※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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【私の固有魔法は《犠牲成就》ッ!! 他者の運命、誰かの命を喰らい、貪欲に成長する、悪食の魔女】七海やちよ

 

 トラウマ幻灯機のウワサにより再現された景色。

 それは真っ黒で厚さのない影絵のような形として現れていた。

 

 悪魔の眼前には、偽なる水泳の魔女が浮かんでいた。真なる水泳の魔女は、今も片目の結界の中でぐるぐると静かに廻っている。その手前には魔法少女姿で戦う偽なる三浦ハルと、地面に倒れ伏したままピクリとも動かない偽なる青音すずと、恐怖に固まる偽なる笹川京子が立ち尽くしていた。

 

 偽なる水泳の魔女が瘴気を放出する。

 

 七海やちよの眼前には、その攻撃から仲間を庇うように立つ、偽なる雪野かなえと偽なる安名メルの背中が見えていた。

 

 悪魔の足元から、偽なる畜生塚による怨念の泥濘(ぬかるみ)が発生する。おびただしい数の闇の魔手が悪魔と七海やちよの足首を掴み、“恨めしい”“殺してほしい”と呻き、泣き喚き、泥は加速度的に広がって魔法少女たちの足首を掴む。

 

「ひっ!」恐怖する暁美ほむらの悲鳴。地面に伏していた環いろはは、闇泥の魔手に捕まって泥濘の底に引きずり込まれる。「い、いろはちゃん!!」

 

「これはなんなのー!? とんだホラーなのー!!」御園かりんは間一髪間に合ってアリナ・グレイの体を持ち上げるが、泥濘の拡大から逃げ切れず足首を掴まれる。「ひゃあああッ!? 氷みたいに冷たくて熱くてマグマみたいで、こんなの触れたら死んじゃうのー!!」

 

 どこまでも範囲を拡大する泥濘から距離を取り続ける鼓星かずみ、綾野梨花、入名クシュ、二葉さな、名無し人工知能のウワサたるアイ、そして七人のマンドムファミリー。

 

「────やめろ────」

 

 悪魔の瞳孔が激しく揺れ動く。足首を焼く魔手さえどうでもよいのか焦点が定まらず、偽なる水泳の魔女、偽なる笹川京子、偽なる三浦ハル、偽なる畜生塚の順に、目が泳いで息ができなくなる。

 

「────やめて────」

 

 茫然自失となっているのは七海やちよも同様だった。か細い声で希うように頼んだ彼女だが、過去は変えられない。

 

 偽なる水泳の魔女が殺意を剥き出しにして瘴気の魔力を叩きつける。それは眼前の少女たちの死を意味していた。

 

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛────ッッ゛ッ゛!!!!!』

 

 本能的・反射的に、悪魔と七海やちよは雄叫びを上げて助けに向かおうとする。だが泥濘の魔手が足首を掴んで離さない。膝を登り腰に手を巻き、体を縛って肩を叩く。叫ぶ口を抑えて、目元は敢えて隠さない悪意を示し、額をグッと後ろに引き寄せるように力を入れて、闇の底に引きずり込む。

 

 偽なる水泳の魔女が、偽なる三浦ハルと偽なる雪野かなえのソウルジェムを割る。偽なる笹川京子はゾウに踏み潰されたアリのように潰されて肉塊が出来上がり血が飛び散る。偽なる安名メルはソウルジェムに穢れと濁りが充満し、ソウルジェムが割れてグリーフシードとなり、穢された魂は卜者の魔女と化した。

 

 そして悪魔と七海やちよの絶望に応えるように、偽なる畜生塚より生じる怨念の泥濘はその量を増やし、闇色の濁流となってウワサ空間の地表をさらう。

 

 ────次の瞬間、泥濘の底から、大規模な死ぬ気の炎が噴き上げられた。

 

『!!!』

 

 雪野カナエは思う。逆転勝利の願い事が作用したのだろうか。全身の細胞から死ぬ気の炎を噴出する悪魔が、襲い来る闇色の濁流を浄化していく。

 

「これが逆転勝利の呪い? ちがうな。これはただの────夜(・)の(・)炎(・)だ」

「なに!?」

 

