※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

208 / 260
【悪魔さんがバカにされるって、やっぱり全然想像できないです……】環いろは

 

 ────つんと頬に冷たさを感じる。一滴の雫が滴った感覚。崩壊したウワサ空間の頭上で雨漏りが発生しているのだろうか。ともあれ悪魔は、その場に座ってじっと動かない。暗闇の中では、額から灯る死ぬ気の炎が唯一の光源となり、七つのソウルジェムを持つが故に魔力パターンが誰よりも大きく、明かりのない海原を照らす灯台になるのだ。

 

 ちなみに悪魔は、テンションが超(ハイパー)死ぬ気モードに戻っている。四白眼ではなくなり、澄んだ瞳で俯いていた。

 

 ふと、あちこちでガレキをどかす轟音が聞こえる。魔法少女の膂力なら、数メートル大のガレキなんて簡単にどかせるだろう。しかし中には面倒臭がって、魔力による攻撃で無理やりガレキを破砕する者がいる。おそらくアリナだろう。そんなことしたら連鎖的にガレキが崩れてさらに埋もれてしまう。それを誰かが念話で咎めたのか、アリナらしき舌打ちが空間に響き、ガレキの撤去が一転して丁寧になる。

 

「よいしょっと────あ、悪魔さん! よかった……無事だったんですね!」

「落下してすぐに、そのヘッドフォンで呼びかけたのは懸命ね。みんなもこの座標に向かってきているわ。すぐにたどり着くでしょう」

「……」

 

 落下から一時間以上が経過して、最初に到着したのは環いろはと七海やちよだった。

 

 悪魔は落下時、ヘッドフォンを開匣して無差別に念話を飛ばしていた。内容はシンプルで“魔力パターンと死ぬ気の炎の灯りを探って自分のところまで来い”というものだった。

 

 そして悪魔は待機している間、適当なガレキの破片を集めて死ぬ気の炎で燃やしてみた。大抵のガレキは非可燃性だったが、中には燃えるものがあり、そういった可燃性のガレキを集めて焚き火を熾していた。

 

「暖かい……あちこち水浸しだったので、手足の指先が冷えて仕方が無かったんです。焚き火、ありがとうございます、悪魔さん。……まぁ痛覚遮断しているので、本当は冷えなんて感じていなかったんですけど……なんか、気持ち的に」

「それにしてもひどい壊れようね。真っ暗で何も見えなかったけど……灯りがあるといかに不安定な場所に居たのか分かるわ。がれきの撤去作業中によく崩れなかったわね」

 

 悪魔たちを火を囲み、ゴロゴロとした天井を仰ぐ。やがて撤去音と足音が近付いてきた。

 

「よっこいしょーっと!」

「あっ! 悪魔みっけ!」

「合流完了。それで、どうするの?」

 

 鼓星かずみ、綾野梨花、入名クシュが合流する。

 

「Bチームを待つ。それしかないだろう。下手に動いてガレキに潰されるのは洒落にならない」

 

 そこで七海やちよが問いかける。

 

「マヨナカテレビのウワサは気にしなくていいの? 今は深夜三時頃だけど……」

「ここは電波塔のウワサ空間だ。ウワサとして崩壊してはいるが、マヨナカテレビのウワサの領域からは脱しているため問題はないだろう。仮に囚われるとしても、いまさらほじくり返されて困るトラウマでもあるか?」

「……それもそうね」

 

 六人で火を囲む。

 

 やがて二葉さなとアイが到着した。

 

「あ……みなさん……」

「よかった。無事で何よりです」

 

 悪魔はアイを見やったあと、その左側に二葉さなの気配があることを直感する。

 

「アイ。さな。そっちも無事でよかった」

「あ、悪魔さん……その……アイちゃんのこと、ありがとうございます!」

 

 二葉さなは感謝を告げて頭を下げる。しかし悪魔は無反応。それもそのはず。悪魔に透明人間の声は聞こえない。それに気付いた二葉さなは、どうしようと慌てるが……。

 

「……、──どういたしまして」

 

 悪魔は感謝されたことを直感して受け答える。

 それに二葉さなは驚くが、アイから「悪魔は心が読めるのです」と説明される。

 

 八人で火を囲む。

 

 そこで悪魔が言った。

 

「さな。お前、みかづき荘に住まわせてもらえ」

「え……?」

「あなたはまた勝手に……まぁいいけどね。むしろ私の方から誘おうと思っていたところよ。ねぇ? 二葉さん」

「え? え?」

 

 二葉さなは思わぬ提案に驚いてうろたえる。そのへっぴり腰をアイが後押しした。

 

「さな。良いんじゃありませんか? ワタシは初めから、さなが悪魔と環いろは、どちらかを気に入れば良いと思っていました。さなの居場所を用意してくれるのは、きっとこのふたりだと見当をつけていたんです」

「アイちゃん……」

 

 二葉さなはこくんと頷く。それだけで彼女がみかづき荘の仲間入りを果たすことは、もう決定されたも同然だった。

 

「さなちゃん、よろしく!」

「いらっしゃい、二葉さん」

「……っ!」

 

