アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
朝方。新西区の廃墟街に在る調整屋にて。そこからチームななかと夏目かこが出てくる。昨晩から亡霊退治を請け負い、八雲姉妹と和泉壮月の安眠を守っていたのだ。
「今日のかこちゃんはサングラスを掛けてて、なんだかワイルドだったわねぇ……」
「何かあったのかな? 前はおどおどしてたのに、今回はメガネの人より威厳があったし……」
八雲みたまと和泉壮月の会話。既に登校する時間帯だが、亡霊は朝焼けと同時に完全に消えるわけではなく、薄暗がりならまだ活動できるため、完璧に周囲の安全が確認できるまで結界の外に出てはならない。それを昨晩の護衛役が確認してくれたので、ようやく八雲みかげは登校の支度を始める。あらかじめ八雲みたまが適当な事情を学校側に説明し、毎日遅刻する理由を伝えてあるため、日常生活は問題ない。
「でも壮月くん。今日も悪魔を捜しに行くの?」
「あぁ。あいつが居ないと何も始まらないからな。黒江さんに武器の作成を依頼したけど、みたま姉さんにバレて取りやめにされちまったし」
「……」
「……いや、その、分かってんだ。俺に戦ってほしくないってことは。でも……ごめん。それに姉ちゃんも怒ると思うんだ。何もしないでただ突っ立ってるだけの俺を見たら、絶対“意気地なし”とか“こんなのが私の弟とは”とか、色々言うに決まってる。だから俺がヘマしても、それはみたま姉さんのせいじゃない。俺の自業自得だ。それは姉ちゃんも一番わかってるはずだ」
故に、和泉壮月の身に何かが起きても八雲みたまが和泉十七夜に合わせる顔がない……
「姉ちゃ、壮月くん! いってきます!」
「あぁ。んじゃ、俺もいってきま────」
その時、調整屋の出入り口の両扉が豪快に開かれた。褐色肌の美人と、その両側に付き従う従者っぽい人と、小さな桃色頭の女の子。謎の三人組が我が物顔で調整屋の内装を見渡し、八雲みたまの姿を見つけると慣れ親しんだ間柄のように手を挙げる。
「やっほ。みたま」
「え────先生!?」
紫髪紫眼に眼鏡を掛けた褐色の魔法少女はリヴィア・メディロス。
茶髪碧眼の執事風魔法少女は篠目ヨヅル。
桃髪藍眼の口元を隠した魔法少女は佐和月出里。
いずれも無属性の魔法少女。祈りから呪いを背負った調整屋の一派。ピュエラケアである。
リヴィアはにこにこ顔で八雲みたまの面前に立つと、途端、見下げ果てたような鋭い目つきに変わり、今にもビンタでもしそうな気配があった。
「あんた。これから私が何を言って何をするか、ちゃんと分かってんねんやろな?」
「……っ!」
「まさかとは思うが、調整屋の情報網をなめたわけやないよな? イタリアから死炎界の兵器を闇取引して……あんた何するつもりや」
八雲みたまとマギウスの繋がりは、まだバレていない。だが八雲みたまの不可解な行動は、自ら誰かと繋がっていることを露呈しているも同然。故にマギウスというワードまではたどり着けなくても、リヴィア・メディロスは釘を刺す。
「うちらは中立や。たとえ調整屋の間柄でもな。あんたと取引したイタリアの調整屋は別の派閥やから、うちらピュエラケアも手出しできへん。まぁそれなりの対応は取らせてもらうが」
「……」
八雲みたまはバツが悪そうに俯く。
対するリヴィアは深いため息をついて深呼吸すると、六秒数えてから振り返った。
「まぁ神浜に来たのはそれだけやなくてな。ちょっと日本一周してみたら驚くほど厄ネタが揃ったんや。着々と日本各地の魔法少女がこの街に集まりつつある。これも悪魔の影響かもな。あいつ自分のカリスマ性についてまったく自覚しとらんから」
「────っ!」
悪魔。いま確かにリヴィアはそう言ったのか。和泉壮月は立ち上がる。
「あ、あの! 悪魔を知ってるんですか!?」
「ん? ってなんで男がここにおんねん!」
リヴィアのツッコミ。それに篠目ヨヅルと佐和月出里が突っ込む。
「気付くのが遅すぎます先生」
「ふむふむ! ふむ!」「“気付くの遅っ!”と言っています」
「って、あぁそうか。あんたが和泉壮月……みたまから話には聞いてるが……なんや。悪魔がどうした?」
「あいつ、どこにいるか知っていますか!?」
「知らん」
きっぱりと言ったリヴィア。会話が終了する。
そこでリヴィアはコソコソと篠目ヨヅルに耳打ちした。
(なぁ……私、“魔法少女”ってワード言ってへんよな……?)
