アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
環いろはは“あの映像”を見た時、七海やちよの過去に何があったのかを理解していた。名前は知らないが、七海やちよには仲間がいたのだ。紫色の魔法少女は、七海やちよを守るため無茶をした結果、ソウルジェムが砕かれて死んでしまった。緑色の魔法少女も、七海やちよを守るため無茶をした結果、魔女化してしまった。
その二人の死を経験した七海やちよは、当時チームを組んでいた梓みふゆ・十咎ももこ・由比鶴乃を、みかづき荘から追い出した。それから一人で戦うようになり、新米魔法少女が死んだり魔女化することがないよう、自ら悪役を演じることで魔法界の厳しさを教えることにした。ほぼ同時期、神浜市に強い魔女が増え始めて、新米魔法少女の死亡数が増加の一途を辿っていたことも一因だろう。
「あの映像を見た時……やちよさんと初めて会った日のことを思い出しました……とても厳しくて、怖くて、強くて……でも、どこか見守ってくれているような感じもあって……なんとか私が食らいついて成長できたら、やちよさん、初めて嬉しそうに笑ってくれて……すぐに
シャドウやちよの槍術。素早い刺突と切れ味鋭い斬撃を捌くは、環いろはのナイフと装填済みクロスボウ。変則二刀流の要領でナイフとクロスボウの光矢先端を振るう環いろはは《賦活》を行使。巧みな槍捌きを魔法と気迫でカバーする。それでも手足が抉られて胴体が貫かれる。そのたび《治癒》で傷を癒し、致命的な一撃は暁美ほむらの《時間停止》と援護射撃によって難を逃れる。
「だから────怖かったんですよね。もう誰も失いたくないって……それでまた、独りになろうとしているんですよね!?」
「────」
「それが分かっただけ良かったです! 私てっきり、やちよさんと悪魔さんの仲が悪くなったのかもと思って……でも悪魔さんを追い出したのは、かつての仲間のことを思い出したからなんですよね! みんなやちよさんのために無茶をして死んじゃったから……それが確殺賭博場ミネルヴァのウワサの時の悪魔さんと重なって……それで急に、悪魔さんだけじゃなく、私たちのことまで突き放して、独りで全部解決しようとしたんですよね!? それは────」
シャドウやちよの魔力が増大する。必殺魔法の気配だ。
「────
「!?」
環いろはは《
環いろはの髪の毛がぼうぼうと伸びて、無数に増えた槍を全て縛り、一気に懐に飛び込んで右腕のクロスボウを奮う。
「それじゃあ結局、悪魔さんと何も変わらないじゃないですか────ッ!!」
腹部に一撃。光矢が撃ち込まれる。直後、シャドウやちよの胴体が極光を放って爆発した。
「目を……覚ましてください、やちよさん。
「……っ」
石柱に磔にされていた七海やちよが解放されて落下する。その体を受け止めた環いろははゆっくりと床に下ろした。
「やちよさん!」
「っ……環さん……どうして、来たの……」
「え……?」
槍を握り直した七海やちよはフラリとよろけつつ立ち上がるとウワサの深部に目を向ける。
「助け出してくれたのはありがとう。でもあなたが身を挺する必要はなかった」
「何を言って……まさか、まだ分からないんですか?」
「分かっていないのはあなたよ……」
「……?」
「環さん……私たちは
「……はい」
七海やちよは拒絶する。
「そういうことならチームは解散よ」
「────え?」
「みかづき荘からも引き上げてちょうだい。もう私を……昔の私に戻さないで」
「……なんで、そんなこと……そこまで突き放す理由はなんですか!? やちよさんの影も、何も語ってくれなかった……!」
声を荒げる環いろは。そんな彼女は初めて見たと言いたげに、暁美ほむら達は目を向ける。対する七海やちよは歯を食いしばった。胸の内で過去の幻影と戦い、恐怖を払拭する手段のひとつとして、恐れを生み出す種を排斥する。
「雪野かなえ。安名メル」
「……────」
「その二人を殺したのは────私なの」
「……え?」
「私の身勝手な
七海やちよは歩き始める。よく見れば肩にケガを負っている。深月フェリシアのドッペルとの戦闘で傷ついたようだ。穢れの侵食がひどく単純な魔力再生では回復が追い付いていない。一応ソウルジェムの濁りは、今しがたグリーフシードで浄化したため問題ないが、それでも回復が追いついていないのは精神的なダメージの影響だろう。やはりシャドウを倒すやり方は好ましくないのかもしれない。
