アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
5月13日(土曜)【オレに
午前十時頃。まばゆい朝の陽射しが、みかづき荘の広いリビングを暖かく照らす。
電波塔のウワサ事件を解決して一日が経過。
七海やちよは単独行動の結果、周囲を巻き込んでしまった反省も兼ね、祝勝会というわけではないが、ウワサ退治に協力してくれた魔法少女たちに礼を尽くそうとパーティーを企画。今は台所に立って大人数の料理を作っていた。
それは束の間の日常を知らせる生活音。
台所では、七海やちよが包丁で野菜をシャキシャキと切り、まな板がコンコンと叩かれ、フライパンがジュージューと魚を焼き、海の幸の匂いを引き立たせる。
居間では、並盛町から助太刀魔法で遊びに来たランボが、イーピンと追いかけっこをして遊んでいた。そしてソファでは、ゲームで暇をつぶす百江なぎさと深月フェリシアが昼飯を待ちかねている。
庭先では、環いろはと暁美ほむらが洗濯物を取り込んでおり、それを万年桜のウワサ、二葉さなと電波生命体アイが手伝っていた。そして住居者16名の衣服を手早く折りたたむため、女物は環ういと黒江が、それ以外はフゥ太と鼓星かずみが、それぞれ担当していた。
「さて。加熱に時間が掛かるから、そのあいだに……」
ふと手が空いた七海やちよは、色とりどりのフルーツを手に取ると、ペット用の食器に盛り付けて庭先に設置した。すると二階の悪魔の寝室や
「ガフ!」「キュー!」「ピィー!」「モキュ!」「クェー!」「ピィ!」
ナッツ、チーズ、武蔵、リリス、イチゾー、大和の鳴き声。
まるで礼を言うかのような声を聞いて、七海やちよは思う。
(本当はそれぞれの動物に合わせた食べ物を与えるべきなんだけど、この子たち魔法動物だからなのか、わりとなんでも食べるのよね……魔力で食べ物を消化しているのかしら?)
ともあれ魔法動物たちのご馳走は用意した。七海やちよは台所に戻ろうと振り返ると、ソファで怠惰を貪る少女ふたりが目に入る。
「なぎさ。机に突っ伏してないで、あなたも何か手伝いなさい」
「チーズがないと労働できないのです。腹が減っては洗濯物を折りたたむこともできないのです~」
「もう……フェリシアもゲームばっかりしてないで働きなさい!」
「今めっちゃいいトコなんだよ! 牧場に怪獣が乱入してさ! 牛たちを守らなきゃいけねぇんだ!」
七海やちよは、この生意気組をどうしてやろうかと腹に据え兼ねる。しかし、そろそろ招待した客が到着する時間帯だ。そして噂をすれば玄関扉に影がさす。インターホンのチャイムが響くと、応答を待たずに扉が開かれて鈴が鳴る。
「おっはよー! 最強のレスキュー魔法少女・由比鶴乃が来たよー!」
「こんにちは。鹿目まどかです。その、昨日はすごく大変だったみたいで……駆けつけられずに、すみません……!」
「いらっしゃい、二人とも。鹿目さんは気にしなくていいのよ。こんな通り距離まで大変だったでしょう。来てくれてありがとね」
鹿目まどかは、再び大きな戦いがあったと聞いて、皆の様子を一目見るため駆けつけてきたようだ。
次いでインターホンが鳴り響く。
「鶴乃。私、台所に行かなきゃいけないから。応接を頼めるかしら」
「もちろん! 任せてよ! ふんふん!」
由比鶴乃は万々歳で客を相手にするかのように、元気よく扉を開け放って受け応えた。
「ヘイらっしゃい! みかづき荘のパーティーへようこそー!」
玄関先には、綾野梨花、竜城明日香、夏目かこ、千秋理子、アシュリー・テイラーが立っていた。入名クシュも招待したのだが、日中は寝てしまうため今日のパーティーには参加できなかった。その代わり七海やちよは手作り菓子を贈ったそうだ。
そこで由比鶴乃は、綾野梨花の近くをキョロキョロと見渡し、もうひとり客がいないことに気が付く。