 夜の炎。大空・大地・大海・宇宙、いずれのシリーズにも当て嵌らない、特殊な死ぬ気の炎。それは極限まで深まった復讐心によって発現すると言われているが、マギウスにとって詳細は定かではない。基本性質も熟練性質も不明。一方の悪魔は性質を熟知しているのか、夜の炎を使いこなせている。

 

「────」

 

 悪魔の額から黒橙の死炎が揺らめく。刹那、忽然と姿を消した悪魔は、雪野カナエの背後に回っていた。

 

「っ!?」

 

 マンドムファミリーはマギウスの報告から、既に悪魔の機動力はリサーチ済み。それなのに背後を取られた。橙色の死ぬ気の炎は熟練性質の噴射を使っているのだろう。だがそこに夜の炎の基本性質・加速が組み合わさって、さらなる機動力を得ていることまでは、想像がつかなかったようだ。

 

 しかし悪魔の狙いが鞄であることは瞬時に予想できた。ウワサを破壊して仲間を救出するつもりか。最短最善の思考。普通なら皆を助けようとパニックになり、泥濘をなんとかしようと手をこまねく。トラウマにより正常な判断が出来なくなり、そんな無様な姿が見られるはずだった。が、悪魔にその手の精神攻撃は利かないらしい。合理の極致は、常軌を屈する狂気の象徴なればこそ。

 

 雪野カナエの背中に蹴りが入り、悪魔の脚部筋肉が破裂する。噴射と加速が合わさった重力加速度に肉体が耐え切れず自壊を始めている。続けて鞄を焼き壊そうと両手を前に突き出して死ぬ気の炎を放射するが────

 

「────エンジェルス・オブ・ペイン(九大天使の嘆き)!」

 

 不意に宇木倉サヨコが、自らの腹部を朱槍で貫いた。その激痛が悪魔の痛覚と共有される。

 

「ぐっ……!? かはっ……ッッ!!?」

 

 悪魔の動きが一瞬停止する。その間際にマンドムファミリーは跳躍して距離を取った。

 

「────ねぇ、ツナ」

「!?」

 

 悪魔の前に、青音すずが立っていた。否、彼女から心を感じない。つまり偽物。幻灯機が投影する、ただの再現体だ。否、その前に彼女の肉体は既に滅んでいる。水泳の魔女は今も目の中で廻っている。何度も何度もその事実を再思考して確認する。でなければ頭がどうにかなってしまいそうだった。

 

「────やはり、さすがの悪魔も人の子か」

 

 雪野カナエが呟く。なぜなら目に見えて悪魔の動きが止まり、再び魔手に足首を掴まれて、偽なる青音すずから目を離せないでいるのだから。

 

「なんだよ、すず」

「!!?」

 

 悪魔の背後に、偽なる沢田綱吉が立っている。中学一年生の頃。まだ全然ダメダメだった頃。いや、今でもダメダメか。

 

「────あの……わ、私ね……」

 

 偽なる青音すずは何を言うのか。悪魔は今、自(・)分(・)が(・)何(・)を(・)見(・)せ(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)の(・)か(・)全(・)く(・)分(・)か(・)ら(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

 

「────私、お兄ちゃんを……兄(・)だ(・)と(・)思(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)は(・)一(・)度(・)も(・)な(・)い(・)」

『────』

 

 悪魔と偽なる沢田綱吉の表情がシンクロする。だが次の反応は全く異なっていた。

 

 悪魔は呟く。「なんだ……これ……こんなこと、言(・)わ(・)れ(・)た(・)覚(・)え(・)が(・)な(・)い(・)ぞ……」

 偽なる沢田綱吉は俯く。「そ、そうか……はは……ま、まあ、とうぜん、だよな……。っ……」

 

 それから偽なる沢田綱吉は、逃げ出した。

「あ、あのさ! 悪い! オレ、ちょっとこのあと、用事あるから……ま、またな!」

「え……あ、待ってよ、ツナ!」

「っ……!」

 

 悪魔は訝しむ。

 

(なんだ、これ……こんなことあったか……? 記(・)憶(・)に(・)な(・)い(・)ぞ……?)

