アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
深夜三時頃。入名邸にて。
真っ黒なテレビ画面が突として点き、ザーザーとノイズ混じりの砂嵐が渦巻く。その奥から螺旋を描くように放出された入名クシュと悪魔は、床を転がって机にぶつかって大きな物音を立てながら現実空間に戻ってきた。
「っ……クシュ。大丈夫か……?」
「うん……今の音で親が来るかも」
「窓を開けてくれ……すぐに出て行く」
「あれ……ほかのみんなは?」
「それぞれのテレビから出たんだろう。心配するな。仮に何かあってもオレが助ける」
入名クシュが窓を開けると、悪魔は窓辺に飛び乗って外を見やる。
「……悪魔。あの人は? 青い魔法少女と、紫色の子……」
「やちよとフェリシアか。あの様子ではウワサに囚われてしまうだろう。助けるなら次の零時を待つしかない」
「そう……それ、私も協力していい?」
「危険だぞ」
「承知の上。具体的に何があったのかは分からないけど……紫色の子は泣いていた。ああいうのは許せない。あれはウワサのせいなんでしょう?」
「そうだが……まぁクシュの強さなら足でまといになることはないだろう。頼りにしている。本当に協力してくれるならみかづき荘に来てくれ」
入名クシュの自室の扉が開かれると同時、悪魔は窓辺から飛び立っていた。入名クシュの両親は心配そうに声をかける。
「クシュ! 大きな音がしたけど大丈夫か?」
「何かモノでも落としたの? ケガはない?」
「うん。大丈夫。起こしちゃってごめんね。じゃあ……そろそろ寝る時間だから」
まだ空は闇に包まれているが、入名クシュの現在の体内時計を常人で例えるなら夜の九時頃である。眠気が出てくる頃合だ。夕飯を食べ損ねたが、体重のことを考える入名クシュは、寝る前に夜食は良くないと判断して諦めて、いつもの挨拶を交わす。
「おはよう。そして、おやすみなさい」
†
一方その頃。みかづき荘のリビングでも、テレビから飛び出てきた鼓星かずみはソファと共に倒れて大きな物音を立てた。何事かと起床した住人は、バタバタと階段を下りてリビングに駆けつける。
「いたた……」
「かずみちゃん!?」
真っ先に駆けつけた環いろはが助け起こして、ケガがないか確認し、いったい何があったのかと事情を聞く。だが鼓星かずみも何がなんだか分からないため、とりあえず起きた出来事を一から説明していく。そのせいで深夜に台所へ忍び込んだ事を自ら暴露してしまったが、背に腹はかえられぬ。
「────って感じで、悪魔が助けに来てくれて、やちよとフェリシアがまだウワサの中にいるの……!」
「やちよさんが……!? やちよさんは寝室で寝てるはずじゃあ……」
「お姉ちゃん! やちよさん寝室にいないよ!? あと小さなテレビが落ちてた!」
どうやら状況証拠は揃ってきたようだ。倒れたソファにはお菓子の食いかけがポロポロと落ちている。ぬるくなったジュースも床に散らばっている。環いろはと鼓星かずみが話している間に、暁美ほむらは雑巾を絞って床の汚れを拭き取っていた。
「それじゃあ……やちよさんとフェリシアちゃんを助けに行かないと……」
「ほむらちゃん……そうだね。でもどうすれば……」
「いろは。悪魔がやちよの部屋に侵入している。ハレンチ」
階段を下りてきた万年桜が、不意にとんでもないことを言った。
『────え?』
思わず目を点にした環いろはと暁美ほむら、鼓星かずみと環ういは、ドタドタと階段を駆け上がる。廊下を渡って七海やちよの寝室に直行。開けっ放しの扉を開けると、そこにはベッドの上に座って本を読む悪魔の姿があった。その肩にはリリスがちょこんと座っていて悪魔の首に尻尾を巻きつけており、傍らには目をこすりあくびする百江なぎさが寝間着姿で座っていた。
『悪魔さん!』
「騒がしいな。かずみからある程度の事情は聞いたか? ならばよし。──神浜ウワサファイル140ページに“マヨナカテレビのウワサ”について詳細が記されている。数ヶ月前のレポートを読むと《深夜零時に砂嵐のテレビを見て何度か試したが、テレビの中に引きずり込まれなかったので単なる噂だと判断した》と記されているが、数日前に《なぜか最近になってマヨナカテレビのうわさが再発生したので念のため調べてみる》と追記されている。あとは、このウワサは主に中央区で噂される内容であること……それ以外はやちよから聞いた通りの情報だな……首を突っ込むつもりならよく読んでおけ」
