アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
悪魔が零地点突破の氷に囚われてから六時間後。極寒の中、凍結された外皮。されど体内は、凍結される瞬間、体内で死ぬ気の炎を燃やし続けていたおかげで完全には凍っていない。そんな状態で悪魔は、六時間を通して修行に明け暮れていた。叛逆魔法や叛逆助太刀魔法を使えば、こんな牢獄、簡単に脱出できる。だがそれでは意味がない。悪魔は、ペレネル・フラメルの希望通り、魔法による零地点突破ではなく、死ぬ気の炎による零地点突破を学ばなければならない。
聖杯戦争の中で知らぬ間に急激なレベルアップを遂げていた悪魔は、プリーモが使う凍結版の零地点突破は習得できた。だが同じ技では、この氷は突破できない。大空の七属性を灯せば脱出できることも承知している。だがそれ以外で脱出できなければ修行にならない。悪魔は考察し、仮説を立て、検証を重ねていく。
不規則な死炎の明滅。絶妙で複雑な死炎の操作技術。どうすれば大空の七属性を使った零地点突破で、この氷を溶かすことができるか。悪魔は魔法版の零地点突破では、中和と吸収を開発していた。理論上では、中和版の零地点突破を使えるようになれば、あとは逆転勝利を自分に掛けるだけでパワーでは勝ち、氷の牢獄を相殺して脱出できる。
(だがそれではダメだ。魔法は使わない。ならば────)
吸収版の零地点突破を習得しなければならない。だがこれが最も難しい。分子の運動が停止した極寒世界では、氷の中からプリーモの死炎を吸収しようにも、岩のように微動だにしない。まるで岩石や金属に柔らかいストローを刺して中身を吸い取るかのような技術を求められる。そんなのは不可能だ。しかし不可能を可能しなければ、この先に未来はない。抑止の守護者に殺されて終わるだけだ。
(そもそもペレネル・フラメルは、オレがエミヤに完敗することを、なぜか確信しているようだった。抑止の守護者はその活動のため、世界から情報を貰うことができる。となれば考えられるのは、オレの攻略法をエミヤは見抜いたということになる。だが京子の逆転勝利とすずの叛逆の組み合わせに隙はないはず……しかしペレネル・フラメルという賢者が、そこまで言うなら……きっとオレの中でも致命的な見落としがあるんだ)
現にデータ世界線の小宇宙では、チェルベッロから《青音すずの固有魔法は叛逆ではなく、平行世界を亘る力である》と告げられた。それが本当かどうかは、実のところ半信半疑だが……暁美ほむらの例を見るに間違いないだろうとも思っている。
(叛逆ではない。ならばなんだ? たとえば叛逆と施術の組み合わせ、叛逆と助太刀の組み合わせは、実際のところ、平行世界の可能性と施術の組み合わせ、平行世界の可能性と助太刀の組み合わせだと言うのか?)
