※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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クロスオーバー先:ペルソナ



【ありがとう。……本当に】保澄雫

 

 夜の中央区。ホテルのロビーにて。

 

「ありがとう。……本当に」

 

 大きな瞳を輝かせながら、淡白な声色の礼とお辞儀を済ませた保澄雫(ほずみしずく)は、今すぐ“ふーにい”と呼ばれる青年のもとに走っていった。

 

「…………」

 

 悪魔はロビーのソファに落ち着くとスマホを取り出す。充電器を繋いで充電しつつメールを書き連ねる。内容は今日の成果。三つのウワサを倒したため、そのウワサの名前と内容をレポートとして提出する。無論、宛先は七海やちよだ。送信。三秒後に既読の表示がつく。三日前から夜毎レポートの提出を続けているが、七海やちよからの返信は一度もない。それでも構わない。報告さえ出来ていれば神浜ウワサファイルに厚みが増す。厚みが増すということはウワサについて詳しくなるということで、そうなればウワサを着せられている巴マミの救出方法も分かるかもしれない。一縷の望みだが損はない行動だ。

 

(それにしても、寝なくなったことで活動時間が増えて効率的に物事を片付けられるようになった)

 

 悪魔の背後に女神のような姿をしたスタンドが抱擁している。それは笹川京子のソウルジェムから発現しているスタンドだ。

 名前は────《ゲットアップ(起きろ起きろ起きろ起きろ!)》

 

(一日で数体のウワサを潰して、そこらの魔法少女では対処できない大型魔女を倒して、グリーフシードを落とさないハズレの魔女も倒して、周囲の魔法少女の数を踏まえて魔女の数を調整……さらに悪魔契約も数件こなせた。それを繰り返して今日で三日目。寝不足による集中力不足と体調悪化は問題だが、戦闘時は逆転勝利の呪いが発動して本調子に戻れるから実質無問題)

 

 本当にそう思っているのだろうか。悪魔は合理と効率を追求し過ぎている事を自覚しつつ、人間から掛け離れていることについて見て見ぬふりをする。自分が寝ている間に大量の魔法少女が殺されていた事がトラウマとなっているのだろう。その眉間にはいつも以上にシワが寄っていた。

 

「沢田綱吉様」

 

 ふとホテルの従業員が話し掛けてくる。手元には飲み物とデザート。

 

「こちら当ホテルのサービスでございます。普段のご利用、誠にありがとうございます」

「……あぁ。ありがとうございます」

 

 どうやら常連客になってしまったようだ。となると毎日異なる少女を連れ込んでいることも従業員にバレている可能性が高い。それはかなり恥ずかしい。ホテルは悪魔契約ごとに変えているが、さすがに件数が多すぎて同じホテルを使うことも増えてきた弊害が出た。

 

 しかし、こうして声を掛けてくるのは何かの警告だろうかと邪推し勘ぐる。だが従業員は特になんとも思っていないようで、純粋におもてなしとして提供しているようだと直感。ちらりと壁の張り紙を見やると、常連客に提供するサービスがあると記されていた。従業員はそれに従っただけだろう。悪魔の考えすぎである。

 

(だが困ったな。オレは物を食べないのに……返すのも悪い気がするし、持ち帰りも無理だろう。なによりみっともない。保存用匣兵器に収納して食べた事にするか?)

 

 ふと悪魔の腰の匣兵器がカタカタと震える。ナッツ、チーズ、武蔵が欲しがっている。ならばと開匣。三匹の魔法生物がデザートと飲み物の取り合いをしている光景を霧の炎で隠しつつ、散らかったテーブルを拭いて皿とコップを片付ける。

 

「お前らもうちょっと大人しく食べろ」

「ガフッ?」「キュー?」「ピュー!」

 

