アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
夕方の工匠区。しれっとラブホテルから出てきた悪魔は、数人の黒羽根と会釈して別れる。悪魔契約魔法を行使したせいか目の下のクマは深まる一方だ。
(東側は黒羽根が多い……だから、それだけ志願者も多い。以前から相談を受け続けて、二度とキュゥべえ契約しないと確信を持てた子とだけ悪魔契約を交わすようにしているが……それでも日に数回のレベルだ。関東一帯から弱小魔法少女が集まっているからとはいえ、さすがに数が多すぎる……)
悪魔は足元がおぼつかない。ふらりとよろけてしまう。
(また黒羽根の子に見つかると面倒だ。相談待ちの子も多いから“契約はいつなんだ”と迫られることも増えてきた。オレが助太刀魔法を使えることを知っていてそれを悪用し、わざと死ぬふりをして飛んでくるのを待たれた時はさすがに堪えた……それだけ切羽詰まった子も多いってことだが……今はこっちも事情がある。急いで中央区に行こう……中立地帯はまだ切羽詰まった黒羽根が少ない……少ないというのは、あくまで比較的、という程度だが……)
悪魔は周囲を確認すると霧の炎で姿をくらまし、死炎噴射で飛行する。
そして栄区の《1090複合アパレル》というファッションビルの屋上に着地。鈍色の冷たい床に寝そべり一息つく。
(ここ四日寝てないが……不眠スタンド《
悪魔は不眠だが、さすがに不休とはいかない。
「────いや、やはり問題はあった。どうしてあれこれ考え事がやまないのだろう。さっさと意識分解で眠ればいいのに……」
悪魔は目の上に腕を乗せると、嵐の炎と霧の炎を灯して頭部に当てる。分解効果で意識を丁寧に壊していき深い睡眠に誘う。そして五分の休憩で
「────五分休憩終了。さて、熟睡したことで頭も冴えてくるはずだ。どうやってフェリシアを立ち直らせるか考え────」
仰向けに寝転がる悪魔に影が差し込む。最初は雲かと思ったが、影の形が直線的だ。ついでに人の気配。まるで一分前からそこにいたかのように佇んでいる。悪魔は驚いて起き上がる。覚醒したばかりで視界は霞んでいるが、なんとなく目の前に立つ者が誰か直感で分かる。緑髪の少女。顔にはサングラスを掛けている。
「────かこ?」
「あ、おはようございます。たくさんのカラフルな魔力パターンがあったので気になって来てみたら、やっぱり悪魔さんがいたので……」
夏目かこ。制服ではなく魔法衣装を身にまとっていることから、
「それで? 何か用か」
「えっと……昨日からフェリシアちゃんと連絡が取れなくて……気になって中央区に来てみたんですけど、学校に通っていないとのことで……みかづき荘に寄ろうかと思ったら、悪魔さんの魔力パターンを感知した次第です」
「なるほど。だがなんでオレなんだ?」
「それは……フェリシアちゃん。よく悪魔さんの話をするから……」
意外な話を聞いた。悪魔は気になって問いかける。
「オレの話?」
「はい。自分に居場所を提供してくれた恩人と言って感謝していました。あとギャンブルゲーム? でも、みんなの命を守るために少年漫画の主人公みたいなかっこよさで、仲間も敵も救った
「丁寧な再現ありがとう。ところでそれは尊敬されているのか?」
「ふふっ。さぁどうでしょう? もしかしたら憧れに近いかもしれません」
「こんな悪い見本には憧れない方がいいと言ってやってくれ」
悪魔は立ち上がるも、またふらつく。片膝をついて頭を抱える。それに驚いた夏目かこは、慌てて悪魔の体を支えた。
「ど、どうしたんですか!?」
「……いや。ちょっとめまいがしただけだ」
戦闘になれば、めまいが致命的な隙となるが、そのおかげで逆転勝利の呪いが発動するため、めまいの心配はしなくてもいい。逆転勝利の作用のおかげで、実質戦闘中は、めまいの症状が消失するからだ。
「それよりフェリシアは……今ちょっとマズイ状況にある」
「え────」
夏目かこは“マズイ状況”と聞いて、真っ先に深月フェリシアの“過去”に思いを馳せた。
「────なに?」
それを直感した悪魔は、まさかと思って夏目かこの翠眼をジッと見つめる。
「かこ、お前……フェリシアの
「え……? それって……あの……どういう……」
「──隠さなくてもいい。フェリシアは自分の手で両親を殺している」
「……! あ、悪魔さんも……知っていたんですか……?」
「オレは人の心が読めるからな……それだけじゃない。自分の死が運命的に決定されると、その時点の周りの人間すべての運命も見えてしまう。それで知ったんだ。かこは……?」
「私はキュゥべえから聞いて……半年以上前のことです」
「そうか……」
悪魔は腰を落ち着けて説明する。
「ウワサは知っているよな? 今やちよとフェリシアは、マヨナカテレビのウワサに囚われている」