多世界解釈による自由度MAXの自在魔法。それが青音すずの魔法だとすると……何かの根底が覆る気がする。
(────いや、それはオレの攻略法を知ったであろうエミヤの心を読めば判明することだ。今は吸収版の零地点突破を、すぐにでも習得しなければ……)
既に夕方。いつエミヤが来てもおかしくない。氷の中では無防備だ。もし殺されそうになれば水泳の魔女が勝手に助けてくれる。だがそれは修行の邪魔を意味する。時間までに習得しなければいけないのに、悪魔は手間取る。
(くっ……なぜだ。ここまで難しいなんて……魔法なら楽勝でも、自力での習得となると、ここまで難度が高いとは……凍結版と中和版は、もう習得できたのに……)
凍結版の零地点突破は、原点にして頂点だ。死ぬ気の炎によるマイナスエネルギーを操る方法としては、これ以上に効率的な方法がないというくらい、研ぎ澄まされたエネルギーの運用法を誇る。故に習得は容易く、故にどの零地点突破よりも強い。シンプルイズベストとは、まさにこの奥義のためにあるかのような言葉だ。
それゆえにボンゴレファミリーのボスたちは、この凍結版を必ず習得している。
その一方で、初代以降のボンゴレファミリーのボスたちは、独自の立場と価値を確立しようと、自分だけの零地点突破の開発に着手している。悪魔は動機こそ“ただ強くなるため”だったが、結果的に同じことをしていた。そうして開発した悪魔だけの零地点突破が中和版と吸収版である。
中和版の零地点突破は、言ってしまえば失敗作だ。死ぬ気の炎によるマイナスエネルギーを操る方法としては、これ以上ないくらい非効率的で、戦術的にもデメリットが多い奥義となった。そのくせ習得は難しく、おそらくどの零地点突破よりも弱いだろう。しかしこの反省を踏まえて、悪魔は次の奥義の開発に着手した。
吸収版の零地点突破は、その失敗と反省を活かせたが故の成功作である。死炎操作技術の効率性は低いが、戦術的な合理性は凍結版より高いと自負している。なぜなら凍結版は相手を凍らせて封印したり殺す奥義だが、吸収版はそもそも相手の力を自分のものにする。技の種類が違うため比べるのはおかしいが、ここで比較したいのは奥義の技術性と戦術性、そして習得難易度である。どれも凍結版より高い。つまり技術自体は簡単で、戦術性は高い。だが惜しむらくは、その習得難易度が凍結版より高いことにある。
それゆえ悪魔は苦戦する。
そして訪れる死は待ってくれず、いよいよ決戦の
†
刹那、紅く閃く狙撃矢が二連、飛来する。なぜか逆転勝利が働かない。一矢目、不毀の氷獄を砕き、二矢目、悪魔の左眼球のみを突き押して、結界で守られたグリーフシードを悪魔の体外に排出させた。
「────ッッッ!!?」
「約定通り、マギウスより先に貴様を殺しに来た。しかしこれは一方的な狩りの時間になるだろうな」
日本から徒歩で……否、一週間かけた疾走でフランスまでやって来た赤い弓兵は、手荒い挨拶もそこそこに抹殺を開始する。
「っ……マスター!」
それはセイバーの声。エミヤ同様、抑止の守護者たるアルトリア・ペンドラゴン。どうやら彼女は日本からフランスまで、エミヤと刃を交えて時間稼ぎをしていたらしい。飛行機に乗ってくれば一日でフランス来られたエミヤが七日も時間が掛かったのは、セイバーの妨害による功績が大きい。しかしセイバーは悪魔とエミヤの直接対決には水を差さないつもりのようだ。抑止の守護者として、悪魔を抹殺するかどうかはセイバーにも選択権が託されている。そして彼女は世界より、自らの騎士道──主を守ると誓ったなら、その信念を最期まで貫き通す道──を選んだようだ。
故にセイバーは、守護者と排斥者の戦い、その行く末を見守る。
片眼を射抜かれた悪魔は鮮血を迸らせながら、矢で射抜かれた衝撃で氷獄から脱出。雪原に落下するも死炎噴射で頭部と背中の強打は避けて上昇する。いくつも閃く極矢。その全てが
(っ!?)
