アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
青く閃く助太刀の光。直後、轟々爆撃。斬撃残響。オレンジ色の炎が翻り、両腕に常盤ななかを抱く悪魔が空中を旋回して着地する。
「……っ! ……?」
「────なるほど。大体の事情は直感した。これはななかの自業自得だが、目の前の殺生は見過ごせない。それに、
助太刀魔法で助けに現れたのは、爆発したような茶髪に橙色の鋭い瞳を備えた少年。額から橙色の炎を灯し、いつも眉間にシワを寄せており、至極ツラそうに何かと戦う超戦士。
「あなたは、悪魔……!」
「かこのドッペルを調和の力で浄化する。それ以上は加勢しない。オレはお前が嫌いだから」
それだけではない。夏目かこには恩讐を果たす狙いがあることを、悪魔は直感していた。
死炎噴射で音速飛行。ナッツ、チーズ、武蔵を開匣。それぞれ更紗帆奈、魔女ガタリ、複製魔法少女ナナコを牽制。悪魔は拳に力を込め、勇み足のドッペルに一撃を見舞う。
「《
死ぬ気の炎を超圧縮させた最大炎圧を螺旋回転させて更にエネルギーを増幅。それを拳に纏って一撃。瞬間、爆発。轟然と魔女結界が震撼し、爆風が周囲を薙ぎ払った。それだけではない。先の一撃で仰け反っている間に、ドッペルの肉体の一部を鷲掴み、高密度のエネルギーを注入して瘴気を浄化させていく。するとドッペルはみるみるとしぼんでいき、夏目かこのソウルジェムの中に退散した。
夏目かこは倒れる。緑色のソウルジェムは綺麗な輝きを取り戻している。
そこで悪魔は振り返り、常盤ななかの向こうに立つ更紗帆奈を射抜いた。
「オレの名を騙るとは、なかなかやってくれたな」
「────! まさか、お前が悪魔……?」
瞬間、更紗帆奈は撤退を決め込んだ。悪魔は逃がさないと助太刀魔法を使うが、その因果が裁断されてしまう。
「なに!?」
まさか悪魔が登場した瞬間、この展開を想定して、夏目かこのドッペルの性質・裁断を《上書き》していたのか。顔と名前を知っても《裁断》により繋がりを絶たれた悪魔は、すかさず死炎噴射で追跡するが、更紗帆奈は遮断魔力で魔力パターンの痕跡を消し、構築魔力で姿をくらました。
(一手遅れた……それが致命的となるほどの相手か……逃げ上手だな。生き汚いとも言える。オレが登場した時点で瞬間移動系の魔法を持っていることは見抜いていただろう。そこで《助太刀魔法》が
そうして逃げおおせた更紗帆奈。
悪魔は死炎噴射で飛び立とうとバトルグローブに炎を灯していたが、それを掻き消す。
「────っ……ぅぅ……いったい、何が……」
意識を失っていたはずの夏目かこは、恩讐の決意によるものか、残る気力と根性で意識を呼び覚ました。しかし起き上がるのはまだ時間が掛かるようだ。暗示が解けていない魔女ガタリは浮遊したまま動かず、複製魔法少女も同様に命令がなければ動かない。更紗帆奈が暗示魔法を手放した今、いつ暗示が解除されるか分からない。それでも悪魔は魔女ガタリと複製魔法少女ナナコを片付けることはせず、この決闘の顛末を見守ることにしていた。
「……なぜ、助けたのですか……? あなたは初対面の時、私のことをハッキリと“嫌い”……そう口にしたはずでは?」
「……そうだな。あれは自分でも驚いた」
人のふり見てなんとやら。悪魔は今一度、自分を見つめ直す。加えて、夏目かこが起き上がるまで時間が掛かるのもある。常盤ななかはグリーフシードを使ってソウルジェムを浄化している。そうして決闘再開の準備が整うまでの間、悪魔は少し自分語りをすることにした。
「思うに……あれは同族嫌悪だったんだろう」
「……同族嫌悪?」
「オレは恩を売っているとは思っていないが、客観的に見て、結果的に、事実上、恩を売ることを生業にしているも同然だろう。その代償として、オレは魔法少女の大切な
故に対価は不要としている。既に同衾という形で貰っているのだから等価交換は済んでいると。それなのに悪魔契約を交わした少女たちは、なぜかそれだけに留まらず悪魔の力になりたいと言う者が後を絶たない。それはなぜだろう。そう問えば必ず『恩があるから』と返ってくる。それはちょっと善良が過ぎやしないか。そう思わなくもない。