 匣兵器に回収。皿とコップを従業員に返してホテルを足早に出る。不意に右目が痛む。笹川京子のソウルジェムが魔女に反応した。霧の炎に紛れて死炎噴射飛行。人気のない路地裏に降り立つと魔女結界のゲートを発見するが、どうやら既に決着がついたようだ。ゲートが壊れて空間位相が現実に帰還する。陽炎のように景色が大きく揺らぐ中、魔女結界から勝利生還した綾野梨花が佇立する。

 

「お疲れ」

「──え? わっ!? びっくりした! 悪魔じゃん! あ、えっと……」

 

 悪魔は直感する。綾野梨花はキリサキさんの件で話したいことがあるようだ。

 

「その……あたし、悪夢を見てさ。爆睡してる所に、いきなり灰色のコートを着た人に何かされて、ぱたりと意識を失って……次に目を覚ましたら、なんか一日余分に過ぎてるし!? みゃこ先輩は泣いてれんちゃんに抱きついて、あたしにもハグしてきたし……」

「…………」

「だから……自分でもよくわかってないのに感謝するのも失礼かな? とは思ってたんだけど、マジであった出来事みたいだから……やっぱ礼儀は通しておくべきかと思って! だから言っとくね! みゃこ先輩やれんちゃんを助けてくれてありがと……それだけじゃなくて、みんなを助けてくれてありがとっ!」

「…………────」

 

 悪魔は目を伏せて俯く。そういう感謝を受けるのが怖かったから、すぐにあの場から退散したのだ。天乃鈴音と美琴椿との悪魔契約を済ませて全員の蘇生が完了し、黒江や環いろはといった生存者が集まって、さらに蘇生者たちも集まってくるといたたまれなくなる。どうやって全員を生き返らせるなんていう荒業をこなしたのか質問されるに決まってる。だから逃げた。それは到底、おおっぴらにできる内容ではないのだから。同衾なんて、けがらわしいおこないをしたことを咎められるのが怖かったから。

 

(今更それに関してとやかく何か言われてもやめるつもりは毛頭ないが……それでも傷つく心はまだ残っている。なら、まだオレの人間性は大丈夫か……)

 

 悪魔は何も応えず背を向ける。

 

「……?」

「感謝したいなら鈴音と椿の墓に献花でもしてくれ。ホオズキ市の茜ヶ咲中学校に在籍する魔法少女に声を掛ければ墓参りできる。オレはもう……花は添えてきた」

 

 悪魔は一斉蘇生の直後、すぐにホオズキ市に訪れて、蘇生したことに困惑する日向茉莉に会ってきた。そこで全ての出来事を説明し、三(・)人(・)の遺品──赤燈色のソウルジェムのカケラと、藍色のソウルジェムのカケラ──を渡してきた。お墓は日向茉莉たちが作ったもので、彼女たちにしか知らない場所にひっそりと建てられている。

 

「……そっか。おっけ」

「ちなみに、ウワサについて何か知っていることはないか?」

「ウワサ? いや……特に聞いたことはないかな……?」

「そうか。じゃあな」

 

 悪魔は飛び立つ。次の瞬間、なぜかタライが落ちてきて悪魔の頭に直撃した。

 

「うぇ!? なぜにタライ!?」

「……」

 

 悪魔は無言で、なに食わぬ顔のまま北西に飛び立つ。どうやら不運水の効果がまだ切れていないようだ。

 

「あ…………」

 

 それを知らない綾野梨花は純粋に心配するが、同時に違和感を抱く。特に知り合って深くを知る仲ではないが、察しの良い綾野梨花は、悪魔の様子がおかしいことに勘づいていた。

 

(なんか悪魔……やつれた? 目の下のクマがひどくてビックリしちゃったし……まさか寝てない? いつにも増して顔つきが険しいし、反応も微妙だし……なんかあったのかな?)

