アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
マヨナカテレビのウワサに引きずり込まれた悪魔は、空間転移ののち、くるくると回転して着地する。面を上げて周囲を確認────瞬間、愕然とした。悪魔が降り立った場所は、物がひとつもない広々とした
(閉じ込められたわけではない……?)
直後、頭上から続々と突入組が空間転移で現れては着地する。
「……え?」
「ここは……」
一度マヨナカテレビのウワサ迷宮に来たことがある綾野梨花と入名クシュは、景色の違いに唖然とする。
「今の映像……いや、今はやちよさんとフェリシアちゃんを助ける方が先決……っ。悪魔さん! ここがマヨナカテレビのウワサ空間ですか……?」
「いや……気をつけろ。見たことのない空間だ。さっそく罠にハマったかもしれない」
全員、臨戦態勢の構えを取る。仲間を一瞥した悪魔は、先ほどの映像を見た由比鶴乃が内心動揺している心情を直感した。
動揺しているのは環いろはも同様だが、すぐに切り替えてクロスボウを構えている。
(やはり鶴乃は揺らいだか……それでも周りに悟られないよう、毅然に振る舞おうとしている)
七海やちよの過去。雪野かなえの死と安名メルの魔女化。
それに対して由比鶴乃は、特に後者に深い責任を感じている様子。
(さすがにオレも、やちよの過去で具体的に何があったのかは知らない……やちよの心情を直感し、先ほどの抽象的な映像から断片的に推理することはできるが、やはり細かな点は掴めない。そんなオレが今、鶴乃に何か声をかけても逆効果になる可能性が高い。今後どこかでやちよが腹を割って過去を打ち明けてくれれば、鶴乃がなぜ自責するのか直感できて、声の掛けようもあるんだが……)
ともあれ悪魔は出口に向かって歩き出す。よくよく目を細めれば、出口に接する壁に一枚の看板が設けられていた。小文字のためよく見えず、近付いて読む必要がある。そして悪魔は眉をひそめた。
「────“恋しないと出られない部屋のウワサ”……?」
文章の意味を理解するため声に出して読んだ悪魔だが、やはり意味が分からず首をかしげて腕を組む。
(ふざけたウワサだ。何が狙いだ? 足止めが狙いだとしたら一見、この上ない概念防御を誇るが、叛逆魔法や悪魔の口付け、綾野梨花の固有魔法《心境変化》を使えば容易く出られる。そうなると足止めというより、こちらの
悪魔の後方から続々と魔法少女たちが集まる。そして看板を目にすると、各々よくわからないものを見たと言いたげな顔をした。揃って困惑している。
「恋してないと出られない部屋……? なにそれ……それじゃあ私、もしかしたら……」環いろはは一生出られないかもしれない想像をする。
「……まどか……」暁美ほむらはボソッと言った。
「恋……こういうのは考えようだよ! 本当に好きな人がいるならそれでいいけど、特に今は恋してないなら……物でもいいんじゃないかな? たとえば私は、自慢の万々歳を愛しているよ! ラーメンへの探求は“恋”と言っても差し支えないかもね!」由比鶴乃は自信満々にふんすと鼻を鳴らす。
「その理論でいくとなぎさはチーズに恋しているので一発クリアなのです。別にクマ吉でも良いのですが」百江なぎさは腕を組んでの仁王立ちで堂々と口にした。
「チーズはそうだろうが、なぎさのオレに対する
「恋って何? って思ったけど……そっかー。じゃあわたしも悪魔のこと好きだから出られるかな? 鶴乃みたいにラーメンでもいいのかな?」鼓星かずみは淡白な表情で首をひねる。
「…………」綾野梨花は元カノの事を思い出して俯いている。失恋したようなものだが、未練がゼロかと言われればハッキリと言い切れない。だがその未練ある恋慕に“恋”と名付けるには、あまりにも切なく納得できない。たとえ出られたとしても、それは綾野梨花の心に重い影を落とすだろう。
「恋!」竜城明日香は勢いよく言ってみただけ。だがその後すぐにあることを閃く。「恋……それはすなわち誰かを好きになること! つまりお慕いすること! であれば主に忠を尽くすことも“恋”と言えるのでは!?」悪魔は
「恋……昔、クラスの男子に初恋した……とかじゃダメなんでしょうか……?」もし“いま恋してないと出られない部屋”なら、かなり脱出が難しくなってくると夏目かこは考える。
「……恋……わたしには、まだよくわからないです……アシュお姉さんは分かりますか?」千秋理子は悪魔の後ろ姿をチラリと見つつアシュリーに問いかける。
「トキメキのことですよ。私はKAWAIIものにトキメキます! なので出られると思いますよー?」頬に指を突いて上を仰ぐアシュリーは適当を言う。
「恋……白馬の王子……満月の夜に窓から現れる吸血鬼の貴公子……ファンタジーや二次元への恋はノーカウント?」入名クシュは真剣に言っている。
「とりあえず壁を壊してみるか?
