※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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【ずっとずっと昔から! 恭介のこと……だだだ、大好きでしたぁっ!!】美樹さやか〔言えたVer.〕

 

          ♪~アンノウン・マザーグース~♪

 

 もうわけがわからない。上条恭介。転校。引っ越し。親しいと思っていたら何も聞かされていなかった。そりゃあ互いに忙しくて話ができない期間があった。それでも何か一言くらい言ってくれてもよかったじゃないか。いや、その一言を先に断ったのは美樹さやかの方だ。チケット。一枚の、運命。

 

 上条恭介に見返りを求めてはいけないと遠慮して、美樹さやかの方から近付きにくかった。そういうのもある。だがそう考えている時点で、自分が見返りを求めていることを自覚しているも同然。その矛盾に気付いたのは、上条恭介に好きな人がいると分かった時だった。

 

 空穂夏希。上条恭介の想い人。あそこで魔女退治していたのは、上条恭介が住むマンションを魔女が襲わない為だろう。どうやら彼女も上条恭介のことが好きなようだ。両想い。美樹さやかが入る隙間はどこにもない。そもそも隙間があったって入れるものか。

 

 それなのに志筑仁美は果敢に隙間をこじ開けて勝ち取ろうとした。が、あえなく撃沈した。しかしそれを蔑む奴がいたらぶん殴ってやる。志筑仁美は弱虫な自分と違い、しっかりと自分の中で想いにケリをつけた。そんな超絶カッコイイやつだ。

 

(それなのに、あたしは────あたしは……なにを……なにが……なんで……)

 

「あたしって、ホントバカってか?」

「────っ!?」

 

 鉄柱を挟んで駅ホームのベンチに座る少年少女。

 

「……あんまり空気読めない男は嫌われるよ。お節介焼きは特にね」

「空気を読んで大失敗するよりはマシだと思うがね。それにこっちは火傷してでも助けたいんだよ」

「なにさ。あたしは、ただ────」

「認めろよ。単に勇気が出なかった。臆病だ。それでいいじゃないか。誰も責────」

「うるさいっ!」

「……正論ビンタは神名あすみでうんざりか。よしわかった」

 

 悪魔は膝を叩き、腰に力を入れて勢いよく立ち上がる。

 その振動は鉄柱を伝わり、美樹さやかの体を微弱に揺らした。

 

「QB契約とは、概念上の等価交換を得手とする超次元的な技術だ。たとえば、誰かを癒す願いを叶えた魔法少女は、その代償として何があっても自分を癒すことはできない。そんな固有魔法を手に入れる事が多い」

「……」

「美樹さやかは他の魔法少女と比べて高速再生能力を有しているから違うって? 言っただろ。額面通りに受け取るな。概念として捉えろ。連想ゲームだ」

 

 悪魔は、美樹さやかの前に立って教鞭を取る。

 

「たとえば、環いろはという魔法少女は、余命短い妹の病気を癒した代わり、妹とは絶対に会えない運命だ(・)っ(・)た(・)。それはなぜか? 環いろはの願い事の本質は、妹とこれからもずっと一緒に居たかったからだ。……願い事は皮肉として返ってくる。それがQB契約のイヤラシイところだ」

 

 美樹さやかは俯いたまま微動だにしない。だが悪魔の言葉を聞いて思考していることを直感する。

 

「ならば美樹さやかは? お前は好きな人の腕を癒した代わり、好(・)き(・)な(・)人(・)の(・)腕(・)に(・)抱(・)か(・)れ(・)る(・)こ(・)と(・)は(・)一(・)度(・)と(・)し(・)て(・)無(・)く(・)な(・)っ(・)た(・)」

「────────」

「そういう運命だったんだ」

「っ……。────じゃあ、あたしは誰に抱かれるって言うの?」

 

 それは上条恭介のことを諦めているも同然の発言だった。

 

(そんなにも自分の体がゾンビになったことにこだわるか。本当に純粋に好きだからこそ、その人を汚したくないという操立て……付き合ってもいないのに……知ってるか? そういうの。恋って言うより、愛って言うんだぜ?)

