アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
深夜。参京区の廃墟街・屋上にて。
仏頂面で佇むは夏目かこ。ギザギザサングラスが深い夜を一層暗くさせる。
一方、彼女から呼び出された常盤ななかは“覚悟”を決めて地上から跳躍した。
「……来てくれたましたか、ななかさん」
制服姿の夏目かこは月夜を仰ぎ、魔法衣装に変身する。栞槍を右手に提げ、柄の後方を脇に挟む。振り返り、常盤ななかを見やる。彼女は玲瓏にしゃらんと変身。腰には二本の刀。打刀と小刀。そうして二者は張り詰めた空気の中、目つき鋭く相対した。
「……随分と、柳眉を逆立てているようですが、かこさん……私に言い立てる内容はまとまりましたか?」
「はい。私はななかさんに……決闘を申込みます」
「!」
常盤ななかは目を見張る。思わぬ内容だが、何か考えがあるのだと了解した。
「それで……決闘して、なんになると言うんですか?」
「私が勝った暁には、チームななかを抜けさせてもらいます」
常盤ななかはなるほどと承知した。夏目かこは詳細を語らないが、それは手合わせすれば自然と起こり分かること。
「私はあなたという貴重な戦力、なにより友は失いたくありません。故に容赦しませんが……」
「私も、まともに戦ってななかさんに勝てるとは思っていません。ですが私は今宵のみ、悪魔に魂を売りました。それにより得た力で容赦なく……勝ちます」
「────、っ!?」
不意に空間が歪む。魔女反応。あっという間に魔女結界の中に取り込まれた二人は、かたや走り、かたや一手遅れる。
「とりゃあ!」
「────!」
夏目かこの栞槍が真っ向から振り下ろされる。対する常盤ななかは左腰の鞘を抜き、右手を柄に添えながら攻撃を防いだ。あえて鞘の表面に流す
「これぞ時雨
「……っ!!」
真剣勝負なら既に生死は決まったも同然。しかしそれは人間であればの話。彼女たちは魔法少女。たとえ首を切り落とされようと、意識が絶たれる前に魔力さえ回していれば肉体が再生し復活できる、生ける屍の体を持つ者たち。故に────
「まだ……勝負は終わっていませんっ!」
保険として首に回していた硬化魔力は、常盤ななかの手加減によって無意味に終わった。されど悲観することはない。敵は夏目かこを舐めている。その隙を突かせてもらう。
「ナナ
「……?」
ななか、ではなく、ナナコ。そう呼んだのか。言い間違いではなく? では誰を呼んだのか。ふと常盤ななかは頭上後方より殺気を感じる。それは明らかに“剣客”の登場であった。魔力パターンは魔法少女と似ているが非なるもの。深く探れば魔女の手下のそれと分かる。しかし不可解だ。
「くっ──!」
常盤ななかは瞬転し夏目かこを蹴り飛ばす。その勢いで背後からの真っ向唐竹割りを躱し、距離を取りつつ敵の顔を確かめる。瞬間、固有魔法《真敵発覚》が発動した。そして紅い瞳が受け入れがたい現実を直視して揺れ動く。交差する薄紅の瞳。同じ魔法衣装。全く同じ顔立ち。同種の魔法武具。常盤ななかの眼前には、常盤ななかと瓜二つの魔法少女、もとい使い魔の反応を持つ不明存在が佇んでいた。
「これは……いったい……!?」
魔女結界。最初は偶然か疑った。しかし夏目かこの“そのままでは勝てない”という言葉から、まさか魔女を利用して自分との決闘に勝ちに来ているのかと思えば、策略と見抜くことは容易だった。
そして自分と瓜二つの存在。それには覚えがある。調整屋の八雲みたまが管理する、大型魔女の無限迷宮こと“果てなしのミラーズ”……そこでは魔法少女の型が取られて
「だがなぜ? かこさん。あなたはどうやって魔女と複製魔法少女を操っているのですか!」
それを夏目かこが答えるわけがない。思考体力を使わせて、少しでも常盤ななかの心身を削る。駆け出す夏目かことナナコ。
「挟み撃ち……!」
それだけではない。忽然と出現するウワサさんは、常盤ななかの来歴を唐突に語り出す。
《アラもう聞いた? ソレもう聞いた? 常盤ななかはカスでクズの復讐者というそのうわさ!》
「!?」
さらに結界の遠方に魔女が出現。特に何かをしてくる気配はないが、これで常盤ななかは四面楚歌と相成った。刹那、固有魔法《真敵発覚》が魔女に発動。しかしウワサさんには発動しない事から無害な存在と分かる。敵は三名に減った。
「たぁああああああああ!!」
夏目かこの雄叫びに合わせてナナコが飛び込む。常盤ななかは短刀を引き抜き、時雨蒼燕流が二刀流として変化した新流派・時雨華心流の奥義を披露。
(時雨華心流 守式・四之型────《五風十雨》!)
