アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
アメリカのコーナーにて。美樹さやかと鹿目まどかの会話。
「へー。ナイチンゲールってそんな人だったんだー。まどか詳しいねー」
「えへへ。小さい頃にママが教えてくれたんだ。絵本に出てくるナイチンゲールが、とても優しい人だったんだけど……歴史を勉強したママからすれば、本当は優しいだけじゃなくて、とても厳しくてスゴい人だったんだって。だから本で読んだことは鵜呑みにしちゃいけないよって言われてたのを、なんとなく覚えてたんだ」
「さっすがまどかのママさんだ! もしかしたらそれが印象的で、まどかのところにナイチンゲールが召喚されたのかもしれないね」
「そうかな? だったら嬉しいな……激しい戦いの中でお別れも言えずに死んじゃったけど……もし次に会えたら、色々とお話を聞きたいなー」
「ちょっとちょっと。」あたしはもう聖杯戦争なんてゴメンだよ!」
「あ、そ、そうだよね! ごめんね、そんなつもりじゃなくて……」
そこまできょどる必要はないと笑う美樹さやか。そこに暁美ほむらが合流する。巌窟王の小説を見つけたことで話が盛り上がる中、竜城明日香とランボを抱っこする美凪ささらが現れた。
「あ、ほむらみっけ!」
「ランボちゃん……! 竜城さんに美凪さんも……!」
「ほむらさん! お久しぶりです! ほかの方も道場以来ですね! 聖杯戦争でもチラリと見えましたが、いやぁあれは大変でしたねー。よもや災害竜こと伊吹の神と手合わせできるとは思いませなんだ。不謹慎かもですが、私個人としてはとても良い経験をしましたよー!」
「久しぶり。明日香の言い分はまったく理解できないけど……私は真名も分からないサーヴァントに瞬殺された。だから聖杯戦争というのも、実はよく分かっていないのだけれど……また悪魔がなんとかしてくれたのよね? まったく、つくづくマギウスは出てくるたび、とんでもない連中って評価を更新してくるのね。というわけで私たちもマギウスとの戦いに参加するわ。魔法的に救護の役割になりそうだけど、そこらへんの作戦会議は今夜にするんでしょ? さっきななかさんと会った時に聞いたわ」
「え、今夜ですか……?」
「ちがうの? 早いに越したことはないと、やちよさんが言っていたようだけど……又聞きだから、こっちが何か勘違いしちゃってるかも」
暁美ほむらはスマホを確認する。ちょうど七海やちよからメッセージが来ていた。
「あ……いま来ました。急に決まったみたいですね。でも私も早い方がいいと思うので……それじゃあ今夜、また」
「えぇ。それまでは祭りを楽しみましょう」
美凪ささらは手を振ってしばしの別れを告げる。そこでランボが美凪ささらの頭の上によじ登り、暁美ほむらの方へ飛び移った。
「ランボさん、次はほむらとあそぶー!」
「えっ……!」
「おや。ささらさん、振られましたか」
「ささらは小言がうるさいからヤダー」ランボは鼻くそをほじりながら言う。
「なっ……! それはあなたが明日香みたいに無闇なことをするから……!」
「むむっ!? 私のような、とはどういうことですか! 私もランボさんも品行方正です!」
「そうだそうだー」
「……あなたたち、意外と自分たちが
美凪ささらは呆れかえる。竜城明日香は猛抗議して問いただしながら、二人は日本コーナーに立ち去った。
喧嘩するほど仲が良いとは、あの二人を言うのか。鹿目まどかと美樹さやかは苦笑して見届ける。
その時、またランボが暁美ほむらのメガネを取り上げた。
「きゃ!」
「メガネとったりー!」
「ちょ、あんた! いきなり人のメガネ取ったら危ないでしょ! ほむらの頭から降りなさい!」
