アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
未明早朝。豪華客船の甲板。穏やかな海を眺める悪魔は、水平線の下から浮かび上がる旭日の様子を眺めていた。そこに、みかづき荘の面々がやって来る。ほかにも見滝原市、チームももこ、ベナンダンティ、神浜市の魔法少女たち、構築魔力で変装した美国織莉子まで、日の出を見にやって来る。
「わぁ……! 日の出、きれいだね! お姉ちゃん!」
「そうだね、うい。スタッフさんにオススメされたから、がんばって早めに起きて見に来たけど……想像以上だったな……」
「モキュー!」
「│おはよう、悪魔│」
日の出に魅入られていた魔法少女たちは、甲板の端っこで一人佇む悪魔を見つけるなり、次々と挨拶する。
「おはよう、みんな。今日の天気は快晴だ。海水浴日和だぞ。ところで水着の用意は出来てるか? 昨夜はドレスに悩んだが、今朝は水着に悩んで、今晩は着物に迷いそうだな」
水着も着物も、豪華客船が多種多様なものを取り揃えている。どれも無料だ。好きなものを選び、祭りや海を大いに楽しむといい。
そう告げた悪魔は、水着や着物、海水浴や花火について盛り上がる魔法少女たちを横目に、船べりに突いた肘を下ろし、甲板から立ち去ろうとする。
やがて運命の出会いが訪れた。しかし、それは悪魔にとって、ただの出会いに違いない。
「────嗚呼……ようやく会えたわ! とうとう見つけた!
不意に少女の声が、朝焼けの空に響く。灰髪灰眼の和装少女。藤紫色と山吹色のちょうちょ結びが、腰まで伸びるツインテールを束ねる。服装は忍者と巫女が混ざったような衣装で、誰が見ても何かのコスプレかと思うような代物。そして、腰巻きに飾られた赤紫色のリボンに光るは、橙色のソウルジェム。
見るからに魔属性の魔法少女である彼女は、船べりに片足を掛けており、今まさに地上から跳んでよじ登ってきましたと言わんばかりのポーズを取っている。「よいしょ」と船べりの上に立った少女は、感動のあまり両手を合わせ、なぜか悪魔の顔をまっすぐと見つめていた。キラキラと光る瞳。それは好奇心の発露。悪魔の顔をもっとよく観察したいが、同時に振り返りたい気持ちと葛藤するあまり、目の向きは悪魔を捉えたまま首だけ振り返った少女は、地上に向けて大きく叫ぶ。
「ちゃる! すなお! 早く来なさい! 我が時女一族の同盟者たるボンゴレが御見えよ! 何をしているの!?」
されど少女は連れの到着を待ちきれず、船べりから飛び降りるとタタタッと走り、悪魔の眼前で立ち止まる。不意に少女の視線は、悪魔の頭頂に向かう。自らの頭の上に手を置いた少女は、その手を水平方向に移動させると、悪魔の頭頂をギリギリ飛び越えそうだったため、自分の方がほんの少し背が高いと計測。しかし体の成長は少女の方が早いと聞く。ならばボンゴレは、これから自分の背を追い抜かれ、きっと逞しくなるのだろう……そうやって少女は、悪魔と二人三脚の未来を想像していた。
「失礼しました! 私は時女一族の本家代表、
時女静香と名乗る和装魔法少女は、はいそうです、という返答を確信して心待ちにしている。それゆえか浮き足立っており、両足のかかとを上げ下げ。それに合わせて髪や服が上下にゆさゆさと軽く揺れる。ワクワクしながら返答を待つ時女静香────対する悪魔は、なんと答えるのか。その場にいる全員の視線が、悪魔の顔に集まる。
なにがなんだかわからないが、ふと環いろはは昨夜の話を思い出す。悪魔の恋愛性質によって──言い方は悪いが──
さて、一同は息を飲む。見るからに怪しい魔法少女。悪魔の許嫁と聞こえた気がしたが、おそらく気のせいではないだろう。いったい悪魔は、なんと答えるのか。
「────…………いや、まて……
「~~っ!! やはりそうでしたかっ! しかし驚かれるのも無理はないですね。なぜなら互いに初対面ですから!」
「…………」
悪魔は一瞬、一般女性に変装している美国織莉子を一瞥する。対する美国織莉子は首を横に振った。
そして直感する。確かにこの状況は、未来予知では視なかった出来事。でも未来予知した内容はマギウス決戦のみ。悪魔の私生活まで見通したわけではない。よって細かいところで知らない事が起こるのは当然。それくらい言われなくても分かっているでしょう? だからそんな目で見られても、助け舟を出すわけないし、そもそも助ける義理がない。……そう思われていることを直感した。