 

 まさか巷では英雄やら救済の悪魔やら噂されて称賛されている悪魔が、そのことに一番胸を痛めているとは思いもよらないだろう。ともあれ綾野梨花は帰路に就く。魔女が誰かを襲う前に退治できて良かったと安堵し、グリーフシードを使ってソウルジェムを浄化する。

 

「ただいまー」

 

 家族と夕飯を食べてお風呂に入って、下着姿で歯磨きしつつスマホを開くと、ちょうど友人から通話が掛かってきた。通話に出ながらうがいを済ませて、歯磨きしながら通話するなと友人からツッコミを入れられて笑い合う。寝室に戻ってベッドに座り、あぐらをかいてテレビを点ける。

 

「そういえば梨花。“マヨナカテレビのうわさ”って知ってる?」

「えぇ~なにそれ知らない。でもちょっと待ってよ。寝る前に怖い話はやめてくんない?」

「怖くない怖くない!」

「うそだね!」

 

 しかし興味本位で聞いてしまう。あとで後悔すると分かっていながら好奇心には勝てないのが古今東西の若者(ギャル)の悩みである。

 

          †

 

 夜も更けてきた頃。北養区の山中にて。悪魔は、かつて巴マミの反応があった場所に再び訪れていた。

 

(さて、一人で決着をつけるなら、まずはマミをどうにかしなければ活路は開けない。ウワサ空間の概念障壁に阻まれて《助太刀》は不可……こちらからの侵入はできない……ならば、あちらから出てきてもらう……)

 

 本当は使いたくなかった。それは恭弥アーデルハイトの固有魔法《遭遇》……それは強者との遭遇率が向上する戦闘狂用の魔法。下手すれば周りを巻き込むレベルの強敵と遭遇してしまうため、むやみやたらに使うものではない。恭弥も並盛町の風紀を守るため滅多なことでは使用しないが、ほかの町はどうでもいいと思っているのか並盛を出ると遭遇魔法を乱用する。そうして他の街の強者を倒して縄張りを拡大するつもりなのか。それともただのバトルジャンキーか。はたまた自分より強い存在が許せないのか、どうなのか。魔法不良界の出来事なんて興味ないが、とにかく問題を呼び込むような真似はよしてほしい。だが、それを言って聞くような相手でもない。

 

(まぁ、きっちり遭遇したモノを倒してくれるならいいんだが……遭遇したあげく勝てなかったからって放置したら厄介なことになる。ただ恭弥は確実に勝つから……問題はないんだが……なんだかな……)

 

 悪魔は《遭遇魔法》を行使。ランダムで強者との因果律が繋がって運命が邂逅する。さぁ鬼が出るか蛇が出るか。

 

「────見つけた」

「!」

 

 悪魔の背後に気配。ここまで接近されて気付けなかった。声色は巴マミではない。当てが外れた。一度の魔法行使で生命力は減少している。先ほどの保澄雫との悪魔契約も合わせて著しく体力は消耗中。だからこそ敗色濃厚であり、故に逆転勝利の呪いが勢いよく発動する。────だが、悪魔は直感した。確かに遭遇した相手は強者ではあったが、敵意や害意といったものがまったくなかった。それは振り返って顔を見れば一目瞭然。

 

「……クシュ。お前だったのか」

「久しぶり。ずっと捜してた。電話しても全く出ないから……電源でも切っているのかと。ちょっと話があるんだけどいい?」

 

 断ったら襲いかかってくる気配を直感。やはり遭遇魔法で遭遇する相手は危険人物や変人が多い。そして、ほんの少し恭弥アーデルハイトと同じ匂いを入名クシュから感じるため、悪魔の中で若干の苦手意識が生じてくる。

 

「なんだ?」

「“救済の悪魔のうわさ”ってホントなの?」

「──それは……さすがに、初耳だな……」

 

 保澄雫は“死人を生き返らせる悪魔のうわさ”と言っていた。似たようなものだが、一斉蘇生事件を考えれば当然と言えるうわさの内容である。が、さすがに“救済”と銘打たれると、過剰評価ではないかと恐ろしくなってくる。

 

「ハァ……自分のうわさほど怖いものはないな。どういう内容なのか教えてくれないか?」

「悪魔契約とやらを交わすと魔法少女をやめることができたり、死人が生き返ったり、願い事をやりなおしたりできる」

 

