アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
昼過ぎ。豪華客船内部のショッピングモールにて。私服に着替えたみかづき荘の面々は、自分に合うマグカップを買い求める。まだ遊び足りないランボは、シトピ隼人や水野むくと共に豪華客船甲板のプールで遊んでいる。本来なら悪魔もそこにいるはずだったが、環いろはに無理やり手を引かれ、様々なマグカップが陳列された店に連れてこられる。
買う気のない悪魔は、店の中にあるテーブルの椅子に着席。その真っ白なテーブルの上に、一個、また一個と、それぞれがマグカップを見つけて持ち寄せ見せ合い、所狭しと置かれていく。
七海やちよのマグカップは、三日月をモチーフにした夜の帳が降りる青色。
百江なぎさのマグカップは、チーズをモチーフにしたホールケーキ柄の白色。
環いろはのマグカップは、雪の結晶をモチーフにしたボーダー柄のピンク色。
環ういのマグカップは、ツバメをモチーフにしたシロツメクサ柄の薄紫色。
万年桜のマグカップは、四人の少女をモチーフにした海底の桜色。
リリスもマグカップを欲しがり、それは天使の輪っかをモチーフにした炎柄のモノクロ色。
暁美ほむらのマグカップは、回転をモチーフにした幾何学模様の黒色。
由比鶴乃のマグカップは、リボンをモチーフにしたストライプ柄のオレンジ色。
鼓星かずみのマグカップは、青空をモチーフにした癖毛くるくる柄のモノクロ色。
黒江のマグカップは、よだかをモチーフにした極彩緑柄の黒泥色。
フゥ太のマグカップは、星をモチーフにした銀河柄の黒橙色。
イーピンのマグカップは、餃子や肉まんをモチーフにした中華風の黄色。
ジュリー凪のマグカップは、髑髏をモチーフにしたパイナップル柄のカーキ色。
よくみかづき荘に訪れる鹿目まどかも買うといいということで、それは目玉焼きをモチーフにした揺籃のピンク色。
深月フェリシアのマグカップは、ウシをモチーフにしたデフォルメの牛柄。
二葉さなのマグカップは、猫をモチーフにしたきらきら星のエメラルド色。
アイのマグカップは、ハートをモチーフにしたきらきら星のエメラルド色。
千歳ゆまのマグカップは、
佐倉杏子のマグカップも欲しいと千歳ゆまがダダを捏ねるため、それは鍵のような形をモチーフにしたナイフ柄の赤色。
タルトのマグカップは、パリのエッフェル塔をモチーフにした光柄の白色。
リズのマグカップは、パリの凱旋門をモチーフにした影差し込む黒色。
フランのマグカップは、カエルをモチーフにしたヘンテコ柄の黒色。
ついでに、よくみかづき荘に訪れるランボのためにも、それは電撃をモチーフにした牛柄のモノクロ色。
最後に、悪魔はどんなマグカップが欲しい? そう問われた悪魔は────
「オレのマグカップは不要だ。用が済めば別の街に流れる」
「それでも水はよく飲むでしょう? もう家族みたいなものなんだから、遠慮しないで選びなさい。別の街に行っても、困ったことがあったら帰ってくる。そんな場所にしてくれてもいいのよ?」
七海やちよが諭す。
悪魔は、ここで頑なに断っても信頼関係に変化はないだろうと直感。
「…………」
悪魔は席を立つ。瞬間、環いろは達は暗い顔をした。しかし予想に反して悪魔は立ち去らず、棚のマグカップを見て回る。そして一個のマグカップを見つけると、それを全員のマグカップが勢ぞろいするテーブルに置いた。
「これにしろ」
そのマグカップは、炎のように燃える数字の“27”がデカデカと記された鈴柄のオレンジ色だった。
「……! 悪魔さん!」
「ポップなデザインね。27ってどういう意味かしら? なんにせよ、ありがとう」