(……それも、そうだな……あまりに突然のことで、
許嫁、ボンゴレ関係者。それらのワードに終始、悪魔は反応に困る。そんなの知らない、自分には関係ない、と声を大にして言ってやりたい。
しかし時女一族と言えば、半年の旅路の中、風の噂で耳にしたことがあり、里見太助からも聞いたことがある。だがその時女一族が、まさかボンゴレと繋がりがあるとは知らなかった。
「……えぇっと、時女静香って言ったか? 頼む。一から十まで説明してくれ。オレは今ここから飛び立って逃げてしまいたい。これから大きな戦いが控えているってのに、女関係の面倒は御免こうむる」
「……大きな戦い……それはマギウスとの戦いのことですね! 時女一族の諜報能力は日の本イチです! あ、説明につきましては、ちゃるとすなおがする予定です! あーもう、あのふたりはどこに行ったのかしら!」
噂をすれば影が差す。地上から跳躍する影が二つ。それは甲板に降り立って、時女静香を見つけるなり叱りつけた。
「もう! 静香! こんなところに! 勝手によその乗り物や敷地に入るのは“不法侵入”と言って、法律で禁止されているんですよ! それにもし船が出発してしまったらどうするつもりだったの! それは“迷子”と“密航”ですよ!」
「はぁ、はぁ……静香ちゃん……山育ちとはいえ、さすがに限度があるよ! 赤信号を平気で無視して! しかも歩道どころか道路爆走して! まさかここまで世界の常識が通用しないとは思わなかった……」
「えぇ!? そうだったの? ごめんなさい……でも青信号はちゃんと守ったわ!」
「道路側の青信号を守ってどうするの!?」
「もうダメ……私、ヒヤヒヤしすぎて疲れた……あとは任せたね、すなおちゃん……」
ちゃると呼ばれる麦わら色の髪と目を持つ少女は、普通の黒っぽい制服を着ており、直立したまま前に倒れて就寝、爆睡。夜の峠を攻める時女静香を朝まで追いかけた疲労で自主的ノックダウン。
一方、すなおと呼ばれる白髪で透き通るような青い目をした少女もまた、ちゃるとは異なるモノクロの制服を着ており、息も絶え絶えに状況を見定めて動き始める。
「まったく……あの、静香が失礼しました。何かご無礼は無かったでしょうか?」
「失敬な! きちんと沢田綱吉様には挨拶を済ませたわ!」
「そうですか。確かに沢田家康様の似顔絵と瓜二つ。大空の波動も感じますので、まず間違いないでしょう」
すなおはスマホの写真アプリを開き、一枚の画像と悪魔を見比べる。その画像は、ボンゴレの初代ボス・ジョットの似顔絵を撮影したもの。現代の写真と見紛うほどの精巧な似顔絵は、確かに悪魔の顔とそっくりだった。
悪魔も聖杯戦争で、ボンゴレ初代ボスと戦ったことがあるため、確かにその似顔絵の人物が初代であると確信する。
「では、まず自己紹介を。私は土岐すなお。後ろで倒れているのは広江ちはる。どちらも時女一族の分家筋に当たる者です。さて、おそらく静香から“許嫁”だの“ボンゴレ”だの、色々と言われたでしょうが……何か思い当たることはありますか?」
悪魔は真顔でハッキリ即答する。
「すべてにおいてまったくない」
「では、簡潔にご説明いたします。其は江戸時代。日の本の暗部として活動していた時女一族は、あるとき一人の男と出会います。その男とは、当時のイタリアを席巻するマフィアとして成り上がりつつあるボンゴレファミリーの初代ボス・ジョット……またの名を沢田家康として亡命してきた、その人でありました」
「……オレの先祖か」
「はい。詳細な経緯は省きますが、我が時女一族は日の本を揺るがす大事件・尾獣騒動というものに頭を悩まされていました。が、この沢田家康のご助力によって事無きを得たのです。それから時女一族は、沢田家康と懇意になり……いつか、この恩義に報いるべく、彼と“ある盟約を結んだ”のです」
「盟約?」
「はい。というのも──これは時女一族の悪しき風習のひとつなのですが──その……“英雄には、時女一族という素晴らしい血筋の者を迎え入れる資格がある”というもので……」
悪魔は直感する。つまりそれは、なんとも上から目線な報酬だった。
「つまり、沢田家康の血筋の者は、時女一族と結婚する資格が与えられる。それが最高の栄誉ってことか」