「……!」
ふと、七海やちよと悪魔の目が合う。
「……物言いたげな顔ね」
「まぁな。だが不毛な喧嘩は悪魔も喰わない。お前は
「────なんですって?」
「だが論破した所で頭の固い奴には届かない。ねじ伏せたいわけではなく仲良くなりたいわけだからな。よって心の雪解けを待つ」
「……雪解け? 本当にあなたは……人の拒絶する心も融かしてしまう悪魔ね。するりと人の心の中を覗いて無遠慮に入ってきて……何もかも見透かしたかのように尊大にふんぞり返って……上から物を言って……自信満々なのは結構だけど、そういうのなんていうか知ってる? ────」七海やちよは口を開きかける。
「やめておけ。心にもない衝動的な罵倒は後になって気まずいぞ」
「────そういう、ところが……」
正論で人は振り返らない。人が振り返るのは極論で、人の心に突き刺さるのは信念だ。力を尽くして徹底的に論じなければ七海やちよは過去を振り返らない。そして誰かが覚悟を決めなければ、その閉じた心を突き刺してこじ開けることはできない。そして悪魔は、それができるのは環いろはだと判断した。
(心が読めても全ての人を救えるわけじゃない。多くの人は救えるが、どうにもならない奴は必ずいる。波動……波長……そういうものが合う合わないは人による。そしてその波長はオレより、いろはの方がやちよと合う。これは単にそれだけの話だ。無論、手遅れになりそうなら無理やり介入するが)
かくしてAチーム・みかづき荘の戦いは一段落する。由比鶴乃と百江なぎさは、互いのシャドウを交換して倒していた。
†
「オレは────オレは────最低なやつなんだ────ッッ!!」
「そんなこと────ない────っ!!」
夏目かこの投擲硬化栞槍が勢いよく貫く。轟音を立てて中心から粉々に砕け散った巨大ハンマーの殴打面。かっ飛ぶ栞槍はシャドウフェリシアの胴体をも……さらには石柱すらも貫いた。崩落する石柱と深月フェリシア。その体を受け止めた夏目かこの頭上に落石。それを攻撃して切り飛ばしたのは鼓星かずみと入名クシュ。
「フェリシアちゃん!」
「……うっ……かこ……オレ……」
夏目かこは戦いの中で語った。キュゥべえに聞いて深月フェリシアの過去を知ったこと。そしていつか深月フェリシアが真実を知って絶望した時、そばにいて助けられるように友達になったこと。
「オレ……母ちゃんと父ちゃん、殺しちゃった……」
「うん……でも、それは事故なんだよ……いたずら好きなフェリシアちゃんのことだから、きっとご両親は天国で許してくれてるよ」
「……ほんとかな……母ちゃんキレまくって、父ちゃんバカみてぇに笑ってんのかな……オレも向こう行ったら、抱きしめてくれるかな……」
「……抱きしめてくれるよ。赤の他人がこうして抱きしめてるんだから、フェリシアちゃんを抱きしめない両親なんていないよ」
そうして、金髪少女の悲痛な泣き声が大きく響き渡る。
かくしてCチーム・ベナンダンティの戦いも一段落した。全てのシャドウを倒した一同は深月フェリシアを見守り、二人の会話から事の次第を知った千秋理子は涙を流していた。綾野梨花と竜城明日香も目が潤んでおり、アシュリー・テイラーは血濡れデザインのティッシュで鼻をかむ。
その様子を遠巻きに見ていた悪魔は、事態の収束を確認して指示を出す。
「悪いがのんびりはしていられないぞ。朝になるまでに脱出しなければウワサに囚われてしまう」
『────!』
「よってチームを再編成する。撤退組はBチームと合流だ」
悪魔は一瞥する。
「鶴乃、なぎさ。フェリシアを連れて撤退しろ。この中で一番ダメージがひどいのがお前らだ」
「まぁ……最強とベテランがぶつかれば、互いに無事じゃ済まないよね……」
「あっちはズルいのです。ほとんどのシャドウを理子が倒していたのです」
「その理子もダメージは大きい。アシュリーもだ。かこにはフェリシアの看護を任せたい。しかし負傷兵だけ撤退させるのは怖い。そこで無傷に近い明日香、殿を任されてくれるか」
「御意に! お任せ下さい!」