「あれ? 五十鈴れんって子は?」
「れんちゃんは、こういうのちょっと苦手みたいで。でも、やちよさんがクッキーを焼いてくれるって聞いたから、私がれんちゃんにそれを渡すよ!」
「そっかー。それじゃあ頼むね! じゃあどんどんはいってー!」
由比鶴乃に促されるままに、綾野梨花たちは敷居を跨ぐ。
「こんにちはー!」
「祝勝会と聞き馳せ参じました! 招待いただき感謝の所存!」
「お、お邪魔します……!」
そこで千秋理子が立ち止まり、由比鶴乃に疑問を知らせた。
「あ、あの……」
「うん? どうしたのかな?」
「さっき、そこの門扉の横に……三人組がいて……」
「ほう。ちなみにその三人組は、魔法少女?」
千秋理子はうなずく。アシュリー・テイラーも同様だった。
「となると、もう正体は分かったも同然! そして入りにくい理由も分かる……よし、ここは私に任せて! ふんふん!」
「じゃあ、お邪魔します!」
「ご招待いただき感謝デース!」
千秋理子とアシュリー・テイラーを中に入れた由比鶴乃は、門扉の先に顔を出す。そして道路の左側を見れば、電柱の陰に金髪の女子高生を見つけた。そのそばには二人の女子中学生がいる。
「うーん……勇気が出ない……」
「あーもう! いつまでこうしているつもりよ、ももこ!」
「ももこちゃん! 勇気出して行こ? やちよさんとの間に何があったのか、私とレナちゃんは知らないけど……もしケンカしたとか、そういう理由なら、きっと仲直りできるよ!」
「いやでも……急にメールであんなこと──【大事な話があるから来てほしい】なんて──言われちゃな……アタシだって真相を知りたいけど……」
三人組の魔法少女とは、チームももこのことだった。頭を抱えて二の足を踏む十咎ももこを見かねて、呆れる水波レナは相手の心に説得で寄り添おうとする反面、意外と行動派な秋野かえでは相手の腕を引っ張って無理やり連れて行こうとしていた。
「いや、ちょ、まてって!」
「少なくとも、こんなパーティー開いて暗い空気にはならないわよ。それにレナ、朝食抜いてきたからお腹ペコペコなのよね。あと、なんかイイ匂い漂ってきてるし……もう我慢できないわ!」
「ももこちゃん! ファイト! オー~っ!!」
十咎ももこは必死に抵抗する。
「いやでも……もし、真相を聞いて、それが全部、アタシのせいだったら────」
「それはないと思うよ」
由比鶴乃の声が、電柱を貫いて十咎ももこの後頭部を打つ。
「……鶴乃」
「やちよが……私たちを
十咎ももこは苦痛の表情を浮かべる。それを聞いた水波レナと秋野かえでは、そういう理由で二の足を踏んでいたのかと納得したように互いの顔を見やった。
「私も同じ気持ちだった。でも今は、いろはちゃんと悪魔のおかげで、やちよは昔のししょーに戻ったの。具体的に何があったのかは、まだ教えてもらってないけど……きっと今日、まとめて話すつもりなんだと思う」
「……そうか……鶴乃がそう言うなら……」
「大丈夫だよ。昨日からやちよってば、ずっと笑顔なんだ! それをももこにも見てほしい────」
「……!」
いつになく真剣な由比鶴乃の表情。それを見て察した十咎ももこは、普段から元気ハツラツで能天気な由比鶴乃にも、色々と思う所があって当然だったのだと気付いた。
「……鶴乃って、普段の振る舞いに似合わず、意外と
「えーそうかな?」
「……つか、そもそもお前、やちよさんから追い出されてないだろ。通い組だし」
「それでも私だってみかづき荘の一員だもん!」
十咎ももこは「そうだな」と安堵したように笑うと、何気なく歩き出した。由比鶴乃の肩が自分の肩にぶつかる。そうして笑い合いながら敷居をまたいだ。
「────こんにちは。やちよさん」
「……! ももこ……いらっしゃい。今日はゆっくりしていって。ごめんけど、今は料理で忙しいの」
