アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
5月3日【常盤ななかのやったことはキュゥべえと変わらない】川尻浩作〔更紗帆奈〕
神浜市の深夜未明を見渡せる頂きにて。
「さて、次は誰で楽しもうか……」
成人男性。寡黙で誠実なサラリーマン。酒は好まず椎茸が苦手。妻子をいち早く楽させるため仕事に熱心だが、裏を返せば家族を省みる機会が少ないため、堅実すぎてつまらない男と称される。そんな男、川尻浩作はもう死んでいる。
「
常盤ななかの破滅に照準を定めた更紗帆奈は準備を始める。情報を集め、適当な白羽根を倒してペルソナカードを奪い、鏡の魔女を用いて手駒を用意。
「やっぱ外堀から埋めるべきだよなぁ……」
暗示魔法を上書きするためのストックは用意している。
夏目かこの《再現魔法》を《上書き》し、夏目書房に赴いて過去に起きた出来事を再現する。空間に投影される宇宙の記録。それを丹念に繰り返していくうちに、更紗帆奈は驚くべき事実を知った。
「うっわぁ……テメェこそ吐き気を催す邪悪じゃ~ん……いや、自分が悪だと気付いていない最もドス黒い悪か……?」
暗示魔法を上書き保存し、適当な魔女とウワサさんを捕獲。混ぜ合わせて“魔女ガタリ”を作成。遮断魔力で封じ込め、ふたたび再現魔法を上書き保存。
「さて、行くかぁ」
更紗帆奈は最たる理由を持たぬまま、強いて言うなら誰かの絶望を見るために、朝の雲雀が鳴く街に繰り出した。
†
早朝。七瀬邸の寝室。七瀬ゆきかは布団の中でうずくまり、一向に出てくる気配がない。扉が開閉され、おぼんの上に朝食と紅茶を乗せたミザリー立会人がキビキビと動いて現れる。
「おはようございまぁす! 七瀬ゆきかサマ、わたくしがお作りした朝食でございます! これでも立会人のウワサに改造される前は、マギウスの調理場を任されていた“一介のウワサさん”だったのですよぉ! 三巨頭と梓みふゆサマ、巴マミサマからも絶賛されるほどなので、実質5つ星でございます! 梓みふゆサマの体重を増やさせてしまったのも、わたくしが原因と言って差し支えないでしょう! ですので安心してお召し上がりください、朝餉はハワイの味でございまぁす!」
「……ありがとうございます」
朝食の香ばしい匂いに誘われてベッドから出た七瀬ゆきかはスプーンですくって一口。
「ん。おいしい……」
「ありがとうございまぁす! 灯火サマもねむサマも、なかなか朝は起床してこないので、ベッドから出ない方はこれこのように誘い出す腕前が身に付いたのです! ところで気に障っても味が落ちない自信があるので窺いますが、どうして布団にくるまっておられたのです?」
「それは……」
七瀬ゆきかはスプーンの手を止めず、むしろ加速させて心の内を語りだす。
「悪魔とのデス・ゲームから日を跨いで、自分の罪深さに気付いたんです。どうして私はあんなにマギウスに忠誠を誓っていたのか。マギウスを良いものだと思い込んでいたのか。理性的なつもりでしたが、まるで思考が
「それは《受信ペンダントのウワサ》の影響でございます。有り体に言えば洗脳。軽いマインドコントロールでございます。七瀬ゆきかサマに責はございませんよ。……大空ゲームのあとの
「ぐっ……」
七瀬ゆきかは目を閉じ拳を握り締めて冷や汗を流す。恥辱の歯ぎしりもしている。
「あのとき既に七瀬ゆきかサマの懐に忍んでいた受信ペンダントのウワサは黒ずんで破壊されていました。元々そのスリルジャンキーな所を買われて、悪魔確殺計画の尖兵として洗脳されたのですから、ああなるのは計画通りではあるのですがね」
「ですから私は……いつか悪魔さんと、みかづき荘の方々に謝罪しなくてはならなくて……」
「要するに現状を受け入れるのに少々時間が掛かっているだけでしたか。洗脳が解けた後は混乱が激しいでしょうし。自己嫌悪と罪悪感の昇華は、しばらく食べ物を消化していれば、おのずと薄れゆくものです。それで発起する心が芽生えてきた頃に、みかづき荘にお伺いすればよろしいでしょう」
