※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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第5.1章 悪魔青鈴回想 トゥルスメモリア・トラジェディア ‐幼少編・日常編‐



【ローディングを早めるのも訳ないさ】悪魔

 

(────)

 

 悪魔は目を覚ます。両方のまぶたが開かれた感触が、いつもより鮮明に肌に伝わる。違和感を覚えて何度もまばたきをする。ま(・)ぶ(・)た(・)が(・)軽(・)い(・)。どうして軽いのかは分からない。とりあえず辺りが暗い。真っ暗すぎて物体の輪郭すら掴めない。

 

(────…………あぁ、そうか)

 

 現状を確認するため記憶を掘り起こした瞬間、悪魔は納得する。

 

 ────両眼がない。

 ただそれだけの話だった。ならば暗いのは当然だ。おそるおそる目元を手で覆う。目元に意識を集中している所為か、いつもより肌触りが過敏になっている。ふにゃふにゃとしたまぶた。まぶたの中が空洞であることがこれで分かる。本当に空洞なのか確かめるため指を入れることを想像したが、想像した段階で背筋に悪寒が走り、両肩がびくついた。

 

(やめておこう。というか、義眼とか入れておかないと破傷風? だったか……とにかく、バイキンが入ってひどいことになる。とりあえず霧の炎で……)

 

 悪魔は気付く。指元にリングの感覚がない。目元を覆った時も何もなかった。改めて自分の右手に左手を這わせる。何もない。自分の手はこんなに大きかったか、いや小さかったか、などと、不明瞭な肉体について考察する。どうでもいいことに時間を費やす。

 

 そして肌の感覚に集中していると気付いた。今の自分は布一枚の姿だ。ワンピースのようなものと言おうか。ローブ一枚と言おうか。病院で入院する時、黄緑色の滑らかな布を巻かれる。後ろで紐をひと結びするだけの簡単なものだ。あれはなんと言ったか。それに近いものを着せられている。

 

(……そういえば、手足がある)

 

 巴マミに撃ち抜かれたはずの四肢が生えている。超直感で分かる。これは本物だ。誰かが魔力を流して生やしてくれたのだろうか。しかし人体に魔力は毒。逆転勝利の呪護があるため死ぬことはないが、おそらく激痛で苦しんでいないとおかしい状態。誰かが吸い取ってくれたのか? だとしたら、いったい誰が────

 

 人の気配。数メートル先から鉄のドアが開かれるような音。足音からして二人ほど入ってきた。悪魔は直感する。

 

 ────その二人は発情していた。

 

(……なるほど。そういうことか。長いこと寝ている間に、随分と人間としての尊厳を踏みにじられたようだ)

 

 悪魔は達観する。自らの行いを思えば、このような目に遭っても仕方がない。むしろ、そのようなことをさせてしまって申し訳ないとすら思っていた。

 

「……えっ!? きゃあ!」

「っ!? な、なに? どうしたの……? ……って、わっ……お、起きてる……」

 

 入室した時点で気付かなかったのか。どうやら悪魔が居る部屋は相当暗いらしい。灯りが付いていないのだろうか。思えば悪魔が座っているものは非常に硬い。石か何かかと思うほど冷たい。そこで想像を膨らませる。

 

(灯りのない石造りの独房。ベッドに毛布のたぐいはなく、極薄のシートが一枚敷いてあるだけ。トイレのようなものは一応あるが、ボットン式。そんなところか? 中世の牢屋じゃあるまいし……どこのシャトー・ディフだ。まぁ脱獄なんてことは考えてないが……それにしても、臭いなここ……)

 

 目がないため触覚に意識を割きすぎた。嗅覚と聴覚がみるみると鋭敏になっていく。荒い息遣い。何かに興奮している。直感するまでもない。どうやら彼女たちは、自らの優位性を主張したいようだ。

 

「う、動かないでくださ……(じゃない!)動かないで! わ、私たちは、魔法少女ですから……(じゃない!)ま、魔法少女だから! 人間じゃ、勝てないから……! ……えっと……あの……き、聞いてくれてます……?」

「…………」

 

 悪魔は直感する。それも多くのことを直感して知る。五感のうち八割の情報を取得する視覚が使えないためか、そのぶんの不足分を見透かす力が代用しようと働いているようだ。

 

「安積はぐむ、宮尾時雨……どちらも黒羽根か」

『……っっ!?』

「魔法少女至上主義者として、人間を家畜扱いし、劣等種として蔑むよう努めている。真面目だな。しかし臆病でもある。それは自分に自信がないことに起因している。だが根っからの善性が、簡単に悪に転がることを許さない。調子に乗ると後が怖いことは身にしみて知っている陰気者なため、まず増長することがないのか。なるほどな」

『!?!?』

「そしてお前らは、いわゆるオレの“世話係”ときた。確かに増長はしないし、分は弁えているが、明らかに自分が優位の立場になったことに興奮もしている。その割には怯えているようだが……そんなにも“悪魔”の名前が怖いか? それとも、今(・)ま(・)で(・)人(・)の(・)体(・)で(・)好(・)き(・)放(・)題(・)し(・)て(・)い(・)た(・)罪(・)悪(・)感(・)が、いきなり降って湧いてきたか?」 

『っ……ッッ!!?』

 

 悪魔は思い出す。とある名も無き魔法少女を救うため虐待について調べていた折、“汚い子犬を虐待してみた”という記事を読んだことがある。それはタイトルに反して、実に健全なもので……“汚い体を拭いてあげる”という表現を、わざと“汚い体に濡れた熱いタオルを押し付ける”という表現に変えて、実際は優しい手つきでキレイにしてあげるだけというものだ。佐倉杏子の家庭が一家心中を起こしたあと、巴マミと袂を分かった佐倉杏子が一時期よく見ていた動画でもある。

 要するに安積はぐむと宮尾時雨は、それと同じことを悪魔にしてあげていたのだ。

 

「最初は血まみれのオレを風呂に入れて汚れを洗い流した。数日経って“手足がないのは可哀想では?”“見るに堪えない”とのことから、構築魔力で再生してくれた。しかし両眼を治すと、起きたあと脱走するかもしれないので、目は治さなかった。それは別にかまわない。問題は、人体に魔力が毒と知らなかったため、急にオレが発熱し、熱を出して死にかけたことだ。お前らは大混乱に陥り、なんとか熱を冷ますため色々やったが、どれもうまくいかない。このままでは高熱を出して死ぬ。そんな時、オレの逆転勝利が発動したんだろう。手足が滑ってオレの体に直接触れた瞬間……まぁ、あれだ……色(・)を(・)知(・)っ(・)た(・)ってわけだな」

 

 安積はぐむ、ダウン。真っ赤な顔を両手で覆って、その場にしゃがみこむ。

 

「それからク(・)セ(・)になってしまった。毎日ヒマがあればオレのところに来て……」

「もういいです。誠に申し訳ございませんでした」

 

 宮尾時雨、ダウン。土下座はしない。魔法少女の方が偉いのだ。でも頭は下げる。

 

「……まぁ、魔力発作によるソレは事故のようなものだ。慣れてる。そんな気にしなくていい。──それより連れてってほしいところがある。どうせマギウスも目的は同じだ。仕事しろ」

『……!?』

 

 安積はぐむと宮尾時雨は、確かにマギウスから命令が下っていた。

 悪魔が覚醒した場合、速やかに記憶エリアへ連れてくるようにと。

 

「……えっと、それじゃあ……」

「首に鎖を、手足に枷を付ける。もし逃げたら僕の電撃が走るから気をつけて」

「分かった」

 

 悪魔の両手両足が重いもので施錠される。完全に囚人の気分だ。安積はぐむは、悪魔の首に巻きついた鎖を手に持って移動開始。悪魔は引っ張られるままに足を運ぶ。壁に顔面がぶつかる。

 

「あ、ごめ……(じゃない!) えっと……時雨ちゃん!」

「うん。狭いところとか、段差とかあったら……注意する」

 

 牢屋を出る。一変して爽やかな空気。風通しが良い。靴音の反響から、大きな回廊を延々と歩いている気がする。

 

「記憶エリアと言ったな。遊園エリアから見てどっちの方角にある?」

「……え?」

 

 北東部。ちなみにドッペル症を起こした魔法少女は、北西部の病棟エリアに隔離。遊園エリアの北部にはホテルエリアが存在し、そこには大勢の羽根たちが暮らしている。上階に行くほど白羽根や幹部の個室があるため、基本的に階数は強い順・偉い順となっている。そして最上階はマギウスの三巨頭のVIPルームがあるとのこと。

 そして、さらに北部には、植物園エリアがある。

 

「植物園……以前ういを救出したところか。幸福の魔女が眠っていた場所だな。情報提供感謝する」

「なっ……も、もしかして、いま私、心を読まれて……!?」

 