 二葉さなは衝撃を受ける。人から優しくされたことなんて指で数えるくらいしかなかった。だから透明人間になりたいと願った。どうせ居ても居なくても変わらないのだからと。けれどそんなことはなかった。二葉さなを受け入れてくれる人は、アイをはじめとして、こんなにもいるものなのだと今、知ったから。

 

 ガラガラと音がする。最後の合流者が現れた。

 

「あ、ようやく見つけた!」

「……」

「デビ太郎~! もう死ぬかと思ったなの~!」

 

 暁美ほむら、アリナ・グレイ、御園かりんの三人である。

 

「さて、これで全員揃ったな。あとはBチームを待つだけだ。おそらく長丁場になるだろうから寝た方がいいぞ。──クシュも朝になるようだったら責任を持って家に送るから安心して寝てくれ」

「ありがとう」

 

 といっても、その場所は寒かった。毛布がなければ、とてもじゃないが横になろうとは思わないだろう。環いろはが“あちこち水浸し”と言っていたように、ウワサ崩壊空間には水気が充満していた。湿度もかなり高い。

 

「ナッツ」

 

 悪魔は開匣する。大空の炎をソウルジェムに灯すナッツが出てきて、周囲に死ぬ気の炎を放出して暖気を充満させた。

 

「……かわいい……」

 

 綾野梨花がつぶやく。

 そこで悪魔は直感した。ここは暗く寒い場所。いつ助けが来るかもわからない遭難状態。少しでも心が安らげる存在が必要だろう。

 

「チーズ、武蔵」

 

 魔法動物を次々と開匣する。

 

「こいつら暇だってうるさいから、手持ち無沙汰な奴は相手してやってくれ」

 

 人懐っこいチーズは一人ひとり見て回り、撫でられに行く。武蔵は空を飛び回り、時々だれかの肩に止まる。

 

 そうして十(・)人(・)で焚き火を囲む。

 

「ほら先輩! そんな遠くにいないで、こっちきて火を囲むの!」

 

 御園かりんが手招きする。その愚かな行為にため息をついたアリナ・グレイは、頭をかいて自分の立場を説明した。

 

「ハァ……フールガール。アリナは一応そいつらと敵対しているんダヨネ……さっきから七海やちよが警戒してるから、こっちも迂闊に休めないし……そういう空気を察する力はないワケ?」

「敵対……? そういえば、なんで先輩はいろはちゃんと戦ったのか、かりん全然わからないままなの。デビ太郎、教えてなの!」

「マギウスという組織がある。そこには三人のリーダーがいて、そのうちの一人がアリナだ。マギウスは非人道的な行いを繰り返しているため、オレたちと敵対している。つまり、いつも通りだ」

 

 御園かりんは「そうなのー」と納得する。アリナ・グレイがクズであることは分かりきっていることだ。特に疑問を挟む事はない。

 

「……フールガールのくせに物分りが良すぎるのも考えものだヨネ」

「でも……なんで先輩は、そんなマギウスなんかをやってるの? ……あ、やっぱいいの。愚問だったの。どうせアートのためなの」

「当たり前ダヨネ。アリナがアート以外のために活動すると思ってるワケ?」

 

 そこで悪魔が付け加える。

 

「このようにマギウスは自分勝手な連中だ。それを示すように、マギウスは魔法少女の救済や慈善事業を謳っているが、その代わり一般人を生贄にしていることは部下たちに秘匿している。だからマギウスの手下たちは、みんながみんなクズとは限らない。本当に良い組織だと思って加入している者が大半だ」

「あ……悪の組織なの! 完全にマッドなの! かりんは自分の目で見るまで信じないタイプだけど……今回の件を見れば一目瞭然なの……!」

「かりんも勧誘されたら気をつけろ。軽く洗脳されて敵対されても、オレは普通にぶっ飛ばすからな」

「洗脳……いよいよ笑えなくなってきたの……」

 

 御園かりんは心底蔑むようにアリナ・グレイを見つめる。だがそれはアリナがなにかやらかした時に向ける目と同じであるため、つまりはいつも通り。彼女たちにとっては恒例行事とも言えた。

 

「……でも。デビ太郎はそれを知ってたの? なら、なんでアリナ先輩と仲良くしていたなの?」

「それはアリナにも言えるだろう。聞いてみたらどうだ?」

「先輩! これはどういうことなの!?」

「どーもこーもないワケ。単なる利害の一致。それ以外に理由とかナイカラ」

 

 そこで七海やちよが問いかけた。

 

「あなた……アリナと会ったりみふゆと会ったりしてることは知ってたけど……何を考えてるの?」

「和解の道を探しているだけだ。少なくともアリナとみふゆは、マギウスを心から崇拝しているわけじゃないからな」

 

 不意に鼓星かずみのお腹が鳴る。“ギュルルルル”と甲高い音が崩壊ウワサ空間に鳴り響く。

 

「……お腹すいた。ねぇやちよ、そこらへんのガレキを料理しちゃダメかな……?」

「ダメよ。崩れてきたらどうするの。既に不安定だっていうのに」

「うー……じゃあ寝る! おやすみなさい! お腹鳴るの嫌だから起こさないでね!」

「あ……かずみちゃん。私のマントを下に敷くといいよ」

 