悪魔は直感する。エミヤの狙いは悪魔ではない。むしろ
「なんだと?! すず!!」
雪原にグリーフシードが転がる。その中から圧倒的な瘴気を放ちつつ姿を現す水泳の魔女。大気は巡り、夕空は曇天に覆われ、各地に竜巻が発生してどしゃぶりの大雨を降らせる。その全てが鎮静作用を有しており、全てのフルンティングを停止状態に追い込んだ。叛逆魔法によって、鎮静雨に打たれる悪魔の動きは邪魔しない。
対するエミヤは干将・莫耶を投影。赤い外套によって鎮静雨もある程度は無効化できる。中庸のアライメントも助かって瘴気混じりの魔力影響も受けない。
「悪魔。君は疾うに私の心を読んでいるだろう。だが信じられまい。故に言葉として改めて突きつけよう。冥土の土産に聞いていけ。────まず貴様の認識には大きな誤算、いや……誤りがある」
「……っ!」
世界から供給される無限にも等しい魔力によって、エミヤはセイバーの魔力放出を優に超える機動力のブーストで急接近。やはり悪魔を避けて水泳の魔女を狙っている。そうはさせないと自らに逆転勝利魔法を掛けた悪魔は神切を開匣。時雨蒼燕流で剣戟を交わすも、戦闘技量は抑止力に関係なくエミヤの方が圧倒的に上位。そもそも刃を交わすこともなく、エミヤはサイドステップで悪魔を抜き去る。瞬間、悪魔は死炎噴射で追随、殴り込むが、エミヤはそれに合わせて裏拳を放つことで悪魔の猛攻撃をガードし、一直線に水泳の魔女へ駆け抜ける。
干将・莫耶は魔性特攻を有する。おそらくエミヤの技量なら、全ての魔女を一撃で殺しきることができる。大型魔女であろうと例外はない。一撃でも水泳の魔女への攻撃を許せば、悪魔は敗北する。だがエミヤの疾走を止められない。どうあがいても止める術がないと悟る。
「くっ!」
「そもそもが矛盾の塊だ。牛若丸は笹川京子のソウルジェムを狙うことで、悪魔の逆転勝利発動を弱めようとしたが……それはおかしい。ならばなぜ牛若丸は悪魔を仕留めきれなかった? この時点で、笹川京子には逆転勝利魔法が働いていないという論理が矛盾している。なぜなら、たかが現代人の一介の小僧が、日本で最大の知名度を誇る英霊相手に技量勝負で勝てるはずがないのだから」
「……──」
「そもそも笹川京子の願いは、沢田綱吉が学生時代に得意とした逆転劇が印象的だったため、魔女と化した青音すずを
エミヤの干将・莫耶が水泳の魔女の片腕を切り裂く。暴風雨の如し断末魔が上がり、曇天が薄まって薄明光線が射す。
「すずッ!!?」
しかし水泳の魔女は、脱兎のごとく後退する。二度とエミヤのレンジ内には入らないと言いたげに、反撃をやめて全力後退を始めた。エミヤは驚愕とともに目を見開く。
「なに!? 一撃死しない……? ──そうか……今まで悪魔や他の魔法少女から莫大な瘴気を吸収してきた水泳の魔女は、大英雄ヘラクレスの宝具《
瘴気とは、魔女にとって生命力に相当する。その生命力が膨大すぎるため、不老不死に近い状態となっている。だがそれは無限ではない、あくまで不死に近いだけであり、瘴気さえ途絶えれば死亡する。今の一撃で瘴気の五割は削っただろうか。神霊形態の金色白面ですら一撃で殺す干将・莫耶から一回生還したのは、これが初めての敵である。
「やめろッ!!」
悪魔は自らの生命力を削って魔力を生み出し、水泳の魔女に逆転勝利魔法を掛ける。
「このままオレが生命力を削ってすずに魔法を掛け続ければ、いずれオレは死にかけて逆転勝利が発動する!」
「あぁ。そうなれば“終わることのない逆転劇”となる。永久機関の闘争と逃走が始まる。だが────」
悪魔の生命力が枯渇。逆転勝利の呪護が発動。死炎轟轟。エミヤの双剣と爆発剣戟。不意にエミヤは双剣を投擲。
「水泳の魔女には関係ない」
「ッ────!!」
水泳の魔女に迫る投擲双剣。刹那、それを光の剣が叩き落とした。
「マスター! 指示を! 私たちは貴方に加勢します!」
