※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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【なんで! すぐに! 人の顔を見ただけでっ! その人とのベッドシーンが頭によぎる!?】黒江

 

 黒江は怜悧な悪夢を見ている。

 

 父、母、兄────姉、弟。姉弟は魔女に喰われて死んだ。そのあと悪魔と出会った。もうこれは運命だと思った。人間に戻れば魔女に殺される可能性もあるが、どのみち魔法少女のままでも、いつかは魔女に殺される。どっちも同じなら、せめて負けて殺されるより、巻き込まれて死ぬ方がマシだと思った。その時は本気でそう思っていたのだ。

 

 今でも魔法少女をやめて後悔していないか自問自答することがある。みかづき荘に来てから合成屋を開業。調整屋と取引して生計を立てることはできたが、みかづき荘の役に立てているとは思えない。そのためウワサの調査を手伝いたいと自分で言ったが、結局、幸運水を飲んでしまうという足でまといな展開になってしまった。なんとか取り返さなければとウワサ空間での最終決戦では頑張ったが、それはあくまで元の失敗を取り返したに過ぎない。プラマイゼロだ。

 

 もし魔法少女だったら、みんなの素敵な合体魔法に自分も加われたのだろうか。魔法少女の世界から逃げた自分には、ここにいる資格がないのではないか。そもそも魔女や魔法少女から身を守るために合成屋を始めたとはいえ、魔法少女の世界に未練がないのかと聞かれれば答えに窮する。もちろん魔法少女になんて危険な役割に戻りたくはないが、それでも命を懸ける羽目になるなら魔法少女でいた方が有利だ。いつもそのことを考えて宙ぶらりんになる。何が最適なのかまったくわからない。

 

 そうして黒江の悪夢は、いつも不安に満ちた泥沼の光景で意識が浮上する。

 

          †

 

 みかづき荘・裏庭の倉庫。明るいログハウスの内装は吹き抜けステップフロア。開放感あふれる広いひと部屋は、四方のロフトを登れば人数分のベッドがある。

 

「────く、黒江姉……? どう、したの……?」

 

 ベッドでスヤスヤ眠っていたフゥ太は、ふと目を覚ませば黒江に覆い被さられていたことに驚く。びっくりしたせいか心臓がドキドキしている。

 対する黒江も、なぜ仰向けで寝ているフゥ太の上で馬乗り状態になっているのか分からず、寝ぼけ眼でちんぷんかんぷん。脳内が疑問符で埋め尽くされる。

 

 黒江の右手はフゥ太の頬に添えてあり、黒江の左手はフゥ太の服の下に手を入れて背中のスベスベ柔肌を抱き寄せている。顔の距離も近く──まるで今までキスしていたかのよう──互いの吐息が掛かる。乱れた髪はどういう意味か。単なる寝癖だろう。そうと思いたいところである。否、絶対にそうだと黒江は信じる。信じたい。

 

「────────」

 

 寝ぼけ眼でありながら、そっとフゥ太から離れた黒江は、徐々に滝のような汗を流して徐々に徐々に後退していく。フゥ太と見つめ合いながらロフトを降りて行き、硬直するあまり顔色一つ変えず床に降り立った。そこで足裏に感じるひんやりとした冷たさで、ふと我に返る。

 

(────え? 私、なにしてるの? いや、って言うか……な(・)に(・)し(・)て(・)た(・)の……!?!?)

 

 なぜ自分の寝台からフゥ太の寝台に移動していたのか。まったく身に覚えがない。自分の知らない所で自分の体が勝手に動いていた時の恐怖ほど青ざめるものはない。

 

(いやでもそんな、酔っ払いじゃないんだから……)

 

 しかし黒江はボーッとしている。そこで自分が発熱していることに気付いた。それはフゥ太に馬乗りしていた(襲いかかっていた)恥ずかしさによる紅潮ではない。明らかに熱を出している。だが喉は痛くない。風邪とは異なるようだ。ただ体調が悪い。

 

「……ねぇ、凪姉、起きて! 黒江姉、風邪を引いてるのかもしれない。なんか僕に変なことしてたし、すごく顔が熱くて赤かったんだ」

「────! ふ、フゥ太……その、ごめん……び、びっくりしたよね……で、でも私も、なんでフゥ太のベッドで寝てたのか、その……まるで本当に何もかもが分からなくて、あの……」

「大丈夫。気にしてないよ。でも僕、みんなで川の字になって寝るの好きだから、また添い寝してくれると嬉しいな!」

 

(ごめんたぶんそんなことしたら添い寝レベルのやつじゃなくなる……っ! 私、明らかに悪い感情を持っている……っ! でもなんで!? 急にこんな……どういうコト!?)

