アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
朝方。新西区・神浜私立大附属学校の正門広場にて。
環いろはは赤いランドセルを背負う環ういと手を繋ぎ、傍らを歩く黒江と凪、そして先走るチーズ柄とオレンジ色のランドセルを背負った百江なぎさとフゥ太、みんなで登校していた。
「悪魔さんが手続きしてくれたおかげで、やっとういと学校生活を楽しめるね! うい!」
「うん! お姉ちゃん!」
環姉妹はにこにこ顔で花が咲く。
一方、黒江は目を瞑って無心になりきり、凪は小ぢんまりと歩いていた。
(あぁ……なんで今日に限って転入日……いきなり転入デビュー失敗するのが目に見えている……と、とにかく無心……無心……)
「……黒江さん。朝から少し様子が変ですけど、大丈夫ですか? 顔も赤っぽいですし、もしかして熱なんじゃ……」
「え!? あ、うん……! いや! だ、大丈夫だよ……!?」
「ホントですか? ちょっとおでこ触りますね────」
「いやいやホント大丈夫だから! ほ、ほら私、人見知りだから……顔が赤いのも、ちょっと上がっちゃってて……」
「上がる……私もこういう場は得意ではないので、少しわかります」
黒江は、夕方の教室で環いろはと二人きり、なびくレースのカーテンに隠れて密着する光景を幻視して自分のほっぺたをぶっ叩く。
「黒江さん!?」
「いや! 今のは気合を入れただけだから! 気にしないで!」
「……い、意外と体育会系なんですね……?」
体育館の倉庫に閉じ込められた黒江と環いろはは────
「ごめん私ちょっと先にお手洗いに!!」
「あ、黒江さん!?」
ダダダっと走り去る黒江。
「黒江姉、どうしたんだろう?」
「転校というのは陰キャにとって荷が重いものなのですよ、フゥ太」
「そうなんだー」
そこで環ういが姉と繋ぐ手を離す。
「あ、お姉ちゃん。初等部はあっちみたい。ここでお別れだね」
「うい……何かあったらすぐお姉ちゃんに言ってね! すぐ駆けつけるから!」
「うん! お姉ちゃんも勉強がんばってね!」
環ういは小走りで駆け出すと、百江なぎさ、フゥ太と合流し、三人で初等部の校舎に向かう。
「モキュ~!」
「え、リリス!?」
環ういの肩に飛び乗るリリス。ほかの人には姿が見えないので大丈夫だろう。
「│いろは。私はどっちに付いていけばいい?│」
「え? そりゃあ万年桜さんにはういを見守ってもら────万年桜さん!? どうしてここに!?」
「│私は二人を守る必要がある。昨日の今日で単独行動は危険極まる│」
「そ、それはそうかもですが……あ、あの! 人目につきますので、ちょっと……」
白桜のワンピースドレスを身にまとう絶世の美少女は、ただそこに立つだけで衆目を奪う。
「│人目につく……どうすればいい? 私はいろはとういのそばにいたい│」
「そ、そう言われても……と、とりあえず今日のところはみかづき荘に待機……じゃダメですか?」
「│ダメ。今日なにかあったら遅い│」
「うぅ……こんなことなら万年桜さんの転入もお願いしておくべきだった……」
「│してもらった│」
「ですよね……もう悪魔さんはいないし────えっ!? 今なんて?」
万年桜は手元に提げる紙袋を持ち上げる。
「│悪魔は“一応”と言っていた。“お前は環姉妹のことになると言うことを聞かないから”って│
│そしてこれを持たせられた。でも使い方が分からない│」
「これは……うちの制服じゃないですか! (偽造した)生徒手帳もある……そ、それなら、これに着替えてください!」
「│着替える?│」
万年桜はその場で服を脱ごうとする。
「あー待って! お、お手洗いに行きましょう!」
「│お手洗い?│」
「連れて行きます! ちなみにクラスはどこですか!?」
「│クラス? ポジションのことなら“トイレの花子さん”と手帳に書いてある│」
「悪魔さんは何を考えてそんなことを!?」
「│悪魔は“どうせクラスから抜け出して環姉妹の所に行くだろうから”って言ってた│」
「何から何まで予想済みというわけですか! と、とにかく行きましょう!」
環いろはは万年桜を介護するように連れ出し、お手洗いであれこれと支度して制服に着替えさせる。それに付いていく凪。
「│いろは。何から何までありがとう。それじゃあ凪、行こうか│」
「うん」
「えっ。どういうことですか!?」
「│悪魔から“環姉妹に迷惑を掛けたくないならこうしろ”と言われた│