 次の瞬間、悪魔の全身に電撃が迸った。宮尾時雨の緑魔力に呼応して、手枷足枷から電気が流れた。

 

「ぐぁっ……!?」

「反抗的な態度と見做して罰を与えた。……もう二度と、そういうことはしない方がいい……」

「っ……あいにく、勝手に読んでしまうタイプの能力なんだ。そっちがベラベラと勝手に喋ってる。聴こえないようにするのは難しい。それにこっちは両手が縛られているんだ。それなのに耳を塞げと? 面白い事を言う」

「皮肉も罰の対象だ。それに今のは明らかに心を読もうとした発言だろう。以後、気をつけるように」

 

 全身の麻痺が落ち着いた悪魔は、なんとか立ち上がって先を進む。そして何かの乗り物に乗せられた。魔翼移動要塞は広大なウワサ空間だ。隣のエリアに行くだけでも、徒歩では数時間かかる。十分ほど乗り物に揺られていると、どこかに到着。ふとウワサさんの声が聞こえる。

 

「記憶ミュージアムのウワサにヨウコソー!」

「……記憶ミュージアム?」

 

 安積はぐむと宮尾時雨は、今の質問が自分に向けられたものではない、と思い込むようにする。そのためあまり読めなかったが、ぶっちゃけ二人もよく知らない施設らしい。たまに映画館としての機能を果たすため、単なる娯楽施設として見る羽根が多いとか。しかし二人は、明らかに何かの実験場だと疑っているらしい。

 

「……まぁ、記憶ミュージアムって言うくらいだから……対象の記憶を覗くタイプのウワサなんじゃないか? オレは自分の記憶が確かなものか知りたい。マギウスも、逆転勝利や叛逆というチート魔法を我が物にするべく研究するため、オレの過去を知りたいはず。一応、互いに利害は一致している。だからオレは自分から捕まりに来たんだ。ここまでの未来を見てくれた織莉子には感謝だな。かなり確率は低かったが……」

 

 空気が変わる。なにやら大きな施設の中に入った模様。記憶ミュージアムとやらだろう。回廊を歩いているときからそうだったが、多くの羽根が行き交っており、一人残らず悪魔のことを一瞥していた。そして、その全てが“悪魔のうわさ”について知っていた。

 

 ────魔法少女を辞めたい。悪魔と契約すれば魔法少女を辞められる。だけど魔法少女を辞めてしまうと、人間に戻ってしまうため、魔法少女至上主義者にいじめられる未来が待っている。どうしよう。そもそも悪魔契約を受けようと思うだけで、マギウスに対する背信行為だ。この考えがバレたら制裁を受ける。

 

 そんな心の声が大量に聴こえてくる。

 

「────変わり果てましたね、悪魔さん」

 

 ふと、聞き覚えのある声が耳に入る。

 

「……みふゆか?」

「はい。お久しぶりです。……黒羽根のお二人、悪魔の世話係、ご苦労様です。彼はこちらで預かりますので、自由時間に戻ってください」

「あ…………はい……」

「了解です……」

 

 そこで悪魔は直感する。なぜか二人は、悪魔の世話係から外されることを残念に思っている。魔力発作の餌食となったので、恋愛性質が機能しているのかもしれない。いずれにせよ情を抱いていくれているなら、どこかで利用できるかもしれない。

 

「……なぁみふゆ。こいつらの世話係は続行か?」

「……いいえ。本来は下っ端の仕事ですが、私が引き継ぎます」

「みふゆが? オレの世話を? ……正直、オレはこいつらを気に入っている。この二人をオレのそばに付けてくれないか」

「決めるのはこちらです。あなたの意見は通りません。少し自分の立場を理解なされた方が良いと思いますが」

 

 悪魔は直感する。水泳の魔女の恋愛性質については、既に巴マミや美国織莉子から聞き及んでいるようだ。つまり安積はぐむと宮尾時雨が、悪魔に魅了されて操られる危険性を考慮している。しばらく離れていれば恋愛性質は薄まるため、長く共にしてはならない。そのため二人はここで退場願う。

 しかしその理屈で行くと、マギウスの翼の幹部が悪魔と長時間、共に暮らして良いものか? 悪魔は思い出す。そういえば梓みふゆは、佐倉杏子とは似て非なる幻惑魔法の使い手だ。幻惑と魅了は概念的に近い。つまり魅了系の魔法には耐性があるはず。加えて悪魔の実力を考えると、悪魔が反抗した際にそれを実力行使で止められる者は、幹部クラスをおいてほかにない。そういったことを考えた結果、梓みふゆが悪魔の世話係に決まったようだ。

 

「道理だ」

「ご理解なされたようでなによりです。では行きましょうか」

 

 悪魔の鎖が、安積はぐむから梓みふゆに渡される。黒羽根の二人はお辞儀して、ホテルエリアへ帰路に就く。

 長い道中。回廊のような場所を渡る。もう誰ともすれ違わなくなった。幹部クラス以外は立ち入り禁止の区域にでも入ったのだろう。ゴウンゴウンと謎の稼動音も響く。

 

「……ちなみに、美国織莉子と暁美ほむらがマギウスに寝返ったのはご存知ですか」

「あぁ。まどかとやちよも囚われたんだろ?」

「────っッ!?」

 

 梓みふゆは思う。なぜそこで七海やちよの名前が出てくるのか。悪魔は美国織莉子の未来予知で対策を立てていた。つまりその未来の中に、七海やちよが囚われる未来が見えていたというのか。

 

「……やっちゃん、も……囚われる可能性が、あったんですか……?」

「いや、冗談だ。そんな未来はどこにもなかった」

「……っ!? な、なん……!」

 

 なぜ急に、そんな意地悪なことをするのか。梓みふゆは驚愕のあまり呆然と佇む。悪魔が生意気なことをした時に、手枷足枷から電流を流すスイッチの存在もすっかり忘れており、どうしてと言いたげに悪魔を見つめていた。

 

「なぜか……? それはオレにも分からない。ただ今までの経験則から言わせてもらうと……ほら、なんか、そういうのあるじゃないか。な(・)ぜ(・)か(・)誰(・)か(・)ら(・)も(・)舐(・)め(・)ら(・)れ(・)る(・)奴(・)」

「どどど、どういう意味ですかぁ!? ば、バカにしてるのなら、おイタしますよ……!」

「そうなんだよ。お前もう二十歳だろ? オレはまだ十四だ。普通は敬意を払うんだが……自分でも驚いてる。なぁ、割と本気で、なんでだと思う?」

「知りませんよ!! そんな自(・)分(・)の(・)方(・)が(・)不(・)思(・)議(・)な(・)ん(・)だ(・)よ(・)みたいな感じで首をひねられても!!?」

 

 梓みふゆのツッコミが止まらない。そこで悪魔は、一つの仮説を立てる。

 

「あれだ。たぶん似てるからだ」

「……はい?」

「常盤ななかの場合は悪(・)魔(・)と(・)し(・)て(・)同族嫌悪を抱いたが……みふゆの場合は別だ。おそらく元(・)の(・)オ(・)レ(・)と(・)し(・)て(・)親近感を抱いている」

「…………つまり?」

「ダメダメってことだ」

 

 ────ポチっ。手枷足枷から電流が流れる。

 

「っ……」

 

 悪魔は膝をつくが、すぐに麻痺が治って立ち上がった。

 

「……ケホッ。まぁ、この通り……痛みには耐性がある。オレはこう見えて普通の人間だ。魔法少女みたいに痛覚遮断なんかできない。なのに毎回戦うたび、簡単に手足が消し飛んで胴体に風穴開けられて……もう少し人間側(こっち)を労われないのか? 人間だって家畜を大切に扱うぞ。人間を家畜扱いするなら、知的生命体として、もう少し丁寧に相手してもらわないとな。痛みを与えるのは、叛逆が怖いからすることだ。ビビってんのか?」

「……本当に減らず口が止まらないんですね」

「オレが悪(・)魔(・)と(・)名(・)乗(・)る(・)前(・)は、こんな人格じゃなかった。今なら自分を客観視できるが、確かにオレはダメダメだった。いや、それは今でもか。でも……いい仲間がいた。いい友達がいた。こう見えて人望は、かなりあるタイプだったんだ。自分でも信じられないが、驚くべきことにな……。マフィアのボスの才覚があるなんて言われるわけだ。望んだ才能と血筋じゃないが、周りに恵まれたことについてだけは、本当に感謝しているよ。……みふゆ、お前みたいにな」

 

 梓みふゆは良家の生まれだ。そして、ほぼ全ての羽根たちから尊敬を受けている。羽根たちの悩み相談に乗っているのもそうだが、ひとえに相手の気持ちが分かることが大きな要素だろう。特に弱者の気持ちに対しては、真摯に向き合うことができる。

 

