アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
早朝。見滝原市の通学路。
美樹さやかは薄雲漂う青空を仰ぎながら歩き、ふと俯いたかと思えばため息を漏らした。
「おはようございます、さやかさん」
「あ……仁美……おはよう」
「……さやかさん。何かありました?」
「え?」
「お顔が優れないようでしたので。わたくしに出来ることなら相談に乗りますが」
「あ……えっと……これはちょっと食あたりで……それに、いつも明るいさやかちゃんに悩みなんてないさ!」
「さやかさん! ……いえ。あまり人のことに踏み込みすぎるのも不躾ですね。しかし、わたくしは友人としてお待ちしております」
「仁美……ありがとね。でも本当になんでもないから」
「そうなんですか? でも……」
「ホントだって!」
美樹さやかは気にするなと明るく笑う。
対する志筑仁美は考え込むように俯いた。
「いえ。実を言うと、わたくしも思うところが……」
「え? 仁美にも悩み事?」
「……いま、“も”と言いました?」
「あっ」
美樹さやかは口笛を吹いて顔を逸らす。
ここで無理に聞いても知らぬ存ぜぬの一点張りでしょう、と察した志筑仁美は話を戻す。
「今のは目を瞑りましょう。それで……悩みというのは、色々と」
「色々あんの?」
「はい。だってまどかさん。最近学校を休み気味でしょう? 今日も休日とは言え、午後までテストがあるのに……それにほら。転校生の暁美ほむらさんも、転校初日から不登校じゃありませんか。しかも自己紹介も早々にまどかさんの手を取って外に連れ出して……聞こえる範囲でも《私も魔法少女で過去から来てまどかから頼まれて》……などと、よく分からないことを……」
「あー……はは……そんなこともあったねー……まぁホラ話だろうけど……」
もっぱらそのせいで暁美ほむらは、この世界線の見滝原中学校では変人扱いされている。
「それで思ったのですが。もしやまどかさん、ほむらさんと二人きりで逃避行などなされているのでは!?」
「え?」
「キャー! 過去と未来が交差する禁断の愛! 小説に出来そうなラブストーリーですわー!」
「いや、ちょ……仁美ぃ? たぶん違うと思うぞー!?」
志筑仁美は一人で叫んで走り去ってしまった。
取り残された美樹さやかは、ドッと疲れたように嘆息して通学を再開する。
†
校内の廊下。美樹さやかの教室から少し離れた廊下では、二本の足でしっかりと立つ上条恭介が男女問わず囲まれていた。それを遠巻きに眺める志筑仁美は、何やら切羽詰った様子で目を見開いている。その横に美樹さやかが並ぶ。
「ん? どうしたの、仁美?」
「あ、さやかさん! どうして教えてくれなかったのですか!?」
志筑仁美は美樹さやかの両肩を“グワシッ”と掴むと、前後に揺さぶって問いただす。
「え、えぇ!? な、なにを!? つか揺さぶるのやめろォ~!」
「まさかシラを切るおつもりですか!? 上条さんが
「────え?」
美樹さやかは目を点にして固まった。志筑仁美は一体何を言っているのか。
その時、上条恭介は騒がしい志筑仁美の声に気付いて、その隣に立つ美樹さやかを見つけた。それから群衆をかき分けて
「みんな、話し中なのにごめん! ────やぁ。さやか。おはよう」
「────、……お、おはよう……」
「上条さん! あの、盗み聞きするつもりは無かったのですが、今のお話は……っ!!」
「あぁ。本当だよ」
「……」
「そんな……!」
「さやかにも言おうと思っていたんだ。あのね、さやか」
「聞いたよ」
美樹さやかは俯く。前髪が表情に隠れて見えない。
「仁美から」
「え? あ、そうなんだ。でもさやかには自分の口から言いたくて」
上条恭介の言葉が耳に入ってこない。転校するということは、もう日常的に会えないという事ではないか。なぜ。そんなことを。知らなかった。なんで言ってくれなかったのか? 何があってそんなことを決めたのか。
「ほら。入院している時は、さやかがよく励ましてくれたじゃないか。そのお礼ってわけじゃないけど、一応ね。本当は一番最初に伝えたかったんだけど、事情を知っている先生や院長が漏らしてしまって。……じゃあ改めて」
上条恭介は“コホン”と咳払いする。なぜ転校すると伝えるだけで、そんなにも礼儀正しく振る舞う必要があるのか。
「まずどこから話そうか。────そう、神浜市の有名な音楽家の人が、僕の才能を買ってくれて、神浜市のコンクールに出ないかと誘われたんだ。最初はまだリハビリのこともあるし、強豪が揃うコンクールだから僕には太刀打ちできないと思って、最初は断ろうと思ったんだけど……やけにその人が僕を持ち上げてくれてね。それで調子に乗ったわけじゃないけど、ちょっと頑張ってみようと思ったんだ。それで僕、コンクールに出て優────」
事情は分かった。しかしコンクールに出るだけなら、引っ越す必要はないじゃないか。
「事情は分かった。でもコンクールに出るだけなら、引っ越す必要は無いんじゃない?」
気持ちの中で抑えようと思っていた言葉が、つい口に出た。
否、八つ当たりのように口に出そうと思って言ってしまった。感情がコントロールできない。
「まぁ、そうなんだけど……神浜市はすごく音楽のレベルが高いんだ! 僕と同じくらいの人でも名前が知れ渡っている人ばかりでさ! そこに住むことで、何かイイ刺激になると思ったんだ。あと“天才ともてはやされるだけで満足して地方で終わる将来有望な若者を多く見てきた”……“本気でプロを目指すならグローバルなメロディーに脳と心臓を溺れさせて、絶望と希望を強く意識することで這い上がってきなさい”……僕をスカウトしてくれた彼がそう言ってうるさくてね」
余計なことをしてくれた。────そんな邪な思いを必死に塞ぐ。
これは上条恭介の将来に繋がる良い話だ。むしろ応援するべき。行かせるべき。彼の成功を願うなら。笑って見送るべき。
────見返りを求めてたんだろ?