「オレは自分から何かを求めたことはないつもりだが、結果的に相手に助けを強いるような言動をしているのでは? それは無自覚の悪事なのではないか? 自分でも気付いていない、最もドス黒い邪悪なのではないか? と、常に気にしている」
すると相手は、悪魔の悩みをなんとなく察してくれることがあり、
「しかしその一方で、ななかはまったく自己嫌悪していない。そこだろうな。オレとお前の違いは」
悪魔と常盤ななかの違い。それは何か。
悪魔は『お前はオレに悪魔契約で恩があるけど、それ以上の
ある人はこれを『あんさんが生来持つ、単なるカリスマ性の発露や。あまり気にせんとき』と言ってくれたが、これに悪魔はピンと来ておらず、わけがわからないと言いたげに、こうして今も迷っている。
一方、常盤ななかはガツガツ押せ押せで面の皮が厚い。目的のためなら良心の範囲内で手段を選ばない。そこに罪悪感を持つことが少ないのは一つの才能だが……おそらくその
例えばの話だが。先ほどの悪魔の対応を、常盤ななかの
『あなたは私に恩がありますよね? ではその返礼として仲間になってください。……え? 報酬は払ったので、それではダメなのかと? いえいえ。強制はいたしません。ただあなたの良心がそれで良いのなら、ええ。別に仲間になってくださらなくても構いません。仕方がないというものです』そんなことを言われたら、なんか寝覚めが悪い。
ちなみにこの交渉術で、既に常盤ななかは一度失敗している。そのため同じ手口を使うことはなくなったが……相手の性格を見極めて、もしそれが有効だと思えば、すぐにでも使うだろう。
「オレは一歩引いたスタンスで顧客と対話する。それに対し、ななかは一歩踏み込んだスタンスで顧客と相対する。それだけなら善悪はない。ただオレとななかは
悪魔の目付きが鋭くなる。
「オレにとっての一線は、利己的な理由で他者を利用することだ。特に何も知らぬ無知なる者を利用することだ。キュゥべえのように。自分の利益だけのために利用することだ。自分の価値観に基づき、相手の価値観を尊重せず、これが回り回ってみんなのためになるのだから別に良いだろう、というお前だけの都合で、勝手に利用することだ」
故に悪魔は
しかしその義憤の中に、自らへの嫌悪を投影してしまう。自分も常盤ななかと変わらぬのではないか。なぜなら自らへの恩を盾にして他者を活用してしまっているのだから。もちろん、やり方の結果が似ていても、相手に恨まれないという点は違う。だが、どうしても悪魔は同じ穴の狢だと、罪悪感ゆえに思ってしまう。
「それに加えて……ななかの立場が分からないわけでもない」
「!」
「オレも同じ
常盤ななかの横暴は、それだけ復讐心が強いことを意味している。復讐のためならば手段を選ばない。しかし手段を選ばないと言っても、文字通りなんでもするわけではない。本人なりの線引きが存在する。常盤ななかの良心に従った線引きが存在する。だがその線引きが、悪魔の線引きより越えているため、どうしてもそこで対立が発生する。
「オレがそれについて、ななかに何を言ってもブーメランになる気がする。自らを棚に上げて相手を非難する偽善と化すかもしれない。それに更紗帆奈という飛蝗? を倒し、既に復讐を果たしたことで、もうななかは
悪魔は後退する。心身ともに疲弊した夏目かこが栞槍を杖にして立ち上がった。ギザギザサングラスの奥からは恩讐の眼光が常盤ななかを射抜いている。
「かこさん……まだ、やるというのですか……」
「当然、です……っ! 私、負けるわけには、行かないから……!」
「……しかし、なぜ────」
その時、魔女結界に二人の魔法少女が侵入した。
「ななか! かこ!」
「何があったネ!」
チームななかのメンバーたる志伸あきら、純美雨である。
しかし次の瞬間、悪魔は志伸あきらと拳を合わせ、純美雨と蹴りをぶつけ合わせた。
「うわっ!?」「何をするネ!!」
「二人の決闘を邪魔するな。夏目かこの想いを踏みにじるなら、オレが受けて立つ」