ぐーすかと眠りに就いた深月フェリシアを「しょうがないなー」と笑顔で背負う由比鶴乃。それにボロボロの百江なぎさ、頬にかすり傷ひとつの竜城明日香、服が破けている夏目かこと千秋理子、熊之介から糸がほつれている事に気付いたアシュリー・テイラーが続く。そうして彼女たちは迷宮の地図を見ながら脱出を開始。
残るは悪魔、環いろは、暁美ほむら、鼓星かずみ、綾野梨花、入名クシュ。そして独り先へ進んでしまった七海やちよの七名となった。
「さて……人数が少なくなった分、オレがフォローに回りたいが、この先は乱戦が予想される。正直……」
「私は行きますよ」環いろはは食い気味に言う。
「分かってる。言っても聞かない奴らが大半だ。だから残した。いろはとほむらはAチームのまま続行。かずみ、梨花、クシュも同様にCチームとして続行だ。ただしオレが“撤退しろ”と命令したら……かずみ」
「グルメカーにみんな乗せて撤退?」
悪魔は頷く。そこで環いろはが聞いた。
「その撤退は……悪魔さんも含まれているんですか?」
「……いいや。含まれていない。だが死ぬことはないから安心しろ。援護も不要だ。死に目に遭うほど強くなる能力だからな。余計なことはしなくていい」
「…………」
環いろはは不服そうに俯く。それを直感した悪魔は声を掛けようとしたが、どう答えても言い合いになると直感したので言葉を飲み込む。そんなことに時間を費やしている暇はないからだ。
「行くぞ。ウェーブロードを通れば孤独塔の一階に到着する。だが先ほどの白い空間のように罠があるかもしれない。残る敵はマギウスと孤独塔のウワサ、そして複製魔法少女の徒党もいることを忘れるな」
そうして悪魔たちは奥へ進む。不思議なゲートを通れば光に包まれて、孤独塔のウワサ空間へ転送された。
†
孤独塔のウワサに突入した悪魔たちは、最大限の警戒を怠らず、最上階に向かって急行する。途中の階層は物珍しいものがあったが、特に敵の気配はなく、何事もなくウワサの回廊を走って渡って難なく目的地に辿り着いた。
そこは孤独塔の7階。名無し二葉ルームのウワサ。
まるで電脳空間のような色彩の広間。両扉を開けて突入した悪魔は、瞬時に直感する。
「っ! 誰かいるぞ!?」
しかし姿が見えない。
「……あなたが、二葉さなちゃん?」
「……?」
不意に環いろはは何もない空間に向かって声をかけた。否、そこに何かがいるのか。二葉さながいるのか。しかし声は聞こえず匂いもしない。だが全員の視線の先に何かがあると分かれば、意識を集中して直感することができる。二葉さなは非常に驚いて警戒しているが敵意はない。しかしなぜ悪魔の目には見えないのか。ふと二葉さなは悪魔の方を見て(私が見えている? でも目の焦点が合っていないような……)と疑問に思っていた。その思考により悪魔は得心する。
「なるほど。そういうことか。あの映像の意味が分かった。お前《透明になりたい》とでも願ったか?」
(────!)
「叛逆魔法を掛ければ一時的に見えるようになるが魔力の無駄遣いだ。悪魔の口づけをすれば低コストで常に知覚できるようになるが、それは許可が必要だな。……で、オレをここに呼んだ奴はどこだ?」
空中に電流が走る。そして忽然と緑色の人型が現れた。
「私は“名無し人工知能のウワサ”……名前は、アイ」
「万年桜同様、心を持つウワサか。万年桜と比べると、さらに感情は希薄だが……優秀なプログラムだな。さなと心を通わせて人間性を獲得したか」
「一を見て十を知る能力……お見事です。そして数々の魔法少女の心を救ってきた実績……そんな貴方だからこそ、無意味な自己進化を繰り返して肥大化した孤独塔を踏破して、二葉さなを救いに来てくれると信じていました」
「正直買いかぶりが過ぎる。オレは誰かを救えるなんて殊勝な存在じゃない。向こうが勝手に救われに来て、勝手に救われていくだけだ」
「だとしても貴方は魔法少女の希望なのです。どうか、さなと話してください。そして、さなの今後を頼みます」
悪魔は直感する。後方の透明人間たる二葉さなが(どうして?)とアイに問い掛けている。ふたりの口論。その間、悪魔は周囲を警戒していた。
(さなに関しては後回しで構わない……彼女は責任感が強い。今アイが道理を説明すれば、いずれさなは納得する。それよりアイはなんと言った?