七瀬ゆきかは朝食を平らげると「御馳走様でした」と両手を合わせる。
「ところで、あの……立会人さんは、なぜ私の家に……?」
「ハイ? 悪魔サマの取り立て内容通り、わたくしの身柄は取り立てられて七瀬ゆきかサマの使用人のような立場になったのです。まさかお忘れで?」
「えっと……ぶっちゃけ賭けるものはどうでもよかったので、
「────ホッホー! さすがはマギウスが目をつけたスリルジャンキー! いえ、ギャンブルジャンキー!」
「か、からかわないでください!」
ミザリー立会人の嘲笑に、七瀬ゆきかは顔を赤らめる。
「……そ、それと……ただ謝るだけでは気が済まないので……私に考えがあるんです……」
「ホ?」
「立会人。私とゲームしませんか? 私が勝てば、立会人には或るうわさを流してもらいます。きっと悪魔さんは、マギウスによって悪評が流されているでしょうから……そのネガキャンから守るためには、やはりうわさで対抗するしかないと思うんです」
「……ホ。もしやそれも布団の中でお考えで? 頭が回りますねぇ。いいでしょう、ではどのようなゲームを? わたくし、どちらかというと遣るより観る方が好きなのですが……正直普通に命令くだされば遂行する内容ですので、わたくしの方から賭けるモノもないのですが……」
「構いません。実は私もただ遊びたいだけなんです。ロシアンルーレットでどうですか? 私が勝っても負けても、私だけがロシアンルーレットをするんです」
「それあなたがドキドキしたいだけじゃありませんか。わたくしが殺人罪を被るだけなのでやめてください」立会人はいつになく真顔で返した。
「ウワサに人権ってあるんですか? 法律は適用されないと思うんですけど……」
「ホ。たしかにー! では遣りましょうか! ではわたくしが勝っても負けても、七瀬ゆきかサマの命は保証するという内容で!」
「えー」七瀬ゆきかはいつになく絶望した。ソウルジェムが明滅している。
「……しかし、わたくしも頭部ゼロ距離から放たれる音速の弾丸を止める自信はありますが万が一いえ十が一ということもありますので」
「それじゃあ是非やりましょう!
「もしやわたくしとても怖い人の使用人になってしまいました? ホッホー!」立会人は見抜いていた。スタンドを発現し、リボルバーを取り出した七瀬ゆきかは、
かくしてトランプを引っ張り出してきた七瀬ゆきかは、賭け事としては出来レースが過ぎるゲームを始めた。それはもはやただのババ抜き。いかにジョーカーを引かせるか、引かないか、という心理戦が勃発し、寝室に七瀬ゆきかと立会人の叫び声と笑い声が上がる。そうしてゲームの決着が着く頃には、二人はもう友人になっていた。直後、一発の銃声が鳴り響き、恍惚恐怖の笑い声と心臓萎縮の絶叫が屋敷を越えて響き渡った。
†
昼休み。新西区の神浜市立大附属学校・中等部の校舎にて。夏目かこは廊下を歩いていた。
「ホ。あなた、魔法少女でございますか?」
「────え?」
突として夏目かこの傍らに並び歩く女子中学生。彼女もまた魔法少女なのか? いきなり声を掛けられたことで夏目かこは何事かと動揺する。
「では耳よりの情報を。“魔法少女を助けてくれる悪魔のうわさ”があるというのはご存知ですか?」
「……? ……い、いえ……」
「では語りましょう。うわさしましょう」
名も無き女子は語る。
悪魔は男性である。悪魔はキュゥべえを連れている。悪魔は多くのソウルジェムひいては魔力パターンを有している。悪魔は魔法少女を元の人間に戻すことができる。人間に戻った少女はキュゥべえと再契約できる。悪魔は善良を絵に描いた狂人である。悪魔は心が読めるし、勝負事では負け知らずだし、全てのルールを無視できる
「ついでに、悪魔は魔法少女軍団を作り上げている、というのがマギ……いえ失礼。とある界隈でうわさされている内容でございます。面白いですね? もし本当にそんな方がいれば、一度会ってみたいものです。そうは思いませんか?」
「え、えっと……そうですね……? でもそれ、ただのうわさなんですよね……?」