(はい。おそらく。大丈夫だと思います。仮に言ったとしても、ここまで関わっていればもはや隠していても無意味かと)
(それでも不安要素は避けたいやろが。また湯国市のようなことになったら面倒やで……さすがの悪魔も壊れてまう)
「そうですか……じゃあ俺、行ってくる!」
和泉壮月は駆け出す。
その時、また調整屋の出入り口が開けられた。中に入ってきたのは灰色のコートを着た魔法少女。天乃鈴音。
「あら、いらっしゃ~い」
「……男? 入ってくる場所を間違えた……?」
「そんなことないわよぉ。ここは調整屋。そしてあなたは調整屋を受けに来た魔……超能力者でしょう?」
「いえ。私は魔法────」
次の瞬間、リヴィア・メディロスが飛びかかって天乃鈴音の口を塞いだ。
和泉壮月はぼうっと呟く。
「魔法……?」
「ま……
(先生。さすがにそれは無理あるかと)
「ふむふむふむ!」
(月出里も“知られることが問題なのではなく、広めようとすることが問題”と言っています)
(そんなん分かってるわ! その上で少しでも被害減らそうとしてんのが分からんのかバカタレ!)
会話と念話が入り乱れるピュエラケア。
そこで天乃鈴音は口を塞ぐ手をどけて歩き出す。
「……それで? 調整ができる人は誰なの?」
「私でぇす。八雲みたまよ。よろしくねぇ」
「そっちの子は?」
「ミィ? ミィは八雲みかげ! よろしくね!」
「では、そちらの方々は?」
天乃鈴音は一人ひとり名前を聞いていく。
「あぁすまん。うちら簡単に名を明かせる存在やないんや。悪く思わんといてくれ」
「……そう」
「調整する場所はこっちよぉ~」
天乃鈴音は、八雲みたまの案内で白いカーテンで仕切られた寝台に連れて行かれる。
「じゃあソウルジェムを出して横になってねぇ」
一方、八雲みかげはピュエラケアに質問する。
「あの……姉ちゃとお知り合いなんですか?」
「うん? おぉ可愛いなぁ。あんたがみかげちゃんかぁ! よしよし……」
「先生は、八雲みたまの調整の先生なんです」
「ふむふむ! ふむ!」「“とてもすごい人なんだよ!”と言っています」
ふと白いカーテンで仕切られた空間の奥から天乃鈴音が出てくる。
「ん? なんや、やけに早いな。調整やめたのか?」
リヴィア・メディロスは天乃鈴音の方を見やる。ふと視界の一部に映る違和感。それは無意識ながら自然と視線を誘導した。白いカーテンの下、床と離れた小さな隙間。そこに映るは八雲みたまの白い手。赤い魔力が名残として残る、砕かれた藍色のソウルジェム。
「《真名看破》────リヴィア・メディロス、篠目ヨヅル、佐和月出里。いずれも無属性。戦闘能力は皆無。これは楽な仕事ね」
リヴィア・メディロスは目を疑う。八雲みたまの魔力パターンが感知されない。つと、血のような赤い液体が白い手の甲を沿って床に滴り落ちる。それを垣間見たリヴィア・メディロスは身の毛が
「おい……みたまは、どうした?」
「《陽炎》」
リヴィア・メディロスの質問と同時、天乃鈴音は炎の揺らめきと共に姿を消した。
「────っ──敵やッ! ヨヅル、月出里を連れて逃げろ!」
『────!!?』
静謐。それはあまりにも静かすぎる殺し。
閑寂に満ちた、一瞬の暗殺だった。
(なんや! いきなりなんや!? 鈍性魔力の火炎魔法で気配を遮断したんか! 光学迷彩の要領で姿を消した!? 魔力パターンを探ろうにも波形が揺らいで掴めへん! こいつ────
