アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
【本当の殺し合いとドッペルについて】②
異形の悪魔は夜空を仰ぐ。遮断魔力の結界に映る見せかけの星空。その向こうには本物の夜空が広がっている。だが街中の灯りに邪魔されて満天の星空は見えないだろう。しかし
「あ、あくまさんが、
環ういは、その流星の接近を魂の肌で感じているのか。轟音。五十体ものドッペルと死闘を繰り広げてなお耐えていた遮断魔力の結界をいとも容易く貫き割って降り立った希望の光は三つ────幸福の魔女が遣わした、勝利への
「ミネルヴァのウワサのとき、黒江さんの手元にキモチが渡った……! もしみんながピンチになったとき、同じことが起こったらいいなって、ずっと
「……たとえ、勝てはしなくてもか」
「勝てなくても、生きてれば勝ち!! ────悪魔さんに取り憑いて! 嘲笑うパールの
神々しいまでの光を放つキモチが悪魔に接近する。同時、悪魔の姿が掻き消えた。環ういはキモチの名前を知っていた。それはキモチの能力を知っていることも意味するのではないか。目にしただけでキモチの内容を看破したのは、単に環ういと幸福の魔女が同一存在だからだろう。そして、そんな彼女が
音速三号で修練場を駆け回る悪魔、それに追い縋るパールのキモチ。
その間にキモチ・淫らなサファイアの
「……っ!? これは……!!」
「かずみさん! 能力を────!!」
鼓星かずみはキモチと接触したことで能力を理解する。
「水属性の魔力を感じる……能力は“開封”と“重病”……このキモチは誰かを陥れるのが好きっていう、ちょっと褒められない性格をしているけど……交渉と奸計は戦いでこそ役に立つ! 使わせてもらうよ、《開封魔法》────!!」
「!?」
悪魔の隠蔽魔法で隠した中身が開封される。今まで回収した魔法少女のソウルジェムが悪魔の体より溢れ出て芝生を転がった。すると最後のキモチ・悦ぶダイヤモンドの
「────ッ!? な、なに……? なんなの……? そうだ、私は────!!」
即座に状況を理解した鹿目まどかは魔法を行使。殺傷能力のない光矢を数千と射て、全てのソウルジェムを貫くと、光矢がソウルジェムを持ち運び、持ち主の手元に戻す。そして肉体が破壊されている魔法少女には有り余る魔力を分け与え、肉体をみるみると再生。直後、鹿目まどかの姿が透明化した。どうやら彼女のキモチは川の波動を有するようだ。さらに直感して判明したことは、キモチは切磋琢磨の能力を保有する。それは連携力を向上させる効果が期待できる、集団戦向きの魔法だった。
「振り出しか。第二ラウンド……泥仕合だな」
「そうでもないわ」
「最初の失態を取り替えさせてもらう」
復活した七海やちよとエッダは瘴気を取り込んでドッペル化。
「モギリ・切符鋏、解体・竈獅子……お前ら二人に今さら言うことは何もない。自分たちは下の連中にドッペルの使用を禁じていたくせに、実は隠れて修行していたことは知っている。まぁそれは妥当な判断だ。並大抵の覚悟ではドッペルを操るなど論外だからな」
青と黄の閃光が交わって疾駆する。空間を蹂躙するぶつかり合い。爆発は発光と雷鳴の刹那に襲い来る。七海やちよ・エッダと格闘しながら、永遠に追い立ててくるパールのキモチから逃げるのは至難の業。おそらく悪魔がキモチに触れてしまった瞬間、勝敗が確定する。逆転勝利の呪いは働いていないため十中八九、生死に関わらない状態での決着がつく。
「逆転勝利の恩恵が貰えない今のあなたなら勝ったも同然よ。それに追いかけてくるキモチをあなたにぶつければ勝てると今、妹さんから念話が入った。慣れない悪役を演じたこと、恥じて負けなさい」
