アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
青空が赤く移り変わる頃。神浜市・中央区。その別位相に浮かぶ陰鬱な魔女結界にて。
綾野梨花と五十鈴れんはタッグを組んで魔女やその手下と戦っていた。
赤色と青色の魔力が戦場に光っては散る。魔女の戦闘スタイルは超遠距離型。綾野梨花と五十鈴れんは双方とも中距離支援タイプなので射程の相性が悪い。一定間隔で狙撃してくる間、通常の倍近い使い魔が主の下まで行かせまいと足止めしてくるため、なかなか魔女に近付けない。そして使い魔を一掃するための攻撃を仕掛けた途端、超遠距離から音速を超す狙撃が飛んでくる。既に戦闘開始から三十分が経過。逃げ時を見誤り、既に退路は塞がれている。魔力も残り少ない。苦戦を強いられる中、不意に上空から青い光が一条の流星を描いて突貫した。
「あたしの恋路の邪魔をするなぁああああああ────!!」
青光の魔力を迸らせる美樹さやかの一刀両断。敵は二人だけだと油断し、ゲートから入って遠回りで接近してきていた三人目に気付かなかった魔女は、突として頭上側面からの奇襲を受けて消滅する。
魔女結界が消滅。空間位相が現実に戻り、三人はビルの屋上に降り立つ。綾野梨花は腕から血を流しており、五十鈴れんは尻餅を搗く。美樹さやかはサーベルを鞘にしまうと、夕空を見上げてため息をついた。
「はぁ……」(神浜市、マジでヤバイ……あっちもこっちも魔女ばかり……見過ごすわけにもいかないから戦ったけど、強すぎて逆にこっちが死にかける……と思えば狡猾にも逃げられた。それを二回繰り返して……今やっと倒したと思ったら、他人の獲物を横取りするような形になっちゃった。どうしよう……ピンチみたいだから助けたんだけど、もし問題になったら────あたしはもうキャパオーバーだよ……それに上条がどこにいるのかも分からないんだよ? 今頃仁美に先を越されてるかも……あーもー!)
グリーフシードが廻る。頭を掻きむしりたい心地でそれを手に取った美樹さやかは振り返り、綾野梨花と五十鈴れんにグリーフシードを投げ渡す。
「はい。これ、あんたたちの取り分でしょ」
「え……でも、助けてくれたのに悪いよ……」
「……!」五十鈴れんはこくんとうなずく。
「いや、でも、あたしこの街の魔法少女じゃなくて……縄張りとか侵すつもりないから、できれば友好的だと嬉しいなって……」
「……なんだ。そんなことか。それならみんなで分け合おう! あなたもソウルジェムの濁りがひどいし!」
「!」五十鈴れんはうんうんとうなずく。
美樹さやかは安堵する。どうやら優しい人たちに出会えたようだ。ここのところ、よその魔法少女と言えばキリサキさんや神名あすみという悪女ばかりであったため、かなり警戒していたがそれも失礼だったようだ。綾野梨花の無邪気な気遣いを素直に受け取った美樹さやかは、そのお礼というわけではないが彼女の腕の負傷に対して治癒魔法を使う。
「……あれ?」
しかし治癒魔法がうまく働かない。それも無理はないかもしれない。魔法は感情エネルギーを使う。美樹さやかの揺れ動く精神では、ろくに固有魔法も使えない状態にあるだろう。あるいは他人に治癒魔法が使えないという可能性も────
「はい、これでみんな浄化完了!」
「あ、ありがとう……」
綾野梨花は首を横に振り、笑顔で応える。
「お礼を言うのはこっちの方だよ! 改めてありがとう! あたしは綾野梨花! で、こっちは……」
「……! ……五十鈴……れん……です……」
「────あたしは、美樹さやか」
美樹さやかは頭を掻く。その顔をじっと観察していた綾野梨花は、ひとつ質問してみる。