美樹さやかが叱る。するとランボは鼻をほじりながら自分の尻を叩いて笑った。
「ん? だれ、おまえ? っていうかランボさんに命令していいのは遊びで勝った奴だけだもんねー!」
「へぇ……言ったな? じゃあなにして遊ぶ?」
「とうぜん、殺し合いじゃボケー!」
そう言ってランボはアフロ頭からバズーカを取り出す。
「え────はぁ? あ、あんたこんなところでそんなもの取り出して何を────」
次の瞬間、ランボは美樹さやかに向かって十年後バズーカを打ち出したつもりだが────実際は砲塔の向きが逆で、十年後バズーカの大砲がランボの顔面に命中する。爆音と白煙。暁美ほむらの悲鳴。周囲の客が驚く中、白煙の中から男の大人ランボが半裸で現れており、暁美ほむらがその下敷きになっていた。
「……おやおや。着替え中にお呼ばれされるとは、また警察に職質される……が・ま・ん……」
「え────えぇ!? あんただれぇ!?」
「お、落ち着いてさやかちゃん! それよりランボちゃ……ランボさん! ほむらちゃんが潰されちゃってるから早くどいて!」
鹿目まどかの叫び。十年後ランボは「えっ?」と涙をこらえて下を見ると、目を回す暁美ほむらが倒れていた。しかもメガネをしていない。十年後ランボの顔が青ざめる。「うわぁああ!」と絶叫を上げて後退した十年後ランボは、即座に土下座して命乞いを始めた。
「────すすすす、すみませんごめんなさいぃいい!! 十年前のオレが馬鹿なことをしたようで本当にすみません殺さないでくださいぃいいっ!!」
「な……なん? なんか頭が痛くなってきた……五歳児の女の子が、急にチャラい男に変わった……しかも泣き虫で意気地なし……なにこれ?」
「あ、あとで説明するね、さやかちゃん! ほむらちゃん、平気?」
暁美ほむらは床に落ちていたメガネを拾い上げて掛け直し、魔法少女だから平気と返す。一方、今だに半裸のまま土下座して謝り倒す十年後ランボ。なんだか哀れに思った美樹さやかが、もういいよとなだめるも、十年後ランボは我慢できず泣き出してしまう。
「あぁもうだめだ……オレは殺されるんだ……はぁ、今日がオレの命日か……とうとう鬼軍曹に殺される日が来たなぁ……」
「いや、ほむらはそんなことしないし! つかあんたマジでだれよ!?」
「おや。これはどこかで見た顔の女の子。……そういえば鬼軍曹が持っていた写真入りペンダントの中に写っていた一人のような……たしか佐倉お姉様の横にいた……」
「はぁ? あんたマジで何言ってんの?」
暁美ほむらが立ち上がる。十年後ランボはびくりと反応して血の気が引く。
「あ……えっと、私は大丈夫だから……それより、なんでそんなに怖がってるの?」
「えぇと……実はあれから、ほむら姐さんが鬼軍曹に変わりまして……」
ふと十年後ランボは、暁美ほむらの指に嵌められている雲のマーレリングを目にして、そう言った。
「急に人が変わったと言いますか……ほら、ほむら姐さんは昔、メガネに三つ編みだったじゃないですか。それが今じゃ裸眼のクールなロングお姉さんになって。でもそれだけじゃなく、性格までキツくなりまして……どうも、また時間遡行を繰り返し始めたのか、かなり精神的にやられているみたいで……あ、別に八つ当たりされてるわけじゃないです。全部オレを生き残らせるためにしていることで……ただめちゃくちゃ修行がキツくて、おかげでオレも脊髄反射で、ついビビってしまい……いや、申し訳ない。十年前のほむら姐さんだというのは分かっているんですが……どうも似た気配を感じてしまいまして……」
「…………」
暁美ほむらは
「……そっか。教えてくれてありがとう。十年後はそうならないようがんばるね」