そこで悪魔は気付く。
(荒れ果てていたのは複製魔法少女の仕業か? オレたちより先に踏破していたのか……! だから最上階まで最短で来られた……だがそれなら奴らはどこにいる? まさか今もどこかで監視しているのか……?)
二葉さなとアイの口論が続く。それを邪魔しないよう悪魔は後退し、入名クシュに聞いた。
「クシュ。魔力パターンに反応は?」
「特にない。……どうして?」
「アイの口ぶりだと、孤独塔の最上階に辿り着くのは至難の業のようだった。しかしオレたちはただ駆け上がるだけで辿りつけた」
「……ほかに攻略した人がいるってこと? 私はてっきり、先に行った青い人が攻略してくれたのかと……」
「そのやちよも最上階のここには居ない。おそらく攻略したのは複製魔法少女だ。やちよはそれに気付いたから気配を消している」
「どうして気配を消すの?」
「今の状況だと複製魔法少女にとって、オレたちは格好の的だ。そこを狙ってしっぽを出したところを、やちよはオレたちと挟み撃ちにする形で仕留めたいんだと思う」
「……なるほど。じゃあ警戒しておく。でも索敵して反応しないってことは……ここに居ないか、魔法で隠れているかの二択だね」
悪魔は頷く。現状は非常に不利だ。いつどこから奇襲されてもおかしくない。悪魔は警戒しつつアイに近付く。
「さな。貴方は外の世界に飛び立つべきです。そして貴方を見てくれる人達と一緒に暮らして、どうか幸せになってください。それが私の望みです。私はウワサ。いつか消える存在なのですから。私が居なくなった時、さながひとりぼっちなのは寂しいです」
(でも────私は、アイちゃんと一緒にいたいよ!)
「さな……それは私もです。……では、最期に、私のことを語りましょう」
名無し人工知能のウワサとして作り出されたアイは、ある日に電波塔へ廃棄された。理由は“優秀すぎるため魔法少女社会に叛旗を翻す可能性あり”と見なされたことが原因だという。最初は自らに責任があると受け止めていたアイだが、様々な理由で電波塔に廃棄されるウワサを見ていくうち、そのダストデータを取り込んで自己進化していけば、いつか自分が成功作として認められるのではないかと思いついた。
しかし、それが全ての間違いだった。
他のウワサを取り込む機構を持たないアイは、すぐさま容量不足に陥り、取り込んだウワサは完全に制御下を離れ、暴走の一途を辿った。最初に入力した自己進化のプログラムは、もはや止めることができず、無限に繰り返されてしまった。やがてアイの体となるウワサ空間内部は魔境へと変貌し、ただひたすら人々を絶望させるだけの魔城と成り果てた。マヨナカテレビやペルソナカードのウワサがそれである。アイの自己進化と暴走が、偶然ペルソナカードの発明に繋がり、それがマギウスによって悪用されてしまった。
────これは私の望んだ進化の果てではない。孤独から脱するため進化を始めたのに、かえって孤独を深めてしまった。これは何かの罰なのだろうか。みんなの役に立ちたいと思っていたのに、結局みんなを不幸にさせるものばかり発明してしまった。
アイは自滅願望を持ち始めた。そんな折である。現状を
しかし二葉さなは誰とも違った。なんと彼女は孤独が好きなのだという。独りになるために敢えて“ひとりぼっちの最果て”にやってきたのだという。それはアイにとって衝撃的だった。自分は孤独ではなくなりたいのに、彼女は孤独でありたいのだという。だが話してみれば、二葉さなも孤独から逃れたい普通の少女であることが分かった。そして話して分かった。アイにとって
二葉さなとの交流は、アイの中に初めての刺激ばかり与え、アイが最も欲しかった平穏を生み出した。悪魔の言い分によれば、アイは感情すら獲得したらしいが、それは科学的にありえない。だがアイの中に宿るあたたかな温度は、まさに感情が生まれたという理由を付けなければ不可解なほど……不思議な
孤独塔の外部空間までは手を出せなかったが、孤独塔の内部空間は、全て二葉さなとの思い出で埋め尽くすことができた。
「名無し二葉ルームで朝を向かえ、名無し拷問キャッスルで遊び、名無し家族シアターで猫がテーマの映画を観て……この一ヶ月は、本当に有意義でした。あらゆる絶望のウワサに埋め尽くされていた孤独塔は、さなによって綺麗になった。汚かった私は、これで綺麗に死ねるのです。このまま……さなとの思い出に埋め尽くされた塔の中で、私は死にたい。私のウワサとしての寿命を終わらせてください」
(……アイちゃん……)
アイは電脳ナイフを生成して、二葉さなの足元に落とす。それでアイを刺せという話なのだろうか。二葉さなの中では葛藤が生まれているが、徐々に覚悟も固まりつつあった。親友のアイを綺麗に終わらせる。それがアイの本望なら、それを遂行させてあげるのが友の役割なのではないかと、必死に自分を説得し、友を殺すことに納得しようとしていた。
「本当にそれでいいのか?」
悪魔は電脳ナイフを蹴っ飛ばす。
「……悪魔? 何をするのです……貴方は魔法少女にとって“救済の悪魔”のはず……私を残しておけば、必ず災厄となります……故に、どうか、さなを……」
「オレはそんな奴じゃないって何度言ったら分かるんだ。バカにするのも大概にしろ」
「……バカに? 私は貴方を愚弄したつもりは────」
「アイ。お前、オレを
「……それは、どういう────」
悪魔はため息をつく。
「万年桜は偶然だが本体と切り離すことに成功した。失敗すればおそらくアイは
(────)
「────しかし、そんな都合のいい
「あるからオレはここにいる。だから
悪魔は促す。アイの説得タイムは、今、さなの説得タイムに変わったのだと。誰もいない空間を見つめて言う。
(────!)