「はい……しかし当然それだけで恩義に報いられるとは思い上がっていません。沢田家康様は“許嫁についてはさておき”と、のらりくらり躱しつつ、盟約に一つ条件を付け加えたのです」
「……」
「その条件こそ────“我が子孫に何か問題が起きたら、助けてやってほしい”という約束です」
それは時女一族と沢田家康の同盟。血の盟約。
事情を理解した悪魔は安堵する。
「そうか……ボンゴレの名前が出てくるもんだから、話の流れ的に、時女一族はボンゴレファミリーと同盟でも組んでるのかと思ってたが……」
「時女一族は、イタリアのボンゴレファミリーとは一切、繋がりがございません。あくまで沢田家康様個人との同盟関係です。おそらくボンゴレは、時女一族のことなど何一つ知らないでしょう。我々は沢田家康様の恩義に報いるべく、諜報活動の一環としてボンゴレのことは調べておりますが、ただのそれだけです」
「その諜報活動が実を結び、ついにオレを見つけたってことか。今ボンゴレは大変なことになってるとバジルから聞いている。ヴァリアーと呼ばれる特殊暗殺部隊が、ボンゴレの玉座を得るべく武装蜂起し、もう一年も内紛が続いている。その内紛に門外顧問機関
「まさにその通りです。そして、その報を知った我々時女一族は、沢田綱吉様の身を守るべく、こうして馳せ参じた次第です。……しかし本来は、一年も前に馳せ参じるべき事態でした。この失態の遅れ、どうかお許しください……」
「どうでもいい。気にするな。それにオレは半年間、日本中を転々と旅してたんだ。なかなか捕まらないのも当然だ」
そして悪魔は溜め息をつく。突として現れた時女一族と名乗る魔法少女たち。時女静香はじっと悪魔を見つめて観察しており、土岐すなおは一礼して下がる。その後ろでは広江ちはるが過労のため倒れたまま。
「さて、話をまとめると。時女一族はオレを助けてくれるそうだが、それに命は賭けられるか?」
『無論です』
時女静香と土岐すなおが声を揃えて即答。かたや時女一族の本家筋の者としての覚悟、かたや時女一族の暗部に仕えた元暗殺者としての覚悟。実は起きていた広江ちはるは、さすがに死にたくはないが、静香とすなおが命を懸けると言うなら、自分も二人を守るために命を懸ける所存である。そう思っていた。
「なら第一次マギウス決戦に加わってほしい。だが配下のくノ一は不要だ。そちらもゴタゴタしているようだからな。お前ら三人の実力なら申し分ないだろう」
少なくとも時女静香の実力は、竜城明日香と七海やちよの中間くらい。そう悪魔は見て取った。
一方の時女静香は、悪魔の“ゴタゴタ発言”に目を開いてびっくりする。
「え! なぜそれを? 確かに我が時女一族は、現在、封印が解けて復活した悪鬼尾獣を回収することに多忙を極めています……しかし、だからと言って沢田家康様との盟約を蔑ろにはしません! 必ずや沢田綱吉様のお役に立ってみせましょう!」
「そうか。好きにしろ。──で、それ以外については……そうだな。まず一つ。オレは沢田綱吉の名を捨てた。これからは悪魔と呼べ。……二つ目。初めての都会なら、神浜市の観光を楽しめ。ほかの魔法少女ともよろしくやってくれ。もし泊まるところがなければ、みかづき荘を使うといい」
「ちょっと」腕を組む七海やちよは眉間をピクリと言わせ、「また勝手に……」と諦念。目を閉じ溜め息をつく。
それに土岐すなおが返した。
「その点は気遣い無用です。我々は参京区の水徳寺に宿泊することになりましたので。これも時女の分家筋です」
「そうか。ならばオレからは以上だ。……しかし正直なところ、こんなに急な助太刀は邪魔だ。計画に支障が出る。気が済んだら里に帰れ。挨拶も要らない」
そこで時女静香が言う。
「え……? しかし、私と沢田綱吉様……じゃない。悪魔様……? は、許嫁の間柄です! なので悪魔様! 不束者ですが、末永くよろしくお願い申し上げます!」
「やめろ。許嫁なんか要らない。オレはお前なんかとは結婚しないからな」
不意に時女静香は“ピキッ”と硬直する。まんまるおめめ。釣り上がったままの口の端。徐々に涙目。俯く顔。
「……あれ? すなお、ちゃる……もしかして、わたし、いま……お断りされたの……?」
「そうですね。目に見えた結果ではありましたが」
「静香ちゃん、花嫁修業までしてきたのに……残念でしたね……。でも静香ちゃん可愛いから、きっとほかにイイ人が見つかりますよ!」
そこで悪魔は直感する。なんと時女静香は、諦めていない!
