アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
真っ赤に燃え上がる地獄のような景色。あちこちにマグマが噴流し、大地の亀裂から赤い光が放出される。轟然と揺らぐ地面を蹴って、何度もふらつきながら必死懸命にひた走る伊勢崎隼人は、ようやく銃声轟く戦場に辿り着いた。直後、黒髪眼鏡の女の子が糸の切れた人形のように倒れた。嘲笑する紫髪の女の子。その手前には黒装束ピンク髪の魔法少女が倒れていて、その向こうには江利あいみを殺した殺人鬼が倒れている。明らかに紫髪の女の子は殺人鬼を助けた。伊勢崎隼人は死を覚悟して突進する。
「やめろぉおおおお!」
「うわっ!?」
力尽きた体当たり。トンネルが潰れていたため山を登り、下山したと思ったら廃墟の残骸が広がり、炎とマグマが噴出する荒野を駆け抜けてきたのだ。激しく酸素が燃焼しているせいか空気も薄く、少し走っただけで息も絶え絶え。一般人にとっては長く活動できない空間。それでも伊勢崎隼人は駆けつけた。
「か……
突き飛ばされた日向カガリは「おっとっと」……と地を蹴って、可笑しそうに振り返る。
「────…………プッ! コイツ空気読めてんの? 今から黒幕がネタばらししようって時にさぁ……」
日向カガリは紫色に光る魔の手を伸ばす。それは伊勢崎隼人の顔面に触れようとしていた。
「っ……!!」
「や、やめて!」「やめろ!」
環いろはと天乃鈴音の声が被る。そちらの方に可笑しさを感じた日向カガリは、伊勢崎隼人から興味を外して振り返った。
「あれぇ? お互いに殺し合ってたクセに随分と仲いいじゃん?」
「……カガリ……貴方は、何者……?」
「うーん。真名看破系はもう使う余裕がないんだよね? それじゃあ────私の固有魔法《記憶操作》を解除するしかない、か」
日向カガリは指先でチョンと宙を叩く。直後、天乃鈴音の張り詰めた脳髄に爽やかな風が通り過ぎた。増殖魔力と構築魔力によってギチギチに詰まっていた脳内が解放されて、天乃鈴音は久方ぶりの爽快感を覚える。と同時、天乃鈴音は愕然と青
────
────は? カガリ、何を言って────。……? あれ、誰もいない。今、私は誰と話して……まぁいい。これから私は魔女を生み出さないため魔法少女を狩る。それが私の意思。それが私の覚悟。これは私がずっと考えて決めたこと。そうに違いない。
そこに疑問を挟む余地はなかった。なぜならそのように考えて、今、そうなっているのだから。
「……………………うそだ────────ウソだぁァアアアアア!!?」
「あっははっ! どう? 思い出した? ツバキが死んで精神的に参っていたスズネちゃんを助けてあげたのは、私の妹の日向マツリ。スズネちゃんは茜ヶ咲中学校に通うようになってから、同じ魔法少女の成見亜里紗、詩音千里、奏遥香と友達になって、みんなと仲良く生きていくことにした。でも────
日向カガリは
「スズネちゃんは私からツバキを奪った。ツバキもスズネちゃんを取って私を捨てた。そんな二人に復讐するため、私はスズネちゃんの記憶を操作して
「────い、意味が、わからない……カガリ、なんで……どうして、こんな……私たち、
「あ、そこ、もう思い出したんだ? で? 私の妹のマツリを殺した気分はどう? この人殺し」
「────人殺しは、どっち────貴方が私にそんなことをしなければ……私は、
「────は? なんで私のせいにするわけ? ねぇ、なんで!? そんなに私のことが嫌いなの!? そもそもスズネちゃんがツバキを奪わなければマツリを殺さずに済んだでしょ!? ツバキが私を捨てなければマツリの仲間だって死なずに済んだ!」
「私は貴方のことを嫌ったことはないし、ツバキは貴方を捨てていない!」
「嘘だッ! 私たちを捨ててスズネちゃんと二人暮らしして私たちに黙って魔法少女やってチュッチュしてたクセに! そんなに私をのけものにしたいならブチ殺してやろうと思ったんだ! さぁ絶望しろ! 魔女になっちゃえ! それが私の望みだ! 絶望しろ! 落下していけ! それがキュゥべえの望みでもあるし! 何人殺した? 名前全部覚えてるんでしょ? 思い出してみろよぉおおおお! ほらぁあああああああ!!」