「さやかちゃんは……もしかして急いでたりする?」
「え?」
綾野梨花は聞いていた。美樹さやかが“自分の恋路を邪魔するな”と叫んでいたことを。そして先程からビルの真下を見下ろしているため、誰かを捜しているのかと察したのだ。
「この街の魔法少女じゃないって言ってたよね? もしかして迷子だったりする?」
「……み、道案内……お礼……」五十鈴れんはしどろもどろながらお返しがしたいと言う。
「いや! それは悪いよ!」
「遠慮しないで! さやかちゃんは、颯爽と駆けつけてあたしとれんちゃんを助けてくれたヒーローなんだよ? このくらいしないとこっちが気にするよ!」
「! !」五十鈴れんはヘッドバンギングするようにかぶりを振る。
「……じ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな……というのも、中央区の高層マンションでいいんだけど……」
「へぇ! マンションの名前とか分かる?」
「……それが……」
美樹さやかは言葉に詰まる。上条恭介が引っ越す先のマンションなんて知るわけないのだ。それは志筑仁美も同様だろう。行動力の塊とは言え、後先のことを全く考えてないじゃないか、と美樹さやかは内心ため息をつく。
(まぁ……その勢いに釣られちゃったあたしもあたしなんだけどさ……)
ちょうど神浜市でグリーフシードを調達しようと思っていたところだ。渡りに舟……というわけではないが、上条恭介のことは、ついでというわけではないが、まぁなんだ。あれだ。正義の味方と普通の女の子の板挟みというのは、かなり大変だということだ。
(まぁいいや……えっと、あたしは仁美より一本早く電車に乗ったから、もう仁美も駅構内を出ている頃で……つまり、どっちが先に恭介を見つけるかっていう話で……はぁ。あたし、マジでなにしてんだろ……)
美樹さやかは混乱状態のまま青春を駆け抜けている。考える暇も落ち込む暇も無いに等しい。まったく神様がいるなら文句を言ってやりたいと美樹さやかは目を瞑る。どうしてこんなドタバタ騒ぎを生み出したのか。乙女にはそれなりの準備期間が要るというのに!
「? さやかちゃん?」
「! あぁ、ごめん……ちょっと色々と思考が追い付いていなくて……」
美樹さやかは決める。
「ごめん。嬉しいんだけど、やっぱりこれは自分ひとりで解決するよ。あたしの親友でありライバルも……今頃ひとりで街中を走っているだろうから」
「……!」
美樹さやかは人気のない路地裏に飛び込むと、変身を解除して大通りに飛び出す。どうやら魔法少女の力を使って上条恭介を捜そうとは思わないようだ。どこまでも純粋で真っ直ぐで、そして不器用な乙女である。
だからこそ綾野梨花は、なんとなく美樹さやかに不穏な気配を感じていた。
「れんちゃん。ごめん。あたし、ちょっと様子を見てくる」
「……?」
「この街は初めてって言ってたし、中央区は特に魔女が多いから……」
「…………そ、そういうことなら、私も……梨花ちゃんに協力、する……」
「ほんと? ありがとう、れんちゃん!」
「……っ!」五十鈴れんは頬を赤らめてうなずく。
そうと決まれば話は早い。二人は美樹さやかをそっと追いかけた。
†
一方その頃。美樹さやかと志筑仁美が街をひた走る1キロ先のマンションにて。
上条恭介は初めて使う鍵で扉を開く。どうやら指紋認証や声紋認証、顔認証でも開く最先端の扉のようだ。後で設定しなければ。暗い廊下に明かりをつけて、横に防音室。まっすぐ進めばリビングに出て、必要最低限の日用品を詰めたダンボール箱が山積みにされていた。
「ふぅ……疲れた……」
