アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
早朝。目が覚める。時計の針を見れば登校の時間。だが到底学校に行く気にはなれなかった。
眠い。疲れた。苦しい。悲しい。どうして。ならば。
(夢を見た……今までチームななかで頑張ってきた夢を……まるで走馬灯みたいに思い出していた……)
なかなか下に降りてこない娘を心配し、母親が部屋にノックして入ってくる。熱を出していると思われたのか、学校を休むことを許してもらう。しかし母親は気付いていたろう。腫れるほど泣いた夏目かこの目元を。
「何かあったら言ってね? 今日はお母さん家にずっと居るから」
精神的に参っていると理解してくれたのだろうか。それだけ言うと母親は、おかゆではなくしっかりとした朝食を出してきた。その気遣いに再び涙が出そうになる。ちょっとした優しさで嗚咽してしまうのはどうしてだろうと考えて、全てが裏切られたからだと再び気付く。
別にチームななかが世界の全てではない。だが、最も信頼する人から
†
いつの間にか時が過ぎる。母親が昼食を運んできた。礼を言って両手を合わせる。いずれも声は掠れていた。そんなに大きく泣き声をあげた訳ではないのに。裡に抑え込みすぎたか。喉は絞り上げられたように引き締まって嗚咽すら出なくなっていた。
昼頃。恩讐の準備のためフラフラと家を出る。母親にどこ行くのかと聞かれて答えた。散歩だと。あまり遅くなっちゃダメよと言われて、素直にはいと答える。
参京区の商店街。顔なじみが多くいる場所で泣き腫らしていては商店街のみんなに心配させてしまう。少し運動したかったのもありがむしゃらに走り出して、おとなりの水名区に赴いた。
†
夕方頃。新西区の商店街。考えてみれば歴史ある水名区の商店街に売っているはずがなかった。新西区まで来てみれば数多く売っている。ファッション店に入り、カラフルなサングラスが陳列されている棚を見る。その中でギザギザに尖ったサングラスを試しに付けてみて鏡を見た。よくわからない。店員さんが近くを通り掛かったので聞いてみる。
「あの、これ似合いますか?」
「はい? え、えぇ……可愛らしいと、思い、ます……」
どうやら気を遣わせてしまったようだ。
「強く見えますか? 少しでも怖く見えると嬉しいんですが。どうか忌憚なき意見を。今、必死なんです」
「え? で、では……そうですね……お客様のように小柄で華奢で、海辺でない限り、とても普段サングラスを付けない方が、もしそれを常用されるのであれば……かなりの威圧感を覚えます。違和感と共に。サングラスがなければ物腰が柔らかでしっかりとしたお嬢さんだと思うでしょうが、そのサングラスを掛けていると初見の方は見た目のギャップにまず驚き、もしや怖い人なのかと誤解されてしまう恐れが予想されると思います」
「そうですか。ありがとうございます。これ買います」
「1200円です。お買い上げありがとうございました」
夏目かこは“ギザギザサングラス”を購入した。フレームがかなりギザギザの黒いサングラスである。それを装着して街に繰り出す。
まずは形から。強く、怖く、見えるように。
心身相互。病は気からと言うように、心も体に付いてくる。形から入れば心に身が入る。
「あれ? かこじゃん」
「なんだそのメガネ! いやサングラスか!」
深月フェリシア、三栗あやめと邂逅。さっそくサングラスについてからかわれるだろうが、ここは毅然と言い放つ。
「サングラス似合わねー!」
「それ、どうしたんだ?」
「フェリシアちゃん。あやめちゃん。どうか私を見守っていてほしいの」
「は?」
「どういうことだ?」
「二人は……私がちょっと変わっても……その……友達で、居てくれる……?」
「? んなのあたりめーじゃん」
「そうだぞ。あたしら友達なんだからな!」
「ふたりとも、ありがとう……」
夏目かこは感謝を述べて二人と別れる。
遊びに誘われたが、どうしても今日は一人になりたいため謝罪して断った。