「……! それ……ついさっき、魔法少女SNSで流れていたやつです……!」
「そうか。ひなのが衣美里に任せたのかな。ともかく深夜零時になれば救出作戦を開始できる。心配するな。そう厄介なウワサではない。助け出せる目処は立っている」
「……」
夏目かこは決意を秘める。それを予想していた悪魔はため息をついた。
「あの……」
「作戦に参加したいんだろ? 悪いが定員オーバーだ」
「でも……!」
「それよりかこには、フェリシアの今後を任せたい。メンタルケアとでも言おうか……あいつの過去を知る者として寄り添ってあげてほしい。フェリシアは過去を思い出したことでヤケになっている。自分はみんなの友達に相応しくないと思っている。そこでガツンとかこが何か言えば、フェリシアは泣いて地団駄を踏みつつも、なんとか自分の
「────」
「あぁ、そうだ。その通り。フェリシアは思い出したんだ。マヨナカテレビのウワサのせいでな。だから、かこには後詰を任せたい。いいな?」
悪魔は重く硬い膝を立たせると、ふらふらと歩いて非常階段に向かう。
そこで夏目かこが呼び止めた。
「ま────待ってください! それなら! そういうことなら、なおさら私も行かせてもらいます! きっとフェリシアちゃん、助け出されても大人しく連れ戻されるとは思わないから……でも私が前から知っていたってことを伝えれば、きっと……!」
「たしかに、
「だったら私は、
────夏目かこはクレバーな少女である。
「……なるほど。
「……っ!」
悪魔の睨みをきかせた鈍重な声色。夏目かこは気圧される。
「……はぁ……ななかに似てきたな……。オレの人命を優先したい気持ちに対して、それは効果的な脅しとして機能する。さらに今の会話の流れで、お前以外にも作戦参加者がいることを見抜き、
「…………」
「オレの命令には
「────!」
夏目かこは少し考えたあと、決意を込めた眼差しで悪魔を射抜き、うなずいた。
その色に嘘はない。かくて悪魔は、忠実で聡明な戦士を仲間にした。
「……深夜零時になる前には、みかづき荘に来い」
悪魔は非常階段を降りていく。途中で鉄扉を開けて屋内に入ると、背後で再び扉が開いた。振り返るまでもなく直感できる。
「なんで付いてくる?」
「え? えっと、その……だって、すごくフラフラ~っとしてて心配で……本当にお体、大丈夫なんですか……?」
「心配するな。戦闘していない時は大抵こうだ」
「……ということは、戦闘している時は平気なんですか!? どういう理屈なんだろう……?」
悪魔は地上までの長い長い螺旋階段を降りるのが億劫で、エレベーターを利用しようと屋内フロアに入った。そこで聞き覚えのある声が響き渡る。
「Oh~! この髪飾りは非常に“KAWAII”デース! 本当はもうちょっとグロカワ系が好みですが、理子には刺激が強すぎるのでこのくらいにしておきマショー!」
「そんな気を遣わなくてもいいよ? アシュお姉さん!」
「では……ちょっとレベルの高いこちらは……?」
「え? ────ひっ!? こ、こんな血まみれのドクロを髪につけるの……?」
「赤と黄色と緑! 血の色が三色もあってカワイイデース! 本当はもっとナイフで刺されるといった物語性があってエグいと良いのですが……これで驚いてしまわれると、やはり控えめにした方が良さそうですねー」
「…………ごめんね、アシュお姉さん……私がいない方が、もっと欲しいもの探せたのに……」
「ノー! それはちがいマース! 私は理子が“一緒に出かけたい”と言ってくれたことがとても嬉しかったのです! 普段は隠していたグロカワ趣味を公表したのも距離を縮めようと思ってのことです。だからそんなこと言わないでください!」
「アシュお姉さん……!」
元気に会話して店の中を賑わせているのは千秋理子とアシュリー・テイラー。
その二人を避けているわけではないが、特に声をかける理由もないため悪魔は素通りする。
「……っ!」
悪魔は突然の頭痛に苛む。超直感が暴走して周囲の人間の心理をデタラメに読み取る。疲れが溜まるとよくあることだ。悪魔の
「悪魔さん!? 具合が悪いんですか……? あ、あそこにベンチがありますよ! 座りましょう」
夏目かこに腕を引っ張られた悪魔はベンチに座らされる。
(っ……横着して中に入るんじゃなかったな……)
悪魔は後悔していた。階段を降りるのが面倒で人混みの中に身を投じてしまった、自らの愚かな判断を恨む。
「すまない。五分間眠る」
「え?」
悪魔は嵐と霧の炎を灯すと、再び意識分解法で熟睡した。
†
五分後────悪魔の意識が再構築されて覚醒する。最初に感じた五感は嗅覚。両側から甘い香りが鼻につく。
「……?」