 

 偽なる青音すずは泣いていた。

 

「ちがう……そんなつもりで言ったんじゃ、なかったのに……っ!!」

 

 偽なる沢田綱吉が憤る。

 

「もし、それが本当なら……どうして大好きな本当のお兄さんじゃなくて、ダメダメな義理の兄であるオレを生き返らせたんだよ! オレのこと、兄とは思ってないんだろ!? お前がそう言ったんじゃないか!」

 

 悪魔は思う。

 

(まさか……これは……す(・)ず(・)の(・)ト(・)ラ(・)ウ(・)マ(・)……?)

 

 目の中には光の受容体がある。幻灯機の灯りを悪魔が目にした時、目の中に廻る水泳の魔女がウワサの対象に含まれていてもおかしくない。ならば笹川京子のソウルジェムも同じことが言える。だが彼女のトラウマらしいトラウマはなかったように思う。

 

(それも当然か。笹川京子は願いを叶えた直後に死んだんだから。まだ平凡な日常だった時に、トラウマらしいトラウマは────)

 

 否、それは間違いだ。

 

「っ!?」

 

 闇色の鉄パイプが突如、どこからともなく飛来し、悪魔の額を貫通する。が、頭蓋骨を刳り貫く寸前のところでパイプを掴んで燃やしていた悪魔は間一髪、即死を免れていた。しかし額の皮は破られたために深い傷が残る。

 

(額の傷……笹川京子のお姉さんが、京子を守るため不良と戦って付けられた傷か……そういえばそうだったな。それから京子は、良子が喧嘩していないか敏感になったんだ……)

 

 悪魔は全身から噴き出す死ぬ気の炎の勢いを強くし、足首を掴む魔手を焼却浄化する。

 

「……随分な精神攻撃だ。記憶にない事まで再現するとなると、フェリシアがいたら大変だったな。マヨナカテレビのウワサ然り、トラウマ幻灯機のウワサ然り……これで確信した。今回のマギウスは前回と異なり、肉体の抹殺ではなく、精神の抹殺を狙っているようだな……」

「ご名答。それで、どうする? 男の世界的には、それを乗り越えてタイマン勝負を挑みたいのが本音なんだが……」

「いいぜ。乗ってやるよ」

 

 刹那、雪野カナエが持っていた鞄が破壊された。

 

『────────』

 

 それは、早撃ちだった。神速。神業。そう形容できる射撃の腕前。

 悪魔の右手には、いつの間にか拳銃が握られており、銃口から硝煙が立ちのぼっていた。

 

「夜の炎の熟練性質は転移。右手首のショートワープで匣(ボックス)兵器を開匣し、晴拳銃(ピストラ・ディ・セレーノ)の弾丸に活性と噴射と加速を織り交ぜて────撃(ぶ)ち抜いた」

 

「────素晴らしい(ブラーヴォ)」

 

 トラウマ幻灯機のウワサによって造られた闇の数々が崩壊する。

 

 ウワサ空間を蹂躙するように濁流していた闇色の泥濘は消失し、濁流から逃げられず飲み込まれていた魔法少女たちが地表に姿を現した。

 

 七海やちよ、環いろは、暁美ほむら。

 鼓星かずみ、綾野梨花、入名クシュ。

 二葉さな、名無し人工知能のウワサたるアイ。

 アリナ・グレイ、御園かりん。

 

 気絶していた環いろはとアリナ・グレイは、濁流とそれから解放された衝撃で目を覚ます。

 そこで雪野カナエが言った。

 

「回復を許そう。ソウルジェムをキレイにしてから掛かってこい。俺は正々堂々とした決闘を好む」

 

 悪魔は直感する。嘘はない。だが誠実な性格をしているのは雪野カナエだけだった。ほかの者はボスの言葉だから仕方なく従っているに過ぎず、特に宇木倉サヨコは今にもボスの命令を聞かず不意打ちで仕留めようかと考えており、虎視眈々と隙を窺っていた。

 

「全員、畜生塚の怨念を受けてソウルジェムがかなり穢れているだろう。すぐにグリーフシードで浄化して戦闘態勢を整えろ」

 

