アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
【オレは────インキュベーターの母星を破壊したい】悪魔
朝練の時間帯。神浜市・栄区の栄総合学園。
その美術室Gに────彼女は居た。
腰まで開いた長い緑髪。とても澄んだ翠の瞳。椅子に座ってキャンバスを前にした時の表情は真剣そのもので、黙々と絵を描く姿はそれだけで彫像のような美を成り立たせている。
いつも独りで絵画に明け暮れる彼女の名はアリナ・グレイ。
齢十六にして天才芸術家と称される稀代の少女である。
「────────」
静謐のアトリエ。集中を邪魔するような騒音は皆無。芸術にのめり込むには最適の環境。それは彼女の要望で叶えられた絶好の空間。まさに自分だけのアトリエ。それを学内で欲したアリナは、他生徒とは一線を画する特別な待遇で、数ある美術室の一室を貸し与えられた。だがそれは別の言い方をすれば、美術科の他生徒とうまく交流・協調ができない気難しい一面があったが故に、追い出されるようにしてこの美術室Gに隔離されたとも言える。だがそれも別の見方をすれば、自らの力でこの教室を勝ち取ったとも言える。それはアリナ・グレイをどう見るかの違いであり、どちらが正誤であるかはさして問題ではなく、当人もまったく気にしていない。そのように
実際、美術室Gの引き戸には《アリナ・グレイのアトリエ&漫画研究部》というドアプレートが飾られている。ただし、それは御園かりんが自作した看板ではあるのだが。
「────…………ちょっと。さっきから視線がズブズブとうなじに突き刺さるんですケド。よそ見して考え事してるヒマがあるならペンを動かした方がイイんじゃナイ?」
アリナ・グレイという先輩に注意されてしまった御園かりんは、行き詰まっていた漫画の原稿にペンを入れようとする。瞬間。
「アァアアアアアアアア! ファ○ク!!」
「先輩、口が汚いなの……」
「シャラップ。集中力が途切れた……これフールガールのせいだカラ。バツとしてリンゴジュース買ってキテ」
「えぇ……」
いつものパシリである。かりんは自動販売機を目指すため小走りで教室を後にした。
一方、ペンの尾を口に咥えて椅子の前脚を浮かばせ、ゆりかごのようにバランスを取って揺れて戯れるアリナは、ふと視界の端に違和感を覚えた。朝日の光が射し込む窓際の床。そこに大きな影が伸びていた。窓辺には大きな物が置かれていないはず。ぱっと見ただけでも人影だと分かる
その不思議な人影は、鳥の羽が生えたようなシルエットを横に広く伸ばしており、朝の風に吹かれて大翼を泳がしていた。
いつの間に“それ”はそこに居たのか。誰にも気取られず窓を開けてそこに存在していたのか。
ゆっくりと視線を“彼”に向かわせていくアリナは、しっかりと視界の中央にその姿を捉えた。
霧のような藍色の炎が晴れる。開け放たれた窓に座る“悪魔”の姿。黒いシルエットの翼は見間違いだったのか、そこにはただの一人の少年しか居なかった。
「────君がアリナ・グレイか。絵を描くのに集中していたようだから、しばらく見守らせてもらったよ」
「……アナタ、どこのダレなワケ?」
「オレは悪魔だ。君が素晴らしい結界魔法の使い手であることはキュゥべえから聞いている」
「悪魔? キュゥべえ? その口ぶりだと魔法少女の世界を知っているみたいだケド……アリナに何の用なワケ?」
「端的に言おう。君の結界魔法が欲しい」
「は? アリナの
「それは理解している。その上でオレに手を貸してほしいんだ」
「……というか、なんでアリナの結界を欲しがるワケ?」
「それについて説明すれば、少しは考え直してもらえるかな?」
「まぁ内容によるヨネ」
「なら少し待ってくれ。この話はキュゥべえに聞かせたくない」
悪魔と名乗る少年は、腰に巻いたベルトから一個の
「動いた……? ナニソレ。中に生き物でも入ってるワケ? 虫?」
「ある意味、今の地球の害虫かな」
悪魔は匣を顔近くに持ち上げる。すると匣の中からアリナも聞き覚えのある声が響いてきた。
「おや、ボクに聞かせられない話とは、いったいなんだい?」
「ワッツ? 小さな箱の中からキュゥべえの声……その小箱の中にはキュゥべえが入っているワケ?」