それは敵の呼吸に合わせて攻撃を躱す回避奥義。よく知る間柄と自分自身の複製が相手なら呼吸どころか思考を読むことも容易い。
魔女結界に激しい剣戟が鳴り響く。緑と青の火花が散る。三者入り乱れる激戦の最中、ウワサさんは滔々と語り、魔女結界の空中や地面に魔女の来歴が記されていく。その魔法文字は誰も読めないが、夏目かこと似たような境遇にあることが綴られていた。
《復讐の為なら手段を選ばず、澄まし顔で罠に嵌める!
やってることはキュゥべえとおんなじ! 同族嫌悪ゴクロウサマ!》
魔女結界の奥地に浮遊する魔女は生前、とても平凡な少女だった。ある日、魔女に襲われた少女は両親を殺された。次は自分が殺されると諦めた時、とても美しい魔法少女に助けられた。そうして魔法界を知った少女はキュゥべえに願った。両親を生き返らせてほしいと。それから少女は美しい魔法少女とチームを組んで活動した。美しい魔法少女は魔女に両親を殺されており、その復讐のために憎き魔女を探しているという。
だがある日、少女は知った。知りたくなかった真実を知った。うっかり口を滑らせたキュゥべえが、恐ろしいことを口にしたのだ。
《しかし彼女もアレだよね。自分の両親が魔女に殺されて憎いと言っておきながら、君の両親が魔女に殺されるのを黙って見ていたんだから》
《嘘じゃないよ。彼女は仲間を欲しがっていた。魔女に両親を殺されたという、同じ境遇を持つ仲間を。その仲間なら、自分の無茶な復讐計画にも率先して賛同し、協力してくれると考えていたんだ。それは成功だよ。君は、彼女が言い聞かせるように口にしていた“もう二度と魔女によって誰かが不幸な目に遭わないよう全ての魔女を駆逐する”という理想に大いに賛同したんだから》
少女は問いただした。美しい魔法少女は否定した。少女は信じた。あれはキュゥべえの間違いであると。しかし少女は真実を確かめる方法を持っていることに気付いた。自らの固有魔法を使えば、あの日あの時、本当は何が起きていたのか知ることができる。その誘惑に少女は勝てなかった。固有魔法を使って真実を知った。
少女は絶望して魔女になった。それを知った美しい魔法少女は、かつて少女だった魔女を切り殺し、こう言った。
《憧れは理解から最も遠い言葉だ》と。同時にこうも言っていた。《
常盤ななかの斬撃。夏目かこは硬化した腕で白刃を受け止め、すかさず栞槍を突き出す。それを半歩の加減のみで躱した常盤ななかは刀を打ち下ろした。夏目かこの右小手を打ち、栞槍を叩き落とす。瞬間、あらかじめ左手を空けていた夏目かこは手刀の突きを繰り出した。硬化魔力で貫通性が増している突き技はしかし、常に半歩先を読んでいる常盤ななかによって完璧に躱される。
(今の突き……私が使う、刀が防がれたあと小刀で突く二段式の流れに似ていた……普段から私の技術を見て盗もうとしていなければ出来ない芸当ですね……嬉しい限りです。猿真似ですが、彼女の気合猿叫と武術に体術を織り交ぜる姿勢は、かのタイ捨流を彷彿とさせますね……本人は無自覚でしょうが)
常盤ななかの背後から、ナナコの二刀斬撃。輪を描くように右手刀を背に回し、受けると見せかけて流した。と同時、既に半歩ぶん体が流れていることでナナコの二刀目も当たらず、常盤ななかの左手小刀が素首を斬らんと一閃。しかしナナコも既に半歩ズレていたことで鼻先一寸を掠るに
(苦しいですね。複製魔法少女によって実力は伯仲。そこにかこさんも加われば形勢不利。無害な
常盤ななかが揺さぶりをかける。
「──……かこさん。これは決闘のはずでは? 一対一ならいざ知らず、一対多とは
夏目かこの眉間がピクリと反応を示す。
「……──どの口が言うんですか? 今の私は、ななかさんの鏡です」
「……」
夏目かこは揺れない。既に常盤ななかの人間性は見切った。それは魔女結界の主とは、既に異なる道を辿っているという事実を示していた。今ふたりが戦いの舞台に選んでいる結界の主たる魔女は、憧れを理解に相転移させることができなかった。しかし夏目かこは違うようだ。彼女は既に割り切った。割り切ることができた。それは心根の強さ、芯の強さがあるからだろう。彼女は憧れを持ちつつ、同時に常盤ななかを理解しようと努めている。故に今回の決闘、食わせ物たる常盤ななかが仕組むような策略を用いてきたのだ。
「つまり当てつけですか?」
「いいえ。恩讐の報いです」
夏目かこはペルソナカードを取り出す。それに合わせてナナコも取り出した。
「……?」
「さすがはななかさんです。ふたりがかりでも余裕の構え。ならば早々に切り札を使わせてもらいます。────ペルソナァ!」
夏目かことナナコのソウルジェムにペルソナカードが入っていく。宝石とタロットの融合が果たされた瞬間、常盤ななかは強力な圧迫感を身に受けた。
(これは……この感じは……! まさか────スタンド……!?)