「タルト! すずを守ってくれ! オレの生命力を全て使い果たしても構わない!」
悪魔は死なない。逆転勝利の呪護によって死ねない。タルトは「承知しました!」と叫ぶと、金髪の長髪をなびかせて豪雨に濡らし、白い鎧をきらめかせて────光魔法による敏捷A+++の光速領域で戦闘開始。水泳の魔女が山林に逃げ込む。そこにはエミヤがあらかじめ仕掛けた様々なトラップが仕込まれている。その全てが魔性特攻。干将・莫耶をトラバサミに加工したもの、矢に加工したもの。その全てが一撃でも水泳の魔女に入れば、魔女は消滅する。しかし光の速さに到達したタルトは、罠のことごとくを斬り弾いた。
「予定通りだ。悪魔、話の続きをしてやる」
「……っ!」
「第一に、笹川京子の願いは“
「────」
「そうだ。水泳の魔女による叛逆魔法……いや、この場合は平行世界の可能性を引き寄せる能力、とでも形容しておくか。なんにせよ水泳の魔女の力によって、その祈りは
「──……」
「他人の願いそのものへの叛逆。魔女と化しても愛する者と、それが愛する恋敵を守ろうとするとは……殊勝な娘だ。最古の英雄王ほどではないが、その魂の輝きは価千金に匹敵すると言わせるほどの“愛と覚悟”だ。──とどのつまり悪魔と笹川京子は殺せない。殺そうとすれば水泳の魔女の改竄された祈りによって邪魔される。……笹川京子と青音すず、互いが互いを思い合うが故の捻れ狂う因果。しかし、その絆がアダとなる」
「……っ」
「水泳の魔女を守る笹川京子の祈りは、水泳の魔女自身の手によって
エミヤの心眼は真実を看破した。マギウスは生け捕りを考えたそうだが、それは最悪の中の最善策に過ぎない。捕らえてもどうせ叛逆魔法で脱出される。最善の中の最善策とは、敵の使う神秘の理を見極め、勝利すべき活路を見出す観察眼と洞察力。1%でも勝利の可能性があるなら、それを手繰り寄せる力がエミヤにはある。それゆえに、抑止の排斥対象となった者を仕留め損なうことは一度もなかった。
互いに互いの狙いは了解した。鋼鉄の決意を有する悪魔に精神攻撃が効かない事を知るエミヤは口を閉ざす。もはや無言。ただひたすら目的を達成するため、最短にして最高効率の手段を取り続けて、彼らはしのぎを削る。
死炎爆撃。双剣乱舞。音速戦闘は五号に達し、極超音速戦闘の領域に突入する。音の壁に阻まれ続ける悪魔とエミヤの血管が鬱血。互いに稲妻が走るような相貌で睨み、互いに世界を相手取るような殺意をぶつけ合う。
「悪魔さんっ!!」
「いろはちゃん! 私の動体視力を活性化させて!」
山林の激闘。そこに環いろはと暁美ほむらが姿を現す。なぜ彼女たちが
「手を出すな!!」
『っッ!!?』
悪魔の怒号。この戦いに二人は付いて来られない。なにより抑止の守護者を敵に回した時点で抹殺対象に入る。そうなれば、もし悪魔が死んだあと、“ただ悪魔に味方した”という理由だけで二人が殺される恐れがある。エミヤに許された自由意思は悪魔の殺害選択権のみだ。悪魔抹殺を完了したら、また自由意思のない掃除屋に戻る可能性があるかもしれない。
「これはオレたち兄妹の問題だ! 部外者が関わるなッ!!」
「っ────悪魔さん……!」
ならばタルトやリズはどうなのか。彼女たちには申し訳ないが、既に一度の生を終えている英霊だ。二度目の生はマスターのために尽くすという覚悟が既にあると直感している。ならば何も言うことはない。死ぬとわかっていても立ち向かうその信念に頼らせてもらう。
「
「ッ!!」
至近距離で弓を構えたエミヤは一射。斜面爆砕、土砂崩れが発生。山の麓に民家はない。動植物は巻き込まれて死ぬだろうが、エミヤはそこも織り込み済みなのだろう。到着したのは数分前だろうに、あらかじめ地形情報を精査していた。余念のない徹底した戦略準備には感嘆の吐息しか吐けない。