│人目につく場所では凪と一緒に行動して、姿を隠さないといけない│」
「ボスから霧系カモフラリングを貰って……彼女の面倒を見てほしいと言われたから……」
「えっと……それじゃあ万年桜さんは、凪さんと一緒に授業を受けるってことですか?」
「│たぶんそう。学校では凪から離れるといろはとういが困る。それはイヤ。だから凪と一緒│」
「私も……授業はサボるつもりだから、何かあったらすぐに駆け付けられると思う」
「いや、授業はサボっちゃダメですよ!?」
「│ギブアンドテイク。凪とはうまくやれそう。実質的に行動制限はないようなもの│」
「私も……彼女は無口だから、隣にいても居ないようなものだから落ち着く。桜のいい匂いもする」
「そ、そうですか……」
予鈴のチャイムが鳴る。
「あ、いけない! それじゃあ凪さん、万年桜さんをよろしく頼みます! 万年桜さんも、あまり凪さんに迷惑かけないようにお願いしますね!」
「│任せて│」
「またね」
まさかのコンビに驚く環いろはは、少しだけ凪と万年桜の動向が心配になった。
†
昼休みの校舎。環いろはと黒江は同じ教室から出てくる。
「まさか黒江さんと同じクラスだなんてラッキーですね? それとも悪魔さんのおかげかな?」
「だとしたら感謝しないとですね……」
しかし今は到底感謝できない。黒江は悶々としながら性欲と戦っている。人が多い日常に当てられて若干理性が勝っているが、もしこのまま二人だけの空間なんかに行けば気が狂ってしまいそうだ。そのときは壁に頭突きも辞さない。しかも連打だ。額が割れても構わない。
「ところで黒江さんは、前の学校は良かったんですか?」
「あぁ……もう祈りはやめたから、いろいろ考えて……。それに今は神浜市で活動した方がいいと思ったの。このままずっと学校を休むわけにもいかないし……両親も二つ返事だったから問題ない。これからは合成屋と学業、二足の草鞋を履くつもり」
「そうなんだ。色々と考えてるんですね。合成屋もすごいと思います。黒江さんにそんな才能があったなんて。昨日も黒江さんの錬金術に助けられてばかりだったし!」
「そんなことないよ。環さんたちだって魔法少女と学業で忙しいし……魔法少女の運命から逃げた私は、自分のことで精一杯なだけだから」
「……黒江さん……」
「…………えっと、なんか、ごめん」
ちょっと卑屈が過ぎたかなと、黒江は自己嫌悪して反省する。
「ハァ……陰気同士だと会話の調子の乱高下も激しいのです」
「え、なぎさちゃん!」
「どうしたの? ここ中等部だよ?」
「なぎさは大人なのでいつでも好きな学年なのです」
「言っている意味がわからないよ……」
「今日も自由奔放だね」
「それより、さっきももこと出会って伝言を受けたのです。中等部の屋上で待っているとのことなのです」
「屋上? わかった。伝言ありがとう、なぎさちゃん」
「屋上……環さん、なにかしたの?」
「そういう意味ではないと思うのですよ」
百江なぎさは廊下を駆け出して学内を探索する。教師に廊下を走るなと叱られても無視である。
環いろはは階段を降りる。
「? 環さん、屋上に行かないの?」
「え? あぁえっとね……屋上は立ち入り禁止になったから、校舎の裏手からジャンプして入らなきゃいけないの」
「そうなんだ……じゃあ私は行けないね」
「あ……で、でも、よければ抱っこして行けますが!?」
「いや……それはちょっと……気にしないでいいよ。本当に。じゃ、またね」
黒江は背を向けて立ち去る。後ろ髪を引かれる思いで地上に降りた環いろはは、校舎の裏手に回って跳躍。校舎の半分ほどまで伸びる樹木の枝に乗っかり、もう一度ジャンプして屋上に上がる。
「お、来たな、いろはちゃん!」
「ももこさん! レナちゃんとかえでちゃんも!」
「まったく遅いのよ」
「おはよう、いろはちゃん!」
十咎ももこ、水波レナ、秋野かえでが揃って環いろはを迎え入れる。
「それで、何か話があるんですか?」
「あぁ……悪魔の件なんだけどさ。具体的に昨日、何があったのか知りたくてね……」
「だっていきなり目の前で、あのやちよさんが悪魔にビンタ喰らわすんだもん……」
「私びっくりしちゃって、しばらく固まっちゃったよぉ~……」
「あぁ……実は────」
環いろはは確殺賭博場ミネルヴァのウワサで何が起きていたのか、知る限りのことを説明する。
それを聞いたチームももこは、複雑そうな表情をしていた。