「いいよ気にしないで。それか……何か手伝うことでもある?」
「私も中華料理とか作ろうか!?」
七海やちよは朗らかに微笑むと「それじゃあ、お客さんにジュースを出してもらえる?」と仕事を頼む。
由比鶴乃と十咎ももこはせっせと動く。
それを玄関口で見守る水波レナと秋野かえでの背後に────ひとりの少女が右往左往として顔を出した。
「────ご、ごめんください、なの~……」
「うわっ! びっくりした!」
「あ、かりんちゃん!」
最後の客は御園かりん。悪魔の勧めによって招待された魔法少女である。
「あ、あの、その……昨日は、うちの先輩が大変よくわからないコトをしてしまって、本当に申し訳ないのなの~……」
「いや、そんなことレナたちに言われても知らないわよ」
「かりんちゃんの先輩って、マギウスのアリナ・グレイのこと?」
「えっと……そのマギウスが具体的になんなのかも、かりんはさっぱりなの……」
ともあれ客は揃った。一同は居間に集い、席について食卓を囲む。
そして人数分の料理が完成した七海やちよは、階段の上を見上げて一人を思う。
「さて、残るはあのお寝坊さんだけど……」
二階の廊下から足音が立つ。ゆっくりと階段を下りるたび木が軋む。
「ボス……しっかり」
ジュリー凪の声。彼女は、おぼつかない足取りで今にも倒れそうな悪魔を支えて階段を下りてきた。悪魔の目の下のクマは昨日より濃くなっており、寝ぼけているのか眠いのか、口も半開きでフラフラと手すりにもたれかかる。
「悪魔」
「……?」
七海やちよが呼び止める。魔法戦闘の後、悪魔が疲弊しきってしまうのは
「あなたの洗濯物よ。血だらけで一緒に洗えないから、私が手洗いしたわ。畳んであげたから、あとは自分でしまいなさい」
「…………ありがとう、
つと悪魔は、ぼんやりとした目つきで硬直する。
「────────」
対する七海やちよは口を開けて目を見張り、今いったい何と呼ばれたのか理解できず呆けていた。
『……………………』
そして周囲に居た者たちの脳内でも、なんとも言い難い心情や疑問符が渦巻いている。
「……、────」
直後、悪魔はソファに倒れ込むと、深月フェリシアのソウルジェムに手を伸ばした。
「わっ! な、なにすんだよ!!」
「忘却魔法を貸せ。お前らの記憶を消す」
「ノータイムでそんなこと実行すんな!?」
しかし悪魔は体に力が入らないのか、ソファの上でぐったりと力なくうつ伏せた。
「……こほん」
ふとした七海やちよの咳払い。一同の視線が集まる。
「なに? 昨日の朝、神浜セントラルタワーから帰ってこっち、ずっと自室に引きこもっていたのに……まだ寝足りないわけ? 寝ぼけてないで、うがい洗顔あと手洗いしてきなさい。もう昼食の時間よ」
「…………すまん……」
悪魔は極度の疲弊が降り積もっているものと見て取れる。故に思考もノロノロとしているのだろう。何を夢見て勘違いしたのか、七海やちよのことを“母親”と呼び間違えた。
「随分とお疲れのようね。別にいいわよ。そんなに気にしてないし」
「オレは死ぬほど気にする……」
悪魔は穴があったら入りたいと言いたげに、ソファの上で倒れたまま。
その重い体を、近くにいた二葉さなが抱き起こしてフォローした。
「あ、あの……私も、小さい頃、女の先生のことを“お母さん”と呼び間違えたことがあるので……よくあることですよ!」
「オレはねぇけど?」
深月フェリシアがトドメを刺す。
そこで七海やちよが手を叩いた。
「はいはい。さっさと席に着く。パーティーの時間よ。料理を運ぶから、なぎさとフェリシアは手伝いなさい」
「仕方ないのです……これはゴルゴン貸しなのですよ」
「うぇーい」
至極冷静な司会進行によってパーティーの準備が進む。ガヤガヤと沸き立つリビング。
