※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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第5.2章 悪魔青鈴回想 トゥルスメモリア・トラジェディア ‐並盛編・黒曜編‐
第5.3章 悪魔青鈴回想 トゥルスメモリア・トラジェディア ‐逃避行編・見滝原編‐



第5.1章 悪魔青鈴回想 トゥルスメモリア・トラジェディア ‐幼少編・日常編‐
【なんだよこれ……残酷すぎんだろ……っ!!】佐倉杏子〔純粋〕/略叙〔完〕


 

 夕方の住宅街。沢田綱吉は義理の妹(青音すず)を迎えに行くため並盛町を探索する。おそらく公園で遊んでいるのだろうとアタリをつけてみると、案の定。公園のベンチに座っている青音すずを発見。だがその隣には、なぜか笹川京子が座っていた。ふたりは楽しそうに談笑している。その現場を捉えた沢田綱吉の両目が飛び出す。

 

「え、どゆことー!? なんですずが、クラスのマドンナ・笹川京子といっしょにいるんだー!?」

 

 驚きも束の間、ガラの悪い三人の男が、笹川京子と青音すずのベンチに近づく。制服や背丈から見るに高校生だろうか。明らかにナンパだ。沢田綱吉は声をかける勇気がなく、木陰に隠れて盗み聞きを立てる。それでも臆病のあまり距離が遠すぎて会話が聞こえてこない。遠目で様子を見るに、笹川京子は口説かれていることに気づかず、にっこりとした口で首をかしげている。対する青音すずは、逆立った猫のように「シャー!」と威嚇。だが高校生三人組には相手にされていない。やがてガラの悪い不良は暴挙に出た。うるさい青音すずを突き飛ばし、笹川京子の腕を強引に引っ張り上げる。

 

「きゃあ!」

「痛い!」

 

 青音すずと笹川京子の悲鳴が聞こえる。沢田綱吉は青ざめた顔で(どうしようどうしよう助けを呼ばなくちゃー!)と右往左往。だが周囲の人たちは知らんぷり。怖いことに巻き込まれたくないのだ。誰も助けてくれない。

 その時、青音すずが不良三人組に頭突きをかました。すると反撃が来てゲンコツをもらう。赤くなるほっぺた。

 

「ガキのくせになにしやがる!」

「いっだー!!」

「すずちゃん!」

 

 誰も助けてくれない中、それでも立ち向かう青音すず。彼女は強い。それでも、まだ子供なんだ。

 

「や、やめろー!」

『────!!?』

 

 沢田綱吉は、思わず大声を出していた。公園の木々から鳩の群れが飛び立つ。全員の注目が沢田綱吉に集まる。青音すずの頬は赤くなっており、おてなみ拝見と言いたそうに腕を組んで目を細める。不良三人組も標的を変更して、指の関節からポキポキと音を鳴らしながら沢田綱吉の前にたむろする。青ざめる沢田綱吉は凍えたように硬直し、へらへらと笑っていた。その表情は絶望している。

 

「あー……えーっと……その……い、今のは、ですね……」

『問答無用!!! 俺たちに逆らう奴はこてんぱんにしてやるぜ!!!』

「ひぃいいいいいいい! おたすけぇええええ────!!」

 

 五分後。そこにはタコ殴りにされた沢田綱吉が尻を突き出して倒れていた。顔面はデコボコ。全身アザだらけ。一回も反撃できなかった情けない男が涙を流している。不良三人組はそれを見下ろしてニタニタと笑っていた。

 

「まーお兄ちゃんのことだし、そうなるだろうと思っていたわ」

「ツナくん!」

 

 笹川京子が傷の具合を見ようと駆けつけると、不良の一人がそれを阻む。笹川京子の腕を力強く掴んだことで──「痛い!」──再び笹川京子の悲鳴が上がる。

 

「レディの扱いも知らない野郎は帰れゴラー!」

 

 青音すずのドロップキック。不良ふたりが吹き飛ぶ。残る一人は激昂し、武器の鉄パイプを取り出す。それを見た沢田綱吉たちは驚いた。

 

『!!?』

「ガキが……あんまなめてると痛い目を見るぜ!」

 

 それでも青音すずは果敢に立ち向かおうとする。無謀だ。一方、力なく倒れてうなだれて、勇敢な妹を見上げるしかない沢田綱吉は、不意にあるものを見て後悔する。それは妹の顔に付けられた傷。赤く腫れたほっぺた。

 沢田綱吉は思う。最初から誰かに助けを求めるのではなく、自分から助けようとして飛び出していれば、傷ついたのは自分ひとりで済んだことに後悔する。怖がってビビって迷っていたせいで、沢田綱吉は青音すず(大切な妹)を守れなかった。どうせ殴られるなら、てんでダメダメな奴が殴られれば良かったのに。

 

 ────どうして最初から、死ぬ気で頑張らなかったんだろう。

 

 不良は鉄パイプを振り上げる。笹川京子は逃げてと叫ぶが、青音すずは立ち向かう。次の瞬間、青音すずと不良の間に沢田綱吉が飛び込んできた。振り下ろされる鉄パイプの先端が、沢田綱吉の額を強打する。鮮血は、揺らめく炎のように飛び散った。

 

「──……いっでぇええええええ!?!?!!?!?!」

 

 沢田綱吉は激痛にもんどり打つ。それでもなんとか立ち上がれるようになると、青音すずと笹川京子の手を掴んで、全力疾走。公園から飛び出していく。それを目にした不良は思わず叫んだ。

 

「えっ! 逃げたー!? 待てゴラー!!」

「ひぃいいいい!! すず! 京子ちゃん! もっと早く走ってぇええ!!」

「うっさいわね手を離せバカツナ! 私に殺らせなさい! あんな奴ぎったんぎったんのぼっこんぼっこんにしてやるわー! シャー!!」

「はぁ、はぁ……!」

 

 沢田綱吉は、不良から逃げるためにちょうどいいルートをいくつか知っている。外を歩けば不良に当たる並盛町に、小さい頃から暮らしてきたのだ。T字路を曲がればトンファー振るう不良と鉢合わせ、逆方向に曲がればリーゼント不良と鉢合わせる登下校。そのため今日のようなことは珍しくない。とりあえず近所のおばちゃんの家の生垣に突っ込めば、そこから路地裏に出ることが────