「加えて、その異形の姿もドッペルの原理と然して変わらないのだろう? ならば魔法少女である我々の方が、ドッペルにおいては熟知している! その点で遅れを取ることはない! これで終わりだ!」
悪魔は半魔人化の次なる形態に移行する。その予兆を感じ取った七海やちよとエッダは油断せず慢心せず、次なる策があることに驚きつつ、確実に悪魔の手足と背中を貫き砕いて仕留めた。
「両手から噴射する死炎以外に、両脚の裏側と背中側に戦闘機で見るアフターバーナーのような機構がある」
「その三つを潰せば機動力は奪える。後輩どもは見かけに騙されて絶望していたが、何事も弱点はあるものだ」
「そうだな。諦めないことが肝心だ。それを示すためにも、オレも無様な魔女を生み出すわけには行かない」
機動力を失って墜落し、大地を抉りながら突き進む悪魔の肌に、パールのキモチが接触する。次の瞬間、悪魔はキモチの特性を理解した。属性は魔・水・木。能力は“健康”──(余計なお世話だ)と悪魔は思う──そして“健忘”……健康を得られる代わり、
「……いつも無茶をするオレを戦わせないためのキモチか。なんかヤンデレみたいな能力なのは────気にしないでおこう」
悪魔は叛逆魔法で“健忘”を無効化。
「さて、オレの助言を受けてドッペルを制御できる奴も現れ始めた。暴走することがないなら魔法動物にも命令できる。さっきと比べて敵戦力は倍以上に増えたわけだ……で?
「こういうのは大抵、封印すればいいと相場が決まっているのよ」
「貴様の悪足掻きも、これで見納めにしよう」
「オレが封印されるのが先か、お前らのソウルジェムが耐久限界を超えて割れるのが先か……そういう戦いになるという事か」
再び激闘が始まる。鹿目まどかの号令一下で多種多様な魔法と魔力攻撃が乱舞。魔砲の雨の中、もはや対話は不要と判断した不死身の怪物たる悪魔は、七海やちよ・エッダの両名と白兵戦で凌ぎを削る。
「この戦いを終わらせるためには、これしかない……!」
環いろははドッペルを制御下に置く。自らの眼で戦場を直視し、自らの耳で現実を拾う。そして魔力をフル稼働。閉塞魔法の行使準備に入る。
「お姉ちゃん!」
「悪魔さんは本気だ……やちよさんは“慣れていない悪役を演じた”と言っていたけど、私たちの体を消し飛ばした瞬間を見ていないからそう言える。……私はずっと、悪魔さんは本気でソウルジェムを奪おうとはしていないと思っていた。あくまで私たちを成長させるための芝居だって。でも悪魔さんは本気で殺しに来た……私の肉体を殺す時の目には、怒りと殺意しか感じられなかった……それは私の顔を蹴り飛ばした時から分かっていたはずなのに……怖い現実を見ようとしていなかったッ!!」
「お姉ちゃん……」
「ごめんね、うい。私、みんなに甘えてばかりだったよ……ういがいなければ、私たちは全滅していた。それでもういを戦わせたくないのは本心。だけどそれ以上に、ういたちを死なせられない。私にとって魔法少女のソウルジェムを奪うことは殺すこととおんなじ! それをする悪魔さんのやり方は許せない……! なんとしても、この戦いに終止符を打つ────!! うい!」
「うん!」
環姉妹の両手が合わさる。コネクト。回収閉塞魔法を行使。空の匣兵器に閉塞魔法を掛け、悪魔の体から瘴気を回収する。奪った瘴気は匣兵器の中に封印。さらに環いろはは“高ぶるモルガナイトの
それをカバーするため鹿目まどかが号令一下。六十名もの必殺魔法とドッペルが放つ魔力と瘴気。それら全てを己が因果のみで束ねて掬い上げた鹿目まどかは、魔力の煌めきと瘴気の淀みを融合させた極限の一射を解き放つ。