 限界は三十秒だ。無言のままそれを超えれば、寂しい心地に耐え切れない宇木倉サヨコが突撃してくる恐れがある。

 

 その時、悪魔の全身の細胞から噴き出す死ぬ気の炎が鳴りを潜めた。戦闘が一時中断されたことで逆転勝利の呪いが消えたのだろう。夜の炎も再び使えるか分からない。

 

 一方、暁美ほむらに手伝ってもらってソウルジェムを浄化していた環いろはは、地べたに這いつくばって小刻みに震えている七海やちよを発見した。どうにも様子がおかしい。明らかに恐怖で緊張している。気絶している間に何があったのか分からないが、濁流に飲み込まれている間、幻のような夢を見た気がする。それは闇色なのに灯りを持っていて、悪魔と七海やちよの周りで残酷なことが起きたのだ。具体的な内容は思い出せないが、自然と環いろはの目尻から涙がこぼれるほど悲しい話だったのは直感できる。

 

「……いろはちゃん。泣いてるの?」

「……うん。ほむらちゃんも、見たの?」

「濁流に飲み込まれた時に、少しだけ……」

 

 それは他の魔法少女も同様だった。だが感傷に浸っている場合ではない。鼓星かずみ、綾野梨花、入名クシュは浄化を済ませて立ち上がり、臨戦態勢を整える。

 

「ファ●ク……アリナが気絶するとか、あの子の認識をちょっと改めないといけないヨネ。それより────複製魔法少女が勢揃いってのはどういうコトなワケ?」

「先輩。あいつらいきなり現れて、デビ太郎と七海やちよに……たぶん、とてもひどいことをしたの!」

「アーハン? つまりまた灯花とねむの独断行動ってワケ? 流石に頭が痛いんデスケド……でもまあ追加戦力はサンキューだヨネ」

 

 そこで雪野カナエがまっすぐに告げる。

 

「アリナ・グレイ。我々は貴様と御園かりんも殺す」

「────ハ?」

「我々が受けた依頼は“悪魔の抹殺”だ。その依頼内容の中に“マギウスを抹殺してはいけない”なんてことは記されていなかった」

「……アー……そーゆー屁理屈で、またマギウスに楯突くワケ? またお仕置きされたい感じ(フィーリン)? 反乱作戦が失敗してアリナのキューブで監獄送りにされたこと、忘れちゃったのカナー? このクローン風情が……」

「…………」

 

 悪魔は速やかに状況を判断する。

 

「アリナ。ここは一時共闘と行こう」

「────ハ?」

「それとも三つ巴がお好みか? まずオレたちに倒されて、次にあいつらに殺されるのは、アリナのチームだと思うんだが」

 

 悪魔はちらりと御園かりんを見やる。その意図を察したアリナは、深い溜息をついた。すると御園かりんも馬鹿ではないのか即座に手を挙げた。

 

「かりんはデビ太郎チームに付くの! さすがにアリナ先輩と二人だけのチームは死ぬの! かなりの危険を感じるの!」

「フールガール! 勝手に裏切らないでほしいんデスケド!?」

 

 アリナ・グレイは心底頭痛がすると言いたげに頭をかいて立ち上がり、悪魔の傍らに並ぶ。

 

「そこのクローンピープル全員アリナのアートにするつもりだから、あまり邪魔しないデヨネ」

「礼を言う」

 

 その時、雪野カナエが悪魔に聞いた。

 

「ところで。ひとつ聞きたいことができた」

「……」

「なぜ、トラウマの濁流に耐え切れた。見て分かる通り、もはや七海やちよは戦闘不能だ」

「……さあな」

「所感だが、我々複製魔法少女は倫理観が外れている。故にオリジナルの魔法少女の記憶を保有していても、オリジナルが持っていたトラウマによって足を引っ張られるようなことはない。トラウマと感じる心・価値観がないのだ。つまり悪魔……貴様の倫理観や価値観は、いったいどうなっている?」

「ご想像に任せるぜ」

 

 悪魔は口角を釣り上げる。そして空なき天井を仰ぐと、予想通り宇木倉サヨコが動いた。

 