 

 恋は見返りを求める。愛は見返りを求めない。その点では、美樹さやかは恋をしていたのだろう。だが絶望まで追い込まれてなお美樹さやかは愛を選んでいた。

 

 恋しつつ愛している。それはなんて────不器用だが美しい想いだろう。

 

「さてな。オレじゃないことを祈るだけだよ」

 

 悪魔は姿勢を崩して目を瞑る。

 そこで美樹さやかが口を開けた。

 

「……あのさ。さっきだ(・)っ(・)た(・)って言ってたよね。それって、あとで妹さんと会えたってこと?」

 

 食いついた。

 

「オレは叛逆魔法を持っている。運命に叛逆するのはオレの得意分野だ。現在の環いろはは、同じく魔法少女になった妹と一緒に暮らしている」

「……」

「そう。それを自分のために使おうとは考えても実行しないのが、お前の愚かで素晴らしいところだよ」

 

 悪魔は呆れるほどお人好しな少女を見つめる。そこでちらりとソウルジェムを見やった。

 

「青く澄んだソウルジェム。純粋を絵に描いたような魂の色でいいじゃないか。ポジティブに考えようぜ。人は自分の魂の色を知らない。だが魔法少女は自分の魂の色を知ることで、今の自分の状態を見つめ直すことができる」

「……それならあたしは極悪人だ。黒くて濁って、穢れてる」

「そりゃそうさ。誰しも雨に打たれて着替えもしなかったら風邪を引く。身も心も病んでる時に魂が黒くならない奴がどこにいる? そんなの聖人くらいなもんだろ」

 

 しかし美樹さやかは首を否と振る。正義の味方は、聖人でなければいけない。

 

(我が強すぎるのも考えものだな……あまりにも理想にまっすぐすぎる。おかげで現実に打ちのめされている。まったく正直も裏を返せば(半歩踏み込めなければ)愚直だぜ)

 

 美樹さやかのソウルジェムに穢れが溜まる。それが満タンになる直前────

 

「総員、刀を使って飛べ!」

 

 悪魔は美樹さやかの肩に触れて《助太刀魔法》を行使した。青い閃光が瞬くと同時、遠目のビルの屋上からも同様の光が四つ放たれた。

 

          †

 

 悪魔と美樹さやか、その他の魔法少女は、どこかの劇場の舞台に下り立つ。その傍らには百江なぎさがチーズを食べて待機していた。

 

「あ、クマ吉! 遅いのです! 朝からずっと待機していて退屈だったのです! ────って、げぇええ!? あすみなのです! 死ねなのです!」

「テメェが死ねっ!」

「二人から魔力借りるぞ」

 

 悪魔は、喧嘩し合う百江なぎさと神名あすみの頭を強く抑えて引き剥がすと、魔力を吸い上げて青い刀剣を二本生成する。

 

「うっ……ウアァアアアアアア────っっッ!!?」

 

 その時、美樹さやかは床に崩折れて絶叫を上げた。彼女のソウルジェムが穢れに染まりきった今、神浜市においては魔女ではなく、半魔女(ドッペル)が現れようとしている。黒ずんだソウルジェムの中で蠢き出す呪いは、瘴気と共に勢いよく放出された。

 

 刹那、悪魔は助太刀魔法で消え去り、すぐに戻ってくる。

 その手で引っ掴むパーカーのフードの先には、お菓子にかぶりつく佐倉杏子の姿があった。

 

「なっ!?」

「佐倉。緊急事態だ。ちょっと手を貸してくれ」

「悪魔、テメ────」

「ゆまを寄越した仕返しだ。佐倉にとってもイイ憂さ晴らしになるはずだ。殺さない程度に痛めつけてやれ。バカは殴らなきゃ治らない」

「ハッ。よくわからねぇが────バカは殴っても治らないからバカなんだろうがッ!!」

 

 荒れ狂う佐倉杏子が雄叫びを上げると、周囲の赤色魔力が火花を散らして旋風を巻き起こす。ソウルジェムの全力励起は真紅の電光を解き放ち、轟々と鳴り響いた。

 

 そして佐倉杏子の前方に、恋慕のドッペルが顕現する。その姿は人魚。

 胸の奥に秘めた心恋(うらごい)を吐き出さない限り、このドッペルは失意のわだかまりから逃れることはできないだろう。

 

 恋慕のドッペルの頭上に、意識を失った美樹さやかが佇立している。泡の紐で固定されており、何があっても振り落とさないよう主を守っているようだ。

 

「これがドッペルか。初めて見るぜ……加減は無しだ。魔力開放────初手から全力ぶっぱだ! 瞬殺してやんよっ!!」

 

 激闘が始まる。佐倉杏子と恋慕のドッペルの激突。朱槍と曲刀の乱舞。あまりに荒々しい佐倉杏子の猛攻と、恋慕のドッペルの範囲攻撃は、両者以外の戦闘参加者を誰も寄せ付けず、苛烈な戦場を支配する。