 

「ぶへっ!?」

「そこは去年工事したから穴は埋まったって、近所のおばあちゃんが言ってたじゃない」

「そ、そうでしたー……」

 

 逃げることもダメダメ。後ろから不良三人組が追いかけてくる。

 

「……はーっ。ほんとお兄ちゃんはダメダメねー!」

「すず……!」

 

 青音すずは、沢田綱吉と笹川京子の手を取って駆け出す。猫が使う抜け穴を通って、迷路のような路地裏を走り、一瞬で不良たちを引き離してしまった。さらに路地裏はボス猫の縄張り。間違って路地裏の奥に足を踏み入れてしまえば、百匹の猫が怒り狂って襲ってくる。遠くで不良三人組の悲鳴が響く。今ごろ顔中を引っかかれている頃だろう。

 

「ま、私にかかればこんなもんよ!」青音すずは得意げに鼻を鳴らし、両手のひらを挙げて両肩をすくめる。

「すず……ありがとう……助かったよ……」

「すごいね……すずちゃん……!」

 

 笹川京子の笑顔を見て、沢田綱吉は落ち込む。確かに褒められるべきは妹のほうだ。自分は何もできなかった。

 一方、そんな兄の心情を表情から読み取った青音すずは、一つ疑問を口にする。

 

「それにしても珍しいわね。お兄ちゃん、今日はなんでそんなに頑張ったの?」

「はぁ? 失礼な奴だな。さすがに鉄パイプはヤバイだろ」

「そうだけど……いつもは私が不良どもをボコボコにしてるところを陰から見てるだけだったから」

「ぐっ……それは……」

 

 しかし沢田綱吉は(たしかに)と思う。なぜ自分は、妹を庇って大怪我をしたのか。そして思う。そんなことは考えるまでもないことだった。

 

「だってオレはお兄ちゃんだからさ。妹を守らなきゃって思ったら……体が動いていたんだ。遅かったけど……」

「なに? ああ、殴られたほっぺたのこと気にしてるの? 別にこのくらい、どーってことないわよ!」

 

 青音すずは自慢げに腰に手を当て、えっへんと胸を張る。生傷だらけの小学生。実に子供らしい元気っ子。

 その時、笹川京子が「ふふっ」と笑う。どうしたのかと青音すずは目を丸くし、沢田綱吉はいまさら(そうだ! 笹川京子がいたんだったー! つーか逃げるとき、笹川京子の手を握っちゃったー! っていうか今も握ってるー!?)とあわてふためき、パッ! と手を離す。

 

「ツナくんって、かっこいいね」

「────え……?」

 

 笹川京子の純真な感想。沢田綱吉のほっぺが火照る。そして笹川京子は、カバンから消毒液と絆創膏を取り出し、沢田綱吉の傷を手当した。距離が近くて沢田綱吉はドギマギする。その様子を見守っていた青音すずは、沢田綱吉の反応を見て「ははーん……?」と、クスクスほくそ笑んでいた。

 

          †

 

 翌朝。沢田綱吉はベッドから飛び起きて、階段を駆け下り、朝食中のリビングに顔を出す。

 

「やったー! 京子ちゃんと友達になれたぞー! おいすず! ゆうべのできごとはうそじゃないよな!?」

「そうねー」

「つっくん! もう登校の時間よ! 早く支度しなさい!」

 

 寝ぼけ眼の青音すずは、卵焼きとベーコンとレタスが乗った食パンを口に運ぶ。沢田綱吉は豪華な食パンを口に咥えて自室に戻り、食べながら着替え、ポロポロとパンくずを落としながら荷物を背負い、玄関口まで走る。するとパンを喉につまらせて青ざめ、リビングに駆け込み、水をいっぱい飲み干して咳き込んだ。そして靴を履き扉を開ける。

 

「いってきまーす!」

「まっ! つっくん! お行儀が悪いわよー!」

 

 その光景を目にしていた暁美ほむらは、傍らに立つ悪魔をちらりと見る。

 

「なんだ? 食い方の説教か?」

「い、いえ……悪魔さんが、あんな美味しそうに食事をしているところ、見たことがありませんでしたので……」

「……着眼点そこなのか?」

「だ、だって! 今の悪魔さんは、食事の必要がないようですし……普通の男の子だった時期も、ちゃんとあったんだなと思うと……」

「…………」

 

 今は味覚も感じない。悪魔は既に死体も同然なのだ。

 

(母さんの作る料理……もう、味も思い出せないな……)

 

 沢田綱吉は道路を走る。十字路を突っ切る。

 

「このあとの展開は分かっている。剣道部の主将に喧嘩を売られて、笹川京子を巡って対立するんだ。そこにすずが現れて────」

 

 クラクションの音。沢田綱吉は青ざめた顔で立ち止まる。口から食パンを落っことした直後────激突音。暁美ほむらは目を疑った。悪魔も目を見開いて口をあんぐりと開けていた。周囲の通行人から悲鳴が上がる。

 

「大変だ!」「男の子が轢かれたぞー!」「血だらけだ……」「救急車を呼べ!」「おい、これ、もう……息をしてないぞ……」

 

 悪魔の記憶と異なる展開。今、目の前で沢田綱吉は死んだ。交通事故による死亡だ。

 

 ────二度目の移動は、悪魔さま、もとい沢田綱吉の交通事故による死亡を受けて、それを“無かったことにする”つもりで、叛逆魔法を行使したコトです。しかし何度も言うように、彼女の本来の魔法は並行世界の移動。青音すずはベータ世界線からガンマ世界線へと移動し、沢田綱吉が交通事故を起こさない世界線に転がり込みました。

 

 神浜市とフランスを繋ぐ世界規模の聖杯戦争の折、チェルベッロから明かされた情報は、このことだったのかと合点がいく。

 

「……お兄ちゃん……?」

『!?』

 

 兄を追ってきたのか、ランドセルを背負う青音すずが立ち尽くす。

 

「……うそ……いや……こんな……────づっ!?」

「すず……────ぐっ!?」

「悪魔さん!?」

 