「────《
打ち上げた一射は夜空にて爆発。神浜市の一区画を覆うほどの巨大な魔法陣が展開。破竹の勢いで光の矢が降り注ぎ、悪魔の全身を消し飛ばす。対する悪魔は消失と再生を繰り返しつつ鹿目まどかに接敵。一番厄介な敵を潰すため、その顔面を貫こうと拳を引く。刹那、暁美ほむらの心から時間停止魔法を直感。紙一重で脳天への狙撃を躱す。不死身なら回避する必要はないが、今の弾丸は避けざるを得ない。なぜなら頬を掠めた弾丸には《時間停止魔法》で使う砂時計の砂粒が一粒混じっていた。もし被弾して再生する際、体内に取り込んでしまえば、刹那の時を肉体が停止してしまう。このつわものどもを相手に刹那の停止は命取りだ。しかしそれは回避しても同様である。
「今よ、叩き込んで!」
「言われずとも!」
七海やちよとエッダが悪魔の体を槍で貫き、鞭で切り裂き、蹴りと殴りで地面に叩きつけて押さえ込む。そこに環いろはの蓬髪が伸びる。束縛能力で身柄を拘束。直後、悪魔の姿は霧と消えた。
「そのまま縛っていろはちゃん! 悪魔は消えたふりをしているだけだ!」
分析魔力を浸透させていた十咎ももこの一声。他の分析魔力使いも同様にうなずく。
だが時間は残されていない。悪魔が叛逆魔法を使えば、すぐにでも束縛能力は無効化されてしまう。ならば、あらゆる魔法を使っても、悪魔を封印することは無理なのではないか。そんな疑問が一瞬よぎる。
「ならば物理よ」
「同感だ」
七海やちよとエッダは四の字固めで組み伏せる。それでも悪魔は半魔人化している。それは魔法少女も同じことだが、完成された半魔人化とドッペルでは膂力に違いがありすぎることは既に証明され尽くしている。霧が消えて悪魔が出現。桃色の髪に束縛されたままの悪魔は、叛逆魔法で脱出する素振りが見えない。ふと悪魔の半魔人化が突然解除された。直後、環いろはの匣兵器が爆発する。無理やり回収した瘴気を詰め込んだことで壊れたのだ。
「観念しなさい。いくらあなたでも半魔人化していなければ筋力は人間と同じ」
「魔法少女の力には逆らえまい。我らがドッペル化しているなら、なおさらな」
その言葉を受けて目をつむった悪魔は、ふと疲れを吐き出すかのような溜め息をついた。
「その通りだ。オレの弱点は
魔法少女の勝利。悪魔の口からその言葉が響いた途端、何人かの魔法少女が安堵のせいか脱力した。
しかし悪魔の殺意は本物だった。まだ警戒は怠れない。そんな気構えで睨む者も少なくない。その姿勢は素晴らしいものであると言いたげに悪魔は微笑み、全課程終了の合図を告げた。
「これにて十五限目【本当の殺し合いとドッペルについて】は終了する。最終試練で生き残った魔法少女はもれなく卒業だ。既に道場の門は開いている。今すぐ帰りたければ帰るがいい」
突然の卒業告知に、魔法少女たちは目を点にする。
「どうした? お前たちは確かに“生き汚い強さ”を証明した。畳の地位はもはや関係ない。ただし強者は、一人では生きられない弱者を助けた以上、これからは責任を以て“全員で生き残る”ことだ。さもなくばオレは、再び
「最後のセリフ、全然冗談に聞こえないのが嫌よね」
「実際、冗談ではないのかもしれんぞ」
七海やちよとエッダは四の地固めを解く。
悪魔は咳き込みながら起き上がり、ふらつく体で立ち上がる。
「ついでにMVPは環ういと言ったところかな。全くの予想外だったから驚いた。それと全員、死ぬ気の炎を灯してみるといい。最初とは比べ物にならない勢いで炎が燃え盛るはずだ。その絶体絶命の感覚を忘れるな。ただ覚悟を語るのと、覚悟を以て殺し合いをするのでは、炎の出力が段違いだ。故に、今から言うことは矛盾しているように聞こえるかもしれないが────