水泳の魔女は山頂に昇り、そこから上空へ逃げようとする。追いかけるエミヤ。食い止めようと悪魔は死炎轟爆。
「────あ、これはまずいですね。どうしてもウズウズが抑えられません」
刹那、赤い中華服に身を包んだ赤ん坊が、山頂より跳躍した。エミヤの背筋に怖気が走る。神槍李書文を上回るこの一撃、回避に注力しなければ受けても即死に至る。エミヤは歯を食いしばり全力で身をひねって飛び蹴りを退き躱す。
「ッ!?」
「ほう。今のを躱しますか! ならばこれはどうです? 《爆龍炎舞》!!」
赤ん坊の肉体そのものが炎の龍となって舞い上がる。爆撃の拳法を受けたエミヤの双剣は破壊されて経絡系のいくつかを穿たれて失墜。地面に激突して転がるも、即座に体にムチ打って跳躍。赤ん坊の追撃を躱し、速射矢で牽制する。
「おっとと……なかなかの身のこなし。そして素晴らしい技です。これぞまさに凡人が磨き上げた剣術の極致。私の拳法とどちらが強いか、死合たくなってしまいました」
赤ん坊の傍らに悪魔が降り立つ。その顔は平然としており、この未来がわかっていたかのような落ち着きぶり。エミヤは歯噛みする。
「なるほど……これも予知通りか。まさか現アルコバレーノは嵐の守護者たる
「おや。私のことを御存知で? 見るにTP魔法界のサーヴァントとお見受けしましたが……QB魔法界とも関わっていそうですね。どちらともあまり関与したくない世界ですが……いえ、個人的にはガンガン関与して強者との戦いを愉しみたいのですが、なにせユニに叱られてしまいますので。マーモンにも小言を言われてしまう」
悪魔は風に声をかける。
「オレは悪魔だ。今は未来視を有している。ユニとも知り合いだ。ここでお前と共闘して奴を討つ。協力してくれるか?」
「基本的によその喧嘩に手出しするのは無礼なので普段はしませんが……サーヴァントと戦える機会は滅多にない。あなたさえよければ、私が一人で勝ってしまっても構いませんが? ただし命までは(余裕があれば)獲りませんので、そのつもりで」
「それでいい。よろしく頼む」
悪魔と風は肩を並べて構える。エミヤは嘆息。とんだ
「ミーのゲッコウガがいれば、どんなお化けも怖くない! というわけで観戦しに来ましたー。どうぞミーのことは気にせず、怪物は怪物同士で殺し合っててくださいー」
「ゲコ! ゲッコウガッ!」
「フラン……お前その魔法生物、どこで知り合ったんだ?」悪魔は呆れ気味に問いかける。
「森の奥で倒れて苦しんでいたので、拾い物の
ともあれゲッコウガがいるなら、フランの身の安全は保証されている。戦いの余波に巻き込まれて死ぬことはないだろう。
「いいかフラン。オレの命令があるまで手出しするな」
「いやなにミーをコマ扱いしようとしてんですかー。こんな死ぬに決まってる戦いに参加するわけないでしょーバカなんですかー?」
刹那、エミヤと風が同時に動く。悪魔は一手対応に遅れた。エミヤは双剣を投擲投影、狙うは回避不可の必殺技・鶴翼三連。干将AとBが爆龍拳で砕かれ、莫耶AとBが爆煉疾風拳で弾かれる。凍結解除、干将・莫耶Cの切り裂き。そこへ悪魔が助太刀魔法で転移。風は赤ん坊ゆえ体格が小さく、エミヤとの間隔にひと一人分の隙間が生じていた。
そこに躍り込んだ悪魔の胴体が切り裂かれる。そして悪魔の股下から出てきた風が爆煉跳躍。エミヤの顎に頭突きすると同時、一息で七撃を胴体に叩き込んで吹き飛ばした。転がるエミヤは地に剣を突き立ててこらえ、神経と五臓六腑が激しく迷走して吐血。
「ガハッ……!!」
「──助かりました。今のは私が死んでいましたね。命の恩人です」
「恩に着せる気はないが、借りを返したいと思うなら次はトドメを刺してくれ」
風は遊んでいる。つまりまだ本気を出していない。エミヤは口の端の血を拭って立ち上がる。
「フラン。なんでもいい。お前の判断で幻術を使え。その時に全てを決める」
「いやだからミーを巻き込まないでくださいー」
