アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
夕暮れ。中央区の中央学園・近郊にて。路地裏に魔女ゲートが生成されている。赤い火花が散ったあと、魔女が消滅したのか空間位相が戻されて、魔女の口づけを受けて人質にされていた伊勢崎隼人が地面に倒れた状態で出現。気絶している。同時に橙髪橙眼の魔法少女・江利あいみと天乃鈴音が現れた。
「隼人くん!」
「大丈夫。気を失っているだけよ」
「……そっか。よかったぁ……様子がおかしいから付いてきて正解だった……まさか魔女に襲われてたなんて……」
「……」
ハッとした江利あいみは変身を解除。スカートをはたいてホコリを落とし、天乃鈴音に向かって丁寧に挨拶する。
「あ、あの! 助けてくれてありがとね! おかげで大切な人を失っちゃうところだった……」
「ううん。別にいいのよ。
†
(……う、うぅ……あれ? 俺、なんで眠って……)
伊勢崎隼人は混乱する頭でまぶたを開く。ビルとビルの間に挟まれた夕闇通りの路地裏。西日が眩しい。目の前に誰かが立っている。女の子が二人だろうか。ピシャッと音がして顔に何か液体が飛びついた。眩しさでめまいがする。やがて夕陽に慣れてきた頃。よく理解したくない光景が目に映った。
江利あいみらしき人物の胸を、カッターナイフのような巨大な大剣が貫通している。胸元の宝石がパリンと割れるが、それは地に落ちる前に灰色のコートを着た人の手元に握り締められた。段平のような大剣が豪快に引き抜かれる。糸の切れた人形のように、人間の全体重が地面に倒れて弾力のある音が鳴る。そう、それはもうただの肉塊なんだ。人が倒れた音なんてしない。受け身を取るため弾むこともなく、静かに地面に吸着するように、その人は
「────え────」
西日の逆光を浴びる灰色の魔人が振り返る。その瞳は地獄の炎のように赤かった。灰色のコートには返り血がびっしり付いている。血の臭いがする。それも一人の臭いじゃない。多くの血を浴びてきた臭いがした。
伊勢崎隼人は絶叫を上げた。目の前の状況を理解できない
「っ……!?」
伊勢崎隼人の絶叫を聞いて、一人の魔法少女が駆けつける。
「《真名看破》────粟根こころ」
天乃鈴音は伊勢崎隼人の頭上を飛び越えると大剣を奮う。息つく暇のない急な攻撃に対応が遅れた粟根こころは両手のトンファーで守りに当てる。だが無意味だ。次の瞬間にはトンファーもろとも、その体は嬰児の形成段階のように一刀両断される。
「──っ!?」
しかし、その“次の瞬間”は別の形として起きた。不可視の斬撃と打撃が天乃鈴音をのけぞらせたのだ。咄嗟に嵐の炎を前方に散布する。何かが粟根こころの眼前に立っている。彼女を守るように殺気を放っている。
(透過魔法? 魔力パターンすら感知できなかった……でも気配は感じる)
透明存在は突貫。怒涛の猛撃は己の命に頓着していない。それはまともに相手すれば殺すことはできてもダメージは受けることを意味する。痛打を避けるため天乃鈴音は後退。両名、伊勢崎隼人の頭上を飛び越える。
「ひっ!?」
「こころ。彼を連れて早く逃げて」
「────っ! で、でも、まさらは!?」
火炎と透明の剣戟が火花を散らす。
「早くして。邪魔なの。このままじゃ全員殺される」
「っ────!? わ、わかった! まさら、すぐ戻るから!」
粟根こころは駆け出し、伊勢崎隼人の体を強引に抱き起こすと、ふと大量の血を流して倒れる江利あいみが目に入る。
「え────」
「こころ!」
「っ!?」
加賀見まさらの今までにない大声を聞いて驚愕が恐怖に優った粟根こころは振り返り、伊勢崎隼人を肩に担いで遁走を開始する。対する天乃鈴音は二枚のペルソナカードを取り出して
粟根こころの注意はT字路に向いている。どちらに曲がるべきか。不意に懐のスマホが鳴り響く。今度はそちらに注意が固定する。T字路の左右どちらに曲がるか、そんなことすら忘れて何も考えずスマホを取り出し、(あれ? なんでこんな時に電話に出ようとしてるんだろう?)と思った時には、既に通話ボタンを押して耳元に当てていた。粟根こころのスマホ画面から黄金の片腕が突き出される。それは右耳を貫いて脳漿を押し出し左耳から全てをぶちまけた。
「うわぁあああああああああああああああああ────────!!?」