悪魔のベンチは四人用。傍らには夏目かこが座っており緑色のアイスクリームを食べている。反対側にはアシュリー・テイラーと千秋理子が並んで座っており、カラフルなアイスクリームと白いアイスクリームを食べながら三人で談笑していた。
「……、……何してるんだお前ら」
「あ、起きました!」
「目の下のクマがひどいですね……また事件に巻き込まれているなら協力しマスよ?」
「悪魔お兄さん! そういうことなら、わたしにも手伝わせてください!」
どうやら悪魔が眠りに落ちている間、千秋理子とアシュリー・テイラーに見つかったようだ。二人と夏目かこは初対面の挨拶を交わし、親睦を深めるためアシュリーがアイス屋に誘う。そして悪魔を挟んで、キリサキさんの件やどこに住んでいるのかなど、世間話に花を咲かせていたようだ。
「……──(悪魔契約を交わした)理子とアシュリーが協力してくれるなら一気に過剰戦力となる。戦力は多いに越したことはないが、命を賭す危険な戦いであることに変わりはない。それでも付いてくるというのか?」
「はい! 悪魔お兄さんは、命の恩人ですから!」
「私も家族の件で返しきれない恩を持っています。なので困っているなら手伝わせてくだサイ!」
別に困ってはいない。だが悪魔契約を交わして潜在能力がトップクラスとなっている二人が仲間に加わるなら、綾野梨花や夏目かこの安全が保証される。つまり悪魔の負担が減り、七海やちよと深月フェリシアの救出に専念できる。
「……命の恩人か。はたしてそれはどうかな……」
『……?』
悪魔は、全てを救うために全てを見殺しにして、結局、天乃鈴音と美琴椿を救えなかったキリサキ事件を思い出す。
「ともあれ協力してくれるならありがたい。では──……よし。ならばこうしよう。お前ら三人は今すぐ万々歳に行け。そして鼓星かずみと合流しろ」
「えっ?」「?」「ワッツ?」
「それができなければマヨナカテレビには連れて行かない」
「!?」
驚いた夏目かこは、その条件はあんまりだと渋る様子を見せる。直後、悪魔は夏目かこの顔を覗き込んで目をかっぴらき、凄まじい圧をかけた。
「おい。
「っ……!!?」
そのとき夏目かこは悟った。軽々に悪魔と
「さぁ急げ。アイス食ってる暇はないぞ。かずみは日がな一日ずっと神浜市をブラブラしていて居所が掴みにくいからな」
そうと決まれば急がなければ。夏目かこはハムハムとアイスを頬張ってコーンの部分まで食べると立ち上がり、戸惑う千秋理子とアシュリー・テイラーを連れて参京区の中華飯店“万々歳”に向かう。マヨナカテレビのウワサについては、その道中で夏目かこが説明するだろう。
「さて……」
悪魔は立ち上がると人混みを避けて屋内階段に向かう。手すりを支えに一段ずつ降りながら、少し意地悪が過ぎたかと考える。
夏目かこが鼓星かずみと合流しなければマヨナカテレビのウワサには連れて行かない。だが夜になってみかづき荘に来れば、おのずと鼓星かずみとは必ず会える。故にこれは意地悪な条件ではあった。もし万が一、鼓星かずみが見つからなければ約束通り連れて行かなければいい。巻き込まないことが最良の選択肢なのだから。仮に夏目かこが約束を破ってマヨナカテレビのウワサに強行すれば、必ず千秋理子とアシュリー・テイラーが放っておけず
しかし夏目かこは、ほぼ確実に鼓星かずみと合流できるだろう。それはそれで交流を深めて
(つまり、疲れるあまり
合理性を考えて鼓星かずみとの合流を急かしたが、その合流方法が意地悪な八つ当たりであったことを自覚した悪魔は、自己嫌悪に苛んで深く反省する。
1090ファッションビルを後にして大通りを渡る。そこで悪魔を呼ぶ大声が響き渡った。
「あぁ────! 悪魔殿!」
(……また面倒なのと……)
自称“悪魔の右腕”を名乗る竜城明日香は、人懐っこい赤ら顔で走ってくると、急に目付きが鋭くなりキリっとした顔で、地に膝と拳をつかせて頭を下げた。
「竜城明日香、
「
「そんなー」
時代劇のごっこ遊びでもしたいのか。竜城明日香はノリが悪いとぶーたれる。
「それより悪魔殿! キリサキさんの件では、われらが命の恩人とお聞きしました! この恩義に報いるためにも、あなたから頂戴した二度目の命を尽くして、全力でお返しいたします!」
「そういうのいいから……あとおまえ冗談で言ってないから怖いんだよ……」
「恩を返すのは武士の常識です!」
「なら生まれる時代を間違えたな」
悪魔は目を細めると、竜城明日香の傍らを通り過ぎる。
「オレは……ただお前らが笑っていればそれでいいんだ」
「…………悪魔殿────」
悪魔は直感する。竜城明日香の好感度が急上昇した。そして次にどういう行動に出るかを直感して静止をかける。
「ちょ……」
「我が君よ! やはり悪魔殿は正義の悪魔騎士! より一層、私が仕えるべき主とお見受けしました!」
「別に仕えなくていい。
「ささらさんが言っていたのです! 悪魔殿は!