 一閃。激突膠着。悪魔の手のひらが朱槍の柄を掴む。もし朱槍を多節棍にして絡め取る動きを見せれば、次の瞬間には首を断つ。その殺気をちらつかせることで、宇木倉サヨコは下手な動きが出来なくなった。

 

「あらかじめ体内に内蔵されているからか、ペ(・)ル(・)ソ(・)ナ(・)と唱えなくてもスタンドを発現できるのが、お前ら複製魔法少女の強みだよな」

「っ……!」

 

                    ♪~Bad Life~♪

 

 悪魔は語る。それは先ほどの雪野カナエの質問の正式な返しのように思えたが、どこかズレた、別の誰かに向けたような言葉でもあった。

 

「……オレは、自分の人生がつらいものだとは思わない。なぜならオレの人生は、この先まだまだ続くからだ。“今日この日がつらいだけ”……“辛い日がちょっと続いているだけ”……どんなに悪(・)い(・)日(・)が続いても、だからって悪(・)い(・)人(・)生(・)にはならないだろ?」

 

 悪魔は直感する。今この言葉で最も心を動かされた魔法少女は────二葉さなであると。

 

「《施術》《叛逆》────《ウワサの心を開く鍵》」

 

 悪魔は余っている保存用匣を施術魔法で改造すると、そこに叛逆魔法を付与して一本のキーブレードを完成させた。

 

「さな。受け取れ。だがあまり期待はするな。アイの望み通り殺すつもりで突き刺せ。そして、それでもし死ななければ……新しい命を迎えてやれ。それは、お前にしか出来ないことだ」

(────────)

 

 悪魔は鍵を投げる。それを二葉さなが受け取った瞬間、鍵も透明化されて目に見えなくなってしまった。

 

「さて────始めるか? 雪野カナエ」

「ああ。サヨコの件の謝罪として先手は譲る」

 

 悪魔は手札を考察する。ここからはスタンドバトルが主軸だ。現在の悪魔は、笹川京子のソウルジェムに隠者のペルソナカードを挿入して《ゲットアップ(起きろ起きろ起きろ起きろ立ち上がれ!)》のスタンドを発現している。つまり悪魔自身は未だスタンドを使用していないのだ。天乃鈴音は複数のソウルジェムを有していたから複数のペルソナカード・スタンドを使えた。しかしそれは並々ならぬ精神力がなければ成し得ないことだ。

 

(オレと京子とすず……これなら三体のスタンドを使える。さらにハーフソウルリングも合わせれば……全部で十体。さすがにそこまで行くと容量過多で自滅するから基本一体、ギリギリで二体から三体が望ましい。となれば問題は────どんな取り合わせにするか)

 

 どんなハズレ能力を引いても、超直感で最適な使い方を直感する自信がある。故に恐れず使う。たとえスタンド複数使用により精神力が限界を迎えて意識を失いそうになっても、《ゲットアップ(起きろ起きろ起きろ起きろ立ち上がれ!)》や逆転勝利の呪いがあればなんとかなる。

 

「アリナ。一度に七人を相手にしても、お前なら少しくらい大丈夫だろう」

「────ハ?」

「やちよのところに行く。ちなみにオレのスタンド攻撃は────既に始まっている」

 

 いつの間に悪魔はペルソナカードを使用していたのか。剛毅のペルソナカードを水泳の魔女に与えており、恭弥アーデルハイトのハーフソウルリングには正義のペルソナカードを使っていた。

 

「《パーフェクト(君はそれだけで)》────《ビリーバー(超越者)》」

 

 悪魔の傍らに幼い人魚のようなスタンド像が現れる。能力は水を操る。直後、宇木倉サヨコの頭部が過剰沸騰して爆発した。

 

「水の割合が高いモノほど、操作性能が高くなる」

 

 年齢にもよるが、人間の体は約60%の水分で構成されている。つまり人間の体内水分に対する精密機動性はCランクといったところか。

 

 かくて戦いの火ぶたが切られる。宇木倉サヨコは魔力による再生で頭部を復活させ、手頃なアリナ・グレイに襲いかかる。他の複製魔法少女も動こうとしたが、雪野カナエの振り上げた手に制止されて困惑する。