構築魔力を全開。十数の鉄拳を瞬間作成して全方位にラッシュを決め込む。そのうち数発がリヴィア・メディロスの背後の虚空に命中。気配遮断が解かれて天乃鈴音が姿を現す。だが手応えがない。
(
「……見誤った。貴方、思ったより強い……」
「こちとら魔法戦争経験者や! こんなところでわけわからんまま殺されてたまるかァ!」
翻る炎に紛れてラッシュを躱した天乃鈴音は肉薄。リヴィアは構築魔力で鉄剣を作成し剣戟を交わす。天乃鈴音の後頭部に鉄拳を構築して繰り出すも、分析魔力を張っているのか後ろに目がついているかのように回避される。
その間、篠目ヨヅルは佐和月出里の腕をひったくるように取って外に駆け出した。一方、和泉壮月と八雲みかげは何が起きているのか分からず困惑しており、呆然と口を開けて佇んでいた。
「《
(ソウルジェムの魔力速を高めた……! こいつ、この歳でソウルジェムの性能を熟知している……!? ならこっちも魔力速を高めるまでや……!)
リヴィア・メディロスは魔力の回転効率を高め、鉄拳を数百、天乃鈴音の全方位に瞬間構築。回避不可能の猛撃連打を浴びせる。
「《可変結界》」
天乃鈴音の周囲に結界が張られる。それにより数百連打の鉄拳は全て防がれてしまった。
(嘘やろ……人体を覆う規模の結界と、うちの鉄拳の威力を防ぐほどの密度を持った結界を、コンマ数秒で展開し切るとか────こんなん、
さらに結界は可変式。刹那、長方形の結界は鋭い槍の形を伴って高速射出した。飛び退いたリヴィア・メディロスの片足を傷付けて可変結界は消滅する。着地した天乃鈴音は疾走。肉薄。脚から血を流してよろけるリヴィアは構築鉄剣で迎撃。音速に至る剣戟を交わす。
「っ……! あんた、まさか中東から来た御使いとは言わんやろなぁ……!?」
「……?」
「ハッ! そうかい。どう見ても日本人やしな……野生の
音を置き去りにする苛烈な激闘。その轟音で我に返った八雲みかげは、戦闘区域からギリギリ逃れた寝台を見やる。
「姉ちゃ!」
「────!」
走り出す八雲みかげ。それを追いかける和泉壮月。白いカーテンを開けると、二人は目を疑った。
「ね、姉ちゃッ!!?」
八雲みかげの悲痛な叫びが上がる。そこには目を開けたまま寝台で仰向けになって死んでいる八雲みたまの姿があった。傷らしい傷はどこにもない。ただ八雲みたまに爪が赤く染まっている。それは死ぬ間際、天乃鈴音の腕を強く掻きむしったことで得た血だった。滴っていたのは天乃鈴音の血であり、八雲みたまは一滴の血も流さぬまま瞳の色を失い、絶命していた。
「調整屋に手を出すたァ、気でも違ったか! アァ!?」
「この街は魔法少女が多い。強敵が増える前に調整屋から潰すのは当然じゃない?」
「あんたを調整してそん頭ん中を覗きたいなァ……この腐れ外道がァッ!!」
八雲みたまを殺されたことで激昂するリヴィア・メディロスは、ソウルジェムを鳴動させて魔力圧と魔力速の臨界点に達する。それは一歩間違えれば自らのソウルジェムが破裂する荒業。その代わり100%の性能をフルで発揮できる、いわゆる火事場の馬鹿力。
「千手観音って知ってるか? 今からあんたを叩き潰す手の量や!」
「────っ!!」
一千を越す構築鉄拳が空間のいたるところに生み出されて繰り出される。それは結界では防ぎきれない火力。
(こいつは魔力圧が元々高いから攻撃特化型や! 防御向上の修得魔法は不慣れで持ち得へんはず! その弱点を突く!)