 

 オロオロとする黒江は神でも悪魔でもいいからと助けを求める。だがどちらも黒江の近くには存在しない。

 

(そ、そうだ! いきなり私がフゥ太を襲……フゥ太のベッドに潜り込むなんて、そんなことあるはずがない……! となれば、これはきっとスタンド攻撃だ……!! 私は今、スタンド攻撃を受けている……!)

 

 そんなことはない。やがて目を覚ました凪がロフトを降りてくる。

 

「黒江。たしかに顔が赤い。体温計で熱を計った方がいい」

「そ、そうだね……! なんか今の自分、明らかに何かおかしいし……!?」

 

 凪を前にするとドキドキする。フゥ太の時より更にドキドキしている。それがなぜか皆目見当がつかない。このまま凪のそばにいれば見境がなくなりそうだ。頭の中がフワフワしてどうにかなってしまいそうだ。謎の高揚感(ムラムラ)を抑えるため、黒江はアルケミーキットを開いて朝食を作る。

 

「はいカレーライス! 二分で四人分完成!」

「すごいや黒江姉! 記録更新だね!」

「でもごめん! 私のはサランラップしといて! ちょっと外の風を浴びてくる!!」

「黒江……体温計……忘れずに」

「そうだね凪さん! ありがとう!!」

 

 逃げるように倉庫を出た黒江は、突然頭部に衝撃が走る。

 

『痛(いた)っ!?』

 

 走る黒江の方が勢いがあり、誰かとぶつかったようで倒れてしまう。

 

「っ────はっ! ご、ごめんなさい!」

「いたた────わ、私の方こそ、どんくさくて、ごめんなさ…………っ!?」

 

 黒江が面を上げると、草地の上に暁美ほむらが倒れていた。何用で倉庫の前に来ていたのだろうか。いやそれよりも早く離れなければと思いつつ、なぜか離れたくない。馬乗り状態が維持される。

 

「はわっ!? あ、あの……黒江さ……んっ!?」

「はい?」

 

 なぜか色気のある喘ぎ声を発した暁美ほむらは、早く黒江に退いて欲しそうな恥じらい顔をする。それは黒江も同じ気持ちだ。だがなぜか離れたくない。体が吸着するように暁美ほむらの左胸を────黒江の左手が揉んでいた。

 

「────────」

 

 強い理性が働いた黒江は、音を置き去りにするスピードで飛び退く。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 紅潮する暁美ほむらは起き上がると、ぜえぜえと息を切らしており、何かを思い出すように虚空を見つめていた。

 

「ま────誠に申し訳ございませんでしたぁ……!」

「あ、そ、そんな土下座しなくても……! 今のは事故、事故ですから……!」

 

 何度も頭(かぶり)を振るう黒江は、これで確信した。今、自分の身に何かが起きていると。まさか不運水でも被ったのか? いや、あれは自分が烈風の杖と冬狼剣で防いだはずだ。こんなのラッキースケベじゃない。明らかに、今までコツコツと人見知りなりに築き上げてきた交友関係が一瞬で破壊されるであろう超ウルトラアンラッキースケベだ。もはや生きていけない。やはりみかづき荘にいるべきじゃないのかもしれない。

 

「……っ。……あ、あの、黒江さん……もしかして、高熱とか出していますか……?」

「……え?」

「いえ、あの……詳しいことは言いたくないんですけど、なんだか悪魔さんの時と同じような感じがしたので……」

「……? ど、どういうことですか? あの、私、なんか起きた時から体がおかしくて……何か知っているなら教えてください!」

「えぇ!? えぇっと……その……ご、ごめんなさいっ! それは悪魔さんに聞いてください……!」

「あ、ちょ────暁美さん……!?」

 

 暁美ほむらは女の子走りで走り去る。いったいどうしたというのか。やはり今の衝突で嫌われたのか。そりゃそうだ。なぜか思いっきり胸を揉んでいたのだから。無自覚に。

 

「わ、私の体にいったい何が……でも悪魔さん今は居なくて……。あっ! そうだ! 普通に電話すればいいんだ……!」

 

 黒江はあたふたとスマホを取り出して(お願いします出てください!)と念じながら悪魔に電話をかける。ワンコールで繋がる通話。

 