 

「背を向けるとは愚かな……対等に闘え!」

「こっちはやちよがダウンして万全じゃないんだ……そんなに殴り合いたいならもう少し待ってろ」

 

 敵が決闘バカで助かったと思いつつ、悪魔は急ぎ七海やちよのもとに駆けつける。後方でアリナ・グレイと宇木倉サヨコの戦闘音。やがて我慢できず、ボスの命令を無視してアスカ、ナホ=キッツー、真燃ミトが飛び出した。狙うは悪魔。それを防ぐため鼓星かずみが応戦し、綾野梨花と入名クシュが参戦する。御園かりんはなるべく戦わず済むよう立ち回り、戦場から距離を取っていた。

 

          †

 

「あ……ああ……」

 

 悪魔は足を止める。眼下には自らの肩を掻き抱く七海やちよの哀れな姿。環いろはと暁美ほむらは心配して寄り添おうとするが────

 

「いやっ! 近付かないで!!」

 

 激しい戦闘音の中、七海やちよの悲痛な叫びが痛ましく響き渡る。

 

「や、やちよさん……どうして……」

 

 なぜ自分たちを拒絶するのか。環いろはには分からない。

 

「いろは……あなたも見たでしょ……? かなえもメルも、私のせいで死んだのよ!」

「で、でも、それはやちよさんのせいじゃ……」

「私のせいよ! どう考えても私のせいじゃない!」

 

 悪魔は腰に手をつけて片足を崩す。楽な姿勢で見下ろしながら、彼は冷たい言葉を吐いた。

 

「もしここにフェリシアがいたら、ヒステリックババアって言われるな」

「────っ!」

「悪魔さん!?」

「どうしてそんな、ひどいことを……」

 

 七海やちよは涙を流しながらキッと睨み、環いろはと暁美ほむらは言葉を選ばない悪魔の態度を非難する。

 

「今は戦闘中だ。時間がない。いいから……話してみろよ。なんでそう思うんだ」

 

 悪魔の問い。七海やちよは強ばった目つきで俯くと、静かに語りだす。

 

「私は願ったのよ。モデルの世界でうまくいかない時、みんなに置いていかれないよう……競争が激しい業界で生き残れるよう……キュゥべえに“一番になりたい”って……おかげで私は、今や神浜を代表するモデルになれたわ。でも、みんないなくなった。一緒に頑張ろうって約束したグループモデルの仲間を、結果的に蹴落とす形で……私は成り上がっていったっ! そんなつもりじゃなかったのに……私がどれだけ仲間を取り戻そうとしても、なぜかどんどん悪い方向に転がっていって……売れずに諦めて去る子、私より才能があるのに事故で顔を怪我した子、優勝者しか昇格できないコンテストで、家庭の問題があるからって理由で私に道を譲った子……数え上げればキリがない……でも、みんな優しいからこう言うのよ……“あとはやっちゃんに任せた”って……“夢を託した”って……!! そして、けっきょく────わたしは、ひとりに、なった……」

 

『…………────』

 

 七海やちよは小学生の頃からモデルを始めていた。その時から既にQB契約を交わしていた事を考えると、七海やちよの仲間は年単位でその顔ぶれが変わっていた事だろう。今までの仲間が離れては新しい仲間が増え、その仲間を結果的に踏み台にして新しかった仲間が去り、再び新しい仲間が入ってくる。その繰り返し。七年の死屍累々(つみかさね)。確かに思わずにはいられなかっただろう。────七海やちよは一位になるために、他者の運命を奪っているのでは? と……。

 

「それでも……モデルとしては独りになっても……私には魔法少女の仲間たちがいた……でも、かなえが死んでから……私は、かなえの魔法が使えるようになった……」

『……!?』

 

 環いろはと暁美ほむらは動揺する。それはどういうことなのだろうと。

 

「それはメルが死んだ時も同じだった。……その時に気付いたのよ。私は誰かを犠牲にして強くなる! 私の固有魔法は《犠牲成就》ッ!! 他者の運命、誰かの命を喰らい、貪欲に成長する、悪食の魔女なのよ────っ!!」

「そんな……魔女って、そんなこと……っ!」

 