「冷たい水だ。飲むか?」
「ありがとう────」
上条恭介はひんやりとした食塩水の飲料水を貰う。……だが待て。いったい
「うわぁあああ!?」
「また驚かせたか。悪い。悪魔は対象に向かって瞬間移動ができるんだ。窓から入ってきた方が良かったかな……」
「瞬間移動……いやでも窓からって、ここ百階以上あるんだよ……?」
「悪魔が飛べないとでも?」
上条恭介は「たしかに」と呟き、息を整えて立ち上がる。
「悪いが、また頼みがある」
「……女神様を不幸にしないためかい?」
「相変わらず話が分かる。ちなみに脅すわけじゃないが、この頼みは絶対に叶えてくれないと……
「えっ。……僕じゃなくてかい?」
「そうだ。いやまぁ、お前も呪われるかもしれないが……女神様はご存知の通り、お前に優しい。いや甘い。だから機嫌を損ねると、お前じゃなくて、ていのいいサンドバックのオレに雷が落ちる。というわけで、割とガチで今回はよろしくお願いします」
悪魔は姿勢を正すと誠心誠意、頭を下げる。
上条恭介は頭を上げてくれと焦り、この不憫な悪魔のためにも、きちんと話を聞かなければと真剣な目つきになる。
「お前が優しい奴で助かったよ」
「で、頼みというのは……? 無理のない範囲だといいんだけど……」
「いやーこれがまたよくわからない頼みでな。どうも、これからお前に告白する奴が現れるようだ」
「え────告白……?」
上条恭介の脳裏に、空穂夏希の姿が浮かぶ。
美樹さやかについては影も形も気配もない。
「あぁ。で、もしそいつの告白にOKする場合、一旦保留にしてほしい。それ以外の場合は好きにしろ」
「保留って……」
それは嫌だ。という思いが、上条恭介の気持ちで強くなる。それは本心だ。
理性と善性では、女神様や悪魔のためにも、その願いは聞き入れたい。聞き入れるべきだ。でも空穂夏希からの告白を保留にしたことで、もし相手の気が変わったら、きっと上条恭介は一生後悔する。そう思うと、とてもじゃないが保留にできる自信がなかった。
「まぁ別に無理しなくていいんだぜ。雷が落ちるのはオレだけだ。お前が願いを聞かなくてもオレは怒りゃしねぇよ。神ってのはホントすぐ怒って雷落としてくるからな。いつの世も神ってのは理不尽なもんだ。オレは慣れてる。ただ忠告しておくぞ。この頼みを無視したら、軽い災いがお前の周りに降りかかるかもしれない」
「……僕の周り?」
「そうだ。神ってのは性格が悪いからな。裏切り者が出たら、そいつを罰するんじゃなくて、そいつの家族やそいつの大切な人を化け物に変えちまうんだ」
「ば、化け物って……」
「まぁお前の顔を見ていたら、なんか悩んでんのはオレでも分かる。そうだな……ちょっくら公園に散歩でもして涼めばいいんじゃね? それで決めればいいさ。どうせオレが罰を受けるだけだろうし、そう重く捉えるなよ。ただ、ほんの少しでも憂いを取り除きたいってんなら聞き入れた方がベストってだけの話だ。────んじゃ、オレはきちんと頼んだからな。バーイ」
悪魔は霧となって姿を消す。
「…………」
上条恭介は俯くと、おもむろに歩き出して外出。
それを霧の中で見守っていた悪魔は、今度は青い閃光を発して消え去った。
†
夕焼けの中央区を東奔西走。そこで美樹さやかは、とある客観的事実に気付く。
(っていうか、いま思ったんだけどさ────これ、ストーカーじゃない!? ああぁぁああばばばどうしよう!? もし恭介と出会ったら絶対ヘンに思われる! なんでここにさやかが!? ってゼッタイ言われる! それなのに仁美は、よくもまぁ追いかけようと思ったな!? いやまぁ最初に走り出したバカはあたしなんだけどさ?!)