「《炎舞》」
それは複数の炎刃を舞うように纏う攻防一体の修得魔法。攻撃は最大の防御。千手鉄拳を千の炎刃で相殺した天乃鈴音は、八雲みかげの背後に向かって大剣を投擲する。
「選べ」
「っ!」
天乃鈴音は《陽炎》により姿を消しつつ出入り口に疾走する。
リヴィア・メディロスは魔力パターンを感知。篠目ヨヅルと佐和月出里は建物の前に停まっているトレーラーに乗車している。だがそれでも天乃鈴音には確固たる自信があるようだった。“選べ”とはそういうことだろう。もしここでリヴィア・メディロスが八雲みかげを助ければ、その間に篠目ヨヅルと佐和月出里を殺すという事だ。
リヴィア・メディロスは迷わなかった。迷えば迷った分だけ命を失う。ほぼ天乃鈴音と同時に出入り口に駆け出したリヴィア・メディロスは音速跳躍。壁をぶち抜いて天乃鈴音より早くトレーラーに帰還する。
「────
八雲みかげの背中から右腕に掠った燃え盛る大剣。直後、八雲みかげの傷口から発火した炎は、瞬く間に全身に回って強く
「な────みかげぇええっ!!」
「キャァアアアアア────!」
全身が燃え上がる八雲みかげは断末魔の叫びを上げる。和泉壮月は棚の上にある花瓶を見つけて手に取りぶっ掛けるも、それは魔力の炎なので、ただの水で鎮火させることはできない。
「クソッ!? みかげぇ!!」
「ぁ゛ぁ゛……! イヤ、だ……ナニ……!? そうげつ、くん……! アツく、ないの……! イタくも、ないの……! でも、コワイの……ッ!! トけて、イく……ヤダ……タスけて────」
「みかげぇえええっ!!?」
八雲みかげが伸ばした真っ黒な手を取った和泉壮月は、次の瞬間、糸の切れた人形のように地面へ倒れた真っ黒な焼死体を目にして絶句する。車の排気音。車輪が回り、全力で疾駆する音が響く。コツコツと足音。さっきの殺人鬼が戻ってきた。
「《
「────────なん、なん、だよ……おまえはァアア!?」
「天乃鈴音。魔法少女を殺す魔法少女。良かったね。これで貴方は、八雲みたまと八雲みかげの絶望した姿を見ることはなくなった」
「ざっけんなァ!」
空系リングに爆発的な大空の炎を灯した和泉壮月は駆け出し、天乃鈴音の顔面に向かってフルスイングする。大切な人を目の前で瞬く間に虐殺された激憤。それなのに何も出来なかった己を恨む慙死と恥辱が、黒く、橙色の炎に混じって噴火する。
「
直後、忽然と姿を消した天乃鈴音は────否、単に人間の動体視力では追いつけない速さで身を屈めて回転した天乃鈴音は────回し蹴り。和泉壮月の水月を的確に打ち抜いた。壁に亀裂が走る。後頭部と背中をコンクリートの壁に強打した和泉壮月は一瞬で意識を刈り取られ、ズルズルと重力に身を任せて地に伏した。リングから灯る死ぬ気の炎が揺らめいて消える。
「……リヴィア・メディロス。今まで会った魔法少女の中で一番強かった……次元が違うと言っても過言ではない……よくもまぁ無属性のくせにあそこまで鍛え上げた……ツバキとどっちが強いかな……? いや、ツバキの方が強いに決まってるよね……」
天乃鈴音は振り返り、調整屋を出ようとする。
「うわっ、なにこれ。壁に穴があいてる……まさか亡霊の仕業? えっと……おはようございます……」
そこに黒江が入ってきた。天乃鈴音と目と目が合い、黒江は軽く会釈する。
「あ、どうも……」
「……あなた、名前は?」
「え?」
「……、────?」
天乃鈴音は違和感を覚える。目の前の黒い服を着た女の子から魔力パターンを感じない。
同時に黒江もある発見をしていた。天乃鈴音の幾つかの指には、明らかに
「貴方、魔法少女じゃないの?」
「え、あ、えっと……そうです……」
「…………そう。ここは不思議な街ね。魔法少女と一般人が一部、共存関係にあるのかしら」
「……?」
