アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
美樹さやかは思う。今日はおかしい。明らかに厄日だ。恋愛乙女と魔法少女の板挟み。その上、不可解な事が起きた。しかし今は優先するべき事がある。多くの謎と鬱憤を後回しにして、今は一番の星めがけて走り続ける。
「はぁ、はぁ────! っ……!?」
美樹さやかは公園に入るなり、上条恭介と志筑仁美を発見して木陰に隠れる。綾野梨花・五十鈴れん・空穂夏希とは先ほど別れた。空穂夏希の気絶とソウルジェムの不可解な現象関係を、都ひなのという先輩魔法少女に相談してみると言っていた。そして美樹さやかは急ぎの用事があるからと高層マンションに向かい、ロビーに入っても部屋番号が分からず、仕方がないため外に飛び出した。そして美景の公園に立ち入ってマンションの窓に上条恭介が居ないかと探していたら────声が聞こえたのである。
「仁美さん!? なんでここに……」
「はぁ、はぁ……あの、わたくし……上条くんに、お伝えしたいことがありますの!」
────それからの掛け合いは、よく覚えていない。
なんだか自分のことのように苦しくなって(ああ。自分もああなるんだな)と悟ってしまったから。
†
夕陽が沈む。帰りの電車。逆光を受けて影と化す美樹さやかは俯いている。
そもそもが土台無理な話だったのだ。あっという間の一日。あっという間の出来事。
何事もなかったかのように、この秘めたる想いは遠く無残に離れて散った。
(あたし……こんなにも勇気がない奴だったんだ……)
徐々に思い出す。
(我ながら情けなさすぎて……仁美はすごいなあ……なんで負け戦に挑めるの……?)
心を守るため忘却していた一連の流れを。
────わたくし、上条くんのことが好きです!
────それで、それを言うために、ここまで追いかけてきたのかい?
────っ!
────……そこまでしてくれたのに、ごめん。
────!!
────実は僕、好きな人がいるんだ。
ああ────その人が、自分ではないと悟った。確証はない。だが確信がある。だって、あの申し訳なさそうな、でも好きな人を思う笑顔────いちどだって、
だから逃げた。奥歯が痛い。知らずのうちに噛み締めすぎた。目尻がシワシワとして痛い。赤くなっているのだろうか。こすった覚えはないが、肘の折り目が濡れている。ならば、そういうことなのだろう。
全てが燃え尽きたように、美樹さやかは首を直角に折り曲げる。無機質な天井。揺れる釣り革。電車が揺れるたび“キュッキュッ”と擦れた音がする。まるで自分の心の音と同じだと笑って、大きく胸を膨らませたあと、背筋に寒気のする、なんとも哀れなと息を吐いた。吐息は嫌いだ。自分の体が震えていることが全身で分かるから、嫌いだ。
†
『到着~見滝原市~見滝原市~お降りの乗客は足元にお気をつけて~』
扉が開く。轟音。髪と耳朶を打つザーザーとした雨。下車。改札口を出る。なんだか薄暗い。先刻承知した絶望を呷るまでもなく曇天。
歩く。
どこに?
走る。
どこへ?
息も絶え絶え。バス停。雨宿りは、しない。下り坂。
「ねぇねぇ知ってる? ソウルジェムのそのうわさ!
ソウルジェムは直訳すれば、それってつまり魂の宝石!
キュゥべえに願いを叶えてもらった時、ソウルジェムはどこから出てきた?
体の中? 心の中? だったらもう、わかるよね?
あなたの魂はどこから出てきた? 胸の中? 気持ちの中?
こんな簡単なこと、どうして言われるまで誰も気付かないんだろうねぇ?
それはみんなバカだから! 勇気がなくて見て見ぬふりをしてるから!
怖いことには目をつむって、怖くないことには目を開けて声高に叫び、
ああなんて哀れ! そういう人をなんていうか知ってる?
