アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
夕方の山頂。フランスはレーヌ川近辺。
抑止力との戦いは終熄した。
悪魔は体内に吸収した水泳の魔女の瘴気を零地点突破で中和し、環いろはの治癒魔法によって蘇生。そこへセイバーが現れる。
「マスター。なんと言えばいいのか……いえ、ここは率直に。勝利、おめでとうございます」
「……なんとも言えない勝利だったけどな。結局、今回は抑止力案件じゃなかったんだ。エミヤやセイバーが出張ってくる必要はなかった。全てはアラヤが、オレや京子を勧誘しに来ただけなんだから」
「……だとしても、アーチャーは貴方と会えて嬉しかったと思います。あくまで想像ですが……きっと、自身と違う選択を取った貴方を見て、口惜しくも賛辞を惜しむことはないでしょう」
「そうかな? まぁ、
悪魔は立ち上がるも、足元がおぼつかない。環いろはが支えようとしたが、先にタルトに支えられる。
「っ……もう大丈夫だ。離れろ。魔力発作が起きたら面倒だ」
「マスター……」
タルトは一歩距離を置く。
そこでセイバーの足元から蒼輝の粒子が立ち昇る。
「マスターとアーチャーは、どちらも秩序を保つために行動していました。私はマスターのサーヴァントである前に抑止の守護者。しかし抑止の守護者であってもマスターに喚ばれたサーヴァント。この板挟みを前に、結局は傍観という形を取ったこと、どうか許してほしい」
「あぁ。気にしてないから心配するな。互いに役目をまっとうした。それでいいじゃないか」
「……ありがとうございます。では、私はこれで。マスターの悲願に、幸あらんことを」
かくして抑止の守護者たるアルトリア・ペンドラゴンは退去した。
悪魔は、立ち昇る蒼輝の粒子を見届けて、その先に輝き広がる夕焼けの地平線を見据える。
(……そういえばランサーには、お別れを言いそびれたな。一戦交える約束も果たせなかった。まぁオレとしては、もうサーヴァントと戦うのはゴメンだから、正直ホッとしているが)
ランサーは抑止の守護者ではない。聖杯戦争を無かったことにする願いによって消え去った。
(あ、そうだ。謎のヒロインXXも、自分の宇宙に帰ったのか?)
給料は前払いしか払ってないが、一週間もあったのに魔力パスを辿ってやって来ないということは、つまりそういうことだろう。前払いの分だけで充分だった、という話だ。
「…………よし、オレたちも帰るか……」
悪魔はスマホから世界地図アプリを開いて、日本の方角を確認する。
「タルト、リズ。勝手に受肉させておいてなんだが、これからは好きに生きろ。お前らなら悪さはしないだろう。だが、もし行くあてがないなら、みかづき荘に来い。七海やちよが受け入れてくれるはずだ」
「マスター……では、お言葉に甘えてお邪魔させてもらいます。リズもそれでいいですよね?」
「……まぁ、気ままな旅も悪くないけど。タルトの好きにするといい」
「なら決まりだな。やちよに二人増えるって報告しておく。あとマスターはやめてくれ。悪魔でいい」
そして悪魔は、風に向き直る。
「
「いえ。こちらこそお邪魔してしまって申し訳ない。ここまで究極を極めた戦いは中々なかったので、つい。それで、出しゃばっておいてなんですが、一応聞いておきたい。これはどういう喧嘩だったのですか?」
「そうだな……単なる家族愛と正義のぶつかり合いだよ。オレの妹と好きな人が死ねば世界はSF小説みたいに進歩する。あの赤い男が死ねば進歩は遅れるけど世界から少し理不尽が減る。そんな話だな」
「ほう。なるほど。では私の介入で世界が滅ぶことはないのですね。少しホッとしました。しかし、そこまで大きな話の規模だったとは……これは絶対に後で、ユニにお説教を食らってしまいますね。はは!」
笑い事ではないはずだが、意外と戦闘狂な風である。
そこでタルトが言った。
「あれ? そういえばペレネルの姿が見えませんね……」
「用が済んだから消えたんじゃない? あの人はそういう人でしょ」