「……そんなことを言って、私を魅了する魂胆ですか? と言いつつ、まったく魅了される内容ではありませんでしたが」

「事実を話してるだけだ。こう言っちゃなんだが、マミは人望がない。仲良くなれる奴はいても、それは尊敬といったもので、対等な関係性というものは少ない。それはみふゆも同様だが、お前らは明らかに違う。なんて言うのかな……オレはそうは思わないが、もしかしたらマミは努力できるタイプだからかな? 少なくともマギウスの翼は弱者の集まりだ。努力してもどうにもならなかった奴らが最後に落っこちるところと言っても過言ではないだろう。だからかな。マミは努力して成功したタイプだ。羽根たちから羨望は受けても、同時に遠ざけられる。……そんなんだから、マミはあんな選択をしたのかもしれない」

 

 全ての魔法少女が魔女化する前に殺す。巴マミは洗脳下においても、マギウスの中で特に役割が与えられなかった。ただ強さだけを求められた。だからこそ自分に出来ることは“力”による何かだけだと、誤解したのかもしれない。

 

「弱者が救済を願った結果、弱者を殺す兵器が誕生した。どこまでも運命とは皮肉なもんだ。この宇宙は皮と肉で出来ていると言われても、オレは特に驚きはしないぜ」

「……………………────先を急ぎますよ。マギウスを任せています」

 

 梓みふゆは歩き出す。悪魔は減らない口を叩いた。

 

「あ、ところで……みふゆが努力できないタイプって言いたいわけじゃないからな? ずっとマミの変化について考えてたんだ。取り違えてたらすまない」

「あなたの言葉は右から左に聞き流しているので、気にしなくていいですよ」

「そうか。ならこのまま口を開き続けてもいいわけだ」

「それは電流を流します」

 

 到着。悪魔は廊下のようなところから、とても大きなところに出た気がする。音の響き具合からして、コンサートホールを想像する。

 

「あー、やっと来たー!」

「みふゆが遅刻するなんて珍しいね」

「灯花、ねむ。すみません。悪魔の躾に手間取ってしまいまして」

「道中で二回も電流を流されたぞ。で、どの声が里見灯花だ? 最初に発言した奴だろ? 声色からしてフェリシア級のバカってことが手に取るように分かる」

「……こいつ、なんで捕虜のくせに、こんな態度デカいのかにゃー?」

「つくづく常識に囚われない男だね、悪魔という生き物は」

「すみません……あとでキツく言っておきますので……」

「ねむ。お前は里見灯花と違ってバカじゃない。理論より空想を取れるタイプだ。一度でも記憶ミュージアムで自分の記憶を確かめたか? 環姉妹について何か思い出したことは」

「……みふゆ。電流GO!」

「いや、灯花。今の質問には答えておこう。回答は“おかしな点は何もなかった”……これでいいかな?」

 

 悪魔は考察する。何もおかしいなんてことはない。インキュベーターの願いによる記憶操作なら、ウワサによる記憶精査でも暴けないことはままあるだろう。しかし環ういの証言が確かな場合、空っぽのキュゥべえに環ういの魂を転移させた瞬間、世界の記録から環ういが消滅した、という出来事だったはず。つまり魔法による副産物だ。インキュベーターの願い事による世界改変と比べれば、一次元一段階、世界の改変度合いは劣る。ならばウワサで記憶精査すれば、少しは不審な点が暴けるはずだが……そうなると考えられることは二つ。

 一つ目は、何らかの要因が複合的に重なることで、環ういの消失という歴史の改竄力が異様に高まっているか。

 二つ目は、マギウスが作り出した記憶ミュージアムの性能が、そんな大したことないか。

 後者だと困る。チェルベッロとアルティメットまどかによれば、悪魔は四つほど並行世界を渡ってきたのだ。そして並行世界を渡るたび、悪魔の記憶は改竄されている。今回は改竄前の記憶を見るため、遠路はるばるここまで来たのだ。無駄足に終わるのは勘弁願いたい。

 

 不意に梓みふゆが鎖を引っ張る。また悪魔が減らず口を叩かないよう牽制したのだ。

 

「あの、これから何をするのか知りませんが、早く済ませた方がいいかと……この悪魔、少しでも隙を見せると確実に突いてきますから……」

「それもそうだね~。じゃー記憶ミュージアムのウワサ空間に放り込んで!」

「自動的に悪魔の記憶を読んで、それを仮想空間に反映するため演算を開始する」

 

 悪魔はどこかへ連れて行かれる。ある場所で立ち止まると、どこまで何歩進めと梓みふゆから指示を受ける。

 

「そこでいいです。動かないように」

「────悪魔さん……」

 

 突然、悪魔の右隣から暁美ほむらの声が耳を打つ。どうやら悪魔は、暁美ほむらと横並びになっていたようだ。

 

「うわっ。びっくりした……いたのか、ほむら」

「え……? ────っッ!! あ、悪魔さん……目が……!!」

 

 悪魔は驚いた拍子にまぶたを開けてしまった。空洞の眼窩(がんか)を目にした暁美ほむらは、ショックのあまり喉が詰まる。ちなみに悪魔が里見灯花の声を聞いた時から、その奥に暁美ほむらが立っていたようだ。

 

「しまった……すまない。嫌なものを見せたな。痛い思いはしてないから安心しろ。というか、なんでここにいるんだ? ほむらの記憶を覗いても収穫はないと思うが」

「そうでもないわ。彼女は時間遡行を繰り返している。暁美ほむらが周回してきた世界を知ることで、鹿目まどかに関する何かが分かるかも知れないのだもの」

 

 美国織莉子の声が響く。その傍らには内心で“そうだそうだ”と、意味もよくわかっていないのに相槌を打っている呉キリカもいた。

 

「……おいまて。ねむ。この記憶ミュージアムは、一度に二人の記憶を覗けるのか?」

「いや、一人ずつだよ。僕らは暁美ほむらの記憶はどうでもいいんだけど、美国織莉子がどうしてもと言うからね。もちろん僕らの意見が最優先だから、悪魔の方から先に見る。ただ該当記憶を仮想空間に反映するまで時間は掛かるから、暁美ほむらも同時に放り込むよ。悪魔の記憶を見る傍らで、暁美ほむらの演算処理も並行で進めることはできるからね」

「……なるほど。つまり、これ……オレが恥ずかしいやつだな?」

 

 悪魔の記憶を里見灯花と柊ねむが覗く。それは仕方ない。アリナ・グレイが覗くのも我慢しよう。彼女が悪魔の記憶に興味があるのかは知らないが。そして美国織莉子や呉キリカはどうでもいい。しかし暁美ほむらも覗くことになるのは少し気まずい。みかづき荘で共に暮らす仲だ。両目を取り戻した時、どんな顔で会えばいいのか分からない。今まで人に言えないことをやってきた。有り余る非難は受け入れるが、必要以上に同情されるのは避けたい。

 

「……こほん。背中を押します。おそらくどこまでも落下していくので、気をつけてください」

 

 梓みふゆの一言。どうやら底が見えない闇に突き落とすつもりのようだ。

 

「構わん。自分で飛び降りる」

「えっ」

 

 悪魔は一歩跳んだ。足がどこにも着かず落下していく。続けて暁美ほむらも突き落とされたようだ。上空で悲鳴が聞こえる。落ち続けて数秒、十秒、明らかに三十秒は経っても、地面と激突する気配がない。多少の恐怖は時間経過と共に薄まっていく。それでもいつ激突するか分からない。しかし究極超直感が働かない以上、肉体的な損傷はまずないと見た。そもそも記憶を覗くのが目的なのだ。その前に殺すことはないだろう。

 

(────……? なんだ……急に、眠く…………なって────────)

 

 静寂に満ちた落下空間。記憶ミュージアムのウワサが轟々と稼動音を上げる中、悪魔の意識は泥に沈むような深みに落ちていった。

 

          †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【せいぜいわたしの奴隷(ドレイ)として働くといいわ】青音すず〔ブルーベル〕

 

          ♪~最後の魔法~♪

 

 虚空の無。がらんのどう。

 ────もう何も思い出せない(おもいだしたくない)。

(だけど)、闇の世界に一縷の希望が芽吹く。

 

 花が咲いたような満開の笑みで抱き上げてくれるひと。

 いつも泥だらけでたくさん遊んでくれる大きな背中のひと。

 たまに来ていっぱい遊んでくれるアロハシャツのおじいちゃん。

 

(……やめてくれ……)

 大切な家族。その全てを捨てて旅立った負い目。大嫌いな父親と同じ行動を取った自己嫌悪。その選択からどれだけ目を背けても、色のない世界に少しずつ希望(色彩)という名の絶望が射し込んでくる。

 

 青き光。

 浴びて後ろに淀むは藍色の影。

 後ろ髪を引かれて転んでしまわないように、しっかりと左腕を抱き込んで支えてくれるものは緑の香り。

 

(もう……いやだ……たのむ……)

 

 過去を振り返る行為は、未来を走り切る為の行い。

 しかし過去からスタートする思い出の旅路は、必ずと言っていいほど地獄の光景が魂に焼き直される。

 

《アラもう聞いた? 誰から聞いた?

