アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
未明。
魔翼移動要塞の中央部に当たる遊園エリア・第7ステージ《縦横廻転する嘶きの轟嵐》のセクター15に、悪魔が着地。
そこは大東区の廃遊園地にあるメリーゴーランドを模したステージ。
地形は広大。全長数メートルから十数メートルの天馬や馬車が悠然と回る空間。大地の上に立つ無数の台座も回転しており、俯瞰すれば無数の歯のない車が噛み合って回っているように見える。セクタートラップは、あらかじめ破壊してあるのか存在しない。
悪魔の眼前に立つ強敵は巴マミ。彼女を操っていた神浜聖女のウワサは疾うに剥がされており、超直感で本心が読める。
対する巴マミは、黄色いリボンを宙に舞わせることはしない。スカートをたくし上げて七丁のマスケット銃を出すこともない。余裕綽々とティーカップを持つこともしない。紅茶を飲む余裕もない。
「マミ。ようやく会えたな────」
だというのに悪魔は冗談を言う。美国織莉子が予知した未来の通りに発言するということは、
「こんな時に冗談はやめて」
悪魔は、巴マミの本心を直感する。
「……すまない。魔法少女の真実を告げなかったこと。キュゥべえと一緒に騙していたこと」
「騙してはいないわ。今なら分かる。あの頃の私はまだまだ未熟だった。残酷な優しさだけど、必要なことだとは理解してる」
悪魔は、自らの腰に下げてある匣から、多少の理不尽さを直感する。
「……ふっ。その発言を聞いたDキュゥべえは、なんだか不服そうだぞ。“どうして僕の時は、みんな口を揃えて騙されたと叫ぶのに、悪魔の時は一定の理解を示すのか”と。────自分で言うのもなんだが、こういうのを“人望”って言うんだ。反省しろ、インキュベーター」
話が逸れた。悪魔は、巴マミの決意について説得を試みる。
「マミ。本気なのか?」
「えぇ。やり遂げるわ」
全ての魔法少女が魔女化する前に殺害する。それは、かつて天乃鈴音が試みた正義。
「自動浄化システムの拡大には時間が掛かる。その間、別口の救済措置を用意するという発想は悪くない。だが……
「必要なことよ。滑稽だろうがなんだろうが、これは誰かがしなくちゃいけないこと。それとも悪魔の主張はこうかしら。今もどこかで起きている
「……全てを救うのは不可能だ」
(それをあなたが言う?)「──だからって何もしない。そんな選択肢、私は持っていないし、持ちたくもない」
説得失敗。決意は固い。覚悟も強い。迷いがない。彼女は孤独の道を歩むつもりだ。孤高の死神として、その悪名を後世に残す気だ。全ての悲劇、絶望、理不尽を一度、
「死ぬ気で止める」
悪魔の構築グローブから死ぬ気の炎が灯る。炎の純度は覚悟の純粋さに比例する。友の正義を止めるという覚悟は、透き通るような橙色の炎となって燃え盛った。剛炎噴射。瞬発的に悪魔の姿が消失。巴マミの
戦闘開始から二秒経過。
硬直を狙った硬化弾は空を切って地面に着弾。爆煙の中から舞って吹き飛ばされていく悪魔を銃口に捉えて追いかける。剛炎瞬発。巴マミは銃身を回して偏差発砲しつつ銃を手放す。弾丸は悪魔の衣服に掠って布切れが舞う。巴マミの周囲には九丁のマスケット銃が地に突き立っていた。踊るように身を回しつつ、右手で銃を取り発砲、左手で銃を取り発砲。踊り手の周辺宙域に八つの残像が浮かぶ。巴マミは最後のマスケット銃を手に取って発砲。九つ目の残像を貫通した弾丸は、悪魔の右脇腹を捉えて骨肉の一片を吹き飛ばした。鮮血が蒸発して赤い霧が生まれる。悪魔は地形を利用し、天馬や馬車の障害物を盾に使い撤退。巴マミはリボンから巨大マスケット銃を生成し「ティロ・フィナーレ!」活性砲撃をぶち込んだ。全ての障害物という障害物を消滅させ、地形を抉り、周囲のメリーゴーランドが倒壊する。
戦闘開始から九秒経過。