「あ、いえ……こちらこそ、すみません。でもパラレルワールドって知ってます? たとえ今のほむら姐さんが、オレに優しくあろうって思っても、オレは既に
「え?」
「……いやでもさすがに全ての世界でほむら姐さんに恫喝されるランボさんは、さすがに可哀想すぎないか? あぁじゃあやっぱり優しく……でもほむら姐さんが優しいのはいつものことだからな……コミニュケーションが下手っぴなだけで、オレに厳しくするのも言葉が足りないだけで、オレを鍛えるためってのは、もう昔からなので伝わっていますし……」
「……えっと、そろそろ五分だけど……」
「あ、それじゃあこれで。いやぁ十年前のオレが失礼しました。なんか人が多いですけど、今はお祭りなんです? ならあまりオレがハメを外しすぎないようキツく叱ってやってください。あ、でもおしりぺんぺんはやめてくださいね? あれ恥ずかしくて今でも覚えて────」
再び“ボンッ”と爆発して白煙が立ち昇る。そして、ぶどう味の飴を舐める五歳児のランボが現れた。
「あれ? またほむらメガネかけてる! 髪も結んでる!」
「……もしかして、その飴……十年後の私からもらったの?」
「? そうだよ! ほむらはねー。ランボさんの大好きなぶどう味の飴をくれるんだよねー。でもメガネ掛けたほむらはくれないからキラーイ」
「────あ……もしかして、だから私のメガネを取ろうとしてたの?」
「そう!」
謎がひとつ解けた。なんとも五歳児らしい考え方だ。そしてランボは、どうやら現在の暁美ほむらと十年後の暁美ほむらの区別が付いていないようだ。それも五歳児ということを考えると無理からぬことだろう。
「そっか。ぶどう味の飴が好きなんだ。わかった。覚えておくね?」
「絶対だぞ! この忘れんぼめ~!」
暁美ほむらはランボを抱き上げる。そして祭りの続きを楽しもうと、鹿目まどかに微笑みかける。対する鹿目まどかは笑顔で返すが、なぜか不穏なものを感じて仕方がなかった。一方の美樹さやかは、何が起きていたのか分からず混乱しており、しきりに説明を求める。
「ねぇ! マジで今の、なんだったの~!?」
†
欧州全土のコーナーを見て回ってきたタルトは、感慨深げに溜息をつく。
「はぁ……これが歴史……人類が歩んだ夢の跡……すごいですね、リズ。私のことも、ほら。ジャンヌ・ダルクという名前で石碑に刻まれています! そこまで凄いことをした覚えはないのですが……人々に覚えてもらうというのも、なんだか嬉しいものですね!」
「当然よ。あなたは英雄になるべくして、私たちが導いた存在なんだから。聖杯の知識からも、自分が結構有名なこと、知ってたでしょ?」
「それはそうなんですが、半信半疑で……しかしこうやって実際に目にすると、なるほどこのように語られているのかと驚きの連続なんです」
「それは確かに。……このまま古代メソポタミアまで見て回る?」
「それもいいですね! おそらく一日では全てを見ることはできないでしょう。故に、この歴史村博物館が二日限定だなんて、惜しいものです。でも、それだけ人類の歩みは広大だということですね! とっても楽しいです! ワクワクが止まりませんね!」
タルトとリズは散策を続ける。目に入る全ての偉人に経緯を払い、人類の歴史が
†
インドコーナーに綾野梨花と五十鈴れんの姿がある。二人は、インド神話の神々を列挙する石碑の中で、ヴリトラの名前を見つけた。
「あ、れんちゃん! この人だよ、私が倒して殺されたのは!」
「す、すごいね、梨花ちゃん……じゃあ、梨花ちゃんは“ヴリトラハン”だね……?」