悪魔は強行突破を提案。無理にウワサのルールに従う必要もないと考えての提案だが、餓死以外は無害なウワサであるため、おそらく概念強度はそれなりに高く、全力攻撃を加えてもウワサ空間に傷がひとつ付くか付かないかだろうと推測する。よって綾野梨花の固有魔法《心境変化》が、最もノーリスク・ローコストで突破できると判断する。ではなぜ強行突破をあえて提案したのか?
悪魔は無意識にだが────
「それは危険だと思います。……あの、とりあえず一人ひとり、試しに出口を通ってみるのはどうでしょう? それはそれで、もし通れなかった時、何かあるかもしれませんが……」
「……いや、それもそうだな。じっとして考えていても何も変わらない。まずオレが行こう」
悪魔は先陣を切る。
「え……悪魔さんは……恋してるんですか?」
環いろはの純朴な質問。
「あぁ。好きな子がいる」
悪魔はハッキリと公言した。恋してる相手の名前こそ明かさないが、それが笹川京子であることは悪魔が一番よく知っている。それより問題なのは、悪魔が部屋を出たあと、ほかの子たちも続けて出られるかどうかである。綾野梨花の固有魔法《心境変化》を使えば確かに低コストで脱出できるが、その魔法は綾野梨花にとって苦い思い出がある。なるべく使いたくないだろう。となれば一旦悪魔が部屋の中に戻り、全員に悪魔の口付けを付けて、水泳の魔女の恋愛性質を一時的に付与することで脱出を図るか……叛逆魔法を行使して概念強度を弱め、そこにイクスバーナーをぶつけることで部屋ごと消し飛ばすか……このいずれかの脱出方法がある。そして二つのうちどちらの脱出方法を採るかは本人たちに選ばせよう。悪魔の口付けは体の部位へのキスが必要だ。手の甲の方が乙女心のダメージは比較的少ないかもしれない。それすらも嫌がるなら後者の手段で、少々荒っぽいが部屋ごと消し飛ばす。彼女たちの精神衛生上、後者の方が良いだろう。
────
……などと考えながら出口を通ろうとした悪魔は、
「────────」
悪魔は目を見開いて、口を閉じるのを忘れている。思いがけない事態に言葉も出てこない。
「……え?」
「今……悪魔さん……何かに弾かれた……?」
環いろはと暁美ほむらは確かに見た。悪魔が出口に足を踏み入れた途端、見えない結界のようなものに押し出されて部屋の中に押し戻された。それはつまり、どういうことか。
「────ウソ、
忽然と姿を現した“ウワサさん”は、悪魔の周囲をくるくると回る。
「そりゃそうだ! あなたの体を
次の瞬間、爆発的な死ぬ気の炎がウワサさんを消し飛ばした。いつの間にか腰を落として両手を広げていた悪魔は、瞬間的なイクスバーナーでウワサさんを焼殺していた。あまりの早業に誰も目で追えなかった剛炎放射は、ウワサ空間の壁に黒い焼け跡を残す。その焼け跡は、ウワサさんのシルエットが焼き付けられていた。
『…………!!』
一方、悪魔の背後にいて、イクスバーナーの支えとなる柔炎放射を総身に浴びた魔法少女たちは、その冷たい暖かさに驚いた。故に魔法少女たちは目を見張る。悪魔の後ろ姿が妙に物悲しく、そして小さく見えたからだ。
「────く、クマ吉……」
「二つの脱出方法がある。壁を攻撃しても傷一つ付かない。やはり
悪魔は振り返らない。それはいつものことだ。悪魔は常に前を見て、背中で物を語る癖がある。だが……今の悪魔は、どこか