悪魔は神浜ウワサファイルを閉じて机の上に置くと、収穫はなかったと判断して七海やちよの寝室を出ていく。そこで環いろはが問いかけた。
「あの……ところで、どうやって家の中に?」
「オレの部屋の窓は開けっ放しにしてある。閉められていたらどうしようかと思ったが開いていた。無用心だな」
「いえ……というより、なんで玄関から入ってこないんです?」
「今は深夜の三時半だぞ? チャイムを鳴らしたら全員起きるだろ。まだ寝ていると思ったから静かに入ろうと思ったんだ。まぁ窓が閉まっていたら容赦なくインターホンを鳴らすつもりだったが。嫌なら鍵を持たせてくれ。いちいち施術魔法を使うのはしんどいぞ」
悪魔は人混みを掻き分けて自室に戻ると、
「あ、待ってください! 悪魔さん! 話が────!」
開かれた窓辺に足をかけて飛び立った。
†
早朝の四時頃。白み始めた夜空。中央区の電波塔・地上広場にて。
そびえ立つ電波塔の頂上を仰ぎ、悪魔は立っていた。
(オレが見た二葉さなの映像は、この電波塔とそっくりのタワーが映っていた。やちよの神浜ウワサファイルにも“マヨナカテレビのうわさ”の主な発生場所が中央区の電波塔付近を占めていた。これは偶然の一致か? 確かめなければ……)
悪魔は霧の炎の構築効果で監視カメラから身を隠し、関係者以外立ち入り禁止の鉄扉の前で立ち止まる。嵐の炎の熟練性質たる分析効果で鍵穴の形状を把握し、霧の炎の構築効果で合鍵を構築。ガチャリと音を立てて解錠し、扉を開くと同時、合鍵は霧となって消えた。しっかり施錠したあと、薄暗闇の非常階段を駆け上がる。人の気配は皆無。
「……出てこい。誰かいるんだろう?」
カマかけに一言。無属性の魔法少女なら構築魔力で気配を消す事ができる。超直感を誤魔化せるレベルの術士は少ないが油断しない。すると七人の気配が現れた。暗闇の向こうから続々と黒羽根が出てくる。
「七人ってことはウワサの守護者か。配属は“孤独塔のウワサ”の守護者で間違いないか?」
「……!」
「そうか。これで裏が取れた。礼を言う。ちなみにウワサの構造を聞いてもいいか?」
「……い、いくら悪魔様でも教えられません……」
────悪魔は固まった。
「……“
「わ、私たち、キリサキさんに殺された黒羽根なんです……しかし、悪魔様が蘇らせてくれたと聞いて……」
「私の構築魔力も見破られましたし……さすが悪魔様です……! ですから一言お礼を言おうと思って……」
「私たちは敵同士ですが……悪魔様は命の恩人なので……ありがとうございました……っ!」
悪魔は頭が痛くなってきたのか、指先で眉間をつまむ。
「……そうか。困った時はお互い様だ。ところで、なぜオレとマギウスが敵対しているのか把握しているのか?」
「え……」
「それは……」
どうやら詳しくは知らないようだ。やはり黒羽根は“魔女化しない”という事実のみに縋ってマギウスに配属している。ウワサは人間の生命力を少しだけ拝借する程度と認識しており、よもや真実は人を襲って殺す装置とは露ほども思っていないようだ。魔法少女の救済を謳っているのだから、そんな残虐非道なことをするはずがないという先入観もあるのだろう。ともかく自分たちが救われたくて日々を生きるのに必死で疑う余裕がなく、疑ったところでどうしようもないというのが実情だ。
一方、白羽根は、ウワサが人を殺すことは承知した上でマギウスに従っている。それもまた黒羽根と立場は似たようなものが多く、真実を知ったところで魔女化を回避したい以上は従うしかないというのが実情であり本音だろう。
「それならひとつ忠告をしておく。敵の言い分だから素直に受け取らないだろうが、もし今から言うことの意味が分かった時は、よく考えて行動してほしい。決して焦るな」
『……?』
「────オレたちは
それだけ伝えた悪魔は背を向けて立ち去る。
「え……戦わないんですか? ここのウワサに用があるんじゃ……」
「無駄な争いは好まない。それに用ならもう済んでいる」
