アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
昼下がりの栄区。栄総合学園の美術部G室にて。
悪魔は部室の戸を叩き、応答を待たずガラガラと開いて中に入る。
「邪魔するぞー」
「邪魔するなら帰ってなのー」
漫画を描いている御園かりんは棒読みで出迎え、アリナ・グレイは相変わらずカンバスと真剣に向き合っている。
「フィニッシュ」
「! 先輩完成したなの? かりんに見せてなのー!」
アリナ・グレイと御園かりんは同時に席を立つ。そしてカンバスを見に来た御園かりんの手からイチゴ牛乳を分捕ったアリナはジュージューと音を立てて飲み干した。
「あー! わたしのジュースー!!」
「頭を使ったあとは糖分補給が大切なワケ」
「だからってわたしのジュースで補給するのはやめてほしいのー!」
ズゾゾゾゾと容赦ない音がする。
「ところでデビルボーイ。新しい絵画は用意してるワケ?」
「スマホの写真でいいか?」
悪魔はスマホを手渡す。それを受け取ったアリナは、みかづき荘の水彩画に描かれた浮き出るクレヨンの個性的な面々を見つめる。
「相変わらず絵はゴミすぎて議論の余地もないんですケド。ただ印象は……これ、三枚目を見ないことにはまだ分からないタイプだヨネ」
「どういうことだ?」
「これ三部作ダカラ」
「? そんなつもりはなかったんだが……」
「一枚目は原点。二枚目は現状と変化。なら三枚目は必然
「! それはそうだが……なぜそれを?」
「絵には描いた人のソウルが宿る。アリナの審美眼があればそのくらい見抜けて当然なんデスケド」
「先輩すごいの!」
アリナはスマホを返す。
「ただ三枚目は絵じゃなくて、
「────」
さりげない宣戦布告。そのあまりにも自然な“アリナはマギウスだからいずれ戦う時が来る。その時がデビルボーイの末路なワケ”という心情を直感し、悪魔はなんと返せば良いのやらと困惑する。
「一枚目が評価に値しないゴミクズなのは変わらないケド、あれがデビルボーイの原点だと思えば、二枚目には少し期待していたワケ。そして結果は予想通り過ぎて残念だけど、期待からは外れてないから、まぁまぁってところダヨネ。採点するなら可もなく不可もなくの“並”って
そんな評価を下したアリナは振り返り、新しいカンバスを取りに行く。
「……感想どうも。ところでアリナ。お前のことでちょっと話があるんだが────」
悪魔が話し掛けようとした瞬間、ガラガラと戸が開く。来客は見知らぬ教師。値踏みするように教室を見回すと、アリナ・グレイの背中を見つけてキッと睨む。そこで悪魔は直感する。その教師はプライドが高く意固地で頭でっかち尻つぼみな人柄だと。そして御園かりんは相手が誰か知っているのか萎縮しており、アリナ・グレイは我関せずと新しいカンバスを設置する。
「君が“美術部のはみ出し者”アリナ・グレイか」
「?」
「私は栄総合学園に来た新任教師でね。以前の先生が休暇を取られている間、私が代わって美術部の顧問になった」
「……あっそ。じゃあよろしく。でも顧問とかアリナにはどーでもいーことダカラ、もう帰っていいヨ」
「そういうわけにはいかない。君みたいな調和の取れない生徒がいては困るんだ。我が校の恥と言ってもいい」
「あー。それもアリナにはどーでもいーことなんデスケド」
「どうでもいい? 周りからジーニアスアーティストとはやし立てられたせいか、随分な跳ねっ返り娘になってしまったようだね」
「関係ないことグチグチ言いに来たならゴミ箱にでもシャウトすれば?」
性格の悪そうな教師と性格の悪そうなアリナのトゲトゲとした会話。