 記憶ミュージアムin鏡の魔女のそのウワサ

 ヒトリの記憶は水平に飛んで、

 ミンナの記憶は垂直に落ちる

 鏡に映るは古いジブン それを覗くは明日のアナタ

 夢に咲くは原点のジブン それを覗くは未来のスガタ

 根こそぎ記憶をデバガメして、全知になろう全能の一歩

 良いことも悪いことも、フツウのこともイケナイことも、

 まるっと思い出させて心を折るって、

 マギウスの間ではもっぱらのウワサ

 キャッキャナツカシィー! ヒトノフリミテワガフリナオセー!》

 

 どこからともなく脳に直接、ウワサさんの声が響いて染みる。嘲笑うかのようなウワサ説明の後に、今度は無感情の人工知能がシステムボイスを響かせる。

 

『システム起動 対象(さらし首):悪魔 該当記憶のインストールを開始

 回想中…… 演算中…… 心的外傷による記憶欠落多数 復元中…… しばらくお待ちください 起動まで残り四分四秒……

 

 鑑賞者:里見灯花、柊ねむ、アリナ・グレイ、梓みふゆ、美国織莉子、呉キリカ

 待機者:暁美ほむら お知らせです 次の記憶インストールまでの待ち時間、お暇ならば悪魔の回想世界に共演し、待ち時間をお潰しください

 

 エラー エラー エラー エラー 水泳の魔女の侵入を検────事態正常 エラーのエラー 誤作動 つつがなく続行中……

 対象(さらし首):水■の■女 訂正 青音すず 該当記憶のインストール開始

 回想中…… 演算中…… 悪魔の心的外傷による記憶欠落の復元作業に協力するとの提案 却下 エラー 叛逆的受理要請を受諾 協力的復元中…… しばらくお待ちください 起動まで残り■分■秒……

 

 エラー エラー エラー 鏡の魔女の結界内部に異常検知

 闖入者:環いろは 記憶インストールに支障なし 排除可能 警告 乱暴的デリートは記憶インストール時に支障が出る恐れ有り 放置推奨 放置受諾

 

 エラー エラー 悪魔の因果係数 暴走

 窃視者:黒江 記憶インストールに支障なし 手出し不可 放置推奨 放置受諾

 

 ……悪魔α(アルファ)・悪魔β(ベータ)・悪魔γ(ガンマ)・悪魔δ(デルタ)の記憶インストール完了 回想世界、起動します────』

 

 

 

          ♪~コネクト ‐ゲームインスト‐ ~♪

 

 

 

《 ,000,000,000 弔いの花は散る》

 

 ブルーベルは、大好きだけどワガママを聞いてくれないから大っ嫌いな両親と、どんなワガママでも聞いてくれてホメてくれる大好きなお兄ちゃんがいた。しかもお兄ちゃんは、ブルーベルに大好きな水泳を教えてくれた人で、とにかく全てがカッコいいお兄ちゃんだ。

 

 ある日ブルーベルは交通事故にあった。お兄ちゃんが■んだ。ブルーベルの両脚は動かなくなった。もう水泳ができないと医者に言われた。けれど、そんな話は信じない。ブルーベルは泳げるんだから、早くプールに連れて行ってほしい。けれど両親はプールには行かせてくれない。こうなったらブルーベルは泳げるんだと証明してやる。

 

 ブルーベルは溺れた。夜中にこっそりプールに入ったら溺れて死ぬところだった。そんな危ないところを──どことなくお兄ちゃんに似た──白い男の人に助けてもらった。……いいや、ブルーベルはそもそも溺れてないし、死にかけたわけでもないし、助けてもらってもいない。ブルーベルは自力で病室まで戻ってきた。……どうやって戻ってきたのかは覚えていないけど、とにかくブルーベルは誰の手も借りず生きていける子なのだ。そうだよね? ブルーベア!

 

          ────あれ。ブルーベル(青音すず)の記憶って、こんなんだったっけ?

 

《α,000,000,001 開闢》

 

 家族とプールに出かけた日のこと。突然世界が混乱した。横転した車内で意識が朦朧とする中、割れた車窓のそばにちょこんと座って尻尾を振る、赤い目をした白い猫が語りかけてくる。

「僕と契約すれば、好きな願いをなんでも叶えてあげるよ」

 う(・)さ(・)ん(・)く(・)さ(・)い(・)。すぐ頭に浮かんだ言葉がそれだった。

「要らない」

 ブルーベルには願い事なんて必要ない。なぜならブルーベルは自力で願い事を叶える力がある。お兄ちゃんから教えてもらった、お風呂の泳ぎ方、プールの泳ぎ方、川の泳ぎ方、海の泳ぎ方は、ぜんぶ覚えた。だってブルーベルは天才だから。今はまだちっこいけど、十年後には水泳の世界チャンピオンになってる。絶対なってる。だから、そんなくだらないものは要らない。

「君は状況がよくわかっていないようだね。このままだと死んじゃうよ? 血が流れすぎてる。君の家族も既に事切れている」

 ブルーベルは死なない。死んじゃうのは弱いからだ。ブルーベルは弱くない。両親は弱いかもしれないけど、お兄ちゃんは弱くない。だからブルーベルたちは、死なない。

「強気だね。まるで自分が超人かのような物言いだけど……それは果たして、誰かの死を受け入れることができない心の弱さからくるセリフなのか、本当にそんな自信があるからなのか……」

 ブルーベルが弱い? そんなことは────

「動揺しているね。どうやら正解は両(・)方(・)のようだ。君は元から強気だけど、さすがに今は強がっている。さて、どうする? 問答の猶予もない。早く願わないと、君たちは本当に死んでしまうよ」

 ……ちがう。ブルーベルは死なない。だってブルーベルは強い。ブルーベルは────

 

《?,???,???,??? 改変中》

 

          ────ブルーベルは願いを叶えた。

 

 もし彼女の年齢が十代に入っていれば、元から強気な性格が拍車をかけて完成し、きっと何も願わなかっただろう。あるいは冷静に状況を分析し、自分を除く兄や家族の蘇生を願っていたかもしれない。

 なぜ自分を除くのかといえば、彼女は自らが不死身であるかのように尊大に振る舞う。そして実際、持ち前の強さと豪運さで生き残っていただろう。ちなみに豪運さとは、魔法少女になれば肉体の損傷は魔力で再生できる点について言っている。

 しかしこの世界におけるブルーベルは、まだ赤ん坊に近かった。元から強気な性格も未完成で、キュゥべえの巧みな話術に誘導される不安定さを残していた。そのため不安に駆られ、焦り、迷い……もしも本当に死んでしまった時のため、保険として願った。

 

『たすけてあげて。ブルーベルは死なないけど……おにいちゃんは、死んじゃうかもだから』

 

          ────斯くて全ては少女の願い一つから始まった。

 

《β,000,000,002 世界漂流(スライド)》

 

 ブルーベルは現実を否定しない。たとえ赤ん坊であっても、その信念は生まれついての性格(もの)だった。そのため深層意識では、交通事故を無かったことにするだとか、死んだ人を生き返らせてほしいだとか、そういったことは思いつく事すらなく、完全に度外視していた。ならば彼女は無意識に、何を絶対的に思っていたのかといえば……当然、自らの力で障害を打ち破る誇り。ただひとつ譲れないものである。

 

 その究極的に強気な性格が、深層意識の譲れぬ誇りが……良くも悪くもQB契約のシステムに作用したのだろう。

 

 願いは叶ったというのに、交通事故の事実は消えなかった。両親と兄の死は覆らなかった。ブルーベルは幼心に気付いていた。白い猫と話している間に、既に家族が死んでいることを無意識に理解していた。それでも許容できなかった。だから願った。しかし自らの在り方(たましい)に嘘はつけない。自らの誇りを穢すことはできない。

 死を覆すことは夢物語だ。それを否定して死者蘇生を願うのは弱者の心構えだ。ブルーベルは強いのだから、そんな弱者みたいな願い事は死んでも叶えない。そんな弱い願いを叶えた暁には、自分が自分でなくなり、死んでも死にきれない。

 

 だから、次のような結末に落ち着いたのだろう。

 

 インキュベーターのQB契約システムの影響で────

 

 ────ブルーベルは自分の意志にかかわらず、世界線を跨いで(スライドして)しまったのだ。

 

          †

 

 ブルーベルは交通事故に遭っていた。一人のおじさんが駆けつけて救助活動を始める。黒いスーツを着た無精ひげのおじさん。必死の形相でブルーベルを助けたその人は、のちに沢田家光という日本人だと分かる。

 