 悪魔の記憶にノイズが走る。悪魔が知っているこのあとの展開は、主に二つ。

 

          ……

 

 一つ目。

 

 笹川京子と沢田綱吉が、いつの間にか仲良しになっていた。それを見て嫉妬した剣道部の主将が、笹川京子を景品と称し、沢田綱吉に剣道勝負の決闘を挑む。そして体育館で待っていると宣戦布告し、クラスは大騒ぎ。面白そうなイベントのため体育館に集まる。沢田綱吉は、こんなの勝てるわけがない、逃げてしまおう、と思ったが、クラスメイトが逃がしてくれず、体育館に運ばれてしまう。このままでは決闘が始まる。そうなれば沢田綱吉は瞬殺だ。沢田綱吉はどうしようと頭を抱えていると、体育館の扉が豪快に開け放たれる。そこにはちっこい少女がいた。青音すずだ。

 

「え、すずー!? おまえ、学校はどうしたんだよ!?」

「うっ……それは……ちょっと学校より大事なことがあっただけよ!」

「学校より大事なことってなんだよ!? そんなのあるわけないだろ!」

「あるわよ! 人助けなんだから!」

「人助け……?」

「そ、そんなことより……お兄ちゃん! が……がんばれー!」

 

 青音すずは全力で兄を応援する。クラスメイトはそれを見てほろりとし、沢田綱吉に応援の喝采を送る。──「妹さんが応援してんだ、これは負けられないぞ、ツナ!」──そんな山本武の声で、沢田綱吉はなんとか、主将の初撃を耐え切ることができた。主将は「今のはマグレだ!」と叫ぶ。その通りだ。次はない。次の一撃で倒される。ただ、そんなことより────

 

「そんなことより! 人助けってなんだよ! まさかまた、なにか危ないことをしてるんじゃないだろうな!?」

「なっ……! 今はそれどころじゃないでしょう!? なによ一撃でフラフラしちゃって情けない! ブザマね! 昨日不良から助けてもらったみたいに、そんな鉄パイプよりへなちょこの竹刀なんざ叩きおってやりなさい!」

「そんなことできるわけないだろ!? あの時は……すずが、ピンチだったから……勇気が出ただけで……今は、なんか変な因縁を付けられてるだけだから、昨日の力なんて出せないよ……」

 

 それはつまり、青音すずのためなら、死ぬ気で頑張れるということか。ちょっと胸をくすぐるものがあった青音すずは、一瞬やりきれない表情をしたあと、あっかんべーと小馬鹿にする。──「あっそ! もう知らない!」「なっ!?」──体育館の扉がバタンと締められる。次の瞬間──「スキあり!」──剣道部師匠の一撃が、沢田綱吉の頭部に入る。その一撃で沢田綱吉は気絶した。──「はっはー! 俺の勝ちだー!」(この主将、最低すぎる……!)──呆然とするクラスメイトたちの意見が一致する頃。沢田綱吉の額に貼られた、笹川京子のばんそうこうが剥がれて、鉄パイプによって傷つけられた額があらわとなる。

 

「うっわ! なんだ? あのキズ!」

「ツナの妹さんが言ってた話は本当だったのか……?」

「おい起きろツナ! まさかダメツナで有名なお前が、本当に不良と戦ったのか……?」

 

 脳天に星が回る沢田綱吉は──「え……? なに? オレ、負けちゃったの……?」──と混乱。そこへ笹川京子が、新しいばんそうこうを貼ってあげた。──「だって全部、本当のことだもんね! それに、すずちゃんのためなら勇気が出るなんて、やっぱりツナくんはかっこいい!」「えっ……!」──クラスメイトたちは、沢田綱吉が不良相手にどう戦ったのか聞きたがる。沢田綱吉は、ただ逃げただけだと語る。それでも青音すずだけでなく、クラスのマドンナたる笹川京子も助けたことが分かると、クラスは騒然。特に黒川花は、沢田綱吉の背中を思いっきり叩いて──「あんたよくやった! やればできるじゃん! うちの親友を守ってくれてマジサンキュー!」──と感謝する。そうしてクラスは沢田綱吉を中心に湧き上がる。

 笹川京子を巡る勝負の話はどこへやら。剣道部の主将は──「おーい! 俺が勝ったんだから、笹川京子は俺のものだぞー!」──ツッコミを入れるが、むしろそのボケに総ツッコミが入る。

 

「主将は試合に勝って勝負に負けた感じだな!」

「ガビーン!」

 

 屈託のない笑顔を見せる山本武の容赦ない一言で、剣道部の主将は撃沈。クラスに笑いが巻き起こる。

 

(それもこれも、すずのおかげかな……でもあいつ、なんで最後は怒ってどっか行っちゃんたんだろ……?)

 

          ……

 

 二つ目。

 

 後日。夕方の公園。突然、青音すずに呼び出された沢田綱吉は、衝撃の告白を受ける。

 

「すず……実は、本当は……名前、ブルーベルって言うの……」

 

「おに……ツナのこと、一度もお兄ちゃんだと思ったことはない」

 

「だってわたしには、本当のお兄ちゃんがいたし! 本当のお兄ちゃんは、ブルーベルに泳ぎを教えてくれたスッゴいお兄ちゃんなのよ! そんなスッゴいお兄ちゃんと比べるのもおこがましいくらい、ツナはダメダメで、勉強も運動もダメで、ほんっと愚にもつかないダメツナなんだから……こんなのがブルーベルのお兄ちゃんだなんて、認められるわけがないでしょ!」

 

 あの時の沢田綱吉は、その言葉の意味に気付かなかった。額面通りに受け取ってしまった。遠まわしな言い方をする青音すずの責任でもある。それでも兄なら気づいてやるべきだった。

 

 ────あいつは大(・)事(・)な(・)時(・)に(・)素(・)直(・)に(・)な(・)れ(・)な(・)い(・)性(・)格(・)なんだって、知っていたんだから。

 

 その日の口喧嘩は、よく覚えていない。今までにないほどボロクソに言われたため、沢田綱吉は怒って言い返した。すると負けず嫌いな青音すずのことだ。当然、最初に話したかったことなんて忘れて言い返してくる。互いに怒り心頭で、相手の顔を一度も見ずに家に帰った。