 

 環いろは、鹿目まどか、暁美ほむら、百江なぎさ、神名あすみは遠方まで後退して待機。

 悪魔はいつでも双方のフォローに入れるよう、死炎噴射の空中回避を繰り返して戦局を見守る。

 

 そこで悪魔は気付く。佐倉杏子の攻撃が恋慕のドッペルの肉を切り落としていくが、それが瞬時に再生していく。双方の攻撃速度と再生速度はほぼ同一。やや佐倉杏子が優勢だが、この勢いが長く持つかは分からない。そのうち形勢逆転されて恋慕のドッペルが攻撃側に回るだろう。そうなれば防御を苦手とする佐倉杏子は途端劣勢に回ってしまう。策を打たなければ。

 

「────…………なぎさ! 五十鈴れんを連れてきてくれ!」

「えー! せっかく劇場全体を遮断魔力で覆ったのに、また孔を開けるのです!?」

「ゴルゴンカマンベールマスカルポーネ!」

「パルミジャーノ・レッジャーノ!」

「よし!」

「五分以内に連れてきたら二倍でお願いするのです!」

「待った!」

 

 百江なぎさは劇場の扉を開け放ち外に飛び出した。外部から再び遮断魔力で覆って走り去る。

 

「さやかちゃん……あんな姿に……」

「まどか。大丈夫。今までドッペルになった人は、ちゃんと魔法少女の姿に戻っていた」

「私も見てました。だから安心してください。でもドッペルになっている時は、かなり辛いんです。自分の意識がなくなっている間、悪夢を見ていたような気分で……とても心が苦しくなるんです。それに負けちゃうと、なんだかドッペルに取り込まれてしまうような恐怖もあって……」

「それが副作用よ。ドッペル症候群……知らないの?」神名あすみが言う。

 

 やがて五分が経過。まだ百江なぎさは戻ってこない。そこで悪魔はたまにあることだと察する。

 

(たぶん五分が過ぎてしまったから、チーズが二倍にならないと拗ねて、歩いて来ようとしているな……)

 

 ならばと助太刀魔法を行使。百江なぎさの下に降り立つと、その傍らには五十鈴れんと綾野梨花がいた。

 

「なぎさ」

「!? ご、ごめんなのです! せめてパルミジャーノ・レッジャーノは!」

「わかった。だが魔力分の支払いで、やはりパルミジャーノ・レッジャーノは無しだ」

「そんなー! なのですぅー!」

 

 再び助太刀魔法で転移。三人を環いろはの隣に連れてくる。

 

「れん、梨花。なぎさから話は聞いているだろうが、美樹さやかを助けてほしい」

「……!?」

「それはもちろんだけど……なんで魔女の上にさやかちゃんが────」

「魔女じゃない。ドッペルだ。見たことないか? ともあれ細かいことは道場で教える。今は考えるより先にさやかを助け出すぞ。れんは固有魔法《鎮魂》で、あのドッペルの魂を鎮めてくれ。梨花はれんの護衛だが、最悪、固有魔法の使用を考えてほしい」

「わ、わかり、ました……!」

「っ……!」

 

 悪魔と綾野梨花は飛び出し、その後ろに五十鈴れんが続く。

 

「ち────《鎮魂魔法》────!」

 

 それは対象の魂を鎮める魔法。鎮静魔力の効果で心身を司る魂を落ち着かせ、対象の根幹そのものを見つめ直させる。

 不意に恋慕のドッペルの動きが鈍る。悪魔も直感した。様々な怨嗟を吐く呪いが一瞬鎮まり、正気に戻る。

 

「今だ、佐倉!」

「だらぁあああああっ!!」

 

 巨大化させた朱槍が恋慕のドッペルの肉体を貫く。鎮魂魔法の影響で再生能力が鎮静化されたドッペルは、貫通箇所を再生できず消滅。美樹さやかが落下する。

 

「さやかちゃん!」

 

 鹿目まどかが跳躍して美樹さやかを抱きとめる。滑り込みセーフで尻餅を搗いた。

 

「さやかちゃん! 起きて! さやかちゃんっ!!」

「────…………う……あれ……? あたし……なんで……」

「覚えてないの?」

「……いや……なんか、もうどうでもよくなって、暴れまくってる悪夢を……見ていたような……」

 

 佐倉杏子は朱槍をしまい、変身を解除する。

 