 七海やちよに諭された鼓星かずみは、環いろはのマントの上で丸くなる。

 

 

 

 それから一時間が経過した。現在時刻は未明四時頃。まだ救助隊がやってくる気配はない。

 

 そこで暁美ほむらが聞いた。

 

「あの……やちよさん。今ちょっと思ったんですけど。ここ、酸素って大丈夫なんでしょうか……?」

「たしかに、酸素が少ないと焚き火は危険よね。でもどこからか風が来ているみたいだし、しばらくは大丈夫じゃないかしら?」

「そうですか……」

 

 さらに暁美ほむらは、申し訳なさそうに、そして不安そうに問いかける。

 

「あ、それと……悪魔さん。どうしても不安になっちゃって……聞きたいことが……」

「なんだ」

「Bチームの人たち、はたしてここを見つけられるんでしょうか……?」

「神浜セントラルタワーから来れば、オレたちを見つけられるはずだ。しかし電波塔のウワサ空間は崩壊しているため、オレたちを見つけるための出口が消滅している可能性がある。マヨナカテレビのウワサ経由で来ることも難しいだろう。その場合は万年桜の知識を頼りにするしかない」

「……」

「まぁ心配するな。ここにはアリナもいる。マギウスの翼が捜索しに来る可能性も高い。ウワサは向こうの方が詳しいんだから、アリナが助けられるついでに、こっちも脱出しちまえばいい」

「あ……なるほど……じゃあ希望はないわけではないんですね?」

「ああ。それにもしもの時は、オレの助太刀魔法で全員を無理やり外に飛ばす。だがそれは最終手段だ。魔法少女じゃない奴が魔法を使うと消耗が激しい。これは最後の選択肢にさせてくれ。今すぐ脱出できなくても、別にどうこうなる話じゃないからな」

 

 悪魔は魔法を使うと寿命が縮む。それを知る暁美ほむらは納得して頷いた。そして安堵する。しかし、それでも自力で何もできないというのは、かなり不安なものだ。それはほかの者たちも同じだったが、今は耐えるべき時だと気を強く持つ。

 

 

 

 そうして更に二時間が経過した。朝方の六時頃となり、入名クシュがウトウトとし始める。そして隣にいた綾野梨花の肩に頭が落ちて、そのまま健やかな寝息を立てた。

 

「わっ!? クシュちゃん……?」

「クシュは願い事のせいで昼夜逆転している。朝になると睡魔が襲ってくるんだ」

「そうなんだ……」

「梨花も眠いだろ。寝ていいんだぞ。かりんも仮眠を取っているし……」

「うん……でも、何かあったとき動けた方がいいと思うから……ありがと、悪魔」

「そうか」

 

 悪魔は目を瞑る。彼は大きなガレキの壁を背にしており、片足を立たせて膝に腕を垂らすように置き、楽な姿勢で休んでいた。

 

 

 

          ♪~Slow Down~♪

 

 

 

 そこで環いろはが問いかける。

 

「あの……悪魔さん」

「────」

 

 悪魔は、彼女が何を言いたいのか直感する。

 

「その……例の件なんですが。私はどうやらアリナさんと引き分けたみたいで……」

「……」

「私(・)が(・)勝(・)っ(・)た(・)ら(・)悪(・)魔(・)さ(・)ん(・)の(・)こ(・)と(・)を(・)教(・)え(・)て(・)も(・)ら(・)う(・)という約束でしたよね。だから教えてもらえないことになるわけなんですが……その、私、これでもちょっと頑張って引き分けに持っていったので……せめて、その部分だけでも……あの……」

 

 環いろはも無理な願いだとは自覚しているのか、恐縮して問いかける。

 

「随分と都合のいい話だな」

「それはっ……はい……すみません……でも私、悪魔さんのことが知りたいんです! 勝てなかったので全部じゃなくていいです! 引き分けたぶんだけでも、ちょっとでもいいから……」

「何が聞きたいんだ」

「!」

 

 環いろははチャンスと思って、何を聞くか考える。だがいざ考えると、何を聞けばいいのかよく分からない。悪魔のことを知るためには多くの質問が必要だが、この様子だと一回の質問しか許されないかもしれない。そう考えると、いかに一度の質問で悪魔の情報を引き出すか悩むことになり、無言の時間が続いていく。

 

「……じゃあ、悪魔さんは、なんで悪魔って名乗るんですか?」

「恥ずかしいから答えたくない」

「ぐっ……」

 

 出鼻をくじかれた。

 しかしこうなれば環いろはは、ガンガン切り込んでいく。悪魔の意見なんか聞かず、見ず、頑固一徹でアタックする。

 

「では、ずっと気になっていたんですが。目の下のクマがひどくないですか?」

「そうか?」

 

 そこで綾野梨花が賛同する。

 

「そうだよ。悪魔がうちの学校に来た時も、目の下にクマがある男子、って覚えられてたよ。あまり寝てないんじゃないの?」

「……」

 

