※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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5月31日(水曜)【序盤敗退は屈辱なのですよ】百江なぎさ

 

 今日から明日の二日間は、神浜市全体をあげての大規模行事。全ての学校は午前中の授業のみとなり、午後からは学生による神浜フェスへの参加が認められる。

 

「祭りだぁー!」

 

 栄区の噴水広場いっぱいに露店が開かれる。混み合う人々。雑踏と喧騒。そこへ無邪気に走り込む深月フェリシアと、それを大声で呼び止める七海やちよ。

 

「こらフェリシア! 迷子になるわよー!」

「魔力パターン探れば迷子にならねーよ!」

「……はぁ、まったく。こういうところでは悪知恵が働くんだから……周りに魔法少女が多くて、フェリシアのパターンを感知しきれなくなるかもしれないってことに頭が回らない時点でも、子供の悪知恵どまりよね」

 

 腕を組む七海やちよは溜め息。環いろはは苦笑いしつつ、深月フェリシアの魔力パターン分析を由比鶴乃に頼む。だが捜すまでもなく、深月フェリシアはとぼとぼと、しょぼくれて帰ってきた。

 

「あら? どうしたのフェリシア」

「やちよー。金くれー。りんご飴買いてーんだー……」

 

 深月フェリシアの懐事情は、七海やちよに握られている。魔女退治の傭兵稼業や家事のお手伝い、おつかいなどをすると、百円から十円ほど貰えるのだ。

 

「なに? 貯金しないで何に使ったの。言ってみなさい」

「……ゲーム機とか、ソフトとか、アプリの課金とか……駄菓子屋で指人形のお菓子とかデカゴンボールのシールとかカードとか……」

「使いすぎ」

「たのむよーやちよー」

 

 深月フェリシアはいつになく下手に出る。

 七海やちよはため息をつきつつ、財布の口を開けて五百円玉を手渡した。

 

「えー! こんだけー!?」

「一度に上げたら全部使い切っちゃうでしょ。一区画につき五百円。時間はたっぷりあるんだから、せいぜい悩んで買い物しなさい。ちなみに高いものは前借りアリよ。そのぶん次の区画で買えるものが少なくなるんだから、まずは全部を見て回ってから────」

「! 隣町に行ったらまた五百円くれるってことか!? やったー! サンキューやちよ! じゃりんご飴買ってくるー!」

 

 深月フェリシアは人にぶつかりながら走っていく。

 次の瞬間、七海やちよの怒鳴り声が広場に響いた。

 

「こら! 人様に迷惑かけない!!」

 

          †

 

 噴水広場の露店を抜けると、巨大な展示施設が目に入る。玄関口の直上には《人類の歴史・神話の博物館》という垂れ幕を提げており、多くの客が出入りしていた。

 

「ここね。みんな、入るわよ」

「えー。なんだここつまんなそー。やちよー、別のところ行こうぜー!」

「ダメよフェリシア。一回は入らないと。説明したでしょ? マギウスとの決戦に備えて協力してくれる魔法少女が、このあたりに集まっているの。この展示ホールから南凪区までの大通りまで続く道のどこかにね。だからあらかじめ、ルートは決まってるって伝えてたでしょ」

「そうだけどよー。あ、じゃあダッシュで中に入ってすぐ外に出ようぜ!」

「そうは行かないの」

 

 みかづき荘は展示施設に入る。ホール全体を俯瞰すると、ひとつの世界地図のように区切られており、大雑把に西洋・中東・東洋・南北アメリカ大陸・オセアニアといった六つのコーナーが見受けられる。古代から現代までの簡単な歴史が大きな石碑で記されており、有名どころからマイナーまで、幅広く偉人の遺物が展示されている。

 

 そこで暁美ほむらは、ふと日本の戦国時代のコーナーが目に付いた。有名な織田信長軍について記された石碑。その近くを見渡していると、不思議と目に入る文字があった。

 