「何度も大声で言うな恥ずかしい! 名前に悪魔が付いてる時点で正義もクソもないだろ! マフィアにいいもんとかないのと同じだ!」
「しかし!」
「くどい! 悪いが今は気が立ってるんだ。そんなにオレの助けになりたいなら……そうだな。明日香の実力を見込んで頼みがある」
「──! はい! なんなりと!」
「家に帰れ」
「そんなー」
竜城明日香の瞳が潤む。目尻に涙。
後ろ髪を引かれる思いをした悪魔は深々とため息をつくと、しばし考える。
「……ひとつ聞く。もし天乃鈴音とサシで戦えば、明日香の勝算はどのくらいある?」
「? ……状況にもよりますが、おそらく一割あるかないかだと。
「ではなぜ一割だ?」
「勝負に絶対はないからです。我が心意気は十割の勝利を確信していますが、実力の心眼は一割の勝利を見抜いています。故に足して割って勝敗は強めの五分。そう単純な話ではありませんが、勝算があるかないかという問いに単純な決着をつけるなら、このくらいの認識が妥当かと思いました」
「では今の話をまとめて一言で言えば?」
「時雨竜真流は最強無敵・完全無欠!!」
やはり竜城明日香は心技体ともに優れている。神浜市の中で殺し合いをさせれば右に出る魔法少女はいないだろう。亜流といえど時雨蒼燕流の系譜を免許皆伝しているだけある。それに加えて表舞台に伝わる本伝の竜真流も免許皆伝しているのだ。武道武術すなわち陰陽どちらにおいても優れている、まさに戦闘の天才である。
「もうひとつ。時雨竜真流は本家同様、
「はい」
時雨蒼燕流は、気と才ある者が途絶えたとき滅びるのもよしとした殺人剣。その理由は他流にも存在する“あえて間違いを正さない教え方”に通じるものがある。師が教えた技の型を誤った方法で認識してしまった場合、その弟子は誤りに気付かない未熟者であり、真偽を見抜く眼力を持たず、才が無いことを自ら証明してしまっている。それだけならまだかわいいものだ。死ぬ気があれば、いつか誤りに気付く眼力を養って、自ら誤りに気付き、自らそれを正すことができる。
問題なのは、長らく誤りに気付かない未熟者は、たとえば握り方・構え方・動き方といった術理の合理性に
────
そのような愚者に殺人剣を教えても無意味にして無価値。
それは命の価値が安く、強さに厳しい戦国時代ならではの指導法。
特に時雨蒼燕流は“
故に、これは余談だが。戦場での誉れを探す武士からすれば、時雨蒼燕流は非常に優しくない
「しかし明日香は“
「……? もしかして褒めてくれているんですか?」
「どうかな。こと
悪魔は嘆息すると、自らの手に余る事柄を任せる。
「今ウワサ絡みの事件に巻き込まれている。人質の救出作戦を計画中だが、多くの魔法少女が手を貸すと言ってきていて……正直
「……」
「かずみはリーダーの素質がある。主に守られる
「……!」
「判断に迷ったら、かこに意見を聞いて、かずみに丸投げしろ。このチームなら大体それでなんとかなる。それが最も全員の成長を促せるやり方だからだ。あと明日香は暇な時でいいから、ランチェスター戦略と攻撃三倍の法則をさらっとでもいいから調べてほしい。それで少しはチーム戦がマシになる」
そう言って悪魔はふらりと立ち去る。風になびくパーカーの後ろ姿を見つめる竜城明日香は、いったい何が起きたのかと、目をぱちくりとさせて口をあんぐりと開けていた。
†