悪魔は砂塵の中で佇む。両脇腹からボタボタと血が流れ落ちる。(……)剛炎と柔炎に緩急を付けて攻撃を躱そうとしているが、巴マミは着実に命中精度を上げてきている。(さらにスピードを上げるか?)否、どれだけ上げても関係ない。フェイントを織り交ぜても意味は薄い。巴マミの強みは“先読み”の能力。手札の少ない脆弱な近接戦闘能力を補うべく、常に相手の動きを読むことで先手を取る技術を誇る。相手に先手を取られても、戦いの中で先手を取り返す技術にも長けている。敢えて先手を譲ることで相手の行動パターンを絞り、次の一手で先手を取り返す技巧もある。
しかし悪魔も負けていない。むしろ先読みに勝る超直感がある。逆転勝利の呪護によって読心能力すら発揮している“見透かす力”は、常に相手の心を読んでおり、何を仕掛けてくるか完璧に把握できる。
(だが現状はどうだ。両脇腹は抉れていて、衣服の穴は四つ、掠り傷も四つ。どう見てもオレが押されている)
相手の心が読めても、相手の攻撃を完璧に回避できるわけではない。というのも巴マミは、恐ろしいほど判断が早い。相手の行動の予測演算から攻撃を完了するまでの間隔が極めて短いのだ。三年の経験値に裏打ちされた自信があるのだろうか。精神的に絶好調ならば、まず自らの判断を疑うことはない。たとえ当たると思って撃って、仮に外れても、落ち込んで自信喪失に繋がることはない。そのため悪魔に勝算があるとするなら、それは“精神的に不調の巴マミ”だけなのだが……あいにくと現在は自らの正義に酔っており、悲劇を繰り返させないという使命感を帯びて、自らを追い詰めているため、迷う暇すらないようだ。迷う暇がないということは、もはや
(人間ってのは面白い生き物だ。追い詰められているからこそ迷うのに、極限まで追い詰められると悩む暇がないから即断即決で動くしかなくなる。そう考えると、ある種“悩む”ってのは、まだ心に余裕があるからこそできる行動なのかもな……)
そんなことを考えているうちに砂塵が晴れる。巴マミは無手。周囲に七丁のマスケット銃が地に突き立つ。その手数で悪魔を相手取れるということか。ウワサを着ていた時は、魔女化しないことをいいことに無限の魔力に物を言わせて無数のマスケット銃を生成し、瀑布のような弾丸の雨を浴びせてきたというのに……今の巴マミには、一切の無駄がない。
「急所は狙わない。貴方は殺しても死なない。そもそも死ねない呪いが掛かっている。だから死なない程度に両目と手足を潰して縛り上げる。貴方を思う二人の女の子が怒らない程度にね」
「軍神様にでもするつもりか」
「そうでもしないと、貴方のほうこそ止まらないでしょう? もう笹川京子を解放してあげて。貴方は充分……頑張った」
互いに佇立して睨み合う。
悪魔は今の言葉に殺意を抱きつつ押し黙る。
対する巴マミは目付きの鋭さを解き、相手の殺気を受け止めた上で、慈悲と憐憫の視線を足元に向けた。
「……私のところから、佐倉さんと貴方が去ってから……ずっと、ずっと考えていたわ。どうすればよかったのか。どうすればいいのか。私では二人を救えない。故郷の見滝原市を見捨てて、貴方たちを追いかける選択は、私には無理だった」
魔法少女になりたての頃、魔女に殺されかかり、自分の命を優先したことで、見殺しにしてしまった男の子。その罪を償うため必死に努力して、誰にも負けない強さを手に入れた。今度こそ、誰ひとり取りこぼすことなく、助けてあげられるように。
「でも今は状況が違う。見滝原市には鹿目さんや美樹さん達がいる。頼もしい後輩のおかげで、安心して故郷を任せられる。ようやく、魔女から人々を助けること以外に……やりたかったことができる。無念と後悔、その雪辱を晴らすことができる」
それは言わずもがな、同胞を救うこと。悪魔と佐倉杏子を支えてあげることができなかった不甲斐なさ。その罪から脱却し、今度こそ同胞を取り戻すために────
「────全ての魔法少女が魔女化する前に殺害する。これはその第一歩よ。まずは貴方を倒し、笹川さんのソウルジェムを砕いて、水泳の魔女を殺す」
「…………」
悪魔は思案する。そして一つの疑問に思い至った。
「残念だ。同胞を救うとのたまっておきながら、オレは生かしたままか。笹川京子とすずを殺されて絶望するオレのことは考えてくれないのか?」