発砲。発砲。発砲。発砲。
「そしてスズネちゃん! これはマツリを殺した仕返しだァッ!!」
発砲発砲発砲発砲発砲発砲────空撃ち。
天乃鈴音は穴だらけの体から血を流して泣いていた。絶望に喘ぎ、再びツバキが死んだあの頃のように塞ぎ込む。
「────って、そっか。この街じゃ魔女化しないのか。あーあ。まさかこんな街でスズネちゃんが殺られちゃうなんて。まぁでも手間暇かければ大丈夫か。神浜市の外まで持っていけばすぐ魔女化するでしょ」
日向カガリは拳銃を放り投げて振り返る。
「じゃ、ばいばい」
「────」
環いろはの頭部に蹴りを入れる。
「や、やめ────!」
伊勢崎隼人が止めに掛かるも、軽い腕の払いで吹き飛ばされる。きりもみ回転して地を転がる。顔を打って鼻血が垂れる。
「づぁ!? ぐっ……!」環いろはの悲鳴。
「ほら、さっさと死ねよ。ソウルジェムはどこにあるの? 私、戦闘能力ないタイプの魔法少女だから、殺すまでに時間かかるんだよね」
「っ……! うっ……!!」
環いろはは必死に首元のベルトを隠す。そこにピンク色のソウルジェムが輝いているからだ。
「あぁ……そうやって隠すとまるわかりだよね。さっさと出せよオラァ! お前が死ねばスズネちゃんはもっと悲しむんだ!」
「や、やめ────!!」
一発の銃声が鳴り響く。黄色い閃光が日向カガリのソウルジェムを通過して“パリン”と破壊した。
「────糞が」
遠方を睨んだ日向カガリ。その全身が霧のように消え去る。
「やはり
「────っ!? あ、悪魔さん……!」
日向カガリの幻影を撃ち抜いたのは、晴拳銃を携える悪魔だった。半身を引きずるように歩いてきて、天乃鈴音の前に佇立する。
「いろは。正気に戻ったなら、まだ戦えるか? 伊勢崎隼人を頼む。お前なら日向カガリを倒せるはずだ」
「……え……?」
「オレはこれから鈴音・椿と悪魔契約を交わして死者を生き返らせる。その間にカガリを倒してこい」
「────」
環いろはは、絶交ルールでチームももこが生き返った時のことを思い出す。
「ほ……本当に、みんなが生き返るんですか……?」
「あぁ。だからカガリに邪魔をさせるな。それに
環いろはは伊勢崎隼人の方を見て立ち上がる。反対に伊勢崎隼人は、彼女の姿を見て瞠目した。環いろはは何度も日向カガリに蹴られたせいで頭から血を流している。だがその目つきは非常に力強い。ここまでコテンパンにされてなお立ち上がれる根性と気力。誰かのためなら死ぬ気で頑張れる……そんな環いろはの強さに、伊勢崎隼人はただただ感心するばかりだ。
「……分かりました。そちらの方、私の後ろに居てください。魔力パターンは北側に消えました。もしかしたら神浜市を脱出するのかもしれません。人質に取られると危険なので付いてきてください」
「……! あ、あぁ……」
伊勢崎隼人は悪魔の方を見やる。本当に人が生き返るのだろうか。しかし環いろはは本気で信じているようだった。ならば嘘ではないのだろう。なぜなら
環いろはと伊勢崎隼人は北方に走り去る。悪魔はあぐらをかくように落ちた。もう立っているのもやっとの様子。
「────鈴音。心を閉ざすな。お前は罪をそそぐ機会に恵まれた」
天乃鈴音は動かない。
「オレの能力は疾うに看破しているはずだ。お前ほどの達人なら、オレの能力構成から悪魔契約魔法を見抜くのは容易だろう。考える事をやめるな。絶望するヒマがあるなら、罪を帳消しにする希望を探しまくれ」
初めて天乃鈴音は面を上げる。
「────貴方は、だれなの……?」
「最低の悪魔さ。お前より罪深い悪魔だよ。究極超直感で
「…………」
そこで悪魔の腰に付いた匣が揺れて、Dキュゥべえが口を挟む。
「なるほど。そういうことか。道理で……随分と
初めから環いろはと伊勢崎隼人以外は生かすつもりがなかった。
「……」
それに悪魔は渋々とうなずく。
ふと背後に霧が発生し人の形を象る。