 

 それでも一日経てばどうにかなるもので。青音すずがヒステリーを起こすめんどくさい女だということは理解しているため、あちらが謝ればこちらも謝るつもりだったし、そうでなくとも仲直りする予定ではあった。そして青音すずは、また門限を破って夜遅くまで遊んでいた。沢田綱吉は仕方なく探しに行く。すると笹川京子も探すのを手伝ってくれた。そして公園で、青音すずの死体を見つける。三浦ハルが死んで、笹川京子が肉塊になって、沢田綱吉は悪魔となった。

 

 そこに至るまでの出来事は、悪魔契約の際、黒江が見た夢の通りだ。

 

          †

 

「おにい、ちゃん……いやだ、もういやだ……もうお兄ちゃんを喪いたくない……! イヤァアアアア!!」

 

 青音すずのシルバーリングが青黒く輝く。叛逆魔法の前兆だ。今、青音すずは現実に叛逆した。沢田綱吉は交通事故で死亡した、という事実に叛逆した。それは“某年某月某日、沢田綱吉が交通事故で死亡しなかった世界線”への移動を意味する。周囲の世界が塗り替わる。世界の情報が書き換わる。悪魔の記憶のはずが、青音すずを起点として、彼女の平行世界移動に巻き込まれる。

 

「悪魔さん、これは……!?」

「チェルベッロの言うことが本当なら、ベータ世界線からガンマ世界線に移動しているんだ……!」

 

 否、世界線はギリギリ越えていない。極めてガンマ世界線に近い、極めてベータ世界線から遠い舞台。そこに辿り着く。

 

          †

      《γ,999,999,991》

 

 早朝。沢田綱吉はベッドから飛び起きて、階段を駆け下り、朝食中のリビングに顔を出す。

 

「やったー! 京子ちゃんと友達になれたぞー! おいすず! ゆうべのできごとはうそじゃないよな!?」

「────…………え?」

「な、なんだよ……へんてこな顔して……ま、まさか本当は夢だった!? そうだよなー……オレなんかが、すずさまと笹川京子を助けるために、鉄パイプ持った不良に立ち向かうなんて話、ありえないよなー……」

「…………────ううん。本当、だよ……」

「え? マジ!? ほんとのほんとだよな、すず!?」

 

 沢田綱吉は、青音すずの両肩を掴んで問い詰める。

 

「う、うん……!」

「ひゃっほーい!」

「ツっくん! なによそんなにはしゃいじゃって! もう登校の時間よ! 早く支度しなさい!」

 

 それからは同じ展開。青音すずは茫然自失としていたが、ある程度事態が飲み込めたのか、沢田綱吉が家を出ると同じ、慌てて外に飛び出した。魔法少女の力を使って先回り。事故現場で待ち構えて、叛逆魔法の用意を済ませるが、沢田綱吉は十字路を走り抜ける。交通事故を起こした自動車は通らなかった。

 暁美ほむらは、似たような経験をしているため、さほど驚く様子を見せないが、それでも驚く。

 

「過去が……変わった……!」

「世界線が大きく変わったからだろう」

「大きく……?」

「チェルベッロは、わざわざ世界線をアルファ、ベータ、ガンマ、デルタと分けていた。それはなぜか? 見るにすずは、頻繁に叛逆魔法を使っている様子だ。魔女戦闘でも使わない時なんてないだろう。便利な魔法だからな。そうなると、すずが移動してきた世界線の数は極めて膨大になる。そこで俺は二つの案が思い浮かんだ。──はたしてチェルベッロは、その膨大な世界線の中で、最も重要な世界線を分かりやすく区別するため、四つの名前をつけたのか。──それとも、四つに分けるだけの理由があったのか。あったとしたら、これは仮定に仮定を重ねた憶測だが……叛逆魔法の強弱にあると見た」

「……──すずちゃんが、強い意志で叛逆魔法を使えば、その分だけ大きく世界線を跨ぐ……ということですか?」

「おそらく。なんせ見てみろ。そこの家のテレビがブラウン管だ。おとなりさんも同じだぜ」

 

 悪魔が指をさす。暁美ほむらが見やると、沢田綱吉が通り過ぎる数々の家、その全てが時代錯誤なテレビを置いていた。都会の街中で、半世紀前のテレビを、これだけの世帯が使い続けることなど、ありえるのだろうか。

 

「下手したら、人類が獣人になった世界線とか、そもそも人類が生まれず恐竜人間が繁栄した世界線とか、そういうところに移動してしまう可能性もあるわけだ」

「……!」

「まぁ、そこまでの大規模な世界移動を成し遂げる時は、その直前に魔女化していることだろう」

 

 沢田綱吉は学校に到着する。笹川京子と仲良く話す。すると剣道部の主将が難癖をつけてくる。決闘の話に。あとの流れは、悪魔の記憶と似たようなものだ。

 

「悪魔さん。これは……?」

「展開は俺の記憶に近い。ところどころ街の雰囲気が、俺の知るものと異なるが……何人かの生徒がガラケーを使ってるな。どうもガンマ世界線は、情報通信技術の発展が遅れた世界のようだ」

 

 後日。沢田綱吉は突然、青音すずから公園に呼び出される。青音すずは、沢田綱吉のことを兄だと思ったことはないと発言する。あとの流れも似ている。

 

「ブルーベル……? でも、すず。なんで今、そんな話を……」

 

(ガーン! お(・)兄(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)と(・)思(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)は(・)一(・)度(・)も(・)な(・)い(・)~!? いきなりショッキングなこと言われたんですけどー!? オレ泣いていいですかー!)