悪魔は頭から倒れて膝をつく。やはり半魔人化は無理が祟るようだ。七海やちよとエッダは、まだ警戒心が抜けず手を貸すことはしない。だが環いろはと暁美ほむらは慌てて駆け寄り、黒江や綾野梨花も心配そうに一歩足を踏み出した。その心境を直感した悪魔は、血反吐を吐きながら、なんとか独りで立ち上がる。
「悪魔さん!」
「だ、大丈夫ですか……?」
「邪魔だ。近寄るな。オレの気が変わらないうちに道場を去れ。ソウルジェムを奪おうとしたのは本気だった。それはお前らにとって死を意味する。オレはお前らを殺そうとしたんだぞ? 文句を言われるなら分かるが心配される謂われはない。お人好しも度が過ぎると苛立つだけだ」
「謂われって……仲間なんだから、そんなのあるに決まってます!」
「それに、殺そうとした事を言うなら、私も本気で悪魔さんを殺すつもりでした……それは悪魔さんも心を読めるから分かっているんじゃないですか? お互い様ですよ。ちゃんと私たちを強くさせたがっていたこと、分かっていますから」
「ほかの奴らはそうでもないようだがな。いいから離れろ。お前らがいると、オレに一言なにか言いたい奴も言ってこない」
悪魔は血に濡れた体で奥の座敷に立ち去る。それを見届けた魔法少女と魔法動物たちは、次のシトピ隼人の言葉で解散となった。
「悪魔様はお疲れだ! 文句を言いたきゃオレを通してもらおうか!! つーか道場は閉館だと言っただろーが! とっとと帰りやがれ!」
「おいおい隼人。それはねーんじゃねーか? 台本では、卒業式はみんなで寿司パーティーって書いてあるんだけど……」
「バッカ、この空気でそんな仲良しこよしできるわきゃねーだろーが! フツー殺し合いしたあとに寿司パーティーなんて開かねーんだよ! つーかそれお前が勝手にぶち込んだイベントじゃねーか! やるなら勝手にしやがれ! それに道場はもう終わったんだ! オレたちも解散だっつーの!」
「そっか! じゃあ今から寿司にぎってくっから、食べたい奴は待っててくれよなっ!」
水野むくはマイペースに手を振って行動する。確かに殺し合いをしたあとで、そうそうやすやすと悪魔は信頼できなくなった。だというのに水野むくは、まるで過去のことは水に流したと言わんばかりに卒業式の準備に取り掛かる。
「うむ! 極限にいい試合だった! いや、この場合は死合か!」
「ねーねー。だれも
「僕は帰るよ。魔法動物を飼うに足る覚悟は、小動物のおかげで骨身に染み付いたようだからね」
「……」
笹川了子はランボを肩に乗せて、ひとりひとりの魔法少女に声をかけて激励する。恭弥アーデルハイトは誰よりも先に道場を出て行った。ジュリー凪は縁側に腰掛けてほっと一息。どうやら道場は本当に終わったようだが、魔法少女たちは命懸けの戦闘で爆発的に上昇した心拍数が依然として収まることをしらない。落ち着けば落ち着くほど極限まで昂ぶった鼓動が耳を打つ。生きた心地がしないとはまさにこのことか。
やがて水野むくが山盛りの寿司を持ってきた。魔法動物たちは我先にと食いつきに行く。勝手に動く魔法動物の面倒を見なければいけない魔法少女たちは自然と寿司の周りに集まり、そのうち状況に流されるまま卒業寿司パーティーに巻き込まれていた。そして悪魔の横暴さについて意見、というより愚痴が飛び交う。それを笑って済ます水野むく。
現在時刻は『21:21』────不思議と恭弥アーデルハイト以外、道場から出て行く者は居なかった。それは悪魔が言うように恋愛性質の影響か。それは自意識過剰のように思う。きっと水野むくの寿司が旨いだけだ。そうやって魔法少女たちは食事することで昂ぶった戦闘本能を鎮めていく。怖い時間は終わりを告げた。一息つく時間である。