二葉さなに運ばれて、凪に介抱される悪魔は、なんとか壁に席に着いた。
食卓に並べられる豪勢な料理。ある者は目を輝かせ、ある者はヨダレを垂らしながら、これは“いただきます”と言うべきか“乾杯”とコップを掲げるべきか議論が始まる。結果、皆一斉に手を合わせて突き上げた。
『いただきまーす! かんぱーい!』
賑やかな食卓は、人数分の椅子が用意できなかったこともあり、一部バイキング形式で催される。主に年少組は、立ちながらだと食卓の上まで手が届かないため、ソファに座ってフォークを手に取る。その中には悪魔もいた。ソファでくつろいで今にも寝落ちしそうである。
そこで鼓星かずみが叫んだ。
「わぁパスタだ! しかもなんかイタリア風っぽい!」
「よくわかったわね。それは今日のメインの
悪魔の眉間がピクリと反応する。疲弊と気まずさも相まり、今にも死にそうな顔でフォークを手に取ると、ボンゴレパスタを口に含んだ。
(…………)
悪魔は直感する。最高の味だ。匂いも好い。見栄えも完璧。盛りつけもお洒落で、食後感は爽快。────という感想が、本来感じるべき評価らしい。一同は洒落た食事に気分が高揚して、やや過大評価気味なところもあるが……ケーキを前にした女の子の反応と似たようなものと思えば、それほど不自然な評価でもないと思った。
「どう? 悪魔。あなた、普段は食事を取らないくせに、昨夜は珍しく頼んできたから気合を入れて作ってみたんだけど……美味しい?」
「あぁ」
悪魔は適当に相槌を打つ。というのも実際は味がしない。それは七海やちよの腕が悪いわけではない。悪魔の問題である。どうやら不眠不休も
(────あれ?)
面を上げるのだから視界は上を向くはずだ。しかしなぜか頭部は急降下を続けている。一瞬の墜落思考の中、失神を悟った悪魔はナッツに伝える。
(────ナッツ。
「────! ガフッ!」
それは突然のことだった。悪魔はバッテリーが切れたように全身を落とす。ボンゴレパスタの山の上に額を打ち付けて、その衝撃により周囲の食器が跳ね上がった。そして悪魔の指輪から、なぜか嵐と霧の炎が立ち昇る。
『──っ!?』
パーティーを楽しんでいた一同は、突としてボンゴレパスタに頭から突っ込んで動かなくなった悪魔を見つめ、うろたえていた。
「悪魔……さん!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
環いろはや暁美ほむら達が駆けつけようとする。が、この事態を予想していた百江なぎさが一足先に駆け寄ると、悪魔の顔を持ち上げ、パスタにまみれた具材を払い落とし、下がりきったまぶたを無理やり開いて、悪魔の不眠具合を確認した。
「ふむ……この目の充血具合、目の下のクマ具合を見るに……どうやらクマ吉は、五日ほど眠っていないのです」
「なんですって?」七海やちよが驚きのあまり問い返す。
「だからほっとくのです。死ぬほど疲れてるから寝かせてやれなのです」
百江なぎさは「やれやれ」と呆れると、とたとたと自分の席に戻り、パルメザンチーズをぶっかけたボンゴレパスタを大口開けて食べ始める。そこで環いろはが物申した。
「そんな……五日も寝てないって……じゃあ昨日は……? 悪魔さん、自室から一度も出てこないから、てっきりいつものように休憩を取っているのかと思っていたのに……」
「それは違う」
凪が言う。その理由を百江なぎさが述べた。
「おそらくクマ吉は、キリサキさんの件がトラウマになっているのです。昨日は神浜セントラルタワーから帰ってずっと、自室の中でマギウスの反撃を警戒していたのだと思うのです」
「でも……ボスは嵐と霧の炎を灯している……」
「つまり、今みたいに限界を迎えて倒れた時の対策も万全なのです。二時間くらいで起きると思うので、このなんでもひとりでやる命知らずは、そこらへんに転がしておけば良いのです」