「脱出方法ひとつ目。梨花の固有魔法で、全員を魅了状態にする。そうすると梨花だけが残るが、そこは悪魔の口付けを受けてもらうしかない」
「────えっ!? あ、あたしの魔法で……?」
「最初にその発想が出たのは梨花自身だろう。それをオレは直感したが、あまりやりたくないことも直感していた。だから無理はしなくていい。脱出方法はもうひとつある。そっちと比べて相談してほしい」
悪魔は語る。
「脱出方法ふたつ目。一時的に修得魔法《悪魔の口づけ》を付けて全員に恋愛性質を付与し、脱出する。オレは叛逆魔法で強引に脱出するから問題ない。そして《悪魔の口づけ》という言葉から分かる通り、この魔法は対象への接吻を必要とする。手の甲とかにしておくか? 好きに選べ。五分以内に決めろ。でなければ強制的に二つ目の脱出方法を取る。こんなところで時間は掛けられない」
悪魔は選択を迫る。
「
「……悪魔さんは魔法を使うと魔力発作を起こしてしまうので……できれば一つ目の脱出方法が最適なんですけど……梨花さん。どうして
「え……えっと……それはぁ……」さすがに自分の願い事の経緯を一から十まで説明する時間はない。そもそも悪魔は五分で決を取れと勝手に決めてきた。確かに急がなければならない状況なのだから当たり前と言えば当たり前だが、何も自分に白羽の矢が立つのは急すぎやしないかとは思わなくもない。
綾野梨花は深呼吸する。
「……────よ、よしっ! わかった! やってやる! 今は急がなきゃだもんね!」
そうして綾野梨花は覚悟を決めた。それには捨て鉢な部分も確かにあったが、公私混同を避けて切り分ける男前な一面でもあった。
「みんな! あたしの固有魔法は《心境変化》で……相手の心変わりを促す魔法なんだけど……正直、悪魔の言うようにうまく行くかは分からない。
悪魔の口づけか、心変わりか。綾野梨花は恐る恐る聞く。すると環いろはが答えた。
「私は構いませんけど……ほむらちゃんの言うように、それが悪魔さんの最適解だと思いますから。……でも悪魔さんによると、綾野さんはその魔法……あまり使いたくないんですよね?」
「うっ……それは……」
「嫌なら無理に使う必要はないんじゃないかなー? いや、じゃあ悪魔の口づけを受け入れるのかって話にはなるけど……」由比鶴乃の発言。
そこで百江なぎさが手を挙げた。小さな背丈を伸ばして会話に混ざろうとジャンプする。
「ディスカッションは双方向から詰めていくべきなのです! ここでクマ吉からの接吻が嫌な人は手を挙げるのです。なぎさは唇にバッチこいなのです。恥ずかしいなら念話で会議してもいいのです。クマ吉には聞こえないのですから」
────ふと場が静まり返る。どうやら念話で会議が進んでいるようだ。
それから一分半が経過する。最初の会話も足してちょうど二分が経過していた。
「残り三分。……言っとくが議論は煮詰まってるのに時間ギリギリまで悩むようなら今すぐ始めるが?」
「ちょっとまって! いま乙女の大切な会議してるから!」由比鶴乃の静止。
そこで暁美ほむらが空気を読まない一言を口に出した。
(あれ? そういえば悪魔さんって心が読めるんだから……念話しても意味ないんじゃ……)
(……ほむら。だからお前は陰キャ止まりなのです)
(────あっ!)