その時、ウワサ空間に警報が鳴り渡った。視界が赤く明滅して警戒心がマックスまで高められる。
「そんなことさせないんデスケド? AIの叛逆とかシネマだけで充分なワケ!」
突として緑色のキューブが浮遊して突撃する。それはアリナ・グレイの結界魔法。悪魔は死炎噴射で躱し、ほかの者もキューブに触れないよう後退する。それによりアイとさなと引き離された。
そしてアリナ・グレイは空中歩行する。中空に不可視の足場でもあるのか、アリナ・グレイはくるくると踊るように回る。それを見上げる悪魔は、不意に目を逸らした。
「アリナ……やはり来たか」
「デビルボーイ。悪いけどアリナも一応マギウスだから、これ以上の邪魔は許せないってワケ。でもアナタの計画も面白そうだから、ここで死なないでヨネ!」
「ほう……
「────やっぱファックするんデスケド! フールガール! 出てきて!」
悪魔と接吻した時のことを思い出したのか、アリナ・グレイは眉をひそめて飛び降りてくる。それに続いて御園かりんが現れた。ハロウィンの夜に出てくる典型的な魔女の衣装に身を包み、箒に跨って降りてくる。
「あ、あの……先輩……ここはどこなの……? かりんは何もわからないの……あとマギウスってなんなの?」
「つべこべ言ってないでデビルボーイのソウルジェムを《窃盗魔法》で奪うんデスケド!」
「……なんで? それにデビ太郎は魔法少女じゃないからソウルジェムは持っていないと思……」
「先輩の言うことが聞けないワケ!? ア゛ァ゛なんかもうグダってんデスケド!」
「それは先輩が何も説明せずに連れてくるから悪いの! かりんは何も悪くないの! あと雰囲気も怖いからもう帰らせてほしいの! それに今何時だと思ってるなの!? 深夜三時なの! 信じられないの! アリナ先輩の横暴もここに極まれりなの!?」
「ノイジーな正論ほどウザイものはないんデスケド!」
「やっぱり横暴なの! もしかして先輩も寝ぼけてるなの!?」
アリナ・グレイと御園かりんの言い合い。その間に悪魔は助太刀魔法の準備をする。窃盗魔法より早く御園かりんのソウルジェムを奪うためである。同時に環いろはもブツブツと呟き、覚悟を決めた。
「アリナ・グレイ……ういの話によれば、病院で知り合った人で……今はなぜかマギウスの三巨頭のひとり……灯花ちゃんとねむちゃんに、最も近い人……!」
環いろははクロスボウを構えて躍り出ると、悪魔の傍らに並び立つ。
「……いろは。なんの真似だ」
「悪魔さん。私、やちよさんに言いたいことがあるんですけど……悪魔さんにも言いたいことがあるんです……」
それがなんなのか悪魔は直感する。その上で拒否した。
「来るな。大丈夫だ。お前たちは守ってみせる。オレの命に代えても」
「────」
そのとき初めて悪魔は、先ほど直感し損ねた環いろはの本心を直感した。
「
「──なに?」
環いろはは思う。
────はたして自分は、守られるだけの存在なのか?