「……揚げ足を取らないで。笹川さんを殺しても、貴方の呪いは消えない。貴方は永遠に死なない。だからせめて意識を封印する。そうでもしないと、あんまりだから」
「佐倉はどうする。あいつも殺して解決か? せめて心を救ってから殺してやれ。魔女化する前に殺すだけでは、真の救済とは言えない。オレの真似事としては落第点だ」
「……真似事?」
悪魔は指摘する。
「オレは魔女を殺す時──余裕があるならの話だが──必ずその無念を晴らしてから殺している。超直感があるおかげで出来ることだな。魔女化する前に魔法少女を殺すことはないが……仮にそれをするなら、きちんとその魔法少女の心を救ってから殺す」
「……」
「なぁマミ。これからお前がやろうとしていることは、ただの魔女退治と変わらない。魔女が生まれることで周囲に被害が及ぶことまでは考えているが、殺される魔法少女、つまり当人のことは何も考えていない。それで救済なんてお笑い種だ。お前はただの殺戮マシーンだよ」
「それを承知の上で殺ると……読めなかったのかしら?」
巴マミはマスケット銃を取って向ける。発砲に次ぐ発砲。右手、左肩、そして悪魔の両眼が刳り貫かれて、小結界に覆われた藍色のソウルジェムとグリーフシードが後頭部を貫通して宙を舞う。続いて右膝、左足。両眼と四肢を失った悪魔の胴体は自然落下。地面に倒れて、両眼から血の川が流れ、四肢の切断面から血の滝が落ちる。みるみると血だまりの池が広がる。
「…………っ!?」
その様子を、巴マミは驚愕の瞳で見つめていた。
「……どうして……何もしなかったの……?」
悪魔は一切の抵抗をしなかった。諦めていたわけではない、と思いたい。巴マミは不意打ちをしたつもりだった。しかしどう見ても────悪魔は、いきなり撃たれることを直感した上で、敢えて撃たれたようにしか見えなかった。
困惑する巴マミは、悪魔の反撃を想定して用意した
ふと悪魔は、か細い声を発する。激痛をこらえながら口を開く。
「降参、だ……煮るなり焼くなり、好きに、しろ……」
「…………────!!」
それは、美国織莉子の未来予知の内容で見た光景と同じ台詞。
「悪魔……まさか、あなたは……わざと負けたの……?」
「……笹川京子を、殺すのは……最後に、してくれる、そうだな……? すずも、強すぎて、マミじゃ、殺せない……」
「何が狙いなの。自ら囚われて、いったい何を……!」
「それは、マギウスが、考える、ことだろう……マミは、マミの正義を、やればいい……オレは、おすすめ、しない、けどな……」
不意に悪魔の頭が力を失って落下する。大量出血による酸素不足の目眩と、激痛による失神。ただし逆転勝利の力によって死亡することはない。水泳の魔女による瘴気で傷口を焼いて止血、鎮静魔力による鎮痛が施される。
「……っ」
巴マミは銃口を下げる。状況を静観していた柊ねむがウワサさんを使役して、悪魔の体を運ぶ。装備品は全て預かり、笹川京子のソウルジェムと水泳の魔女のグリーフシードは、アリナ・グレイの結界の中で厳重に保管。里見灯花は、巴マミの野望に対して色々と言うが、その話は巴マミの耳に入らない。
悪魔は自らマギウスに捕まった。彼は一体何をやろうとしているのか。
(……そう。そういうこと。
……笹川京子を殺すのは最後? いいわ。昔のよしみだもの。彼女のソウルジェムを砕いたところで、貴方の不死身が終わるわけじゃない。仮にマギウスが笹川さんの肉体を蘇生させても、絶望したところでここなら魔女化はしない。心配は無用ね)
巴マミは覚悟する。
(えぇ、悪魔。貴方の言う通り。私は誰の心も救わない。……いいえ、佐倉さんや貴方を救えなかったように……私には誰の心も救えないのかもね。でも私には誰かを助ける力がある。貴方のように真の救済は成し遂げられないかもしれないけど、せめてその半分は私が果たす。そして自動浄化システムが地球を覆った暁には……こんな殺人鬼、殺されて当然よ)
巴マミには、ほかの道があった。