 ────森長可。織田信長に仕えた武将。気性が荒い上に武勇に秀でたことから“鬼武蔵”として恐れられた。ここに展示されているのは、その鬼武蔵こと森長可の血染めの甲冑(下半身鎧)である。

 

「…………」

 

 暁美ほむらは思い出す。確かに森長可は、石碑に記されている通りの性格で、とても怖い人だった。

 

 ────しかし森長可は遺言状にて、自身の死後、娘は武士に嫁がず京都の人間か医者に嫁げ、妻は実家に帰れなど、ああしろこうしろと、その全てが家族の身を案じる遺言であったことから、“鬼”の異名に反する家族思いの一面もあったことがわかる。

 

「……!」

 

 暁美ほむらの狙撃で森長可の霊核を打ち抜いた時、彼はまるで遺言を残すように、暁美ほむらを叱咤激励して退去した。その激励があったから、あのあとも戦い続けることができたのかもしれない。本当に鬼のような人なら、四肢が切断されても笑って殺しに来ていただろう。それでもそうしなかったのは、暁美ほむらが思っている以上に、森長可は非道な人間ではないということか。たしかにシスターももこの首を躊躇なく刎ねた人ではあるが、それも当時の価値観からすれば、まさしく是非もないことだったのだろう。

 

 暁美ほむらは、血に濡れて錆びついた鎧に向かって、ただ丁寧にお辞儀した。

 

「ほむらちゃん!」

「! まどか……!」

 

 そこで見滝原市から遊びに来ていた鹿目まどかの声が届く。暁美ほむらは戦国時代の展示室を後にし、鹿目まどか・美樹さやかと合流する。

 

          †

 

 美樹さやか、鹿目まどか、暁美ほむらの三人は、戦国時代のとなりにある江戸村のコーナーに来ていた。そこで美樹さやかが、とある展示物を目にして叫ぶ。

 

「あー! この柳生……なんとかって人! 展示物の刀に見覚えがある! あたし、たぶんこのおじいちゃんに殺されたんだよ! もー氷のような人でさ! 情け容赦なく首を取りに来るの! んで何もできず取られた! あぁ思い出すだけで寒気がする……いやほんとに、マジモンの殺気ってやつを身に浴びたよ、あたしゃ……」

「私も萎縮しちゃって動けなくて……さやかちゃんが殺されて、ようやく正気に戻って。それからはひたすら逃げ続けて、なんとか神浜市にまでやって来たんだ。名乗りを上げてくれたんだけど、柳生から先が難しくて、ちょっと覚えてないかな……」

「……柳生但馬守宗矩(やぎゅうたじまのかみむねのり)……この人、将軍から“剣術無双”って呼ばれた凄い人だよ。でも芸能が好きで、相手の家に押しかけて芸を披露するくらい、お茶目な人でもあったみたい」

「えー! 信じらんない! あの堅物そうなおじいちゃんが!? あと一発で読めるのすごくないほむら!?」

「へー。でもたしかに、近所にいそうな優しそうなおじいちゃんっぽさもあるよね? でも殺し合いになると手を抜かない人なのかも……やっぱり昔の人は、そういう人が多かったのかなー?」

「うーん。戦国時代から江戸時代にかけての人だから……それに、そんなこと言ったら現代の軍人さんも同じことじゃない?」

「あーそれもそっか。いわゆる“敵に回るとチョー怖いけど、味方になるとめっちゃ頼もしい”ってことか!」

「さやかちゃん。それも全部のサーヴァントに言えそうなことだと思うけど……」

「やっぱり昔の凄い人を召喚するって、戦力的には理にかなった行動なのかもしれないね」

「ってーわけで打倒マギウスってことなんですわ。よし! サーヴァントに殺され同盟として、ウマが合いそうな魔法少女を探そう! 行くよ、二人とも!」

「えぇ! まってよ、さやかちゃん!」

 

          †

 

 環いろは、その肩の上にリリスが座り、姉と手をつなぐ環うい、その傍らに私服姿の万年桜が付き添う。

 

