アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
昼下がりの午後。河川敷に架かる橋の上にて。美樹さやかは全身全霊をかけて走っていた。
しかし人間の脚力では、とてもじゃないが上条恭介の乗るリムジンには追い付けない。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
「────ま、待ってください! さやかさ~ん!」
美樹さやかは脇腹が痛くなって立ち止まる。その後方では志筑仁美が追い掛けていた。
「さ、さやか、さん……どうして、急に……走り出したの、ですか……?」
「はぁ、はぁ……そんなの、決まってんじゃん……だってあいつ、事前に何も言わず、急に……!」
「それは、同感ですわ……はぁ、はぁ……」
「だから、一発、がつんとかまして、やろうかと、思って……はぁ……」
美樹さやかは息を整える。だが志筑仁美はもうしばらく掛かりそうだった。
「つか……あんたも、なんで? 追い掛ける理由あった?」
「はぁ、はぁ……っ……、…………」
志筑仁美はハンカチで汗を拭うと、美樹さやかの瞳をしっかりと見据える。
「……え? 仁美……?」
「こ、こうなったら、恥も外聞もありません……緊急事態、ですので……ライバル同士、助け合いましょう……」
「は? ライバル……?」
美樹さやかはちんぷんかんぷんと言いたげに目を点にする。
「あ、でも、ちょっとお待ちください……み、水を────」
志筑仁美は頭を抑えると、くらりとして倒れる。
「え────えぇえええ!? 仁美! 仁美ぃいいい!?」
†
眩しい。目を開けると、太陽の傾き具合は倒れてからあまり変わっていない。美樹さやかの膝の上で、志筑仁美はハッと目を覚ます。額の上には美樹さやかのハンカチ。濡れたものを絞ってひんやりと気持ちいい。公園のベンチの上で仰向けになっているようで、ふと冷えたペットボトルが志筑仁美の頬に当てられた。
「ひゃ!」
「あはは! 冷たいか! 急に倒れてびっくりしたんだからね? 普段どんだけ体を動かしてないのよ!」
「何をするのですか! お、お稽古で多少体力はついております! ただ、色々とショックと混乱で精神的に……っ!」
「……」
美樹さやかは静かな表情で、志筑仁美を見据える。その視線が何を意味するのか悟った志筑仁美は、倒れる前の自分のセリフを思い出した。────ライバル。美樹さやかはその言葉から、ある程度の見当を付けているのだ。ペットボトルを奪い取ってグビグビと水分補給した志筑仁美は、ぷはぁ! と一息ついて地面を見つめ、語り始める。
「……そうです。実はわたくし、ずっと前から上条くんのことをお慕いしていましたの」
「────、……そう、なんだ……いやー、まさか仁美がねぇ……あー……恭介の奴、隅に置けないっつーか、なんつーか……」
「さやかさんは、たしか上条くんとは幼馴染でしたわね」
「いや、そこまで昔じゃなくて、腐れ縁ってくらいかな」
美樹さやかにとって気まずい沈黙が流れる。
対する志筑仁美は毅然と美樹さやかの瞳を見据えた。
「さやかさん。わたくしは今までこの気持ちをずっと隠してきたことで、いま取り返しのつかない事態になりつつあります。いえ、もう全てが遅いかも。だからこそ、わたくしはもう自分自身に嘘をつかないことにしました」
「……!」
「あなたはどうですの? さやかさん」
「……な、なにが……?」
「あなたは向き合えますか? ウソをつかず、正直に、まっすぐに」
「…………!!」
志筑仁美は立ち上がる。一瞬くらりとしたが、すぐにシャキっとした表情で駅方面を見据える。
「上条くんのことを見つめていた時間は、わたくしよりさやかさんの方が多いですわ。だからあなたには、私を越す権利があるべきです」
「……」
「私、今から上条くんの所に行って告白します。この気持ちを伝えずに終わるのは嫌なんです」
「……なにそれ。行動力の塊じゃん」
「しかし私は、一本電車を遅れて行きます」
「!」
「さやかさんも、どうか後悔なさらないよう決めてください。上条くんに気持ちを伝えるべきかどうかを!」
そう言って志筑仁美は走り出した。足が遅い。一本電車を遅らせるまでもない。魔法少女として走っていけば電車より早く到着する。普通に走っても簡単に志筑仁美を追い越して二本も早く電車に乗れる。
しかし美樹さやかは、呆然とライバルの後ろ姿を見据えるだけで、その手足は小刻みに震えていた。