正義の味方には似ても似つかない────卑怯者って言うんだよ?」
美樹さやかは変身する。翻る白いマント。ずぶ濡れの体でサーベルを引き抜く。
「退きな。今はガキのお守りをしてる暇はないの」
「告白すら出来なかった負け組が偉そうに吠えないでくださります?」
「あたしの友達の声を、真似するなァアアア!!」
疾走。雨粒を弾いて白刃が光る。直後、二人の間に割って入るように鹿目まどかが飛び込んだ。
「ダメさやかちゃん!」
「っ!?」
鹿目まどかと美樹さやかの前進が激突する。鹿目まどかは一切たたらを踏まず、広げた両手を抱き締めて美樹さやかを抱擁した。対する美樹さやかは振り上げた腕の行き場を失い、力なくうなだれる。
「……まどか。あんた、ずっと近くにいたよね……魔力パターンでバレバレだよ……」
「……うん……ごめん……」
「あたしのこと、ずっと見守っててくれたの? それとも……哀れなバカを見て嘲笑ってたとか?」
「そんなこと……」
「なら、わかるよね……あのあと、あたし────」
美樹さやかは体の芯から震えている。雨に打たれた寒さ。身から出た錆の怖さ。
鹿目まどかは、全てに絶望している友人の髪に手を置いてそっと撫でる。
────あ、恭介くん! おまたせ……!
────夏希さん! 久しぶり……!
「仁美が走り去ったあと……あの時……恭介の顔、見てたらさ……夏希って子が、好きなんだって、分かっちゃってさ……」
「うん……」
「あたし、彼女のこと助けなきゃ良かったって、ちょっとでも思っちゃって……あたし、正義の味方失格だよ……」
「……さやかちゃん……」
「そんなことないよ。嫉妬なんて誰にでもあるじゃん? 機械じゃあるまいし。まさかあんたロボットにでもなりたいの?」
神名あすみの横槍が入る。瞬間、美樹さやかは充血した眼で睨めつけた。全身に力がみなぎる。
「さやかちゃん!」
「あんたに何がわかる!? 人が苦しんでる時にしゃしゃり出てきて! マジでなんなのさ!!」
「マミの後輩がどんな魔法少女か知りたかっただけ。でもどうしようもないグズね。こんな魔法少女しか育てられないんじゃ、マミのお里が知れるってものよ」
美樹さやかの血管が膨れ上がる。
「あんた────あたしのことはいくらでもバカにするがいいさ。でもさ……あたしらの憧れのマミさんをバカにするのは────!」
「さやかちゃん! 落ち着いて! ここは市街地だよ!?」
「なら場所を変えようよ。年季の違いを教えてあげる」
神名あすみは天高く跳躍する。直後、美樹さやかは音の衝撃波を発して飛び上がった。
「きゃ!」
「まどか!」
吹き飛ばされる鹿目まどか。
すかさず暁美ほむらが物陰から飛び出して受け止める。
「悪魔さん……さっきの小さな女の子は……」
「神名あすみ。ちょっとした知り合いだ。しかし、まさか見滝原市に戻ってきていたとはな……」
悪魔は死炎噴射で飛行。環いろはも跳躍して追随。遅れて鹿目まどかと暁美ほむらも追いかけた。
†
曇天の豪雨。廃墟の広場にて剣戟。豪快な火花が青く紫と散る。
神名あすみはランドセル姿で
「ほらキュゥべえ! 連れてきたよ! あたしの精神攻撃魔法じゃあ魔女化まで持っていけないから、あんたが仕上げをしな!」
闇の中、真っ赤な双眸が光る。光と闇を区切る影から白い体と尻尾を振って現れた見滝原市配属のインキュベーターは、ふたりの戦いを静かに見守る。
「どうしたのよキュゥべえ! 言ってやんな!」
「うーん。お膳立てをしてくれたのはありがたいけど、今の美樹さやかは君にご熱心のようだよ。僕のことなんか見向きもしない」