「チッ。もう終わりかよ……じゃあな。仲良しごっこをやる気はないんでね」

「佐倉」

「あ?」

「ありがとう」

 

 佐倉杏子は舌打ちして劇場を出る。遮断魔力で塞いだ両扉も、一瞬で生成した朱槍の分解魔力で切り裂いて外に出ていった。

 

「さやかちゃん、大丈夫?」

「……! ……!!」五十鈴れんは心配そうにわたわたとして、美樹さやかの傍らに膝をつく。

「あ……梨花、れん……なんかごめんね。迷惑かけたみたいで……」

 

 その時、美樹さやかは悪魔と目が合った。

 

「あ……悪魔。あたしの身に、いったい何があったんだ……?」

「詳しいことを知りたければ道場に来い」

「道場……? ……なんか、ほんと不思議な奴だな。今ならキリサキさんの件で、あたしがあんたに生き返らせてもらったって話も、分かる気がする……」

「そうか」

「……っていうか、あんた男でしょ……? なに普通に魔法少女に混ざってんのよ。ハーレムかっての」

 

 その物言いを聞いた目まどかは目尻に涙を浮かべた。いつもの勝気な美樹さやかである。

 

「よく言われる」

「はは……って、まどか……あぁごめん……不甲斐ないとこ見せちゃって……はぁ。今日はほんとにダメだなぁ……」

「そんなことないよ……さやかちゃんだって人間だもん。悩む時だってあるよ。そして謝る必要はない。そういう時のために友達が、仲間がいるんだもん」

 

 初めて美樹さやかは、自然と面を上げていた。目に映るは友人と魔法少女たちの顔ぶれ。こちらを心配するその優しい目つきに、美樹さやかはさらに追い詰められる気分になるが、それは間違っていると踏みとどまる。

 

「はぁ……ありがと。ちょっとだけ……休もうかな……」

 

 美樹さやかは変身を解除すると、仰向けに倒れて大の字となる。今まで独りで見滝原市を守らなければと必死になっていた。そのため上条恭介の変化に気付かず、見事に失恋した。どうしようもなくなってへこたれていたら、知らないあいだに迷惑をかけていて、それでもみんな怒らずに心配してくれる。

 

(どうかしちゃってるよ……)

 

 美樹さやかは疲れたと呟いてまぶたを閉じようとする。

 だがそれを許さない悪(・)魔(・)がいた。

 

「そこで終わって本当にいいのか? まだやることが残っているだろう」

 

 美樹さやかは、その言葉の意味するところに勘付いてまぶたを開ききる。

 そして恐ろしいものを見るような目で悪魔を見つめた。

 

「逃げるな。一時の感動に流されて本質を誤魔化すな」

「あ……悪魔さん……?」

 

 鹿目まどかは、悪魔の威圧的な態度に困惑する。そして美樹さやかを守ろうと抱き締めようとするが────それを彼女自身が拒否した。自分の力で起き上がり、ふらふらでくらくらの疲弊しきった体をなんとか立ち上がらせて、鹿目まどかや綾野梨花の肩を借りながら……やってやろうじゃないかという目付きで、悪魔の鋭い両目を見据えた。

 

「なに? あんたには随分と世話になったみたいだからね。話くらいは聞くさ」

「では不肖ながら発破をかけよう」

 

 悪魔は直感する。美樹さやかの心に一時の安寧が訪れて、わずかに隙間ができた。その隙間に入り込み、染み渡り、感じ入るように────最適な言葉を選び、扇動する。

 

「今回の件でなんとなくでも分かっただろう。──希望を祈れば、そのぶん絶望が撒き散らされる。そうやって差し引きをゼロにして、世の中のバランスは成り立っている。……と、そう言う奴がいた」

「?」

「だがそれは本当か? もしそうならばオレたちは、ここまで辿り着くことはなかったはずだ。いつかどこかの誰か達が、絶望100個分より1個多く、希望をもたらしたから────人類は発展し、進化し、やがて電気を発明して今に至る。本当に差し引きがゼロであるなら、オレたちは停滞しているはずだ。しかしオレたちは善かれ悪しかれ前に進むことができている。それはなぜか?」

 

 希望と絶望のバランスは差し引きゼロ。それは質量保存の法則の例え話だ。

 しかし悪魔はその例え話を、人類の成長に紐付けた話にす(・)げ(・)替(・)え(・)て(・)焚きつける。

 