(間違ってはないが……随分と都合のいい情報だけ広まってるな……まぁうわさなんてそんなものか……好評も悪評も独り歩きするものか)

 

 そして悪魔は直感する。入名クシュは願い事をやり直しに来たのだと。それについて知らないふりを通しつつ問答する。

 

「確かに悪魔契約は、魔法少女を元の人間に戻すことができる。元の人間に戻すってことは、つまりキュゥべえと再契約できるってことだ。その時に前と違う願い事を叶えればいい。死人を蘇らせるなりなんなりと。──願い事のやり直しと死人の蘇生のカラクリは、ただこれだけのことだ」

「……なるほど」

「詳しい話を聞きたいなら長くなる。どこか落ち着いた場所で話さないか?」

「それなら“夜の止まり木”に行こう」

「────、……?」

 

 悪魔は何を言っているのか直感する。

 

「いや……普通にコ(・)ン(・)ビ(・)ニ(・)って言えよ」

 

 何かの店舗名かと思った悪魔であった。

 

          †

 

 下山中。悪魔と入名クシュは世間話を交わす。

 

「クシュはこんな山の中で何をしてたんだ?」 

「粛清」

「魔女退治か」

 

 今度は入名クシュが話し始める。

 

「キリサキさんの件」

「────」

「私、寝首をかかれて殺されたけど、直前に殺気に気付いて覚醒したから、殺された瞬間は鮮明に覚えている。寝ぼけてたから武器を取るのが間に合わなかったけど、これから“あ、死ぬんだ”と気付くと、とても怖かった」

「……」

「でも痛みは一切なかった。それが天乃鈴音の慈悲なんだと思う。日向カガリにそそのかされていたとはいえ、彼女の中には確かに自分の正義があった。ただ最(・)後(・)の(・)異(・)端(・)審(・)問(・)官(・)である私とは、相容れない正義ではあったけど」

 

(……異端審問官? 魔(・)法(・)少(・)女(・)のことか……? でもそれなら“最後”ってなんだ)

 

 悪魔は直感する。

 

(あぁ……こいつ、ただの厨二病か……)

 

 今度は悪魔が問いかける。

 

「ちなみに“ウワサ”について知らないか?」

「うわさ?」

「なんでもいい。知ってるなら教えてくれ」

「……“マヨナカテレビのうわさ”なら知っている。自分は夜型だから、よく学校の知らない人から心配されていたのを覚えている」

「内容は?」

「午前零時に砂嵐のテレビを見ていると、不思議な番組が始まって、最後にはテレビの中に引きずり込まれてしまう……ってうわさ」

 

 悪魔はスマホで時刻を確認。日をまたぐまで、あと二時間はある。

 

「試してみる価値はあるか……なぁクシュ。テレビを借りてもいいか?」

「構わない。パトロールも終わって一旦休憩に入るから。でも夜の止まり木には寄る」

「ありがとう」

 

 山の麓まで降りると、暗い夜道の先にコンビニの明かりが見える。入店。

 

「ピザまんください。あ、あと夜間限定の暗闇(Paint It Black)メロンパンも」

 

 ホクホクのピザまんと真っ黒なメロンパンを購入した入名クシュはコンビニを出て食べ歩く。外では悪魔が待っており、合流して長い道のりを下っていく。

 

「悪魔は食べないの?」

「あぁ」

「私の家はこっち」

「ところで、男が部屋に上がることに危機感とか抱かないのか?」

「何かあったらその時は粛清するだけ」

「なるほど」

 

 入名邸に到着。なかなかの豪邸である。入名クシュは塀を飛び越えて開けっ放しの窓から自室に戻る。悪魔も死炎噴射で窓辺に足を掛け、靴を脱いで良い匂いのする布団の上に降り立った。悪魔はテレビの前の座椅子に座ると、入名クシュがリモコンを手渡してくる。

 