「左様です。よって半信半疑に興味を持たれる程度でよろしいと思いますよ。血液型診断で一喜一憂する程度の認識で楽しみましょう」
「そ、そうですか……えっと……耳寄りな情報を、ありがとうございます……?」
「いえいえ。それでは~」
先行く名も無き女子は廊下を曲がると、忽然と姿を消していた。
「────? ??」
夏目かこは周囲を見渡し、魔力パターンを探るが、先ほどの魔法少女? らしき人を見つけることは叶わなかった。
「な、何が起きたの……?」
ともあれ図書室に行って本を返さなければ。夏目かこは時計を見ると、階段を降りて先を急いだ。
†
夕方。放課後となり夏目かこは家路に就く。
参京区の商店街で営む夏目書房。店に入ると、店内では一人の男性客が小説をペラペラとめくって読んでおり、足音を立てた夏目かこと不意に目が合う。
「あ、いらっしゃいませ……」
「……? もしや店の人かな?」
「はい。何か気に入った本などはありましたでしょうか?」
「あぁ。この夏目漱石の“こころ”という本が随分と懐かしく感じてね。昔、国語の授業で“Kという人物の気持ちを答えなさい”とあり、私はそれになんと答えたんだったか……はは。遠い昔の話で忘れてしまったよ」
「そうですか……もう一度読んでみれば、思い出すかもしれませんよ?」
「そうかもね。ただKのことを考えると胸が苦しくなる……今は気落ちしたい気分ではないから、やはりやめておこうかな。しかしこれでは冷やかしになってしまう……何か買わないとな……」
「気にしなくてもいいですよ?」
「いや、こういうことにはこだわるタチでね。一度入った店は手ぶらで出ないようにしているんだ。それで質問なんだが、何かオススメの本はあるかな?」
ならばと夏目かこは棚を見上げ、一冊の書物を取り出す。
「夏目漱石にご興味は?」
「強くはないが、全くないと言えば嘘になるかな」
「では、こちらの“それから”というご本はどうでしょうか?」
「ほう。具体的なあらすじは……いや、それは買って帰って読むとしよう。レジはこちらかな?」
「はい」
男性客はレジに向かい、店番を務める夏目かこの父親に金を払って古書を購入する。店を出ていくと夏目かこが待っており、丁寧にお辞儀してくれた。
「ありがとうございました」
「こちらこそありがとう。いやぁ。礼儀正しい子を見ると、ふっと胸が爽やかな心地になる。重ねて礼を言うよ」
「そんな……ありがとうございます。またのご来店を楽しみにしています」
「……ふむ。やはり素晴らしい。そんな君には、やっぱり然るべき真実を知らせておくべきだろう。私の良心に従ってね」
「────?」
男性は首元のネクタイを少し緩めると、書店の手前に設置されているベンチに腰掛ける。
「私の名前は川尻浩作」
「……あ、私は夏目かこと言います……」
「君は真実を知りたくはないか?」
「え? あの……すみません。どういう意味でしょうか?」
「────ソウルジェムには、どんな秘密があるのか」
「……!」
「それを知っていながら君に教えず、魔法少女の道に引きずり込んだ中立・善の黒幕が誰か」
「…………」
「知りたければ、そこの電柱の空間に再現魔法を掛けるといい。過去に起きた出来事を
川尻浩作はすっくと立ち上がると姿勢よく帰路に着く。
その後ろ姿を眺める夏目かこは、怪しいとは思いつつも一本の電柱を見つめていた。
†
深夜。夏目かこは自室の窓から外出する。チームななかの活動として、このようなことは日常茶飯事のため、いかに家族に気取られず家を出るかの技術については疾うに長けている。
(……怪しい。なぜ川尻浩作さんは、私の固有魔法を知っていたんだろう……? 男の人なのに魔法少女の世界を知っている点も気になる……)
そこで夏目かこは“魔法少女を助ける悪魔のうわさ”を思い出す。
(まさか……いや、今は確実な証拠が欲しい……いったいなんのつもりで私に近付いてきたのか……それを確かめるためにも……)
夏目かこはなんの変哲もない電柱を見やる。
(私の再現魔法は、自分の能力を超えるようなものは再現できない。加えて