かつて悪魔と共に戦った、正体不明の力。あれから独自に調査して掴んだ情報は、その力の正体がスタンドという名称であることのみ。目には見えず、不可思議な能力を有する、難敵。最近、神浜市の裏側で流通している、不可思議な魔法。
「まさかそれも、悪魔から……」
「行きますっ!」
夏目かことナナコが飛びかかる。その傍らには不可視の存在。これで四対一。常盤ななかは圧倒的不利の状況に陥る。
「────今だ、憧れの魔女。瘴気を放て」
魔女結界の物陰に身を潜ませていた川尻浩作の指示。それを受けて魔女が空間全体に瘴気を放つ。突風のように黒い風が通り過ぎた刹那、常盤ななかと夏目かこのソウルジェムが黒く穢れを増した。
(なっ────これは……!?)
「────っ……づぅ……!」
二人は戦闘開始前からグリーフシードを使い、ソウルジェムを完全に浄化していた。戦闘が始まってから夏目かこは焦燥が激しく、常盤ななかと比べて穢れの蓄積が早かった。勝てない敵に勝とうとするのだから精神的な負担は大きいだろう。この決闘が自らの今後の運命を託す勝負であるなら尚更だ。常盤ななかの穢れが一割なら、夏目かこは三割も穢れが溜まっている。
さらにペルソナカードを使用した。スタンドは分身するように手数が増え、不思議な能力を使えるようになるが、その代わり穢れを急速的に蓄積させる。それにより夏目かこの穢れが六割に至った。
そこにトドメの瘴気汚染。呪いを振りまく魔女や使い魔は常に瘴気を身に帯びて周囲に振りまいている。それを攻撃に利用する魔女もいる。実際、戦闘中に瘴気を浴びて魔女化してしまう魔法少女も少なくない。これで夏目かこの穢れは十割に至った。
「そん、な────ぁあああああああああ────!?」
夏目かこの絶叫。黒板をひっかくような断末魔が上がる。胸元に黒ずむソウルジェムから魔女のような物体が出現。それはみるみると巨大化し、見開きの本からギロチンカッターの頭を持つ上半身が飛び出てくる。
「な────あれは、まさか……?」
常盤ななかは絶句する。夏目かこの身に起きた異変。それを見てどうして一瞬でも、
ソウルジェムが魂であるという真実を知っても、魔法少女はいずれ魔女になるという真実までは知らない常盤ななかは狼狽。その隙を突くようにナナコの時雨華心流とスタンド攻撃が初めて命中。口から血を吐き出しつつ毅然と踏み込み腰を保つ常盤ななかは地面を滑る体を停止。金切り声のような咆哮と共に突っ込んでくるギロチンカッターを退き躱す。
「は────ははははは! うまくいった! いいぞ、そのまま殺しちゃえ!」
ふとした男性の高笑い。その外見に釣り合わぬ言動を目にした常盤ななかは固有魔法が発動する。そして魔力パターンを感知して、はたと勘付き愕然した。これは何かの間違いだ。
「まさか────しかし覚えがある────おまえは……更紗帆奈っ!?」
「そうだよぉおおお! 死んだと思ってたぁ? ザンネン! この通り生きてましたァ! 川尻浩作は死体の名前! そこに乗り移ったあたしこそ真実! さぁお嬢様……この局面、どう切り抜ける?」
夏目かこの
常盤ななかを元にした複製魔法少女ナナコとそのスタンド。
魔女ガタリとそれを操る更紗帆奈。
「なるほど……再び私を貶めるため、かこさんを唆して利用していたのは……お前だったか、
常盤ななかは怒髪天を衝く形相で殺意を漲らせる。髪は逆立ち、目付きは鋭く、柄は軋みを上げるほど握り締められる。柳眉を逆立てるとはまさにこのこと。
「はっは!