違う。ちがう……ゼッタイチガウ。
美樹さやかは、にっこりと朗らかな笑みで面を上げる。
「そっか。じゃあ行ってこい! 負けて帰ってきたら許さないからね!」
「さやか……!」
「いやーそれにしても、あんたを見つけた人は見る目あるわ! うんうん!」
「そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとう! やっぱりさやかは僕に勇気をくれるね」
「なによそれ……あ、向こうに行って寂しくなっても知らないからな~?」
「大丈夫。僕にもさっそくファンが付いたんだ。
美樹さやかは目を見開いて直感する。鋭い女の勘が警鐘を鳴らしている。
「……彼女?」
「うん。あ、か、勘違いしないでくれよ!? そういう意味じゃないから!」
なぜ照れる? 誰もその話の流れで恋人という意味だとは思わなかった。いやちょっと思ったけど、その反応で違うと分かった。恥ずかしがるということは、つまり、まだ────いや、だとしても、その彼女とやらに
「もし僕のコンクールに来てくれるなら紹介するよ。とても元気な人で、素晴らしい人なんだ」
「────う、うん……」
予鈴が鳴る。上条恭介の首は、男子生徒の腕に巻かれて、先ほどの会話から「なんだお前、ヴァイオリンのリハビリついでに神浜市へ行ってる間に彼女でも出来たのか?」と茶化される。上条恭介はそれを否定し、赤らみつつ教室に立ち去った。
(────ヴァイオリンのリハビリついでに神浜市へ……?)
そう言えば先月、ようやく退院して通学を再開した上条恭介が、休日中に遠出したという噂を聞いたことがある。うわさ程度だったので深く考えなかったし、何かあるなら上条恭介の方から美樹さやかに報告してくるはずだが、それもなかったので本当のことではなかったのだろうと思っていた。
しかしそれが本当なら、もしやコンクールはこれが初めてではないのか? そういえば先ほどショックのあまり“事情は分かった”と、上条恭介の話の続きを遮ってしまった。もっと話を聞いていれば良かった。でもおかしい。美樹さやかにとって知らないことが多すぎる。
そこで志筑仁美は、考え込んで俯く美樹さやかの顔を覗き込んだ。
「あの、さやかさん。もしかして……上条さんが先月、神浜市のコンクールで優勝したことも知らなかったのですか?」
「────────え?」
「……、……あ、授業が始まってしまいますよ。急ぎましょう、さやかさん」
「……ぁ……うん……」
廊下を早歩きする志筑仁美。
その後ろでは、走るというには遅すぎて、歩くというにはふらついている美樹さやかが、一切の瞬きをせず床を見つめていた。
†
正午。放課後のチャイムが鳴る。
昼下がりの正門前で、上条恭介の友人と彼のファンが激励を送る。
「しかし急な転校と引っ越しだよな」「善は急げってか?」「向こうでも元気でな!」
「上条くん!」「向こうでも元気でね!」「がんばってね!」「私、応援してます!」
「みんな……ありがとう!」
花束をもらって礼を言った上条恭介は、キョロキョロとあたりを見渡す。美樹さやかを探しているのだ。
そして遠巻きに親友の姿を見つけた。大手を振って別れを告げる。すると親友も両手で大手を振るってきた。
「はは……じゃあ、またね! 見滝原市は僕の故郷だ。また帰ってきたい。その時、世界クラスの演奏を聴かせることを約束するよ。だからみんなも元気で!」
「うぅ……なんだお前、泣かせること言ってくれるじゃねぇかぁ!」
「上条恭介くん素敵です!! 私たち、ずっとずっと待ってますっ!!」
そうして上条恭介はリムジンに乗った。高速道路に乗って神浜市に行くのだろうか。片道二時間程度。その距離。その道程。その急展開で、美樹さやかの恋路は失恋に終わるのか?
(────って、この程度で諦められるわけないっしょ……! こっちは昔っから、この乙女な気持ちを秘めて……っ!!)
美樹さやかは走り出す。
「さやかさん!?」
上条恭介のファンとして紛れていた志筑仁美は、全力疾走で下校する……否、全力疾走で彼を追いかけていった友達の背中を見届けた。
†