一つ目は、マギウスの理念には反対だが、自動浄化システムを拡大すべく、ある程度の犠牲を容認する道。つまりマギウスの翼の最高幹部として身を粉にする毎日。
二つ目は、マギウスの理念に反抗し、こうしてウワサの洗脳から逃れて、環いろはや七海やちよと結託する道。つまり神の羽の一員、または、みかづき荘と協力する日々。
普通なら迷うことなく後者の道を選んでいた。どんな理由があろうと人々を犠牲にしていいわけがない。その上で、なぜ、この道を選んだのか。天乃鈴音に特別な思いは存在しない。ただ、そのやり方を実現できる強者が、
人は自らの役割を求める。社会の輪に入るべく、特別な存在になろうとする。
かくして誰の特別にもなれなかった少女は、前者の道を選びつつ、第三の道を模倣した。それは自らの本心から出た誠ではないと知りつつ。それは偽物の善行であると知りつつ。彼女は、可愛い後輩が言うところの正義の味方になるべく、助ける方と助けない方を選んだ。何を切り捨て何をすくい取るか。一般社会を助けるために、魔法少女殺しの罪を背負う。
(私は天乃鈴音の贋作。彼女にとっては不名誉な事この上ない、天乃鈴音の後継者)
その道こそ、自分しか歩めない役割。
(世界に死は必要。なのに死神はどの物語でも読者から嫌われている)
誰もやりたがらない汚れ役。ならば自分が果たして見せよう。
(まずは宝崎市から始める。魔法少女の真実を伝えてマギウスの翼に勧誘。拒否したらターゲットとしてロックオン。その地のインキュベーターと魔女を一つ残らず殺し尽くす。そうすれば神浜市に行かざるを得ない。それでもその地に留まるようなら殺すと脅して戦う。驚いて神浜市に逃げてくれればいいけど、何か別の要因があってどうしても無理なら容赦なく殺す。すると、その子に仲間がいた場合、復讐のため私を殺しに来るかもしれない。殺し合いになる以上、ソウルジェムに溜まる瘴気なんてお構いなしになる。もうグリーフシードを手に入れる方法もないから、手持ちの中でやりくりすることになる。つまり戦闘中に魔女化する可能性が高い。だからそうなる前に、殺し合いになった時点で、申し訳ないけど皆殺しにさせてもらう。そもそも戦闘に発展した時点で二次被害を想定するべきだから、武器を取った時点で殺す。このやり方で一つずつ地道に潰していく。……理想は一日一市。インキュベーターと魔女を効率的に探す方法も確立してある。なんて特別なことでもない。通常魔力による分析と発散を繰り返すだけ。これで日本全域を制覇するのはいつになるのかしら。百年かかろうと私はやるわ)
マギウスの三巨頭によれば、自動浄化システムの世界的拡大は夢のまた夢。魔法少女に寿命はないため、のんびりとやるつもりのようだが、それまでに世界各地で起き続ける不幸は見過ごせない。そもそもマギウスは関東一帯から魔女を集めている。グリーフシードが不足して魔法少女同士の殺し合いが加速する。そうなる前に全て殺す。殺し合いに絶望した魔法少女が魔女となる可能性が高い。そうなれば殺し合いをしていた連中も連鎖的に魔女化していく。悲劇の連鎖は必ず止める。そして全ての悲劇はインキュベーターと、“死神”たる巴マミから生じているのだと、全ての魔法少女に知らしめる。そもそもマギウスだって、いつ崩壊するかわからない組織だ。自動浄化システムは、まず実現しないものとして行動する。となれば神浜市に集めた数千数万の魔法少女は一斉に魔女化し、おそらく地獄が顕現する。それでも構わない。一般人も魔法少女も、どちらも自業自得だ。この展開は必要経費として考える。速やかに神浜市に向かい、大量の魔女を殺し尽くせば問題ない。
やがて、自殺もできず自らを救えない弱者が待ち望むであろう、救済の晩鐘が世の中に鳴り響く。その時こそ、巴マミの正義が報われる刻限だろう。
(…………)
巴マミのソウルジェムから、不透明の橙炎と、輝きの褪せた黄色い炎が灯る。
全ての絶望を包み込み、理不尽を打ち砕く、大空の日輪。
此処に目指すべき境地は定まった。
少女は歩き出す。
心は泣き叫んでいた。
第五章 完