「うわさを検証するの?」

「あぁ。ただのうわさだったらそれでいい。だが現在の神浜市には“うわさが現実となるウワサ”という魔女と似た脅威が蔓延っている。既にいくつかのウワサは潰しているが、どうにも数が多い」

「……知らなかった。危険なウワサもあったんだ……それなら私も協力する。ウワサが魔女と同じで人々を脅かすなら敵。敵なら粛清するまで」

「危険だぞ。ウワサとの戦闘は概念勝負になる場合が多いから、魔女戦闘とは違ってゴリ押しは通じないと思え」

「私の吸血剣にかかればイチコロ」

「冗談じゃなくてだな……」

 

 淡白な会話が繰り広げられる。悪魔はテレビをつけてチャンネルを切り替え、ノイズが走る砂嵐の画面を見つめる。その後ろでは入名クシュが、窓から差し込む月光を浴びて、布団の上にちょこんと座っていた。その姿には幻想的な雰囲気を感じる。

 

「さて、零時になるまで、まだ時間がある。それまで悪魔契約についての話を済ますとしよう」

「うん」

「それで、期待させておいて悪いが……オレはクシュと悪魔契約を交わす気はない」

「────え?」

 

 入名クシュはガタッと焦ったように立ち上がると「どうして!?」と詰め寄ってくる。

 

「たしかクシュは《朝が来なければいいのに》と願い、朝になると眠ってしまう体質になったんだよな。そしてその体質に不満を持っている。だが悪魔契約で元の人間に戻れば願い事は無かったことになる。だから“救済の悪魔のうわさ”を聞いて、オレを捜していたんだろう」

「そうだよ」

「なら、おかしいとは思わないか? オレがクシュと悪魔契約をするつもりがあったなら、最初に会った時点で打診していた」

「……。……それは……確かに、ずっと気になっていた。あなたは《修得魔法を開発すれば、その体質をなんとかできるかもしれない》とアドバイスをくれたけど、悪魔契約に関しては“魔法少女をやめられるうわさ”を私に伝えるだけで、あなたがそのうわさの発端であることは直接的に言わなかった。それはどうして?」

 

 悪魔は語る。悪魔契約を許可する条件について告白する。

 

「オレは“魔法少女を辞めたい”と思っている魔法少女としか悪魔契約しない。例外は“誰かを蘇らせたい”と思っている魔法少女だけだ。しかし入(・)名(・)ク(・)シ(・)ュ(・)は(・)魔(・)法(・)少(・)女(・)を(・)辞(・)め(・)る(・)つ(・)も(・)り(・)が(・)な(・)い(・)。誰かを生き返らせたいと思っているわけでもないし……だから断る」

「だから、それはどうして?」

「理由について聞いているのか? それはオレの過去に踏み込む話になる。そこまで話す気はない。──とにかく条件を満たしてないから無理だ。故に修得魔法開発による克服を勧めた。もしクシュが元の人間に戻って二度と魔法少女にならないと約束できるなら悪魔契約を受け付けるが……口約束ほど信用も意味もない約束はないだろう。よって不可能だ。諦めろ」

 

 悪魔は冷たく突き放し、入名クシュは歯噛みする。

 

「そもそも、どうして魔法少女をやめるつもりがないんだ?」

「憧れているから。魔法少女は理想の役目」

「だろうな。お前の心の中は夢物語の童話や絵本のことばかりだ。ファンタジーが好きなんだな」

「……? あなた、人の心が読めるの?」

 

 悪魔はため息をつく。それから黙り込んだ。

 入名クシュは妙な圧を感じて口をつぐむ。これ以上の無理強いは通用しないようだ。

 

「むす……」

 

 入名クシュは頬を膨らませて考える。どうすれば悪魔契約を受けることができるだろうか。魔法少女を辞める気はさらさらない。だがこの体質は絶対になんとかしたい。悪魔契約の例外条件は、誰かを蘇らせる願いらしい。そこで脳裏によぎるは────銀髪フリルの魔法少女・アネカ。

 