「置き物になるだけだぞ」
「それでも……これは家族の証拠です。思い出の品物……悪魔さんも、みかづき荘の一員という証明です」
悪魔は嘆息。みかづき荘の面々はマグカップを購入し、みかづき荘に配送するよう手続きを踏む。そして彼らは店を後にした。
†
みかづき荘は買い物を続ける。なにせ豪華客船のショッピングモールだ。普通の街にはない物が多すぎる。どれも高いため買うことは難しいが、見て回るだけでも楽しい。
そうして彼らはファッションコーナーに訪れた。高級安物を問わず、様々な衣類やアクセサリーが並ぶ。魔法少女たちは試着室を使って着せ替えを楽しむ。
「あ、見つけた! 悪魔様、こんなところに!」
そこへ時女静香が現れる。どうやらほかの魔法少女たちは、このファッションコーナーを中心に集まっているようだ。都ひなのや木崎衣美里、粟根こころや加賀見まさら、綾野梨花や五十鈴れん、千秋理子やアシュリー・テイラーなど、多くの魔法少女で賑わっている。
「ここは呉服屋……とはまた違う雰囲気ですね。悪魔様も、衣装替えにご興味がおありで?」
「…………いや、特に」
それは半ば嘘である。たしかにファッションにそこまでこだわりはないが、ファッションといえば家族のことを思い出す。特に妹のこと。青音すずのことを────
27のマグカップ。それもかつて妹が買ってくれたものだ。ふと昔のことを色々と思い出した悪魔は、口が滑る。
「……妹が、よくオレを買い物に連れ出すんだ。荷物持ちとしてな。それで妹が“お兄ちゃんもファッション頑張らないと
「────……でも、私は見てみたいです。悪魔様は、どのようにご自身を着飾るのでしょうか?」
「缶バッジだ。昔からそれを集めるのが好きでな。妹から“集めるだけなんて勿体無い。実際に使わないと損”って言われて、仕方なくファッションに取り入れたんだ。──似たような缶バッジを二つ。ただし大きさは違う。大きめのと小さめのを用意する。五百円玉と百円玉くらいのサイズ差だ。それを服の胸元とか、靴、手袋、帽子、ネクタイとかに付けるんだ。オレのファッションなんてその程度だよ」
「……いえ、きっとそれは素敵だわ! でも私、かんばっじ……? なるものが、よく分かりません。どうか見せてくれますか?」
既に悪魔は直感している。時女静香は仲良くなろうとしている。許嫁だかは絶対に死んでも受け入れないが、単純に仲良くなろうとするその心を裏切ることは心苦しい。そのため、あえて口車に乗って付き合うことにした。
「お前の魂胆は見え見えだ。しかし友人になりたいなら会話くらいはしてやる。──ついてこい」
「! ……はい!」
悪魔は慣れたように服屋を一周する。そして二週目から実際に衣服を手に取り始めた。
白いTシャツ。胸からへそまで“27”という黄緑色の数字がペイントされている。緑色の水彩絵の具をまばらにこぼしたような着色もなされている。
白いワイシャツ。青いギンガムチェックが入るシンプルなデザイン。左腰に当たるワイシャツの部分に、大小異なる緑色の缶バッジを身に付けている。その柄は黒い星だった。
黒いネクタイ。きちんと結ばず、胸元まで隙間を開けている。それはわざとだろうか? 否、実のところ悪魔は、
黒いズボン。ベルトはTシャツに隠れて見えない。だがズボンの右ポケットには、それを囲うような三本の白い布製ベルトが巻かれている。どれも大きさや柄がバラバラ。左ポケットには一本の黒い布製ベルトが巻かれており、白い水玉模様が浮かぶ。
白いシューズ。黒い紐。余計なデザインがないシンプルな靴。
その全てを装った悪魔は、年相応のファッションセンスを以て試着室から出てきた。
