アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
悪魔は噴水庭園のベンチに腰掛けて一息つく。その腰に提げた匣はガタガタと震えて、中からキュゥべえの声が響いてきた。
「まったく……やっぱり君の行動は不可解だ。せっかく栄区でアリナ・グレイと接触したかと思えば、どうして今度は南凪区に? 君、自分の目的を忘れてないかい? ボクたちは観光しているわけじゃないんだよ」
「そのセリフも何度目だろうな。また同じやりとりを繰り返すつもりか」
「そんな不毛なことはしないよ。君の感情からくる行動に関してはさっぱり理解できないが、なぜ君がこんな無駄な行動を起こしているのかは何度も説明されたからね。理屈としては理解できるさ」
キュゥべえは悪魔の行動原理を語り、その矛盾点を指摘する。
「黒江の時と一緒だ。君は一人でも多くの魔法少女を人間に戻すため、悪魔契約という逃げ道を与えている。たとえ笹川京子・三浦ハル・青音すずを生き返らせるという目的から遠ざかることになっても、君は目の前で困っている人を放っておけない。いわゆるお人好しというやつだ。八方美人とも言うのかな」
「その辺に関する他者の評価に興味はない。ただオレは、自分に出来ることを全力で尽くす。悔いが残るような真似はしない。そんな失態を晒したら────死んでも死にきれねぇ」
「ふむ……ならば問おう。たしかに魔女となった青音すずと、ソウルジェムが砕かれた三浦ハルを救うためには、大きな魔力係数を持つ未契約の少女か、あるいは君が言う強力な結界魔法とやらが必要不可欠だ。しかしソウルジェムが現存している笹川京子を生き返らせることは
ソウルジェム。それは魔法少女の魂が宝石のように物質化したもの。魂を外付け回路にした魔法少女の肉体は人間の時とは異なり、無意識に扱っている魔力によって動かしている。それゆえ魔法少女の肉体は、どれだけ損壊しても魔力を回せば高速で再生する。
ただし魔法少女の意識を司る部位は肉体の脳髄にある。脳髄を破壊された場合、魔法少女は“肉体を再生する”という思考ができなくなるため、自分の意思で肉体を復活させることが難しくなる。そうなってしまえば死んだも同然。死を自覚すればソウルジェムにヒビが入り、いずれ自発的に崩壊する。
しかし死を自覚することなく脳髄を破壊された場合、まれにソウルジェムが生き残る場合がある。笹川京子は一瞬のうちに魔女によって踏み潰された。あまりにも一瞬のことで彼女は自分が死んだことにも気付いていない。さらに肉体が完全破壊されてもソウルジェムは無事に生き残っていた。
「となれば、あとは笹川京子のソウルジェムに外部から魔力を流し込めば、彼女の肉体は高速再生される。そうすれば笹川京子は生き返るはずだ。君は彼女に好意を寄せていた。生き返らせたいならとっくにそうしているはず。なのに君は彼女のソウルジェムを大事そうに目の中にしまっている。その理由を教えてほしいな」
キュゥべえの質問。それは悪魔にとって、この一年の旅路の中で何回か訊かれたことだった。なにもキュゥべえはその問答を覚えていないわけではない。今回はまた違った言い回しで“似たような事”を訊いてきた。その真意を直感する。
「要するにキュゥべえは笹川京子を生き返らせたいわけか。そして可能なら笹川京子の魔女化を狙っている」
「…………質問の答えになっていないよ」
「いいだろう。また一から説明してやる。たしかに笹川京子のソウルジェムに魔力を流せば、すぐに彼女の肉体は高速再生されて意識を取り戻す。ではなぜそれをしないのか。それは
悪魔は青空を見上げて一年前の出来事を思い返す。