黒江は調整屋の隅に──壁に亀裂が入った下で──うなだれる和泉壮月を目にする。さらに天乃鈴音が死角になって見えなかったが、調整屋の奥には真っ黒な人型が倒れていた。八雲みたまも変なポーズで倒れている。ベッドの上で仰向けとなり、微動だにしない。
「えっ────」
「じゃあね。魔法少女にはなっちゃダメだよ」
天乃鈴音は跳躍して姿をくらます。
残された黒江は、悪い予感ばかりが脳裏をよぎり──いま話した人は灰色のコートを着ていた──網膜に入る情報を正しく処理できず、膝小僧は笑い、冬でもないのに小刻みに白い息を失笑し、そんなこと有り得るはずがないと自らに言い聞かせるように恐る恐る、中に入った。
「……壮月、さん……? みたま、さん……? それと……
黒江は腰が抜けて尻餅を搗く。全身真っ黒焦げの焼死体。その傍らにはソウルジェムの面影を残す宝石が液状化していた。そのソウルジェムの色は、まさか。見覚えがある。────八雲みかげ。さらに黒江の視界に、八雲みたまの足元に散らばる砕かれた宝石の欠片が映る。
「ぁ……ぁあ……!?」
黒江は震える手でスマホを取り出し、滑って床に落とす。拾おうとするも指に力が入らない。呼吸を忘れている。パスコードが入力できない。指圧が弱すぎてスマホが反応しない。「ハァ、ハァ……ッ!!」過呼吸。ようやく連絡帳を開いて七海やちよに通話────お願い出てきてと願い、視界が滲む。繋がった瞬間、黒江は甲高く叫んだ。
「た────助けてくださいッ!! 調整屋が……調整屋がッ!! ────殺されて……みんな……キリサキ、さんに────」
『────』
黒江の震え上がった声でただならぬ事態を察した七海やちよは「すぐに向かうわ」と言い、直後、風が強いのかノイズが激しくなる。登校を取りやめて路地に入り、変身して人気のない所を爆走しているのだろうか。ふとノイズが開けたように感じた。より大きな風を感じる。黒江は魔法少女時代の経験を思い出し、もしやビルの屋上から屋上を伝って走っているのかと想像する。それでは人目につく。いや、構築魔力を使って迷彩効果を施しているのかもしれない。やがて音速を突破したのか。あともう少しすれば調整屋に到着してくれるだろう。
「────ぅっ────」
「……っ!?」
和泉壮月の呻き声。黒江は慌てて駆け寄り、呼吸や脈を確認する。
「────生きてる。生きてる……! あ、えっと、どうす────そうだ! 回復薬を……!」
ケガした時のために合成しておいた回復薬を取り出し、和泉壮月の口に少しずつ含ませて飲ませる。
「これでケガはすぐに治る……私と
仮に何かあっても、雨の炎または水魔力で鎮静効果を使えば無毒化が可能である。
「……でも、起きない……?」
和泉壮月の体は完全に回復した。しかし目を覚まさない。それも無理からぬことだ。目の前で訳も分からぬまま大切な人を殺された。そのショックのせいかうなされている。肉体の傷は治せても、精神の傷までは癒せない。
「……私に大空の炎があったら……」
調和の力を使えば、鎮静の力も合わせることで、対象の心の奥底に熱量を送り込み、心理的問題を解決することは可能である。
その時、調整屋の外で誰かが降り立った。青い魔法衣装を身にまとう七海やちよが中に入ってくる。
「黒江さん!」
「や、やちよさん……これ、どうすれば……」
「とにかく落ち着いて。何があったのか話してちょうだい」
七海やちよは黒江から話を聞き、灰色のコートを着た魔法少女が殺したのかどうかは見ていないので分からないが、少なくとも死体を放置してどこへなりと消えた点は怪しさ満点の真っ黒だと判断。すぐに和泉十七夜、都ひなのに緊急メールを一斉送信する。
『調整屋が襲撃された。死傷者は二名。八雲みたまの死体を確認。もうひとりは全身が黒焦げで身元が判別できない。ただソウルジェムの色や状況から判断するに、おそらく八雲みかげと推察。また、負傷者は和泉壮月。命に別状はないけど精神的ショックのせいか起きる気配がない。