凪は、悪魔の体を抱き起こすとソファに寝かせる。
そこで環いろはが聞いた。
「なぎさちゃんは……こういう状態の悪魔さんを見ても、あまり驚かないんだね……?」
「当然なのです。
そう言って百江なぎさは余談を話す。
「ちなみにクマ吉というあだ名は────“悪魔”から“あ”を取っただけではなくて、こうもひどい目の下のクマから来ているのです」
そんな、いま思いついたか分からない由来を打ち明けた百江なぎさは、チーズパスタを啜り上げた。
†
悪魔が気絶してから数分後。七海やちよは不機嫌な気持ちを食事で晴らそうと頬を膨らませていた。
「まったく……本当にこの子には困り果てるわ。どこかの母親と呼び間違えられるわ、せっかく作ったパスタを台無しにされるわ……」
その言葉を聞いた環いろはと一同は思う。
(あ────やっぱり“母さん呼び”の件、気にしてたんだ……)
七海やちよはモッキュモッキュと食べ物を頬張りながら、まるでストレスを晴らすべく愚痴りに愚痴る。
「まさか、まだ
「え? あ、おう……!?」
「まぁもう大学生だし? ギリギリ十代とは言え、中学生くらいの子供からしたら大人に見えてしまうのは潔く認めましょう。違うかしら? 中学生の諸君」
『……!?』
急に
「まぁやちよはモデルだからね! 大人っぽく見えるのは当然っちゃ当然だよね!」
「……そう。私はモデル。でも……私はモデルなのよ?」
「──あれ……やちよ?」
「それなのに
「それはやちよがもうババア────」
デコピンを喰らった深月フェリシアは「いってぇえええええ!!?」と絶叫を上げる。
「つまりモデルとしては由々しき事態なのよ。単に悪魔が年上の女性に興味ないって言うならそれでいいわ。ほかに好きな子がいて、その子に夢中とか。でも……だからって“母親”はどうなのよちょっと。せめて理子ちゃんが呼んでくれるように“お姉さん”じゃない? フェリシアの“おばさん”や“ババア”呼びは、イタズラの悪意しかないからまだ耐えられるけど、悪魔みたいな子から素直に“
現実を直視できず、眉間をピクピクと言わせながら、目を固く閉じきって血管を浮かばせる七海やちよは、いかにもご立腹な様子で歯ぎしりする。
「あ、あの……やちよさん……お怒りはご尤もかもですが、だからこそもう気にせず、そろそろ別の話を……」
「ねぇいろは。もし私に中学生の子供がいたら、私は小学校低学年の頃にその子を産んだことになるわけ。つまり私19。世の中学生の母親は大体40。──おわかり?
指先に力が入り、食器に“ピシリ”とヒビが入る。そこで七海やちよはハッと我に返った。
「…………ごめんなさい。気にしたら止まらなくなっちゃって」
「あはは……あ、そのお皿、私が下げますよ」
「ごめんなさい」
七海やちよが割った皿を受け取り、環いろはは台所に向かうため背を向ける。直後、環いろはの背後から七海やちよが抱き着いた。
「ふぇ!?」
柔らかい肌。イイ匂いのする髪。思い出したように背中に感じる、控えめだが豊潤な弾力。急に腰を掴まれて体を旋回された環いろはは、七海やちよと向き合う形になる。そして七海やちよは、渾身のキメ顔で誘惑した。
「どうかしら、いろは。ちょっと男の子になったつもりで、私のこと、異性としてドキドキするか見てくれない?」
七海やちよは耳元の髪をかきあげて、艶やかにまぶたを開き、まつげを強調。緩く結んだ口元から一息ついて頬沿いに耳朶へと吹きかける。そして環いろはの腰に巻いた腕に力を入れて引き寄せ、身長差を活かして覆いかぶさるように頭を撫でた。
「や────やち……やちよさんっ!?」
「あら。ごめんなさい。でも顔が真っ赤ね。これなら────」