とりあえず試してみる。過去の出来事を再現すると念じながら再現魔法を行使するが────何も起きない。
「惜しい。そうじゃない。もう一度試してみたまえ」
「────っ!」
暗闇の路地から川尻浩作が現れる。
「構築魔力を使うんだ。アカシックレコードという言葉を知っているかね? 宇宙は事象を記録している。地面は誰に踏まれたのか覚えており、空間はそこで何が起きたのか覚えている。知性の記録は記憶と言うが、物質の記憶は記録と言う。投影機という言葉を知っているかね? 今時はホログラムとも言うのかな? 映すんだ。劇の幕が上がるように。再現魔法で空間記録を再現し、それを目で見るため構築魔力で映写するんだ。もちろん、いつの出来事なのかも克明に念じなければいけないよ。……私の言っている意味が分かるかな?」
夏目かこは、とりあえず川尻浩作のアドバイス通り、構築魔力を回し、契約した時期の詳細な日付と時刻を思い出し、再現魔法を行使する。直後、緑色と藍色に光り輝く魔力は、過去の事象をホログラムのように投影した。
────家が……店が、元に戻ってます! 私……! あの……私!
────ええ。すぐにお帰りになられてください。
────すいません! あと、ありがとうございます!
投影されるは夕方の夏目書房の目前。登場人物は夏目かこ、常盤ななか、キュゥべえの三者。
魔女結界のゲートが開いていた電柱から走り去った夏目かこ。常盤ななかとキュゥべえがその場に残る。
────ななか。ひょっとして、さっきの戦い……苦戦した“ふり”をしていたんじゃないのかい?
「……?」
────私がわざと苦戦して、彼女が契約を交わすように決断を促した……と? ふふ……そんな器用な真似できませんわ。私も精一杯でした。これは……この結果は……彼女が決めた運命なんです。
常盤ななかとキュゥべえは立ち去る。そこで再現魔法の効力が尽きた。
「たしか君は、更紗帆奈という魔法少女が操る魔女によって、いや……その魔女が更に操る放火魔によって、夏目書房を燃やされた。そこで願いを叶える代わり魔法少女になるという話を常盤ななかから聞いた君は……意を決して願いを叶えた。おそらく夏目書房を取り戻したい、と。だから固有魔法が《再現》なんだ。私の考察は当たっているかな?」
夏目かこは考える。今の映像はなんだ? と。固有魔法の感触から、偽物の映像ではないことはハッキリと分かってしまう。いま夏目かこは確かに
「……あなたは……何がしたいんですか?」
「別に何も。ただ君は真実を知った方が良いと思った。知らぬが仏という言葉はあるが、残念ながら私は仏とは程遠い存在だ。
「……………………」
夏目かこは思い出す。たしか川尻浩作は、ソウルジェムの真実、と言っていた。
「……興味が湧いたなら付いてきたまえ」
川尻浩作は廃墟街に向かい出す。夏目かこの足は、しばらく浮き足立って懊悩するも、男性の後ろ姿が消えてしまうかどうかという時に駆け出した。追いつくため。真実を知るために。
†
深夜の廃墟街。今日の月は真実を煌々と照らし出すため一層と輝いている。
「ここだ。ここに志伸あきらが倒れていた」
「え?」
「私も君と同じ魔法が使えるんだよ。だからさっきも魔法指導ができたわけだ。──で、詳しい日付と時間は不明だが、私は確かに見た。志伸あきらの死体を生き返らせた、常盤ななかの行動を」
「……」
「少なくとも君が魔法少女になる前のことだ。それは確定している。さぁ、探してごらん。再現魔法で、過去の事象を。あぁグリーフシードは問題ない。私のを貸そう」
「え……でも……」
「気にすることはない。私は見ての通り魔法少女ではない。グリーフシードは必要ないんだよ」
「…………」
夏目かこは再現魔法を行使する。そうして探していくうちに、ふと投影される映像に、うつ伏せとなって倒れている志伸あきらが映った。そこに常盤ななかが歩み寄り、志伸あきらのソウルジェムを返そうとする。
────可哀想に……使い魔の仕業ですね……せめてこれを……、────!?