会議をスムーズに進めるため、あえて百江なぎさがそのことを伏せていたことに、暁美ほむらは今しがた気付いた。
「あーそういえば! 悪魔、どこまで聞いてた!?」由比鶴乃の大声。
「念話と心情は別物だろう。あまり読めてないよ。それに読まないよう、こうして背を向けているんじゃないか。読まれたくないならオレから視線を外せ。そうすればもっと読みにくくなる。オレの読心は基本暴走していて無差別だからな。そもそも読むなと言われても土台無理な話だ」
悪魔と魔法少女たちの距離が遠ざかる。どうやら乙女達にとっては、かなり重要な議論のようだ。
(意外だな。確かに“急に接吻する”と言われたら動揺して渋るとは予想していたが……だったら一つ目の脱出方法をとればいいだけの話だ。ここまで時間をかけるものか? 何を話しているのか気になるな……まさかとは思うが、とっくに答えは決まった上で、別のことを会議しているとかないよな……?)
その悪魔の予想は、中らずと
実は魔法少女たちは、どういう流れでそうなったのかは不明だが、現在は“キスした経験”について話していた。唇ではなく手の甲なら良いのでは? という意見もあるが、だからといってそれをやすやすと奪われてもよいものか。という逼迫した激論が交わされている。もちろん議論の話題はほかにもあり、それには悪魔が深く関係していた。
「残り一分を切った。改めて言っとくが……いや、あえて聞くが……そこまで悩むなら梨花の固有魔法で良くないか?」
悪魔の問いに誰も答えない。どうやら議論は伯仲しているようだ。悪魔は頭を掻いて時を待つ。予想では一分程度で話がまとまると思っていたが、まさか時間いっぱいまで使うとは思わなかった。意外と五分とは長いものである。三分にしておけば良かったと何度か後悔した。五分と言った手前、その約束を破るわけにもいかない。そして残り十秒を切った段階で、悪魔はやや苛立った。
「────再三言わせないでほしいんだが……答えは決まっているのに時間ギリギリまで悩むようなら強制だぞ?」
「た、タンマ!」由比鶴乃の必死な静止。
「ゼロどころかマイナス一秒を切った。よくわからんが時間も迎えたし始めるぞ。二つ目の脱出方法でいいんだな?」
「っ! ────こ、固有魔法《心境変化》!」
ふと綾野梨花が全員に魔法をかける。そして両目を閉じて両耳を抑えて、その場にしゃがみこんだ。
「は、早くみんな脱出して!」
『…………』
綾野梨花と悪魔を除く魔法少女たちは、互いの顔を見合わせて出口に向かう。見えない壁なんて存在しないかのように部屋から脱出していく。
「……あれ? 悪魔さん! 脱出しないんですか……?」環いろはの問いかけ。
「梨花は出られるのか? まずはそれを確かめてからだろう」
悪魔はうずくまる梨花に近付く。そこで直感した。
「……なるほど。自分に惚れるみんなの顔なんて見たくないから、そうしてうずくまっているわけか」
「……あ、悪魔も早く出て行ってよ……」
「その必要はない。オレには妹の加護が付いていてな。梨花がオレに掛けた心境変化の魔法は、おそらく叛逆魔法によって無効化されている。だからオレに関してだけは心配しなくていいぞ。正直、どこも変わった感じはしない」
「……ホント?」
綾野梨花はおそるおそる面を上げる。そこには澄まし顔の悪魔が立っていた。
「早く脱出しろ。それができなかったら悪魔の口づけを付ける。そこはちゃんと分かっているよな?」
「────あ」
綾野梨花は“しまった。そういえばそうだった”と口をあんぐりと開ける。