よしっ。と、七海やちよは満足そうにガッツポーズを取る。それで良いのだろうか。色々な意味で恐ろしい人だ。これには十咎ももこも呆れつつ動揺しつつ感心するほかない。
「い……今のはすごかったな。見てるこっちもドキドキしちゃったぞ……」
「さすがししょー! 魅惑的ー!」
「別に
かくしてパーティーは続く。賑やかな団欒は、料理の減り具合から折り返し地点に来ていた。
†
悪魔が気絶してから二時間が経過した。時刻は昼過ぎ。
「────────…………、……っ!!」
ソファの背もたれから“ガバッ”と飛び起きた悪魔は、眼前の食卓に食器がひとつもないことから、とっくにお食事パーティーは終わっているものと判断。頭痛を緩和するため眉間をつまみ、無理が祟ったのか体内の刺すような痛みを抑えるため深呼吸。居間に振り返ると、思い思いに過ごすパーティー参加者たちを目にした。
一同は大人数用のゲームに興じている。だがその中に七海やちよ・由比鶴乃・十咎ももこの姿が見えない。どこに行ったのだろうか。ワイワイと賑やかな光景を見るに、特に切羽詰まった事態は起きていないのだろう。それにあの三人なら何が起きても大丈夫だ。悪魔は深いため息をついて安堵していると、そこに環いろはがやってきた。
「よかった……起きたんですね、悪魔さん。でも……まだ二時間しか寝ていませんよ?」
「大丈夫だ。意識分解睡眠法で、実質八時間の睡眠を取っている」
悪魔は直感する。環いろはの内心は穏やかではない。これは話が長くなりそうだ。
「……外で話そう」
「はい」
悪魔と環いろはは庭に移動する。悪魔は揺り椅子に座って重い腰を落ち着けると、澄み渡るような青空を仰ぐ。対する環いろはは、まっすぐと悪魔の横顔を見つめて、問い詰めるように口を開いた。
「なぎさちゃんから聞きました。悪魔さんは本当に、このところ不眠不休で活動していたんですか?」
環いろははペルソナカードを差し出す。それは悪魔が気絶したあと、目の中で廻る笹川京子のソウルジェムから排出されたカードのようだった。カードを受け取った悪魔は、淡白に説明する。
「勝って兜の緒を締めよ、と言うだろう。昨日は丸一日、部屋にこもって体を休めながらマギウスの報復を警戒していた。攻撃が失敗したマギウスがどう動くのか気になっていたからな。結果は、特に何もない、だったが」
「警戒なら私たちだってしていました。あらかじめ教えてくれていれば、持ち回りで警戒できたのに……」
「……」
「もう、ひとりで無茶をするのはやめてください……これを何度言わせれば気が済むんですか? それこそ自分たちは頼りなく思われているのかなって、どうしても思っちゃいますよ……」
悪魔は何も言えない。心配する気持ちは正論だからだ。しかし疑問もある。たとえ警戒していても、悪魔が二時間、寝入っている間に襲撃があれば、対応できるのはみかづき荘の中で七海やちよだけだ。ほかは自分の身を守ることで精一杯。故に、せめて七海やちよに匹敵する戦力があと一人は欲しい。そうすれば一方は迎撃し、一方は防衛に集中できる。七海やちよ単独で迎撃と防衛どちらもこなすのは難しい。そのため七海やちよと同格の悪魔が起きている必要があった。その点で言えば────
「確かに、私たちは力不足かもしれません」
「……」
「でも、それならせめて……だからこそ……」
環いろはは昨日言ったことを、もう一度口に出そうとしていた。それを言わせるほど悪魔は馬鹿ではない。
「────わかってる。お前らを鍛える件だな。その点も踏まえて今後に期待してくれ。オレが戦力的に期待できるレベルはやちよクラスだが、せめて鶴乃やなぎさクラスは超えてほしい。まぁ、そう遠くないうちに始めるつもりだ。今日もその準備のために行くところがある」
悪魔は揺り椅子から立ち上がると、どこへ行くのか歩き始める。
「ちょっと待ちなさい」