川尻浩作もとい更紗帆奈は捧腹絶倒と指差して嘲笑する。
「私はお前ほど非道ではない!」
「あ、認めた! 復讐のためならちょっと非道なこともするって認めたね! まったくお笑い種だよ! そりゃ正義とは名乗ってないけどさぁ? この事実を広めたら、あんたの信頼は地の底を貫いて地獄に落ちる! 爪弾き者にされて墜落しろ、あたしの鏡合わせ!」
「私たちの結束を引き裂こうとした罪は、重いぞ……更紗帆奈ッ!!」
「自業自得だろうがよぉおおお!? ────ほらあれ、なんて言うんだっけ? 同じ穴の狢ってやつ? あっははー! 運命ってこうも面白いんだねー! 本当はあそこで死んでても良かったんだけど、こんなことになるんだから、頑張って生きてて良かったよぉ!」
夏目かこのドッペル。その姿は裁断。恩讐とは未だ語られぬ彼女の本心。だが今回の決闘には勇み足な部分が見受けられた。故に、この結果に落ち着いた。故に仮称・勇み足のドッペル。恩讐の理念を現実にするため、彼女はあらゆるものを切り刻んでしまう。敵の肉体は当然、彼我の因果や縁、魔法の繋がりまで寸断する。この恐ろしい力を制御しようにも、暴れる心境は暗く沈み、本体とドッペルの関係が文字通り切り裂かれる。故に彼女は何もできず、ただ怯えて固まるのみ。勇み足のドッペルは本体との関係を断ち切ることで、周囲を無差別に切り刻む裁断の悪魔と成り果てた。
「ぐっ……!?」
魔力を回して時雨華心流を使おうにも、その型の流れを概念的に断ち切られてしまう。行動は強制的に中断され、ひたすら受け身に回らざるを得なくなる。そこに憧れの魔女の遠隔攻撃。桃色の火球が発射され、着弾すると激しく弾ける。さらにナナコの奥義が迫る。
「時雨蒼燕流 攻式・五の型────《
それは守勢崩しの欺剣奥義。変幻自在の鎮静斬撃は、常盤ななかの防御を打ち崩す。
(────取られた────)
後方から迫るは、首を切り飛ばすギロチンカッター。
右手から迫るは、この身を爆発四散させる桃色火球。
挟み込むように鍔迫り合うは、ナナコの二刀流奥義。
しかしまだ機はある。
(時雨華心流 両式・九之型────《
そして前方に立つは更紗帆奈。その手には鏡がある。
その鏡に映る自分を……常盤ななかは見てしまった。
「────────」
危機的状況の中、常盤ななかは致命的とも言える隙を晒した。絶句したのだ。その理由は是非もない。鏡に映る己を直視した瞬間────固有魔法が発動したのだ。その意味を問い掛ける刹那の間際が、生きるか死ぬかの瀬戸際を懸けた一大事であっても……彼女の体は心と共に硬直してしまった。特別、常盤ななかは不動の心を持つわけではない。平均より強靭な精神力を持ってはいるが、それでも動揺しない人間ではない。彼女には油断はなく、慢心もなかった。ただ、完璧に嵌められたのだ。
(真の敵は────私だった……?)
ソウルジェムが明滅する。身の毛が弥立つ怖気と寒気。背筋を這い登る絶望の真敵発覚。
彼女は既に認めていた。夏目かこから問われた瞬間から覚悟していた。己の過去の罪を。
そして非道な過去のやり方のままでは、己の目標を達成できぬと悟ったのだ。故に固有魔法が発動したのだろう。
今さら奥義を使っても間に合わない。
残り一寸。首筋に迫るギロチン。
残り三寸。五体に迫る火球。
(……これも復讐に身をやつし、かこさんを利用した報い……ですか)
常盤ななかのソウルジェムが急速的に濁り、その九割が黒ずむ。だが彼女はドッペルを出す前に死ぬだろう。首と五体を取られた間隙を突かれて、ナナコにソウルジェムを破壊されてしまう。常盤ななかは諦観した。これが自らの終焉なのかと、静かに目を瞑った。
(申し訳ございませんでした……かこさん)
しかし、その死を許さぬ少年がいた。
†