アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
悪魔は校舎一階の廊下を疾走する。すると前方から黒衣に身を包む魔法少女が走ってきた。魔法少女は悪魔を警戒してか、武器と思われる仮面を取り出して急停止。悪魔も敵ではないと告げるため立ち止まり、話し合いを所望する。
「待て、オレは味方だ! 少なくとも敵じゃない。テリトリーを侵すつもりはないし、グリーフシードに用はない。ただ迅速な解決のため魔女討伐の共闘を申し出たい」
「……! あなた……何者……?」
ただの少年が魔法少女や魔女の存在を知っており、加えて魔女の口付けを受けていない。てっきり魔女に操られた男子生徒が襲いかかってくるものと思っていた魔法少女は驚きながらも仮面を収める。
「オレは悪魔だ。でも悪い悪魔じゃないぞ。そっちは?」
「……いや、悪魔って悪い魔物だから悪魔って言う……いや、今はそれにツッコミを入れている場合じゃない。……わたしは桐野紗枝。正直怪しいけど……あなた本当に戦えるの?」
「あぁ。ただ魔法少女じゃないから魔女の位置を知ることができない。先導を頼めるか」
「…………」
桐野紗枝は悩んだ。それはほんの一瞬の動揺として悪魔の目に映る。
「……ごめん。断らせてもらう。これはわたしの戦いだから、今回の魔女は、わたしが一人で倒す」
「……は?」
「手伝おうって言ってくれてありがとね。それじゃ」
最後に仮面のような笑顔を見せた桐野紗枝は走り出し、悪魔のそばを横切っていった。
「────なるほど。これは厄介な性根をしてやがる」
ほんの一言二言交わしただけだが、それだけで悪魔は桐野紗枝という少女の心理を直感していた。
「おいキュゥべえ。桐野紗枝について知っていることを全て話せ」
「ふむ……いいだろう。彼女は再契約に応じてくれる可能性がそれなりにありそうだ。まず桐野紗枝という人物は────」
悪魔は桐野紗枝を追い掛けながらキュゥべえの話を聞く。
桐野紗枝。彼女は危機管理意識の足りない両親の下、しっかりとした四人兄妹の一人として育てられた。あるとき両親が詐欺に引っかかり多額の借金を背負い夜逃げ。そのとき貧乏人という理由だけで誰も手を差し伸べてくれなかった経験から独立独歩を決意する。そうして神浜市に引っ越してきた桐野紗枝は、貧乏人だと知られればそれだけで差別に遭うことを身を以て知っていたため、表と裏の顔を使い分けるようになった。表の顔は模範生、裏の顔は飾らない性格。しかし誰にも心を開かなかったわけではなく、彼女には裏の顔を知る親しい友人が何人かいた。彼女は貧乏生活から脱出するため、外では品行方正を徹底し、内には成り上がるための雑草根性を燃え上がらせていたようだ。
「そこでボクが契約を持ちかけたんだ。彼女は何度か断ったものの最後には願ったよ。“学校のみんなが知る私を良家のお嬢様にして”とね」
「……なんだ? その願いは。経済状況の改善を願ったんじゃないのか」
「ボクもてっきりそれを願うとばかり思っていたよ」
「……その様子だと、魔法少女候補の背景は洗ったが、それ以上の……願う直前までの動向は調べなかったみたいだな」
「まぁね。契約に応じそうな子を見つけたら、あとは契約を迫るだけだ。その間に何があったのかなんて興味ないよ」
悪魔は校庭に飛び出る。そこで見るからに巨大な物体を目撃し、驚きのあまり目を見開いた。
「これは……魔女迷宮のゲート……!」
†
時は一刻前に遡り。早朝、南凪自由学園に登校した桐野紗枝は朝の挨拶を済ませたあと、クラスメイトの女子から質問を受けていた。
「ねぇねぇ桐野さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「ん? どうしたの? なにか困りごと?」
「う、ううん。そうじゃないんだけど……あのね? 聞きたいっていうか、伝えたいことがあって……」
そのクラスメイトは桐野紗枝の様子をうかがうようにおずおずとしていた。これは何かただならぬ予感と思った桐野紗枝は冷静さを装ってにこやかに聞き返す。
「どうしたの? 遠慮せず言ってみて?」
「あ、あのね……実は桐野さんのことで、あるうわさが流行ってて……」
「……うわさ?」
「うん。あの、気を悪くしないで聞いてほしいんだけど……桐野さん。実は
桐野紗枝は思わず表情が強張る。硬直した吐息を呑み込み、努めて冷静に振舞う。その胆力は実に見事な演技だった。
「……なーにそれ? 失礼なうわさが流行っているのね」
「あ……その反応だと、やっぱりウソなんだ……!」
「そりゃそうよ。────で? そのうわさ、誰が流してたの?」
「え、えっと……廊下を歩いていたら聴こえてきただけで……誰かが言っていたのかまでは分からないかな……」
「そう。とにかく教えてくれてありがとう」
桐野紗枝は抜き打ち死活問題の襲来を覚悟する。彼女はキュゥべえに“学校のみんなが知る私を良家のお嬢様にして”と願った。それにより実際の家計は貧乏でも、この南凪自由学園における人々は桐野紗枝のことを本当の令嬢だと思い込んでいる。だがそれも実家のボロ屋を見られればすぐにバレる。少しヘタを打てばすぐに瓦解する錯覚。しかし桐野紗枝は魔法少女になったことで固有魔法を手に入れた。それは対象の認識を