「悪魔さ゛ん゛っ゛!!」

『うわ────びっくりした。あぁだが……うん。そこまで感情が強いと、意外と電話越しでも超直感で読み取れるもんだな……普通は電話越しだと、声は音声サンプルだから、生物相手じゃなくなって超直感も利かなくなるんだが……まさか叛逆魔法が作用しているのか?』

「ブツブツと言ってないで助けてください! なんか私、朝起きてから変なんです! ふ、フゥ太に、イケナイことしかかって……! 暁美さんにも嫌われてしまったかもしれないんですっ! もう私はおしまいです! 私もみかづき荘を出ていきますっ!!」

『まてまて早まるな。まずは状況を説明してくれ。性的興奮していることは超直感で読めたが、さすがに電話越しだとそれ以上は読み取れない』

「そんな恥ずかしいことハッキリと言わないでください!! 目を! 逸らしていたのにっ!!」

『わ、悪い……』

 

 さすがの悪魔も超直感がなければパーフェクトコミュニケーションは不可能なのか。

 黒江の神経を逆撫でしていく。

 

「ハァ、ハァ……と、とにかく、状況ですね? まず、熱があって……喉は痛くなくて、鼻声でもなくて……」

『……所感だが、黒江自身コントロールできない突然の性的興奮は、オレにも覚えがある。だがそれはオレ限定のはずなんだが……まさか悪魔契約した相手だと、叛逆の効果が残留して魔力発作に性的興奮が加わるのか……? ────いや、まぁいい。とりあえず結論から言おう。黒(・)江(・)は(・)魔(・)力(・)発(・)作(・)を(・)起(・)こ(・)し(・)て(・)い(・)る(・)可(・)能(・)性(・)が(・)高(・)い(・)』

「────魔力発作?」

『まさかとは思うが、黒江。最近どこかで濃厚な魔力を体に受けたことはあるか? 体に流し込んでいれば確定なんだが。魔力発作についてはアルケミー図鑑に記されているはずだ。ちょっと調べてみろ』

「は、はい……ありがとう、ございました……」

 

 黒江は通話を切って、スマホの暗い画面に反射する自分の顔と見つめ合う。

 

「……魔力を体に流し込んだ……身に覚えが、ある……」

 

 ウワサ空間で死ぬ気の炎が尽きた時、人体に有害だと分かった上で、暁美ほむらの増殖魔力を体に流し込み、エネルギー不足を解消して深刻な状況を打開した。その後、特に体に不調は見当たらなかったが、まさか今頃その毒性が効いてきたのか。

 

 事態の全容が見えてきた黒江はアルケミー図鑑を開く。

 

「魔力発作とは────魔法生物ではない存在が魔力を摂取することで発症する不治の病。症例が少ないためハッキリしていることは分かっていないが、魔力発作を起こすと発熱・胸焼け・倦怠感などを感じ、最悪、意識不明状態に陥る。急死することも珍しくはない。また、最大の特徴として、魔力発作を起こした者は周囲の魔力を接触吸収する。それにより発作は収まるが、あくまで一時的。再び魔力を摂取したことで発作が再発する可能性が高く、堂々巡りの対症療法にしかならない……」

 

 黒江は魔力発作の症例一覧をざっと見ていくが、どこにも性的興奮については記されていない。

 

(そういえば悪魔さんを守る水泳の魔女の性質は《恋愛》だ……まさか、そのせいで……?)

 

 悪魔の口ぶりによれば、黒江が悪魔契約の経験者であるせいで、ただの魔力発作ではなく、性的興奮を含む魔力発作を起こしたと、そう言っているように聞こえた。

 

 思えば悪魔契約時、悪魔の記憶を夢で見た時も、悪魔は常に胸を抑えて苦しんでいた。もしあれが魔力発作を我慢しているのだとしたら、悪魔はとんでもないくらい我慢強いことに黒江は思い至る。

 

(ウソでしょ……このドキドキ……到底理性で押さえつけられるものじゃない……さっきだって、危うく“そのままフゥ太を食べちゃってもいいよね。命の恩人なんだし、毎日世話してるんだし”とか……凪さんに対しても“女の子同士なんだから別にいいよね”とか……暁美さんにも“もう可愛ければなんでもいいや”とか……そういう悪(・)い(・)思(・)い(・)が駆け巡って大変だったのに……っ!)

