※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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四重奏(カルテット) 桐野紗枝編



四重奏(カルテット) 桐野紗枝編
【なら、それはとても素敵なことよ】由貴真里愛


 

 まだ朝方の時間帯。神浜市南凪区・南凪自由学園の白亜に輝く回廊。そこに二人の人影が向かい合っていた。

 

 かたや由貴真里愛(ゆき まりあ)という女子生徒。その指には魔法少女の証であるシルバーリングを嵌めている。

 かたや悪魔。闇の魔力その性質は構築の作用で、この学園に通う生徒の制服である青いセーラー服に扮装している。

 

 回廊に立ち並ぶ柱の影は魔女のシルエットを映す。柱の向こう側は陽光降り注ぐ庭園があり、木の葉は風になびき、花壇は香りを立たせ、幾何学的な造形の噴水装置は清い水を噴き上げる。

 

「魔法少女を辞められるうわさ……ね。それを教えてくれるということは、もしかして貴方が“キュゥべえを連れた男の子のうわさ”の正体なのかしら?」

「……まいったな。そのうわさ、もう南凪区(ここ)まで広がっているのか……」

「この街はうわさが広がりやすいの。ついでに尾ひれも付きやすくて……だから、キュゥべえを連れた男の子は悪魔と名乗っていて、魔法少女を人間に戻す代わりに、その魔法少女を食べちゃうっていううわさは……どうなのかしら?」

「悪魔と名乗っているのは合っている。だが人間に戻したあとに食い殺したら、それは本末転倒だろ」

「ふふっ。たしかにそうね?」

 

 悪魔は眉間のしわを押さえ込み、自身のうわさの広がり方に困惑する。

 

(しかし、魔法少女を食(・)べ(・)る(・)……か。それも意味合いによっては正しいかもな)

 

 官能的な表現法を連想した悪魔はかぶりを振り、思考を切り替えて話を進める。

 

「そこまで分かっているなら話は早い。ではここから先の話は他言無用だ。主にオレの身の安全のため口外は避けてほしい」

「分かったわ」

「たしかにオレは魔法少女を元の人間に戻す魔法を持っている。だが元の人間に戻すためには二つほど条件がある。そのうち一つ目の条件を教えよう。それは“願い事を無かったことにしなければならない”という制約だ」

「……!」

 

 由貴真里愛の表情が固まる。それはすぐに慈愛と覚悟を秘めた微笑みとなってこぼれた。

 それを見た悪魔は直感した。彼女は悪(・)魔(・)契(・)約(・)を(・)受(・)け(・)る(・)気(・)が(・)な(・)い(・)ことを……。

 

「そう……やっぱり、どんなことでも代償は付き物よね……」

「……その様子だと、無かったことにしてはならない願い事を叶えたか。誰かを助ける願い事でも叶えたか?」

「聡い人ね? えぇ……お察しの通りよ。私は交通事故に遭って死にかけていた子どもを助けるためにキュゥべえと契約を交わした。そのあとキュゥべえから魔法少女のことを聞き出して色(・)々(・)と(・)知(・)っ(・)た(・)けど……私は魔法少女になったことに後悔していない。だから貴方の契約は受けられないわ」

 

 魔女化。それを知ってなお赤の他人を救えたことに一片の疑念も後悔も抱かず、ただ世人を助けるための魔法少女であることを毅然と誇れる。その精神性の気高さと身を削るような包容力は、まさに聖母のそれに近しい。

 

 柱の合間から射し込む陽光が後光のように見える。彼女の態度に感心した悪魔は、ただただ驚いたように微笑みを返した。

 

「……そうか。既に魔法少女の真実(それ)を知っていたか。ならば余計なお世話だったな」

「まさか。余計なんてことはないわ……ありがたいことよ。だって貴方はキュゥべえにそそのかされた魔法少女を救うために、各地を飛び回ってその魔法を使っているんでしょう? なら、それはとても素敵なことよ」

「それはどうかな。二つ目の条件を聞いたら、同じことは言えないと思うぜ」

 

 二つ目の条件。それは愛情の必要性。愛情の証明は告白ではなく、もっぱら愛撫や同衾によって果たされる。故に下品。故に誇れない。そう言いたげに悪魔は自嘲する。

 