「そういえばリリスは、みかづき荘が吹き飛ばされた時、どこにいたの?」

「モキュー?」

「わからない? じゃあガレキの下敷きになっちゃったのかな……怖かった?」

「モキュ!」

「たぶん一瞬で死んだだろうから、痛みも怖いも何もなかった? そっか……」

 

 そこで万年桜が目つきを鋭くする。だがすぐ自己矛盾に陥り、暗い顔をした。

 

「│マギウスはいろはとういを攻撃した。許せない。│

 │……でも相手は灯花とねむ。私はどうすれば……│」

「……お説教しよう!」

 

 不意に環ういが、いつになく力強く言ってのける。

 

「たぶん万年桜さんは、倒す倒さないで考えているのかもしれないけど……友達の目を覚まさせるために喧嘩するのだって、友達を守ることだよ!」

「│うい……そうなの?│

 │いろはも……そう思う?│」

「うん。私もういと同感かな。もちろん喧嘩はしたくないけど……マギウスのアジトの場所もわかった訳だし、このまま二人の好きにはさせられないよ。だから万年桜さんも協力してくれると嬉しいな。灯花ちゃんとねむちゃんを元に戻すためにも」

 

 万年桜は環姉妹の言い分を受け、四人を守るという行動理念と折り合いをつけるよう努める。

 その時、夏目かこの声が届いた。

 

「あ、いろはさん!」

「かこちゃん! やっぱりここにいたんだ!」

 

 そこは日本の平安時代のコーナー。夏目かこは、坂田金時の石碑の前に立っており、紫紺の布が敷かれた机の上には金太郎の絵本や小説が売られていた。そのいくつかを既に手に持っていることから、夏目かこはとっくに購買した様子。

 

「悪魔さんから“神浜フェスに行け”と言われて、白(・)い(・)羽(・)を胸に足を運びました」

「……! それって、じゃあ……」

「はい。私はマギウス決戦に協力します。ななかさんたちも協力すると言っていました。正式な発表は、おそらく近々七海やちよさんのほうに報告すると思います」

「そっか……ありがとう。心強いよ!」

「いえ。これはもう神浜の魔法少女、全員の問題ですから。聖杯戦争で多くの人が殺されました。その記憶がある魔法少女たちは黙っていません。マギウスは私たちを怒らせたんです。自分たちがどれだけ愚かなことをしたのか、思い知らせてやりましょう」

 

 夏目かこのサングラスが光る。それを目にした環いろはは、そういえば坂田金時もサングラスをしていたことを思い出した。

 

「そういえば、坂田金時さんって、金髪でサングラスも掛けているのに、日本人だったんだね?」

「確かに不思議ですね。でも契約して霊基情報を見た限りでは、坂田さんの両親は龍神と山姥のようなので、純粋な人間じゃ無さそうなんですよね。だから金髪なのかもしれません」

「そ、そうだったんだ……!」

 

 そこで環ういが、金太郎の絵本を読みながら思う。

 

「でも、なんで金太郎の絵本がここにあるの?」

「あ、それはね。金太郎の元ネタが、坂田さんだからだよ」

 

 その発言に環は「えっ!」と驚く。浦島太郎に次ぐ有名な童話の元ネタが、まさか平安武者だったとは思わなかったと。

 

「そうなんだ。私もサーヴァント、見たかったなー」

「うい……そんな怖いこと言わないで。それに、サーヴァントならランサーさんを見たでしょ?」

「あ、そっか! ランサーさん、なんか近所のお兄さんみたいな感じで当たり前のようにみかづき荘にいたから、サーヴァントだってこと忘れちゃってたよ……」

 