 

 黒江は理性的であることを強いられている。

 

(悪魔さんは……常にこのドキドキに耐えているとでも言うの……!? こ、こんなの生き地獄だ……みんなが健全な日常を送っている中、ひとり常にエッチなことばかり、ふと脳によぎるなんて……そんなの本当に呪(・)い(・)じゃん……! あ、頭がおかしくなる……これは、早急になんとかしないと……! ば、万能のアルケミーキットなら、きっと何か……原因療法が見つかるはず……! じゃないと、本当に私……どうにかなっちゃいそう……!!)

 

 突として大変な試練に見舞われた黒江は、アルケミー図鑑を開いて魔力発作の薬品を検索する。

 そのとき、背後から環いろはに声を掛けられた。

 

「あの、黒江さん……」

「わぁ!?」

「わぁ!」

「あ、た、環さん……ご、ごめんなさい……」

「あ、ううん。いきなりで驚かせちゃったね? ……あの、えっと、ほむらさんから伝言なんだけど……」

「は……はいっ!?」

「なんでもリ(・)ン(・)グ(・)が欲しいんだって。この意味わかる? もしかして悪魔さんや黒江さんが身につけている指輪のことなのかなって私は思ったんだけど……」

「────は、はい。たぶん、そうだと思います……」

「それじゃあ伝言はできたかな? 私は中に戻るね。──あ、そうだ。おはよう、黒江さん」

「────お、おはよう、環さん……」

 

 環いろははにこやかに笑うと邸内に戻っていく。

 次の瞬間、黒江は石畳に頭突きした。

 

(あぁああああああ! 環さんで変な妄想しちゃったぁあああああ!! なんで! すぐに! 人の顔を見ただけでっ! その人とのベッドシーンが頭によぎる!? 私って変態!? いや違う!! 全ては“恋愛性質を伴う魔力発作”が悪いんだッ!! そうに決まっている……! じゃないと本当にヤバイ……っ!! こればっかりは悪魔さんの妹さんを、ほんのちょっぴり恨んでもいいですよねぇ悪魔さん!?)

 

 かくして黒江は倉庫(アトリエ)に戻り、風邪を移さないためとうそぶいてフゥ太や凪、イーピンと一線を引き、魔力発作を治す薬品を作ろうと合成を開始した。

 

          †

 

 早朝。みかづき荘のリビング。

 

 今日の料理当番は暁美ほむら。いつか鹿目まどかに振る舞うためならとレシピ通り、まずは簡単な料理を作り始める。

 

 一方、七海やちよは洗濯物を干しており、それを環いろはが手伝う。

 

「……あ、やちよさん。ネット、どうしましょうか?」

「……フゥ太もいるし、使い続けていいんじゃないかしら?」

「それもそうですね」

 

 下着を隠して干すためのネットについての相談。それは続く会話のための布石。

 昨晩から話し掛けづらかった七海やちよに対し、環いろははとうとう攻め込む。

 

「────その、やちよさん。悪魔さんを追い出したのは、本当に正解だったんでしょうか……?」

「…………」

 

 七海やちよは黙々と洗濯物を干していく。

 それに環いろはは勇気を出して、じっと七海やちよの後頭部を見つめた。

 

「……。……彼が居ると、私たちを守るために無茶を重ねる」

「!」

「だから彼とは一緒に居ない方がいいの。これでいい?」

「やちよさん……それなら、悪魔さんに守ってもらう必要がないくらい、私たちが強くなれば……!」

「それに」

 

 七海やちよはピシャリと遮るように、環いろはの言葉を切る。

 

「それに今回のウワサで、マギウスが確実に私たちを殺そうとしていることが分かった。悪魔と環さんの頼みでフェリシアを迎え入れたけど、既にみかづき荘は最悪、いつ狙われてもおかしくない危険地帯だと理解しなさい」

「……! それは……」

「だから。ここから先は……私だけで、ウワサを調べる」

「────! そんな! それじゃあ悪魔さんと同じなんじゃ……そうやって、やちよさんも一人で私たちを守ろうとして……!」

「……そうね。でも彼より荒っぽくはないわ。それにどうせ彼も巴マミを助けるため、これからも各地のウワサを潰してマギウスを挑発するはず。となれば必然、いつかは私とも合流する」

「それなら私たちも……!」

 

 七海やちよは「ハァ……」と落胆の溜め息をつく。その声には失望の色が込められていた。

 

「や、やちよさん……?」

「……ごめん。まだ分からない? 足(・)で(・)ま(・)と(・)い(・)は(・)要(・)ら(・)な(・)い(・)と言っているの」

「!」

「今回は大人数で行動しすぎた。私は知らずのうちに環さんや黒江さんたちに甘えすぎていた。私の役に立ちたいという二人の好意に甘えすぎた。そのせいで悪魔は人数分の無茶をした。それなら行動は最小限の方がいい」

