アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
4月4日【キュゥべえ、着地は任せた】悪魔
春の香り消し去る血濡れの河津桜。今時の少年らしい服装と浅黄色の着物をそれぞれ身に纏い、日本刀と金棒を提げる二人の少年少女は、夜も更けた橋の上でオニごっこに明け暮れていた。それは大空のように大らかな茶髪をしており額に橙色の炎を灯す三白眼の少年と、薄灰色のような髪をした虚ろな眼の少女。彼らは一条戻り橋の対決もかくやの橙炎と黄焔をぶつけ合い、まさに悪魔と虎の死闘を繰り広げていた。少年こと悪魔の炎は穏やかに流れて何も燃やさないが、少女こと虎の焔は三草二木を根こそぎ焼き尽くす。そうして火の粉のように舞い散る桜吹雪の中、悪魔と虎は橋の真ん中で睨み合った。
「悪魔……そろそろ観念するのねぇ……あなたの力は、もう私たちのものよぉ……」
「結菜……もうやめてくれ。こんなの逆恨み以外のなんでもない。どうしてオレの魔法を独占しようとする。お前ほどの策士なら、オレと協力することで、この街をまとめきることも可能だったはずだ。なぜその可能性を自ら潰すような真似を……」
「……とても優等生的な発言ね。たしかに、そんな選択肢もあったのは事実だわぁ……でもねぇ……なんでかしらねぇ……それで、はいそうですねと引き下がれるタイミングは、もう逸してしまっているのよぉ……ッ!」
浅黄色の着物を着た少女こと紅晴結菜が、前方に立つ悪魔に向かって金棒を投擲する。それは命中すれば橋のコンクリートを容易く打ち砕く破壊の一撃。それを防御したり受け流したりすることは不可能と判断した悪魔は、相手の呼吸に合わせて踏み込み、次の回避行動から、流れるような反撃に繋げるような足運びを取る。その殺気は相手の腕を切り落とさんばかりの意気込みだった。
(時雨蒼燕流 守式・四之型────《五風十雨》ッ!)
(固有魔法────《対象変更》ッ!)
次の瞬間、悪魔めがけて飛んでいた金棒は、物理法則に反して突如、その軌道を変化させた。
(ッ!? しまった! 本当の狙いは────ッ!!)
(取った! なぜか悪魔は、あの憎らしい奴を死んでも守ろうとする! それを逆手に取らせてもらうわぁ……!)
この戦闘には傍観者が存在した。それは橋の中央の手すりにちょこんと座っている白い小動物。魔法少女界隈ではキュゥべえと呼ばれている謎多き存在である。
「キュ!?」
結菜の手から擲たれた金棒は、標的を悪魔からキュゥべえに変更して差し迫る。直後、悪魔は地を蹴って回避行動を中断し、キュゥべえを助けるため刀の構えを変化させた。
(時雨蒼燕流 変化 攻式・八之型────《篠突く雨》ッ!)
その型は本来なら、相手の懐に飛び込み鋭い斬撃で突き上げる技である。しかし悪魔は咄嗟の応用力で、これを
悪魔の左手中指のリングから青い炎が灯る。
そして青い炎を纏う刀の切っ先が金棒に激突し、それを弾き飛ばした。しかし途中まで出かかっていた型を中断し、別の型に変更するというのは、相当な熟練者でなければ体力的にも技術的にも不可能である。さらに悪魔は、時雨蒼燕流の全ての型を修得しているが、時雨蒼燕流の使い手としては三流以下の腕前。よって悪魔の肉体は無理な型の変更に耐え切れず軋みを上げ、まだ鍛え抜かれていない筋繊維は断裂し、利き腕の骨がわずかに歪曲する。
(ぐっ……!)