 

「っ……! 黙って聞いてればなんだよ! 俺にどうしてほしいんだ! そんなにオレのことが嫌いなのか!? あーはいはい。オレはダメツナで、すずには似合わないアニキですよ! こんなアニキでごめんなさいねー!」

 

 それからは売り言葉に買い言葉。兄妹喧嘩と言ってしまえば微笑ましいが、青音すずの表情を見て────悪魔は、やはりと思う。それは暁美ほむらも気付いていることだった。

 

「……悪魔さん。もしかして、すずちゃんは、悪魔さんのことを────」

「皆まで言うな。……多くの女を抱いてきて、訳の分からない魔法少女のヒステリーに悩まされて、超直感が働いて女の子の心がようやく分かってきて……その時、もしかしたらすずもそうだったんじゃないかって……ようやく気付いたことだ。あまりにも遅すぎる気付きだよ。取り返しのつかない、最期の兄妹喧嘩だ」

 

 沢田綱吉と青音すずの口喧嘩。青音すずは、自分の気持ちに素直になりたいのに素直になれず、みるみる目に涙を溜めていく。それを見て沢田綱吉は(うっ……)と怖気付くが、妹の涙に負けていられない。青音すずは強いのだから、ここで言い返してもきっと大丈夫だ。

 

「強くても、脆いんだよ」

 

 ぽつりと、悪魔がこぼす。

 

「もう怒った! いきなり呼び出して何かと思えば、まさかこんな喧嘩を売られるとは思わなかったよ!」

「あ……」

 

 沢田綱吉が怒るのも無理はない。文字通り訳の分からない喧嘩を売られたのだから。

 その時、流れが変わった。悪魔の記憶にないことだ。

 

「────……う、うぅ……なによ! わたしのおかげで生きてるくせに!!」

『!!?』

「ちゃんとブルーベルの声を聴いてよ! ブルーベル、魔法少女になったの! それでツナが、ブザマに交通事故で死んだ時、ブルーベルが生き返らせてあげたんだからね!」

 

 暁美ほむらは、咄嗟に悪魔の方を見る。悪魔は首を横に振った。これは知らない記憶だ。それも当然。今ここで起きている出来事はガンマ世界線の歴史だ。悪魔はデルタ世界線の人間なのだから、別の世界線の記憶を持っているはずがない。

 

(そうなると、やはりこの記憶ミュージアム……本当にすずの記憶も混じっているのか……)

 

 沢田綱吉は、口をあんぐりと開けて言い返す。

 

「……なんだよ、また急に意味のわからないことを……オレが交通事故で死んだって!? ピンピンしてますが!」

「ちが、そうじゃなくて……」

「たしかにオレはダメツナだから、そんなこともあるだろうさ! でも、仮にそうだとしたら! な(・)ん(・)で(・)オ(・)レ(・)な(・)ん(・)か(・)を(・)生(・)き(・)返(・)ら(・)せ(・)た(・)ん(・)だ(・)よ(・)!」

『────!!』

 

 青音すずは硬直し、暁美ほむらは嫌な予感がする。悪魔は、つい止めようと手を伸ばした。

 

「それはダメだ」

「なんで、どうして……本(・)当(・)の(・)お(・)兄(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)の(・)方(・)を(・)生(・)き(・)返(・)ら(・)せ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)ん(・)だ(・)よ(・)!」

「やめろ」

「こんなダメダメなアニキじゃなくてさ! おかしいだろ!? 俺が兄としてふさわしくないって言いだしたのは、おまえのほうなんだぞ!」

 

 沢田綱吉は──「まったくもう……本当にどうしたんだ……」──と腰に手を当て、頭をかきむしり、ぷんすか怒って家に帰る。一方の青音すずは、意気消沈していた。告白どころか喧嘩までして、一番複雑なところを突かれた。

 

「……ちがうの……だって……願えるものなら、願ってたよ……そんなの、当たり前じゃん……」

 

 青音すずがQB契約に至るまでの経緯は、巴マミと近似する。交通事故に遭い、押しつぶされた自動車の中で、突として現れた白い珍獣に助けを求め、訳も分からず願いが叶えられ、ひとりだけ生き残ってしまった。叛逆魔法に人を生き返らせる力があるなら、そうしている。それでもあれから多くの時間が経った。あの時ほどの激情は、もうない。

 前の家族のことは、きちんと愛しているのに……もう顔もおぼろげで、声もどうだったのか思い出せなくて。沢田綱吉を生き返らせたあとは、何度も試した。何度も何度も何度も強く祈って叛逆魔法を使ったけど、何も起こらなかった。それはきっと“意志が弱い”からだと思った。覚悟が足りないのだ。それはなぜか。

 

 沢(・)田(・)家(・)が(・)い(・)る(・)か(・)ら(・)だ(・)。

 

「悪魔さん……この心の声は────」

「すずの記憶だ。今までも部分的に、すずの視点になることがあった」

 

 沢田家に愛されている。沢田家を愛している。だから現状に満足してしまっている。かつての本当の家族を取り戻したいなら、これは邪魔な存在だ。

 

「ダメ、すずちゃん……! そんなの……っ。悪魔さん……!」

「動じるな。オレはこうして生きている。それに、違う世界線で起きた出来事なんて、いちいち気にしていられない」

「──っ! でも……!!」

 

 青音すずは泣き出す。

 

「むりよ……なんでこんなこと考えちゃうの……ソウルジェムが濁ると、いつも良くない考えが頭によぎる……なんで? どうしてなの……? わたし、そんなに悪い子だった……? そりゃあ、今まで悪いことしてきたけど……泣き虫嫌いだからいじめたり、お兄ちゃんのゲーム遊んでたら負けて悔しかったからコントローラー投げて壊しちゃって、庭に墓を建てて埋葬して証拠隠滅したりしたけど……」

 

(あの謎の墓はそういうことだったのか……今度家に帰ったら掘り起こして修理に出そう……世界線が異なるから、中身はコントローラーじゃないかもしれないけど……)

 

 悪魔は覚えがあるのか苦笑する。

 しばらくして青音すずは立ち上がり、小石を蹴って家路に就く。

 

「……こんなはずじゃ、なかったのに……できるものなら、やり直したい……」

 

 帰宅。ただいまも言わず階段を上がろうとすると、リビングから沢田綱吉の──気の抜けた、いつもどおりの──声が届く。

 

「おいすず、ただいまも言わずどうしたんだよ。もう夕飯の時間だぞ、うがいしてこーい」

「……────え?」

「ん? あれ、すず。目が腫れてるじゃん! なんだ!? どうしたんだ!?」

「…………!」

 