ラフな恰好だが、缶バッジが遊び心を出しており、いかにも中学生といった装いである。
「おぉ……! これが都会スタイルなのですね! とてもかっこいいです!」
「いや……オレのは、かなりダサいと思うんだけど……。ベルトだって、本当はチェーンを巻くんだけど……隼人みたいにすると、思いっきり不良になるから……布製のベルトにしてるだけだし……。ネクタイも結べてないし……」
当時は、青音すずがネクタイを結んでくれた。そのことを思い出した悪魔は、どうして過去に着たファッションと同じ服装を選んでしまったのかと、少し後悔する。昔を思い出しても、寂しい思いをするだけなのに。
その時、服を見て回る環いろはと七海やちよ、暁美ほむらと鹿目まどかが通りかかる。一瞬、悪魔をちらりと視界に収めるが────すぐにそのまま通り過ぎる。数瞬後、四人はえも言えぬ感情で振り返った。
『──……!?!?』
「……なんだ。そんなに変か?」
いつもは簡易なパーカー姿だった悪魔が、いつの間にかオシャレしている。なぜかオシャレしている。
「い、いえ……似合ってます!」
「なるほど。クソダサコーデのワンポイントに
「あの……ネクタイ、結べてないですけど……?」
「えっと、その缶バッジ、かっこいいですね! どこにあったんですか?」
似合ってるという奴もいれば、モデルから見ればクソダサだが中学生が着る分には
「やはりファッションはわからん……」
悪魔は半ば心が折れかけており、その場で脱ぎ始めた。ネクタイを外してトップス二枚を脱ぐ。すると上半身裸の悪魔の首から胸筋に、ランチアの空系リングが揺れた。
『……っ!!』
目を背ける環いろはと暁美ほむら。鹿目まどかは両目を手で覆うが、指の隙間から見つめてしまう。時女静香は何も考えてないような顔で呆と佇立しており、泰然と七海やちよが注意する。
「こら、ちゃんと試着室で着替えなさい」
「ズボンは自前のだからいいだろ。海でも短パン一枚で半裸だったのに、いまさら何を恥ずかしがる?」
悪魔は開匣。スーツを着込むと、ズボンからオシャレの布製ベルトや缶バッジを取り外し、靴も脱いで元の場所に戻しに行った。
†
夜の海辺。立ち並ぶ屋台の看板は、これぞ祭りと呼べるもの。
たこ焼き、焼きそば、焼きもろこし。わた菓子、りんご飴、かき氷。お面、射的、ヨーヨー釣り。
年少組は全ての屋台を網羅するつもりか、あっちこっちと大急ぎで大騒ぎ。
一方、着物姿の魔法少女たちも、咲き誇る笑顔で通りを行き交う。
(…………)
宵闇の歩行者天国を見下ろせるビルの屋上。夜の寒風が吹きすさぶ場所には、月光を浴びる悪魔の姿。目に映る魔法少女の心情を次々と直感して世を儚む。
(……────戦争が日常化している。どいつもこいつもマギウスの奇襲に備えて警戒しつつ、それはそれ、これはこれの精神でお祭りを楽しんでいる。日常会話でさえ、どの食べ物が美味いと話しつつ、その傍らで戦闘についての考察を始める。例えば、射的ゲームを終えた魔法少女が「そういえば敵にスナイパーとかいたら厄介だよね」と言い、それについて少し話し合ったあと、「あ! あそこのたこ焼き屋に行ってみよう!」と祭りを楽しむ)
戦いが日常化する。それは魔法少女になった時点で定められた宿命。
しかし悪魔は、そんな物騒な会話を日常にはしたくない。
(色々と考えたいことはある。魔女のこと、魔法少女のこと、人類のこと、地球のこと、宇宙のこと、インキュベーターのこと……だが今は、この戦いを終わらせる。神浜市に平和な日常を取り戻す。オレは死ぬ気でそれを成す。だから────)