それを見守る御園かりんは「あわわわわ」と滝のような汗を流して狼狽する。
「かりん。これはどういう状況だ?」
「とうとう“栄えられなかった嫉妬教師のうわさ”のご登場なの……前の顧問の人は優しかったんだけど、ちょっとケガして入院することになったの。それで新しい顧問が入ることになったんだけど、その新しい顧問の教師の性格がとても悪いという噂が立っていたの……でも今ので分かったの……噂は本当だったの……このままじゃわたしとアリナ先輩の教室がお取り潰しにされる可能性が無きにしも非ずなの……!」
「そうか。それはまた面倒だな」
悪魔は直感する。嫉妬教師は憂さ晴らしさえできれば勝手に立ち去る。それまで適当に相手していれば嵐は去る。そのため椅子にもたれかかって瞑想することにした。
「今の話を聞いて呑気に寝られるのは部外者だからなの! デビ太郎見損なったの!」
そう言う御園かりんは、嫉妬教師の相手をアリナ・グレイに任せて、悪魔の背後にしゃがみこんで身を隠した。美術部G室に響く罵詈雑言。悪魔は知らぬ存ぜぬを通すが、背後の御園かりんはビクビクと怯えている。対する前方のアリナと嫉妬教師は暴言しかない言い合いがヒートアップしていた。
「あーウザイんデスケド……話を聞く限り、自分の才能のなさを八つ当たりしているダケ……むしろその情動を芸術にぶつければいいのに……ファック……」
「っ……!? いま君、教師に対してなんと言った……? このことは上に報告させてもらう。そうなれば君たちは部活動できなくなるだろうね……!」
(……魔女の口付けを受けているワケではナイ……つまりただの頭おかしいヤツ……まともに相手しても時間の無駄だから、この際フールガールに……いや、フールガールはそもそも相手にならないか。コイツはアリナに用があって来たんダカラ……ハァ、面倒なんデスケド……、────あ、そうだ)
アリナは閃いた顔をして振り返る。
「ちょっとデビルボーイ。コイツ追い払ってくれナイ? 超直感を使えば楽勝だと思うんデスケド」
「……そう来たか。ではその代わり、オレの質問に答えてくれるか?」
「交渉成立。あとは任せたワケ。あ、でもただ追い返すだけじゃ芸がないカラ、アリナの分の苛立ちもぶつけてほしいんデスケド」
「それは受けかねる」
悪魔は面倒な仕事を背負ったと後頭部を描きながら席を立ち、アリナと入れ替わって嫉妬教師の前に立つ。
「? なんだ君は……おい、アリナ・グレイ! 僕の話はまだ終わっては────」
「あの、すみません。迷惑なので帰っていただけますか? 話を聞く限り、そちらの言い分に正当さが皆無だったんですが」
「……なんだ? 見たこともない生徒だが、この私に向かって一丁前に口答えか?」
「先輩っ! アリナ先輩! デビ太郎が殺されちゃうの!!」
「黙って見とけばいいと思うんデスケド」
アリナ・グレイは席に座り、カンバスの前に集中する。そのカンバスの後ろ側に避難していた御園かりんは必死に嵐が過ぎ去るのを待っていた。
「女子にいいところでも見せたいのか?」
「まぁそれもありますね。ただ────」
「────ハッ。何を言うかと思えば素直でいいじゃないか。では素直に退いてくれないか?」
「いえ。そこは素直に応戦します。加えて宣言しますが────」
「いい加減にしろ! 君と話すことはない! 弱い奴ほどよく吠えるな!」
「
「────」
嫉妬教師は言葉尻をひとつ間違えたことで舞台を降ろされた経験があるらしい。そのトラウマを超直感で見抜いた悪魔は、相手を精神的に追い詰めない程度の鋭利さで傷を抉り取る。
「……お前、あとで職員室に来い」