「そんなことが……なんというか、想像を遥かに上回るくらい壮絶だったんだね……」
「……やっぱり悪魔はバカよ。普通そこまでして人を助けようとしないもの。クレイジーすぎ」
「レナちゃん……ハンカチいる?」
仲間を賭けた件については思う所もある。だがそうしなければカスタム幸運水で確殺されていた事実を踏まえると、一概にひどいとは言い切れない。むしろ狂気的な執念さえ感じて気圧されるほどだ。賛否両論どころか、その全てを一蹴するようなスゴ味を感じて、言葉が出なくなる。
「……それで、悪魔がそんな無茶をしたから、やちよさんは悪魔を追放したの?」
「はい……」
「そうか……ちなみに、なんで悪魔が追放されたか、詳しい理由はわかる?」
「それは……やちよさんから幾つか聞きました。最初は
「……」
十咎ももこは頭の片側を押さえて考え込む。
(アタシもみかづき荘から……いや、やちよさんから追放されたから、今の悪魔の境遇については思う所がある。でも訳も分からず追い出されたアタシとは違って、悪魔は明確な理由が明らかになっているみたいだ。その理由から、アタシが追放された理由も推測できないか考えるため、いろはちゃんを呼んだんだけど……)
「……はぁ……」
「ももこさん?」
「ももこがため息なんて珍しいわね」
「悩み事かなぁ?」
十咎ももこは首を直角に曲げて目を閉じ、腕を組んで空を仰ぐ。
(……さっぱりだ。やっぱり分からずじまい。アタシが危険な目に遭うのを避けるためって理由で追い出したのかってのは、最初アタシだって考えたさ。でもやちよさんはそこまで臆病じゃないし……アタシもそこまで弱くはなかった。強さの信頼は……あったはずだ。それにやちよさんの人が変わったかのような様子を見ていると、もっとほかに深い理由があるはずだと勝手に感じ取っていた。これは女の勘ってやつだけど。そして本音が二度と無茶をしないため? これはもう悪魔とアタシの前提条件が違うから参考にならない。アタシだってやちよさんの立場なら同じことをしたさ。ビンタくらい一発は喰らわせないと気が済まない。どんだけ心配したのかって話だ。
つまり────結局アタシが直接やちよさんに聞くしかないんだよなぁ……こんな遠回りなことしてないでさ……。でもまだ踏ん切りが付かない……いろはちゃんが来てから、少しやちよさん丸くなったかな? って思ったけど……今の話を聞く限り、またアタシを追い出した頃のやちよさんに戻っちゃったみたいだし……こりゃあ聞き出すキッカケが遠のいちゃったかなぁ……)
十咎ももこは思い煩う。
(やちよさん……アンタのこと、また分からなくなっちゃったよ……)
十咎ももこは深呼吸すると、悩みは一時中断して空元気を取り戻す。
「ごめんごめん! もうまとまったから。それでいろはちゃんは、これからどうするつもりなの?」
「私は……強くなりたいです」
「な、なんか漫画の主人公みたいなこと言い出したわね……」
「レナちゃん! 茶化しちゃダメだよ! いくら握り締めた手を見ながら言っているからって!」
「……こほん。それで? 強くなるって言ったら、やっぱり調整屋か?」
「それもありますけど……師事できる人がいた方が効率的かなと思って……既に鶴乃ちゃんにはお願いしているんです。やちよさんも“暇じゃないから鶴乃にでも師事しなさい”と言っていたので。ほむらさんやまどかさんも修行に付き合ってくれるみたいです」
十咎ももこは「いいんじゃない?」と賛同する。
「鶴乃は強いよ。そりゃあ、やちよさんの引き出しほどじゃないけどさ。シンプルに強いって感じ。あれで頭も悪くないから教え上手だと思うし……あれ? 意外と鶴乃って師匠向きなのか?」
「でも火力一辺倒なのが玉に瑕よね。小細工とか教えられなさそう」
「スペックだけで強いタイプだよね。才能の塊だけど、裏を返せば何もない、みたいな……」
「となると、天才とシンプルを足して2で割って……師匠としての完成度は50点って感じかな?」
「妥当ね」
「残り50点を埋めるなら、やっぱり座学と搦手が必要だよ!」
チームももこの容赦ない鶴乃評。
(はは……これ聞いたら、鶴乃ちゃん怒るだろうな……)
昼休み終了の予鈴が鳴る。
「おっと。じゃあこのくらいで。ありがとね、いろはちゃん!」
「はい。それじゃあまた!」
全員、人目につかないよう飛び降りて、それぞれのクラスに戻る。
その様子を木陰から見守っていた万年桜の傍らには、木陰にしゃがんで涼む凪の姿があった。
†