そして、おそらく今回の犯人は“キリサキさんのうわさ”……うわさの内容と一致する、灰色のコートを着た魔法少女を目撃したという証言がある。これは信頼できる証言よ。だから各自、魔法少女を殺して回る魔法少女に注意して。あなたたちは代表者として、各地区の魔法少女に警戒するよう伝えてほしいわ。もちろんいきなり八雲姉妹が殺されたといえば混乱するでしょうから、そのあたりを誤魔化すかは各自の判断に任せる。よろしくお願いするわ』
送信。続けて、みかづき荘の面々にメールを一斉送信する。内容は似たようなもの。言い方は中央と東側の代表者に向けたものではなく、みかづき荘を取り仕切る管理人としての命令で、警戒態勢を取るよう厳令する。送信。
直後、都ひなのから通話が掛かってくる。
『七海やちよ……冗談じゃ、ないんだよな……?』
「私がこんな酷い冗談を言う人間に見える?」
『……いや、そうだな。悪い。──事態は切迫していると受け取っていいか? そのキリサキさんとやらは、まだ殺しを続けると思うか?』
「えぇ。私の勘が当たっていれば」
『────、クソッ……いったいなんだってんだ……すまない。すぐに……飲み込めない……七海やちよの言うことを信じていないわけじゃないんだ。ただ……』
「気になるなら見に来ればいいわ。焼死体を見慣れていないなら吐いた時のためにビニール袋を持ってきなさい」
『っ……。────衣美里の奴が“神浜魔法少女SNS”をやってることは知ってるよな?』
「えぇ。単に魔法少女同士の交流を取るための使い方だけど、一歩間違えれば魔法少女のことを世間に公表するようなことになるから、そこを危惧して一度、都さんと相談したこともあったわね」
『懐かしいな。──で、それを使って注意喚起を促したい。その方が確実に全体に伝わるだろう。十七夜の確認も取りたいが、あいつ連絡が取れないからな……』
「今も割り込み通話が来ないわ。まったく何をしているんだか……でも確実に伝わっているはずよ。この際、暗黙の了解ってことで、十七夜の許可は取らなくてもいいじゃないかしら? 十七夜は東の代表者としての役割を少し放棄している状態だから、この処遇には何も言えないでしょ」
『いやだが、そんなことしたら東西の緊張が……』
「十七夜が私の立場だったら同じことをしたわ。だから大丈夫。都さん。お願い。そっちに迷惑は掛けないから。それより今は少しでも被害を少なくする方針を取るべきよ」
『……っ。こういうのはゆっくり相談して決めるべきなんだが……猶予はないよな。分かった。衣美里に連絡する。またな』
「重々気をつけて」
通話を切る。直後、今度は環いろはから通話が掛かってきた。
†
朝方。同時刻。神浜市立大附属学校の中等部校舎にて。
環いろはは黒江が遅刻している事を気にしていた。調整屋に用事があると言って、すぐに戻ってくると言っていたが、もう授業が始まりそうだ。そのとき七海やちよからメールが来る。その文面を読んで環いろはは戦慄した。
『調整屋がキリサキさんに襲撃を受けた。みたまとその妹さんが殺されたわ。第一発見者は黒江さん。私は黒江さんと生存者のケアをしてから犯人を追うから、そっちはこっちに来たりせず、各自二人以上で行動して。決して警戒を緩めないように。いま中央と東側の代表者もこのことを知って動いているわ。非常事態宣言のようなものと思いなさい。犯人は灰色のコートを着た魔法少女よ。犯人らしき人を見つけたらすぐに逃げること。いいわね?』
環いろはは思わず席を立つ。周囲の生徒と教師から驚きの目で見られる。環いろはは駆け出した。
「え、環さん!?」
「ごめんなさい! ひ、非常事態宣言です?! なので早退しますっ!!」
教室を出て廊下を疾走。胸が震える。ソウルジェムが明滅して濁りが増す。いつもより息が切れるのが早い。
(死んだ? みたまさんと……その妹さんが? うそ────うい……!)