 悪魔は無言を突き通す。数日寝てないと伝えれば確実に怒られる。余計な口論は避けたい。

 

「悪魔さん! 腹を割って話しましょう!」

「その勇ましさは、実際にアリナに勝って言ってもらいたかったな」

 

 悪魔の皮肉。環いろはに「ぐぅ」とダメージ。

 

「そもそも、なぜオレを知りたがる」

「そんなの……仲間だからに決まってるじゃないですか」

「話したくない過去があるのかもしれないぞ」

「それは……私たちの仲なら話してくれると信じています!」

 

 七海やちよは苦笑する。もし自分が洗いざらい打ち明けていなかったら、この環いろはのアタックを今、自分が受けていたかもしれないのだから。

 

「悪魔。もう観念したら?」

「観念もなにも。オレの過去に関することなら、ある程度はもう察しているんじゃないか」

 

 それはその通りだ。トラウマ幻灯機のウワサで見たものは、実に悲惨な光景だった。今までの悪魔との会話でちょこちょこ悲しい過去があるのは知っていたが、実際の光景を見ると想像を絶していたと言わざるを得ない。そう環いろはは思う。

 

「確かに人には話したくない過去があるのかもしれません。でも私は、その人の過去というより……なんでそんな行動をするのか……それが知りたいんです。きっとそれが過去につながるだけで……だから、話したくないなら、過去については無理に聞きません。ただ、もう無茶をするのはやめてほしいんです……私たちをもっと頼ってほしいんです! ですから、なんで無茶をしてしまうのか教えてください!」

「無茶をしなければ助けられないからだ」

 

 それは再三、悪魔が口にしていた事だった。ここまで明確に口にした回数は少ないだろうが、言外の態度で伝わってはいただろう。特に確殺賭博場ミネルヴァが良い例だ。一人で全てを解決しようとする。裏を返せば、そうしなければみんな死んでしまうような事態が相次いだからだ。

 

「────なら、また私たちの家庭教師になってください!」

「えっ」

 

 暁美ほむらが声を上げる。“私たち”……もしや自分も含まれているのか。強くなりたくないのかと言われれば否だが、あのスパルタを思い返すと、かなり億劫になってしまう。

 

「わかった」

『────え?』

 

 意外とあっさりとした返事。環いろはと暁美ほむらは気の抜けた声が出る。

 

「カナエ……。複製魔法少女の方のカナエと戦って、少し考え直したんだ」

 

 そこで悪魔はハッとして七海やちよを見る。

 

「あぁ。あの二人ならここに落ちたあと“役目が済んだから”と言って消えたわ。でも今ならハッキリと分かる。かなえもメルも、私の魂の中にしっかりと刻まれているわ。次また呼び出せるかは分からないけど……きっとものにして、また召喚してみせる」

「……そうか」

 

 悪魔は微笑むと話を戻す。

 

「ここを脱出したら、ちょっと大掛かりな事をしようと考えてる」

「大掛かりなこと……ですか?」

「まぁ見てのお楽しみだ。かなり騒がしいことになると思うがな」

 

 悪魔は思う。男の世界とやらは全くピンと来ないが、敵が殺しに来ているのに甘えた考えでは、ただ殺されるだけだ。というのは、全くその通りだと認めざるを得ない。

 

 では、どうするか。

 悪魔は独りで全てを守れるほど器用じゃない。ならば最低限、自分の身は自分で守れる強さを身につけてほしい。だがその最低限は既にクリアしている。────と、思っていた。確かに魔女との戦いは殺し合いだ。しかし敵が人間になれば話は違ってくる。魔女なら躊躇なく倒せても──その正体が魔法少女だと分かっても、ある程度は今までの慣れでなんとか戦えるが──相手が人間なら、まともな感性な奴ほど動揺してしまうだろう。

 

「オレは……そんな簡単なことすら、見落としていたんだな」

『……?』

 

 あまりにも、人(・)と(・)の(・)殺(・)し(・)合(・)い(・)に(・)慣(・)れ(・)す(・)ぎ(・)た(・)。魔女が魔法少女であることを最初から知っていた経験も大きいだろう。悪魔は魔女を怪物と思ったことは一度しかない。すぐに怪物の正体が魔法少女だと分かってからは、心を鬼にして魔女を殺してきた。超直感が働いて魔女の悲痛な声が聞こえてきても、時に涙を飲んで無視した。やがて何も考えないように……自分の心を守るため、あらゆることから逃げてきた気がする。

 

「だから……もう逃げない。辛い現実とちゃんと向き合って、一生懸命に戦うよ」

「……悪魔さん……」

 

 環いろはは、ようやく悪魔が分かってくれたのかと思う。だがそれは間違っている。悪魔は基本的な方針を変えるつもりはない。むしろ、より今までの方針を堅固とした。

 

(マギウスは本当に危険だ。だからオレが独りで潰す。しかしオレがマギウスと戦っている間に、みかづき荘のみんなを人質に取られたりすると面倒だ。そういった展開を避けるためにも、人質に取られることがないくらい強くなってもらわなきゃ困る。つまり、みっちり鍛え上げる必要があるだろう)