「屋上の間違いでは?」
「黙れ! 減らず口め……僕は忙しいんだ!」
「ところでアリナ。せっかちな人は“忙しい”が口癖とよく言うが、そんな忙しい人に掛けた方がいい言葉って知ってるか?」
「っ? おい、いきなりなんだ、僕を見て話せ────」
「それはな? “何かあれば話を聞くよ?”だ」
アリナはブラックジョークに気付いて瞬時に乗っかる。
「フーン。でもそのティーチャー、
「────────」
「オレも一言居士なきらいはあるが、それならせめて相手の話も聞かないとなぁ?」
人の話を最後まで聞けない人は、そんな質問すら聞く耳を持たない。故に転落した。道理である。
さらに悪魔は、あえての稚拙な言い回しで畳み掛ける。
「そんなんでこの先生きていけんのかなぁ? あ、すみません。自分、先生と違ってコミュ強なもので。自然とつまらないジョークが出てしまいました」
「ぷっ!」わざとらしいアリナ・グレイの失笑。
「もはやいじめなの……」憤死一秒前の嫉妬教師の顔色を見てしまった御園かりんの呟き。
「っ……お、お前、覚えとけよ……! こんな美術室、すぐに潰してやるからな!」
「へー。先生が言ってたことってホントなんですねー。“弱い奴ほどよく吠える”」
悪魔は言われたことを言い返す。嫉妬教師は喉を引き絞るような声を出すと、それきり黙りこくってしまった。
そして悪魔とアリナ・グレイは同時に高笑いを上げる。“キョキョキョ!”という嘲笑が部室を渦巻き、嫉妬教師は思わずたたらを踏み、退散。力の限り叩きつけるように戸が閉められた。
「交渉終了だ。また来た時のために暗示でも掛けておくか?」
「その必要はないと思うワケ。なぜならデビルボーイの会話は廊下中に響き渡ったカラ」
近隣の教室からザワザワとした喧騒が聴こえる。
誰かがあの嫉妬教師を撃退したらしい、という噂が加速度的に広まっているようだ。
「そうか。それは悪いことをしたな……」
「悪意のある煽りをしておいてそのセリフは、ちょっとアイロニーが過ぎるんですケド?」
失笑する悪魔は席に戻り、恍惚と悪い笑みを浮かべるアリナはパレットを手に取る。
そのやりとりを見た御園かりんは、そっと席に戻って二人の距離感を見つめていた。
(先輩とデビ太郎……狂人は狂人としか合わないと思っていたけど、それは間違いだったの。嫉妬教師を撃退するために意気投合して嘲笑っていたのは、もはや悪友の関係性だったの!)
そのように御園かりんは認識を改めるが、本当に悪魔は狂人ではないのだろうか。
時が流れる。
一時間が経った頃。突然アリナ・グレイが発狂しつつ絶叫を上げた。
「ヴェアアアアアアアアアア!! あのクソティーチャーのせいでエンヴィーなテーマしか思い浮かばないんデスケドォオオオオ!」
びっくりした悪魔は席からずり落ちる。ほんの一秒前まで沸々と煮え立ちながらカンバスと向き合っていたアリナ・グレイは、超直感でも捉えきれないスピードで噴火した。たしかに前兆はあったように思うが、それでも普遍的な人間の感性から逸脱したスピードでの発狂は、さすがの悪魔でも驚いた。今までにない心理傾向である。伊達に内発的な気持ちをテーマにするアーティストではないということか。
「せ、先輩……心臓が口から飛び出そうだったの……分かっててもびっくりするの……」
「かりん……お前は予測できていたのか……オレはさっぱりだった……」
「ァアアアアアアアアアアア! こうなったらフィールドワークなんデスケドォオオオ!」
「!? で、デビ太郎! ここは逃げた方が賢明なの! 巻き込まれるのはわたしだけで充分なの……」
「いや、かりんを放ってはおけない」