タルトの影の中からリズが返す。
そこでフランが言った。
「悪魔ー。ミーと遊ぶ約束はー?」
「もちろん守る。だが日本の神浜市が心配なんだ。すぐに戻りたい。付いてくるか?」
『えっ』
環いろはと暁美ほむらは声に出して驚く。悪魔はいきなり何を言い出すのか。片田舎に住む少年を連れて行くなんて、本人が嫌がるに決まってる。まずフランの祖母が許さないだろう。
「いいですよー」
『──……えぇ!?』
なんとも破天荒なりんごの被り物をした少年フラン。祖母の了解も要らないようで、環いろはと暁美ほむらは困惑する。
「どうせフランの幻術による暗示が切れたら、その祖母とやらもフランのことを自然と忘れるんだろう。──ところで誰でもいい。魔力をくれないか? 帰りの乗り物を用意したい」
そこでタルトが立候補。悪魔はタルトの肩に触れて魔力を貰い、施術魔法を行使。付近の草木や岩石から、横向きにパラシュートが付いた人数分の座席という、なんとも不思議な乗り物を製作した。その乗り物は長い紐が付いており、それを腰に巻きつけた悪魔は、全員に座席へ座るよう促す。ちなみに座席には、ジェットコースターの安全バーのようなものが設けられていた。
環いろは、暁美ほむら、フラン、ゲッコウガ、タルトが座り、安全バーを下ろす。悪魔は両手を前に出して死ぬ気の炎を放出する。するとパラシュートが炎圧からなる風圧を受けて大きく膨らみ、激しくたなびいた。それを見た風が感心する。
「なるほど。死ぬ気の炎を両手から出すことで推進する乗り物ですか。これは楽しいでしょうね。しかし、あなたは転移系の術を使えると見ました。それを使えば一瞬で日本に帰れるのでは?」
「それもそうだが、たまには空の旅も楽しいだろ?」
過酷な戦いの後だからこそ、少しは楽しみたい。フランと遊ぶ約束もあるため、帰宅も兼ねた遊覧飛行で満足してもらう狙いもあった。だが、そういった合理のほかに、単に空の旅を楽しみたいという少年らしい遊び心もあった。
「それもそうですね。では、良い旅を。また縁があれば会いましょう」
「あぁ。またな、風」
悪魔は死炎噴射で飛び立つ。大空のマーレリングを使えば、飛行機より倍の速さで目的地に到着するだろう。
「あばばばばばー! 向かい風がすごいー!」
「あ、すまない。風避けの設置を忘れた。フラン、幻術でなんとかしろ」
「うわーこの悪魔、人使いが荒いー」
フランは幻術を使い、全員の五感から向かい風を感じなくする。ついでに防寒用の服装も全員に身に付けさせる。
そして悪魔は、ぐんぐんと高度を上げていく。
オレンジ色の夕空。見下ろす山々と明かりを灯し始める街々。西欧から中東へ、東アジアから日本列島へ。水平線に太陽が没して夜の帳が下ろされる。フランは寝る時間なのか爆睡。魔法少女たちは美しい夜景に感動していた。そうやってユーラシア大陸を横断した悪魔一行は、やがて見慣れた列島を目にし、高度を下げ、みかづき荘の庭先に降り立った。
「よぉ。遅かったな」
「────!?」
みかづき荘の庭に植えられている樹の上から、ランサーの玲瓏な声が響く。
「ランサー……!?」
「ほかのサーヴァント連中同様、オレも消えてると思ってたか? オレも消えるはずだと思ってんたんだが、どうもテメェが霊基を弄りすぎたせいで、規格外の単独行動スキルを獲得していたみたいでな。一週間はマスター無しでも現界できた。だがそろそろ限界だ。見ての通り消えかけ。下半身の感覚はもうない。だが────約束、覚えてるよな?」
ランサーは半透明になっている。下半身はほぼ見えない。だというのにランサーは華麗に降り立ち、朱槍を回して構える。
「……あぁ。みんな下がってろ。一撃で決着がつく」
「あぁ。一撃だ。一合しか交わせねぇ上に、テメェはどうやったっても死なねぇんだから、初手ぶっぱで行かせてもらうぜ」
ランサーの霊基は崩壊寸前。悪魔が帰宅するのを待つために、多くのスキルや宝具を削って魔力に換え、単独行動スキルEXランク以上の現界を果たしていたようだ。現在の霊基はシャドウサーヴァントと同程度。武装は朱槍しか持たず、魔槍の宝具も使えない。しかしその技量は衰えていない。冴え渡る槍術は確かに悪魔を一撃で殺す業を持つ。