(とりあえずうわさの発生源を見つけて元を絶たないと……でもそんなのどうしたら見つけられるの……? まさか自分から「私が貧乏令嬢ってうわさ知ってる?」って聞きまわるわけにはいかないし……そうやって探したところで、うわさなんてあやふやなものにケリを付けられるわけ? あぁどうしよう。久しぶりに冷静じゃ無くなってきたかも。本当に面倒なことになってきた……まったくなんだって突然そんなうわさが流れんのよ。意味わかんない……)
心中で悪態をつく桐野紗枝は居ても立っても居られず教室を飛び出し、魔法の準備を整える。
(とりあえず片っ端から魔法を掛けるのもアリか……「桐野紗枝が没落貴族の貧乏令嬢ってうわさは真っ赤な嘘」って魔法で思わせることができれば、あとはその話が勝手に広まっていくだろうし……それで相殺を狙うしかない……でもしばらくはそれについて何度も聞かれるのを我慢しなきゃいけないかも……はぁ)
ため息ひとつ。そこで通りすがりの男子生徒や女子生徒から次々と声を掛けられて、例のうわさについて聞かれる。そのたび弁明して、認識改竄の魔法をひとかけ。それを繰り返しつつ桐野紗枝は学園を回っていく。
(あぁもう面倒くさい……! 学園では品行方正の令嬢として人気者だから行く先々で聞かれるし……! そのたびに魔法を使っていたらソウルジェムが持たない……! グリーフシードも今は持ち合わせがそんなにないし……)
かといって魔法を使わず弁明だけで済ませるわけにはいかない。ひとつの怠惰がピンチに繋がる。それを桐野紗枝は痛いほど知っていた。ふと桐野紗枝の脳裏に放課後の教室の情景がよぎる。唯一自分の裏の顔を知っていた数少ない仲間たち。その現場を他生徒に目撃されて学校中に裏の顔がバレてしまった。たとえ今まで優等生として活躍し、模範生として見られ、文武両道で品行方正といった実績をどれだけ積み上げていっても、最後は「桐野紗枝って裏の顔があって本当は貧乏なんだって」────その一言で桐野紗枝という人間の価値を勝手に決めつけられた。
(そのせいで唯一家計を支えていた家庭教師のバイトを断られた。裏の顔はともかく、ただ
家庭教師のバイトが無くなれば家計を支えることができなくなり、最悪一家離散の憂き目に遭うことは容易に想像できる。そこにキュゥべえが現れた。既に諦めていた桐野紗枝はダメもとでキュゥべえに願った。学園では「桐野紗枝は貧乏だから卑しく裏の顔を持っており、その言動は粗暴」と思われている。言葉遣いが荒いことは貧乏と関係ないし、裏の顔を持っているのはそもそも貧乏であることを知られないためだ。知られれば今このように「貧乏だからクズだ」と謂われなき偏見の責め苦を受けるから。その現状を変えるために願った。どうせ叶わないだろうと思いながら、それでも現状の理想を口にした。
学校のみんなが知る私を良家のお嬢様にして────と。
(でもその願い事のせいで、私は一気に友達を失った。放課後の教室……唯一、私の裏の顔を知っていた仲間たち……ひょんなことから裏の顔がバレてしまい、でも誰かに告げ口したりせず、私のありのままを受け入れて接してくれた友人たち……でもその繋がりは、私に裏の顔があったからこそできた関係……願い事で学校のみんなの認識を変えてしまったせいで、誰も私の裏の顔を知らないことになってしまい、それは私の裏の顔を知っていたはずの友人たちまで巻き込んで、願いを叶えた次の日には初対面の関係になってしまっていた……)
理科室の先輩。聖母のような女性。劇作家の子。それぞれ違うクラスで、それぞれキッカケがなければ関わり合うことがない間柄。それが放課後の教室というキッカケで混ざり合った。そして混ざり合った関係は桐野紗枝の願い事によって無かったことにされてしまった。といっても三人のうち二人は魔法少女であり、すぐに同じ魔法少女として知り合うことになった。それでも放課後の教室の思い出は桐野紗枝だけが持っている。そして劇作家の子は知らないうちに引っ越してしまっていた。
(もうあの時のような失敗はしない。そもそもあんなことになったのは私が甘かったからだ。表と裏の顔を使い分けるなら、友人に対しても仮面を被るべきだった)
過去、仮面を被らなかったからひどい目にあった。ならば、もう一生仮面を被り続けて生きよう。その覚悟を持つに至る過去が桐野紗枝にはあった。
苦い過去を思い出す。だが過去は取り戻せない。過ぎ去ったことは仕方がない。だからこそ現状から成り上がろう。そう決意し再び奮起した桐野紗枝は────
「……?」
────ふと廊下の奥に不審な人影を見つける。否、それは人ではない。どこかムンクの叫びを想起させるような絵画の出で立ち、あるいは奇抜な色彩の人形のような得体の知れないモノが立っている影を見つける。それはおよそ人間や動物とは言えず、魔女の使い魔と言っても信じてしまいそうな奇天烈な姿をしていた。その不審な怪人は当たり前のように生徒と談笑しており、クスクスと笑いながら“あるうわさ”を広めていた。
「ねぇねぇウワサさん! もっとうわさを聞かせてよ!」
「イイヨー!」
アラもう聞いた? 誰から聞いた?
桐野紗枝は没落貴族の貧乏令嬢ってそのウワサ
南凪自由学園では立派な令嬢と知られているけど
本当は雨漏りしまくりのボロ小屋に住んでいるんだって!
優等生で模範生で文武両道で品行方正
でもでもその正体は火の車!
家計はジリ貧 貧乏にありがちな大家族
そんなウワサをしたら魔法でちちんぷいぷい
みんなの記憶を書き換えられちゃうって
南凪自由学園の魔女ガタリの間ではもっぱらのウワサ
キャービンボーニーン!
†