「ヴァアアアアアアアアアア!!」
「デビ太郎……っ!」
何も描かれていないカンバスを
「フールガール! ついでにデビルボーイも来るんデスケド!!」
「お前よくあんな奴と一緒にいれるな?」
「一年の付き合いでもう慣れたの……」
発狂状態のアリナ・グレイを一人にしておくと何をするか本気で分からない。そのため見張り役として悪魔と御園かりんは付いていく。決してアリナのフィールドワークを手伝いたいわけではない。
「エンヴィーはライバルとオーディエンスありきのエモーションなんですケド! アリナはそういうのどーでもいーワケ! 他者に惑わされないオンリーワンこそアートの極致なんデスケドォオオオ!!」
「ならその憤怒を描けばいいんじゃないか?」
「エンヴィーに当てられたレイジは二流なんですけど! そんな濁った怒りは論外なワケ! くだらない質問しないでほしいんデスケド!?」
「デビ太郎。今のアリナ先輩には何を言っても理不尽な答えしか返ってこないの……」
「理不尽というか、基本罵倒で返されるというか」
アリナは学園を出ると、まっすぐと栄区を出ようとする。
「おいアリナ。どこに行くつもりだ」
「新鮮な絶望を集めるに決まってるんデスケド! それがマギウスの使命なワケ! そして人の絶望顔はインスピレーションが降って沸くから一石二鳥なんデスケド! キョーキョキョキョ!」
「……いや、その。それについては追々質問しようとは思っていたが、今の質問で答えるなよ……」
悪魔はアリナの奔放ぶりを見て呆れ返る。
「先輩? マギウスってなんなの? 食べ物なの?」
「シャラッ! ……そういえば、今日は神浜市の小学生が合同会を開くって灯火とねむが言ってた気が……こうなったらそこに乗り込むんデスケド! キッズはメンタルが弱いから絶望させやすいんデスケド!」
「えぇ!? 先輩、小学校に突撃するのはさすがにまずいの! またおまわりさんに連行されちゃうの!」
悪魔は直感する。そうひどいことにはならないと。だが巻き込まれないためにも一定の距離を保つ悪魔と御園かりんであった。
†
午後。中央区の公民館。神浜小学生合同会にて。九つの区画の小学校から集った大勢の児童がカルタやめんこで遊び、中央学園の生徒会が考えたレクリエーションに興じている。その中には環うい、百江なぎさ、フゥ太、千秋理子の姿があった。
「まさか転入初日でこんな大きな行事があるなんてびっくりだね」
「覚えることだらけで疲れているのですから、ちょっとは休ませろなのです」
「ねぇ僕かけっこで一等賞取れたよ! 金メダルと交換でチョコを多く貰えたんだ。これ上げるよ!」
「わぁ! ありがとう、フゥ太くん!」
「チーズ味はないのですか? まったく品揃えがわりぃのです」
三人はサイコロのようなチョコを頬張ってコクの深い甘みを味わう。
「あ、そうだ。なぎさちゃん、わたしたち以外の魔法少女がいるの、気付いた?」
「最初から気付いているのです。あそこでクイズに挑戦している青いリボンが可愛い子なのです。確殺賭博場で共闘しましたが、そういえば挨拶も自己紹介もまだのまま別れてしまったのです」
それも無理はない。全員、帰りはとにかく疲れ切っており、生き延びたことを安堵するだけで精一杯だったのだから。
「へぇ。同じ小学生で魔法少女なら、仲良くなれるんじゃない?」フゥ太が聞く。
「声を掛けたいんだけど、なかなか機会がなくて……」
「それもこれもレクリエーションが多すぎるのです。なのでういは休憩中と言って、ここで彼女のクイズが終わるのを待っているのですよ」
「そうだったのかぁ。あ、僕、友達に呼ばれてるから行くね」