ソウルジェムが志伸あきらの死体に触れた途端、志伸あきらは息を吹き返した。その後、二人は自己紹介し、撤収した。
「この映像の意味が分かるかい?」
夏目かこの中で、考察したくない疑心が渦巻く。
「君も実感したろう。今見た過去は、さきほど見た過去よりも
「────っ。ちょっと……まってください……」
「…………いいだろう」
夏目かこは深呼吸する。それでも心臓の鼓動が耳の奥で止まらない。
「……あの、ソウルジェムの真実って言うのは……」
「志伸あきらは死んでいない。だが死んでいるようなものだった。そしてソウルジェムが体に接触すると生き返った。このことから推察できる根拠はひとつ。────
「……!」
「そこで私の知識を披露しよう。魔法少女の魂はソウルジェムだ。ソウルジェムこそ君たちの魂が具現化した代物なのだ。魔法少女になった時、君たちの体は、ただの入れ物になった。だが悲観することはない。おかげで君たちの体はいくら傷ついても魔力で回復できるようになった。たとえ脳髄や心臓が破壊されても、
夏目かこは絶句した。ソウルジェムの真実もそうだが、その更に先にある衝撃の事実に。
「つまり常盤ななかは、それを知っていた。知っていたにも関わらず……正々堂々と君にそのことを伝えず、魔法少女になるようけしかけたんだ。これは非常にマズイ。信頼関係を構築する上で致命的といえる隠し事だ。常盤ななかのやったことはキュゥべえと変わらない。自分の都合のいいように、君にとって重要な情報を秘匿し、君を利用したんだよ。いかなる事情があろうと、どんな理由があろうと、
夏目かこは過呼吸に陥る。最初から感じていた背筋の悪寒。それは川尻浩作に対する漠然とした不信感だ。彼は自分たちの中を引き裂こうとしているのでは? 騙されてはいけない。脅かされてはいけない。真実は常盤ななかに聞けば判明することだ。見ず知らずの相手より、常盤ななかの言葉を、自分は信頼する。長いこと一緒に活動してきた大切な仲間であり、最も信頼して尊敬できる恩人なのだ。
「……ひとつだけ、教えてください。あなたは……だれなんですか?」
「…………」
川尻浩作は誤解を誘うため、あえて黙り込む。
すると夏目かこは“魔法少女を助ける悪魔のうわさ”を今一度強く思い出す。まさかそれが川尻浩作なのか。
「そうだと言ったら?」
「!?」
夏目かこは驚く。まさか心を読んだのか?