 暁美ほむらは、これはどういうことかと言いたげに悪魔を見る。

 

「無意識に叛逆魔法を使ったのか……? それか制御できないのか……だが普段は制御できているようなのに、なぜ今になって? ──もしかしたら水泳の魔女の恋愛性質と関係しているのかもしれない。恋愛に関する感情が、叛逆魔法を誘発させている可能性がある。すずの恋愛性質は、同時に叛逆魔法も宿っているからな。魔法少女と魔女は表裏一体。故に魔法と性質も裏(・)返(・)し(・)で(・)同(・)じ(・)意(・)味(・)なんだろう」

「裏返しで、同じ意味……」

「あるいは、逆因果律によるものか。それはキュゥべえと議論してみないことには分からないな」

 

 それはともあれ、沢田綱吉の記憶は叛逆魔法で改竄されている様子。青音すずは夕飯を食べて自室に戻る。その時、震える手のひらを握り締め、机を殴った。

 

「こんなの違う……なんで勝手に魔法が……やり直しなんて……ちょっと弱音を吐いただけじゃん……ブルーベル、そんな弱くないもん……両親もお兄ちゃんも死んだ。やり直しなんて望まない。ツナだって、気づいたら生き返っていただけだし……ブルーベルの気持ちじゃないもん! うそだもん! ブルーベル、そりゃあツナには死んでほしくなかったけど、魔法を使った覚えがないもん!」

 

 青音すずは精神的に追い詰められていく。やり直しを願うことは弱いことだ。現実を受け入れられない弱者の思想だ。そのような頑固たる信念を有する青音すずは、だからこそ現状が受け入れられない。まるで弱ったところに、見えない何かにつけ込まれている気がする。とても嫌な気分だ。

 

「────青音すず。どうしたんだい?」

『キュゥべえ!!!』

 

 青音すずの声に合わせて、悪魔と暁美ほむらの声が重なる。

 

「君ほどの魔法少女が珍しい。これだけの魔女反応に気付かないとは」

「魔女……?」

「いいのかい? このままだと君のお兄さん、死んでしまうよ?」

「────え?」

 

 青音すずは自室を飛び出して階段を駆け下りる。情報は自ら集める。なんとなくキュゥべえの言うことに耳を貸したくない。弱いところに抉るような言葉が待ち構えている気がする。とても憎い気分だ。

 

「ママ! お兄ちゃんは!?」

「え? 急に外に出て行っちゃったけど……」

「沢田綱吉は魔女の口づけを受けたんだよ」

 

 青音すずは外に飛び出す。キュゥべえの言うことが事実なら、魔女反応を追っていけばいい。屋根から屋根へと跳んで最短距離を走る。魔女反応は並盛町郊外の廃墟に止まる。

 

 深夜の廃墟。

 月光のもと、青音すずと魔女が戦う。攫われたのは沢田綱吉のみ。なにかがおかしい。ほかの人は誘拐されていないのか。なぜ沢田綱吉のみ狙ったのか。焦る青音すずは、魔女の大技を許す。カウンターの叛逆魔法で魔女は即死したが、廃墟が倒壊。魔女の口づけが解けて意識を取り戻した沢田綱吉は、頭上から降り注ぐ瓦礫を見て混乱する中、死を覚悟する。青音すずは身を呈して庇おうと、崩落する瓦礫の中に飛び込んだ。

 

 地平線から日が昇る頃。青音すずは目を覚ます。ハッとして起き上がると、腕の中には沢田綱吉。それでも小さな体では、大きな兄の全身は守れなかった。ネジのように捻じれのついた鉄棒が、沢田綱吉の腹部を貫通している。

 

「……起きたか、すず……ケガ、ないか……?」

「────────」

「オレ……何が起きたのか、よく、わかんないけど……なんか、もう、ぜんぜん、痛み、なくてさ……とりあえず、すずが無事なら、よかっ、た……」

 

 沢田綱吉は、口から血を流して微笑む。なぜこの状況で笑えるのか。

 青音すずは目に涙をたたえて、ゆっくりと首を横に振る。こんな現実は認められない。今すぐ叛逆魔法で治癒する。

 

「……なんで。どうして……なんで!! 魔法が使えないのッ!!?」

 

 青音すずは取り乱す。叛逆魔法が使えない。

 悪魔は見抜く。ソウルジェムに穢れが九割蓄積している。沢田綱吉の瀕死で混乱していることもあり精神が落ち着かず、うまく魔力が巡らないのだ。一旦冷静になれば魔法は行使可能。だが、戦士でもない女の子にそれを求めるのは、過酷というものだ。

 

「さわぐなよ……ヒステリックな奴は嫌われるぞって、言っただろ……」

「でも……っ」

「このくらい、へっちゃらだよ……だってオレ、無敵だから……」

「無敵って……そんなわけ────」

「そんなわけあるよ……特に、妹を守ろうとする、アニキは────ね」

「っ……!」

 

 沢田綱吉は力なく呼吸し、瞳は虚ろになっていく。青音すずは、急いで助けを呼ぼうと立ち上がるも転んでしまう。よく見たら、瓦礫で両足が潰れていた。動けない。否、魔力を回せば再生可能。それでもなぜか魔力の巡りが悪い。水属性の魔法少女は鎮静魔力のせいで肉体再生が遅い弱点もあり、青音すずに焦りが増す。

 

 その時、ふたりの頭上から物音がした。青音すずは見上げる。不安定な瓦礫がグラグラとしている。もしそれが落っこちれば沢田綱吉と青音すずはぺしゃんこだ。沢田綱吉は最初から(目が覚めた時から)そのことに気づいていたのか──「そろそろかな……」──と呟く。

 

「……悪魔さん。今の言葉って、どういう────」

「……オレのことだ。あの瓦礫が落ちてきた時のために、動かず休んでいたんだろう。最後の命を、ここ一番の時に燃やし尽くすために────」

 

 失敗は許されない。ついに巨大な瓦礫が落ちてくる。人ふたり分を圧死するには十分なコンクリートの塊だ。青音すずは魔力を回そうとするが、回せない。絶望でソウルジェムの穢れが十割に達しようとする。その時、沢田綱吉が叫んだ。