 確かに聖杯戦争終息後、ランサーは悪魔と一戦交えるまでみかづき荘にお邪魔すると言って、翌日にはどこから買ってきたのかアロハシャツを着ていたり、商店街で魚屋さんの店員、フラワーショップ・ブロッサムの売り子、水名ホテルのドアマンやウェイターとしてバイトしてたり、なんだかとても現代に順応していた。そして困ったことに、何かにつけて七海やちよを口説いていた。なんでも敵国の女王(オイフェ)を思い出す風貌だったそうな。そう思うと、確かに聖杯戦争を抜きにすれば、気持ちのいいお兄さんという感想しか思い浮かばないのも納得と言える。

 

 そこで夏目かこが言う。

 

「ランサー……たしか真名はクー・フーリンですよね? それならアイルランドの大英雄ですから、西洋コーナーの一番端っこで見られるはずです」

「そうなんだ。じゃあ、うい。行ってみる?」

「うん! ランサーさんって、なにした人なんだろうねー?」

「えっと……いい社会勉強には、なると思うよ?」

『?』

 

 ぼかす夏目かこ。首をひねる環姉妹。

 

 環ういは知らない。このあとアイルランドの大英雄クー・フーリンの“やったことリスト”を見ることで、“見ていて気持ちのいいお兄さん”という評価が、“たった一人で複数の国の連合軍をめちゃくちゃ殺しまくって自国を守りきった、超怖いけどスゴい男”という評価に覆ることを────

 そして環ういは知る事になる。クー・フーリンの女癖の悪さと敵軍虐殺ぶりにドン引きしつつ、人の中身は歴史(評判)だけでは測れないのだということを、よく学ぶ事になることを────

 

          †

 

「……武則天。自らの才能を完璧に活かした努力の人ね。──スパルタクス。奴隷戦争の指導者で、ローマに反旗を翻した奴隷剣闘士。烏合の衆に過ぎない反乱軍を率いて、ローマ軍相手に連戦連勝を重ねた不敗の将軍。……この経歴を見るだけで、本当に味方で良かったと思う。サーヴァントの軍勢と比べれば、魔法少女の集団は烏合の衆といっても差し支えない。彼がいなかったら今頃、本当に世界はマギウスのものになっていたかもしれないわ。バーサーカーで召喚されたせいかまともに話せなかったけど……あなたは命の恩人よ。感謝してるわ。ありがとう。──ナイチンゲールも、実物を見るまであんなに苛烈な人だとは思わなかったわ。白衣の天使と言われるものだから、文字通り貞淑な人だと思ってた。バーサーカーで召喚されたのもあるでしょうけど、狂戦士として召喚されるほど命懸けで医療に貢献した人だったのね。──ナポレオン。教科書で読んだことはあるけど、これは想像通りだわ。有名どころだと乖離も少ないのかしら。──マーリン。伝説上の存在だけに、実物もほんわかしてたわね。でもあの胡散臭さはなんなのかしら。──で、問題は山の翁。中東付近だと思うのだけれど、どこにも記されていない。ハサン・サッバーハという名前はあるけど……山の翁に関する記録はどこにもない。私が見つけられてないだけか、今回の展示物としては用意されていないだけなのか。いずれにせよ暗殺者が史実に残ってたら普通ダメよね。そう考えると、山の翁はアサシンとして“本物”だったのね……」

 

 こうして歴史的偉人・伝承上の存在について知れば知るほど、とんでもない人たちと殺し合い、共に戦ったのだと、七海やちよは思い知る。

 

「あーこいつ! 鶴乃とオレをぶち殺しやがった奴だー!!」

「ちょ、フェリシア! 声が大きい! 変な人だと思われちゃうよー!」

 

 深月フェリシアと由比鶴乃は、宮本武蔵の展示物の前で騒ぐ。七海やちよは聖杯戦争の中で、二人の宮本武蔵を目撃した。それは男の宮本武蔵と、悪魔が対峙した女の宮本武蔵である。

 

「ぐぅ……二刀流ってやっぱつえーのかな……ほかの奴らと比べてパッとしねぇから殺したろって思った瞬間、鶴乃がオレを庇って一瞬で死んで……オレ、せっかく庇ってもらったのに、何もできず殺されたからな……」