間一髪の死を免れたキュゥべえは橋の手すりを伝って逃走を開始。
一方の紅晴結菜は宙を舞う金棒を呆と眺め────口の端をニヤリと引いた。
(対象、変更────潰さない程度に、背骨をやりなさぁい……)
くるくると回転する金棒は、またしても意思を持ったように空中で緊急停止、慣性の法則に縛られない挙動で落下────否、真下の悪魔に向かって標的を変更し、突撃を開始する。
(結菜……そう来るのは読んでいた。一度、策士として語り合ったからこそ分かるんだ。お前は機転が利く。だからきっと、オレのキュゥべえに対する思いを利用するだろうと踏んでいた。だからこの勝負……もう一手先を読んでいたオレの勝ちだ……!)
悪魔のリングに灯る青い炎が、さらに勢いを噴き上げる。
「────ッ! 何をするつもり……!?」
「共有魔法────《助太刀》」
次の瞬間、その場から悪魔の姿が忽然と消え去った。悪魔は橋の上から近くの路地裏へと瞬間移動しており、その場には先ほど遁走していたキュゥべえが身を隠していた。
「やぁ悪魔。遅かったじゃないか」
「? ……まるでオレがこうするのを分かっていたような口ぶりだな」
「まぁね。その瞬間移動の魔法以外で、あの紅晴結菜から逃げ切る方法はない。これでも一年半、君と旅をしていたんだ。君の戦闘パターンや思考パターンは、ある程度把握しているつもりだよ」
「そうか。それは頼もしい相棒だな」
悪魔の手元から刀が消失する。それは魔法で作成していた刀剣だったようだ。そして悪魔は腰に提げている
「肩に乗れ。キュゥべえ」
「どこに逃げるつもりだい?」
悪魔の肩にひょいっと飛び乗ったキュゥべえは、ふと強烈なテレパシーを感知する。
(……っ!! 瞬間移動……! そんな奥の手を持っていたの……!?)
(あぁ。情けないことにな)
「おや。ボクを通してテレパシーを返してしまうのかい? それでは自分の位置をばらすようなものじゃないか」
(っ! わざわざテレパシーを寄越すなんて、まさか逃げ切れると慢心しているんじゃないでしょうねぇ……)
(いや、全力で逃げさせてもらう。ところでオレの位置を知りたければ、自分の得物をよく見ていた方がいいんじゃないか?)
(────っ!)
金棒の対象変更魔法は、まだ効力を発揮している。悪魔を狙って突撃していた金棒は、
「しっかりと掴まれ」
「早くしなよ。追い付かれるよ?」
悪魔は両手の内側を地面に向けると、グローブから橙色の炎を灯し、それをジェット噴射のように放出させた。地面に叩き付けられた魔力は悪魔の体を浮かばせて、その全身はロケットのように爆発的な推進力を手に入れて大空に近付く。そして、それだけの爆発と大きな魔力反応だ。すぐに紅晴結菜も、路地裏から夜空に向かって飛び上がった悪魔の姿を発見する。
「逃がすかァアアアアアアアアアアア────ッッッ!!!!!」
石畳の地面を踏み砕き跳躍した紅晴結菜は、マッハ1の速度を叩きだして悪魔に接敵する。それを見据えた悪魔はグローブを舵取りのように動かして、空中で変則的な軌道を描き、直進してきた魔法少女を抜き躱した。
「チィ────ッ!」
「…………」
ぐんぐんと高度を上げていく悪魔は、血と涙にまみれた街の灯りを見下ろし、憂うような瞳で別れを告げる。一方、それとは対照的に、悪魔の肩に引っ付くキュゥべえは辟易するように赤い目を閉じた。
「やれやれ。とんでもない街だったね。あれだけの魔法少女から一斉に襲われて、よく生き残れたものだ。だからボクは言ったんだよ。二木市はキュゥべえ狩りが起きていて危険だから入らない方がいいって。それなのにどうして……わけがわからないよ」
「……本当に分からないのか?」
「……。……うーん。君のことだから、自分ならこの街を変えられると、そう思ったとか? なら傲慢もいいところだね」
「悪魔だからな」