ちなみに死炎界において、ヴリトラは大空の雲属性と大地の山属性を併せ持つ乾期の怪物神。対するインドラは大空の雨属性と雷属性を併せ持つ雨期の神として伝わる。ほかヴリトラは大空属性のマイナスエネルギーや大地の氷河属性を司り、インドラは大空の晴属性や大地の氷河属性を司るなど、この二つは対極として扱われる。
しかしこの情報は、一生使うことがないであろう知識である。
「れんちゃんは、あの三蔵法師と一緒に戦ったんだよね? 孫悟空とかいた!? デカゴンボールみたいに手から光の玉を打ち出したりとかした!?」
「え、えっと……孫悟空はいなかったけど……三蔵さんは、悟空の如意棒を使ってたのは見たかな……」
「あー如意棒かぁー! そっか、悟空といえば如意棒だよね! アニメでしか知らないとはいえ、こんな認識だと、いざ三蔵法師や孫悟空と出会ったら困らせちゃいそうだ」
「そ、そんなことない……かも? 三蔵さんも、“ぎゃてぇ! 悟空ぅ~! もうこんな百鬼夜行、元気玉とかで全部片付けてよー! 日本のアニメだとそんな感じで活躍するみたいだよー! 知名度補正で何とかしてよー!”……って、強いサーヴァントの集団と戦うたび泣いて叫んでたから……」
どうやら孫悟空は今回の聖杯戦争で召喚こそされなかったが、師たる三蔵法師に度々むちゃぶりされていたようだ。かの孫悟空は、その悲鳴を座で聞いて何を思うか。おそらく金輪が嵌まる額を自ら痛めていたに違いない。
“斉天大聖ならいざ知らず、さすがにそれは無茶だよお師匠”と。
「へー! じゃあ、できなくはないってこと? やっぱり英霊ってすごいんだねー! そして同時に怖い存在でもある。悪魔さんによれば、マギウスはシャドウサーヴァントを捕まえて兵隊にしようとしているみたいだし……英霊軍団の規模じゃなくて英霊部隊の規模になるとは言え、それはやっぱり脅威だよね。決戦、絶対死なないように勝とうね、れんちゃん!」
「う、うん……!」(命に代えても、梨花ちゃんは私が守るよ……)
†
イギリスコーナーの妖精展示室。そこにはアシュリー・テイラーと千秋理子、さらにリードで繋がれたマメジの姿もあった。
「理子ー。怖くないですよー。かわいらしい妖精の絵を拝見しまショー!」
「……う、うん……アシュリー、お姉ちゃん……」
「クゥ~ン……」
なるべくいつも通りに振舞うアシュリー。怯える理子。それに寄り添うマメジ。
聖杯戦争が終わってから、千秋理子は極度に何かに怯えるようになっていた。体調を悪くすることも多く、家の手伝いも学校も休みがち。しかも千秋理子は、その休暇を“ズル休みしてしまった”と捉えているようだ。怠慢認識と不登校の罪悪感。それによって更なる精神的悪循環が生まれており、千秋理子のソウルジェムは灰色になるまで濁っている。
なぜこんなことになったのか。それは当然、聖杯戦争という凄惨極まりない殺し合いを経験し、魔法少女であることに絶大な恐怖を抱いたからに違いない。それでもドッペル化しないのは、本人がなんとか心の整理をつけようとしていることの表れか。それでもこのままでは、神浜市の中で魔女化はありえないものの、精神的な苦痛は魂にまで届き、ソウルジェムに亀裂を入れることにもなりかねない。非常に危うい状態だ。
「……理子ー。ハグをしマショー。私が理子を後ろからハグしたまま歩きマース! あったかいデスヨー?」
「……で、でも、それじゃあアシュリーお姉ちゃんは、歩きにくいんじゃ……?」
「がに股歩きすればダイジョブでーす!」
アシュリーは、千秋理子の頭の上に顔を乗せる。小さな体を両手で抱きしめ、左右に大きく揺れながら、にこやかに歩を進める。ふと、視線の先に入名クシュの姿を発見。シェイクスピアの石碑を見上げており、その隅に記されている戯曲のひとつ《夏の夜の夢》の解説を読んでいた。