「いつかどこかの誰か達が、101個目の希望をもたらして、どうにもならないはずの天秤を強引に傾けたからだ。前進したいならバランスを崩せ。天秤を傾けろ。条理(バランス)を覆せ。そのために必要な力が何か知っているか? 勇(・)気(・)と(・)能(・)力(・)だ。────ある少女が言った。こ(・)の(・)世(・)全(・)て(・)の(・)不(・)条(・)理(・)は(・)、(・)全(・)て(・)当(・)人(・)の(・)能(・)力(・)不(・)足(・)だ(・)と」

「────…………」

「勇気を出し、能力を使い、実行しろ。そのあと愚かに踊って終わるか、華やかに踊って終わるかは、全てお前の勇気と能力次第だ。美樹さやか」

 

 美樹さやかの瞳に若干の活力が戻る。彼女は愚かしいが同時に賢しい。そんな安易な激励に騙されない。だが乗ってやろうじゃないかと目は口ほどに物を言う。このままじゃ終われない。カッコ悪い。助けられっぱなしでなぁなぁはゴメンだ。しっかりハッキリ、ケリをつけて、次回ライバルと顔を合わせる時、自信を持って相手できるように────

 

(もう、後悔はしたくないから)

 

 怖い。結果は見えている。別に逃げてもいいじゃないか。弱い心を守るためだ。なんでそんなことを言うんだ。

 

「弱いままでは、お前は守られてばかりだからだ」

「────っ!」

 

 挫けそうだが挫けるな。核心を突かれたが弱気になるな。泣きそうだが泣いたら悔しい。こいつにだけは舐められたくない。こんな人のことなんでも知っていそうな目をして、見下しているわけじゃないけど内心では小馬鹿にしているところもある悪魔みたいな奴を、一発ギャフンと言わせてやる。

 

「怒り。動機が不純でも、それをガソリンにできるなら及第点だ。そうして人は歩んできた。七つの大罪と共に」

 

 それでは正義の味方失格だ。

 

「ならばここで成長して、さっさと正義の味方に返り咲け!」

「あーもー! うるさいなー! 人の心を百発百中してー! エスパーかあんたはー! あぁああああ! やればいいんでしょー! やればさァアアアアアアアア────ッッ!!」

 

 かくして美樹さやかは駆け出した。「うおぁああああああああああ────!!」と叫びながらレッドカーペットを駆け上がり、両扉を開いて雨の街に繰り出す。

 

「────え。ここ……見滝原じゃなくて……神浜市の────」

「えっ……さやか!?」

 

 好きな人の声。右を見やれば、そこには傘を差す上条恭介が驚きの眼で立っていた。

 

「あ……恭介……っ!」

 

 咄嗟に美樹さやかは髪の毛と衣服を整える。赤らむ頬でどうしよう急にこんな、と考えて、はたと気付く。劇場の中を見やると、悪魔がスタスタと舞台裏に消えていった。

 

(あいつ────まさか、こうなることまで読んでいて……?)

 

 劇場は今日閉館だ。両扉に吊り下げられた看板にも【クローズド】と記されている。ではなぜ上条恭介はここを通ったのか。美樹さやかは知らない。悪魔が前もって上条恭介に“劇場まで来い。これが最後の頼みになるだろう。達者でな”と告げていたことを。

 

「────ふぅ……ほんっと、お節介焼きすぎてヤバイわぁ……」

「さやか?」

「あぁ! ごめんごめん! で、えーっと……あのさ。今から、たぶん驚かせること言うと思うけど……ムードもへったくれもないし……でも今しか無いしなぁ……あーもう……」

「……さやか。大丈夫かい?」

「全然だいじょうぶじゃなぁあああああいっ!」

「えぇえええええ!?」

 

 突然の美樹さやかの逆ギレ絶叫に、上条恭介はただただ驚くばかり。

 

「はぁ、はぁ────いいじゃん。やってやろうじゃんかよ……古馴染は敗れる運命だとでも……? 最強に可愛いさやかちゃんに不可能はないんだよ……はぁ、はぁ────」

「さ、さやか……?」

 

 美樹さやかの心臓は、今や口から吐き出してしまうほどバクバクと高鳴っている。もうお目目ぐるぐるでどうしたらいいか分からない。そして涙目となり────勢いよく頭を九十度下げて、手のひらを前方に伸ばして差し出した。

 

「ずっとずっと昔から! 恭介のこと……だだだ、大好きでしたぁっ!!」

「────────」

 

 上条恭介は口をあんぐりと開けて、礼をする美樹さやかを見つめている。

 