†
~21:22~ 卒業式。
「悪魔様!」
シトピ隼人は座敷の障子を開ける。その先に悪魔の姿はどこにもいなかった。代わりに血に汚れたタオルと和服が捨てられており、替えの和服が消えていた。
「あ、あれ!? 座敷に戻られたかと思ったんだが……どこに行かれたんだ?」
魔力パターンを感知。座標は変わらない。考えられるとすれば屋上。シトピ隼人は跳躍する。そこには月を見上げて水野むくから渡された寿司を食う悪魔と、結界の中でしっぽを振るDキュゥべえの、ふたりの背中があった。
「……なぁ、キュゥべえ」
「なんだい?」
「今日オレがやったことは、未来の魔法少女の首を絞めることに繋がると思うんだ。オレの修行で魔法少女が強くなれば、それだけ魔法少女は生き残る。そしてインキュベーターは新たに契約することで魔法少女を増やす。すると必然、魔女は狩り尽くされ、グリーフシードの供給が間に合わなくなる」
「なるほど。君の懸念は理解したよ。ならば僕の返答はこうだ。
魔法少女が強くなることで生存し、新たな魔法少女が誕生することで、その数は飛躍的に増加する。すると新たな魔女は生まれにくくなり、今までの魔女は倒されやすくなる。やがて魔法少女と魔女の比率は完全に崩壊する。グリーフシードは枯渇し、魔法少女の間で争奪戦が勃発する。
そして、いくら強力な魔法少女でも自害できず魔女化する瞬間が来る。強力な魔法少女が魔女化すると、通常より大型の魔女となる。悪魔契約後に再契約した魔法少女なら尚更で、必ず大型の魔女あるいは超大型の魔女となる。無論、それは悪魔が責任を以て処分する。ただし悪魔の教えが広まることで、通常の魔法少女が強くなる流れは止められない。
そうやって強くなった魔法少女が自害できず魔女化することで、並大抵の魔法少女では倒せない大型の魔女が増え続ける。それによって弱い魔法少女は殺されるか、その前に圧倒的な戦力差に絶望して魔女化する。すると
「つまり元に戻る。全体の平均レベルが一段階進歩するようなものか」
「その通り。食物連鎖のピラミッド、生態系の復元力と同じことさ。さらに言えば彼女たち魔法少女は、既に何世代にもわたって
「なるほど。結局オレのやっていることは生態系のバランスを崩すほどのことじゃない。だからお前は特に介入しなかったわけか」
「そうだね。然したる懸念は感じてないよ。ただし今の理屈で言えば、僕らの契約数は
以前の世代より強い魔法少女が増えれば、必然、前世代より高い魔力係数を持つ魔法少女と契約しなければ、魔女との戦いで生き残れない。故にインキュベーターは、いつしか戦いの中で戦死する魔法少女を減らすべく、いかに絶望させて魔女化させるかという方針に転換した。実は初期の頃は、契約後は放置が基本だった。魔女化が忌避されることは理解し始めた時期だったため、契約後は姿を現さないのが基本だったが、“あえて魔女化を明かした方が絶望する子が多い”ことが、この方針転換の決め手となった。
「けれど僕らとしては、魔女は倒してもらいたい。不確定要素で魔女化する予定の魔法少女が殺されるのは困る。そういう意味では君のやっていることは営業妨害と言えなくもないかもだ」
「別にこの程度のことで営業妨害した気にはならないさ。むしろ魔法少女側に被害が行く方を懸念している。それに今回の道場は、神浜の魔法少女と縁を切るためにしたことだ」
「そうなのかい? まぁどうでもいいけど……」
Dキュゥべえは続きとして話したかったことを思い、悪魔はそれを直感する。