 ブルーベルは天涯孤独の身となった。お兄ちゃんが死んだ。両親も死んだ。でもブルーベルは元気いっぱいだ。けれど、なんでか泳ぐ気が起きない。ふさぎ込んだブルーベル。でもブルーベルはプライドが高くて、ふさぎ込んだ姿を見せたくないので、手当たり次第に八つ当たりした。

 そうしたら、医者も看護師も、ブルーベルを預かるという孤児院の院長も、同い年で声を掛けてくれた病院の友達も、白い小動物も、だんだんブルーベルに近付いてこなくなった。むしゃくしゃしたブルーベルは、夜の街を飛び回る魔女(害虫)に八つ当たりして、ぎったんぎったんのけっちょんけっちょんにして、日々の憂さ晴らしをしていた。

 それでも沢田家光だけは、月に一度お見舞いに来てくれて、ブルーベルがどんなに当たり散らしても、豪快に笑って話を聞いてくれた。

 

 ある日ブルーベルは提案された。沢田家光の家に来ないかと。ブルーベルと同じくらいの男の子がいて、ブルーベルのママと同じくらいのお母さんがいるらしい。ブルーベルは「要らない!」と突っぱねると、沢田家光はあっけらかんとした笑顔で「よしわかった! じゃあ今からお前はうちの子だ!」と言った。ブルーベルは心の底から呆れた。沢田家光はブルーベルの話を聞いてくれていたわけじゃない。ただお互いに話が通じていないだけだった。それは言語の壁とかそういう次元の話じゃない。沢田家光は英語がペラペラだ。イタリア語もできる。そこは素直に尊敬する。でも沢田家光は、なんというか……とにかく、やはり人の話を聞かないのだ。ブルーベルよりもタチが悪いオトナである。

 

 なんでもかんでも強引で、寝ている間には飛行機の中に抱っこで連れ込まれていた。グースカゴーゴーとうるさいイビキをかいて隣で寝ている沢田家光を、ポコポコとしか鳴らない拳でタコ殴りにしている間に、なんと日本(ジャッポーネ)に着いてしまった。ブルーベルはぜーぜーと疲れてしまったので、害虫が落とした黒くて丸い骨を使い、青い宝石をきれいにした。そうするといつも、不思議と心が落ち着く。そうしてブルーベルは、沢田家に連れて行かれた。

 

 もはや誘拐も同然だが、今のままじゃ沢田家光にかなわないため、ブルーベルは仕方ないと覚悟を決めた。そのためには第一印象が大切だ。また当たり散らして、誰も近付かない。というのは、全然寂しくないけど、ちょっぴりイヤだ。ブルーベルは、そんじょそこらのオトナやガキンチョとちがって、賢いから学ぶのだ。

 大切なぬいぐるみ(ともだち)のブルーベアを脇に抱えて、空港の窓ガラスの反射で自分の気持ち(顔つき)と身だしなみを確認。それが終われば「よしっ」とガッツポーズで気合を入れる。

 

 そうしてブルーベルは、いざ片田舎のお茶くさい国で、新生活を始めるのだ。

 

          †

 

 

 

《β,000,000,009 青天の霹靂》

 

 日中の住宅街。暁美ほむらは狭い道路に佇んでおり、突如覚醒。目に映るは軒を並べる家屋と断続的な石塀、ねずみ色の電柱とカラス色の電線。見滝原市と比べれば、一昔前の都会的な風景と言える。

 

「ここは……どこ?」

「並盛町。オレの故郷だ」

「っ!?」

 

 いつの間にか暁美ほむらの傍らに立っていた悪魔は、闇のように沈んだ黒目で、赤い屋根を見上げている。その両目に眼球があると気付いた暁美ほむらはその理由を問いかけようとして、その疑問を直感した悪魔により即答される。

 

「ここはウワサ空間だ。人の過去を夢見るように鑑賞する場所。今はオレの記憶を再現している」

「……!」

「ただし、なぜかすずの記憶も混じっているようだ。おそらくオレの首元にある水泳の魔女の口付けの影響だろう。理由は知らないが叛逆魔法で横入りしてきたんだ。オレを守ろうとしたのかもしれないな。あるいは、すずも本当の過去を知りたいのか……」

「……」

 

 暁美ほむらは思い出す。記憶ミュージアムの深淵に落とされてから幾星霜。長い眠りから覚めたような気がしたが、おそらく時間としては数分も経っていないと予想する。

 

「まぁ……なんにせよ、オレから言えることは、これくらいしかない。────絶(・)対(・)に(・)感(・)情(・)移(・)入(・)す(・)る(・)な(・)」

「? それって、どういう……」

「オレも心を閉ざす。だが……オレがココに来た経緯の説明は要るか?」

「……はい」

「オレは、電波塔の戦いやアキレウスとの戦いの最中に、自分の記憶に疑問を抱いた。その後、美国織莉子の未来予知によれば、暁美ほむらが記憶ミュージアムとやらに捕まって記憶を読まれる可能性が高いと知った。ほむらは並行世界を渡り歩いてきたんだろ? オレもチェルベッロに言わせれば似たようなものらしい。ならば、これに便乗すればオレの記憶も確かめられる。そう考えて行動に移した結果、今こうして目論見通りの状況になっている。というわけだ」

「…………」

「つまりオレは正しい記憶を掘り起こすため、ここに来た。つらいことまで再体験しに来たわけじゃない。つまらないホームストーリーの映画を観るように、無為な時を惰性で過ごせ」

 

 並盛町の閑静な住宅街。青空の下、なんの変哲もない一軒家では、二人の家族が静かに暮らしている。悪魔が門扉を開いて庭に入ると、眩しい太陽に目を細めつつ選択物を干す若い主婦がいる。にこにこと笑顔を絶やさない美人の名は、沢田奈々。彼女は門扉に入ってきた悪魔と暁美ほむらに目もくれず、額の汗を袖で拭って空っぽの洗濯カゴを持ち、縁側を跨いでリビングに入る。

 

 リビングでは、一人の幼児が遊んでいた。真剣な表情で子供用ハサミを拙く使い、黙々と段ボール箱を切っている。両手がベタベタになりながらセロテープやダンボールを駆使して、切り取ったダンボールを貼り合わせている。彼の名は沢田綱吉。通称“ツナ”……母親の沢田奈々からは「つー君」と呼ばれている。爆発したような茶髪で、ゆるいパーカーを着た可愛らしい五歳児、男の子だ。

 

 奈々とツナは親子揃って茶髪であり、目の色もブラウン。ただし奈々の髪型はショートで落ち着いているため、ツナの髪型は父親譲りだろうか。

 

 茶目っ気の絶えない母親と、何をするにも失敗する息子。

 

 奈々はルンルン気分で鼻歌を歌う。対するツナはダンボールで巨大ロボを作ろうとしていたが、全然うまくいかず、ヘンテコな形となるばかり。失敗作の山が出来上がる。それはゴミの山だ。うまくいかない悔しさのせいか、目尻に涙が溜まっていく。視界が潤んで前が見えづらいため、袖でゴシゴシとこすった。すると、ちょうどリビングに戻ってきた奈々に叱られる。

 

「あ、こら、つー君! そんなに目をこすっちゃいけません!」

「! っ……」

 

 何かを言いたげに泣くのをこらえたツナは、諦めずロボ作りを再開する。その様子を見守っていた奈々は、息子がぐずっていた理由を察して反省。怖がらせないように微笑んで座り込む。

 

「あら、つー君。何を作ってるの? ママにも教えてくれる?」

「……きょだい……ロボ……」

「あら、巨大ロボ! ステキねー! ママもいっしょに作りたいなー! どう? 手伝わせてくれる?」

「……うん……」

 

 それから一時間後。悪魔と暁美ほむらからすれば一瞬の出来事。回想世界の時間を進ませることで、必要な情報だけを鑑賞する仕組みのようだ。映画の早回しや早送り、動画のスキップのようなものである。

 

「かんせーい! つー君、ばんざーい!」

「ばんざーい!」

「かっこいいロボットが作れたわねー! 乗ってみよっか!」

「うん!」

 

 先ほどまで泣いていた様子はどこへやら。赤みのさす目尻とほっぺの幼児は、巨大ロボの背中に乗って目を輝かせる。いつもと見える景色の広さが違う。背が高くなったようだ。もし本当の巨大ロボに乗って街を見下ろしたら絶景だろう。そのときは最初にお母さんを乗せるのだ。巨大ロボでアクと戦い、家族旅行するのもいい。

 

「あっ!」「キャ!」

 

 しかしダンボールの強度作りが甘かったか。ツナの体重に潰されてしまい、ダンボール製の巨大ロボは崩壊。転げ落ちたツナは頭を打って泣き出す。

 

「あらあら……痛いの痛いの飛んでけ~!」

 