悪魔は直感する。ゲッコウガのソウルジェムはその八割が濁っている。もういつ魔物化してもおかしくない。その事実を切り札にする。
「ゲッコウガが、あの魔女みたいな姿になってもか?」
「え?」
「お前が妖精扱いする女たちは、みんなソウルジェムという宝石を大事そうに持っていただろう。あれが黒く染まり切ると本物の化物に変わってしまう。それはゲッコウガも同じだ。宝石をキレイにするためには、グリーフシードという黒いきったねぇゴミみたいなアイテムが必要だ。ゲッコウガがフランに懐いたのは、お前が命の恩人だからだ」
「……そうなの?」
ゲッコウガは鳴いてうなずく。
「さて、フラン。悪魔と契約しよう。幻術を一回でもいい。使ってくれたら、ゲッコウガが魔物化しないよう手を尽くそう。ただしそれでもオレは負けて殺されるかもしれない。その場合は……さらに幻術を使ってもらう必要があるかもな」
「……うわー。こいつぁたまげましたー。あなたはマジもんの悪魔じゃないですかー」
そう言いつつフランの目つきが変わる。
その心変わりに次ぐ心変わりを直感した悪魔は確信。フランスのレーヌ河の近く。悪魔と風とフランとゲッコウガが集い、エミヤと退治している。究極光景通りだ。ここまでの暴風雨は降っていなかったが、それなりに近い未来へ到着したことが分かる。
「……そちらの布石は整った、というわけか」
エミヤはくつくつと笑う。だがその心情は、悪魔に対する慙愧しかなかった。
「沢田綱吉。お前はいつか必ず絶望する。憧れの人を生かすために殺し、魔女化した妹を飼い殺しにする自らの所業について、どこまで目を逸らし、ごまかし続けることができるか……試してみるがいい」
「……もう誤魔化す気はないさ。美国織莉子の未来予想図を直感して、チェルベッロの話を聞き、エミヤの考えを直感した。その時点でオレは、自分の心を守るために作り出した
「……君の中に正義はあるか」
「正義とかはよくわからない。でも、オレはみんなを守るよ」
悪魔は澄んだオレンジの瞳で、エミヤの厳しい瞳を見据える。
嘆息と溜め息が混じり合う吐息。エミヤは再度、選択した。
「……恒久的な世界平和か。あぁ、ならば────俺が負けるのは、道理かもしれないな」
双剣を握る手に力がこもる。エミヤは決めた。“より強い方が前に進む”という選択を取った。抑止力のバックアップを拒否し、純粋な決闘で決着をつける。無論、負ける気はない。どちらも秩序を保つために行動している。互いの正義と正義がぶつかりあった時、どちらが勝つかは一個人の意思では決められない。故に
「ありがとう」
「君に礼を言われる筋合いはない。どうせ抑止力のバックアップを受けていても同じ結末に至るだろう。だからこそ、最後は俺自身の正義で立ち向かいたかった。ただのそれだけだよ」
「……オレは、全てのサイコロの出目を6にする。そのためなら、抑止力にだって叛逆してみせる」
悪魔はフランに目配せする。視線を元に戻す前に────駆けた。それより素早く風とエミヤが激突。エミヤは投影同時展開。聖剣カリバーンと
「すず! オレを殺せ!!」
「────ッ!!」
水泳の魔女が触手を伸ばす。極超音速を突破する一撃は悪魔の心臓をまばたきするまもなく貫いた。触手から流れ込む瘴気。その全てを零地点突破で吸収した悪魔は────エミヤを上回る悪濁の魔力を手に入れた。だからといって技量で敵わないことに変わりはない。だがエミヤは、自身の戦術が
「行くぞ、エミヤ。魔力の貯蔵は充分か」
「──皮肉も大概にしたまえ、悪魔ッ!」
干将・莫耶は魔性特攻。膨大な瘴気を吸収した悪魔は、干将・莫耶に
つまり、
エミヤは、悪魔に近付かず突破し、水泳の魔女に一撃を入れる。
悪魔は、干将・莫耶に触れて逆転勝利の呪護を浴び、エミヤを殺しきる。
互いに戦術を決定。オセロを覆し続ける死闘が始まる。