インキュベーターからすれば、魔法少女の世代が更新されることにメリットはなく、デメリットしかない。だがそのデメリットも小さいため、将来的な展望に掛ける必要経費と思えば目を瞑れる程度の誤差でしかない。
デメリットというのは、世代が更新されても魔法少女から得られる相転移エネルギーは然して変化がない事。そして世代が更新されることでグリーフシードの枯渇すなわち生存競争という名の激動の時代が訪れ、魔法少女の死亡率が増加し、魔女化させるまでの舵取りに苦労するというもの。
それでもインキュベーターにとっては、この“苦労”は依然として“イージーモード”でしかない。ほかの惑星ではこうも行かないが、地球は比較的、
「それと君も分かっているとは思うけど、世代更新によって強力な魔女が増えるということは、それだけ魔女による人間社会の被害も増加するということだ。世界では一日に二十万人が死んでおり、その五割が魔女事件だとする。そうなると君の選べる未来は二つあった。一つは現状維持。弱く死にやすい魔法少女と一日十万人の死者を出す魔女の世界を好むか、強く死ににくい魔法少女と一日二十万人の死者を出す魔女の世界を好むか。前者は魔法少女が生きにくい世界のままだけど、一般人の被害は後者と比較すると低く見積もることができる。後者は魔法少女が死ににくい世界となるが、多くの一般人が割を食う世界となる」
「無駄な問いだな。どうせそれも一時的なもので、すぐに元に戻る」
「と言っても、後者の世界は紛争と廃墟が1%増えるだろうけどね。それだけで君たちは“世界が荒れた”と形容するけど、僕らとしてはこんなに広い地球の中で、たかだか半径1キロが焦土と化した程度で大騒ぎする理由が分からない。総数が百億に昇る人類。その中の数万人が死んだ程度であわてふためく理由がない。絶滅するわけじゃあるまいし」
「つまりオレのせいで、小さな戦争がひとつくらい増えるかもしれないってことか」
「君にそれだけの影響力があるかどうかは疑問だけどね。たかが1%だ。たとえば日本の人口は一億で一日の死亡者は数千人。そのうち一千人が魔女事件による死者だ。後者の世界ではそれが倍になるだけ。そして人類の人口は増加の一途を辿っているから総数だけで言えば減るどころかむしろ増えている。食料や水の不足とかの問題はさておき、死ぬことはあれ増えている。これのいったい何が問題なのか、わけがわからないよ。ちっとも変わらないじゃないか」
「変わるさ。もしそんな世界になったら、オレは大罪人だ。間接的な大量殺戮者だよ。魔法界における皮肉な英雄だ。魔法少女のために一般人を切り捨てた。ある魔法少女はオレを英雄と呼んだが、一般人から見ればオレは虐殺者だよ。──人をひとり殺せば悪党だが、百人殺せば英雄という言葉のように」
「百人で英雄? 結局明日には二十万人が生まれてくるのに、よくわからない理屈だ」
「少しはこっちの視点に立ってくれれば、普通に分かる話なんだがな」
「それよりも。今ここで話した可能性は全て机上の空論だ。君はこんな取るに足らない話をして何がしたいんだい?」
「オレのやることなすこと全てに意味があると思うな。ただの世間話さ」
悪魔は思う。
(魔法界の摂理。それは結局なるようにしかならない。未来の一般人が犠牲になるからといって、今の魔法少女たちを見殺しにする選択は取りたくない。だからといって一般人を切り捨てる気はない。……わがままな話だ。けれど考えなしで魔法少女側を選んだわけではない。魔法少女を強くさせた責任は、そもそもの因果を断ち切ることで清算する)
「なぁキュゥべえ」
「なんだい?」
「少数を殺せば殺人鬼で、多数を殺せば英雄の理屈が通るならさ。もし全部を殺したら、そいつはなんて呼ばれるんだろうな?」