「で、でも……それが、マギウスの狙いだとしたら……?」

「まさに思うツボでしょうけど、こっちとしても負(・)担(・)を(・)減(・)ら(・)せ(・)る(・)から結果オーライよ」

 

 環いろはは何も言うことができなかった。グサリと心に刺さった事実は、八つ当たりでは取れはしない。

 

(なんだろう……最初の頃のやちよさんに戻ったみたい……少しずつ心を開いてくれたと思ったのに……)

 

 足でまとい。負担。たしかに戦士としての実力は、圧倒的に七海やちよと悪魔の方が優れている。この二人と比べれば環いろはの実力なぞ屁でもない。それでも悪魔と知り合う一か月前に比べれば着実に成長している。それでも足りないというのなら、いったいどうすれば良いのか。

 

「……あの、やちよさん。私に修行を────」

「そんな暇ないわ。鶴乃にでも頼みなさい」

 

 カラになった洗濯カゴを持って七海やちよはリビングに戻る。

 俯く環いろは。

 

 その様子を二階の窓辺から眺めていたのは、大きくあくびをする百江なぎさだった。

 

          †

 

 朝方。工匠区・上桐氏の武家屋敷。その敷地内に降り立った悪魔は工房の戸を叩く。すると縁側の方から人の気配がした。上桐氏である。

 

「まだ一日しか経ってねぇぞ、坊主」

「やはり刀は一日では作れないのか?」

「いんや。そもそも炉に灯された死ぬ気の炎は一日しかもたねぇ。故に先代も一日で造り上げたという。歴代もそれに倣って一日で刀を鍛(う)つ技量を身につけた。それはおれも例外じゃねぇ。つーわけで、そろそろ来る頃と思ってたトコだ。もってけ、悪魔」

 

 上桐氏は絶縁状を叩きつけるように一本の刀を放り投げた。

 それを受け取った悪魔は、上桐氏の心中を直感して首をかしげる。

 

「ったく……それを鍛った時は参ったぜ。────嗚呼、おれぁなんて妖刀を鍛っちまったんだ。こんなのに上桐(神切)の名は付けられねぇ。縁切り願うぜ。閻魔様すら斬っちまう恩知らずの刀なんざ行方も知りたくねぇよ。とっとと持って去ねや────ってなァ」

「……どういうことだ」

「黒いのが混じっていた。炎というより、そりゃ焔(ほむら)だ。こういう焔で刀を鍛つと、大抵よくねぇモンができる。気は進まなかったが、それでも鍛っちまいたくなるのは職業病かねぇ……畜生」

「怖いもの見たさ、ということか。で、明言を避けているようだが……せめて何が起きたのか教えてもらおうか。オレもケガしたくはないんでな」

「そいつは《閻切》……そう名付けろ。初めて柄を手に取ろうとした時、文字通り身も心も喰(・)わ(・)れ(・)る(・)と悟った。そいつを抜いたが最期、魂を食い尽くされる。それはそういう代物だ。坊主が悪用しねぇことを祈るぜ。あるいは、魂を喰われて鬼にならんよう祈った方がいいかな……」

 

 そう言って上桐氏は背を向ける。

 

「待て。この《閻切》については感謝している。だがオレは《神切》が────」

「欲しけりゃ飾られてる奴を持ってけばいいだろ」

「!」

 

 それは神浜現代美術館に展示されている《妖刀・初代神切》を奪えという意味だろうか。たとえ造り手がそれを認めても、既に所有権は美術館のものだ。つまり泥棒することになる。

 

「何を迷ってやがる。神を斬り殺したいほど切羽詰ってんだろ? おれは一抜けたぜ。坊主の死ぬ気の炎じゃ神切は造れねぇ。そりゃ裏を返せば“黒”が強すぎて神を斬れねぇってコトだ。ンなら既にある神切を使うしかあるめぇ」

「……」

「封印を解くも解かないも坊主の自由だ。おれぁ死蔵されてるより、光り輝いている刀剣を見たいと思うが……そりゃ混沌が過ぎるかねぇ」

 

 あとは好きにしな、と言って上桐氏は座敷の奥に立ち去る。

 悪魔は閻切を匣兵器に収納。霧の炎で全身に迷彩を施してバトルグローブから炎を噴射し、飛び去った。

 

          †

 

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