 

 もう二度と後悔したくない。だからこそ。

 

「オレは────死ぬ気で妹を守るッ!!」

 

 何かのリミッターが外れる。自力で上半身を起き上がらせた四白眼の沢田綱吉は、腹部を削られつつ鉄棒から脱出、青音すずの背中と両足を抱き上げて────跳躍できない。両足が瓦礫に潰されて死んでいた。ならば頭突きあるのみ。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!」

 

 死ぬ気の頭突きが激発。爆音を轟かす。その頭ひとつで瓦礫を受け止めた沢田綱吉は、両鼻から大量の血を吹き出す。徐々に亀裂の入る瓦礫。コンクリートは真っ二つに割れて撃砕。そして沢田綱吉は、妹を抱き上げたまま────絶命していた。

 

「────これの、どこが、ダメなお兄ちゃんなのよ……」

 

 白み始める空。朝日を浴びる石像の益荒男。それに抱かれる妹は誇らしげに、涙ぐんで呟く。

 

「青音すず。どうやら君は、自分の兄に値する人物を死なせる運命にあるようだね」

 

 かつては窓だった瓦礫の上に、突としてインキュベーターが現れる。

 

「……そうよ。わたしのせい……わたしのせいで、わたしが……お兄ちゃんを、二回も死なせた……」

「……なら、またやり直せばいい。君にはその力がある。ルールを破る、叛逆の力が」

「でも、どうせまた繰り返しになるわ。わたし、無駄なことはしたくない。わたしは強いから、そんな弱いこと、死んでもしない」

「そうか。使うだけ損はないと思うのだけど。少なくとも君の兄は生き返るのだから。少しの間だけかもしれないけど、希望を捨てるには早いんじゃないかな? 君の兄が死ぬ運命さえ、叛逆すればいいんだから」

 

 青音すずは涙を流す。何も言わず、物言わぬ石像を強く強く抱きしめている。

 インキュベーターは話を続ける。追い打ちをかけるつもりはない。

 

「ところで青音すず。君は沢(・)田(・)綱(・)吉(・)を(・)生(・)き(・)返(・)ら(・)せ(・)て(・)魔(・)法(・)少(・)女(・)に(・)な(・)っ(・)た(・)わ(・)け(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)」

『────?』

 

 青音すずは赤らんだ目を向け、悪魔と暁美ほむらは訝しむ。先ほどの青音すずの回想では、巴マミと同じ契約経緯を持つと言っていたはずだ。世界線が変化しているため、インキュベーターの記憶では契約経緯が異なったものとして認識されているのだろうか。

 

「君はもっと幼い時に、僕と契約していたんだ」

「……え?」

 

 悪魔は直感する。それは誰かの気持ちを直感したわけではない。人間が生来持つ能力。経験則から事態の真相を瞬発的に掴み取る直観が働いたのだ。

 

「そういう、ことか────叛逆魔法で平行世界を移動する際、すず本人の記憶も……移動先の世界に合わせて改変される可能性がある……!」

「……っ!? それじゃあ、今のすずちゃんは────!」

 

 青音すずは目を見張る。

 

「君は初めての水泳大会で、送迎をしてくれる兄が遅刻したために、競技場の外に出て兄を待っていた。君はまだ幼かったから、そばには君の両親がいた。そして兄が信号機の向こうに見えた時、君はいきなり走り出した。信号機の色は赤だった。兄と両親は君を助けるため、車が往来する道路に飛び込んだ。結果、玉突き事故さ。多くの通行人と運転手が死亡した。君の兄と両親も例外なく、車に轢き殺された。即死だったようだよ。そして、あの場で唯一生き残ったのは、僕と契約して助かった君だけさ」

 

 ────いたい……たすけて……おにい、ちゃん……

 

「そして沢田家の養子となり、沢田綱吉という新しい兄ができた」

「────あ……ああぁああぁ……!?」

 

 インキュベーターの言うことは正しい。青音すずは、つい昨夜まで、その正しい記憶を保持していた。それでも今この瞬間、沢田綱吉が絶命した瞬間────も(・)う(・)兄(・)を(・)失(・)い(・)た(・)く(・)な(・)い(・)という理由から、無意識に、自らの契約経緯の記憶を、叛逆魔法で封印していた。

 

「え……! じゃあ、悪魔さんの今の考察は、間違い……?」

「いや……すずは騙されない。だが……頭では分かっていても────もう、心が……限界だ……」

 

 世界が、改変していく。無意識の叛逆魔法行使。ガンマ世界線からデルタ世界線へとスライドしていく。

 

「すずの記憶はスライドの影響で改変されていた。それは俺がこの体で実証している。デルタ世界線の笹川京子のお姉さんは、笹川もみじという名前だったが、いつの間にか笹川了子に変わっていた。すずも似たような事例が起きていたはずだ。しかしインキュベーターの言うことにも矛(・)盾(・)は(・)な(・)い(・)。だが唯一の落とし穴は、魔法の特性か、無意識か、ということだ」

「────すずちゃんはや(・)り(・)直(・)し(・)を(・)弱(・)い(・)こ(・)と(・)と考えている。自分の記憶を都合のいいように改変することも、きっと弱いことと捉えるはず。本当は魔法の特性で仕(・)方(・)な(・)く(・)そ(・)う(・)な(・)る(・)現(・)象(・)なのに、インキュベーターは……! すずちゃんの心を最も抉る解釈を伝えることで、魔女化を促そうとしている……!!」

「もしこの場にインキュベーターがいたら、きっとこう言うだろうな」

 

 ────心外な。僕は可能性のひとつを述べただけだよ。

 

「ひとつ述べるなら、ほかにも述べてみろよ……畜生っ……!!」

 

          †

      《γ,000,000,001》

 

 夜の公園。そこには頭を抱えて震える青音すずと、なぜか三浦ハル。そしてインキュベーターがちょこんと座り、月光のもと、暗闇の中に赤い目を光らせていた。

 

「キュゥべえ……ウソを、言うんじゃ……」

「嘘なんかじゃないさ。君は奇跡的にまだ意識があった。でも一分後には死んでいただろう。そこで僕が聞いたんだ。どうしてほしい? って。すると君はこう言った」

 