「チョコありがとうね!」
「次はチーズを持って来いなのです!」
「僕はなぎさのパシリじゃないよぉ~」
フゥ太は男子の輪に戻っていく。
その時、環ういと百江なぎさは、二つの魔力パターンを感知した。
「っ!? え、この魔力パターンって……!」
「────うい。なぎさの後ろに下がっているのです」
百江なぎさは環ういを守るように背後に押しのけて臨戦態勢を取る。
さも当然かのように公民館に入ってきた二人の魔法少女。暗示の魔法でも使っているのか、周囲の教師は新しい児童の登場に全く気付かず、その侵入を許してしまう。
「あ、見つけた! あなたたちが我々マギウスの邪魔をする、みかづき荘のお子様連中ね!」
「見るに愚かそうな面構えだ。片方はイブの依代だが魔法少女としては未熟すぎる。もう片方は危険だね。その歳でベテランにも引けを取らない実力が窺えるのは敵ながら尊敬に値するよ」
「────灯花ちゃん……ねむちゃん……」
環ういは絶句する。目の前に現れた魔法少女は里見灯花と柊ねむ。彼女らは今たしかにマギウスと名乗った。口寄せ神社の時からほぼ確定として予想していたが、それでも現実として現れると信じがたく、動揺する。
「にゃ? どーしてイブの依代が、わたくしたちの名前を知ってるのかにゃー?」
「興味深いね。深い睡眠状態にあると思っていたが、実は意識があった、とかかな?」
「え……お、覚えてないの……? 口寄せ神社の時もそうだったけど……ホントにわたしのこと、何も知らないの?」
「しーらないっ! むしろキライ! 大キライ! どうして全ての魔法少女を解放する力を持っているあなたが、マギウスに楯突くのか理解できない!」
「たしかに君の半魔女を利用させてもらう形にはなったが、そもそも僕らがいなければ君はあそこで完全に魔女化して死んでいたんだ。それを恩に感じてもらうことはあれ、こうやって敵対される覚えはない」
「そ、そういうことじゃなくて……! えっと、あのね? わたしたちね? 里見メディカルセンターで、同じ病室で入院していた、親友なんだよ?」
「は? なにこの子はわけのわかんないこと言ってんのかにゃー?」
「僕たちが入院していたことも知っている……? しかし親友とはよくわからない。僕の旧友は灯花のみだ」
混じり気のない敵意。かつても今も親友だと思っている環ういは、変わってしまった二人から向けられる鋭い目付きに耐えられない。ソウルジェムが明滅する。
「ちょいちょい。なぎさを放置して口論しないでほしいのです。まず何をしに来たのです? まさかなぎさたちを殺しに来た、なんてことは言わないのですよね?」
「さすがにこんな場所でドンパチやる気はないよ。そんなことをしたら、あの悪魔が飛んでくるだろうし」
「わたくしたちはスカウトをしに来たの! もちろん数々のウワサを潰したにっくきあなたたちのことじゃなくて、わたくしたちと並ぶに相応しい才能の持ち主をね!」
里見灯花と柊ねむは、完全に環ういと百江なぎさを視界の外に外すと、青いリボンの子・千秋理子を見つめ出す。
「え……まさか、あの子を!?」
「見る目があるようでないのです」
「うっさい! あなたたちには関係ないから引っ込んでなさいよね!」
「もし邪魔立てするようならそれなりの措置を取らせてもらう。なに、暴力は働かない。本当にただの勧誘さ」
クイズのレクリエーションが終了した千秋理子は、生徒会の人に丁寧にお辞儀して友達と立ち去る。そこで里見灯花と柊ねむが強力な念話を飛ばした。
(────っ!?)
(ちょっとあなた、ツラ貸しなさい)
(千秋理子だね? 手荒な真似はしたくない。会話に応じてくれるかな?)