「そして結果は門前払いだ。まったく無駄な労力だったよ」
「門前橋だけに……ってか」
「……。……君は……つまらないダジャレを言うんだね?」
亜音速に至る速度で山を越え、川を越え、地方を越え、悪魔は夜通し飛び続ける。
「……さっきは聞きそびれたけど、いったい君はどこに向かっているんだい?」
「分からない。方角を確認する余裕も無かったからな」
「本当かい? 仕方ないな……今は東北に向かっているよ。このまま行けば見滝原市が近いね」
「そうだったのか」
「久しぶりに巴マミや佐倉杏子と会いたくなったかい?」
「……そうだな。だが同じ街に行く理由もない。オレたちの目的は────」
不意に悪魔の体が力を失ったかのようにぐらりと揺れる。同時に額の炎が弱々しくまたたいた。突然の姿勢制御の喪失にキュゥべえは振り落とされそうになり、必死に悪魔の服を掴んで離さない。
「おっと! 危ないなぁ……気を付けてくれよ。というより、そろそろ生命力が尽きかけているんじゃないかい? 君は魔法使いじゃない普通の人間なんだ。君は自身の生命力を削る代わりに魔力を生成し、それで魔法を使っているに過ぎない。そのため普通なら数回の魔法行使で生命力が枯渇し、気絶していてもおかしくないんだ。そして魔法ではない死ぬ気の炎による噴射といえど、こうも長時間の放出を続けていれば、それは生命力の著しい消耗につながる。寿命の削減に等しい行いだ。自殺行為だよ。だから今更だけど、夜通し飛び続ける必要はなかったんじゃないかい? もっと近場の街に降り立てばよかったじゃないか」
「それではダメだ……結菜の執念は恐ろしいほど強い。地方を跨ぐ程度はしないと、必ず追い付かれる……」
「それは超直感というやつかい? まったく彼女の執念も恐ろしいが、君の才能にも────」
再び悪魔の体がぐらりと揺れる。今度は大きく姿勢を崩し、危うく気を失うところだった。完全に額の炎が消えかかったのだ。
「ちょっと! このまま気絶して墜落死だけは避けてくれよ。君は貴重なサンプルなんだ。今すぐ地上に近付いた方がいい。こんなところで死ぬ気かい?」
「っ……ダメだ……もう少し離れないと……」
「もう充分、二木市からは離れたじゃないか。ここならおよそ一日で行き来できる距離じゃない。早く地上に降りるべきだ」
「……すまん……キュゥべえ……着地は……任せた……」
「────……なんだって?」
突然、悪魔のグローブから放出されていた魔力が途切れてしまう。推進力を失った体は落下を始め、雲居の標高から大地の到着まで秒読みの死を刻んでいく。
「任せたって……」
「リングを、使え……無属性の、リング、だ……」
「……まさか、ボクに魔法を使えと? 冗談じゃない。ボクにそんな能力や才能はないよ」
「…………、────」
「……なるほど。また君はボクを試しているのか。本当は着地の分の気力は残しているんだろう? まったく……君はボクたちインキュベーターに助け合いの精神や友情という感情を教えたいと思っているようだけど、それがどれだけ滑稽なことか理解しているのかい?」
「……理解、しているさ……その、上で……」
地表への激突まで、残り十秒を切った。
「……はぁ。仕方ない。ボクたちインキュベーターの中に流れる波動は一種類しかない。それは無属性の波動だ。そしてボクの体内に宿る
悪魔の左手示指のリングに触れたキュゥべえは、リングの宝石部分から藍色の炎を灯す。すると周囲から霧のような魔力が集積し、悪魔の背中にグライダーのような仕掛けを構築した。落下していた悪魔の体は滑空を始める。グライダーの舵を取るキュゥべえは、適当な公園の草地に悪魔の体を不時着させた。
「ぐっ……!!」
「……ふぅ。今回はまた随分と肝を冷やしたよ。これで満足かい?」
「…………」