走り出した少女と追い掛けて決心した少女との化学反応。
その行方は、この一日で決着がつく。
「……っ……」
そして美樹さやかがひた走る前方より、環いろはが向かい歩く。
その顔は何食わぬ顔を意識しているが、意識するあまり緊張しており、どこかモジモジとしている。耳元にはスマホを当てており、通話相手と話す素振りを見せて、悪魔から頼まれたセリフをそのまま口に出す。
「あ……あーそういえば、この前コンクールで優勝した“上条恭介”って人……そこの一番高いマンションで見た人がいるんだってー……すごいねー……やっぱり天才は違うねー……あっ。て、天才はお金も持っていて違うねー……」
「っ!?」
とんだ棒読み。しまいにはセリフも間違えた。さらにど下手に訂正してしまったが、美樹さやかは焦るあまり特に気にせず情報を幸運のものとして受け取ってくれた。しかし────
(────っ! また魔女反応! 魔法少女の反応もある! でも魔力が弱い……つまり仲間のピンチ!)
美樹さやかは路地裏に駆け込むと変身。白いマントをはためかせて魔女ゲートに飛び込む。
それを見届けた環いろはは呟いた。
「なんで私がこんなことを……。……でも、さやかさんって人……好きな人のことより、魔女退治を優先した……あんなに優しい子なのに……それでも報われないなんて……」
環いろはは、先ほど帰参した悪魔から聞いていた。
上条恭介の頭の中には空穂夏希しか居ないことを。
「そこのあなた!!」
「ふぇ!?」
突として背後から腕を掴まれた環いろはは、びっくり仰天と言わんばかりに両肩を跳ね上げる。
「今の話は本当なんですの!?」
「え……えぇ────!?」
環いろはが振り返った先に居た少女は、遠巻きに見守っていた少女のうちの一人。志筑仁美だった。そして、彼女の後方には悪魔が電柱に寄りかかっている。そして無言で環いろはに頷いた。そのアイコンタクトは“正直に言え”という合図だと受け取った。
「えっと……そう、です……」
「っ! ありがとうございます! お礼したいところですが、今わたくしは乙女の人生を懸けた危機ですので! またご縁があれば、その時に! ではっ!」
志筑仁美は、上条恭介の住んでいるマンションに向かって走る。その隣にある公園に行くことがあれば、本当に上条恭介と鉢合わせしてしまうだろう。本当にそれで良いのかと、環いろはは悪魔の下に駆けつける。
「あ、あのっ! 悪魔さん……」
路地裏から鹿目まどかと暁美ほむらが出てくる。
かたや不安そうな顔をしており、かたや知っていたように落ち着いていた。
「賭けだったが狙い通りだ。美樹さやかはどの世界線でも不憫な扱いを受ける。ならば当然こうなると踏んでいた」
「血も涙もない賭けの確定勝利ですね……」暁美ほむらが苦言を呈する。
「でもこれじゃあ、仁美ちゃんが先に……」鹿目まどかは、どちらの友も報われてほしいという思いが叶わないことを憂う。
「是非もない。恋愛は換言すれば心の殺し合いだ。告白勝負では、より勇気を出した方が勝利するのは世の常。無論、告ったからといって報われるかどうかは別の話だが」
上条恭介は空穂夏希にぞっこんだ。ヴァイオリンしか愛さない男が、ヴァイオリンを通じて女の子に興味を抱いた。その時点で美樹さやかと志筑仁美は、大きな差を付けられていると言っても過言ではない。これを巻き返すためには、それこそ一か月前に巻き戻り、美樹さやかがチケットを受け取る必要があるだろう。そうすれば志筑仁美も引っ張られて、二人の告白勝負に発展していた未来もあったかもしれない。