ふいに悪魔はナッツを開匣。しかし、なぜか動かない。
「!?」
エミヤは悪魔とナッツの傍らを突破。そのまま水泳の魔女に干将を振り抜く。刹那、青い閃光。助太刀魔法で転移した悪魔は零地点突破の凍結で干将を白刃取り。氷を隔てているため触れたことにはならず悪魔の逆転勝利は働かない。エミヤは悪魔の行動の不審点を考察するが理解不能。続く莫耶を水泳の魔女に叩きつける。刹那、悪魔の額とグローブから虹色の死炎が灯る。白刃取りした零地点突破の氷が解凍され、悪魔の両手と干将が
────そういうことか。
悪魔は技量勝負では負けると確信し、ならばエミヤの狙いを一つに絞るよう
────まったく。誰から学んだのだか。
極限まで極まった逆転勝利。干将に触れただけで悪魔の両腕が爆砕。続く悪魔の右脚がエミヤの外套を逆袈裟斬りのように切り込んで胸元を露出させた。同時、莫耶は、噴射魔力で音速突破してきたナッツの体に阻まれた。悪魔の左肩、エミヤの胸元、ナッツの背中から血しぶきが上がる。瞬間、悪魔の両肩から瘴気混じりのイクスバーナーが爆発。エミヤの体を吹き飛ばし────
「今だ! ランサーぁあああああっ!!」
「────な、に!?」
悪魔の絶叫。咄嗟にエミヤは熾天の守りを投影準備。周囲を見回すも
────ブラフか!
無駄な投影をしたことで一手遅れた。それすなわち、常に一手遅れていた悪魔と、一瞬だけ互角の速度に
「────ぁぁああああああっ!!」
「すず! オレに叛逆魔法を掛けろ!」
エミヤが倒れたことで、やっと隙ができた。水泳の魔女は命令通り魔法を行使。悪魔は助太刀魔法を行使。その
「っ! ここは……マスター!?」
「頼む! 死ぬ気ですずを守ってくれ……エミヤは、オレが殺す……!」
エミヤは血を吐きながら、ふらつく体で立ち上がる。心肺停止。酸素が脳に行き届かず思考が淀む。筋肉も衰えてきた。視野狭窄に陥る。エーテル体といえど原理は生前の模倣。霊体ゆえ心臓が破られた程度で死にはしないが、ある程度、エーテル体の構成には影響が出る。
悪魔は四肢のうち三つを失ったが、崩れゆく右脚と満足な左脚で砂漠を歩く。施術魔法を行使。内臓のパーツを使って両腕を再構築したことを、エミヤは解析魔術で看破する。妹を守るための途轍もない執念。同情はすれど手加減はしない。
「ハァ、ハァ……恐らく、次が最後の切り結びとなる……」
「お前がな。オレは、何度だって立ち上がる……」
「……フッ。それを言うなら、私だって同じことだよ」
エミヤは干将・莫耶を投影。
悪魔は神切を開匣。雷炎の誘導効果で、両腕が爆発した際に落とした二つのマーレリングを回収して装着。大空と雨の調和鎮静効果を刀身に宿し、時雨蒼燕流の構えを取る。
「……君は死を恐れない。あらゆる痛みも怖がることがない。それは怒りが、君の心を鋼鉄の炎へと変えたからだ。絶望によって肉体と精神の苦痛を無視できるようになった君は、超人と呼んで然るべきだ。かの哲学者が言う意味合いとは異なるがね」
「……魔法少女でさえ、肉体の痛みを遮断することはできても、魂の痛みからは逃れることができない。しかしオレは体も魂も心までも、無敵になってしまった。故にオレは、本来ヒトが味わうべき痛みを忘れてしまい、優しさを失った悪魔となった。だからそれを────これから思い出しに行こうと思っている」
「……なに?」
その痛みは思い出した方がいい。そう言おうとしたエミヤの話を遮って、悪魔は承知の上だと返した。
刹那、悪魔の頭上に《青の球体》が出現する。
「────」
エミヤは絶句した。その現象には見覚えがある。否、摩耗した記憶の中で忘れていたが、今まさに思い出した。なぜならそれは衛宮士郎がエミヤとなった始まり。この世全ての不条理を解決する“不条理の顕現”は、今、悪魔に契約を持ちかける。
────まさか、このために俺を……? 俺を使い、沢田綱吉を守護者にさせるために……!