ふいに町内アナウンスが入る。拡声器から花火大会の時刻が告げられる。すると大通りを行き交う人々が、一斉に海岸へ流れていく。海の上に上がる花火は、さぞや綺麗で風流だろう。ならばその一瞬だけは、みんなと楽しもう。
悪魔は死炎噴射で飛び立つ。全員に念話で、ひとところに集まれと通達しようと思ったが、神の羽の名のもとに集った魔法少女たちは、自然と同じ場所に集合していた。
レンガのタイルが敷かれた広場。柵の真下に白く淡ぶく波が当たって翻る。そこへ数列なして集まる魔法少女たちは、夜の星空を見つめる。次の瞬間、轟音とともに炎の花が咲いた。感嘆の声が続々と洩れる。
悪魔は、全ての魔法少女の後ろ姿が視界に入る場所で着地。特に深月フェリシアの後方に立つよう意識。そして全員の心情を自動直感。花火に対する感動の一致が巻き起こる。
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約三十分の打ち上げ花火が終了する。ぞろぞろと解散する人々。魔法少女たちは「きれいだったね」と感動を共有する。その時だけは、年相応の心の声が聴こえた。誰も戦いのことなんて忘れていた。
「よっし! 花火も終わったことだしよ! また大通りの露店に戻って、なんか食べようぜ!」
花火より団子。深月フェリシアが駆け出す。風情がないと呆れる七海やちよ。フェリシアちゃんらしいと苦笑する環いろは。微笑む魔法少女たち。
「いてっ!」
前を見ていなかった深月フェリシアは、悪魔の体とぶつかる。転倒して尻餅。ふと悪魔が手を差し出してきたので、深月フェリシアは手を伸ばして持ち上げてもらう。その時、悪魔のハーフソウルリングから、藍色の霧に紛れて緑色の電光が迸る。そのことに気付く者は、死ぬ気の炎に慣れ親しんだ黒江と、悪魔の計画を知るエッダのみ。霧と雷の波動を感じた黒江は、悪魔が霧の炎と雷の炎を使用したことに気付く。エッダは波動こそ感知できないが、少量の霧が深月フェリシアの手を覆っていたことを目撃する。だがそれは吸血鬼としての人間離れした視覚があるから見て取れたこと。たとえ優秀な魔法少女でも、今の花火大会で気を抜いていれば、まず気付くことはない高等幻術。
「なぁみんな。聞いてくれ」
ふと悪魔が語りかける。全ての魔法少女は耳を貸す。
「この世界から、魔女化という絶望を消すことができて────」
自動浄化システムの拡大。悪魔の一言で、その目的が全体に共有される。
「この
マギウス三巨頭の打倒。悪魔が言わずとも、皆思いはひとつ。
「またみんなで、お祭りに来よう。花火を見よう。海に行って、屋台を楽しんで、楽しい生活を送るんだ」
それは平和を願う言葉。読心術を使うまでもない。まぎれもない本心。
魔法少女たちは、悪魔の想いを汲み取る。
そうだ。そのために自分たちは今、こうして手を取り合って、戦う覚悟を決めたのだ。
「────……はいっ!」
いの一番に環いろはが返事する。
すると、ほかの魔法少女たちも、自分らしい返事を返した。
(────)
ふいに悪魔は、紫色のソウルジェムを掲げる。そして雨のマーレリングと羅宇らんのハーフソウルリングから、青と緑の炎を灯した。
「──……ッ!!?」
刹那、七海やちよは目を疑う。次に彼が何をするか瞬時に理解したが、もう遅い。
「対象
雨の炎の発散効果により、忘却の魔法が半径1kmに掛かる。忘却する内容は、
「あ、ちょっと。君、これを落とさなかった?」
「────……んあ? げっ! それオレのソウルジェムじゃん! あぶねぇ! 拾ってくれたのか? ありがとな、
深月フェリシアは、悪魔の横を通って大通りに駆け出す。
「こら、待ちなさいフェリシア! 走ったちゃダメって言ってるでしょ!