悪魔のそばにナッツが駆け寄り、頭上にチーズ、肩に武蔵が留まる。悪魔と魔法生物が三体。これと戦うのは骨が折れる。そもそも純美雨は、人造魔法少女1号スバミの事件で悪魔に助けられた恩義がある。その話を聞いていた志伸あきらも、悪魔と出会うのは今回が初めてだが、特に悪人には見えないように感じていた。
「えっと……どういうことか説明してくれるかな?」
「あの魔女はなんネ。ななかのソックリさんも不気味よ。あれミラーズのものカ?」
「そうだな。とりあえず
悪魔は二人に背中を見せて、夏目かこと常盤ななかの決闘を観戦する。
そうして戦いは再開した。
「うわぁああああああああ!!」
がむしゃらに走る夏目かこ。魔女ガタリとナナコが呼応して、三方から常盤ななかを囲い込む。それを完璧に捌く常盤ななかだが、そのソウルジェムは激しく明滅していた。魔女の爆撃の合間を縫って二刀と栞槍が迫り、打ち払い、鍔迫り合う。
「ななかさん……! 私はショックでした……! 一番尊敬するあなたに騙されていたと知った時、なんだか世界が真っ赤になって、信じていたものが全て崩れ去ったように思えて……とにかく頭がどうにかなりそうでした……っ! 私が見ていた世界が全て、壊れそうでした……!」
「────っ……」
「すごくあっさり“事実です”と言われた時、私は目の前に立っている人が、本当にあのななかさんなのか信じられなかったっ……信じたくなかった……ソウルジェムの真実を知った時はどうしてくれようかと思いました……っ! でも、
「っ!?」
過ぎたこと。そう夏目かこは言い切った。彼女に恨みはない。憤り程度は当然あるが、それも今までの常盤ななかの振る舞いを思えば情状酌量の余地はあると判断していた。
「ななかさんのお父さんは失意のうちに亡くなり、それが飛蝗という魔女のせいだと分かると、ななかさんは同じ飛蝗の被害者である魔法少女を集めて仲間にしてチームを結成し、とうとう飛蝗を見つけて打ち倒した! 私は本当にすごい人だと思った……! でも蓋を開けてみれば、ななかさんがやったことは、その
「……っ」
「それなのに堂々としていられる理由が、私には分かりませんっ! もう何もかもが分からなくなりました……! ななかさんは自分が悪だと気付いていない非道な人なんですか? それなら今まで私たちに優しくしてくれたななかさんは全部ウソだったんですか? いいえ、ちがいますっ!」
夏目かこの栞槍によって、常盤ななかの小刀が弾かれる。
「一晩中泣いちゃったけど……そのぶん今までのことを全部ちゃんと振り返ってみて……私はななかさんへの認識を改めましたっ! あなたは悪い人だッ! でも善い人でもあるっ! 私はななかさんの善いところしか理解していなかった! だからこれからは、ななかさんの悪いところも理解しようと思います! だから────!」
この戦いは負けられないと、夏目かこは無意識に熟練性質の誘導魔力を用いて、間合いを計る常盤ななかのすり足をズラす。栞槍が袈裟斬りとして入る。しかし発散による魔力放出で軽傷に留まった。常盤ななかはナナコと剣戟を交わし、魔女の火球を半歩のすり足で躱し、夏目かこの硬化魔力による突撃を正面から受けて鍔迫り合う。
「それに……もし、ななかさんが居なくても……私がキュゥべえと契約したのは遅かれ早かれの問題です。それはそれとして騙したのは許せない!」
「っ!」
「でも、ななかさんが居なければ……私は人見知りなので、きっと一人で活動していて、どこかで野垂れ死んでいたことでしょう! だから私にとって、ななかさんは────恨みよりも恩義の方が強い! 騙されたマイナスポイントより、今まで育んできた絆の方が強いんです! でも今は、その恩義よりも怒りの方が断然強いッ!!」
「……っ! だから、こんな形で憂さ晴らしを……?」
「ちがいますっ! いえ……ちがわないかもしれませんけど……それ以上の理由があるっ! ────私はこの決闘に勝って、
「────!?」
夏目かこは泣いた晩に、魔法少女になった日のことを……初心というものを思い出していた。
────私はもう逃げない! 私は現実を受け入れます。その上で頑張ってみようと思います!