「オー! クシュ! こんにちは! 久しぶりデスねー!」
「……アシュリー。理子。こんにちは、久しぶり」
「何を見ていたんデスかー?」
「私が最後に殺し合った相手。妖精王オベロンについて、ちょっと知りたくて読んでいた。真名はヴォーティガーンでもあったそうだけど、そちらはアーサー王伝説に出てくる魔竜だったみたい」
「つまり妖精とドラゴンが融合したサーヴァントだったと? 英霊は奥が深いデスねー!」
そこで入名クシュは、顔が沈んでいる千秋理子を見つける。
「……千秋理子。あなたが倒した妖精は、メリュジーヌ・アルビオン。フランスの妖精であり、ブリテン島の土地の名前を意味する」
「ワッツ? フランスなのにブリテン?」
「それはアーサー王伝説の話になる。なぜかアーサー王伝説は、ブリテンとフランス、双方が混じりあったような舞台になっている。円卓の騎士ランスロットもフランス人だし、魔術師マーリンもフランスに伝わる伝説シャルルマーニュ十二勇士に登場する。どうしてなのかはわからないけど、この二つの土地には何かしらの繋がりがあるみたい。だからなのか、こちらもフランスの妖精とブリテンの“何か”が融合した英霊なんだと思われる」
その“何か”とは、TP魔法界ならば古竜アルビオンということで決着がつく。だが一般人がそれを知るはずもない。故に調べたところ、地名のアルビオンに行き当たるのは、当然といえば当然である。ある意味、それは正しくはあるのだが。よもや竜の死骸が古き大地になっていた、などというファンタジーじみた突飛な発想が真実だとは、冗談で言っても本気には思うまい。
「オゥフ……私たちは、やはりとんでもない存在と戦っていたんデスネー。でも理子はすごいデス! フランスの妖精だけじゃなく、ブリテン島そのものをも倒したのデスから!」
「…………」
千秋理子は俯いている。無視しているわけではない。そもそもアシュリーやクシュの声が届いていないような感じである。
「……理子……」
「……さっきからどうしたの、その子? 何か悩み事? そんな様子じゃマギウスとの決戦には臨めない。殺し合いが怖くなったのなら、戦場の一番後ろでハチミツレモンでも作って配っていればいい」
「────!」
「クシュ! そんないきなり……」
「……私は、容赦しない。敵も、容赦してくれないから。逃げたければ逃げてもいいけど、マギウスは必ず世界を手中に収めるため動くから、逃げたって意味はない。戦わなければ自分も周りも死ぬ。でも無理に前線に出る必要はない。あなたみたいな子供が殺し合いに参加するなんて、間違ってるから」
そんなことを言ったら、入名クシュやアシュリー・テイラーだって、同じ子供ではないのか。千秋理子の呼吸が乱れる。目は潤みはじめ、瞳が動揺する。
振り返る入名クシュは去り際、ひとつ思い当たったことを口にした。
「まさかとは思うけど、魔法少女としての才能にあぐらをかいているわけじゃないよね?」
「……え?」
「確かにあなたは強い。周囲の魔法少女から“才能がある”と褒められることも多かったでしょう。でも“だから自分が頑張らなきゃ”と思うのは、思い上がりも甚だしい。私たちはあなたに守られるほど弱くはない」
「……私は、そんな……」
「そんなこと思ってないなら、それでいい。……私の名前は入名クシュ。魔女も恐れる異端審問官。誰がなんと言おうと、自分のやるべきことをやる。だから安心して。あなたの平和は、私が守る。それが私のやりたいことだから」
そう言って入名クシュは立ち去った。アシュリー・テイラーは思う。千秋理子の悩みとは少々、要点はズレているが……今のは彼女なりの激励だったのだと理解する。
「────アシュリーお姉ちゃん……」