 

 ふと環いろはと暁美ほむらは怖気がする。悪魔の視線を受けて、なぜか戦慄(ゾッと)してしまった。あの恐ろしいスパルタ教育が思い起こされる。

 

(それに……キリサキさんの件は、今でも悪夢で見る。おそらく四番目か五番目のトラウマだ。一夜にして大勢が死んだ。強き者が弱きを一方的に喰らう、弱肉強食の摂理を見た。そういう積み重ねが……今のこの発想を生んだんだろうな……み(・)ん(・)な(・)を(・)守(・)る(・)必(・)要(・)が(・)な(・)い(・)く(・)ら(・)い(・)徹(・)底(・)的(・)に(・)鍛(・)え(・)上(・)げ(・)る(・)というアイデアを……)

 

 悪魔は星を見る。俯いている暇はない。手段を選べる期間は限られている。なんならもう遅いかも知れない。だから今できることを全て叩き込む(やりきる)。それが強者(先達)の義務だと思うから。

 

「話は終わった? それなら私からもいいかしら」

 

 七海やちよが悪魔に問いかける。

 

「悪魔契約について教えて。前々から気になっていたけど、あなた一度も口を割らないじゃない」

「……。一応、守秘義務があるからな。契約者に対して不名誉な真実を無責任に広めるわけにはいかない」

「不名誉?」

 

 その発言の時点で、何かいかがわしい事をしていると告白しているも同然だった。

 しかし少し調べれば分かることだ。七海やちよなら悪魔契約した者を探して聞き出すことは造作もないだろう。それをしないのは、単にウワサの調査を優先しているだけだ。

 

「きっと打ち明けたら幻滅される。という恐怖も一割ある。だが基本的には契約者の名誉のために話さないだけだ。黙っているのはそれだけのこと。そして黙るということは、それだけのことをしているということだ。なんなら、ももこにでも聞けばいいじゃないか。今のやちよなら、ももこも許してくれるだろう」

「……そうね。私はももこをみかづき荘から追い出した。それについて、きっちり理由を話して謝る必要があるわね……」

 

 悪魔は話を逸らすことに成功する。

 

「悪魔さん」

 

 だが環いろははごまかせなかった。今日の彼女は少し押しが強い。

 

「悪魔契約についてはもういいだろう。オレが無茶をしないための方法も考えてあるし、そろそろ別の話をしようぜ」

 

 そう言って悪魔は議論を放り投げる。丸投げされた環いろはは、何を話そうかと考える。そこで悪魔が適当に口にした。

 

「たとえば、これからさなと住むことになるんだから、好きな食べ物とかでも聞いたらどうだ」

「あ、それもそうですね」

「わ、私ですか……!」

 

 環いろはと二葉さなの会話。時々七海やちよと暁美ほむらも混じり、みかづき荘の話に花が咲く。

 

 やがて話題は学校関連に変わり、なぜか“自分はクラスで浮いているかどうか”という話になる。主に二葉さなの日常を聞き出していたら、自然とその話になったようだ。といっても二葉さなは雰囲気が暗くならないよう必死に弁明し、もう過ぎたことだからと話を気軽な方向に変える。そしてクラスで浮いている件について、環いろはと二葉さなは思うところが同じで、お互いにコミュニケーションが苦手だとわかった。

 

 その話を聞いていた綾野梨花は、環いろはや二葉さなが周りから無視されてきたことに憤り、どうすればそんなことにならないか一緒に相談を始める。いつのまに会話の輪に入っているのは、さすがコミュ強のギャルといったところか。そして話を振られた七海やちよは大人らしい淡白な対応策を返し、暁美ほむらはそもそも学校経験が少ないので参考にならなくてごめんなさいと謝る。やがて悪魔に視線が注がれた。

 

「悪魔さんは、クラスで浮いてしまうとか、何かそういったことはありますか?」

「オレか? うーん……どっこいどっこいだな」

『?』

「オレは基本、クラスでバカにされていたからな」

「……えっ!? バカにって……そんな……」

「驚きすぎじゃないか?」

 

 環いろはは「想像できない」と首をかしげる。七海やちよも興味深そうに見つめていた。

 どうやら今の悪魔の雰囲気は、とてもクラスのみんなにバカにされるような人間には見えないようだ。

 

「まあ……学校に通わなくなって旅をしてから一年あまり……その間に色々あったからな。いま並中に戻っても、オレだと気付く奴は少ないかもしれない。気付いたとしても、あまりの変わりように腰を抜かすだろうな。いや、基本あいつらもバカだから、すぐ馴染むだろうけど」

 

 そこで二葉さながおそるおそる問いかける。悪魔は超直感を活用して円滑に応えた。

 

「あの……もしかして、いじめられてたんですか?」

「いや。あー……まぁそんな時もあったかもしれないが、基本的にほかの奴らもバカばっかりだったからな。体育祭では男連中は乱闘が当たり前だし、むしろ乱闘が花形だし。いじめって言っても、たぶんお前らが思ってる陰湿なものとは全然違うから気にしなくていいぞ。まんまギャグマンガのノリみたいな感じだな、うちの学校は。細かいことなんて毛ほども気にしない連中だし」

