魔は金がないため断るが、アシュリーは奢りだと言って買ってくれた。

 

(滋養強壮……まさかココナッツジュースを買うとは思わなかった。ハァ……今夜(これ)は激しくなりそうだな……)

 

「? もしかしてココナッツは苦手でしたか?」

「いや。美味だ。ただ勧められたのなら飲むさ」

「??」

 

 アシュリーの高級マンションに到着。一階出入り口の自動ドアを顔認証で通行。シャンデリアが黄金の輝きを放つロビーを抜けてエレベーターに搭乗。数千階の高さまでほんの数秒で到着する。開くエレベーターのドア。夕陽に焼けた雲海を見下ろす廊下を歩きながらアシュリーが言う。

 

「悪魔はリ(・)ッ(・)チ(・)ですね」

「? ……金持ち、という意味じゃ無さそうだな」

「ハイ。アンデッドのリッチのつもりで言いました。あ、悪口のつもりはないのデスガ、ご気分を害したらスミマセン……謝りマス」

「いや。あの後だ。苦言を呈するのは当然だろう」

 

 悪魔は文字通り死体(リッチ)になってでも、仲間を救うため限界まで戦った。極限まで死力を尽くして勝利(ヤシ)を勝ち取った。

 

「リッチは古い英単語で“死体”を意味しマス。ファンタジーの物語では、生前は強力な魔術王であることが多く、今の悪魔のようにボロボロな服を着ていマス。そしてリッチは、一生のうちには叶わない遠大な夢を叶えるために、まず不老不死を目指しマス。そのために沢山の苦労──不老不死の研究、魔術の修行、希少な霊薬の探索など──をして、やがて“動く死体(リビングデッド)”になりマシタ。それからリッチの、絶対に成し遂げたい夢を叶える仕事が、ようやく始まるんデス」

 

「……それだけ聞くと、まだ死体ではないにしろ、オレに似ていると言いたいわけか」

「ハイ。そっくりデス」

 

 アシュリーはタッチパネルで暗証番号を入力し、鍵を回して扉を開ける。厳重な二重ロックだ。靴を脱いで上がり框を飛び越え、広いリビングに通される。

 

「ちなみに、これがリッチの人形デース!」

「…………なかなかイイ趣味をしているな」

 

 グロッキーなテイストのぬいぐるみを紹介された悪魔は、アシュリーのパンクで毒々しい趣味を一瞬で察する。

 

「そういうのは……なんていうジャンルなんだ?」

「よくぞ聞いてくれマシタ! これこそ“グロカワ”デース! このぬいぐるみも、愚路川和路璃(ぐろかわ わろり)先生の作品なのデスヨー!」

「グロカワ……和ロリ?」

「和風ロリータファッションの大御所にして、そこにグロカワを混ぜ込む異端のアーティストデース! ダークな世界観がアシュリーの心をときめかせるのデス! ……と、そんな話は興味ないデスヨネ。スミマセンでした。つい好きなことになると布教したくなってシマッテ……」

 

 どうやらアシュリー・テイラーはそれなりのオタクのようだ。内装を見るに、日本文化の“KAWAII”ものをひっきりなしに集めていることが容易にうかがえる。

 

「可愛らしい部屋だな。だが自室には、およそ人には見せられないグロテスクなものがたくさん置いてあると見た」

「!? そ、そこは何卒、触れないでくれると助かりマス! もし理子が知ったら、きっと私の部屋を見ようとして、それで泣かせちゃいマース!」

 

 窓際のローテーブルに通された悪魔は、自らのボロボロな服を見て、高級そうなソファに座るのはよした方がいいと判断し、ソファ手前にキラリと光る大理石のような床に座る。

 

「こちら、粗茶デスが」

 

 丁寧に来客をもてなすアシュリーは、悪魔の向かい側に正座し、真剣な目付きで落ち着いている。

 