「私は読心魔法を使えてね。ほら、ここにソウルジェムがある」
「……!」
────悪魔は多くのソウルジェムと魔力パターンを有している。
「ま、待ってください。じゃあ、そのソウルジェムは────!?」
「あぁ。誤解しないでくれ。このソウルジェムは譲り受けたものなんだ。なんだか最近、私のうわさが流行っているようだが……君は聞いたことがあるかな?」
「────!」
「どうやら聞いたことがあるようだね。────そう、私はキュゥべえに騙された魔法少女を元の人間に戻すことを生業にしている。大抵の子は絶望してにっちもさっちも行かなくなるところを、私が救ってあげているというわけだ。しかし、そんな私の活動を助けたいという奇特な魔法少女が何人か現れてね。私はただの人間だから、魔女や使い魔に襲われたらひとたまりもない。しかし彼女たちのソウルジェムをこうして持っていれば魔法を使うことができて、なんとか逃げおおせるくらいはできる。つまり、このソウルジェムは奪ったものではなく譲り受けたものなんだ。信じてくれるね?」
「…………」
夏目かこは疑心暗鬼に陥る。川尻浩作は信用ならないと直感が告げている。それより常盤ななかの本性が気にかかる。もし本当だったら絶望のあまりどうにかなってしまいそうだ。なぜならこの話が本当だとしたら、とんでもない裏切りだからだ。
「……常盤ななかと腹を割って話すといい。彼女は目的のために──このように──手段を選ばないが、それ以外は誠実だ。自らの良心に従って行動している。故に根は善良だ。だが時として復讐心は“鬼”を生ずる。故に彼女は秩序社会を是としない。それを是とすれば自らの復讐を否定することに繋がるからだ。そのため彼女は社会的に中立である。そして復讐する時ばかりは、彼女の善良さは反転する。悪となるのだ。中立・悪。これは最も危険な属性だ。利己的で他者を都合よく利用する。自らの目的達成が最優先であり、他者を傷つけることに頓着しない」
「やめてください……」
「……庇うのか? 確かに根っこは善良だ。責めるべきは復讐に囚われて見境を失ったその罪を憎むべきだろう。さて、これ以上はお邪魔なようなので退散するとしよう。ついでにお節介ながら彼女を呼んでおいた。確かめたいのなら、すぐの方がいいだろう?」
「────え?」
川尻浩作は魔力を使ったのか数十メートルの高さを跳躍すると、夜の街に消えていく。
それと入れ違いに常盤ななかが現れた。
「────かこさん? 非通知の電話で私を呼んだのは、あなたでしたか……」
「っ!?」
「警戒して廃墟街を一通りしらみつぶしに探索しましたが、罠の気配はありませんね。どうやら杞憂だったようです。しかし、どうしてこのような回りくどいことを……普通に電話してもらえれば、すぐに駆けつけたというのに……」
「…………」
常盤ななかの心配は本物だ。この深夜に突然呼び出した夏目かこに対し、本気で心配している。彼女は善良だ。本来は善良な人間なんだ。しかし飛蝗のことになると復讐心に身をやつし、
(────いや。ちがう!)
夏目かこは川尻浩作の言葉を振り払う。全ては確かめてからだ。ちょうど良かった。この場で常盤ななかを問いただす。そうすれば全ては詳らかになるはずだ。彼女は今も昔も善良で、この話は全て嘘であり、何かの間違いなんだと。
「かこさん? なにやら様子がおかしいですが……どうしましたか?」
「…………な、ななか、さん……」
声が震える。いくら違うと信じていても、固有魔法《再現》で目にした光景は本物であり、川尻浩作の考察は筋が通っている。推理小説で一生懸命に推理して、犯人を当てることができた確率は可もなく不可もなくな夏目かこだが、それでも。現時点での情報では裏がない。だからこそ新たな情報を求めて真相をひっくり返すため、常盤ななかを今ここで問いただすのだ。勇気を振り絞れ、尊敬する憧れの魔法少女を信じるんだ。
「……どうやら、何かあったようですね。いいでしょう。朝までお付き合いします。ただ、もしよければ、ここは寒く風邪を引いてしまうかもしれませんので、私の家に招待を────」
「ななかさんっ!」
息せき切った夏目かこの叫びは、常盤ななかの目を丸くさせた。
「私……悪魔という人と……出会ったんです……」