「ななかさん! あなたが言ったんです! “
夏目かこの栞槍が、常盤ななかの刀を弾く。
「それに、ななかさんだってキュゥべえに騙されたクチです……つまり一番悪いのはキュゥべえです! それはそれとして私に対してしたことが帳消しになるわけではないので、ななかさん許すまじです!」
「っ……! では、本当に……
「はいっ!」
夏目かこはハッキリと即答で言い切った。
「ななかさんは今でも変わらず、私の憧れの先輩魔法少女ですからっ!!」
それはそれとして硬化栞槍をしっかり腹部に突き刺す。が、それを半歩すり足で躱された夏目かこは返す刀で片目を切られる。
「っ……!」
「そうですか……しかし私にも、負けられない理由がある。真の敵たるキュゥべえを討つべく……ここで我が常盤計画を終劇させるわけにはいかないのです……!」
「だったら……とことんやるまで!!」
圧縮した緑と青の魔力。それを込めた魔法武具が激突し、激しい閃光を伴って炸裂する。
(かこさん……あなたには酷な結末でしょうが……次の一撃で決めさせてもらいます……!)
もはや常盤ななかのソウルジェムは明滅していない。夏目かこの想いを知ったことで、それに関する罪悪感は一旦、脇に置いた。今は夏目かこという貴重な戦力を失うわけにはいかないという思いの方が強い。よって常盤ななかは巻き返しを図るため全力で今一度、この決闘に挑み始めた。
(時雨華心流 両式・九之型────《
それは九代目・常盤ななかが開発した攻防一体奥義。父母の花雨とは、花にとって雨は養い育ててくれる父母のようなものという意味から来る言葉。そこから二本の刀を父母に見立て、水面を切り巻いて水流を立ち上げる。水面がなければ水属性の魔力で水を作る。そうして二刀に纏う水流は、更なる二本の刀として四刀流に等しい怒涛の攻撃回数を手に入れる。
左小刀で栞槍を弾き、右刀で夏目かこを袈裟斬りにする。さらに水流刀で小手を打ち、落とした栞槍を二本目の水流刀で遠くに払い飛ばした。もはや常盤ななかに容赦はない。否、最初からそんなものはない。動揺の隙を突かれる事ももうない。確実に貪欲に勝利を狙いに行く。
背後から迫るナナコの二刀を水流刀で防ぎ、返す刀で斬撃。魔女ガタリの火球も柔軟性とスピードを兼ね備えた水流の
「そして────これでトドメですっ!」
「────っ!?」
常盤ななかが開発した九之型《父母の花雨》は、刀に巻いた水流を利用することで、ほかの型の威力を底上げした状態で次の型に繋げる、という術理が存在する。その上で常盤ななかは、未だ誰にも披露したことがない、新たな型の構えを取った。距離を取るため跳躍。着地と同時に魔力を高速回転させる。
(時雨華心流 特式・十之型────《
それは疾風の如く駆け抜けて斬り捨てる突撃奥義。そこに《父母の花雨》による威力向上効果が付与されたことで、さらに暴雨の如く乱打猛撃する猛攻の奥義として進化する。
常盤ななかは発散魔力を背中側に放出し、いざ音速に至り地を滑るように駆ける。
対する夏目かこは瞬時に魔法武具を《再現》した。が、その手には栞槍ではなく、常盤ななかの打刀とそっくりの刀が握られていた。
(!?)
夏目かこは相手が必殺技を使うこの時を待っていた。相手は強敵だ。勝てる瞬間はそこしかないと初めから考えていた。故に本気を引き出すため、大いに息巻いて自らの想いを吼えたのだ。
常盤ななかは
右手に打刀。左手に自らのソウルジェム。まさに乾坤一擲・一球入魂。
夏目かこは、常盤ななかの突撃奥義の通過上に────自らのソウルジェムを投擲した。
(なっ────!!?)
偶然にも常盤ななかの突撃奥義は、両側に追随する水流刀によって威力が引き上げられている。もしそのまま突撃すれば夏目かこのソウルジェムを巻き込んで破壊してしまうかもしれない。だが急には止まれない。仮に強引に停止したとしても、その瞬間、夏目かことナナコに挟まれて倒されてしまう。致命的な隙を晒してしまう。
殺さず生け捕りにする。それはベテランでも難しい。
自らが扱う術が
(時雨華心流 攻式・三之型────)
(あの構えは────いえ、ありえない────それよりもまずい! 止まらなくては────っ!!)