悪魔も神切を開匣して時雨蒼燕流の構えを取る。使う技は決めている。最も強い奥義でケリをつける。
ランサーの木から飛び降りたことでたわむ枝先。そこから一枚の葉っぱがちぎれて落ちる。ひらひらと舞う木の葉が地に落ち着いた刹那────因果叛逆。神速の穂閃と蹴撃は相討ち、悪魔の心臓は貫かれ、ランサーの心臓と霊核もまた神切によって串刺しにされていた。本来なら頭部も砕くはずだが、原初の18のルーンによって因果叛逆の摂理を解析されて無効化される。
「ハッ────オレの奥義を真似るたぁ、そんなん防がれるに決まってんだろ。まさか心臓どころか霊基すら断つのは想定外だったが」
「ゴボッ……っ……満足したか」
「いーやムカつくね。オレ以上の必殺技を開発しやがって。このパクり野郎が。そのあたりもあの野郎と似ていて、いけすかねぇなぁ! ……あ、そうだ。マスターが生きてるってことは、あの野郎に勝ったってことだよな?」
「当然だ」
「それでこそオレのマスターだ。ったく、殺し合いをしたあとに、誇らしい気持ちと憎らしい気持ちが同時に湧き上がるなんて久方ぶりだぜ」
ランサーは槍を引き抜く。
「ま、こんなところか。なんだかんだ言ったが、今回の召喚、えらく楽しかったぜ。また機会があったら呼んでくれや、マスター!」
「……こちらこそ、ありがとう。ランサー。いや、クー・フーリン」
「ハンッ! しおらしいのはやめようぜ。おいやちよ! 酒もってこい!」
窓がガラガラと開く。寝間着姿の七海やちよは、ランサーが買ってきたものと思われるビール缶を投げた。それを受け取ったランサーは“ぷしゅ!”と缶を開けてゴクゴクと飲み干し、満面の笑みを見せる。
「かぁ~! やっぱ戦いのあとの酒はうめぇなぁ! ほれ、マスターも飲めや! 乾杯!」
「────あぁ、乾杯」
悪魔の手には何もない。故、その快活な心意気を買った悪魔はバトルグローブと空き缶を小突き合わせて、夜に響く金属音を心地よく鳴らす。
そして空き缶と血に濡れた神切が、音を立てて草地に落ちた。ランサーの霊核に収納されていた青いソウルジェムが砕け散り、雨系のソウルストーンとしてその場に散らばる。
かくて弾けるように立ち昇る黄金の粒子は夜空にきらめいて、青い槍兵は霧のように消えていった。
「……まったく。庭を血で汚さないでほしいわね」
腕を組む七海やちよは小言を言うが、その心情は寂しさで満ちている。この一週間はシャドウサーヴァントの掃討で忙しかったが、陽気なランサーのおかげで、かなり楽しい日々にもなっていたようだ。
戦いを見届けた環いろはは、悪魔に治癒魔法を掛ける。そこで七海やちよが言った。
「みんな……おかえりなさい」
「……! はい、やちよさん! ただいま戻りました!」
「ただいまです。メールで報告した通り、フランスのシャドウサーヴァントはタルトさんたちと掃討したので心配ないです」
「えっと、これからお世話になります! ジャンヌ・ラ・ピュセルと申します! タルトと呼んでください! そして私の影の中にいる子はリズと言います! よろしくお願いしますね!」
「やちよ、タルトたちを任せた。悪いがオレは行くところがある」
悪魔は、ランサーの忘れ形見である雨系ソウルストーンを拾い集めると、施術魔法でAランクの雨系リングに加工して、保存用匣兵器に収納する。雨属性のリングはマーレリングで間に合っているため、今後使う機会は無さそうだが……いつか七海やちよなどに渡す機会も考えて、とりあえず収集しておく。
そして、すぐさま死炎噴射で夜空に飛び立った。
「え、悪魔さん!?」
「あの子、今朝まで寝たきりだったのよね? まったく、少しは休んだらどうなのかしら」
心配そうに眺める環いろはと、ため息をつく七海やちよ。
その中で暁美ほむらは感じていた。以前からそうだったが、どうも悪魔は、みかづき荘と距離を置きたがっているように見える。