「────よし。それじゃあまずは、悪魔契約とは何かについて説明しよう。そちらの話はそれからだ」

 

 悪魔は説明する。悪魔契約について。それは魔法少女(QB)契約の破棄。願い事を無かったことにする代わり元の人間に戻る魔法。元の人間に戻ったあと、インキュベーターと再契約する意思がある場合、ソウルジェムが魂の具現物であることや魔女化の真実についても教えなければ正直とは言えないだろう。だがその前に、具体的な契約儀式を伝える必要がある。それは────

 

「同衾を必要とする」

 

 千秋理子との一件で今日は吹っ切れているのか。

 二件目の悪魔契約については、割とすんなり口にできた悪魔であった。

 

「……どうきん?」

 

 しかし一通りの日本語を喋れるアシュリーでも、同衾という難しい単語までは知らなかったようだ。

 そこでDキュゥべえが──やれやれと言いたげに──付け足す。

 

「SEXのことだよ」

「ブフッ!?」

 

 美味しいお茶を吹き出してしまった悪魔は、うなだれるように机に肘をつき、紅潮する顔を隠すように溜め息ひとつ。目元を抑える。

 

「……、────オレの魔法、特に叛逆魔法にまつわる修得魔法の発動条件は大抵“愛の誓い”を必要とする。理子の固有魔法が《誘導》であるように、アシュリーの固有魔法が《スイッチ》であるように、オレの妹の固有魔法は《愛》にまつわるものなんだ。だからそういう魔術儀式を必要とする」

 

 アシュリー・テイラーは目を点にする。徐々に悪魔の話を理解してくると“ボンッ”と破裂するような音とともに赤面した。

 

「な、な────! そ、それでは、まさか……理子は!? 犯罪デスヨ!! まさに悪魔デス!?」

「理子の時は事情が特殊だった。重度の魔力発作を起こしていたから、それを利用して抱擁(ハグ)だけで済ませた」

「? 理子は君のほっぺにキスをしていたよ。君は魔力発作で苦しんでいたから知らないだろうけど」

 

 Dキュゥべえの無自覚な追い打ち。悪魔は穴があったら入りたいと言いたげにテーブルに額を打つ。

 

「…………だ、だから、理子……言えなかったんデスね……お、思い返せば、たしかにちょっと恥ずかしがっていマシタ……そういう、ことだったんデスネ……」

「…………」

 

 とても気まずい時間が流れる。互いの息遣いさえ気取られたくない雰囲気が訪れる。

 

「────……どうするかはアシュリー次第だ。それは悪魔に体を売ってでも叶えたい願いなのか。よく考えてくれ」

「……っ。そんなの……卑怯デス……」

 

 悪魔は席を立つ。

 

「風呂、借りてもいいか? ボロボロなまま家に居て欲しくないだろ。ご所望ならすぐに出て行くが」

「……いえ。どうぞ。廊下に出て右側、デス……」

 

 悪魔は風呂場に向かう。着替えは保存用匣の中にある。

 アシュリー・テイラーは悪魔契約を受けるのだろうか。受ける場合、しっかりと悪魔契約した後の世界改変事象について相談する必要がある。

 

(長い夜になりそうだ)

 

 溜め息をついた悪魔は広い風呂場でシャワーを浴び、服の裏地にベットリと染み付いた37人分の血糊を洗い落とした。

 

          †

 

 一方その頃。マギウスの本拠地。魔翼移動要塞の頂点に位置する魔翼城塞内部の豪邸にて。

 

 小さな円卓を囲んで紅茶を嗜む里見灯花、柊ねむ、巴マミの三人は、今回の確殺計画の是非について反省会という名のお茶会を開いていた。その傍らには梓みふゆが佇立している。

 