「そうですか。でも……悪魔さんがバカにされるって、やっぱり全然想像できないです……」

「まぁ……死ぬ気じゃない普段のオレを見たら、なんとなく分かると思うぞ?」

 

 興味深い話を聞いたと言いたげに、環いろはは頷く。

 そこで二葉さなが呟いた。

 

「でも私は……居ないものとして扱われるより、まだバカにされた方がいいなぁ……」

「そうか? 隣の芝生はなんとやらだ。オレはバカにされるたび穴に入りたい思いをしたぞ。それこそ何度、透明人間になりたいと思ったことか。透明人間になれば、どんなダメダメなことになっても、誰も見ていないから恥ずかしくないしな」

「そうですか……どっちにしろ辛いのは変わらないってことですよね。私もバカにされるのは慣れていますけど、それはそれで辛いものがありますし……。……あっ、す、すみません! また暗くなってしまって……!」

 

 二葉さなは話題の転換を図る。そこで悪魔が聞いた。

 

「アリナはどうなんだ? お前、かなりクラスで浮いてる方だろ」

「……なんでこっちに振ってくるワケ?」

「ヒマそうだったから」

 

 アリナ・グレイはクラスでの自分を思い出す。……思い出すという工程が必要ということは、つまりそれほどクラスに頓着していないということだ。

 

「たしかに世のジーニアスは基本フロートするものダヨネ。でもそれは周りがフールだカラ。そうと分かってるなら、わざわざ羽虫の愚痴に付き合う必要ないヨネ。エンヴィーほどノイジーな害虫はないワケ」

「それもそうだな。孤高の天才ってやつか?」

「好きに呼べば? アリナは誰がなんと言おうとアリナであることに変わりないんダカラ」

 

 アリナ・グレイはガレキの上で、後頭部に両手を置いて足を組んで仰向けに寝ている。

 

 その時、天井の隙間からパラパラと砂粒が降ってきた。今度は陽の光がうっすらと射し込み、ガラガラと崩れるような音がする。

 

「やちよ。魔力パターンは?」

「鶴乃たちだわ。ようやく見つけてくれたのね」

「全員、天井が落ちてきた時に備えて必殺魔法の準備をしろ。上からいちいち撤去していたら日が暮れる。きっとフェリシアあたりが暴走して叩き壊すだろうから、押しつぶされる前に、こっちも火力でぶっ飛ばして一気に飛び上がる。いいな?」

「結局そうなるのね……それなら最初から火力に物を言わせても良かったんじゃないの?」

「上からの救援があるのとないのとじゃ安全性が大違いだ。少なくともなぎさのシャボン玉は欲しいところだ」

「それもそうね。あの子のシャボン玉に入っていけば、隙間から出ていけるし」

 

 悪魔と七海やちよの言う通り、百江なぎさのシャボン玉がフワフワと降下してきた。遮断魔力で覆ってあり、悪魔は大空の炎の調和で穴を開けて、綾野梨花と入名クシュ、鼓星かずみと暁美ほむら、二葉さなとアイを入れる。

 

「シャボン玉はあと一個か……アリナ、かりんを連れて中に入れ」

「……敵の魔法の中に入るほどバカじゃないんデスケド」

「つべこべ言うな。一時共闘は継続中だろ? アリナに死なれると困るんだ。それとも自分の結界魔法で上がるのか? そんな角ばったキューブで隙間を縫っていけるかは甚だ疑問だが。まぁいい。入らないならかりんを突っ込むだけだ」

 

 悪魔は、熟睡している御園かりんを抱き上げて、シャボン玉の中に寝かせる。するとアリナは大きなため息をついて降り立ち、黙って御園かりんと同じシャボン玉の中に入った。なんだかんだ言って御園かりんが心配のようだ。

 

「さて、いろは、やちよ。残ったオレたちは火力組だ」

「でも……まだ途中でシャボン玉の人たちが浮かんでいたら、巻き込んで割っちゃうかも……」

「関係ない。シャボン玉ごと空に舞い上げればいいだけの話だ」

 

 そこで七海やちよが大規模な魔力反応を感知する。

 

「っ! あの子……! 気をつけて、フェリシアのハンマーが来るわ!」

「そら来た。あとで叱る必要があるな。さて、やちよは遮断魔力で自分といろはの体をコーティングしろ。間違っても硬化魔力は使うなよ。オレがイクスバーナーで吹き飛ばす」

「あなたは!?」

「もちろん飛んでいく。脱出が無理そうだったら助太刀魔法で適当に飛ぶから、とっとと脱出してくれ。お前らが遅れるぶん、しんがりは脱出チャンスが潰れるんだからな」

 

 悪魔はグローブに死ぬ気の炎を蓄積する。両手の拳を突き合わせて腰を屈め、上空に狙いをつける。直後、深月フェリシアの必殺魔法が炸裂した。天井より先にあるガレキが木っ端微塵と砕かれる。シャボン玉は遮断魔力で覆っているため、ある程度の衝撃は耐え切れるだろう。だが万が一ということもある。ここは一気にガレキを消し飛ばし、その勢いでシャボン玉を押し上げた方がいい。