 奈々のあやしで落ち着いてきたツナだが、壊れた巨大ロボを見るなり胸の奥から冷たい奔流がこみ上げる。これはまずいと悟った奈々は、急遽テレビのリモコンを手に取ってお昼の歌謡ショー番組を点けた。リビングに歌謡曲が流れる。するとツナは、リズムに合わせて体を揺らす。さらに遊び疲れて泣き疲れたのか、奈々の胸の中でうたた寝を始める。

 

「ふふっ。つー君、本当に歌謡曲が好きねー。ママが好きな曲だと泣き止まないのに。なんでかしら? ま、いっか!」

 

 愛くるしい息子を愛おしく見つめる奈々。

 

「────……そうだ! お昼はつー君の好きなものにしましょう! 巨大ロボを作るためにがんばったんだもの!」

 

 ならばとツナをソファに下ろし、袖をまくって奮起。台所に向かう。

 

「──……かあさん。だれかくるよ」

「へ?」

 

 ソファに下ろしたことで起きてしまったか。と奈々が思ったのも束の間、ツナの直感通りインターホンが鳴る。

 

「あらあら誰かしら?」

 

 奈々は玄関の扉を開ける。すると、そこには愛すべき夫の姿があった。工事現場の黄色いヘルメットをかぶり、泥だらけの白いタンクトップを着る筋骨隆々の男性は、大地を掘り進むピッケルを肩に担ぎ、燦々とした太陽の光にも負けない輝かしい笑顔で白い歯をにかっと見せる。そんなキメ顔から一転、口の先をすぼませて甘えるような顔つきに変わった。

 

「奈々ぁ~ただいまぁ~♡」

「あら~! あなたぁ~♡」

 

 抱き合う二人。夫の名は沢田家光。石油を掘るため世界を回る“泥の男”と言い張っている。そのため家に帰ることは滅多にないが、奈々は家光の仕事に理解を示している。二人は玄関先で抱き合いイチャイチャするほどのラブラブっぷり。

 

「奈々! ツナは元気かぁ~?」

「えぇ! 今日は巨大ロボを作って頑張ったのよぉ~! ね、つー君! お父さんが帰ってきたわよ~!」

 

 そんな両親の声が聞こえてきたツナは、リビングから廊下に顔を出して、心の底から不機嫌そうに言い返す。

 

「あぁ、うん……おかえりー……」

「あら、何その棒読みは! せっかくお父さんが帰ってきたのよ!」

「いいんだ奈々。俺が滅多に帰らないから、ツナのやつ拗ねてんだろう」

「す、すねてない! あっちいけ!」

「こら、お父さんに向かってなんてこと言うの!」

「はは! その年で早くも反抗期かぁ~? ツナ!」

 

 家光は、逃げるツナを捕まえて抱き上げると「高い高い~!」と高く飛ばす。最初のうちは抵抗していたツナだが、遊んでくれることは嬉しいため、素直に笑いがこみ上げてくる。

 

 ツナにとって家光は、年に数回、下手したら一回、帰ってくるかも分からない存在だ。寂しいやら悲しいやら苛立ちやら何やらで複雑な心持ちとなり、どうしてもぶしつけな態度を取ってしまう。それだけでなく、ほかの子供たちの父親は、その子と同じ家で一緒に暮らしているのに、どうして自分の父親はそうじゃないのか。父親らしいことをたまにしかしてくれないため、家光のことを父親と認めることができない。そんな考えも起因している。

 

「……あら?」

 

 そこで奈々は気付いた。家光の後ろ足に隠れている小さな青髪の女の子を見つける。家光とのハグに夢中となったこともそうだが、あまりにも小さくて気付かなかった。背格好からツナより年下であることが見抜ける。

 

「おっと、そうだそうだ。すまんすまん。お前を忘れていたわけじゃないぞ」

 

 家光は、青髪の少女の頭をわしゃわしゃと撫でる。せっかく梳かした髪が崩れると不満げな顔になった少女。一方の奈々は目を点にしており、ツナは首をかしげていた。

 

「奈々。この子は戦災孤児でな。両親とお兄さんが亡くなって、行く場所がないってんで可哀想だろ? それでつい、引き取ることにしたんだ。そういうわけだから、俺たちの三人目(よにんめ)の子供ってことで、温かく迎え入れてやってくれないか?」

「あら! そうだったの! よろしくね? えぇっと……」 

「すず。こいつは青音すずだ。まぁ今日から沢田すずになるんだけどな!」

 

 その時、青音すずは怒鳴るように言った。

 

「いいえ! わたしのなまえは“あおねすず”よ! 家光もみとめたでしょ!! こればっかりはゆずらないんだからね!」

「おぉ、わかってるって! ……奈々。こいつは自分の家族の証が苗字であることを分かってるんだ。本当はバリバリの外国名なんだが、青音はそれをもじったもので……」

「……そう。えぇ、わかったわ。任せてちょうだい!」

 

 ひそひそ話をする家光と奈々。それから奈々は朗らかに挨拶する。

 

「青音すずちゃんね。可愛い名前! よろしくね? 私は沢田奈々。これからすずちゃんのママになるから、お母さんのように思ってね! 気軽にママって呼んでもいいわよ!」

「……じゃあ、奈々(ナナ)。本当の母親は、ママって呼んでたから」

「! はーい!」

 

 微笑みを崩さない奈々は、思いっきり青音すずを抱き締める。

 

「可愛いわ~! 肌スベスベでもちもちねー! 外国人さんかしら? これは将来モデルさんになれるくらいの美人になりそうね!」

「モデルかぁ~。でもすずは水泳が好きなんだよな?」

「あら。そういうことなら、すぐ子供用プールに入れる準備をしないとね! ──……それにしても不思議ねぇ~? 私ずっと、おしとやかな女の子が欲しかったんだけど……どうしてもうちは、勝気な女の子が多くなる運命なのかしら?」

「ツルは暴れん坊だが、テンカは落ち着いてるだろ?」

「でも二人とも、最強の喧嘩番長になる、ポケモンマスターになる、とか言って旅に出ちゃったし……いつか、つー君もママを置いて旅に出ちゃわないか気が気じゃないわ~……」

「奈々……それに関しては本当にすまない。どうやら俺の“泥の男”として世界各地を旅する血が、子供たちにも流れてしまうようだな……」

「いいえ、あなたが謝る必要はないのよ。それを覚悟して、私はあなたと結婚したんだもの!」

「奈々!」

「あなた!」

 

 再び抱き合うラブラブ夫婦。ツナは見慣れたものとして呆れており、すずはあまりのアツアツっぷりにドン引きしている。二人きりの世界。すると子供たちの方も必然、二人だけ取り残される。ツナとすずの目と目が合う。ツナは突然増えた家族に困惑しつつ、とりあえず自己紹介して問いかける。

 

「えっと、オレの名前は綱吉……みんなからはツナって呼ばれてる……好きなものは、音楽ゲームと落ちゲー! きみは……?」

「……わたしは青音すず。好きなものは水泳。あと、死んじゃったお兄ちゃん」

「!」

「家光から聞いたわ。あなた、私より年上なのよね? せいぜいわたしの奴隷(ドレイ)として働くといいわ」

「それ……なんか逆じゃない……?」

 

 かくして沢田家に、新たな家族が増えた。

 

          †

 

 

 

《β,000,000,019 朝の雲雀、来る!》

 

 いつもの朝。自室から寝ぼけ眼で起きてきたパジャマ姿の幼児ツナは、洗面所の台座に登り、顔を洗う。奈々からは毎朝歯磨きするように言われているが、今日はなんだかめんどくさいのでサボることにした。タオルで顔の水を拭き取ると、お腹がぐうぐうと鳴る。さっぱりした顔でリビングに向かうと、良い匂いが漂ってきた。

 

「かあさーん。きょうのごはんはー……」

 

 今朝の献立を聞こうとしたツナは、一足先に食卓に着いていた青音すずを目が合って硬直する。最初は誰かと思ったが、そういえば昨日の今日で家族が増えたのだと思い出す。どうやら、あれは夢ではなかったようだ。毎度、父さんは突飛なことをする人だと呆れかえるほかない。結局、家光はツナが起きる前に、また世界のどこかへ旅立ってしまったようだ。

 

(まぁ……うるさいイビキが聞こえないのは、オレにとってイイことだけど……かあさん、ほんとはさびしいだろーなー)

 

 ツナは食卓に着くと、朝の挨拶を済ませる。

 

「お、おはよう……えっと……日本語は、わかるんだよね……?」

「は? なに? なめてんの? 昨日さんざん話したじゃない。日本語なんかペラペラよ!」

「そ、そういえば、そうだったね……」(でも、なんでこんなに強気なの? この子ー!)