「あーあ。まさか全員生還するなんて!」

「巴マミの予言通りになったね。彼女の情報提供により、悪魔が持つ逆転勝利魔法と叛逆魔法を相殺できる逆境活路の魔法少女・七瀬ゆきかをあてがったと言うのに……」

「仮に悪魔が七瀬ゆきかの固有魔法に気付いて逃げようとしても、それを許さない状況に追い込んだのに!」

「七海やちよ陣営と、我らが忠実な傘下たる羽根の決死隊に、カスタム幸運水を飲ませて確殺を予定。悪魔の性格上、敵味方関係なくこれを見過ごすことはできないという巴マミの見解は大正解だった。しかし……」

「前門の立会人、後門のミネルヴァ! 悪魔が立会人と七瀬ゆきかのゲームに応じれば、悪魔のために幸運が使われて七海やちよ陣営は確殺! もし悪魔が立会人と七瀬ゆきかを無視してウワサの深層に赴き、ミネルヴァと直接対峙しても、強制的な【マップゲーム】を開始して、どのみち両陣営は確殺!」

「しかし悪魔は第二ゲーム時点で、ほぼ【マップゲーム】と同様の意味がある【大空ゲーム】を開催し、僕らの予想を上回る先手を取った。そしてどういうわけか全員生還を成し遂げた。むしろ第二ゲームが一番のピンチだったようだね。もしもの時に備えて僕らが用意した、天音姉妹のスタンド・古城迷宮や、50体を超える魔女の大群は、物ともせず蹴散らして攻略してみせた。舐めてかかったつもりは毛頭ないが、それでもここまで完璧に逆転されると……少々ムッとくるね」

「ムッとってもんじゃなーい! 手のひらの上で躍らせるつもりが、踊っていたのは私たちの手のひらだった! こんなの孫悟空が釈迦の手のひらから脱出したようなものだよ! ありえない!!」

 

 キーキーとかんしゃくを起こす里見灯花。

 知略に負けたことで不機嫌になるも、同時に感心してもいる柊ねむ。

 そんな二人を生暖かい目で見守る巴マミは、静かに紅茶の香りを嗅いでいた。

 

「だから言ったでしょう。そもそも悪魔の命を狙ってはいけないのよ。彼には逆転勝利と叛逆の両女神がついている。ならば、そもそも勝負の土台に立たなければいい。勝負して負けることが確定されるなら、そもそも勝負せず無力化すればいいだけの話。カスタム幸運水による人質作戦は良かったけど、それでは悪魔が叛逆魔法で自分自身を人質にすることで、結局悪魔の命が脅かされる。それでは今回のように逆転勝利されてしまう」

「だったらどうすればいいのよー!」

「巴マミ。君の助言を仰ぎたい」

「そうね……やっぱり人造魔法少女の件がキーなんじゃないかしら。人造魔法少女一号スバミ……現在は鼓星かずみと名乗っている彼女は、悪魔に対する殺意がなかった。だから悪魔は不調が続き、全てを逆転するほどの力を発揮できなかった。仲間のおかげで事態は解決できたけど……そこに悪魔攻略のヒントが隠されているように思うわ。つまり悪魔と他者の命を危険に晒すことなく、彼の身柄を拘束する……それ以外に悪魔捕獲の成功は無いと思うわ」

 

 里見灯花は「むー」と腕を組み、柊ねむは「ふむ」と首をひねる。

 天才ふたりの思考実験。そこで巴マミは「御馳走様でした」と席を立ち、ふと梓みふゆと目が合った。

 

「あら? 梓さん。目が赤いわ」

「────え?」

 

 梓みふゆは透明な床下の水面を見下ろし、たしかに両目の端が赤く擦れていることに気付く。

 

「あ、本当です……すみません……みっともないところを……」

「……もしかして、悪魔(彼)に何か言われた?」

「!」

「まったく……もう。今日だけで彼は、何人の女の子を泣かせたのかしらね……」

 

 そこで里見灯花が立ち上がり跳躍、梓みふゆに飛び込んで抱きついた。

 

「みふゆを泣かせるなんて、悪魔ひどい!」

「そうだね。万死に値するよ」

「……ありがとうございます」

 