そこで七海やちよの声が聞こえた。悪魔は首だけ振り返ると、一瞬、居間の向こうで裏庭から戻ってきた由比鶴乃と十咎ももこが目に映る。微かに十咎ももこの目尻に涙の跡がある。それには水波レナと秋野かえでも気付いたようだ。どうやら七海やちよと十咎ももこの問題は、裏庭での話し合いで解決したらしい。────七海やちよがみかづき荘から全てを追い出した理由は、もう二度と誰かを失いたくなくて現実逃避していただけだ、と。しかし七海やちよは今回の件で目が覚めた。というより、希望を取り戻した。そして、かつての行為を二人に謝罪したのだ。一方の十咎ももこは、自分のせいで七海やちよが変わったものと思い込んでいたため、かつての七海やちよが戻ってきたこと、そして仲直りできて肩の荷が降りたことに、海より深く安堵しているようだった。
「鶴乃は?」
「え?」
悪魔は直感する。由比鶴乃の問題は依然として解決していない。ならばそのあたりの細かい問題は自分が受け持とうと悪魔は察する。
「なんでもない。それで、なにか話があるのか?」
「えぇ。悪魔……あなた、これから
「────」
悪魔は唖然として佇立する。なんだそのふざけた提案はと言いたげに目を丸くした。
「私は家主として住人に健康でいてほしい。だからあなたがみかづき荘に住む以上は、この条件を飲んでもらうわ」
「……なんだ、その馬鹿らしい話は」
「なぎさも、ういも、フゥ太も、凪さんも……みんなを学校に通わせておいて、あなただけは
「どこが」
「いろはも言っていたけど、あなたの自己犠牲ぶりは目に余る。そこであなたの行動を制限することにしたの。日常の世界である学校に通っていれば、少しは日常の大切さを実感できるでしょう?」
「……」
「あなたが無茶をしてしまうのは、常に裏の世界に身を置いているから。休まず戦ってしまうのは、ずっと戦場にいて休む場所がないから。それなら休める場所を作ればいい。……そこそこ名案だと思うんだけど、どうかしら?」
悪魔は────初めて苛立つように、
「……ハァァ……」
威圧するような、ため息をついた。
そして環いろはを睨みつける。
「……!」
「短絡的な発想だな。それ、どう考えてもやちよの考えじゃなくて、いろはのアイデアだろ」
「待って。私もそれに賛同したから言っているのよ。怒るなら私にも、その理由を言ってちょうだい」
悪魔は片目を強く瞑って、八つ当たりしそうになる心を抑える。気持ちが昂ぶった時は、インキュベーターのように合理的になればいい。ここで当たり散らしても仕方ない。二人には悪意がない。だからこそ悪魔の本音をぶつければ、二人は悪魔の真意を知ってそれに考えが及ばなかったことを悔いて落ち込んでしまうだろう。魔法少女は精神の調子で魔力の出力が変わる。これから修行だと言うのに、主戦力となる二人の調子を下げてしまうのは得策ではない。既に睨みつけてしまったあとだが、今からでも遅くはない。だが気が立っている。気が休まらない。気が落ち着かない。この苛立ちを分かってほしい。そんな甘えを、なんとか穏便に済ませるために────悪魔は真顔を作り、淡々と言葉だけで告げた。
「……いろは。やちよ。お前たちは、オレの逆鱗に触れたぞ」
『……!?』
それはいったいどういうことか。今の話のどこに悪魔の地雷が含まれていたのか。環いろはと七海やちよは、無意識に悪魔が放つ威圧感に気圧される。
「繰り上げだ。今ここで環いろはの甘ったれた考えを叩き直すヒントを与える」
「悪魔!」
七海やちよは分かっている。故に“手加減しなさい”と言いたげに今、悪魔の名を叫んだ。つまり彼女は環いろはの考えが甘いことを承知の上で、それでも悪魔には健康でいてほしいから通学というアイデアに賛同したのだろう。
しかし七海やちよが固有魔法・希望継承の真実を知って調子に乗っているからといって、そんな平和ボケな考えを許すわけには行かない。水を差すようで悪いが、