 

「雲の炎と調和したイクスバーナーなら、闇属性のシャボン玉を割らずに済み、木属性のウワサ空間のガレキだけを消し飛ばせるはずだ。────行くぞ!」

 

 環いろはと七海やちよは飛び上がる。同時、悪魔はイクスバーナーを上空に撃ち込んだ。

 

 橙色と紫色の死炎が轟々と噴き上げ、あらゆる障害物を焼き尽くし、環いろはと七海やちよとシャボン玉を上空に押し上げる。

 

「────よしっ!」

 

 イクスバーナーを撃ち終わり、上空を確認しつつ飛び上がる。ガレキは半分ほど消し飛ばした。全員上空に打ち上げられて脱出も完了。悪魔は死炎噴射で降り注ぐガレキを避けながら飛行し、電波塔の最下層から最上階へと一気に進みゆく。

 

 そしてウワサ空間と現実空間を区切る空間位相の狭間を乗り越えれば────景色は一転。

 

 朝七時頃の青空が広がっていた。そこは神浜セントラルタワーの上空。中央区の街中が隅々まで見渡せる。下を見ると、ヘリポートのある屋上で由比鶴乃、深月フェリシア、百江なぎさ、環うい、万年桜、黒江、凪、リリスたちが見上げていた。

 

「うおおお!」「なんか飛び上がったぞー!」「クマ吉!」「みんな!」「│無事みたい│」「良かった……」「ボス!」「モキュー!」

 

 反対に上を見ると、そこには落下する環いろはと七海やちよ、そしていくつもの巨大なシャボン玉がフワフワと舞い降りていた。

 

 一足先に悪魔は着地する。続いてシャボン玉が屋上に着地し、その中からぞろぞろと出てくる。

 

「こ、怖かった……」暁美ほむらは膝が笑っている。

「なんかアトラクションみたいで楽しかったね!」興奮する綾野梨花。

 

 そこで悪魔が礼を言う。

 

「Bチーム。助かった。Cチームは一足先に帰ったのか?」

「あ、はい。グリーフシードでソウルジェムを浄化して、ケガも魔力で治して、全員おうちに返しました」

 

 黒江が報告する。

 

「そうか。みんなにも礼を言わなきゃな」

 

 悪魔は一息つく。

 

 

 

 そして────

 

「さて」

 

 悪魔は気配を感じていた。それは七海やちよも同じこと。否、七海やちよは魔力パターンを感知できるため、悪魔よりずっと早く気付いていたかもしれない。

 

 神浜セントラルタワーの屋上にある出入り口から、梓みふゆが現れる。

 

「……みふゆ」

「やっちゃん」

 

 アリナ・グレイは、起きたばかりで目をこする御園かりんを置いて自然と歩き出し、梓みふゆのそばに戻る。

 

「アリナさん! 心配したんですよ!」

「色々と予定外なことが起きたワケ。文句があるなら灯花に言ってヨネ。複製魔法少女関連は灯花の管轄デショ」

 

 その言葉を聞いた環いろはと環ういは絶句する。分かっていたことだが、どうして里見灯花は危険な複製魔法少女を使ってまで悪事を働くのか。まったく分からない。

 

「ところでアリナさん。悪魔を捕まえるという任務は?」

「見て分からない? どう考えても失敗なワケ。環いろはのせいで邪魔されたんダヨネ。複製魔法少女が殺しに来るから対処しないといけなかったし……ようやく戦いが終わっても、もうボロボロで魔力も少ないから、無理だと判断して諦めたワケ」

「そうですか……ともかく、これ以上なにかあって、三人いるマギウスの一人を失うことは避けたいです。撤退しましょう」

「オフコース」

 

 そこで深月フェリシアが叫んだ。

 

「ちょっと待てよ! マギウスって悪い奴らなんだろ!? 放っておいていいのかよ!」

「フェリシア。こっちはボロボロなのよ。今回は引き上げましょう」

「やちよ! それならあいつらだって同じじゃんか!」

 

 そこで悪魔が止めに入る。深月フェリシアの頭を抑えて撫でてなだめる。

 

「うわっ!」

「落ち着け。みふゆは敵じゃない」

「はぁ!?」

「そうだな……漫画で例えるなら、最後は主人公に惚れて裏切るタイプの悪の女幹部だ。あるいはスパイかな? だから放っておけ。少なくともオレがそうしてほしい」

 

 深月フェリシアは唸り声を上げる。そこで梓みふゆが、この前の仕返しとばかりに皮肉を口にした。

 

「狂犬を手懐けるのも大変ですね」

「雑魚のカウンセリングをやっているお前ほどじゃないさ」

 

 梓みふゆの眉間に血管が膨れ上がる。

 

「みふゆ。デビルボーイ相手に口論は不毛だと思うワケ。人生で最高に言われたくない言葉を並べられたくなかったら無視が一番ダヨネ」

「っ……そうですね。私としたことが無意味なことをしてしまいました。さぁもう帰りましょう」

「あぁそれと、そこのキンパツ。どうしてもアリナとやりたいなら相手してあげてもいいんデスケド。一瞬でキューブに捕まえて終わりダケドネ」

 