「────! ……なるほど。彼とは知り合いです」
「え……」
「それで? もし彼があなたを
泣いた? 何を言っているのかと思った夏目かこは、不意に頬の一筋が熱く冷たい湿った感触を自覚する。涙だ。いつの間に泣いていたのか。思っていたより動揺していた夏目かこのソウルジェムは激しく明滅していた。
「いえ……ちがうんです。とりあえず……私の話を、聞いてくれますか……?」
「もちろんです」
「そして……質問に答えてください。どんな質問にも、正直に……」
「当然です。私たちは仲間なのですから」
夏目かこは深呼吸を繰り返す。見つめる先は、美しき紅い瞳。その凛とした鋭さに強かな光を感じていた。だがその光は決して綺麗なものばかりではない強さだったのか。
「────どうして、ソウルジェムの真実を私に教えてくれなかったんですか……?」
「────ッ!!」
常盤ななかは目を見張り、見るからに動揺する。
そして、ついにこの時が来てしまったかと憂うように、凛と佇まいを正した。
「聞きたいのは、それだけですか?」
「……!」
「であれば、お答えしますが……その前に、そのことを誰から? 悪魔からですか?」
「し────」
夏目かこはこらえる。
「────その人は、私に言ったんです。私はななかさんに利用されていると。少なくとも、ななかさんはソウルジェムが魂であることを知っていたのに、それを私に教えず、キュゥべえとの契約を促した。しかも苦戦したフリをして、私に決意を促した……って」
「事実です」
つと、夏目かこの世界が止まった。
「え? 今……なんて?」
「ですから、事実です。確かに私は、自らの復讐の目的のためにあなたを陥れました」
「……ち、ちがいます。私は、私が言いたかったのは……っ!?」
否、聴きたかったのは。
「だって、ななかさんは、とても素敵な人で……私が憧れて、尊敬する人で……!」
「……その期待に応えられず、申し訳ありません」
ちがう。夏目かこが、その口から言って欲しかったのは。
「そんな……こんなの……」
「…………かこさん。顔色が優れないようですが。この話は一旦、心の中にしまって持ち帰り、検討した方が良いと思います。そして私に向かって言いたいことがまとまれば、私は全力であなたと向き合います。それが今の私にできる、唯一の罪滅ぼしですから」
常盤ななかは毅然と言い放ち、どこか悲しそうに背を向ける。すぐに立ち去りはしない。その横顔は常に夏目かこを気にしており、やがて歩き出す。
(あぁ。本当だったんだ)
川尻浩作は怪しい。うわさの内容とは異なり、キュゥべえを連れていなかった。しかしうわさはうわさ。事実と異なる点もあるだろう。だが今はそれより。
常盤ななかは認めた。堂々と「事実です」と告白した。何かの間違いだと疑っていたのは、ひとえに疑心を持って真実を見定めるため。魔女が人間に化けて仲間割れを誘う実例もある。そのため常盤ななかのように、全てに疑いを持って掛かるべきだと
(私……どうすれば……)
真実を知らされて世界が真っ赤に見える。全てに裏切られた気分だ。それはまるで血の海の中に溺れるような絶望感。
徐々に面を上げる。土気色のはずの地面が紅い。剥き出しの鉄筋コンクリートが紅い。
暗いはずの夜空が紅い。眩いはずの星が紅い。
立ち去る背中が紅い。自分の両手も、服も、緑色のはずのソウルジェムも紅く視える。
自分はおかしくなってしまったのだろうか。
夏目かこはショックのあまり放心状態のまま帰宅する。
窓から自室に上がり、変身を解除。ベッドに赴く気にはなれない。机に落ち着き、頭を抱える。
考える。受け入れるために考える。
全てを疑ってたのは嘘だった。本当は認めたくなかったから疑っていた。きっとこれは何かのウソなんだと決めつけていた。だから常盤ななかが「事実です」と告白した時すぐには許容できなかった。
「……袖が、こんなに濡れちゃった……」
机の上で両腕の中に顔をうずめ、背中を丸めて泣き細る。そうして夏目かこは、ひと晩寝ずに考えた末、その情動をひとつの答えで片付けた。窓の外から陽が昇る。答えが決まると不思議なもので、ドッと疲れが出たのか思考が垂直に墜落し、机の上で突っ伏したまま眠ってしまう。
かくして夏目かこは答えを得た。それは“恩讐”である。
†