「宮本武蔵といえば、巌流島で佐々木小次郎と戦って勝った剣の達人なんだから仕方がないよ」

「鶴乃は悔しいと思わねぇのかよ!」

「思うけど……再戦したくても、もう昔の人だし……」

「がるるる……また生き返れ……次はオレが勝つ……! 鶴乃の仇を取ってやるぜ……!」

「それを言うなら私だってフェリシアの仇を取るよ! ふんふん!」

 

 ふたりは周囲からの視線を集める。そこで七海やちよが咳払いしつつ移動を始めた。

 

「こほん。二人とも、ゲームの話はそれくらいにして、次のコーナーに行くわよ」

「あぁん!? ゲームじゃね────むぐっ!?」

「おっと、そうだね! ほら行くよフェリシア!」

 

 七海やちよたちは西洋コーナーに移る。そこで常盤ななか、純美雨、志伸あきらの顔を見つけた。

 

「あら。貴方たちは、西洋のサーヴァントと何か因縁が?」

「────七海やちよさん。そうですね。私の仲間、志伸あきらが、この吸血鬼に殺されたので」

「あのドラキュラの語源らしいネ。ルーマニアの英雄ヴラド三世ヨ」

「いやぁ、かこが殺してくれなきゃヤバかったらしくて。ほら、吸血鬼って噛んだ相手を吸血鬼にするって言うじゃないですか。だからゾンビみたいに、僕がななかたちを噛んでたらヤバかったって話を、ちょうど今していたところだったんです」

「なるほど。私も何人ものヴラド三世を目撃したわ。今回の聖杯戦争はフランスやハンガリーのサーヴァントが多かった。ほら、中世ヨーロッパの王族って、けっこう血の繋がりが多いって歴史の教科書で学ばなかった? ルーマニアとハンガリーは近いから、その縁のせいか、同じ真名を持つサーヴァントが召喚されやすかったみたいなの」

「そうですか……サーヴァント。何度聞いても恐ろしい存在です……。──ところで話は変わりますが。我々のチームもマギウスの決戦に臨ませてもらいます。ただし遊撃隊としての扱いを前提に。さもなくば参加は取り下げさせてもらいます」

 

 七海やちよはうなずく。

 

「えぇ。参加してくれるだけでありがたい。助かるわ。まだ具体的な作戦は詰めてないけど、それも近いうちに軽く煮詰めておきましょう」

「近い? 具体的な日程は? マギウスもいつ追撃してくるか分かりません。私としては今から……は性急としても、今夜からでも構わないと思っていますが」

「あらそう? 私もそうしたいのだけれど、ほかがもたついているみたいでね。でも話が早くて助かるわ。了解。今夜は私たちだけでも作戦会議を開きましょう。ちょうど並盛町と見滝原市の魔法少女も合流するみたいだし、いい機会だわ」

「では、その段取りで。私たちは引き続き祭りを楽しんできます」

「えぇ。無礼講よ。聖杯戦争について気持ちの整理が付いたら、あとは楽しむだけ楽しんできなさい。ずっと殺伐としていると、心が疲れちゃうわ」

「同感です。それでは、お先に失礼いたします」

 

 常盤ななかのチームは立ち去る。南凪区まで続く大通りに向かったようだ。

 

          †

 

「織田信長。女だったのか……女でも怖かった……」

 

 鼓星かずみは遠い目で佇む。しかし七海やちよの話によれば、男の織田信長も居たとのことだ。となれば男女のうちどちらかは、平行世界の織田信長ということになるのだろうか。いずれにせよ怖い存在であることに変わりはない。

 

 そして鼓星かずみがいる場所は日本コーナーではなく、神浜市民の知名度優先で設けられた“有名人コーナー”────それは水名正綱をはじめとして、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康といった有名どころが詳しく解説されている展示室。たくさんの本やグッズも売っている。食べ物は売ってなかった。それもそうだろう。展示ホールは飲食厳禁である。

 

          †

 