「あぁん!?」

「アリナの言う通りだ。お前の尻拭いをする方の身にもなれ。強くなって見返したいなら修行に付き合ってやる。だから今は抑えろ」

 

 深月フェリシアは「ガルルルル……」と唸る。確殺賭博場ミネルヴァの一件で、完全にマギウスを悪の組織と認定してしまったようだ。間違いではないが、だからと言って考えなしにたたきつぶしていい相手ではない。それに敵の戦力もバカにならないため、返り討ちに遭うのがオチだろう。

 

 梓みふゆは跳躍し、アリナ・グレイと共に地上へ飛び降りる。

 

「……五割か」

「え?」

 

 ふとした悪魔のつぶやき。全員が首をかしげ、深月フェリシアが聞き返す。

 

「揺れている。みふゆは今、マギウスに希望を持っているが、もしオレたちの希望がそれに勝るなら……こっちに着こうと考えている。だがアリナとの戦いで疲弊する程度なら希望にはなりえない。今回は例外が発生したから評価しないが、それでも少々期待を損ねてしまって三割方に低下した……というところか」

「な、何の話だよ……あいつ、こっちに寝返りたいのか? マギウスって魔法少女の救済を宣伝してんだろ? ってことは、あいつ自分が助かりたい一心で、どっちに着くのか選ぶのかよ」

「そうじゃない」

 

 悪魔は梓みふゆの立場を説明する。

 

「既にみふゆは大勢の羽根の命を背負っている。自分ひとりの考えで簡単に物事を決められる段階ではもうないんだ」

「あぁ? うぅ……よくわかんねぇよ!」

 

 ならばと悪魔は、深月フェリシアにとって分かりやすい説明を始める。

 

「例えば、フェリシアは数百頭のウシを飼っていたとする」

「数百も!?」

「だがフェリシアの牧場は経営難で、ウシたちを守るためにはどこかの組織に入らなければならない。そこでAとB、二つの組織を見つけた」

「二つの組織……」

「Aの組織は、入れば将来破滅する可能性が高い。だが破滅するまでは多くのウシたちが暮らせる。その代わり環境が気持ち悪い組織だ。そしてBの組織は、入れば将来Aの組織と全面戦争に発展し、近いうちにウシたちが殺される可能性が高い。その代わり環境が気持ちのいい組織だ。────フェリシアなら、どっちを選ぶ?」

 

 深月フェリシアは困ったように身を揺さぶる。

 

「そ……そんなの選べねえよ! だってAもBもダメじゃん! どっちも破滅したり、殺されたり……」

「だが選ばなければならない。もし選ばないのなら、その場で数百頭のウシは全滅する」

「うっ……じゃあ、今のところはAだ……将来破滅するとしても、環境やエサが気持ち悪くても……まだ生き延びることができる……“暮らせる”ってことは、うまいものとか食えたり、ベッドもちゃんとあるんだろ?」

 

 ウシがベッドを使うかどうかは知らないが、悪魔はうなずく。

 

「そうだな。ちなみに数百頭のウシというのは、白羽根や黒羽根のことだ」

「……!」

「そしてAの組織がマギウスで、Bの組織がオレたちみかづき荘だ」

「えっ……」

 

 深月フェリシアは動揺する。

 

「みふゆの辛さが分かったか? あいつはウシたちのオーナーとして責任を持って選ばなきゃいけないんだ。好きこのんでマギウスに就いているわけじゃない。自分の命も掛かっていることだしな」

「……あのねーちゃん。そんなに大変なのか……オレ、何も持ってねぇから、みかづき荘に入れたけど……あのねーちゃんはたくさんのものを持ってて、それを守らなくちゃいけないから……簡単に動けねぇのか……」

「そういうことになるかもな。今更こっちに就きたいと思っても、マギウスの報復もあるだろうし、ウシたちは困惑して暴走するかもしれない。弱い群れを仕切るお山の大将ってのは、そういう問題に悩むもんだ。余談だが、戦国時代の謀反とかもそんな感じが多いのかもな」

 

 ともあれ梓みふゆの件は後回しだ。今は戦いの疲れを癒すべく────

 

「それじゃあ帰りましょう」

 

 ────みかづき荘のリーダーである七海やちよが声をかける。

 

「それと、悪魔も……みかづき荘に」

「……! やちよさん……っ!」

 

 環いろはは、悪魔と七海やちよの仲違いが終わり、和解したことに感激して目尻に涙を浮かべる。

 そこで深月フェリシアが悪魔の背中を叩いた。

 

「よかったじゃねぇか。だから言ったろ。やちよは怒ってもすぐに許してくれるんだ」

「……あぁ。──やちよ。またしばらく厄介になる」

 

 悪魔は特に仲違いしたつもりも許されるつもりもなかったが、七海やちよの問題が解決したことに安堵する。

 

 かくして一行はそれぞれの帰路に就く。

 それは癒しの日常への回帰でもあり、次なる戦いへ備えるための準備期間でもあった。

 

          完

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。