 環いろはは違うと言い切ろうとするが、七海やちよは強く拒絶する。

 

「わかったら、もう二度と私のことを仲間だなんて言わないで。仲間じゃなければ、きっと私の非道な魔法は発動しないから……」

 

 その時、環いろはは全ての合点がいった。今まで七海やちよは頑なに仲間という言葉を使わず、助手や同居者といった言葉を使ってきた。それもこれも、環いろはをはじめとする仲間たちを失ってしまう恐怖(トラウマ)から来るものだったのだと、理解した。

 

 ならば、次に何を言うかは分かりきっていることだ。その心情を直感し、悪魔はニヤリと微笑む。

 

「いいえ。私はやちよさんの仲間です」

「っ!! なんで……なんでわかってくれないのよ!」

「やちよさんの気持ちは分かりました。だから今まで私たちのことを仲間と認めず、一線を引くというか……あくまで距離を置いていたんですね。でも私は、そんな魔法は信じません。やちよさんの魔法は、そんなひどいものじゃないってこと、私が証明してみせます」

「証明って……いろは……」

 

 そこで暁美ほむらが不安そうに質問する。

 

「いろはちゃん……どうするの……?」

「簡単なことだよ。現に私たちは死んでいない。私はずっと、やちよさんのことを仲間だと思ってました。ほむらちゃんや鶴乃ちゃんだって、みんなそうです。それでも力を合わせて生き残ってきた。なら、それが真実なんじゃないですか?」

「でも……これからだってこともあるじゃない……」

「そうですね。だから私は死にません。約束します。悪魔さんからも、死ねば意志しか残らないと言われました。やちよさんは……今まで去っていった人たちから“あとは任せた”って、夢を託されたんですよね? それでもやちよさんは、今とても悲しんで絶望している。それって、意志だけじゃやちよさんを救えないってことになると思うんです。だから……だったら……あとはもう、生きるしかないじゃないですか。私は生きて、やちよさんに悲しい顔をさせないようにがんばります!」

 

 環いろはのまっすぐな言葉は、知らず知らず七海やちよの面を上げさせていた。

 

 悪魔は思う。こぼれる涙は眉毛から直下に滴り、床に濡れる水滴の数に昔の仲間の顔を想起するためのものではなく……頬をつたうその熱さを生み出す少女を見上げるために流しても良いのだと……彼女は気付いてくれただろうかと。

 

「っ……ごめんなさい……いろは……それでも私は、怖いのよ……」

「……やちよさん……」

「もう誰も失いたくないの! だから、お願い……わかってよ……」

 

 トラウマ幻灯機のウワサにより掻き乱された心。そのダメージは大きすぎた。目の前で雪野かなえと安名メルの死を、再び間近で目撃してしまったのだ。もう一年前のことだと、数年前のことだと、徐々に風化する記憶の中で、それでも悪夢の中では鮮明に蘇る記憶の中で、忘れ去ることはできないが、それでも日々を生きることで心の整理がつき、割り切れるようになってきたと思っていたのに。まさか現実の中で、まざまざと同じ光景を繰り返し見せ付けられるとは思わなかっただろう。

 

 今の七海やちよには、まぶたの裏に焼き付いた二人の死の瞬間が、簡単に環いろはや暁美ほむら、百江なぎさや由比鶴乃の背中に置き換えることができるだろう。想像するだけで恐怖が頭脳を締め上げ、肉体を凝り固め、精神を針刺すように蝕む。魂は濁り、穢れ、もはや再起不能となっていく。

 

「────無理です。聞けません」

「っ!!」

「私たちにはやちよさんが必要なんです。無理に戦えとは言いません。でも、やちよさんがこんなんじゃ、私は敵に立ち向かえない。やちよさんを放っておくことができないんです!」

「っ……今回だけは、その頑固をやめにして! かなえもメルも、あなたと同じような事を言って死んでいった! もう嫌なのよ! 仲間を信じて現実に裏切られるのは────もう……!!」

 

 七海やちよは頭を抱えて地に這いつくばる。

 

「やちよさん!? 落ち着いてください!」

「触らないでって言ってるでしょ!!」

 