「
悪魔は唇を噛み締める。
「あの
そうして断ったあと、悪魔は畳み掛けるように続けた。
「ついでに例え話をしよう。滑稽な寓話だと思えばいい。さて────お前たち魔法少女は今、戦場に放り出されている。周りには魔女という名の砲弾、使い魔という名の銃弾が飛び交っている。その戦場の真っ只中でお前らは、銃をたまに取る程度で、トリガーをたまに引く程度で────普段は砂地の上に
「……っ!」
例え話を続けるのも馬鹿らしいと、悪魔は殆どの魔法少女の甘えた認識について吐き捨てる。
「魔法少女と学校生活の二足の
悪魔は環いろはの瞳を見据える。
「いいか。お前ら魔法少女は今日も運良く生き残っているに過ぎない。インキュベーターによれば魔法少女の平均死亡期間は約二週間だ。契約してから二週間ほどで大抵の奴は戦死するか魔女化する。オレの経験則としては、約一ヶ月と言ったところだ。────そんな、まともに生き残れない奴らが、のんきに学校生活だと? 笑わせるな。お前らは兵士にされてしまったんだ。ならまずは戦い方を必死に覚えて、死ぬ気で日常に帰る努力をしろ。それなのに……人の心配ばかりで、自分はのんきに流れ弾を待つとか……自己犠牲ぶりが目に余るのはどっちだよ。魔法少女」
悪魔は歩き始めた。初めて男の人に本気で凄まれて怯えている環いろはの横を通り、一つの現実を耳打ちする。
「人を進ませたい時に、あまりこういうことを言うべきじゃないが────巴マミも、七海やちよも、梓みふゆも……最低一年は学校を休んで徹底的に自らを鍛え上げることにより、この戦場を
環いろはは目を見張る。そんなこと、言われなくても承知して覚悟しているはずだった。しかし悪魔の語気は強く、とてつもない威圧感は多くの死に包まれていて……とてもじゃないが直視できなかった。彼はどれほどの死をその目に入れてきたのだろう。魔法少女の甘えに憤慨せざるを得ない残酷な現実に打ちのめされてきたのだろう。
「悪魔さん……私は……ただ……」
「あぁ。単に心配してくれただけなんだろう。オレが無茶をしないためには、通学させればいいという、実に安易な発想だったんだろう。ありがとう。オレのことを仲間と思ってくれているのは嬉しい。オレもみんなのことを大切な仲間だと思っている。友達ってこういうことでケンカするんだなってのも、今まさに思っていることだ。けどな────」
悪魔は俯く。
「あえて言おう。オレに
「そんな……でも……」
「お前らはゾンビだと教えたはずだ。一人前になる前に、いっちょまえに人間としての誇りを持とうとするな。弱者のくせに」
「悪魔っ!!」
怒れる七海やちよの叫びが飛ぶ。
「いいか。寄せ集めの
「っ……!」
「故に今は座して待て。そして、どうしてもオレに
そう言って悪魔は立ち去る。震える環いろはは咄嗟に振り返り──それでも納得できない、だから──と心からの言葉を叫んだ。
「それなら……私が光になって照らします! 悪魔さんが暗中模索にならないように、私も一緒に、探せる、ように……」
振り返った時には、もう悪魔の姿はなかった。大空の向こうに黒点が見える。音もなく、ひとっ飛びで行ってしまった。その生き急ぐ速さと一足の歩幅の距離に、環いろはは無情な遠さを痛感する。
それから七海やちよは駆け寄ると、佇立する環いろはの肩にそっと手を置いた。
「……ごめんなさいね。まさかあそこまで怒るとは思わなかったの」
「…………やちよさん、は……今の話、どう思っているんですか……?」
悪魔の言っていることは、正しいと思うか。
「……部分的には、ね。言葉は荒いけど、言わんとしていることはよくわかる。私も知らないあいだに西側の代表者扱いされて、余裕が出来たから多くの新米魔法少女を見守る立場になった途端……悪魔が言うような
†