「──……死力を出し切って気を失ったか。こうなったら一時間以上は休ませないと目を覚まさない。近くに魔法少女がいるなら助けでも呼ぼうかな」
かくして地獄のごとし二木市から脱出した悪魔とキュゥべえは、新天地の街に辿り着いた。
†
用語解説
【二木市】関西方面に存在するかもしれない街。治安は最悪で、一般人・極道・魔法少女の界隈を問わず、日夜ブラッディーな抗争が繰り返されている。
【時雨蒼燕流】戦国時代発祥の雨天水辺に特化した殺人剣術。スローガンは「最強無敵・完全無欠」。その標語と継承と存続の難易度から滅びの剣と揶揄される。現在の継承者は十代目・沢田綱吉。攻型五式・守型四式に加え、両型一式を編み出し、さらに特型と番外の型をいくつか編み出している。
【固有魔法】魔法少女が最初に手にする奇跡。願い事の性質によって異なる魔法が手に入り、その原理は解明されていない。一説によれば、契約時のあらゆる因果が無数に絡み合った結果の副産物とされる。つまり契約時の感情・契約内容の言霊・無意識の欲求など、様々な要因が折り重なった末に形成される代物である。例えばシンプルに「病を治す」という願いを叶えた魔法少女は「治癒魔法」を獲得する。だが願いの過程に不純物とも言える心理や因果が交じると、より屈折した固有魔法が誕生する。
┗【固有魔法・対象変更】「対象物の変更」という概念を操れる。この魔法の使い手は、もっぱら武器を投擲した際に「攻撃対象を変更する」ことで不意を突く戦法を基本とするようだ。誰が言ったか必中ブーメラン。
【共有魔法】一般的な魔法少女では修得・獲得する機会が滅多にないであろう奇跡。詳細は悪魔のみぞ知る。
┗【共有魔法・助太刀】「指定した友人一名の傍らに瞬間移動」する魔法。この魔法の使い手は、もっぱら友人の危機に馳せ参じるため使うようだ。また、この魔法の使い手は日本刀を得物としており、その得物自体に「助太刀」の魔法が宿っている。得物に込めた魔力量によっては、魔法行使の回数により得物が破壊されるという隙が生じる。再び得物を魔力で作成すればいいだけの話だが、この一瞬の隙が唯一の弱点となっているようだ。
【匣兵器(ボックスへいき)】とある三人の少年少女が発明した魔法兵器。その詳細は悪魔がよく知る。別名「魂匣兵器(ソウルボックスへいき)」。
【グローブ】悪魔の装備。炎を灯しても燃え尽きない不思議な代物。その詳細は悪魔がよく知る。
【リング】それは通常の指輪のことを指しているのではなく、特殊なエネルギーを有する“砕かれた宝石”を指輪として加工した代物。暗黒時代からマフィア界隈に流通している裏アイテム。別名「ソウルリング」。装備者の覚悟に呼応して死ぬ気の炎を灯す。
【魔力】ソウルジェムと呼ばれるアイテムから生み出される宇宙的エネルギーのこと。詳しい原理は不明。
【死ぬ気の炎】地球生物の体内から生み出される地球的エネルギーのこと。略して死炎(しえん)とも。炎の種類は様々だが、現生人類にとって最もポピュラーな系統は大空の七属性である。大空・嵐・雨・雷・晴・雲・霧の七属性が存在する。大空属性は超レアな属性で、霧属性はレアな属性だ。超マイナーな系統では、大地の七属性、大海の七属性、宇宙の七属性などが存在する。中には特殊な死ぬ気の炎も存在しており、復讐心から生じる夜の炎や、血統や性格など複合的な要因で生じる憤怒の炎などといったものが存在する。
【波動】地球生物の体内には、死ぬ気の炎の性能(純度や出力など)を決定づける才能がある。それを波動と呼ぶ。人間の場合、必ず一種類は強い波動があり、それ以外は微弱な波動となる。地球外生物のキュゥべえは、霧属性の波動=無属性の波動を有する。
【無属性】魔力学における七番目の例外属性。その性質は構築。エネルギーのカラーは藍色(インゴット)。死炎学においては霧属性に対応する。呪いの属性とも呼ばれる。