「……なるほど。なぁ……お前らは五分も、長々と何を相談していたんだ?」
「…………」
悪魔は直感する。
「……。…………? ……まぁいいか。確かに性急すぎたのはこちらだ。不必要な配慮だったとは思わないが、そこまで複雑化するならオレが一方的に決めても良かったかもな」
「────! よ、読んだの!? 心を!?」
「いいや。表面的なものだけだ。鶴の一声を持つ奴が居ないと意外に話は長引くんだなと……当たり前のことに気付かされた。これはオレの采配ミスだな。チームごとに分けてディスカッションさせればよかった。チームCは梨花を慮って、梨花はチームAを慮って、チームAは梨花を慮って……堂々巡りだ。
「────っ!! や、やっぱり読んだんじゃん! ……いや、ごめんなさい……急いでるのに……」
「いや、きっと余計な話を始めた原因はなぎさだろう。なによりみんなオレのことを気遣ってくれたんだろう? ならいいさ。それより急いでいるのが分かっているなら、早く」
「あ、うん……」
綾野梨花は出口に向かう。そして外に踏み出そうとした途端、案の定、見えない壁に阻まれて押し戻されてしまった。
「きゃっ!」
その吹き飛ばされた背中を片腕で支えた悪魔は、目と鼻の先にあった綾野梨花の側頭部に口づけする。
「っ!!?」
「行くぞ」
悪魔は出口に手を掛けると、見えない壁に阻まれる。そこで叛逆魔法を行使。ルールを無視して強引に突破する。同時に綾野梨花も出口から外に踏み出すことができた。側頭部の悪魔の口づけが消失する。同時に綾野梨花は、固有魔法《心境変化》の効果を解除した。
「十分も時間を喰った。梨花のことを思って一分。そこで決着がついたのに、今度はオレのことで随分くだらないことを話していたようだな。四分も掛けて」
「く、くだらなくないです! だって……」
環いろはは、純粋に悪魔のことを心配している。それは周りの顔を見ても同じことだった。どうやら悪魔がウワサさんに言われた精神攻撃の内容について、彼女たちなりに考察していたようだ。
「……。今はマヨナカテレビのウワサ攻略と、人質の救出、そして孤独塔の攻略だけを考えろ。余計なことは日常に戻ってからだ。みんなして心配してくれるのはありがたいが、それで時間を無駄にしてやちよとフェリシアに何かあったらどうするんだ」
『…………』
「分かったら行くぞ」
俯く少女たち。悪魔は両手に死ぬ気の炎を灯すと跳躍する。死炎噴射飛行。それに追随する魔法少女たち。
(────さて、かくいうオレもかなり惑わされてしまったわけだが……はたしてオレが脱出できなかったのは“マジ”なのか“ワナ”なのか。たしかに京子の願いのせいでオレは常に死ぬ気となり不死身の体になった。だがそれは不可抗力だ。彼女自身こうなるとは全く予想していなかった。だからこのことで京子を恨むのは筋違いだ。オレの彼女への想いが揺らぐことはない。となるとオレが部屋を脱出できなかったのは“ワナ”ということになる。そもそも心とは見えないものだ。恋してないと出られない部屋のウワサは、本当にオレたちの恋心を見抜けるのか? そもそも
だがそう結論づけると、今度は
(ミネルヴァの時も、随分と向こうに都合のいいルールで勝負を迫られた。もはやオレに対するウワサは、ルール無用のウワサと化している可能性もなくはない。環姉妹の心情を直感すると、柊ねむは小説家らしく自分の作品にこだわりを持つため、自分で作製したウワサを無法の存在にするというのはかなり嫌がるはずだ。となると里見灯花……ルールを守るはずのウワサにルールを破らせるという暴挙は、彼女の策略である可能性が色濃くなってくる)