 交渉は膠着状態。戦闘中だというのに会話は平行線。

 かたや心が壊れて説得は効かず、かたや頑固(沈黙)すぎて説得は聞かない。

 

(強情なやちよのことだ。頑固ないろはを当てるくらいがちょうどいいと思っていたんだが……)

 

 環いろはは臆病だ。自分の情けなさを自覚していながら、その現実を直視すれば何も出来なくなるからと、誰の意見も聞かず、心の耳を塞いで目標に邁進する強さを持っている。だがその強さは、弱い自分を無視するが故の強さだ。すなわち弱い強さ。脆い強さとも言える。現に七海やちよの言い分を暁美ほむらは正しいと認めており、もし七海やちよの仲間になることで死の運命が舞い込むならどうしようと悩んでいるが、環いろははそ(・)れ(・)を(・)考(・)え(・)る(・)こ(・)と(・)が(・)怖(・)い(・)か(・)ら(・)七(・)海(・)や(・)ち(・)よ(・)の(・)意(・)見(・)を(・)無(・)視(・)し(・)て(・)い(・)る(・)。彼女の頑固さは、こういうところから来ている。

 しかし時には、その向こう見ずの蛮勇が、人によっては勇気の象徴として明るく映る場合もある。それが七海やちよになるはずだった。環いろはの頑固一徹な蛮勇に、勇気づけられるはずだった。

 

 それでもうまくいかないのは、やはりトラウマ幻灯機のウワサの所為と言うほかない。

 ではどうするか。

 だ(・)か(・)ら(・)悪(・)魔(・)は(・)訪(・)れ(・)た(・)の(・)だ(・)。

 

「やちよ」

「消えて! 悪魔の話なんて聞きたくないわ!」

 

 七海やちよのソウルジェムは疾うに真っ黒だ。それでもドッペル化しないのは、彼女の成熟した精神力が成せる技だろう。割り切りの良さとも言う。

 

 ここで絶望していても仕方がない。環いろはに当たり散らしても仕方がない。しかしどうにも心と体が動かない。そんな未熟な自分を呪っても仕方がない。なんとか奮起してもドッペルは発現する。ならばそれを受け入れてドッペルを制御下に置く。しかし後一歩がなかなか踏み込めない。どうせソウルジェムが黒く染まるなら早くしてほしい。ドッペル化すれば、感情を割り切り、この腸が煮えくり返る怒りをぶつけてやるのに……と。七海やちよは思っている。

 

「そんな……! やちよさん! 気をしっかり……! すぐにグリーフシードで浄化を────」

「やめてって何度言えば分かるの!? 私を独りにして────!!」

 

 悪魔は、七海やちよの心の隙を突く機会を窺っていた。幻灯機の闇によって打ちのめされた心のベクトルが、ほんの少し、人の話を聞くレベルまで落ち着くタイミングを狙って────悪魔は、暴れる七海やちよの肩を掴み、一条の涙痕が抉る頬を鋭くひっぱたいた。

 

『────!??』

 

 七海やちよの涙が弾けて、叩かれた頬が赤く腫れ上がる。

 

「やちよ。聞こえないのか。あいつらの声が!」

「────……?」

「今のお前をあいつらが見たらどう思う? 草葉の陰で泣いてるぞ! そんな姿を見せるために、お前はここまで生き残ってきたのか!?」

「……悪魔……? なにを……」

 

 七海やちよは呆けている。環いろはと暁美ほむらも、悪魔が何を言いたいのか思索を巡らす。

 

「やちよ。お前の魔法は《犠牲成就》なんてネガティブなものじゃない。本当は、もっと素晴らしいものなんだ」

 

 悪魔は湯国市の出来事(聖杯戦争)を思い出す。二度と詠唱してなるものかと思っていた呪文だが、それで七海やちよの心が少しでも洗われるならやるべきだと……誰かの為に、自分の二番目の恐怖(トラウマ)を克服した。

 

「そのために、やちよ。お前に、本当の魔法を教えよう」

 

 それは既に環いろはが教えたはずなのだが。と、呟いて、悪魔は七海やちよのソウルジェムを握り締めた。

 

          †

 

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