伊勢崎隼人はクラスメイトの頭部が吹き飛んだ光景を間近で目にし、喉が壊れるほどの絶叫を上げる。そして粟根こころが肉塊として倒れると同時、伊勢崎隼人も血にまみれながら地面を転がった。
「《
「……こころ……?」
天乃鈴音はスタンドを解除。透明存在の素首を狙う。剣戟。この状況化で冷静に剣を合わせてきた。その胆力と精神力は厄介だと判断。透明存在の名前も知らないため、天乃鈴音は壁を蹴って登り屋上に跳び出して撤退を決め込む。
「…………」
屋上を見上げる加賀見まさらは透明化を解除する。戻ってくる気配がないと判断すると無表情で振り返り、頭の中身が吹き飛んだ粟根こころの死体をまじまじと見つめる。歩き出す。寄り添う。
「こころ?」
応答はない。どう見ても死んでいるのだ。当然だろう。粟根こころのそばには割れた黄緑色のソウルジェムが散らばっていた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……ッ?!!? な、なん……ま、まさら……これは、い、いったい……!!?」
「……あなたは関係ない。これは悪い夢だと思って忘れて」
「な、なんだよそれ……! あ、あいみが、殺され────殺されたんだぞ! あれは、あいみだ……! 俺の目の前で……!! こころも、殺された……! お、俺のクラスメイトが、目の前で、死んだんだ……ッ!!」
「……知ったところで、あなたには何もできない」
加賀見まさらは立ち上がる。そのスカートを掴んだ伊勢崎隼人は、ガクガクと震える両膝を立たせることができない。しかし震える両腕を必死に伸ばして、加賀見まさらを引き止めた。
「ふ、ふざけるな……知っていることがあるなら教えろ……! じゃないとこの手を離さない……!」
「簡単に振りほどける」
「じゃあやってみろよッ!! お前ら人間じゃないんだろ!? 跳んだり跳ねたり……なんか、世界が違うってことくらいわかってんだよ! でもさ……だからって何も知らないまま引き下がれるかよ! それに二人を……このままにしておくつもりか!?」
「……」
加賀見まさらは考える。粟根こころの体に触れて魔力を送る。頭部の損傷を治癒。左肩に担ぐ。今度は江利あいみにも同様のことをして右肩に担ぐ。伊勢崎隼人の目前に戻り、無機質な瞳で見下ろす。
「これから調整屋に向かう。付いてくるなら私の体を抱きしめて」
「えっ……」
「急いで。私は早く、さっきの殺人鬼に報復しないといけない」
そのとき初めて伊勢崎隼人は、加賀見まさらの感情の発露を見た気がした。顔色は以前と変わらないが、その言葉には覇気というものが感じられた。
「え、えっと……具体的に、これから何をするんだ……? 警察には、駆け込まないのか……?」
「魔法界には魔法界の秩序組織が存在する。これから空を跳ぶから、どこでもいいから掴んで。振り落とされても知らないから」
「……!」
伊勢崎隼人は両足で立てない。両腕の力も弱い。それでも全身の力を手首に集中させて、加賀見まさらの背中に抱きついた。直後、加賀見まさらは跳躍する。一気に五階建てのビルの屋上に着くと、そのまま屋根から屋根を飛び越えて疾走を始めた。
「うわわわわわ……!?」
「……今日は不吉な日だった」
「っ……?」
「今朝、私たちの界隈で非常事態宣言が発令された。私とこころとあいみの三人で下校しようと話していたけど、あなたが魔女にさらわれたことであいみが焦って一人突出した。それで運悪くキリサキさんと遭遇してしまった。到着した時にはもう遅かった。あなたの絶叫が聞こえて屋上から見下ろせば、あいみは死んでいて、今度はこころが狙われた。……こういうの、なんて言うの?」
「…………こころなら、“無念”って言うんじゃないかな……」
「無念。それは悔しくてたまらないという意味だけど……私は、
加賀見まさらは感情がない。生まれた時から感情が希薄だった。それを表す用語として
「……まだ信じられない。これは夢じゃないのか……? 驚きすぎて涙すら出てこない……感情が、追いつかない……」
「現実。涙が出ないのは私も一緒」
「……そうか……そうか……」
数十分で新西区の廃墟街に到着。調整屋の前に降り立つ。
「……ここ、かなり昔に潰れた、有名な廃映画館だよな……?」
「神浜ミレナ座。もとい調整屋。そこは魔法少女の拠り所だった」
「……魔法、少女……?」
伊勢崎隼人は背中から降りる。不思議と両足には力がこもって立つことができた。加賀見まさらは両手を使えないため出入り口からではなく、なぜか壁が破壊されて中に通じている場所から入店する。