「……ダメ……だって、それは……」

(────…………)

 

 入名クシュのソウルジェムがまたたいて濁りを増す。入名クシュは“ユメミカガミのウワサ”とやらで、ある願いを叶えたようだ。詳細は不明だが、入名クシュの中で葛藤を生んでしまったらしい。即座に悪魔はフォローする。

 

「……それについては、やめておいた方がいい。別の道を探そう。クシュがツライだけだ。潔く諦めろ。それにオレは、何も非協力的になるとは言っていない。どうにかして解決策を模索していこう」

「…………」

 

 入名クシュはこくんと頷く。

 

「さて、そう言ってしまったからには……優先順位が繰り上がったな。マヨナカテレビのうわさの検証と、もしそれがウワサだった場合は調査して討伐するのが最優先事項だが……その後は空き時間にクシュの問題を探っていこう。まぁ答えは見えているようなものだがな……」

「答えって?」

「オレが魔法開発を手伝えばいい。だがそれには長い修行が必要になる」

「長いってどれくらい?」

「お前の才能次第だ」

 

 そろそろ零時が近付く。悪魔は入名クシュより砂嵐のテレビの方に注意が向く。

 

 その間、入名クシュは考えていた。やはり悪魔契約の方が効率が良いのではないか。“救済の悪魔のうわさ”では、悪魔契約を交わすと魔法少女として強くなる。具体的には以前より二倍も強くなる。というものがあった。最初は眉唾と思っていたが、もし本当なら悪魔契約にはメリットしかない。そう考える。

 

「ねぇ悪魔。やっぱり悪魔契約はダメなの?」

「しつこいな。まぁ仮に悪魔契約するとしても……その儀式内容を知ったら、クシュは嫌がると思うぞ」

「なんで? 生贄とか必要なの?」

「……ある意味では、そうかもな」

 

 まさか同衾が必要とは思うまい。入名クシュは諦めず悪魔契約の条件許可を得ようと思索を巡らす。ここまで諦めが悪いと、さすがに同衾の必要性について教えておいた方が良いかもしれない。そう思った悪魔はため息を吐きつつ、慙死極まる心地で口を開こうとした。

 

「なぁ、クシュ。……というのも、その……悪魔契約の儀式内容は────」

「あ、閃いた」

 

 両耳を赤くして言いよどむ悪魔をよそに、入名クシュは名案閃いたりと口に出す。

 

「悪(・)魔(・)は(・)、誰(・)か(・)生(・)き(・)返(・)ら(・)せ(・)た(・)い(・)人(・)は(・)い(・)な(・)い(・)の(・)?」

 

「────────────────」

 

 悪魔は目を見開いて硬直する。入名クシュは、とんだ抜け道を見つけ出してきた。

 

「……? 悪魔? どうして固まってるの?」

「────、……意味、分かって言ってるのか……? 貴重な願いを……命を賭した唯一の願いを……赤の他人のために使うだと? 正気か……?」

「? 悪魔、質問に答えて。悪魔は生き返らせたい人は────」

 

 突として悪魔は立ち上がる。入名クシュに背を向けて、どこか拒絶するような雰囲気を発している。

 

「……悪魔……?」

 

 静寂の寝室。時計の針がチクタクと耳に響く。

 

「……安心しろ。クシュの問題は必ず解決する。ただし悪魔契約以外でだ」

「どうして?」

「うるさいな……」

 

 明らかに苛立っている悪魔は、握り締めた拳を額に当てて、壁に面と向かい合うと俯き、静かに佇んでいた。何かと葛藤しているような様子。その体は小刻みに震えており、まさか泣いているのか、いや怒っているのか? よくわからない感情の発露を入名クシュは感じ取って戸惑う。

 

「どうしたの? おなかでも痛い?」

「……いや、すまない。取り乱した」

 

 悪魔は深呼吸を繰り返す。もう零時まで一分を切った。それで思考を切り替えたのか、悪魔は冗談っぽく笑いながらテレビの前に戻る。

 