 二葉さなは、ギリシャ神話のコーナーで佇み、石碑を見上げていた。

 女狩人アタランテ。とても足が速い弓の名手。

 ゴルゴン三姉妹。怪物と化した三女メドゥーサに食べられてしまった、女神たるステンノとエウリュアレ。

 

 二葉さなは聖杯戦争中、彼女たちと共に透明化して、四面楚歌の中、守りが薄くなった場所に逐一宝具を叩き込む作業を延々と繰り返していた。ゲームで言う周回作業のようなものだ。繰り返される一瞬のミスも許されない地獄のような周回の中で、徐々に四人は不思議な絆が結ばれつつあった。共に透明化しているため、一人でも気配がバレれば一蓮托生。四人とも殺される。その恐怖と危険の中を共にくぐり抜けてきたのだ。これで何も思わないなんてことはできない。忙しない戦いだったため、交わした言葉はゼロに等しいが、互いに互いが生き残るため最善を尽くし、最期まで戦い抜いた。その戦友たちに敬礼する。

 

 透明少女の敬礼は、誰の目にも見えない。だが霊体である英霊なら、その敬礼はどこかで見ていてくれるだろう。二葉さなは目つきをキリッと言わせた敬礼を終えると、深く感謝のお辞儀をしてその場を立ち去った。

 

          †

 

「やはり海賊は悪なのです」

 

 百江なぎさは、西洋とカリブ海を繋ぐ世界一周大航海ルートに立っていた。そこは狭い一本道。西洋コーナーからオセアニアコーナーの近くを仕切りの壁で横断し、アメリカコーナーの一部も仕切りの壁で区切って作られた、壁と壁の間に挟まれた通路。おかげで展示ホールの中央は迷路のようになっている。そして仕切りの壁には、世界一周によって各地に持ち込まれた様々な出来事について列挙されていた。

 

「ゆまたちは、このドレイクって人の海賊船の大砲で殺されたの?」

「そうなのです。まったく、このなぎさが一撃死とは……我ながら情けないのです。当たりどころが悪かったのですね。遮断魔力ごとぶっ飛ばされるほどの一撃は、流石に想定外なのですよ。まさに対軍宝具おそるべし……なのです!」

「へぇ。僕は寝てたから、殺されたことにも気付かなかったよ。轟音がして飛び起きようとしたのは覚えてるけど」

「イーピン、死ンデタ? コワイ!」

「そうだね……私は目を覚ましたらガレキの下に埋まってて……頭から血が止まらなかった……そして、ふと爆発がしたあと、その……ガレキに上から圧迫されて潰されて……嗚呼……思い出したくない……」

「わー。なかなかヘビーな体験をしたようですねーみなさんー。一度死んで蘇ったというのが作り話感増し増しですが、そうまで口裏を合わせられると本当にあったことのように聞こえますー。ともあれウソでもホントでも面白いので、これだけは言っておきますねー。ご愁傷様ですー」

 

 千歳ゆまとフゥ太は記憶にないため、まるで夢を見たような感覚で他人事のように言うが、イーピンは殺し屋として殺人の恐怖を知るため誰よりも重く受け止めていた。黒江は割とむごい死に方をしたようで、今もトラウマとして悪夢を見るようだ。それをフランは興味深そうに他人事として割り切る。

 

 そこにチームももこが現れた。

 

「お、なぎさちゃんたちじゃん。こんにちはー。あれ? なんか知らん子もいるな?」

「(なんであの男の子、リンゴの被り物してんの?) ……なに? このドレイクって人となんか因縁あるわけ? 一緒に戦った感じ? それとも殺された相手?」

「わたしたちは平安時代の鬼に殺されたんだー。かこちゃんはその鬼を退治した人と一緒に戦ったみたいでね。さっき話してきたところなんだー」

 