「キュゥべえの言う通り、かつてオレは笹川京子のソウルジェムに魔力を流した。しかしソウルジェムは流し込まれた魔力を拒んだ。その理由は直感で分かった。ただの人間であるオレにとって逆転勝利の魔法は魔女戦闘において必須と言える力だ。誰かを助けるため戦わなければならない時、笹川京子のソウルジェムは必ずと言っていいほど《わたしをつかって》と何度も囁いてきた。黒曜の時もそうだった。彼女は誰よりも自分の魂の使い道を知っていたんだ。笹川京子のソウルジェムの適任者は、このオレしか居ないと……そう言うように……」
悪魔は振り返る。
「たしかに考えてみれば、笹川京子を生き返らせた時、オレは彼女を戦場から遠ざけるつもりだった。彼女の蘇生を見届けたら並盛町に帰らせる気だったんだ。それも見抜かれていたのかな……
「それでも君は一度、笹川京子の蘇生に挑戦した」
「あぁ。だが、いま言った理由と同じことを京子ちゃんも思っていたのかな……結局、彼女は蘇生を拒んだ。オレもその理由を直感して納得した。彼女はオレに付いてくるつもりだった。たとえオレが並盛町に留まるようどんなに説得しても彼女の意志は堅いと知った。そして共に旅をするということは死の危険が付きまとう。魔女との戦闘は避けられない。そこで問題が生じた」
「悪魔は逆転勝利の魔法がなければ、せいぜい使い魔一匹と死闘を繰り広げるだけで精一杯。一方、笹川京子は
「あぁ。その戦法なら戦えると思っていた。だが笹川京子が蘇生を拒んだ時、その戦法に問題があることを直感した。────笹川京子はその願い事の影響で、逆転勝利の魔法の効果が“悪魔にしか掛からない”という制限が付いていた。自分に逆転勝利の魔法を掛けることができない戦闘能力皆無の魔法少女が、それでどうやって戦い抜く? しかも戦闘能力を持ち得ないがために、固有魔法の効果範囲がたった百メートル程度しか届かないことが分かった。……オレの戦闘スタイルは炎の逆噴射による高速移動だ。笹川京子の移動力ではオレの高速移動に付いてこれない。つまりオレたちはそれぞれが独立してしまうと
「ならば君が笹川京子のソウルジェムを持って戦闘すればいい。だがソウルジェムを持った君が高速戦闘を行えば、君が百メートル以上の距離を取った瞬間、笹川京子の肉体は意識を失う。ソウルジェムと肉体の接続距離限界は百メートル程度だ。戦闘するたび毎回そんな状態になるのであれば、いっそのこと
「……言い回しはムカつくが、要するにそういうことだ」
「つまり、あくまで“君たち”の意志は変わらないということだね?」
悪魔は無言で頷く。匣の中にいて悪魔の動きが分からないキュゥべえも、長い付き合いでそれが無言の了承であることを察することができていた。
「ふむ。君にとって笹川京子の蘇生は人助けに入らないのか……だったら笹川京子はいつ生き返らせるんだい?」
「全てが終わった時だろう。逆転勝利する必要が無くなった世界になった時……それまで笹川京子には申し訳ないが、ソウルジェムのまま我慢してもらうしかない」
「君にしては冷たい対応だね」
「互いに魂の中で話し合った結果だ。ここでオレが迷えば彼女に怒られる。“すずちゃんとハルちゃんを助けたいんじゃなかったの?”……ってな」
────次の瞬間、悪魔の右目の中で回転する藍色のソウルジェムが閃光にように白く光った。
「ぐっ……!?」
視界が歪む。否、世界が歪む。突如として暗澹たる魔女結界の中に放り込まれた悪魔は驚きと共にベンチから飛び立って臨戦態勢を取った。
「なんだと……! いきなり学園全体が結界で包み込まれた……!?」
「ということはそれなりに強力な魔女みたいだね。神浜市に入ってから強敵としか戦っていないけど……この街の魔女レベルはそこまで高かったかな。やっぱりボクらが監視できない間に何か変化があったみたいだね。これは是非とも悪魔、君に調査を依頼したい」
「今そんな暇はない!」
「もちろんこの魔女を片付けてからでいいよ。じゃ、気を付けてね」
キュゥべえは匣の中で大人しく押し黙り、悪魔は魔女が居そうな場所へ走り出した。
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