「全部? まずなんでそんなことをするのか理由が分からないけど……これも雑談なのかい? 君にしては珍しい話題を投げかけてくるね。やっぱり何か狙いが────」
「ところでインキュベーター。お前らってどのくらい居るんだ?」
「……」
「各町に一匹、スペアも含めて二匹から三匹? となると世界の市区町村の数倍はいるのかな」
「…………」
「冗談さ。本気にするなよ。……で? 全部を殺せる奴は、なんと呼ぶ? お前らの価値観で構わない」
「……そうだね。君たちの言葉を借りると少々適切ではない形になると思うけど……君たちが言うところの“神”みたいなものかな。僕らは宇宙の延命を使命としている。それを妨げる意思は、この宇宙が許さないはずだ。しかし自然淘汰は世の常でもある。未知の出来事で僕らが全滅することもありえなくはない。けれど僕らという種族が消えても、僕らと同じ目的を持った別の種族が、この宇宙の延命計画を引き継いでくれるはずだ。よって僕らの全滅は神の気まぐれと形容できる。つまり何も変わらないのさ」
悪魔とインキュベーターの目と目がすれ違う。
澱んだ黒い瞳と、無機質な赤い瞳は、見つめ合っているようで、どちらも別の虚空を眺めていた。
「神とは不変の象徴。変化とは成長の類語。全知全能ならば変わる必要はない。だってそうだろう? 神は無為なのだから。そして僕らは、それに叛逆する天使なのさ」
「ならば、その
「不可能だ。それこそ宇宙を改変するほどの力がない限り。……鹿目まどかを使って何かするつもりなのかい?」
「はじめて憶測でオレの動向を窺ったな」
「君が挑発するようなことを言うからだよ。それにやはり君が魔法少女を利用してまで何かを成すとは思えない。そういう人間なら既に入名クシュの提案を受け入れて、今頃、青音すずは蘇生しているはずだからね」
「人間のことは理解できないくせに、人物評は的確なのはなぜだ?」
「統計だよ。君たちだってアリの行動パターンを観察して把握するだろう? だけどアリの感情を理解しているわけではない」
「なるほど」
「君にしては愚問だったね。まだ並盛町に居た頃の君を思い出すけど……もしかして初心に帰っているのかい?」
「そうかもな。そろそろ
「聞かせてもらえるかな?」
「隼人も聞いとけ。オレはこれからマギウスに────」
駆け引きのような、しかしそうでもないような雑談が終わる。
悪魔が眺めるは荒れた修練場。西側の縁側では、殺し合いの後だというのに和気藹々とした雰囲気がある。そこに悪魔が現れれば場は凍りつくだろう。ここは水野むくに任せて、悪魔はゆっくりと休息を取ることにした。
†
悪魔は屋根の上で仰向けとなり眠りにつく。
次の瞬間、半透明の肉体を持つ二人の少女が飛び込んで、ひとりは悪魔の腹に頭突きし、ひとりは悪魔の顔面を容赦なく蹴り飛ばした。
「なっ────!? なにしてんだテメェら────!?」
その様子を目撃したシトピ隼人が怒りを叫ぶも、すぐに二人の少女の激憤にうろたえる。
「あすみはともかく、なぎさのことを忘れないでほしいのですーっ!! いつネタばらしすればいいか分からないのです!! 早くみんなの所に戻ってチーズお寿司が食べたいのですー!!」
「テメェよくも私を殺しやがったな!? ガチでソウルジェム割ってんじゃねぇよ! そして殺したことを無かったことにするために、私たちを殺してからずっと叛逆魔法を使い続けていたとか正気の沙汰じゃない!!」
「つまりなぎさたちが死んだことを無かったことにした上で、周りには本当に死んだように見せかけないといけないのです。だから死んだことを無かったことにした、ことを無かったことにして……でも死んだことにするためにそれを無かったことにした上で、でもそのままだと本当に死ぬから無かったことにして……あーもー! どーゆーことか分からないのですー!」