そして人混みの先から歩いてくる遊佐葉月を見つける。向こうも夏目かこに気付いて手を振った。どうやら買い物の帰りのようだ。
「かこちゃんだ。こんにちは」
「葉月さん……こんにちは」
「ところで……それは突っ込んでもいいものか?」
「サングラスのことですか? ちょっとしたイメチェンです」
「そ、そうか……えっと……なんか強そうだね!」
「ホントですか? 嬉しいです!」
遊佐葉月はこの褒め言葉でよかったのか? と考える。だがほかに思い浮かばなかったため率直な感想を述べたら思いのほか嬉しそうにされたため、ならば良いかと納得した。
「じゃ、またね」
「はい。また」
深月フェリシア、三栗あやめ、遊佐葉月と出会ったが、誰も夏目かこの涙のあとには気付いていない様子だった。涙の跡を隠すためサングラスを購入した訳ではないが、今のところ結果オーライである。
「あ、かこちゃん!」
「……?」
夕方の商店街には魔法少女が多い。というより学生が多い。鹿目まどかと見知らぬ三つ編み少女と邂逅する。
「まどかさん。神浜市に来ていたんですね。そちらは……」
「こっちは友達のほむらちゃん! ほら、ほむらちゃん。前に話したでしょ? 神浜市で友達になった夏目かこちゃんっていう魔法少女のこと」
「……! あ、えっと、その……あ、暁美ほむらです……よろしくお願いします……」
「ほむらさん。こちらこそ、よろしくお願いします」
夏目かこと暁美ほむらの会釈。そこで鹿目まどかが突っ込んだ。
「でもかこちゃん。そのサングラスどうしたの?」
「イメチェンです。身も心も入れ替えようと思って」
「だ、大胆だね……? サングラスが無い方がかわいいと思うけど……」
「私もそう思うけど……何か理由でもあるの?」
「はい。今の私にはこれが必要なんです。たった一晩ですが、長い一晩で考え出した結論なんです」
「……」
暁美ほむらは、眼前の少女から得体の知れないスゴ味を感じていた。
この夏目かこという少女の中には、確固たる覚悟が燃え盛っている。その決意の炎はとても煌めいており、透き通っているようにも見えた。どことなく悪魔と似た気配を感じる。純粋な人は世界の汚さを知ることで変わってしまう事があると言うが、悪魔や夏目かこの場合は、そうはならないという不思議な確信がある。
それは、あらゆる荒波に揉まれても
純粋ゆえの強さとも言うべきその容姿を見る限り、夏目かこは既に
陰陽恩讐、終劇計画。是を切りたくば即ち是を結び、是を超えたくば即ち是を失う。恩義と復讐は、理想と憧憬のように表裏一体。
「では、また」
会釈して二人と別れる。
そして夏目かこはフラワーショップ・ブロッサムに訪れた。春名このみのバイト先である花屋だ。店内にはちょうど春名このみ、秋野かえでが居て、さらに相野みとも居た。
「こんにちは。このみちゃん、かえでちゃん、みとさん」
「かこちゃん! いらっしゃいませ~!」
「うわ! どうしたの、そのサングラス!?」
「イメチェン!? まさか失恋とか!? 髪を切るアレ的な!」
「ふふ。ちがいます。でも……似たようなものかも?」
夏目かこは花を探す。そこで春名このみが聞いた。
「何を探してるの?」
「その……コチョウランを」
「みとちゃん。コチョウランの花言葉って?」秋野かえでが聞く。
「えっとちょっと待ってね……スマホで検索……」相野みとは検索結果を見て驚く。
コチョウランの花言葉。それは“あなたを愛します”“幸福を呼ぶ”というもの。
「はい、冬といえばの白い花、コチョウランだよ」
「ありがとうございます」
夏目かこは会釈すると、三人に別れを告げて足早に店を出た。
†
夕暮れ。夏目書房に帰ると、店の外のベンチに川尻浩作の姿があった。
「おや。お友達との話し合いは済んだかね?」
「いえ、まだです。心の整理に時間が掛かって……でも今夜のうちにケリをつけるつもりです」
「そうかそうか。腹を割って話すことは大事だ。僕のせいで仲が悪くなるのも寝覚めが悪い。出来ることなら協力しようじゃないか」
「…………」