「……よく分からないけど、二つ目の条件がなんであれ、貴方は私の命を慮って声を掛けてくれた。その事実に変わりはないわ。だから、ありがとう」

「……由貴真里愛。あなたはまるで聖母みたいな人だな。そう言ってくれると救われるよ」

 

 悪魔は誠意を尽くして頭を下げる。それに驚いた由貴真里愛は頭を上げさせようとするが、それを遮るように悪魔は交渉を続けた。

 

「由貴真里愛。食い下がるようで悪いが、最後に提案がある。オレはあなたを死なせたくない。できれば魔法少女の運命から解放させたい。そのためには可能な限り策を講じる。あと少しだけ話を聞いてもらえないだろうか」

「……授業までまだ時間はあるから、別に構わないけど……」

 

 悪魔は頭を上げた。

 

「仮にオレと由貴真里愛が悪魔契約を交わして、由貴真里愛の願い事を無かったことにし、由貴真里愛を元の人間に戻したとしよう。そのとき交通事故に遭って死にかけたという少年は、どういう状態になるのか知りたい。そのためには当時の事故現場の状況を知る必要がある。少年は即死だったか、それともまだ息はあったのか。死ぬとしたら、どれくらい先のことなのか」

「それは……ごめんなさい。よく分からないわ。素人目にはなんとも……でもかなり小さな子だったから、即死に近い状態だったんじゃないかしら……」

「そうか……というのも今の話は少年を助けるための話だ。由貴真里愛との悪魔契約完了後、おそらくその少年は交通事故かどうかは分からないが、確実に当時の状況に近い瀕死の状態に追い込まれる。その少年を助けるという願いを無効にしたんだから、当然運命のしわ寄せは到来する。だが、あらかじめその少年の近くに治癒魔法の使い手を配置しておけば、その少年を事故の運命から助けることができるかもしれない。そう思って提案したんだが……その様子だと、またあの少年に痛い思いをさせるのは忍びない、という感じだな?」

 

 悪魔は提案している間に、相手の顔を見てその心理を直感していた。

 

「えぇ。またあの子に痛くて怖い思いをさせてまで魔法少女から解放されたいとは思わないわ……なんだかごめんなさいね」

「謝る必要はない。それに魔法少女を辞められない理由は、それだけじゃなさそうだしな」

 

 由貴真里愛は心の底を見透かされたような発言に驚く。

 

「貴方は本当に聡い人ね?」

「できれば理由を知りたい。何が気になっているんだ? おおかた察しはつくが……」

 

 由貴真里愛は庭園に振り向き、そのまま青い空を見上げる。それは誰かを思いやり、見守るような表情だった。

 

「この学園にも何人か魔法少女がいるんだけど……その中の一人に、ちょっと心配な子がいるの。誰にも頼らず、なんでもかんでも一人で解決しようとして……危なっかしいというか、力になってあげたいというか……なんだか放っておけないのよね」

「……そうか。てっきり仲(・)間(・)の(・)魔(・)法(・)少(・)女(・)を(・)差(・)し(・)置(・)い(・)て(・)自(・)分(・)だ(・)け(・)普(・)通(・)の(・)人(・)間(・)に(・)戻(・)る(・)わ(・)け(・)に(・)は(・)い(・)か(・)な(・)い(・)という気持ちがあるのかと思っていたが……あなたはどこまでも他人を心配するんだな」

「そんなに私を持ち上げても何も出ないわよ? でも抜(・)け(・)駆(・)け(・)に(・)な(・)る(・)よ(・)う(・)で(・)困(・)る(・)って気持ちは、たしかにあるわね」

「……万事了解した。そういう理由で断られたことは何度もある。理解は示すさ。オレも同じ立場だったら、仲間を見捨てて逃げるような真似はしたくない。なにより戦う人がいなくなれば、誰が魔女から人々を守るのかという話にもなってくる」

「えぇ、そうね。分かってくれてありがとう。貴方は本当に優しい人ね? ……あ、いけない。もうこんな時間。それじゃ、私は行くわね」

「あぁ。引き留めてすまなかった。達者でな」

 

 由貴真里愛は丁寧なお辞儀をして振り返り立ち去る。その背中を見つめる悪魔は、ふと質問が思い浮かび呼び止めた。

 

「あ、ごめん! 最後に一つ! その“心配な魔法少女”の名前は?」

「────桐野さん。桐野紗枝(きりのさえ)さんよ!」

 

     †

 

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