「それにしてもクシュは恭弥と似ているな。浮世離れした性格とか……意外と実力があるとか。あと価値基準が一般とズレているから、交渉すると互いの等価交換が釣り合わず、どうにもこちらが戸惑ってしまう……まったく、心臓に優しくない……」

「? ??」

「構えろ。もしウワサだったら攻撃される恐れがある」

 

 零時ジャスト。テレビの砂嵐に変化が現れた。

 

(これは……ウワサで確定か……)

 

 テレビ画面に映し出されるはエキゾチックな空間。その中で少女の笑い声がこだまする。突然の暗転。場面は切り替わり、一般的な家庭風景が映し出される。父と母と子供たちを象った影が嘲り、緑色の少女の影は画面の端っこに体育座りしている。暗転。食卓を囲む中に緑色の少女の影が参加している。全員にっこりと微笑んでいる。とても幸せそうな場面だ。ふと画面が湿るように濡れると、幸せな風景は、もくもくとした吹き出しの中にあるものだと分かる。夢だ。もくもくの下には一粒の涙を流す緑色の少女の影が布団の中ですすり泣き、やがてその姿が闇の奥へ消えていく。どこかへ去った暗示だろうか。開け放たれた窓の外には夜景が広がる。一本の電波塔の形には見覚えがある。

 

 その後も映像は続いていくが、悪魔は危機感を抱いていた。映像から目を離せないのだ。さらに、なぜか泣きたくなってくる。まるで緑色の少女の感情が流れ込むかのように。彼女の万感が赤裸々にダイレクトに突きつけられてくるかのように。

 

(なんだ……? まさかこれは────精神に直接作用してくるタイプのウワサか……!?)

 

 リモコンを押して電源を切ろうとするも応答しない。悪魔の心境が外部から濁流のように掻き乱される。断固とした強い意思で映像から視線を逸らした悪魔は、傍らに座る入名クシュを気にかける。

 

「クシュ! 平気か!? ──っ!?」

 

 直後、爆風が発生。圧倒的な吸引力がテレビ画面の奥より生じている。映像がまだ途中である中で、悪魔が視線を逸らしたことがウワサのルールに反したからだろうか。映像に釘付けとなる入名クシュは無抵抗のまま画面の中に吸い込まれていく。その手を取って耐える悪魔だが、無理に引っ張れば入名クシュの五体が砕け散るほどの吸引力だと直感。

 

「くそっ……行くしかないか……!」

 

 そうして悪魔は飛び込んだ。入名クシュの頭を抱えて守り、テレビ画面の中に吸い込まれていく。そうして二人の人間の痕跡が部屋から消え去ると、テレビ画面は再び砂嵐に戻り、やがて誰もリモコンを押していないのに“ブツリ”と途切れて暗転した。

 

          †

 

 少し時は遡り。零時近くの綾野宅にて。

 

 ベッドの上で寝返りを打つ綾野梨花は、ちらりとまぶたを開けて自室のテレビを見やる。

 

「うぅ……」

 

 案の定、友人から聞いたマヨナカテレビのウワサが怖くて眠れずにいる。好奇心で聞くんじゃなかったと悔やみつつ、ひとつ文句を言うためスマホを手に取り通話する。

 

「ちょっと! なんかビビって眠れなくなっちゃったんだけど!?」

「それはウチも同じ~」

「もー!」

「でもさ。こういうのってウソかホントかわからんから怖いんだよ。一緒にテレビ見て検証してみない?」

「……いや、怖いならなおさら見ちゃダメっしょ!?」

「なんともないって分かれば怖くないでしょー? お願い! 一人じゃ勇気ないのー!」

「……あー! もしかしてそのために、あたしに話した!?」

「あ、バレた?」

 

 やいのやいのと口論が続く。やがて落ち着いた綾野梨花は、時計を見て零時が近いと気付く。そして友人のウソかホントか分からないから怖いという説得を思い出し、仕方なく一緒に検証することに。

 

 零時ジャスト。砂嵐のテレビ画面が移り変わり、番組表では何もやっていないはずなのに、何かの番組が始まる。綾野梨花の絶叫。助けを求めるようにスマホに語りかけるが応答がない。逆に寝息が聞こえる。

 

(まさかあいつ寝落ちした!?)