どうやら川尻浩作という人物は、本当に怪しい人ではないようだ。
「それじゃあ……ひとついいですか? 元の人間に戻すって、本当にできるんですか?」
「あぁそれか。うわさとは厄介で残酷だね。話に尾ひれが付いて、あらぬ誤解をされてしまう」
「……では……」
「あぁ。そんな芸当、残念ながら私にはできない。ごめんね」
「いえ、ただのうわさなので……そんな気もしていました」
夏目かこは会釈する。そして家に帰ろうとしたところで川尻浩作が呼び止めた。
「ちょっと待ってほしい。ケリを付けに行くと言ったが、まさか物騒な方法じゃあないだろうね……?」
「…………」
「本当は何をするつもりなのか、聞いてもいいかな? なに、邪魔をしようというわけじゃない。ただ、もし……常盤ななかのことを憎らしく思い“復讐しよう”なんてことを考えているなら……少し僕に相談してくれても悪くはないと思うんだ」
「……どういう意味ですか?」
「私は君に手助けしたい。丁寧にされたんだ。丁寧にしてあげるのは人として当然の良心とは思わないかい? 目には目、歯には歯。復讐ゆえに人生を狂わされた者には、復讐に必要な道具を与えよう。なんせ僕は“悪魔”だからね。もちろん
「……」
夏目かこは迷う。再び川尻浩作という人間性に対して疑惑の念が出てきた。しかしこの際だ。常盤ななかの背中を見て育ってきたのだから、彼女のように。この川尻浩作という人のことも、自分の良心が許す限りは利用させてもらうとしよう。
「私は……ななかさんに決闘を挑むつもりです。悪魔さんは、それに手伝えることがあるんですか?」
「────もちろんだ」
川尻浩作は不敵な笑みをこぼす。
「君のために二つの手駒と一つの武器を用意しよう。もちろん非殺傷だ。君と常盤ななかが戦えば、その勝敗は言うに及ばず。しかし私の秘密兵器を使えば、なんとか五分には持っていけるかもしれない。ただ一対一の決闘にはならないから、相手は卑怯というかもしれないがね」
「構いません。もとよりタイマンするつもり、ありませんから」
「おや……では具体的な内容について説明しよう。それについて知ったら君は驚き、また私に疑念をぶつけるだろうが、どうか信じてほしい。──私は使役の魔法が使えてね。魔女とその使い魔を、動物を調教するように操ることができるんだ。人に使ったことは一度もない。悪人を除いてね。基本的に逃げるために使う魔法だ。だが今は君に丁寧にされた恩を返すため、この調教魔法を使って私が加勢しよう」
「魔女……使い魔……」
「やはりイヤかね? ならば私は生身で加勢するしかないな。仕方ない。久しぶりに重い腰を上げるとするか……」
川尻浩作はベンチから立って服のホコリを払い落とす。川尻浩作はどう見てもただの人間だ。ソウルジェムを持っているからといって、とても魔法戦闘に付いてこれるとは思えない。昨晩かなりの跳躍をしていたが、それも魔法少女に比べれば魔力圧が弱かった。わざわざ弱いふりをする理由もない。
「いえ。その調教魔法で充分です。二つの手駒、お借りします。ですが、くれぐれも私たちにその魔法を使わないでください」
「当然さ。裏切るような真似はしない。私は人を裏切ることが大嫌いなんだ。誠心誠意、君の要望通りにするよ。夏目かこ……」
「それで、残る
「このカードのことさ。最近、変なローブを着た魔法少女の集団がいるだろう? 彼女たちに襲われた時に奪うことに成功したんだが、とても素晴らしい力を秘めていてね。なんでもペルソナカードと言うそうだ」
「ペルソナカード……?」
川尻浩作は緑色のタロット的カードを手渡す。
「名付けて“立ち上がる者”……これは使い魔にも持たせている。少々戦力過剰なきらいはあるが、ここまでしないと常盤ななかには勝てないだろうからね……」
「ありがたくお借りします」
「いやいや。貰ってくれても構わないよ」
「え? でも……」
「君のこれからにも役に立つはずだ」
「……ありがとうございます。恩に着ます」
夏目かこは深くお辞儀すると店内に入り、今夜の恩讐決着に向けてぐっすりと休んだ。
†