そして悪魔は考察を進める。
(しかし、おそらく
全ては憶測。根拠はない。仮に悪魔の中で、笹川京子への想いが
その上で悪魔は人間である以上、どうしても時たま思わざるを得ない事がある。
(オレの本音……京子への想い……京子は初恋の子だ。可愛いし、やっぱり何度考えても好きだ。彼女以外の女の子なんて考えられない。だが……その恋心は、もはや
「────さん! ────悪魔さん!?」
「っ!?」
環いろはの呼び声の直後、高速飛行していた悪魔は壁に激突した。T字路を曲がらず壁に突っ込んだのだ。迷宮の壁の一部分が粉砕されて、パラパラと魔力の砂礫が降り注ぐ。
「っ……。……すまない。前を見ていなかった。地図は……ここを右か」
「待ってください悪魔さん! 一旦降りてきてください!」
「……?」
「あの、気付いていないんですか? ずっとふらふらと飛んでて……その、危なっかしいというか……」
どうやら心身ともに限界が来ているようだ。しかし逆転勝利の呪いを見越せば、体調の悪化はすぐに帳消しとなる。
「問題ない。心配するくらいなら早く戦闘に突入するべきだ。オレは死にかけるほど強くなる。言ってなかったか?」
「それは……知っていますけど……でも、だからって無茶していいことにはなりません!」
「……そうだな。なら
「……っ!」
悪魔が無茶をするのはなんのためか。特に他意はない発言だったが、環いろはには重しのようにのしかかる言葉となる。
────
そのことに悪魔は気付かない。気付けば誤解だと説明しただろう。だが悪魔は死炎噴射で一直線と目的地に急ぎ、超直感による読心の範囲から出てしまっていた。
「クマ吉、
「めちゃくちゃ早いよー! こんなに長く全力疾走するのは初めてかも!」
やがて悪魔たちは迷宮の深部に到着する。翡翠色を基調としたエキゾチックな絵柄の大広間。その中央に石柱が二本。七海やちよと深月フェリシアが磔にされていた。ふたりの影が柱から直線と伸びて床に溜まる。不意に影が起き上がると、それは七海やちよと深月フェリシア両名と瓜二つの外見を象って現れた。名付けてシャドウやちよ・シャドウフェリシア。ふたりの
悪魔は死炎噴射で中空に滞空しつつ指示を飛ばす。
「Aチームみかづき荘はシャドウやちよを相手にしろ! ベナンダンティはシャドウフェリシアだ!」
環いろは達は冷や汗を流す。七海やちよを相手に、環いろは・暁美ほむら・由比鶴乃・百江なぎさの四名で挑めというのか。ベナンダンティの七人と比べれば、確かに七海やちよとは一緒に戦っているため、彼女の戦闘時の癖をよく知っているが……だからと言って簡単に倒せる相手ではない。
「必ずしも勝つ必要はない。──いろは、お前はやちよの過去を見て何を思った!」
「……っ!」
「かこ、お前はフェリシアの過去についてどう立ち向かう!」
「っ……!」
「シャドウは偽物ではない! 誰にも知られたくない秘めた心の顕れだ! 今の関係よりもっと先に踏み込みたいなら、相手の恥部をほじくり返してでも一喝入れてやれ!」
悪魔の声を受けて、環いろはと夏目かこは、それぞれ目付きを鋭くする。
直後、入名クシュは愕然とした。それがなぜかを悪魔は直感し、震え上がる。
環いろは達の足元。光に照らされて延びる影。平面的な黒いシルエットは、不意に輪郭を伴って
「──クシュ! かこを任せた!」
「っ────!!」