 

 そうして綾野梨花は見てしまった。ビルの上から飛び降りる水色の少女の影を。多くの黒い悪意から滅多打ちにされて奈落に落ちた水色の少女の影を。その映像に既視感を抱いた綾野梨花はハッとする。

 

「────れんちゃん?」

 

 直後、背後から爆風。転げ落ちるようにテレビ画面の奥に吸い込まれた綾野梨花は、驚く暇もなくウワサ空間へ囚われた。

 

          †

 

 それはみかづき荘でも同じこと。

 

 深夜の間食を取りたくて暗闇の台所に忍び込んだ深月フェリシアは、しめしめと冷蔵庫を開く。明かりが照らされて小さな空間を照らす。その時、明かりの中に鼓星かずみの膨らんだ顔が浮かんだ。「うわぁっ!?」素っ頓狂な声を上げて尻餅をついた深月フェリシアは、黙々とお菓子を食べる鼓星かずみの姿を見て「なんだお前もかよ……驚かせんなよ!」と怒る。

 

 ごくんと飲み込んだ鼓星かずみはテヘッと笑い、お菓子をわけあってソファに座る。

 

「お前いいのかよ。こんなことしてたらやちよに怒られるぞ」

「そうだけど……でもいつもの量じゃ足りないんだよね……」

「お前だけいつも大盛りのくせに足りないのか!? いくらなんでも食い過ぎだって……胃袋ブラックホールかよ」

「ぶっちゃけそうみたいだからなんとも……」

「え、マジで言ってる?」

 

 ふと深月フェリシアはリモコンを手に取る。音量は低くして適当にチャンネルを切り替える。電波が悪いのかどれも砂嵐。

 

「────ん?」

 

 鼓星かずみのアホ毛センサーが反応する。微弱だがウワサの気配がする。魔法少女と魔女の肉体とウワサから作られた存在だからこそ感知できる。

 

「チッ。なんだよ。アンテナ壊れてんのか? どのチャンネルも全然映んねーじゃん」

「…………」

「仕方ねぇ。お腹いっぱいになったら、さっさと部屋に戻って寝るかー。いつやちよに見つかるかわかんねーからな!」

「……?」

 

 しかし感知できると言っても危機管理ができるわけではない。鼓星かずみは気のせいかと思いお菓子を食べ進める。深月フェリシアは自分の分を取られまいと急いで食べる。すると零時となり、砂嵐の画面が移り変わって番組が映し出された。

 

「お、なんか映った」

「変な絵だね。美術館とかにあるやつみたい」

 

 主人公は緑色の少女の影。観ていると感情が揺さぶられて引き込まれる。

 

「あ? なんだこれ……見てて気分悪いな……違う番組のにしよ……なぁかずみ。お前どのチャンネルが好き?」

 

 深月フェリシアは振り向く。そして呆けた顔をした。今の今まで隣で座ってバリボリと音を立ててお菓子を食べていたはずの鼓星かずみがどこにもいないのだ。辺りを見回しても誰もいない。その時、テレビ画面の中から赤ちゃんのような泣き声が聞こえた。

 

「え?」

 

 いつの間にか登場人物が増えている。緑色の少女の影のほかに、モノクロの赤ちゃんの影が泣いている。まるで緑色の少女を思って泣いているかのように。未熟ゆえに感情移入しやすいのか、緑色の少女の影が困ったように慌てて、モノクロの少女の影をあやしている。

 

「────かずみ……?」

 

 モノクロの少女の影を見て、なぜかその名を呟いた深月フェリシアは、突然の爆風の発生に驚くのも束の間、テレビ画面の中に吸い込まれるようにして引きずり込まれてしまった。

 

          †

 

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