†
その様子を遠巻きに見守る四人の少年少女がいた。
悪魔と環いろは、鹿目まどかと暁美ほむらである。
「これは……また上条恭介のところに行くべきか。……ところで、いろは。お前なんでここにいる?」
「今日の悪魔さんの監視役は私ですから!」
悪魔は面倒そうに目を閉じて頭を掻く。
「あの……悪魔さん。今朝もそうですけど、どうして上条くんに……?」
「あ、それは私も知りたいです!」
鹿目まどかと暁美ほむらの疑問。
「美樹さやかは意固地な性格であるため外野の言葉が届きにくい。裏を返せば正直な性格であるため“純粋な助言”であれば素直に聞き入れてくれる。しかし勘が鋭いため“相手の言葉に隠された別の意図”に気付きやすい。つまりオレが直接彼女に声を掛けても“この人は私のためではなく、ほかのことのために動いている”と看破されて説得は失敗に終わる可能性が非常に高すぎる。────ではどうするか? この手の場合は
要するに、
難攻不落の要塞たる硬い壁をバカ正直に攻撃する必要はない。
そのように言い切った悪魔は、まだ時間があるため今までの話を整理する。
「それより、まどか。時間が無かったから要点だけ掻い摘んで急遽、上条恭介と接触したが……今朝の話をもう一度まとめてほしい」
「あ、はい────」
鹿目まどかは説明する。
それは先週のこと。ちょうど“キリサキさん事件”が起きた頃の話か。鹿目まどかは、見滝原市をパトロールする美樹さやかの分までグリーフシードを調達するため神浜市に訪れていた。そこでなんと上条恭介を見つけて、さらに彼と一緒に歩く水髪翠眼の少女を目撃したのである。
しかし遠目だったので、最初はよく似ているだけの人だと思った。が、無性に気になって近付いてみたら、やはり本人だと判明した。そして盗み聞きするつもりはなかったが、二人の楽しそうな話し声を耳にしてしまう。というのも二人は先月のコンクールで仲良くなったらしい。
そして少女の方は“さやか”という名前をなぜか知っていて、かなり“さやか”のことを気にしており、“チケットは良いのか”とか“恋人じゃないのか”とか聞いていた。すると上条恭介は“さやかなら分かってくれるさ”“向こうは僕のこと親友としか思ってないんじゃないかな”と答えた。そのまま二人は音楽館に入場した。見ていたのはそこまでである。
それの何が問題なのかというと、上条恭介は美樹さやかが好きな男の子なのである。はたしてこのことを美樹さやかは知っているのか。急いで帰るなり聞いてみたら、なんと美樹さやかは先月あったコンクールのことも知らないではないか。そこで“チケット”の件を尋ねたら、美樹さやかは────“そういえば恭介が『おーいさやか! 君に渡すチケットが……』とかって呼びかけられたけど、こっちは『ごめん! 今からパトロールだから!』と答えた”────という顛末があったと聞き、鹿目まどかは間の悪さに苦心した。
その
そこで鹿目まどかは考える。確かに上条恭介が美樹さやかに何も伝えないのはおかしい。そこで美樹さやかは最近パトロールで忙しそうにしていた事を思い出す。今は魔女が少なくて暇を持て余しているが、先月は北関東から見滝原市を抜けて神浜市に移動する魔女が多かったため、美樹さやかも魔女退治に追われていたのだ。そして上条恭介もコンクールの件で日々リハビリと練習漬けの毎日。互いに溜まっていた勉強のこともあり、お互いに多忙で会う暇がなかったのが、コミュニケーションの停滞の原因だと考察した。
そして鹿目まどかの悩みの本題に入る。美樹さやかは魔女化の真実を知らない。もし美樹さやかが、上条恭介が引っ越すことを知って、見知らぬ少女と仲良さげということを知れば、思い込みが激しい彼女はすぐに絶望しきって魔女になってしまうのではないか。そう考えると善は急げの精神で事の次第を伝えるべきと思ったが、もし伝えたことで“もうどうにもならないよ!”と思ったことによって、スピーディーに絶望されても困る。神浜市に連れて行けば魔女化せずドッペル化で済むが、そううまくいくだろうか。
そうやってあれこれ悩んでいるうちに数日が経過。そして一昨日のこと。突然、上条恭介の引っ越しが教師の口から漏れて、鹿目まどかは“急すぎるよ!? まだもっと先だと思っていたのに!”と大混乱に陥った。そして上条恭介が中央区に引っ越すと聞きつけた鹿目まどかは、ある作戦を考える。それは、どうにかこうにかして美樹さやかを神浜市に連れて行き、しばらく引き留めてソウルジェムの様子を見よう────という計画だった。つまりは場当たり的な作戦である。