「はい。なんですか? 理子」
「クシュさんは、怖くないのかな……アシュリーお姉ちゃんも……みんなも……」
「……怖い、とは……やはり“
「……うん」
「そんなの、もちろん怖いですよ!! なんでそんなことしなくちゃいけないのか、てんで分からないデース! でも、強盗のようなものと考えれば、私はある程度納得できます。ちょっと想像してみましょう」
「……強盗?」
「そうです! さて、いきなり包丁を持った人が、自分の家に入ってきました! 理子はどうします? 昔の私なら、びっくりして何もできず、包丁で刺されて殺されて、家族も殺されて、それで終わりです」
「っ……」
「でも今の私なら、魔法少女の力を使って、強盗を殺さずに、しかもケガさせず倒して、自慢げに警察に引き渡します! それが正しい力の使い道です!」
千秋理子は考える。考えるまでもなく答えはアシュリーと同様だったが、
「……私も、アシュリーお姉さんみたいなことが、できるかな? だって、私……いきなりサーヴァントに殺されそうになって……慌てて魔力を使ったら……活性と発散の魔力のせいで、おうちが爆発して……となりの家も、吹き飛ばしちゃって……家族もマメジも、街の人も────
「理子!」
「ワンッ! ワンワンッ!!」
そこでマメジが異を唱える。それについては、まったく謝る必要はない。理子が生きようとすることが、理子の両親の願いであり、マメジの願いでもある。巨大すぎる力に迷うこともあるだろう。ならば使いこなせるようになるまで努力すればいい。つらいことに、そうするしかないのだから。俯いているばかりでは何も始まらない。休憩時間はそろそろ終わりにしよう。もう少し休みたいというならもちろん寄り添うが、マギウスが再び襲って来るまであまり時間がないのも事実。ここで手をこまねいていては、再び同じ悲劇の繰り返しになる。ならば先に進もう。今度こそ家族を守り、街の人を守り、敵を倒し、全てを平和のうちに終わらせるために。
「……マメジ……」
「ワンッ!!」
マメジは四本の足をすっくと立たせると、風貌凛々しく、じっと主人の瞳を見据える。
「オー! こうやってマメジも応援しています! 理子、私たちは理子の味方ですよ!」
「っ……うん! ありがとう、アシュリーお姉ちゃん……!」
理子とアシュリーは手をつなぎ、マメジと共に歴史博物館を回る。
†
千秋理子とマメジ、アシュリー・テイラー。そんな三人の様子を遠巻きに守る一人の青年がいた。悪魔である。千秋理子の心の問題が快方に向かっていることを直感した悪魔は、安堵してその場から離れようとする。
そこで梢麻友と出くわした。すれ違いかけた瞬間、互いの顔をちらりと見て気がついた。
「あ、悪魔さん! お久しぶりです」
「麻友か。その服……ここの店員をしているのか?」
「はい。バイトです。神浜美術館の展示物の一部を、今日はこちらに移転させているため、それらの管理を神浜美術館のオーナーに任されているんです」
「なるほど。だがそれだと神浜フェス、存分に楽しめないんじゃないか?」
「そうでもないですよ? お客様を案内してお話するのは楽しいですし、館内を見て回るついでに展示物を鑑賞するのも楽しいので。それに明日は休みなので、沙優希ちゃんたちと海水浴に行く予定もあるんです」
「そうか。ならよかった。じゃ、またな」
「はい。────あ、そうだ。私も決戦に参加しようと思っているので! あまりお役には立てないと思いますが……」
「そうか、ありがとう。なに、真っ向勝負だけが戦いじゃないさ。それぞれに適した使い道を考えてある。命の危険は極力減らすつもりだから安心しろ」
そう言って悪魔は立ち去った。
†