 

「つー君! すずちゃん! 今日はオムライスよ~!」

 

 相変わらず奈々は元気ハツラツ。ツナは慣れない様子でオムライスを食べると、すずはスプーンを咥えた途端、瞳を輝かせてパクパクと食べ始めた。

 

「……おいしいの?」

「! ……まぁね。わたしのママほどじゃないけど!」

 

 朝ごはんを食べ終わる。ツナは距離を置きたくて、どこか逃げるように「ごちそうさまっ!」と叫び、椅子から飛び降りて走り去る。

 

「あ、まってつー君! 今日はすずちゃんとお散歩してほしいの!」

「え! なんで……?」

「だってすずちゃん。並盛町のこと何も知らないでしょ? 交番の場所とか、公園の場所とか、幼稚園とか学校とか! とにかく迷子にならないように道を教えてあげてほしいのよ。つー君、もうお兄ちゃんになったんだからできるでしょ?」

「お兄ちゃんって……でも……」

「じゃあよろしくね! 母さん、これからすずちゃんが通う幼稚園の先生たちに挨拶してこなきゃいけないから!」

「えぇ! ちょ、まだなにもいって……」

「つー君ならだいじょーぶ! これですずちゃんと仲良くなってね!」

(そんな、むちゃくちゃだよ~……!)

 

 それから奈々に無理やり押される形で、ツナとすずはお散歩の身支度を済ませられた。小さな靴を履くと、見送りの奈々は「危ないから手をつないで歩いてねー!」と言われる。ツナは少し気恥ずかしくてどうにもできず、言いつけを無視して家を出た。いざ外の世界を探検だ。

 

 ツナの後ろにすずが続く。閑散な住宅街。道路を歩く。十字路に突き当たったら一度足を止め、両側の道を交互に見て車や自転車が来ないことを確認し、渡る。すると交番と公園が見えてきた。

 

「……ここが交番。で、その反対にあるのが公園」

「見ればわかるわ。どこを見てもド田舎ね。ニホンってこんな感じなんだ」

(じゃあお前はどこから来たんだよ……)

 

 なぜこうも傲慢なのか疑問だが、ツナは幼稚園に向かう。これからすずが通うところだ。場所は奈々が教えてくれた。ツナの通う幼稚園とは、また別のところである。

 

「……ねぇ。奈々はああ言っていたけど」

「?」

「わたし、あんたのこと“おにいちゃん”って、みとめてないから」

「え……」

 

 いきなり何を言われるかと思ったら、またよくわからないことを言われる。そんなことを言うなら、ツナにだってツナの考えがある。

 

「そんなこと、言われても……。っ……オレだって、お前のこと、まだ“いもうと”だってみとめてないよ!」

「……! なんですって!」

「だいたい父さんも勝手だしさ! 父さんが連れてきたお前のことなんて、信用できないよ!」

「……? なんでそこでイエミツの名前が出てくるのよ! あんた今わたしにケンカ売ったのよ!」

「知らないよ! オレだってよくわからないんだ!」

 

 ツナは目元を袖で拭うと、「早く行こう」とだけ言って歩き始める。すずは混乱しつつ、黙って付いていく。

 そこで悪魔がひとりごちた。

 

「……今の言葉だけ聞くと、とてもじゃないが会話が成り立ってるとは思えないな……」

 まだお互いに五歳以下。そう考えれば仕方がない。会話のドッチボールというやつだ。

「だが二人の気持ちを考えれば、その言葉の数々が出てくるのも当然ではあるか……」

 

 記憶ミュージアムは記憶を見せるだけ。対象の内心も、そう多くは読み取れない。ほかは鑑賞者が推し量るしかない。さらに回想世界の人間は生き物ではなく、記憶(データ)の再現であるため、悪魔の超直感は働かない。しかし悪魔は、かつての自分とその妹の状況をよく知っているため、誰よりも掛け合いの意味が分かってしまい、感情移入を避けられない。

 

 ツナは父親に反発心を抱いている。その父親が連れてきた少女は、なんとも傲慢。どちらも理解の及ばぬ相手。父親が連れてきた意味不明な人間というだけで、拒絶反応が出てしまっても仕方がない。父親と少女は関係ないというのに、それをいっしょくたにしている。要するに意地を張っている。

 一方のすずは家族の死去を受け入れてはいるものの、新しい生活に適応するには、まだまだ家族の面影を忘れられず、特に兄に関しては代わりなんていてたまるかと思っている。自慢の兄にとって、自慢の妹になるため、水泳を頑張ってきたのに、ある日、突然、不運にも交通事故で自分以外が世を去った。かといって区別は付いている。全てを受け入れてくれる優しい奈々のことをママンと呼んでもいい。ただしツナだけはダメだ。敬愛すべき兄の座だけは、死んでも譲れない。譲ってやらない。

 

 町を歩くツナとすずは名所を見て回る。やがてお昼が近付いてきた。そろそろ家に帰ろうとツナは言って帰路に就く。

 

「ぐわ!!」「ぎゃ!!」「げぼ!!」「どわぁー!!」

『……!?』

 

 その時、T字路の奥から男性の悲鳴が連続した。暁美ほむらも驚く。

 武器で肉体を殴り飛ばすような音が響く。ツナとすずはわけがわからない状況の中、ただ身を竦ませていた。

 やがてT字路の影から、一人の少年が現れた。両手には血のこびりついたトンファー。周囲には高校生男子の死屍累々。

 

「群れるばかりの草食動物。これ以上、僕の前で群れるようなら……咬み殺すよ?」

(もうかみころしてますけどー!?)

 

 突然現れた意味不明の暴力少年。その目がギロリと、ツナたちの方に向いた。

 

「あ……」

「っ……!」

 

 二人とも“終わった”と悟る。明らかな不良を前に、声を上げて逃げ出すこともできない。トンファーを持った少年は、ずんずんと近寄ってくる。思わずツナは両手を広げて、すずを庇うように前に出た。

 

「……!」

(や、やばい……すずを連れて、早くにげなきゃ……で、でも、足が……!)

 

 ツナの全身はガクブルと震えている。

 すずは、ツナが自分を庇ったことに驚きつつ、その服をすがるように強く掴んだ。

 

「……なに? 君たち。見世物じゃないよ。それに僕の前で群れるとか、咬み殺されたいの?」

「──っ!! ひ、ひぃ……!」

 

 ────殴られる。子供相手に大人げないとか、そんな考えはこの人の中に微塵もない。トンファーで思いっきりぶん殴られる。

 そう直感したツナは、すずの手を取り、全速力で逃げ出した。

 

「お、おたすけー!!」

「……!」

 

 涙をちょちょ切らせての全力ダッシュ。気付けば自宅にたどり着いていたツナは、ぜえぜえと息を切らし、力が抜けて四つん這いとなる。

 

「や、やっぱり……不良って、チョーこわい……」

「…………」

 

 今にも泣き出しそうなツナ。一方のすずは、目尻が赤くなっているものの、強がって玄関に向かう。

 

「だっさ! やっぱあんたは、わたしのお兄ちゃんと比べてダメダメね!」

「……! な、なんだよ……そんなこと言うなら、すずのお兄ちゃんは、どういう人なの……?」

「そんなの当然! わたしに水泳を教えてくれた人で、チョーかっこいいんだから! 泳げたら褒めてくれるし、うまくいかなくても褒めてくれる!」

「……それって、ダダ甘なだけなんじゃ……」

「うっさい! わたしのお兄ちゃんに文句つける気!? それと比べてツ(・)ナ(・)は、すぐ泣いてすぐ逃げて、男らしくない!」

「…………」

 

 腕を組む悪魔は苦笑いする。

(初めて名前で呼んでくれた。一応、兄としてではないが、信頼できる相手としては、認めてくれたのかな。でも……この時のオレは、そんなツンデレ具合に気付けなかった)

 

「……別に、それでいいよ」

「! しかも意気地なし! あっかんべー!」

「な……! もう怒ったぞ! いいか、オレはすずのお兄ちゃんとはちがうんだ!」

「……!」

「すずは……お兄ちゃんが死んじゃって、寂しくて、悲しいだろうけど……。──オレは、オレだから」

 

 青音すずは目を見開く。核心を突かれたような顔で動揺を隠せない。

 それに気付かないツナは、今まで散々言われたことにきちんと傷ついており、とぼとぼとうなだれた様子で家に帰る。

 

「ただいまー。かあさーん! 不良におそわれるところだったー!」

「おかえりー! それは大変ねー! 二人ともケガはない?」

「オレはだいじょーぶ。すずの方を見てやって。オレもう口も聞きたくない!」

「あら! なに? ケンカしちゃったの? でもすぐに仲直りできるわよね? だって、つー君やさしいもの!」

「しらないっ!」

 

          †

 

 

 

 

 

【あんたには『ああ! 生きてるって素晴らしい!!』って感じながら生きてってほしいのよー!】沢田奈々

 

《β,000,000,010 笹川京子、来る!》

 

 今年で沢田綱吉は中学一年生、青音すずは小学四年生となった。

 