「────という次第です……私がちんたらやっていたばっかりに……」
「急な事態でも慎重に動けたのは及第点だろう。焦ってさやかに伝えても、彼女の性格上、何かが好転したとは思えない。オレに相談して正解だ。──友人だからこそ大切に思って鈍足になってしまう。それが弱点なら、赤の他人であるオレが瞬足に動けばいい。これでバランスはいいだろ?」
「悪魔さん……」
「適材適所ってやつだ。後詰はまどかしか居ないんだから、それまでどっしり構えてろ」
「はい!」
悪魔は励ますことで鹿目まどかのメンタルを回復させる。
「ところで、ほむら。ずっと聞きたかったことだが、この展開は今までのループにあったか?」
「いえ……まったくの新展開です……そもそも今までは、神浜市と全く縁がなかったので……」
そこで鹿目まどかは驚く。
「えっ……悪魔さん。ほむらちゃんが過去に戻れることを信じ……知っているんですか?」
「あぁ。こんなことは言われるまでもないだろうが、ほむらは嘘をついていない。証明はできないが。それと何かしらの出来事を過去跳躍という形で信じ込んでいる場合もある。オレは心が読めて嘘が見抜けても、本人の勘違いまでは見抜けないからな。
──それでオレは並行世界移動
──ただ仮に可能性世界線説が濃厚で、その上で単に時間遡行しているだけという話なら必要エネルギーは少なく済むから、あとは単にオレが
──しかし、まどかの顛末を聞くに
悪魔は腕を組んで考え込んでしまう。
対する鹿目まどかと環いろはは、最初以外はちんぷんかんぷんといった顔で、口を唖然と半開きにしていた。
「……」
そして暁美ほむらは、やはりと思う。まだ鹿目まどかは自分が過去に戻れることを信じきれていないのだ。だがそれも仕方ない。普通は信じない。あの出会い方なら尚更だ。故に自分は落ち込む資格もないと、暁美ほむらは気を強く保つ。自分が鹿目まどかにどう思われようと、やるべきことは鹿目まどかを守り、その周りの人たちも出来ることなら助けることだ。
「すまん、話が逸れた。──で、ほむら。全てのループにおける美樹さやかの顛末を聞いておこうか」
「え……!? で、でも……」
暁美ほむらは躊躇する。最初のループから遅かれ早かれ美樹さやかは、上条恭介関連で魔女化という悲惨な結末を迎えている。それを今ここで、鹿目まどかが居る前で話していいのか。いやダメだ。どうしても聞きたいなら、自分の心を読んでほしい。
「では具体的な内容を聞かせてもらおうか」
「え?」
「もしかしてほむらちゃんの心を読んで話してます?」
環いろはと鹿目まどかの困惑。
悪魔と暁美ほむらは構わずアイコンタクトと超直感で心の会話を続ける。
美樹さやかは、ソウルジェムの真実を知って“こんなゾンビみたいな体で抱き締めてとは言えない”と絶望して魔女化したり、魔女化の真実を知って“いずれ化け物になったとき最初に殺しちゃうのは恭介だから付き合えない。そうじゃなくても魔女化して行方不明になったら悲しませちゃうからダメだ”と絶望して魔女化したり、極めつけは“告白してOKもらえて付き合えたけど、自分より音楽を優先する上条恭介と大喧嘩して勢いで別れてしまい意地でも仲直りせず、しばらくあとで音楽好きに理解あるアピールをした志筑仁美が上条恭介と付き合うことに成功し、失恋で魔女化した”という三つのルートだろうか。
「最後のは……修羅場だな……」
「はい……ただそのあと、二人は別れたんですけど……これがまた……」
美樹さやかが死亡した報告を聞いた二人は、なんだか気まずくなって別れてしまったのだ。三人とも救いがない顛末である。
「えっと……誰と誰が別れたんですか……?」
「いや、やめておこう、いろはちゃん。二人の顔をよく見て。たぶん聞かない方がいいやつだ……」
悪魔は両目を手で覆って天を仰いでいた。なんとも言えない感情が渦巻く。悪魔は、このような色恋沙汰で魔女化する魔法少女を数多く見てきたが、これはトップスリーに入るレベルの胸糞悪い結末だ。誰もが悪くて、誰もが悪くないだけに、後味が悪すぎる。
「そう考えると、ほぼ百パー魔女化すると見ていいな。それは性格を直感してほぼ予測できていたが、具体的にどうするか……やはりまどかの計画が一番いいかもな。なぎさにも既に待機させてある。もしもの時は神浜市に飛ばす。機を見誤るなよ」
『はいっ!』
†