いつだって運命は残酷だ。人は後悔しつつ前に前に押し出される。歩け走れと言われて突き出される。やり直しは利かない。もはや前に進むしかないのだからと。
†
「とりゃあああああああ────!!」
美樹さやかは魔女を一刀両断する。魔女結界が消滅し、空間位相が揺らめいて現実に戻る。
「助けてくれてありがとう! そこのマンションだけは守りたくて……」
「いやー。なんのなんの。あ、これグリーフシードね」
「え、貰っていいの?」
「なんでさ。それとも……もしかして分け合おうとか言う?」
「うん! それがいいと思うな!」
「……そっか。じゃ、お言葉に甘えて」
美樹さやかと水髪翠眼の魔法少女はソウルジェムを浄化する。敵はかなり強かったため、美樹さやかもたった一戦でソウルジェムの三割が濁ってしまった。倒すのにも十五分くらい掛かり、かなりの長期戦となった。
「あ、そういえば自己紹介してなかったね。あたし、美樹さやか」
「私は空穂夏希! よろしくね!」
その様子を屋上で見守る悪魔は、不意に直感した。物陰から不審な人物が二人を盗み見ている。どうやら強盗犯のようだ。二人の女子が持つソウルジェムを高値の宝石と思って奪おうと考えている。首筋に魔女の口づけはない。単なるゴロツキの犯罪者だ。すかさず悪魔は柵を飛び越えて後ろ首にドロップキックを入れて気絶させる。そして霧の炎を灯し、その不審者そっくりに姿を化けてみせた。走り出す。霧の炎でハリボテのナイフを構築。二人の前に躍り出る。
「おい、そこのお嬢ちゃんたち。乱暴されたくなかったら、その手にある宝石を寄越すんだな」
『!?』
なぜ悪魔はそんな行動を取ったのか。答えは簡単。先ほどの不審者は鑑定人としての審美眼があった。ソウルジェムを手に取れば、どの宝石とも違うと分かり、思い込みの激しい性格であるため玩具だと思い投げ捨てる
そのため
「あ、あんたなによ……」
「ごちゃごちゃ言うな。その宝石、アクアマリンだろ? ちと形が違うが……色と輝きは最高だ。奪わせてもらうぜぇ!」
「危ない!」
跳躍。悪魔はナイフを切り落とす。空穂夏希を庇った美樹さやかの腕から血が迸る。青ざめる空穂夏希。痛覚は遮断しているが、初めて人に襲われたことで精神的ショックを受けたのか痛がる美樹さやか。その隙を突いて悪魔は空穂夏希のソウルジェムを奪い取り、脱兎のごとく逃げ出した。
「待て────!」
「え? げぇええ!?」
腕を切られたはずの美樹さやかは、治癒魔法による高速再生能力で、一瞬のうちに腕の傷を癒し、魔法少女の身体能力で強盗犯を追い掛ける。
「な、なんだ!? 嬢ちゃん陸上選手かよ!」
「くそっ! こいつデブのくせに早い!?」
というのも本物の強盗犯も元陸上部である。
「────って、あ? なんだこれ!
ここで本物の強盗犯なら、傍目に映るドブに投げ捨てていた。されど悪魔は振り返り、美樹さやかに向かって直線的に投げつける。
「女がチャラチャラ遊んでんじゃねぇ! あがっ!?」
悪魔は振り返った途端、路地の壁から鋒を尖らせるむき出しの鉄パイプに後頭部を殴打。その場に倒れる。そして目に見えないほどの霧が発生しては消えると、そこには悪魔が倒れていた場所には、なんと先ほどドロップキックされて気絶した本物の強盗犯が倒れていた。
「うおっと! キャッチ! 危ない危ない……くそー。最後は自滅とか……つくづく哀れだわ。仕方ない。警察に引き渡すか……」
「夏希ちゃん!?」
ふと、後方から叫び声が聞こえる。その声には聞き覚えがある。先ほど助けた綾野梨花の声だ。
(え? なに?)