ならばと神名あすみは《精神攻撃》の魔法を行使。美樹さやかにとって最も言われたくない言葉を閃く。
「あんた知りたくないの? なんで空穂夏希が気絶したのか」
「!」
「あのとき確かに死んでたよね? 人体は数分呼吸しないと酸素が不足して脳みそに甚大なダメージが入るって習ったことない? それなのに空穂夏希は、ソウルジェムが体に触れたら元に戻った。なんでだろうねぇ?」
神名あすみは藍色魔力を霧のように纏いつつ武器を提げて着地する。
対する美樹さやかも着地する────と見せかけて、無防備な神名あすみの横腹を蹴り上げた。
「ガハッ!?」
蹴り飛ばされて壁に激突した神名あすみは鼻血を出す。むすっとした顔で破壊された壁のガレキをどかす。
そして美樹さやかはキュゥべえの方に振り返った。その目つきは黒く冷たく、重い。
「ようやく話し合いができるね」
「キュゥべえ。あれはどういうこと。梨花から聞いたんだよね。心臓マッサージしている時、たしかに
「簡単な話さ。ソウルジェムの射程距離はせいぜい百メートル。それを超えたら肉体との接続が切れてしまう。本体はあくまでソウルジェムだ。君たちの肉体は、もはや入れ物に過ぎない」
美樹さやかは頭痛がする。頭を押さえて足元がおぼつかない。
「……何を言っているのか、よく分かんないんだけど……」
「君の平凡な理解力に期待はしていない。神名あすみが既に説明したと思うけど────別の切り口から説明しようか」
キュゥべえは塀の上に飛び乗って悠然と歩き、口を動かさず語る。
「僕らの仕事は、思春期の少女の魂を宝石という形に変えること。それ以外に説明のしようがない」
「なんで……そんなことを……」
「魔女戦闘で便利だからさ。人間は体が傷つくとすぐには回復できない。少しでも体が痛むと痛覚が邪魔して満足に動けない。そこで魂と肉体を切り離すことで、君たちは痛みを忘れて戦うことができる戦士になる。巴マミから痛覚遮断のやり方を教えてもらっただろう? あれはそういう理屈なんだよ」
魔法少女とは、魂が大切なもので、肉体がどうでもいいものだ。
魂があれば肉体はなんでもいい。魂があれば肉体がどれだけ死んでも何度でも再生できる。
「…………」
「まるでゾンビね」
美樹さやかの腕が一瞬残像を映す。刹那、神名あすみの顔の横にサーベルが深々と壁に突き刺さっていた。されど嘲笑する者の舌は止まらない。饒舌に相手の心の鼠径部を舐めまわす。
「あなたは正義の味方なんてなれない。あなたはあくまで普通の女の子。魔法少女と社会性を持つ人間、その二足の
「ならオレは明日に賭けよう。賭けるものはチーズでいいか?」
不意に悪魔が現れる。廃墟の入口から入ってきた。
それを見て神名あすみは歯噛みする。先程から魔力パターンは感じていたが、とうとうおいでなすったと。
「あんた……誰よ」
「オレは悪魔だ。キリサキさんの件で聞いたことはあるだろ? 今回は鹿目まどかの依頼でな。友人が恋愛について悩んでいるから協力してくれと頼まれた。大げさだと思うか?」
「えぇ。余計なお世話すぎる」
「それがそうも言っていられない。未熟な魔法少女はソウルジェムの真実を知らないように、それ以外のもっと大きな秘密についても知らない。そういう時に手を差し伸べないと大変なことになる。だがまぁオレの話は聞きたくないならそれでいい。力尽くで問題を解決するのが一番スマートだからな」
次の瞬間、悪魔の体は青い閃光を発して消えた。刹那、神名あすみの頭部を掴んだ悪魔は、彼女の顔面をコンクリートの床に叩きつけて砕き割る。
「ガハッ────!?」
「あすみ。久しぶりだな。また悪さしてるのか」
「っ……!」
悪魔は直感する。