戦闘開始直前。チームAみかづき荘の中心に降り立った悪魔は開匣。右手の神切と左手の死炎放射で、シャドウいろはとシャドウほむらを瞬殺する。同時、入名クシュは細剣を翻して脇の下に通し、シャドウクシュの喉元を一刺しで殺す。そして前に駆け出し、シャドウかこを背後から細切れにした。
『────っっ!?』
全員が事態の変化に気付く。
自らのシャドウを殺し、殺された環いろは、暁美ほむら、夏目かこ、入名クシュは、不思議と自らの映った鏡を蹂躙された心地となり、ソウルジェムの濁りが増す。シャドウは精神の反映であるため、それを殺した影響が重く響いている。結果、戦闘能力の著しい低下を招いた。
由比鶴乃と百江なぎさは、自らのシャドウと対峙。
綾野梨花、竜城明日香、千秋理子、アシュリー・テイラーも同様に、自らのシャドウと対峙する。
シャドウやちよの猛攻。精神不調を訴える環いろはと暁美ほむらが凌ぎきる。
シャドウフェリシアの突貫。夏目かこと鼓星かずみ、特に精神不調を訴えない入名クシュが激突する。
(シャドウは立ち上がりが遅い。だから奇襲すれば瞬殺可能。だがそれを逃せば手痛い。シャドウは元になった存在とおそらく実力は伯仲。自分同士の戦いになる……! そして当然シャドウは
悪魔は空中にいた。影は細く伸びて空間の奥に続いており、いつの間にか悪魔の影から切り離されていたのか、黒いシルエットが輪郭を伴って
「────────」
それは在りし日の姿。中学一年生までの人生。すずと京子とハルとの思い出。勉強も運動もダメダメで、恋路まで妹にダメ出しされてしまう……とことんダメな兄。本当にダメダメな少年。ただ唯一誇らしい思い出は、不良から妹を守るため突進して返り討ちにあった代わり、すずと京子を守れたこと。
それは在りし日の姿。中学一年生の春過ぎ。目の前で妹が魔女化して、ハルが魔女に殺されて、小さな誇りは打ち砕かれた。それでも京子は信じてくれた。きっと“只者じゃないって感じ”の沢田綱吉なら、なんとかしてくれると願いを託して息絶えた。そうして沢田綱吉は、逃げようとしていた自分に後悔して、ようやく死ぬ気になれた。死ぬ気になるにはあまりにも遅すぎて、本当にダメダメな一張羅の男。額から炎を灯し、怒髪天を衝く髪型で、優しい奴を怒らせたら怖いという概念を体現したかのような四白眼をぎらつかせて、とことん死ぬ気で水泳の魔女と殴り合った男。
その後、男は死ぬ気の限界を超えてハイパー化したが……そこに至るまで沢田綱吉には二つの顔があった。軟弱だった少年と、死ぬ気でなんとかしようとデタラメに戦った少年。どちらも拙く、幼い、未熟すぎる思い出。それでも彼らは現在進行形の姿でもある。
通常テンションの沢田綱吉。ほにゃっとした目つきで、一番ツラそうに悪魔を見つめている。
ハイテンションの沢田綱吉。ぎらついた鬼のごとし四白眼で、妙に落ち着いて握りこぶしを作っている。
対するローテンションの悪魔は、ただただ“テンションが違うだけの自分の心情”を直感して、ひたすら
「…………、……
「…………死ぬ気ですずと京子とハルを助ける。だが
悪魔は自分たちの前に降り立つ。
「……てっきり、いわゆる
悪魔は腰を落とすと両手を広げて狙いを定める。
「
「ひっ……! お、オレは……もっと命を大事にしてほしい、かな……? オレの言ってる意味、
「……右に同じく……」
次の瞬間、シャドウ沢田綱吉とシャドウ死ぬ気ツナは、イクスバーナーによって消し飛ばされた。はたして悪魔の秘めた心は、悪魔自身に届いたのか。
「
悪魔は自分との対話を終わらせて振り返ると、魔法少女たちのほうでも既に戦いは決していた。
†