(
いよいよ堪忍袋の緒が切れそうだ。それは七海やちよと悪魔からすれば、理不尽な怒りかもしれないが……とある魔法少女にとっては、今の言葉から受ける意味合いは、ともすれば屈辱に変わる意味となる。
「悪魔さんは優しいから、私のことを“足でまとい”とは言わないけど……そんなの、私にとっては全然“優しさ”じゃない!」
「────」
悪魔は驚く。今までそのようなことを考えていたなら直感して気付けたはずだ。溜め込むタイプでも普段そのようなことを考えていれば直感できる。つまり環いろはは、今しがた口に出したことで、自分の感情を自覚したことになる。何か溜め込んでいることは薄々察してはいたが、まさかここ一番で爆発し、言語化するとは思いもよらなかった。故に直感できなかった。
「一緒に戦う! だって仲間だから! そのために強くなってきた! そのためにもっと強くなりたい! 私は魔法少女……ただ守られるだけの、弱い女の子じゃありません!」
その考えには暁美ほむらも賛同した。鼓星かずみも同様だった。綾野梨花はただ気合の入った言葉として受け取り、入名クシュは警戒心を崩さない。
(……頼ってないつもりは、なかったんだがな……むしろ必要と感じていた。適材適所という言葉があるように。だが言外に足でまといと伝えているも同然だったのか……少なくとも、いろははそう感じていた……)
悪魔は内心ショックを受ける。超直感を使えば大抵の誤解はすぐに解ける。だが今回はハッキリ言われるまで分からなかった。その理由はなぜだろうと考える。どう考えても無理のしすぎと疲れが溜まって周りが見えていなかったことが原因だが……悪魔はただただ衝撃を受けていた。
「悪魔さん。この勝負、私に預からせてください」
「……何を言い出す?」
「そして私が勝ったら、悪魔さんのことをもっと教えてください。約束ですよ」
環いろはは歩を進める。誰よりも最前線に立ち、アリナ・グレイに向けてクロスボウを構える。それに気付いたアリナ・グレイはキューブを展開。両者にらみ合い、いつ戦いの火ぶたが切って落とされても良い状態となる。
「……いろは。お前は未熟だ」
伏兵たる複製魔法少女の存在を忘れてやいないか。
アリナ・グレイが正々堂々とした一対一の決闘に応じると思うのか。
シャドウやちよとの戦いで賦活魔法とキモチを行使した。グリーフシードで穢れを浄化したとはいえ、心身ともにコンディションは低迷気味のはずだ。おそらく五割しか力が出せないほど疲弊している。その状態で明らかなる格上相手にどう戦う?
「知っています。それでも立ち向かいます。そして教えたい」
「……教える?」
悪魔は問いかける。直感できない。環いろはも、今ようやく長い疑問を言語化できたようだから。
「自分を大切にしない人が、誰かを大切にするなんて、本当にできるんでしょうか?」
「────」
「多くの人を泣かせるだけだと思います」
「……けれど多くの人の命は助かる」
「命だけが全てじゃありません。あなたの心も……大切にしてください」
心。
悪魔はあまりにも人の死に触れすぎた。そのせいで物事を「命」……いつの間にか無意識に……「命」……それだけで判別するようになっていた。
(……とんだお笑い種だな。超直感……見透かす力……その中のひとつに、人の心を読める能力がある……それを持つ人間が、もっと自分の心を大切にしろと説教されてしまった……)
心。魂。そういうものを見ようとはしていた。慮ろうとはしていた。だが死ねば元の木阿弥。死ねば何も意味がない。故に命を優先せざるを得なかった。命、命を。とにかく命を。誰かの命を。死を回避するために。心と魂を救うのはそのあとだと。だがそこに
────ひっ……! お、オレは……もっと命を大事にしてほしい、かな……? オレの言ってる意味、
(…………)
命。心と魂が死ねば、命も死んだも同然。
つまり、あのシャドウ沢田綱吉は“自分の
理屈は分かった。だが現実は非情だ。命は安く奪われ、尊い信念はゴミとして捨てられる。
「……だったら必ず勝て。
「……」
「死ねば全てが終わってしまう。
「────」
「行ってこい。死ぬ気の未熟者。一度でもオレの教えを受けたんだ。生徒として負けることは許されない」
「はい。任せてください。この勝負、なにがなんでも勝ってみせます。そして生きて帰って、悪魔さんとやちよさんを、もう一度……
環いろははペルソナカードを取り出す。同時にアリナ・グレイも詠唱した。
『────ペルソナァ!』
†