(あぁああ~~~~! やっちゃったぁ~~! あたしの秘めたる恋心が……悪魔のせいで蹂躙されたぁあああ~~~……)

 

 内心、掠れた声で泣き出す美樹さやかは、同時に返答がないことに臆して、今からでも冗談だと笑って無かったことにするかと臆病風に吹かれる。

 

「────ごめん」

「ッッッッ!!!!!!」

 

 息が 詰まった 。

 

「僕……好きな人がいるんだ。だから……」

「────うんっ!」

 

 美樹さやかは面を上げる。目を開けるまで数秒時間が掛かる。下唇を丸め込んで哀愁を飲み下す。

 

「…………」

「…………」

 

 気まずい沈黙が流れる。こういう時は美樹さやかがなんとかしなければ、上条恭介はどうしたらいいか分からず空回りする。ヴァイオリン一筋の男に、女の機微を分かれという方が無茶なのだ。

 

「……今だから白状するけどさ。実は、仁美が告白するところ、見てたんだ」

「え……」

「そのあと呆然と立ってたらびっくり。夏希があんたに会いに行くんだもん」

「えっ……もしかして、夏希さんと友達なの?」

「いや、あたしも今日会ったばかりなんだけど……恭介がどこにいるのか捜していたら偶然……いやぁ運命って面白いよね!」

「……」

 

 上条恭介は、しかしなぜそこで空穂夏希の話題が出てくるのか分からないという顔をしていた。

 

(まったく。朴念仁なんだから……)

 

「だから、その子でしょ? 空穂夏希さん。いい子じゃん。お似合いだよ」

「……っ! さやか……」

「見れば分かるよ。だから焦っちゃったんだなコレが。……まったく、何も言わず転校引っ越し恋人とか、こっちの心労や負担も考えなさいっての!」

「ご、ごめん……何度か声を掛けたんだけど、いつもさやか、つれなかったから……」

「そうだね。そこはあたしもごめん。……じゃあ最後は、さやかちゃんからアドバイス」

「?」

「あっちも気があるよ。きっと上手く行くって保証するから」

「……! そ、それはホントかい!?」

 

(……まったく。キラキラした目をしちゃってまぁ……)

 

「……うん。女心の分かるこの美樹さやか様の目に狂いはない! だから行ってきな。ヴァイオリンも女の子も、もう逃がすんじゃないぞ! この超絶美少女のさやかちゃんより別の子を選ぶなんてけしからん!」

「────あぁ。そうだね。ありがとう、さやか。僕の……大切な親友」

「もう……また親友って言った。でもまぁ、それしかないんだよね。あたしたち」

 

 上条恭介は握手を求める。

 はて、と美樹さやかは目を点にして、これを受け取るべきか否かと思案する。

 

「……さやか。ごめん。そして、ありがとう。僕、ここでがんばるよ。だからさやかも……」

「…………ったく。はいよ!」

 

 握手を交わす。最後に感じる想い人の体温。それは雨の夜ということもあるけど、人生で最高に熱かった。

 

「じゃあ、またね」

「うん。ばいばい」

 

 上条恭介は雨の道を戻っていく。

 それを送り出す美樹さやかの手のひらは、五指が弱々しくかじかんで折れ曲がり、その振り幅は力ないほどに小さかった。

 

「……はぁーあ。もう全部が台無しだよ……」

 

 長いあいだ一緒に居たからって、献身が報われるとは限らない。

 しかし正義の味方は、見返りを求めない。

 

「それでもこれは、ちょっとキツイなぁ……」

 

 美樹さやかはその場でうずくまる。膝と腹の間に顔をうずめて、今にも泣き叫びそうだった心を抑える。そういうのは家に帰ってからだ。

 

「さやかちゃん」

 

 美樹さやかのそばに鹿目まどかが座る。その肩に頭を貸した美樹さやかは、優しいぬくもりに笑みを浮かべる。

 

「なんであんたは、そんなに優しいかなぁ……」

「優しくないよ。友達なんだから」

「まどかぁ~……まどかのおなかの中に戻りたいよぉ~」

「ちょ! さやかちゃん! 脇腹こしょこしょはダメ────、……さやかちゃ────」

 

 その体は熱く震えていた。もう冷たくはない。勇気を出して熱く勝負した結果、完敗したのだ。それで冷めているわけがない。

 

「……さやかちゃん。今日はうちに泊まろっか?」

「……ぅん……」

 

 かくして上条恭介を巡る恋愛騒動は、終幕を迎えた。

 

          †

 

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