(…………)
千秋理子は友達と離れて恐る恐る近付く。
そうして広いフロアの中央に、五人の魔法少女がそろい踏みした。
「え、えっと……みなさん魔法少女、ですよね? わたしに何か、用ですか……?」
「あなた、魔女化のこと知ってるわよね?」
「それならマギウスに入る資格を有していることになる」
「え? え……?」
「以前から目を付けていたのよ。キュゥべえにも聞いたわ。神浜市で優れた魔力係数を持つ魔法少女は千秋理子という少女だって」
「灯花。まずは自己紹介からだ」
二人は名乗る。自分たちはマギウスという魔法少女の組織を設立した三巨頭のうちの二人であり、魔法少女の運命を救うため神浜市で活動していることを。
「この神浜市は、わたくしとねむが作った自動浄化システムによって、魔女になることがない魔法少女の楽園になったの」
「その自動浄化システムを世界的に広げるためにも、千秋理子。君にマギウスに入ってほしいんだ」
「わたくしたちマギウスには、一人では魔女を倒せない弱い魔法少女ばかりが集うの」
「ウワサやペルソナカード、人造魔法少女や様々なものを作り、さらに複製魔法少女を利用することでマギウスの戦力強化を図ってきたが、マギウスの活動を邪魔する勢力の台頭によって、それもままならなくなってきた」
「そこでわたくしたちは強い魔法少女を求めているの」
「君のような素晴らしい才能を持った子が来てくれると、非常にありがたいんだ」
「わたくしは発明の天才、ねむは発想の天才。でもそれじゃあ足りないんだにゃー」
「僕らを確実に守ってくれる戦闘の天才が欲しいんだ。なに、今は未熟でも、巴マミに鍛えてもらえばすぐに追い越せるさ」
「もちろん最初は黒羽根から始めてもらうけど、きっと理子ならすぐに白羽根になれちゃうよ!」
「幹部だって夢じゃない。君は最強の魔法少女に並び立てる存在なんだ。こんなもったいない話はないと思うんだけど」
そこで百江なぎさが口を挟む。
「理子。その二人の話は狂人のたわごととして聞き流した方が賢明なのですよ。魔法少女を救うと謳いながら、大勢の一般人の犠牲を強いているのです。その理念は、もはやテロリストと何も変わらないのですよ」
「え……それ、本当なの……?」
千秋理子の疑問に、環ういが答える。
「昨日わたしたちが戦ったミネルヴァのウワサも、ねむちゃんが作っただよ……」
「そうだよ。確実に悪魔を葬るつもりだったけど、まさかクリアされるとはね」
「……!」
ウワサ。悪魔とマギウス。魔女化と自動浄化システム。一度に沢山の情報を入手した千秋理子は、動揺しつつも判断を下す。
「あの、ごめんなさい……わたし、マギウスとかそういう話、まだよく分からなくて……そういう怪しい宗教には入っちゃいけないって、お父さんとお母さんが言ってたし……」
「マギウスは宗教組織じゃない!」
「ご両親はいい教育をしているね」
「……でも、ひとつだけ聞きたいことがあります。悪魔さんをあんな目に遭わせたのは、どうしてなんですか……?」
「そんなのマギウスの活動を邪魔する危険因子だからに決まっているんだにゃー」
「当然の措置さ。だって彼は、僕ら魔法少女の敵なんだよ?」
「…………でも、わたしには、そうは思えません……」
「ありゃ。交渉決裂?」
「報告では悪魔との契約によって、彼女の愛犬を蘇らせたとのことだし。僕らより目に見えて恩があるのは仕方ないんじゃないかな」
「あの……だから、ごめんなさい……」
「謝るくらいなら入ってほしいんだけど!」
「灯花。無理強いは良くないよ。彼女も混乱しているんだ。とりあえず今日のところは帰ろう。交渉は保留ということで。僕らも諦めるつもりは毛頭ないんだし。何事も焦ってはいけないよ」
にゃー! と暴れる里見灯花の両脇をしっかりと抱え込んだ柊ねむはジリジリと後退していく。
その時、公民館の重い扉が勢いよく開け放たれた。
「ジーニアス・アーティストのアリナ・グレイが、お子様たちの遊び場に乱入して絶望させちゃうんデスケド!」