「────でも、でも……! これは本家が取り決めた婚姻よ! これを正式にお断りなさるなら、我が集落に赴き、きっちり面と向かって、本家に断りを入れる必要があります!」
「その手には乗るか。相手の家に行った時点で、
悪魔は嘆息。深々と溜め息。また面倒な人間が増えたと呟いて遁走。甲板から船内へと早歩きして、どこへなりと姿を消す。
「…………」
「静香、見事にバレましたね。ボンゴレの血筋は“見透かす力”を持っていること、忘れてたんですか?」
「だから言ったじゃないですかー。いまどき許嫁とか受け入れてもらえるわけないんですよー」
「……でも、それが日の本のためになるのに……それが分からないような人じゃないはずよ!」
「時女の矜持から言わせれば、そうなるのでしょうけど……」
「それはもう“現代じゃ的外れの価値観”なんですよ、静香ちゃん」
かくして時女静香は、その場でしゃがみこんで甲板を指でなぞり、普通に落ち込んだ。
これでも先日、急に本家から許嫁がいると聞き、ずっとワクワクして楽しみにしていたのだ。自らを田舎娘と卑下するつもりはなく、時女一族の文化は誇りに思っているが、それでも相手は都会の人。土岐すなおや広江ちはるから、現代人の化粧の仕方や調理法を学び、花嫁修業を頑張って、行方不明の許嫁を捜し続けてきたのだ。そしてようやく見つけたのに。すげなく断られてしまった。これから時女一族の矜持について知ってもらい、日ノ本の未来について語り合うイトマすらもらえず、許嫁相手は立ち去ってしまった。
────お前なんかとは結婚しない。
そう告げて。
時女静香はうなだれる。あそこまで毅然と言われてしまうと、もはやどうしようもない気がする。
そして土岐すなおと広江ちはるは、友人の失恋をなだめる。それが本当に“失恋”なるものなのかは甚だ疑問だが、時女静香の価値観からすれば、きっと失恋に近いようなショックは受けているだろう。それは友として想像できる。
かくして事の一部始終を見納めた魔法少女たち。その中で、ふと百江なぎさがやれやれと言いながら船内に戻り、十咎ももこは片手で側頭部を押さえて困惑気味に感想を洩らした。
「まったく……クマ吉は日増しに女難がひどくなっていくのです。いい気味なのですよ。見ていて愉快なのです」
「……なんか、スゴいのを見ちゃったな……唐突すぎて、本当にわけがわからない……」
日の出が昇りきる。朝だ。まるで映画やドラマみたいなワンシーンを見た魔法少女たちは、あくまで他人事なので気を取り直し、水着や着物を見に行こうと船内に戻る。そこで環いろはが言った。
「な、なんだったんでしょう……今の……」
結局、悪魔と時女静香は初対面だった。恋愛性質とは無関係だった。それならそれで越したことはないが、ならば時女静香とはなんだったのか? 謎が深まる。それに七海やちよが答えた。
「聞いての通り、悪魔の家柄の関係者なんでしょ。悪魔は心底、迷惑がってたみたいだけど」
†