黒羽根はウワサの内容を知らない者が多い。だが孤独塔のウワサの守護者は、そのウワサの性質上、ある程度の構造を把握していた。先ほど構造について質問した時、何人かの黒羽根の脳裏に回答がよぎったのを直感したのだ。
(孤独塔のウワサは、マギウスの三巨頭たるアリナ・グレイや幹部の天音姉妹がよく利用している場所らしい。マギウス上層部の憩いの場と言ったところか。ウワサ空間内部にある程度の施設が揃っているようで、地下一階から七階までの階層に分かれている)
悪魔は脳内で図に起こす。
孤独塔のウワサ。それはウワサ空間の構造を指す。
ひとりぼっちの最果てのウワサ。それは孤独塔のウワサの全体像を指す。入口は電波塔の屋上から飛び降りること。出口は神浜セントラルタワーの屋上ヘリポートから飛び上がること。七人の黒羽根を指揮する白羽根は、基本的に出口を守っているらしい。
名無し人工知能のウワサ。それは孤独塔のウワサの
名無しメールのウワサ。それは孤独塔のウワサの使い魔を指す。
名無し号泣ルームのウワサ。そこは七階。電波塔から飛び降りた人間を一人だけ捕らえておく空間。
名無し魔女ストレージのウワサ。そこは六階。アリナ・グレイの第二のアトリエを指す。
名無し防衛フォートレスのウワサ。そこは五階。実験的な防衛要塞の機構を指す。
名無し拷問キャッスルのウワサ。そこは四階。最近、名無し人工知能のウワサが改良を加えたらしい。詳細は不明。
名無し決闘ステージのウワサ。そこは三階。同上。なぜ人工知能は改良を加えたのだろうか?
名無し監獄タワーのウワサ。そこは二階。同上。改良を加えたのは二葉さなと関係している?
名無し案内レフェリーのウワサ。そこは一階。同上。たまにクマ型の使い魔が出没するとのことから、十中八九マヨナカテレビのウワサと繋がっていると推測する。
名無し家族シアターのウワサ。そこは
(情報収集はここらで打ち止めか。深夜零時になるまでマヨナカテレビのウワサには手出しできないから、それまで別のタスクをこなすか。神浜セントラルタワーに行けば逆走する形でマヨナカテレビに侵入できるが、
出口から入って出口を塞がれればその時点で四面楚歌。脱出不可能の空間かつ七海やちよと深月フェリシアを人質に取られた状態でアリナ・グレイや巴マミとの戦闘に発展したら、まず勝ち目は薄い。焦れば負ける。逆転勝利の作用があるとは言え、確実に“生存の勝利”を掴むためには、しっかりとした準備が必要だ。ウワサに囚われている二人も人質としての機能を活かすため、すぐに殺されることはないだろう。仮に殺される可能性が少しでもあれば、今に超直感が反応しているはずだ。
そして、仮に二人の危険を直感した場合、その瞬間《助太刀》でセントラルタワーに飛んで、ひとりぼっちの最果てのウワサに侵入し、一階からマヨナカテレビのウワサに突入して再び《助太刀》を使えば駆けつけることができる。かなりの長距離瞬間移動となるが、おそらく五秒も掛からないだろう。
(そうなるかは分からないが、深夜零時になるまでは、ほかのことに打ち込もう……悪魔契約の志願者との交流もあるし、そこらの魔法少女では即死する大型魔女や難関魔女の討伐もある。綾野梨花や五十鈴れんの様子を見に行く必要もあるし、ひなのと十七夜にマヨナカテレビのウワサについて知らせて、ほかの魔法少女に警告してもらう必要がある。深夜零時に砂嵐の画面を見ていると怖いものが映るという噂は、どう見てもミーハーな若者が好むような内容だからな……五十鈴れんは偶然チャンネルを切り替えていたら見てしまったようだが、綾野梨花は完全に好奇心に引っ張られて見てしまったようだし……あと夜にはみかづき荘に行って作戦会議を開くから、それまで攻略法を考えておかなければ……あと────)
悪魔はブツブツと考え事をしつつ、壁に設けられた緊急用の窓を開けて飛び降りる。死炎噴射飛行。朝焼けの街に飛び立った。
†
昼間の中央区。中央学園・中等部の食堂にて。綾野梨花は友人と同じ席に座って食事しつつ談笑していた。
「梨花ー! 昨日はごめんねー! 私ったら寝落ちしちゃってさー! で、どうだった?」
「あー……何もなかったよ! つか砂嵐のノイズがうるさくて、そっちの方が怖かったし! そういう意味で見ない方がいいから!」