夏目かこの再現魔法は、自らの能力を超えた分は再現できない事が分かっている。明確な条件は定かではないが、少なくとも度を越したものは再現できない。では、夏目かこが今、見よう見まねで遣ろうとしている剣術は、はたして《再現魔法》で可能なのか? 何度も常盤ななかの時雨華心流を見てきた夏目かこなら、もしかしたら可能かも知れない。だが常盤ななかは刹那の判断で
夏目かこは、常に常盤ななかの半歩後ろを付いてきて、その凛々しい横顔と気高き背中を見て成長してきた。剣術と槍術では術理が違うため
常盤ななかの慎重苛烈な人間性を表すかのごとく、その策謀に奇襲戦法が多いように。
夏目かこが時雨華心流の中で唯一
(────《遣らずの雨》ッ!!)
それは刀を蹴り飛ばす奇襲奥義。
刹那、それに何の意味があるのか常盤ななかは考え────思考が空白で詰め尽くされた。
(そんな────!)
常盤ななかは失速を辞めて、むしろ加速した。進行方向上にいたナナコは突撃に巻き込まれて四肢を切り裂かれる。それは常盤ななかにとってコンマ一秒を争う音速突撃。刹那の見切りが夏目かこの生死を分ける。ソウルジェムとの激突間際、水流刀で
「ガハッ…………ッッ!!??」
敵を斬りつけて駆け抜けるつもりが、壁に胸から激突した。
「……半歩ズレる。今まで私が使わなかったから出来ないと思い込んでいた……そのななかさんの隙を、突かせてもらいました……」
もし夏目かこが半歩すり足で間合いを調整していなければ、左手の柄を止めることができず、小刀で右腕を斬り飛ばされていたことだろう。威力が底上げされた《櫛風沐雨》に加え、鎮静魔力でコーティングされた小刀であれば、いとも容易く夏目かこの硬化魔力を鎮静化させて切り飛ばすことができていた。故に
────半歩。たったの半歩で勝敗が覆る。それが武術の世界。戦いの世界。
「足さばきは、空手家のあきらさんから学んでいました……硬化魔力で迎撃するアイデアは、美雨さんから貰いました……遣らずの雨も、ななかさんから盗みました……単に刀の柄を足で前に蹴り飛ばす技ですが、それがすごくすごく難しくて……正直、今日も練習したけど成功しなかったんです……土壇場でうまくいったのは、本当に奇跡のような幸運です……」
常盤ななかは吐血する。魔力による肉体再生でも全身打撲の内出血がなかなか治らない。それは夏目かこに敗北したというショックが原因だろう。精神の乱れは魔力に直結して影響する。当然だろう。ソウルジェムは魂なのだから。魂と精神の関係は深い。精神の動揺は、そのまま魂の揺らぎとなる。だが不思議と穢れは溜まらない。その理由を考える常盤ななかは、ふと自分が誇らしい気持ちであることに気付いた。
「────完敗、ですね……策謀でも、搦手でも、実力でも、胆力でも……この決闘においては、どうやら完璧に上を行かれてしまったようです……かこさん。あなたは、もう一人前です……チームななか、からの自立……おめでとう、ございます……」
「…………っ、────」
夏目かこのギザギザサングラスの奥から涙があふれだす。
「────本当は……《遣らずの雨》は……いつかこれで、ななかさんを助けることができたら、褒めてくれるかなって……期待していた隠し技なんです……完成しませんでしたけど……いつか完成させて、披露したいと思っていたんです……」
「……そうでしたか……それを、このような場で……皮肉なものですね……」
夏目かこは一歩後退する。常盤ななかの体が地面に倒れ伏す。受け止めなかったのは、まだ勝負が終わっていない可能性を考えてのことだ。常盤ななかは確かに完敗とは口にしたが、そうやって油断を誘っていることを考慮に入れた。
「…………」
「…………」
意識はあるが身動きが取れない常盤ななか。
対するは、それをじっと見下ろす夏目かこ。
「……かこさん?」
常盤ななかは、妙に静かだと耳を澄ますと、嗚咽するような掠れ声が耳朶に響く。
「────クソみたいな人だと思ったけど……長い間……お世話に、なりました……っ!」
「……、……風邪を、お引きになりませんよう……お達者で……」
「はい……このご恩と恩讐は、一生……忘れません……っ!」
恩と情けと仇。二つは慈しむ感情で、一つは憤る感情。
「かこさんは……優しすぎますね……」
かくして決闘は、成長した夏目かこの勝利に終わった。
†