「だが偉いぞ。神浜市でも似たようなことをやって、多くの魔法少女をドッペル化に追い込んでいるのか。“魔女化のために精神攻撃をしてはいけない”というオレとの約束を守ってくれているようだな」
「だれが……! お前が私に《悪魔の口づけ》をしたせいで……! こちとら不幸を振り撒けなくなったんだ……!」
「お前が不幸を振り撒くたびに一番不幸になるのはお前自身だ」
「やめろぉおおお!」
「そう、だからやめる」
悪魔は神名あすみから手を離す。数歩前進して隙だらけの背中を見せる。やめるとは言ったが、それは神名あすみに付けた悪魔の口づけを解除する意味合いではない。単に頭を押さえつけるのをやめるという意味合いだ。これ以上会話していては、今度は神名あすみが魔女化してしまう。
「なめやがって……」
しかし神名あすみは、悪魔の隙だらけの背中を攻撃しない。したところで回避されて次の瞬間、今度は後頭部を壁に叩きつけられているかもしれない。戦闘では絶対に敵わないことを知っている。精神攻撃も効かないのだ。つまり悪魔とは関わらない方が最適。故に神名あすみは大人しく場を見守る。
「さやか。どこか独りになれる所に行って頭を冷やしてきたらどうだ。あすみはオレが見張っている。今は考える時間が必要だろう」
「…………」
「インキュベーターも、さやかの所に行かないよう見張っていよう」
美樹さやかは静かに立ち去る。
それを見送った悪魔は、突として神名あすみに振り返った。
「!?」
神名あすみはビクッと反射的に体が跳ねる。
「あすみ。頼みがある」
「────は?」
「これから大勢の魔法少女を鍛えるべく道場を開く予定なんだが、そこで《精神攻撃魔法》が必要になる。どうか協力してくれないだろうか?」
「なんで私がアンタに協力しなくちゃいけないの!」
「楽しいぞ? 全員に不幸を振り撒いてもいいと
「…………」
それはなんとも悪魔的な提案。
神名あすみは、それゆえに手段を選ばない悪魔の恐ろしさを気に入って忌み嫌う。
「OKだな」
「まだ何も言ってない……」
「なぎさもいるが、あまり喧嘩するなよ」
「それは無理な相談ね。あいつは天敵だから」
「キャラ被りなんてどうでもいいんだけどな……」
「私たちにとっては死活問題なのー!」
どうやら百江なぎさと神名あすみにとって、銀髪幼女というキャラ被りは御法度らしい。魔法少女生命に関わることだそうだ。存外に魔法少女としての在り方をピュアに考えていると見える。戦隊ものでヒーローの色が被ってはならないように、魔法少女も色が被ってはダメなのか。そこで両者は差別化を図るべく“チーズと淫乱”“不幸と悪役”といった感じで健気に努力している。どちらも
「で、さやかは今どこにいる? 動きが止まったら追いかけるぞ。考えすぎで絶望しきる前に、彼女の心に特効薬をブチ込む。それでもダメだったら最終手段だ。そして誰かあすみを頼む。魔法的にほむらがいいかな」
環いろは、鹿目まどか、暁美ほむらが周囲に降り立つ。
「特効薬? さやかさんは今ちょうど、魔力パターンの位置が動かなくなりましたけど……」
「最終手段って、神浜市に飛ばすってことですよね?」
「魔女化を回避するために、ドッペル化で手を打つ……」
悪魔は最終手段について頷くと、特効薬について答える。
「美樹さやかは男勝りな性格もあってジャンプ型だ。たしかに乙女な部分もあるが、今はパニック状態にある。その隙を突いて勢いでだまくらかす」
『勢い……?』
「そうだ。時には勢いさえあれば、なんとかなってしまう時もある。そういう時はな。終わってみれば後になって大笑いするものだ。ありゃいったいなんだったんだ? ってな」
†