「あ、マジ? やっぱこういうのは都市伝説だよねー! いやー検証してくれる人がいてよかったー」
「ちょ! やっぱあたしに検証させるつもりだったんじゃん!」
「だって怖くてー! 夜も眠れなくてー!」
「それはこっちも一緒だっつーの! ってか寝落ちしてた人が言ってんじゃなーい!」
お互いに小突き合いながら笑い声が上がる。そこに一人の少年が通りかかって立ち止まった。
「……ん?」
綾野梨花とその友人は、何か用かと振り向く。
そこには中央学園の男子生徒の制服を着た悪魔が立っていた。もちろん霧の炎の構築効果で擬態した姿である。
「悪い、梨花。ちょっと時間あるか?」
「────え、悪魔ぁ!?」
綾野梨花の驚いた大声。周囲の生徒が何事かと振り返る。
「……え、梨花。今この人のこと
「あ……いや、今のはえっと……!?」
あの純粋な良い子の綾野梨花が、男子生徒を名指しで“悪魔”と呼んだ。となれば悪魔とは、きっと悪い人に違いない。そんな友人の目付きを察した綾野梨花は、素早く誤解を解こうと頭を回すが、混乱して言い訳が出来上がらない。対する悪魔は、その友人の心配を直感し、うまい言い訳を作るため綾野梨花の性格を直感する。
「────オンゲのハンドルネームだよ。オフ会で知り合ったからさ」
「あー! 梨花ならありえそー! いつも出会い求めてんもんねー!」
「……!?」
「それで、ちょっと耳を貸してくれるか?」
悪魔は腰を屈めると、綾野梨花の耳元に呟きかける。
「あれから無事か? 一応確認したくてな」
「……っ! う、うん……」綾野梨花は耳元のくすぐったそうな心地を知られないため隠すように俯く。
「れんはどうだ? 親しいなら連絡は取り合っているだろう」
「れんちゃんは……ちょっと体調を崩しちゃって休むって……下校する時に、れんちゃんの家に寄るつもりだけど……」
「そうか。情報ありがとう。──邪魔したな」
綾野梨花と五十鈴れんは特に問題ない。タスクの一つを片付けた悪魔は、素早く次のタスクをこなすため立ち去ろうとする。
「あ、ちょっとタンマ!」
「?」
「えっと……」
今度は綾野梨花が、悪魔の耳元に呟きかける。
「やちよさんと……フェリシアちゃんは……?」
「フェリシアを知っているのか?」
「いやだって、一応同じ学校の後輩だから……」
「そうだったのか。──いろは……オレの仲間に確認したが二人は帰ってきていない。おそらくウワサ空間に閉じ込められた」
「えっ……それ、やばいんじゃ……」
「安心しろ。またマヨナカテレビを通って助けに行く。そのための準備を進めている」
「……そういうことなら、あたしも行くよ。心配だし……手伝う人は多い方がいいでしょ?」
「危険だぞ。クシュもそう言ってくれたが……」
「だって、あんなことになって放っておけないっしょ!」
綾野梨花は本気だ。その気構えは、たとえ実力が少し気がかりでも、気迫でカバーできる範囲だと推測する。
「……分かった。それなら深夜零時になる前にみかづき荘に来てくれ。場所は分かるな? あと、こちらに助力することをひなのに伝えるのが条件だ。一応、西側と中立地帯の筋は通さなきゃいけないからな」
「オッケー」
悪魔は立ち去る。綾野梨花は、深夜零時のマヨナカテレビに備えてやる気を出しつつ席に戻ると、傍らの友人から変な視線を感じた。
「え。な、なに……?」
「いやぁ? まさか梨花に恋人ができてるなんて知らなくてぇ……」
「はぁ!? ちがうし!」
「何がちがうのよ! あんなに顔近付けて内緒話とかー!」
「そ、それは……本当に大切な話があって……! あたしだってちょっとびっくりしたんだよ!?」
「えー? イチャイチャしたかっただけじゃなくてー? つかめちゃくちゃカッコイーじゃん! 澄ました顔で、なんか影もありそうでさー! どこで捕まえてきたのよあんなイケメン! あ、オンゲか。私もオンゲやろっかなぁー」
「だーかーらー!」
「ねぇちょっと女子集合ー! 顔はいいけど目の下にクマがある系男子ってどう思うー?」
「
触れ回る友人と、それを止めるべく追い掛け回す綾野梨花。
今日も中央学園の食堂は賑やかで活気付き、和気藹々としていた。
†