なにやら鬼気迫る声に胸が騒ぐ。美樹さやかは気絶している強盗犯を見やるが、おそらく連れて行っている暇はない。
「起きて、夏希ちゃん! どうしたの……?」
悲痛な声。それを聞いて美樹さやかは駆け出した。一人の犯人を見逃すことになるが、叫び声を聞いて黙ってはいられない。駆け抜けた路地裏のジグザグ道。来た道を駆け戻る美樹さやかは、最初の位置に舞い戻った。視界に入るは、倒れている空穂夏希。その周りで声をかけて起こそうとする綾野梨花と五十鈴れん。
「……いったい、何が……」
美樹さやかは硬直する。だが何かをしなければと思い、空穂夏希に近付く。倒れた理由は不明。まさかソウルジェムを奪われた時にナイフで傷付けられた?
(え────となると……もしかして……あたしの、せい……?)
頭がパニックになる。正常な判断ができない。
そこで綾野梨花が、横向きに倒れる空穂夏希の体を倒して仰向けにし、その口元に耳を当てる。
「──っ!? うそ……呼吸、してない……」
「────!!」
仰向けの体に外傷はない。それで呼吸していない。どういうことだ。
「り、梨花ちゃ……し、心臓、こきゅ……」
五十鈴れんが言うやいなや、綾野梨花は空穂夏希の気道を確保し、心臓マッサージを始める。その光景を黙って見守ることしかできない美樹さやかは、かじかむ手のひらから不意にソウルジェムが転がり落ちた。それはコロコロと転がって────空穂夏希の体に当たる。
「────! い、痛い痛い! なんで胸を押してるの梨花ちゃん!? ──あれ……私、なんで寝て……?」
『────っ!!?』
綾野梨花、五十鈴れん、美樹さやかの三人は、何が起きたのか分からず絶句する。
その様子を遠いビルの屋上から見守る四人組がいた。
「悪魔さん! なんであんなことを……!?」環いろはが猛抗議する。
「どうして……あえて今までのループ通りに……? このままじゃ美樹さんはソウルジェムの真実に気付いて……」暁美ほむらは疑問を解消したいと問いかける。
「さやかちゃん……」鹿目まどかは事の成り行きを見守る。もうそうなってしまったものはしょうがない。あとは何ができるかだ。
「ずっと美樹さやかの心を読んでいたが、神名あすみと接触しているようだったからな。“良い警官と悪い警官”って知ってるか? ちょっとアレをやってみようと思ってな」
「何を言っているのか全く分かりません! 一から十までの説明をお願いしますっ!!」
悪魔は無表情で説明する。
「いろは。オレがやらなくても、あの強盗犯が似たような結末に導いていた可能性が高い。では、その可能性を封じる方が得策だと考えるか? 未来は無限にある。ならばどうしようもないことは敢えて再現して、その先に起きる出来事に対して考えを巡らせた方が建設的だとは思わないか? 場当たり的な助け方よりかは、遥かに計画性がある助け方で良いと思うんだが。……まぁこれは、オレが人の心を読めてしまうが故の価値観でもあると思うが」
悪魔は心配するなと言って、腕を組み考え事を始める。これから先どうするべきか、どうしたら良い結果に収まるか未来を見据えて試行錯誤しているのだろう。
「梨花とれんと夏希には、あとで真実を知りたければ道場に来いと言えばいい。だが美樹さやかは同じことを言っても明日には魔女化すると見た。失恋濃厚の恋愛に追われて、魔法少女の使命に追われて、ソウルジェムのよくわからない出来事に驚いて、もう頭と心はパンク寸前だ。とてもいい方向に流れが進んでいる。この調子でいくぞ」
「悪魔さん。なんだか文脈がおかしいです……」環いろはは呆れかえる。
「今のセリフを額面通りに受け取ると、本当に悪魔みたいですよ……?」暁美ほむらの指摘。
そんな二人の苦言に、悪魔は「その通りだが?」と返した。
彼の名は悪魔。成功のためなら合理を取る非情な男である。
†