「もちろん殺された方なのです。序盤敗退は屈辱なのですよ」

「あ、そっか。なぎさちゃんは最初の砲撃で死んだのか。あれの余波をアタシの家も喰らってさー。家族を逃がしたあとはサーヴァントに追われてもう大変。鬼一法眼さんが助けてくれなかったら、マジでアタシたちも序盤で殺されてたよ」

「でも早々に死んで良かったんじゃない? レナ、二度とあんな戦いしたくない。あれから悪夢を見るようになったのよ。あんな地獄、経験しない方がマシよ。こちとら殺されたくないから戦ってただけで、楽に死ねたのなら羨ましいとさえ言えるレベルだわ」

「それは……そうだね……PTSDって言うのかな? 戦争を経験した人が陥る傷ついた心の事を言うんだけど……本当に戦争って、あんな感じなのかなーって……思うと……やっぱり怖いよね……考えるだけで、胸が、震えてきちゃう……」

 

「それなら映画《プライベート・ライアン》の序盤を見るといいのです。マミはああいう戦争映画を見ることで、魔女との殺し合いに関する考察と覚悟をしていたのです。そのぶんソウルジェムもくすんでいましたが。だから、なぎさはむしろ戦争上等なのですよ。生きるために殺すのは当然のことなのです」

 

「────はは。なぎさちゃんは、なんか達観してるなー!」

「つ、強がってるだけじゃない?」

「そっかー。映画かぁー。グロイのかなー? グロイの苦手だなぁ……お母さんとお父さん、レンタル許してくれるかなー?」

 

 秋野かえでは戦争を学ぼうとしている。十咎ももこと水波レナは、それに無意識で気付いているが気付かないようにしている。それを見て取った百江なぎさが突っ込んだ。

 

「ところでチームももこは、第一次マギウス決戦に参加するのですか?」

「……! もちろんさ。こっちはたくさん借りがあるんだ。家族は覚えてないけど、サーヴァントに殺されたのをアタシは見てる。だからマギウスは、もう絶対に許せない。今までも、一般人を犠牲にしていることで怒りを抱いていたけど、もうそんなレベルじゃない。やちよさんの言う通り、これはアタシたち魔法少女にとっての“ブチギレ案件”だよ」

「そうね。レナもこう見えて頭にキテるわ。マギウスに乗り込んで殺し合い? 上等よ。パパとママを死なせた報いは、きっちり受けてもらうんだから────」

「わ、わたしも! どういう戦いになるかはまだわからないけど……また聖杯戦争みたいなことになっても大丈夫だよ。次は絶対に負けないから……! 殺された家族の仇を討たないとね……! 悪魔さんのおかげで、今日も元気に生きてるけど……!」

 

 秋野かえでの言う家族には、両親だけでなく犬や爬虫類等のペットも含まれている。その全てが爆撃の中で死滅したのだ。もはやマギウスに慈悲はない。マギウスの翼は可哀想と思うが、敵として立ちはだかるなら排除するまでだ。

 

          †

 

 暁美ほむらはフランスのコーナーに来ていた。そこでナポレオンに関する石碑の端に、小さく紹介されている世界傑作小説があった。その題名は《巌窟王》────簡単なあらすじの中に、伯爵エドモン・ダンテスの名前が記されている。

 

「……!」

 

 暁美ほむらは巌窟王を読んだことがある。そのため巌窟王を召喚した時は、内心“実在する人だったのか”と思ったが、ペレネル・フラメルの話を聞くに、サーヴァントは実在・非実在に関わらず、“そういう人がいたかもしれない”という曖昧な信仰があれば、それを基盤として魔術として立証し、召喚できるらしい。よくわからないが、つまるところ巌窟王は“本当にいたかもしれないし、いなかったかもしれない。あるいは作者であるデュマがモデルにした人くらいはいたかもしれない”というのが関の山のようだ。

 

 しかし暁美ほむらが召喚した巌窟王は、確かにそこに存在した味方である。暁美ほむらは丁寧にお辞儀すると、鹿目まどかたちが待つアメリカのコーナーに急いだ。

 

          †

 

 

 

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