「とにかくそんな魔法の濫用、魔法少女ならソウルジェムが耐久値を超えて割れてんの!! 自分の魂がソウルジェムみたいに固体じゃないからって、そんな無茶を気軽にゴリ押ししてんじゃない! たとえ人間でも死んでるもんは死んでるの! 逆転勝利の呪いで無理やり生き抜いてんじゃねぇ! ルールに従って死んどけバカ!」
「だから最後にクマ吉が負けたのは、魔法少女の作戦勝ちじゃないのです! 単にクマ吉が限界だったからなのです! あんな完璧な半魔人化が出来たのも、長時間の魔法行使で瘴気を限界まで溜め込んでいたからなのですっ! だからクマ吉は負けていないのですっ!!」
「いや
悪魔は、間近で騒ぎ立てる少女たちの絶叫を聞いて耳がキーンとなる。
一方、シトピ隼人は、叛逆魔法の半日行使は初耳のようで、青ざめた顔で愕然としていた。百江なぎさと神名あすみが本当に死んでいるとは思っていなかったが、まさかそんな方法で生存させていたとは思いもよらなかった様子。
「いくら凪の幻覚でも、ベテランや一部の中堅者には魔法で見抜かれる。ベテランなら即興で乗ってくれるだろうが、中堅者がハッタリだと気付いてのんきに構えていたら、それが周りに伝わって空気が緩む。……まぁ、やちよは最初から最後まで“オレが悪ぶってる”と確信していて、周りと比べてのんきに構えていたから、あまり意味はなかったがな。分かっていても驚くフリぐらいすりゃいいのに……」
「ならやちよに言ってやるのです! なぎさが魔女化したのはマジなのです! 半日魔法を使い続けていたことをいろはとやちよが知ったら、今度こそ雷が落ちるのです!! 成敗されろなのですー!!」
「そうだそうだ怒られろ! こっちはずっと幽霊状態で暇だったんだ!」
悪魔はうるさい少女をどかすため一言。
「そういえばポケモン。選ばなくていいのか?」
『────!!』
百江なぎさと神名あすみがキレ散らかしている原因の五割程度は、
「な、なぎさは乳牛がいいのです! そしてミルタンクに変身させてモーモーミルクでチーズを作るのです!」
「わ、わたしは────悪タイプのポケモンがいい! とにかく悪そうな(本当はかわいい)奴がいい!」
「おう、言ってこい」
百江なぎさと神名あすみは修練場に飛び出す。すると“ゾンビだ”“お化けだ”“幽霊だ”“ギャー青めの半透明だ!”“でも足はある!”などと騒ぐ声が上がる。百江なぎさは事情を説明。直後、環いろはや七海やちよの激しい感情を直感した。
(……結局、半端で甘いんだよな……オレは厳しくなんて出来ない、そんなへなちょこな奴なのか……? ソウルジェムを奪うのだって、自分でも本当の本当に本気だったかどうか自問しても黙秘するしかない……正直ういが起点となって全員が生還したことに安堵している自分がいる……奪うと言った手前、有言実行するしかないように自分を追い込んだが……。はぁ……やちよの言う通り、あまり慣れないことはするもんじゃないのかな……?)
やがて大勢の魔法少女が、悪魔のことを誤解していたと言わんばかりに、姿を現さない悪魔の捜索を始める。
そこで悪魔の意識は途絶えた。おそらく次に目を覚ますのは、一日以上が過ぎた後だと悟って。だがその間、二度とキリサキさん事件のようなことにはならないだろう。なぜなら彼女たちは、この一日で確実に・飛躍的に、強くなった。天乃鈴音以上の脅威は、そうそう現れることはない。何があっても無事だろう。
────悪魔は、まるで彼女たちの無事を確信したかのように安堵して、深い深い眠りに落ちた。
完