 梓みふゆは里見灯花の頭をひと撫ですると、顔を洗ってくると言って席を外す。

 巴マミも寝室に戻るため、これにてお茶会はお開きとなった。

 

 豪邸の庭園を後にした梓みふゆと巴マミは肩を並べて廊下を歩く。

 

「……ねぇ、梓さん」

「はい?」

「彼から……ほ(・)か(・)に(・)も(・)何(・)か(・)言(・)わ(・)れ(・)て(・)ないわよね?」

「……────いえ、特に何も」

「そう。ならいいの。彼、超直感を使って数手先を予想して立ち回るから。そうするように教え込んだのは私なんだけど……だからこそ責任を感じているのよ。私たちは魔法少女をその宿命から解放し、あらゆる魔法少女を救済するという目的は同じなのに、どうしてか敵対しているでしょう? それもこれも彼が先行き不安の未来を直感しすぎて、全てを悪いように捉えているからだと思うのよね……」

「……つまり、悪魔の反マギウス思想は、考(・)え(・)す(・)ぎ(・)だと……?」

「そうなの! だから私が目を覚まさせてあげなくちゃ! それが神浜聖女たる私の役目だもの!」

 

 端的に言ってイカレている。矛盾しているとは考えないのだろうか。同じ目的なのに敵対しているのは、明らかに何かが間違っているからだ。そしてその間違いは全面的にマギウスの所業にある。そんな簡単なことにも気付くことができない彼女は、もはや巴マミではない。神浜聖女のウワサに取り憑かれた自責の亡霊だ。悪魔が自己犠牲の鬼であるなら、巴マミは自己責任の傑物であろうか。そう梓みふゆは思った。

 

「ところで、七瀬ゆきかさんはどうしているのかしら?」

「立会人のウワサ共々、行方がしれません。ペンダントの反応が途切れていることから、おそらく脱退したかと思われます」

「そう……マギウスを裏切るなんて、しょうがない子ね……でも、そういう子たちを救ってこその神浜聖女。どこかに隠れ潜んでいるのでしょうけど、無理にさがす要もないわね。だって神浜にいれば魔女になることはない。魔法少女を苦しめる呪縛は、ここには存在しないのだもの」

「…………」

 

 左右に分かれた廊下。巴マミと梓みふゆは会釈し、枝分かれの道を別々に行く。

 巴マミの寝室には誰も居ない。

 梓みふゆの寝室には、今日も多くの白羽根と黒羽根が悩みを相談しに来ていた。

 

「あら、どうしましたか? 今日もお話して心を和らげましょう。魔女にはならないとは言え、ドッペルを出すのもツライですからね。ドッペルには依存性もありますし、危険な薬物と同じです。それに頼り切ることがないよう、互いに気を許しあって、腹を割って弱さと鬱憤をぶちまけましょう。少なくとも黒羽根は顔が見えません。ほんのちょっとの勇気を振り絞って話してみれば、胸のつっかえが取れることもあると思いますよ?」

 

 人望に厚い梓みふゆは、今日も寝る間を惜しんで魔法少女たちの面倒を見る。

 それが魔法少女救済に最も近い献身的な慈善活動であることは、梓みふゆ本人も含め、誰も気付いてはいなかったが。

 

         †

 

 深夜。アシュリー邸・玄関前。強化ガラスの手前に設けられた手触りの良い手すりに両肘を置いてもたれかかる悪魔は、月夜の星空のもとに広がる雲海の、そのまた下に光り輝く中央区から新西区までの大都会を見下ろす。絢爛絶景。あの光のどこかにみかづき荘の光も混ざっているのだろうか。否、もう消灯している時間かと、悪魔はつまらないことを考える。

 

 背後から電子音とともに扉が開く。

 

「────…………あ、悪魔……中に、入ってきても……いい、デスヨ……?」

 