「フェリシアちゃん! 言うことを聞いて~!」
七海やちよと環いろはが、深月フェリシアの暴走を止めるため追いかける。由比鶴乃、二葉さな、環うい、百江なぎさ、フゥ太、千歳ゆま────そのほかにも多くの魔法少女たちが、悪魔のことを
そうして────波打ち際の柵。押し寄せる波の音を背に絶句する黒江が、悪魔を凝視していた。
「────なん……で……」
「黒江。お前はマギウスに入れ。お前の
「……いったい……何を……そうじゃ、なくて……なんで、こんなことを────!」
「ちょっと初心を思い出してくる。記憶ミュージアムってところでな」
悪魔は思う。こんなにも自分の記憶が信用ならないとは思わなかった。無意識に平行世界を渡っていることで、実はシトピ隼人や水野むく、羅宇らんや笹川了子、恭弥アーデルハイトが、元は男性だったかもしれないというのは、さすがに驚く。そして、その話が真実かどうか知りに行くため────アルファ世界線からデルタ世界線までの記憶を取り戻しに……いや、思い出しに行く必要がある。
「今の忘却魔法は、そのための布石みたいなものだ。忘れたのなら、思い出さなきゃいけない。そういう運命の皮肉だよ。この宇宙は皮肉を中心に回っているからな。オレもそれに倣わなきゃ、宇宙の意思とやらに排斥される」
黒江は、わけがわからないと、内心で悲鳴を上げる。
悪魔は、黒江には忘却魔法を掛けなかった。否、その場にはシトピ隼人や水野むく、ランボやリリスも存在する。つまり悪魔は、このメンツには忘却魔法を掛けなかった。が、それはおかしいと黒江は思う。発散魔法により拡大した魔法効果は無差別に被弾する。しかし、もしかしたら叛逆魔法を使ったのかもしれない。それなら本来は無差別なところを、任意の者だけ対象外にすることも可能だろう。
「隼人。むく。あとは計画通りに頼んだ」
「お任せください。十代目悪魔様!」
「よくわかんねぇけど、計画通りにやればいいんだろ? なら任せとけ!」
シトピ隼人と水野むくは、もう夜遅いため寝ぼけ眼のランボを連れて祭りに戻る。
「え……ちょっとまってください……なんで二人とも、そんな気軽に……知ってたんですか?」
戸惑う黒江は問いかける。それに二人が答えた。
「いや、知らなかった。だが十代目には何か大きな考えがあるはずだ!」
「そうそう! なんかドッキリでもするんだろ?」
「ちげーよ野球バカ! とにかくお前は言われた通り仕事すりゃいいんだ! おら並盛に戻るぞ!」
「その前にバッティングセンターに寄っていいか? 一度ほかの街のとこ行ってみたかったんだよなー!」
「知るか! 勝手に行きやがれ! では十代目! これで失礼しますっ!」
お辞儀した隼人はランボを連れて、むくから借りた助太刀魔法で並盛町に戻る。対するむくは、鼻歌を歌いながらバッティングセンターに向かった。
「……モキュ! モキュー?」
「リリス。
「────…………モッキュ!」
リリスは速やかに、悪魔の合理的な思考回路に完璧な理解を示した。
「ま……待ってください! 私は納得してません! 悪魔さん、いったい何をするつもりなんですか!?」
ふいに黒江の脳裏をよぎるもの。それは確殺賭博場ミネルヴァでの、悪魔の独断専行。
「まさか……まさか、また一人で……全部を解決しようとしてるんじゃ……」
「それはない」
「う、うそです! もう騙されません! あれだけ……あれだけ! 環さんや七海さんから、怒られたのに……懲りてないんですか!? 悪魔さんが傷つく事で、一番傷つくのは……私たちなんですよ!?」
「……今すぐ落ち着けとは言わない。だが黒江の記憶を残した意味を考えろ。本当に一人で解決するつもりなら、とっくの昔にやってるさ。それができないから、こうしてる。……理解できなくていい。だが信じてほしい」
ミネルヴァの時は、佐倉杏子が信じてくれた。
しかし黒江は、信じる。信じるが……佐倉杏子と同じく、どうしても悪魔のやり方に納得できない。
「っ……忘却魔法は、いつ切れるんですか……?」
「明日の朝には切れる。それでも少し無茶をした。