本物の悪魔は、アメとムチ、どちらが欲しい? と誘いを掛ける。誰しもアメが欲しい。だからこそ本物の悪魔はアメの中に毒を仕込む。その後、毒を盛られたことを抗議されても知らぬ存ぜぬを通し、なんなら
そうだ。そもそも選ばなければいい。人は自力で頑張るものだ。万能の願望機も、抑止力との契約による救済も要らない。それが本来の人の在り方。しかしエミヤは、数十人の人間を救いたくて、最期は万能の救済に縋った。自分が犠牲になるだけなら、それで良いと判断した。その結果、世の不始末を押し付けられる存在となり、後悔ばかりの人生だったが……それは今でも間違ってはいなかったと信じている。
「────断る。未来永劫、逆転勝利魔法を持つ笹川京子を利用するつもりだな。そんな契約には応じない。アメもムチも要らない。なぜなら、どちらを選んでも後悔があることを────人生の先輩が、いま教えてくれたから」
悪魔は、エミヤを見据えてそう言った。その少年は、エミヤとは異なる選択肢を取った。それは本物の悪魔からすれば、ムチを選んだに等しい。そもそも
《青の球体》は消滅する。そうして悪魔は問いかけた。
「エミヤ。お前の弱点は、なんだ」
「……、……!」
「────すず、オレに叛逆魔法を掛けろ」
エミヤは駆ける。もう間に合わないと悟ったが、諦めるわけにはいかない。全人類の発展持続性を背負うこの身は抑止の守護者として働かなくてはならない。相手が全人類の安全持続性を背負って戦っていることを知った上で、己は己の責務を果たす必要がある。ならば、なぜ抑止力のバックアップを蹴った? 改めて考えてみれば、やはりこれしか思いつかない。掃除屋としての活動で、もう人としての心は折れたものと思っていたが────
────あぁ、そうか。俺もまた
「
逆転勝利を極めつつある悪魔は神切を開匣し、左脚で柄を蹴り穿つ。
時雨蒼燕流 攻式・三の型・改────《刺し穿つ死散の雨》を。
神切に因果叛逆の魔法を付与。既に“対象の急所を貫いた”という結果を生み出し、回避不能の絶殺魔技を成し遂げる。青みがかった藍色の閃光は亜音速で飛来し、エミヤの頭部と霊基を貫通、破壊の限りを尽くす。
「……ならば悪魔。必ず守ってみせろよ」
「あぁ。当たり前だ」
かくして
同時、投擲された最後の干将・莫耶が悪魔の首を刎ねる。固有結界が消滅。環いろはの治癒魔法によって悪魔の首は繋がれて蘇生。最後に悪魔は、水泳の魔女を回収して目の中に戻した。
斯くて世は、アメとムチどちらを選ぼうが、今宵もまた事もなし。
†