「え……」
「アリナ……なぜここに……?」
「アラ。やっぱり灯花とねむもいたんダネ。なら遠慮は無しなんデスケド! そこにいるのは巴マミの後釜を担う、例の超強力な魔法少女なワケ? 見るに交渉決裂して帰るところみたいだけど、それならいつも通り叩きのめして洗脳すればいいだけの話ダヨネ!」
「ちょ、アリナ! 人聞きの悪いこと言わないでよ! 洗脳はあくまで最終手段なのに!」
「はぁ……せっかくの穏便な交渉が台無しだ……今回ばかりは友好的な関係を築きたかったのだけどね……」
教師陣を振り払ったアリナ・グレイは千秋理子の前に立って品定めする。
「ひっ……」
「────物分りの良さそうなエンジェルフェイス。純粋が過ぎて何も罪がなさそうなのが玉に瑕ダヨネ。むしろ無知の罪が過ぎるようで、なんかシラケてくるんデスケド」
場が騒然とする。教師陣は「おい、あれ、あのアリナ・グレイだよな?」「また問題を起こしに来たの?」と捕まえに走り、児童達は「なんかヤベェ奴が来た!」「女の子が襲われそうだ!」「助けないと!」とランドセル置き場に疾走する。
「あ、あの……なんですか……?」
「…………」
「……こ、こわいよぉ……っ」
千秋理子は涙目となって萎縮する。教師たちはアリナ・グレイの肩を掴んで「なにしてるんだ!」と詰め寄るが、当のアリナは千秋理子の観察に忙しく見向きもしない。
「おい! オレたちのクラスメイトから離れろ!」
「理子ちゃんから離れないと大変な目に遭わせるわよ!」
アリナ・グレイを取り囲む工匠学者・初等部の児童たち。ほか勇敢な児童。その中にはフゥ太もいた。
「ワッツ? アナタたちがアリナをどうこうできるワケ? 片腹痛いんデスケド!」
「なにぃ~? 見てろ!」
「喰らいなさい! お子様の必殺兵器!」
『社会的抹殺音波ァ────!!』
百人の児童が一斉に防犯ブザーを鳴らす。
「ヴォアアアアアアアア────!!?」
「にゃあああ! うるさーい!」里見灯花は両耳を閉じると脱兎のごとく公民館を飛び出す。
「聴覚遮断……」柊ねむは赤の他人のフリを押し通すがごとく呆れた目で公民館を出て行く。
「うるせぇえのですぅうう! 音が反響して地獄なのですぅう!」
「耳がぁ……! 笛花共鳴よりスゴイ……!」
「うぅ……!」
両耳を抑えて悶絶する百江なぎさと環うい、千秋理子。
周囲の児童たちも泡を吹いて自滅し次々と倒れていく。
やがて“ファンファン”とサイレンが鳴り響いた。
†
夕焼けの公民館の前に数台のパトカーが集う。女性警官に職質されるアリナ・グレイ。
「アリナさんまたですか?」
「ヘイ、なんかよく見た顔のポリスウーマン。アリナはただフィールドワークしてただけなんデスケド」
「そう言ってこの前のクリスマスは“サンタなんていないんデスケド!”と叫び続け、子供たちの夢を破壊して回ってたじゃないですか」
「あれはキッズの泣き顔の資料がほしくテ……」
「とりあえず栄総合学園に連絡を入れますね」
女性警官はスマホを取り出して学園関係者と通話する。
「……え? いつもの美術部顧問の人は、ストレス性の胃痛で倒れて入院している? そうですか……」
「なんでそこでアリナを見るワケ?」
パトカーに乗せられて神浜警察署に連れて行かれる、全てが自業自得のアリナ・グレイ。
その一部始終を建物の屋上から眺めていた悪魔と御園かりんは、呆然を通り越した目で見下げ果てていた。
「なぁあいつ“ッバカ”なのか?」悪魔は心底からツッコミを込めて“バカ”という単語を溜めて衝く。
「バカと天才は紙一重なの……」あきれて決まり文句しか言えない御園かりん。
天才とは紙一重の
これにはあの嫉妬教師も、アリナ・グレイがヤバすぎて我がふり見直し、まともになるしかないだろう。
夕陽の大通り。揺らめく陽炎の地平線の向こうに、アリナ・グレイを乗せたパトカーが消えていく。
その姿を悪魔と御園かりんは、まさしくあいた口がふさがらないまま、唖然と見送ったのであった。
†