中国コーナーにて、由貴真里愛、都ひなの、木崎衣美里が集う。ちなみに桐野紗枝は相変わらずバイトで忙しくて神浜フェスには参加できないとのこと。だがマギウスの所業に関しては怒り心頭のご様子で、家族を殺された仕返しに、決戦には必ず参加するというメールが、都ひなのに届いていた。
「あら? 今、悪魔の顔が見えた気がしたのだけど……」
「マジか。あいつ神出鬼没すぎるだろ。魔力パターンが七個もあるから、探そうと思えばすぐ見つかるっちゃ見つかるんだが……ほかの魔法少女の数が尋常じゃなくて捕まらないな。目に見える範囲の女子、ほぼぜんぶ魔法少女じゃないか? 今時の子は歴史なんて興味ないだろうから、今ここだけは魔法少女天国だろ」
「えーそんなことないよーみゃこ先輩! 今時のJKはスマホゲームで、偉人の名前や神話の神様の名前くらいは知ってるんだぜ!」
「そのゲームが元ネタに敬意を払ってるならいいんだけど……衣美里ちゃんが前やってた変なゲームは、たしかキャラクターの名前として使われてただけだったような……」
「そうだぞ。しかもキャラの名付けに使っただけで、まったく元ネタの気配がないキャラとか多いからな。織田信長やゼウスと名乗る割に、ぜんぜん織田信長やゼウスの要素がない、まったくのオリジナルキャラクターとかな……そういうのを見ると、なぜその名前を使った? って疑問しか湧かなくなって、ゲームに集中できなくなる」
「まぁまぁ細かいことは気にしない気にしない! 元ネタにリスペクト払ってるゲームだってちゃんとあるんだから! ってーわけで、これから何しようとしてたんだっけ?」
歴史村に来たはいいものの、観賞より歩きながらの中身のない駄弁りを楽しんでいた三人は、それぞれ笑い出す。
「そういえば、おしゃべりしかしていなかったわね。もったいない」
「いやいや、私はまっすぐ太公望のところに行こうとしてたんだからな!」
「タイコーボー……みゃこ先輩、それってなにした人な感じ?」
それは見ればわかると、三人は中国の小説コーナーに到着。太公望が主役を張る封神演義についての解説や、本名の呂尚の解説が石碑に刻まれており、木崎衣美里は「ふむふむなるほど漢字が多すぎてわからん!」と降参する。
そこで由貴真里愛が言った。
「へー。史実の人物だったのね。でも夢のような伝説も多くて、空想上の存在と思われることも多いみたい」
「おそらくサーヴァントとしての太公望は、史実と空想、どちらも併せ持つ存在だったんだろうな。だって太公望が使う方術とやらは、その全部がとんでもない代物だった。私たちが使う魔法より便利だったぞ。おかげさまで聖杯戦争の終盤まで生き残ることができた。そしてペレネルと結託してタルトの裏をかいたことで、光の速さで動くタルトを捕まえることができた。ハァ……死ぬと分かってる作戦に駆り出されるというのも辛いもんだ。それなのに乗っかったのは、ひとえに太公望が軍師として優秀だったからだろうな。あいつの口車に乗せられて何度、死に目に駆り出されたことか……いや、最後は確かに決死行だったんだけどさ」
都ひなのは嫌な思い出だと振り返る。だが同時に、太公望がいなければ無駄死にしていたことを痛感していた。命が千個あっても足りない激闘を生き延びることができたのは、その99%が太公望のおかげである。
「軍師かー。みゃこ先輩がそこまで褒めるなんて、やっぱすごい人だったんだね!」
「木崎ぃ。スゴいなんてもんじゃない。
「マジか! そこまでのお人だったとは……! ありがたや、ありがたや……みゃこ先輩たちを守ってくれて、ありがとうございまっす!!」
感動する木崎衣美里は、呂尚こと太公望の石碑の前で合掌。何度も深く頭を下げていた。
†