†
夜の風見野市。美国邸。その庭先に悪魔が降り立つ。
窓のカーテンは締め切られているが、悪魔が来ることが分かっていたのか、ちょうど美国織莉子によってカーテンと窓が開かれた。
「あら、不法侵入で訴えるわよ?」
「
「……」
「オレの叛逆魔法さえ織り込み済みの未来予知ってのがよく分からない。すずの魔法は平行世界を亘る能力だ。となると美国織莉子、お前も……」
「それは分からないわ。ただ願わくは、
「…………だから
不意に悪魔の背後から、陽炎で姿を隠していた天乃鈴音が現れる。その精神性は、カガリに洗脳されている頃のもの。全ての魔法少女を殺すことが救いの道だと信じている時期の天乃鈴音だった。
「未来予知で七騎のサーヴァントを完封し、英霊の魂を魔力で濾過して、扱いやすい頃の鈴音を召喚。さらに受肉までさせた。カガリはもうこの世にいないから、鈴音の洗脳が解けることはない。本当にボディガードでしか使わないつもりか? こちらとしては、まどかを殺さないでいてくれるなら、特に何も言わないが……」
「……お好きに解釈しなさい。どうせあなたがすべて、ちからづくで解決する。それに不満を持つ魔法少女は多いようだけど、愚かなことね。今回も、あなたの媚薬体質に踊らされた魔法少女の面々が暴走したことで被害は拡大した。環いろは、暁美ほむら、佐倉杏子が顕著ね。まったく、ヒーローひとりに任せてしまえばいいのに、どうしてしゃしゃり出てくるのかしら」
「オレたちみたいな未来視持ちの価値観は理解できないからだろう。ともあれ敵対する未来が無いようで何よりだ。本心では諦観しているようだが、オレは諦めない。お前の未来予知図を使って、なんとしてでも抜け道を探す」
「私が諦観? いいえ、私は世界を救うわ」
「どうやって」
美国織莉子は答えない。否、答えられない。その屈辱を怨嗟として吐き出す。
「あなたが叛逆魔法を使えば使うほど、未来は固定されていく。多世界解釈は狭まっていく。多くの未来を亘るということは、多くの未来を観測するということ。観測は固定を意味する」
「それを言うなら、お前がバッドエンドの未来を予知した時点で観測したことになる。オレだけ責められても困る。……オレたちは会うべきじゃなかったな。オレと出会う前の美国織莉子は、多くの異なる未来を予知していたはずだ。しかしオレと出会ってからは、さっき言った未来しか見えなくなった。ちがうか? ……お互い様だ。仲良く行こう」
「…………用が済んだなら帰ってちょうだい。私からしたら、
「そうか。それは悪かった。なんならもう未来を見るのはやめたらどうだ? そうしたら観測されないことで未来は固定されず、ちょうちょの羽ばたきで何かの因果が変わるかもしれない。お前は予測型の未来視だが、その予測を限界まで積み重ねることで測定型の未来視に近い効果を発揮している。……
「だとしても、そんな馬鹿な真似はしないわ」
「どうして馬鹿な真似だと思う? 未来を知りたい気持ちは、時として自らの心の弱さを固定する。袋小路に嵌るぞ。こだわりすぎは、よくない。たまには何メートル歩けばたどり着くかも知らない、険しい山道を登ってみろ」
美国織莉子は余計なお世話だと言うように心の中で叩きつける。
「そうか。なら決まりだな。オレは、美国織莉子でさえ予知できない未来領域を目指す必要がある。お前の観測とオレとすずの存在のせいでバッドエンドの未来が固定されているんだからな。それを変える狙い目は……やはり極悪の魔女あたりか。それまでは予知通りで行こう。いいな?」
「……」
悪魔は「また来る」と言って飛び立つ。ほかにも行く所があるのだ。アサシンの天乃鈴音はカッターナイフ型の段平大剣をしまう。
「美国織莉子。あなたの鹿目まどか暗殺計画には全面的に協力する。彼女を殺さなければ世界が滅ぶという言葉を信じる。現に何個も未来を当てられた。あなたの
「そうしてちょうだい」
天乃鈴音は陽炎で姿を消す。美国織莉子は夜空の月を眺めてため息をつくと、呉キリカが眠る寝室に戻っていった。
完