スマホを取り出して七海やちよに通話を入れる。
「やちよさん! い、今のメールは……!」
『……待って。走ってるの? 現場は凄惨だから来なくていい。犯人が現場に戻ってくると言うし、今は学校で大人しくしていなさい。ひと目の多い場所で襲撃してくるほどキリサキさんも馬鹿じゃないでしょう……』
「それは、はい! ただ、ういのところに向かっていて……!」
『……なら、なんで通話してきたの?』
「それは……すみません! わかりません! ただ、調整屋に行った黒江さんや、やちよさんが心配で……!」
『……そう。黒江さんは隣にいるわ。私も何もない。私たちは全てが終わった後に到着したから』
「そうですか……」
『ごめんなさい、もう切るわね。そろそろ犯人を追わなくちゃいけないから』
「き────気をつけて、やちよさん……」
『えぇ。そっちもね』
通話が切れる。初等部の校舎に向かうため正門広場に降りてきた環いろはは、そこで同じことを考えていたのか、環うい、百江なぎさと合流した。
「うい! なぎさちゃん! 二人も今のメールを見たの……?」
「う、うん……」
「どうやらかなりブラックな状況なのです。しかしクマ吉の話題が出てこないあたり、おそらくクマ吉は重度の魔力発作を起こしてどこかで倒れているのです。でなければ悪魔の知り合いが、こうもやすやすと死ぬはずがないのです」
そこに凪、万年桜、由比鶴乃が合流する。
「みんな……無事でよかった」
「│いろは、うい。わたしの近くに居て。そうすれば守れる│」
「いろはちゃん! やちよは学校にいろって言っていたけど……どうする? だってこんな……みたまが死んだって知らされて、じゃあ勉強しよう、なんて、とてもじゃないけどできないよ……」
「鶴乃ちゃん……」
見るからに落ち込んでいる由比鶴乃。それは全員も同様だ。調整屋はほぼ毎日お世話になっている。それだけ顔を合わせている。そんな親しい隣人が、突然命を奪われてこの世から消えた。そんな現実、すぐには受け入れられないだろう。全員のソウルジェムも混乱するように光がまたたく。
「…………ういたちは学校に戻って。お姉ちゃんは初等部の校舎を見守っているから」
「│それなら私も手伝う│」
「ありがとう、万年桜さん。できるだけ固まっていた方が安全だと思うし、人が多くいる場所なら襲撃しにくいだろうから……」
そこで由比鶴乃が提案する。
「じゃあ私は高等部に戻ろうかな……ももこが居るから、二人で常に念話していれば連携が取れて安全だろうし……っていうか、ももこたちにも、このことやんわりと伝えないといけないし……!」
「……私は……中等部を見張っている。その校舎が一番、魔法少女が多いから……何かあったらすぐに念話を送る」
「ありがとう、凪さん。でも一人は……」
凪は問題ないと首を横に振る。
「私には黒曜のみんながいるから……」
「それって……ミネルヴァの時に出てきた男の人たち……? そっか。その人達がいるなら大丈夫かな……? でも気をつけてね……!」
「うん」
そこで百江なぎさは正門に向かい、学校を出ようとする。
「え、なぎさちゃん!?」
「クマ吉を捜しに行くのです。でも期待しない方がいいのです。なぎさは無理やり起こす気はないのです。本当はクマ吉に頼らず、こういう物事をこそ、魔法少女が解決するべきなのです」
何やら意味深長なことを呟いた百江なぎさは変身。構築魔力で迷彩を施して跳躍。街を駆け抜けた。
†