「あぁ。ここ神浜市では、なぜかキュゥべえは活動できないらしい。この街にはキュゥべえの活動機能を奪う“何かの力”が働いているようだ。それから身を守るためにはどうしようかと考えた結果、魔女結界が参考になった。外界と隔絶した皮膜のような結界の中に隔離することで、キュゥべえの意識を保つことに成功したんだ」
結界。皮膜。何かの力。キュゥべえ。
その単語を耳にしたアリナは若干、片眉を釣り上げた。
「……なるホド。ってか、その匣、結界魔法デショ? なんで自分の結界魔法があるくせに、アリナの結界を欲しがるワケ?」
「オレの結界魔法はサイズが小さい。オレの目的のためには、地球規模の結界魔法を必要とする」
「……ハ? 地球規模? さすがのアリナもそれは無理なんですケド」
「いや、オレは対象の魔法を強化できる魔法を持っている。だから地球規模の結界は理論上は可能であり、その理論達成に最も近い結界魔法の使い手が君なんだ。キュゥべえの調査では、今この地球上で最も結界魔法の規模が大きい魔法少女はアリナ・グレイしか居ないという。だからオレは君に会いに来た」
「……その目的とやらを達成するタメニ?」
悪魔はこくんと頷くと、リングに橙色の炎を灯して匣の穴に炎を注入した。すると匣は開匣し、中からキュゥべえが飛び出てくる。次の瞬間、それは雑巾のように脱力して、ぬいぐるみのように地面にぶつかって跳ねて、それ以降微動だにしなくなった。それを拾い上げた悪魔は長い耳を結んでマフラーのように首に巻き、力強い眼を開けてアリナの両目を見通した。
「君は訊いたね? なぜアリナ・グレイの結界魔法が欲しいのかと。それは────復讐のためだ」
「復讐……ダレに対して?」
「そんなの決まっているじゃないか。────インキュベーターだよ。オレの目的はキュゥべえへの復讐。その最大報復として、オレは────」
その先の言葉を想像するアリナ・グレイは、最初から眼前の少年の“規模”を履き違えていた。それはアリナ・グレイの想像を逸脱する空想であり、それは今のアリナ・グレイに新感覚の発想の飛躍をもたらす刺激的な“テーマ”だった。
「オレは────インキュベーターの母星を破壊したい」
アリナ・グレイは微笑みを以て開眼する。
なぜなら歴史書でしか知らない
「結界魔法は、いわば宇宙空間を移動するための方舟として必要なんだ。ただし問題は億単位の光年を一瞬で飛び越える超光速のワープ航法が必要になる……が、正直それは
まったくワカラナイ。なぜ宇宙を渡るだけで地球規模の結界魔法が必要なノカ。なぜインキュベーターの母星を破壊したいと思えるほどの復讐心が彼の中にあるノカ。どうしてそんなことが可能になる技術と発想を有しているノカ。何もかもがワカラナイ。
だから、楽しそうだと────アリナ・グレイは空想した。
「ヘェ……イイネ。そのリベンジ、アリナもちょっと興味が沸いてきたカモ」
「計画に興味を持ってくれて嬉しいよ。ただしオレの魔法はゲテモノでね。この計画を達成するためには、とんでもない試練を君に要求することになるだろう。具体的にどのような試練が要求されるのかは、その時が来るたびに説明しよう。今日は挨拶に来ただけだから、この辺で失礼するよ。絵画の邪魔をしてごめんね。それじゃ、またね。アリナ・グレイ」
藍色の炎のような霧が悪魔を覆う。すると目の前の存在は徐々に霞んでいき、いつの間にか消え去っていた。
「────悪魔……ナニモノ……?」
走る足音。教室の戸がガラガラと音を立てて開かれる。
「先輩! リンゴジュース買ってきましたなのー!」
「遅い! アリナは長話して喉が渇いてるんですケド!!」
「え? 誰かと話してたの? 廊下では誰ともすれ違わなかったの……」
御園かりんは辺りを見渡す。一方のアリナは虚空を見つめるようにブツブツと考え事をしていた。
「デビル……は少し違う気がスル。デーモン……もなんかチガウ。オーガ……でもナイ。いっそのこと……エンジェル? そういえばデビルボーイは悪魔のくせに翼がナカッタ……“翼のない天使”……だからこその“悪魔”……“悪魔”だからこその……“翼がない天使”……いや、題名はあとでイイ……それよりデビルボーイの復讐心に燃えた黒いオレンジの瞳を……!」
「えーっと、アリナ先輩……? あぁダメなの。飲み物ジュージュー飲みながらもう周りが見えなくなっているの……でも先輩のこのギラギラとした怪物じみた笑顔! なんかすごいテーマを閃いたそうなの……! どんな絵が描き上がるのか楽しみなの……!!」
†