 六月上旬。授業の合間の休み時間。

 並盛中学校の一年教室にて、沢田綱吉は机で一人、今週号の少年漫画を読んでいた。

 

「おーいツナ。おまえ、この前のテストで一位取ったってホントかー?」

「……はぁ?」

 

 突然クラスメイトの男子に声を掛けられる。いきなり何を言い出すのかと思いきや、クラスがドッと沸き立った。

 

「なーんてな! ダメツナには一生聞かれることのないセリフだぜ!」

「なんせダメツナは入学以来、全部のテストで赤点だ!」

「体育祭でもダメツナがいるチームはいっつも負ける!」

「しかもそんな自分で構わないっつー負け犬具合は最高に最低だ!」

「こんな奴と話してたら負けグセが移っちまうぜ! ギャハハハハハハ!」

 

「……ハハ……」(ヘイヘイ。こんなオレは、とんだバカで運動オンチですよ……)

 

 青ざめる沢田綱吉は、いつもの調子でからかわれる。するとバナナの房を持って、分間バナナ一本を食べる小太りの男子が声をかけてきた。

 

「おっまえさー。あんなに言われて悔しくねーのかー? もう慣れてるとか?」

「慣れるわけないだろ。ふっつーに気分悪いよ。でも……悔しがったところでどうにもならないからさ。それにオレ、効率の悪いことはしないんだ。合理的って言うの? もう人生だって諦めてるし……」

「じゃーなんで学校に来てんだよ?」

「それは……」

 

 沢田綱吉は横目でちらりと、窓辺の席を見やる。そこにはクラスで一番の美少女、否、全学年の中で最高に可愛い女の子の、笹川京子が座っていた。黒川花という友人と話している笹川京子の笑顔は無邪気そのもので、見ているだけで心が癒される。

 

(そりゃ、あの笹川京子を見られるからだろ……でも彼女は高嶺の花だ。ほかの男がお似合いさ。……そう考えると、やっぱオレ、この学校にいる意味ねーなー……じゃ、もう帰るかぁ~……)

 

 沢田綱吉は放課後になるまで街中を散歩。図書館や公園で時間を潰し、下校時のタイミングで帰宅する。

 

 

 

 そこで暁美ほむらが、驚いた様子で口にした。ちなみに沢田綱吉の記憶を鑑賞しているため、沢田綱吉の心の声も鑑賞者には筒抜けである。

 

「なんか……意外、でした……本当にこの人は、悪魔さん……なんですか……?」

「あぁ。オレだ。笹川京子の願い事と水泳の魔女の魔法によって、オレは超が付くほどの死ぬ気となり性格が激変した。だから二人の呪いが解ければ、オレは普通の状態(テンション)に戻って、こんなダメツナに逆戻りだ」

「…………」

 

 

 

 沢田家の二階。扉に〈TS(・)NA〉というプレートが掲げられた部屋は、沢田綱吉の自室だ。〈U〉を〈S〉と間違えたダメツナらしいプレートは、小学生時代に青音すずと作った思い出の品物である。沢田綱吉は『失敗作だから』と捨てようとしたが、青音すずは『それじゃあ誰の部屋か分からなくなる。間違ってツナの部屋に入るなんて最悪だわ!』という謎にひどい理由で、無理やり飾られていた。

 

 ピコピコとゲーム音が鳴る。沢田綱吉は『6(シックス)』ボールパズル』という落ちゲーをプレイしていた。すると階下から階段を上がる音が響く。そして母親たる沢田奈々の声が近付いてきた。

 

「つーっくん? 学校から連絡あったわよー。今日も学校サボったんですってねー」

「……」

「昨日の中間テストの結果もひどかったらしーじゃない?」

「そーだったっけー」

「おとといは『小学校低学年からやり直してください』って言われて、塾もやめさせられちゃって……」

「その話はするなよ!」

 

 次の瞬間、沢田綱吉の部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「あんた将来どうするつもりなの!!」

「ちょ、勝手に入ってくるなよ!!」

「あらまっ。何その態度。お姉ちゃんは何も言わなくても勉強したのよ!」

「はいはい。どーせオレは出来が悪いよ! 沢田家の失敗作でござんす!」

 

 沢田綱吉は軽く苛立ちながら、ゲームのボタンをドカドカと強く叩く。

 

「幼稚園の御受験から小学・中学の受験も全部失敗! どーせ何やってもダメな人生だもん。母さんはお姉ちゃんたちやすずが養うから、オレのことは頼りにしなくていいでーす。心配もご無用でーす。だからもう部屋から出ていけよ!」

「…………うぅ……ひぐっ……またそーやって、つっくんは母さんを悲しませる……」

 

 沢田家の親子喧嘩をベッド脇から眺める暁美ほむらは、悪魔の横顔をちらりと見やる。

 それに悪魔は、なんとなくそっぽを向いた。

 

「そのキモいウソ泣き、やめた方がいいよ」

「!! ……ツーっくん? 母さんね。別にイイ高校や大学に行け! って言ってるんじゃなーいのよ? あんたみたいに退屈そーに暮らしてても一生! 楽しく暮らしても一生! だったら母さん、あんたには『ああ! 生きてるって素晴らしい!!』って感じながら生きてってほしいのよー! それで言うなら、母さんを養うなんてことはぜーんぜんっ考えなくていいのよ!」

「あーそーですか。でもそーゆー恥ずかしいことは、あんま人前で言わないでくださいねー」

「ま……この子、日に日に卑屈になっちゃってー……」

「そりゃなるさ! 年上の姉に負けるならまだ分かるよ。同級生だって仕方がないさ。でも年下の妹にまで完敗してたんじゃ、プライドもクソもないだろ!」

「すずちゃんはそんなこと気にしてないわよー? それに、子供水泳世界チャンピオンで一位を連覇しちゃってる妹と比べちゃってもねー? あ、すずちゃんの部屋の棚見た? 金メダルと金トロフィーが四個ずつ揃ってるのよ!! うちの子は天才だわー!」

「あーはいはい! すずが気にしてなくても、オレが気にするの! 母さんも知ってるだろ! オレのせいで、すずの奴、学校でからかわれちゃってんだぞ!」

「だったらあんたが頑張ればいいじゃない」

「ぐっ……」(その正論は堪える……けど……)「まるでオレが頑張ってないみたいに言うなよ!」(いや、頑張ってはないんだけど……今日も学校サボったし……)「と、とにかく! もう出てってくれよ! どーせオレは何やったってムダなんだから!!」

「……ムダじゃないと思うけど……分かったわ。あ、そろそろ夕飯だから、またすずちゃんの帰りが遅かったら、お迎えお願いねっ! つっ君、すずちゃん見つけるの上手だから!」

 

 沢田奈々は、これ以上沢田綱吉を怒らせる前に話を切り上げて一階に戻る。対する沢田綱吉は重い溜め息を一つ。惰性でゲームを続ける。

 

「ちぇっ。もう四年生なのに、何がお迎えだよ。オレがわざわざそうやってすずと絡みに行くから、オレもすずも損してるんじゃないか……あーもう、しーらねっ」

 

 沢田綱吉は落ちゲーを続ける。時計の針はみるみると一週。窓の外でカラスが鳴く。夕暮れが近付いてきた。

 そこで暁美ほむらが問いかける。

 

「あの……悪魔さん。本当に妹さん、探しに行かなかったんですか……?」

「感情移入するなと忠告したはずだ。ソウルジェムが穢れるぞ」

 

 ゲームオーバーのサウンドが流れる。沢田綱吉は後ろに倒れてゲーム終了。勉強もダメ、ゲームもダメでイライラする。そして時計を見やった。

 

「…………あーもう! 世話のかかる奴だなー! いったいどこをほっつき歩いてんだ!」

 

 身支度を済ませた沢田綱吉は、家を出て青音すずを探しに向かう。

 

「なんだかんだ言って優しいんですね」

「惰性でやってるだけさ」

 

 そして悪魔は、このあと何が起きるか思い出し、先は長いと感じる。

 

「もういい。ある程度は飛ばす」

「飛ばす……って、そんなことできるんですか?」

「俺にはすずがいる。離れていても呪われている。だから叛逆魔法を使える。叛逆さえあれば記憶ミュージアムのローディングを早めるのも訳ないさ」

 

          †

 





 ※期せずして────悪魔がローディングを飛ばすと同時、物語も飛ばし気味に。というか折り畳みに。プロット的にもちょうど折り返し地点。(いや長すぎでは? 執筆時点の筆者は悠長すぎた。反省して短編を学びます。短くて分かりやすい面白い物語をコンスタントに?)

 かくて神浜聖杯戦争と第一次マギウス決戦の熱戦・烈戦・超激戦の超絶大バトル! で、大満足の完全燃焼を果たした葉綴り者は、是非もなし。略叙を次回・次々回にのこす予定です。



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