アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
応用魔法 熱量操作────
その悪魔の
ただし悪魔の周囲は例外だった。悪魔とキュゥべえ、そして環いろはの肌先一寸だけは常温に保たれている。それは悪魔の差配によるものだった。
「……な、何がどうなっているの……?」
環いろはは、まるで世界の時が止まってしまったかのような極寒の世界を見渡して困惑する。
(一瞬、悪魔さんの全身がピカっと光って、視界が真っ白に染まったと思ったら……ほんの一回、まばたきしただけなのに……私たち以外の全部の“モノの動き”が止まっていた……魔女も使い魔も動かない。あれだけ高速で移動していた結界も停止している。でも私と悪魔さんとキュゥべえだけは動ける……まさか、これが悪魔さんの魔法なの……?)
「この状況が気になるかい? 環いろは」
「キュゥべえ……」
応用魔法とは、逆転勝利魔法の応用を意味する。次いで熱量操作とは、術者が知覚できる範囲すべてのエネルギーを仕分ける魔法である。そして────
「死ぬ気の零地点突破とは、すなわち“マクスウェルの悪魔”の再現さ。炎の逆は冷気。零地点とはこの場合、温度の0度を意味する。それをマイナス方向に差し向ける技術こそ、彼の技術と魔法の合わせ技なのさ。
その中でも凍結エディションとは、空間のプラスエネルギーを全て箱の外側に仕分けて、反対に空間のマイナスエネルギーを全て箱の中身に残す。そうすることで箱の中身を絶対零度に近付ける代物なんだ」
「……えっと……?」
「つまりだよ環いろは。悪魔の仕事は熱量を仕分けることなんだ。この魔女迷宮を一種の“箱”とするなら、箱の外とは魔女迷宮の外、つまり現実世界となる。そして悪魔は全てのプラスエネルギーを魔女迷宮の外に仕分けた。プラスエネルギーとはこの際、温度の
「……キュゥべえ……?」
いつもより口数が多いキュゥべえ。それを不思議と眺める環いろは。
一方の悪魔は、ぜえぜえと息を吐いてふらりとよろめき片膝をついた。
「え……悪魔さん……!?」
「っ……心配するな。それより
「で、でも……すごく苦しそうで……」
そこでキュゥべえが悪魔の顔を見上げて、その顔色の調子を観察する。
「そりゃそうさ。
「究極超直感……? ラプラスの悪魔……?」
「ある瞬間における全ての原子の位置と運動量を知り得る存在がいると仮定した場合、その存在は完全な未来を予測することができる……という思考実験の理論を参考にしたものだよ。それとは厳密に異なるけど、彼は“見透かす力”という能力を持っている。またの名を超直感。その到達点に透視能力があった……というだけの話だ。そして熱量操作の魔法は、術者の“目視範囲”に絞られる。つまり術者は目で見えている範囲の熱量しか仕分けることができないんだ。しかし彼は魔女迷宮における全ての原子、高温と低温、プラスとマイナスのエネルギーを仕分けてみせた。それはどうやって? もちろん、
「……透視能力によって……?」
「その通り。
さらに言えば
そしてキュゥべえのご高説を聞き飽きた悪魔は、ボトボトと滴る鼻血を袖で拭き取り、虫の息でぼそりと呟く。
「キュゥべえ……オレの魔法を観察したいからって、時間を稼ぐな……。環いろは……早く魔女を倒せ……この状態を保つのもキツいんだ……」
「そうだね。彼は今も魔法を行使し続けている。エネルギーの仕分けをやめた瞬間、この魔女迷宮から排出されたプラスエネルギーが熱風のように舞い戻ってくるからだ。熱量は熱いものから冷たいものへ自然に移動する。しかしその逆はない。夏にクーラーを効かせた部屋の窓と玄関を開けたら、部屋の中に暑さが吹き込んで、それが風となり、窓と玄関の間にあるドアがバタンと閉まる。そんな現象を経験したことはないかい? 厳密に言えば、それは気圧の影響だけど、要はアレと似たような原理さ」
「────!」
つまり黙って話を聞いている場合ではない。今にも気を失いそうな悪魔を見て、環いろはは
「す、すみません! 私、驚いて、ぼーっとしちゃってて! すぐに片付けますっ!」
環いろはのソウルジェムから魔力が生成される。
そこで悪魔を消耗させる腹積もりなのかは分からないが、キュゥべえが減らず口を挟んだ。
「ところで環いろは。気にならないのかい? ここは完全に原子の運動が停止した世界だ。悪魔がボクらの立つ空間を常温に保つよう今も仕分けているから、こうしてボクらは動けて話せているわけだけど……それなら君の矢が、この常温の空間から外に出たら、どうなると思う?」
「オレが道を作って、いろはの矢が標的に届く。それだけだ。……おい、いろは。これ以上キュゥべえには耳を貸すな。さっさと思う存分の最大火力を叩き込め……!」
「はい……!」
クロスボウに装填された一本の矢。その黄金の矢に大きな魔力が収束し、光を放つ。
「これが私の
黄色い極太の光矢が射出される。それは無数に散らばって標的に差し迫った。
同時に悪魔は、光の矢が通る空間の熱量を仕分けることで、光の矢の軌道上における空間温度を
「────ッ!?」