 悪魔は手すりに両肘を乗せたまま振り返り、ふんぞり返るように問いかける。

 

「いいのか?」

「ハイ……ど、同衾のことも……ソ(・)ウ(・)ル(・)ジ(・)ェ(・)ム(・)の(・)真(・)実(・)や(・)魔(・)女(・)化(・)のことも……全部、考えて決めマシタ。覚悟の上デス……!」

「たかが数時間で覚悟だと? 別に焦る必要はない。もっとじっくり考えてからでもいいんだぞ」

「でも……ダディを生き返らせたいんデス! 悪魔契約すれば、魔力係数というものが二乗されて、以前より大きな願い事を叶えられるようになるんデスよね……? ただ生き返らせるだけでは、ダディの病気までは治せない……なら、私はダディの健康と蘇生を願いマス……!」

「母親が病気になったら? 日本に連れ戻されたら? そういった負債も当然考慮に入れているよな? 悪魔契約による再契約は一度きりと決めている。あとは自力でなんとかしなければならない」

「そのために悪(・)魔(・)に(・)師(・)事(・)シマス……! そう言ったはずデス! 母親が病気になっても助けられるように……日本に連れ戻されることになっても、なんとか説得してみせマス……! そもそもダディは病気だったから、死ぬ時までは私と一緒に居たかったのデス!」

「だが歴史改竄後の世界では、別の理由で帰国を命じられるかもしれない。以前はそうだったから、という理屈は通用しないぞ」

「分かっていマス!」

 

 アシュリー・テイラーは恥じらいと奮起の紅潮で以て、まるで悪魔に挑むように言い立てる。

 

「……熊之介が消えてもか?」

「!!」

「ダディがくれた大切なものなんだろう? もしかしたらそれも消えるかもしれない」

「…………」

 

 アシュリー・テイラーは熊之介を抱き締めている。当然そのことも考えていただろう。

 

「……私はダディの訃報を聞いた時、日本に来るべきじゃなかったと思いマシタ。でも、ダディがくれた熊之介を見ていたら……そんなことを思ってはいけないと、ダディから言われているような気がしたんデス」

「……。なら────」

「でも! ダディは私に言いマシタ! “好きなことをして大いに活躍する”ようにと! ……曲解しているのは分かってイマス。ダディもこんなこと望んでいないかもしれません。でも私がイイと思ったんデス! これから私は、好きなことをして大いに活躍するために、悪魔と一緒になるんデス!」

 

 アシュリー・テイラーはもしもを語る。

 

「悪魔は理子とマメジを救ってくれました。そして私のことも、こ(・)れ(・)か(・)ら(・)救ってくれマス」

「……」

「もし私が悪魔契約より先に魔女化の真実を知ったら……きっと私は魔(・)女(・)に(・)な(・)る(・)た(・)め(・)に(・)ダ(・)デ(・)ィ(・)を(・)殺(・)し(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)と絶望していたデショー。その先は真っ暗デス。考えるだけで恐ろしくて、胸がギュッとして何度も泣きそうになりマシタ」

 

 アシュリー・テイラーの目尻が赤く腫れている。

 悪魔が廊下で時間を潰している間、何度も泣いて、涙が止まらなかったのだろう。

 

「その絶望に打ち勝つためには、私は悪魔契約をしなければならないのデス! もし悪魔が嫌だと言っても、私は無理やり契約しマス! だってダディの顔が見たいからっ! ダディのそばに居ることができなかった私の罪を消したいわけではアリマセン……ただごめんなさいと言いたいのデス……幸せに、生きていてほしいのです……」

 

 アシュリー・テイラーは力強く言いながら、その目からはポロポロと涙が溢れていた。

 

「……で?」

「!」

「後先は考えているんだろうな」

 

 アシュリー・テイラーは目元を拭うと、鋭い目付きで夜空を射抜いた。

 