「お、おい! 危ないだろ! がれきが落ちてきたらどうするつもりだ!」
「魔法少女はケガしない。死体が傷ついても意味がない」
二人は調整屋の奥に進む。両扉を開けると殺風景な空間に点在する家具と、夕陽を浴びて輝く青いステンドグラスが目に入る。壁際にはビニールシートが敷かれており、その下に人間が二人、綺麗に並べられていた。ソファには青年が眠っており、うなされている。
「……あれはなんだ? あそこにいるのは誰だ?」
「ビニールシートの下にいるのは八雲姉妹の死体だと思う。男の人は知らない」
「────死体って……」
加賀見まさらは粟根こころと江利あいみを置くと、ビニールシートをめくり上げる。すると綺麗な女性の遺体と、真っ黒に焦げた子供の焼死体が出てきた。
「うっ……!?」
伊勢崎隼人は振り返り、壁際に近付いてしゃがみこむ。えずいているが、なんとか吐き気を抑えている。一方、加賀見まさらはビニールシートの余りの幅に粟根こころと江利あいみを置いて被せる。
「あなたはここで二人を見守っていて」
「ぅっ……み、見守るって……なんで……つ、つーか、置いてかないでくれ……」
「あなたは自分に出来ることをして。私はこれから殺し合いをする。魔法を使えない者は付いて来られない世界に行く」
「…………!」
加賀見まさらは調整屋を出ていく。取り残された伊勢崎隼人は茫然自失と佇むほかない。なぜ自分はあれだけ叫んで必死に付いて来たのか。衝動的な行動に後から理由をつけても仕方がない。とにかく黙っていられなかったんだ。伊勢崎隼人は何が出来るか考えるが全く分からない。
「────ハッ!!」
「!?」
その時、ソファから青年が飛び起きた。和泉壮月である。彼は周囲を見渡すと青いビニールシートを発見。姿は見えないが、そこに八雲姉妹が隠されていることを察する。
「……みたま姉さん……みかげ……。……ぐっ! なんだ? 胸焼けがする……変なモノでも喰ったか……? つーか、一瞬だけ見えたが、俺……蹴られたのか……くっそ……まだ車にぶつかってもらった方が優しかったぜ……っ!」
ソファから起き上がった和泉壮月は、足元がおぼつかないのかフラリと這いつくばる。
「! だ、大丈夫かい!?」
「……? おまえ……誰だ?」
「あ、えっと、俺は……伊勢崎隼人……な、なんといえばいいのか……その……」
「……いや、いい。目を見れば分かる。目の前で人が死んだ顔だ。オレも家族が殺された次の日は、鏡の前でそういう顔をしていた」
「────」
和泉壮月は気力で立ち上がる。ケガは完治しても黒江が飲ませた回復薬の副作用が抜けていない。それでも和泉壮月は歩き出す。無意識にリングから大空の炎を灯しながら夕陽が差し込む崩れた壁の穴へ向かう。
「……っ! き、君まで、どこに向かうんだ……?」
「さぁね。とにかく走らないとダメなんだ……意味がなくても、何かやってれば、いつか何かに繋がるかもしれないだろ……こちとら海のど真ん中に放り出された気分でずっと彷徨ってんだ……それなのに周りの人たちは優しくて、なんでもしてくれて、のうのうと生きてるだけで俺はまったく餓死しない……そんなのダメだろ……俺も何か、お返ししなくっちゃな……」
────オンミョーン────
ふと屋内に響く奇怪な物音。伊勢崎隼人は目を見張る。和泉壮月の目の前に、人の顔に見えなくもないガスの塊のような何かが現れた。それはまさか幽霊か。直後、橙色の炎を灯した拳でソレを殴り殺した和泉壮月は、重い体を引きずるように外に向かう。
「悪霊ども……今夜から俺が相手だ……胸焼けはひどいが、なんか体がスッゲェ軽いんだ……体力満タンってやつだ……これなら一日は持ち堪えられるだろう……どっからでも掛かってこい……全部殺してやるよ……ォッ!!」
和泉壮月は懐から赤色の匣兵器を取り出すと、大空の炎を注入して開匣する。それは黒江によって
「出てこい────《
飛び出したるは嵐の炎を纏うベンガルトラ。その背に騎乗した和泉壮月は、嵐虎の腹を軽く蹴って走らせる。そうして、もはや修羅の相と化していた和泉壮月は夕闇の廃墟街を嵐虎と駆け抜けて、群がる亡霊を蹴散らしながら去っていった。
静謐の調整屋。またしても取り残された伊勢崎隼人は、ようやく自分がとんでもない世界に関わってしまったことを震える体で実感していた。
†