「っ!」
「カガリじゃない。腐れ縁だ」
悪魔は直感する。六道骸の気配だ。
「沢田綱吉。随分と堕落しましたね。今のあなたは、僕が最も毛嫌いするマフィアそのものだ」
「……」
「少し前までの沢田綱吉は、仲間を犠牲にしてまで勝利を勝ち取る器のない軟弱者だった。仲間の犠牲を恐れるあまり、勝利や利益を追求することができない甘ちゃんだった。集団を率いるボスとしては致命的な弱点です。しかし今の沢田綱吉は大きく成長し、随分と様変わりした。集団を勝利に導くための合理的思考を備え、優柔不断さは今なお健在ですが……その優柔不断さも
「……。それを言いに、わざわざ来たのか?」
「いいえ。僕は天乃鈴音に
「それは佐倉にも言われた」
六道骸は消え去る。
(しかし、そんな無茶をする沢田綱吉だからこそ……彼女たち魔法少女も迷うことなく、命を張れるのかもしれませんがね……)
悪魔は安堵する。ひとりでも理解者がいれば怖くない。だが、それは決して安堵してはいけない感情なのだと、悪魔は人間性を思い出す。
「────さて、答えは分かりきっているが、どうする? オレは魔法少女を元の人間に戻す《悪魔契約》の修得魔法を持っている。それには骸の言う通り、低俗ながら
天乃鈴音は真剣な表情で聴いている。
「そして死者蘇生計画はこうだ。人間に戻った天乃鈴音が、再びインキュベーターと契約を交わす。願い事は《美琴椿を魔法少女の状態で生き返らせて、美琴椿に全ての因果を託す》……だ。すると
天乃鈴音は、美琴椿の蘇生と聞いて目に光が宿る。だが、申し訳ないが
「それから美琴椿は、オレと悪魔契約を交わし、元の人間に戻って、再びインキュベーターと契約を交わす。願い事は《天乃鈴音と日向カガリが殺した人を全て生き返らせて》……だ。すると太陽系ひとつ分くらいは生み出せる魔力係数により
天乃鈴音は首をかしげる。
「天乃鈴音と美琴椿は、願い事を叶えた瞬間、
蘇生させる人数が多すぎるのがひとつ。
高度な魔力係数に天乃鈴音と美琴椿の魂が耐え切れない可能性がひとつ。
たとえ殺した人を蘇らせても天乃鈴音と美琴椿の精神が
なにより負債の支払い方がそれ以外に無いことがひとつ。有るとすれば、それは別の誰かを犠牲にする形になる。それを天乃鈴音と美琴椿の
「鈴音と椿は何も悪くないのに……
天乃鈴音は、そんなことはないと首を振る。
「────受ける。受けさせて。貴方の言うことは信用できない。だって等価交換の原理を無視している。でも叛逆魔法があるなら、
「……」
「貴方は何を賭けるつもり? 悪魔契約の代償が、魔法少女側だけで留まるはずがない」
悪魔は答えない。俯いて表情が読めない。
「なに、取るに足らないものさ。君たちの
「…………」
天乃鈴音は晴の炎で肉体を再生する。
「……全ての魔法少女の負債を、独りで宇宙に持っていくつもり……?」
「────」
悪魔は驚いた。まさか真名看破で、そこまで目的が見抜けるものなのかと。
「死炎加速永久機関。真空耐性結界。
悪魔は押し黙る。大きく深呼吸すると、無理のある笑みを浮かべた。
「動けるか? 実は頭と口を動かすので精一杯なんだ。できればそちらで済ませてくれると助かる」
「……?」
天乃鈴音は意味が分からず、無垢な表情で首をかしげる。
やがて悪魔の両耳が赤くなっていることで意味を察した。
「……! ……時間がないのね。わかった……」
それは羞恥の意味もあったが、精神力の限界と、魔力発作による発熱の意味もあった。
────《
かくして、とうとう悪魔は眠らなくなってしまった。人間の三大欲求である食事に続き、睡眠まで手放してしまったら、その人間に残るものはいったいなんだろうと、二人は考える。常にスタンドを発動している訳ではないとはいえ、持続力はAランクと高い。笹川京子の面影を残す藍色の女神が傍らに寄り添い、悪魔の背中を優しく抱き締める。
悪魔の目の前では天乃鈴音が膝の上に登ってきて押し倒してきた。悪魔は自らの所業に壮絶な嫌悪感を抱く。それはいつものことだが、だからこそ唇を噛み切るほど胸の奥が苦しかった。
†