「……なら、誰かに魔力を貰えば良かったじゃないですか」
「そんなことしたら全力で止められるだろ」
「当たり前です! だからもう、そんな勝手なこと……しないで……」
黒江の消え入りそうな声。
暗い公園の中、悪魔は目を細める。よくよく凝視すると、黒江の目尻には涙が溜まっていた。
「明日の朝になったら……みんな、怒りますよ……本当の本当に、もう二度と許さないってくらいに……絶対、カンカンに怒ってますよ……」
「……そうだな」
それが狙いでもある。悪魔のことを仲間として大切に感じてくれている。だからこその憤慨・心配・報復の感情を利用する。なぜなら魔法少女は“感情エネルギー”によって戦う戦士だ。神浜市の魔法少女は、人類を救うだとか、世界を救うだとか、悪を倒すだとか。そんな大義名分があったとしても、自ら敵地に攻め入る精神性はしていない。必ずどこかで歯止めがかかり、戦意は徐々に喪失していく。そして後手に回り、仲間が殺られることで、やっと本気を出す。だがその本気の出し方は良くない。暗い感情で戦えば、魔法少女は魔女化する。自動浄化システムがあるため魔女化の心配はないが、自らのドッペルに飲み込まれて暴走状態になる。故に────
「黒江。みんなにはこう伝えろ。《悪魔は単身突撃した。翌朝には勝利を報告すると言われたが、あれから報告がないため、おそらくマギウスに囚われた》と」
「……、────」
「
一人の友達を助ける。そのために本気を出す。その方が正方向の感情エネルギーを出して戦える。ただの殲滅戦にはならない。それは仲間を救うための戦いに置き換わる。傍から見たら、マギウスに対する侵略戦争であることに変わりはない。だが、世界のためとか魔法少女のためとか、あまりピンと来ない大きすぎる目標より────友を助けるという分かりやすい目標の方が、
まるでインキュベーターのような合理の鬼。本当に悪魔みたいなセリフ。
黒江は二度絶句し、悪魔の手法に歯噛みする。
「……でも、なんで、私なんか……」
「お前が適任だからだ。忘却魔法を掛けた理由に、それ以上の意味はない。そして今話した悪魔みたいな合理性のことは、みんなに黙っておいてほしい。いや、言ってもいいが……めちゃくちゃ叱られるだろうから勘弁してほしい」
「────いえ、きちんと伝えます。全てが終わったら……悪魔さんには、きっちりみんなに怒られてもらいます」
「そうか。まぁ、そうだよな。仕方ない。……じゃあな。しっかり生きろよ。イエスマンしか集まらない人生でも、何事もやりようだ」
それは、まるで今生の別れのような言葉。それはきっと気のせいだと、黒江はかぶりを振る。
そして悪魔は飛び立った。霧の構築迷彩を身にまとい、夜の星空の一点となるかのように、闇の彼方へと消えていく。
それを仰いで見届けた黒江は、どこまでも自分勝手なヒーローの明日を願った。
「……どうか、無事でいてください……悪魔さん……」
胸の前で両手を握り合わせる。この世に本当に神がいるかどうかは分からない。でも本当にいるなら、どうか悪魔を助けてほしい。悪魔なんて、神が嫌うような言葉を名乗っているかもしれないけど……それでも彼は、魔法少女の運命を救う、神のような存在になれるかもしれない人なのだ。
黒江は祈るだけではない。両手をほどくと、すぐ仲間のもとに駆けつけた。そして悪魔の名前を出す。当然みんなは困惑する。
────落ち着いて、黒江さん。
────なんの話をしているの? 悪魔ってだれ?
────どうして泣いてるの?
────思い出してって言われても、よくわからないよ。
────ごめんね、あの、今は祭りを楽しまない?
今すぐ思い出して悪魔を追いかけてほしい。だが黒江には、なすすべがない。このまま家に帰り、眠って、朝日を迎えるのか。それしかないのか。無力感の絶望。それでも諦めない。あの身勝手な人のことは、もう一度面と向かって、きっちり絞り、こってり懲らしめないといけないから。
かくして魔法少女たちは解散する。第一次マギウス決戦まで、あと一日────
完