「私は大切な人の為なら、お星様になった人も落としてみせます」

「そのために自分が堕落するのか?」

「ハイ。愚かなことだと言いたいのデショー。でも悪魔だって悪いのデス。だってこんなの……受けるしかないじゃアリマセンか……」

「…………そうだな」

 

 俯く二つの顔。悪魔は直感する。アシュリー・テイラーは自暴自棄になっているわけではない。悪魔契約後の再契約。その後の負債の払い方、身の振り方、出来る限りの知恵を回して乗り切ってみせると。

 

 そして、そのためには当然、悪魔にも責任を取ってもらうと。それが具体的にどういう意味なのかまでは分からない。だが、どこか悪魔のことを思いやるような気持ちを直感する。

 

「ひとつ聞かせてくれ。なぜオレのことを思う?」

「────心を読めると聞きマシタが、さすがの悪魔も分からないことがあるんデスネ」

「アシュリーの内面が曖昧だからだ。あとで理不尽なことを言われても知らないぞ」

「そんなんじゃありマセン。ただ今日の悪魔を見たのなら、それを放(・)っ(・)て(・)お(・)け(・)る(・)人(・)は(・)い(・)な(・)い(・)というだけの話デス」

「────それは……」

 

 アシュリー・テイラーは微笑むと、その先は秘密です(あなたを見守る)と言いたげに口元に指を当てた。

 

「……お節介だな。まぁいい────わかった。そこまでの心構えがあるなら、今後どのような絶望が襲っても、そう容易く悪い方向には転ばないと直感した。────アシュリー、風呂に入れ。額の汗を流して来い」

「!」

 

 知恵熱でも出て汗をかいていたのか。アシュリー・テイラーは恥じらうように風呂場に駆け込んだ。

 悪魔はリビングに戻り、着替えた新品の私服でソファに座る。

 

 やがて日を跨ぐ頃。バスローブ姿で髪を濡らしたアシュリー・テイラーが戻ってきた。

 

「すまないな。すずは大人びているというか……ちょっとま(・)せ(・)て(・)い(・)る(・)んだ」

「まったくデス……その代わり、ちゃんとすっごく、ものすっごく……やさしくしてクダサイネ?」

「あぁ。約束する」

 

 悪魔と向かい合うように膝の上に乗ったアシュリー・テイラーは目が泳いで仕方ない。先程まで紅潮していたはずの悪魔は澄まし顔で見つめてくるのだ。明らかに慣れている。もうここまで来たら羞恥よりも、据え膳食わぬは男の恥が勝るようだ。とんだプレイボーイである。

 

(マミィ、ダディ……どうやらアシュリーは、チョイワルのボーイフレンドにそそのかされてしまったようデス……)

 

 そうして沢山の初めてを奪われる、刺激的な一夜が悠々と訪れた。

 

          †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          †5月3日

 

 早朝。アシュリー邸の寝室にて。パソコンを打つアシュリー・テイラーは、震えるマウスのポインターをダディの名簿に当てた。通話が始まる。普通ならその通話には誰も出ないはずだ。しかし────

 

『アシュリー? どうしたんだい? そっちは今……朝か。しかも四時じゃないか。それじゃあ“おはよう”かな?』

「────っ!!!」

 

 久しぶりに聞いた父親の声。まるでなんでもないように生きていた父親を目にして、これは悪い夢なんじゃないかとアシュリーは思う。そして、こらえなきれなくなる。

 

『っ!? お、おい! どうしたんだい?』

「っ────な、なんでもアリマセン……いえ、たくさんアリマシタが……」

『イヤなことでもあったかい? それともホームシック的なアレかな?』

「いえ────これは、実は────嬉し泣き、なんですっ────!」

 

 泣きながら笑うアシュリー・テイラーは、心配してオロオロとうろたえる父親を見ておかしそうに笑う。

 