環いろは渾身の一撃は、悪魔による際限のない魔力膨張により、絶殺の一撃と化して魔女を撃ち抜いた。胴体を貫かれた魔女は即死。爆発の余波は魔女の近くにいた大半の使い魔も消し飛ばす。そして閃光を放ちながら掻き消えた魔女迷宮。悪魔たちと列車は空間の位相が修正された際に、地上のどこかに不時着した。
そこは日光射し込み草木生い茂る廃墟のホールだった。轟音を立てて地面を滑り横転する列車。悪魔はキュゥべえの首根っこを掴んで跳躍し、環いろはも列車に押しつぶされてはたまらないと跳んで回避する。
「そんな……乗客の人たちは……!?」
「安心しろ。絶対零度の世界にした時、乗客を全員、何があっても傷つかない氷の鎧で覆っておいた」
「……! よかった……あ、でも、一応、確認して来ますね!」
「あぁ。頼む」
悪魔の一言で安堵した環いろはは乗客の安否を確認するため横転した列車に走り出す。それを見送った悪魔は疲弊の溜め息をついて地面に座り込み、ついでに手元のキュゥべえを地面に叩きつけて、その顔をすり潰すように砂利の上で掻き混ぜた。
「ふぅ……おいキュゥべえ。今回はやけに饒舌だったな。長話でオレを疲弊させて隙を突こうとするなんて、そんなくだらない小手先を尽くしてでもオレの魔法が欲しいのか」
────そりゃそうさ。君は自分が開発した魔法の価値を真に理解していない。君よりボクらの方が有効活用できる。うんたらかんたら……。
「……?」
いつもならキュゥべえの口から、そんな言葉が返ってくる。しかし今回は不思議なほど静かだった。キュゥべえは何も言い返さない。思えば先ほど地面に叩きつけたとき「ぷぎゅ!?」というような鳴き声も聴こえなかった。それに違和感と異変を感じ取った悪魔は、手元のキュゥべえを眼前に持ってくる。
「……キュゥべえ?」
悪魔によって首元を掴まれているキュゥべえは、まるでぬいぐるみのようにその頭部と胴体を脱力させていた。だらりとぶら下がる姿は、およそ生物的には見えず、どちらかというと死体のように映る。
「……おい、キュゥべえ。どうした? 返事をしろ。────まさか、キュゥべえ……!?」
悪魔は焦ったようにキュゥべえの状態を確認する。そして、はたと気付いた。
(……どういう、ことだ……? キュゥべえの生命活動が、完全に停止している……!?)
あるいは“機能停止”または“活動停止”と言った方が的確かもしれない。
いずれにせよ悪魔は狼狽える。あまりの突発的な緊急事態に動揺する。すぐにキュゥべえの体を確認。外傷はなし。手荒に扱って首の骨が折れたというわけでもない。そもそも常日頃から死なない程度に気を使って痛めつけているため、そんな初歩的なミスは犯さない。ならば体内に異常があるのか? 悪魔は分析の性質を持つ魔力をキュゥべえの体に流す。しかし検出結果は“異常なし”と出た。外傷はなければ体内に問題もない。ならば、なぜキュゥべえは機能停止状態にあるのか。
────この神浜市、どうもおかしい気がするんだ。最近の情報がめっきり無い。このあたりに配属されているボクらは、いったい何をしているんだろう?
(……っ!)
そこで悪魔は、先程キュゥべえが話していた言葉を思い出す。
それから熟考を重ねて、ひとつの仮説を導いた。
(……この神浜市に、何かあるのか……? 例えば、キュゥべえの活動を妨げるような何かが……)
しかし、それはあくまで直感。ひとまず今は事後処理を優先するべきと判断した悪魔は、キュゥべえの長い耳をマフラーのように首に巻いて結び、乗客の安否確認のため環いろはと合流した。
†
悪魔によれば乗客は氷の鎧とやらで守られているという。それを確かめるため横転した車両に飛び乗った環いろはは、豪快に割れたガラスの窓から車内を覗く。すると悪魔の言う通り、全ての乗客が氷の結晶の中に閉じ込められていた。
それは熱量操作魔法の応用たる《氷の鎧》の魔法である。これに守られたものは魔法と調和の力により凍傷することなく、完璧に外界から守護される。まさに絶対防壁の鎧である。仮にこれを解くなら二つの手段しかない。それは術者本人が解除するか、七属性の炎または魔力による解凍を必要とする。
「いろは。遅くなってすまない。これより事後処理に入りたいんだが、まずは横転した車両の向きを元に戻してくれるか?」
「はい、実はそのつもりでした」
環いろはは魔法少女特有の魔力を用いた馬鹿力で、横たわる車両を持ち上げる。そして彼女は治癒の魔法が使える。よって悪魔が一人ひとり氷の鎧を解除しつつ、怪我している人はいないか見て回った。やがて全ての乗客が無事と分かり、全ての氷の鎧を解除した悪魔は、それでも一応と言って、慣れたようにスマホで警察と救急車を手配した。
「悪魔さんは事後処理の手際がいいですね」
「一日に一回は同じことをやっているからな。そりゃ慣れるさ」
やがて微かな寒さを感じてクシャミする乗客たちは次々と目を覚ましていき、なぜ自分たちはこんなところにいるのかと困惑する。その様子を遠巻きに見守る悪魔と環いろはは、ふとパトカーと救急車の響き渡るサイレンを耳にした。
「そろそろ引き上げるか」
「はい」
こうして人々の無事を確信した二人は、その場から立ち去った。
†