『誰と話しているの? あらアシュリー。ちょっとそんなに泣いて……どうしたの? 私たちまだゆっくりできるから、時間かけて話しなさい……』

「マミィ……ありがとう、ございます……でも、いいんデス……ふたりの顔が見れただけで、もう元気いっぱいになっちゃいマシタ……!」

 

 アシュリー・テイラーはにこやかに微笑む、涙と鼻水だらけのくしゃくしゃの笑顔は、とても救われているようで、しかし極めて複雑そうに見える。それでも今は素直に喜んでおこうと、この運命の出会いに感謝していた。

 

「────き、聞きたいことが、ありマス……私、まだ日本に居ても、いいデスカ……?」

『もちろんだ。止める理由がない』

『えぇ。アシュリー、急にどうしたの?』

「────それじゃあ、ダディとマミィは、元気デスか?」

『あぁ。むしろ今はアシュリーの方が心配だよ』

『私たちはなんともないわよ』

「────最後に、報告が、ありマス……実は、ダディがくれた熊之介が……消えて、しまって……」

『熊之介? なんだいそれは』

『あなた、何かぬいぐるみでも贈ったんじゃないの?』

『いや、僕は知らないよ』

『そうだったかしら? おかしいわね……たぶんアシュリーが言いたいのは、それのことだと思うんだけど……』

 

 アシュリー・テイラーは謝る。たとえ意味が分からずとも、父親の思いの証であったテディベアの熊之介を消滅させてしまったことを。父親の思いを裏切るような真似をしてしまったんじゃないかと。悪いことをしたと。

 

『……よくわからないが、アシュリーは何も悪いことはしてないよ』

「でも……」

『……ごめんよ、アシュリー。やっぱり一人で留学するのは、ちょっと早かったか。寂しかったよな?』

「────! い、いえ! 私は一人でも平気デス! 友達もたくさんいて……今度、理子たちを紹介しマス!」

『それでも泣いているじゃないか。そういう時は家族しか寄り添えない』

「それは────」

『だから、これで元気を出しなさい。KAWAII……私の娘よ』

「────ダディ?」

 

 ふとインターホンのチャイムが鳴る。その音を聞いたダディは安堵したように微笑んで通話を切った。

 

「え、ダディ!? ど、どういうことデスか……?!」

 

 アシュリー・テイラーは涙を拭くのも忘れて、まさか、まさか、と思いながら応接に出る。それは宅配便。小包が届き、アシュリー・テイラーはまさかまさかと涙が溢れながら開封する。

 

 ポツポツと濡れた小包の中から出てきたのは、見覚えのある紫色のテディベア。それはどこからどう見ても熊之介だった。小包にはメッセージカードが付いており、ダディの筆跡で記されている。

 

 ────アシュリーが寂しくないように。

 

「っ……!!」

 

 ダディ、マミィ、熊之介の名を呟くアシュリー・テイラーは、情緒が極まって脱力し、その場にへたり込む。

 

 そしてずっと。アシュリーと家族が通話している間ずっと。パソコンの隣で佇み、壁に腰掛けて両腕を組んでいた悪魔に対し、声にならない感謝を述べた。

 

「悪魔……ありがとう、ございます……っ!」

「礼を言われるようなことは何もしていない。ただアシュリーの運が良かっただけだ。……これからは二度と手放さないよう、大いに活躍してくれ。それが奇跡を願った者の責任だ。それを放棄した瞬間、魔法少女は転落する。────なに。全ての真実を知ったなら、あとはとことん行けるところまでやるしかないんだ。少なくとも、お前はひとりじゃない。困ったことがあれば言ってくれ」

 

 嗚咽するアシュリー・テイラーを置いて寝室を出ると、悪魔はそのままどこへなりと去っていった。

 

          †

 





ヤシの木の花言葉:贅沢、思いがけない贈り物、固い決意、あなたを見守る、勝利、成功、平和、忠誠、不変の友情

余談:今にして思えば。この回は割と「カホワル」の原点となる話だったのかもしれない。


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