 ────いたい……たすけて……おにい、ちゃ……

 

「だからかな。君だけが助かった。さらに痛み知らずにもなった。そして沢田家の養子となり、沢田綱吉という新しい兄ができた」

「──わたしが、殺したの? お兄ちゃんを! お母さんとお父さんも!? たくさんの人を!?」

「お、落ち着いてください、すずちゃん! そ、そんなこと……きっと何かの間違いに決まってます! ハルだって目撃者なんです! ツナさんが目の前で轢かれた時、すずちゃんがキュゥべえにお願い事したんです! 『お兄ちゃんを生き返らせてほしい』って!」

「……そうだね。それはこの世界線で生きている僕やハルなら、存在して当然の記憶だ。でも青音すず。君(・)だ(・)け(・)は(・)ち(・)が(・)う(・)ん(・)だ(・)ろ(・)う(・)?(・)」

 

 青音すずは歯噛みする。徐々にガンマ世界線の記憶が戻ってきた。叛逆魔法によって正しい記憶を保持しようと、魂が自動的に魔力を回して魔法を行使しているのだ。

 

「常々、叛逆魔法の効力はおかしいと思っていた。常軌を逸している。エントロピーの法則を凌駕している。そこで、ひとつの解釈に思い至った。もしや君は、平行世界を渡り歩いているのではないか? 様々な可能性を引っ張ってくることで、不可能を可能とする。それなら説明がつく。最初、僕の視点では君の魔法は意味不明だったから、とりあえず事象の理に反する魔法として“叛逆”と名付けたが……今なら改めて、正しい名前を付けられる。君の魔法名は────“世界移動”だ。あるいは“可能性と不可能性のスライド(交換)”……そう言い換えてもいい」

 

 青音すずは固まっている。理解できない。インキュベーターの理屈は正しいが詭弁だ。青音すずは確信している。自分がそんな“弱い手段”を取るはずがない。自分は無意識に記憶を改竄しているわけではない。そんな逃げは絶対にしていないと神がいるなら誓っていい。その誓いを守れていなかったら悪魔に魂を奪われて何もかもから呪われて八つ裂きにされて想像を絶する苦痛を味わっても構わない。我が覚悟は傲岸に有り。世界がどうあっても、自らの信念は覆らないし、自らの誇りに叛逆することはない。それは絶対の真理だ。

 そうなると不思議だ。インキュベーターは、なぜそうまでして、自分を陥れるかのような物言いをしてくる?

 

「君たちがどう思おうと構わないけど、ひとつ考えてみてほしい。沢田綱吉が車に轢かれて死んだ時、君は願いを叶えたんじゃない。魔法を使ってやり直したんだ」

 

 そうだ。

 

「その時たまたま僕がそばにいたから、三浦ハルは勘違いしたんだ。そして青音すずが目にした奇跡について、僕と契約したからだ、と説明した。僕は特に聞かれなかったから誤解だとは言わなかったけど。ま、つまりそういうことさ。それで言うなら誤解を与えるような説明をした三浦ハルに責任があるかもね」

「はひっ!? わ、私のせいですか……!?」

「いいえ……ちがう……ハルは、何も悪くない……わたしが────悪いんだ」

 

 青音すずは、五体満足。だが両足が動かない。心理的なショックゆえだろうか。それでも彼女の瞳は力強かった。穢れは既に十割に達している。魔女化寸前。その状態でもヒステリーを起こさず、穢れによって心は濁らず、毅然とインキュベーターを見据えている。

 

「キュゥべえ。あなたは、わたしにどうなってほしいの?」

「宇宙(みんな)の役に立ってほしいだけさ」

「それってつまり、どういうこと?」

「端的に言えば、魔女化してほしいのさ」

 

 事ここに至ってインキュベーターは真実を口にした。というよりインキュベーターは嘘をつかない。不利益な真実を口にしないだけ。その腐った性根が、青音すずには我慢ならなかった。

 

「え────今、なんて────」

「あっそ。じゃあ魔女化してやるわよ。そんで呪いをばらまいてやる。魔女を退治させるってことは、アンタにとって魔女は邪魔ってことでしょ?」

「そうだね。産業廃棄物と言い換えてもいい」

「さ────」

「そう、ゴミなのね! いいわ。ここまで来たらゴミにでもなって、あんたら全員────皆殺しにしてやるッッ!!」

 

 青音すずは、最後の叛逆魔法を行使する。

 インキュベーターは、かすかに驚いたように固まった。

 

「青音すず。君は、いったい何を……」

「《魔女のブルーベルは魔法少女を殺さない》ッ!!」

「────! ……いや、不可能だ。君の魔法は基本、逆因果律による恋愛魔法によって、別の何かに置き換わることが多い」

「なんでもいいわ! それで! お前を殺せるなら────!! もう三度だって、お兄ちゃんは殺させない……!!」

「僕が殺したわけじゃないのに……逆恨みも甚だしいよ」

 

 青音すずのソウルジェムが黒に染まる。絶命した青音すずは糸の切れた人形のように倒れた。

 

「おーい、すずー? どこに行ったんだー?」

「おうちにかえろー。もう夜ご飯の時間だよー!」

 

 沢田綱吉と笹川京子の声。ふたりは公園の真ん中で倒れる青音すずを見つける。

 

「すず! え、なんで倒れて……」

「まって、ツナくん……あれは、なに……?」

「へ? あれ……ってなに? 夜空に何かあるの?」

「ツナくんには、見えないの……?」

 

 それからは記憶に新しい。水泳の魔女の口づけを受けた悪魔が笹川京子の首を絞め、笹川京子が魔法少女になることで逆転勝利の呪いを背負い、三浦ハルが殺されて、笹川京子も無属性ゆえに為すすべもなく殺されて、死ぬ気で水泳の魔女と戦い、これを封印。

 

 翌朝、病室で目が覚める。屋上までインキュベーターを追いかけて、青音すずの最期と同じように、インキュベーターへの復讐を誓う。

 

「キュゥべえ! お前は、死んでも許さねえ……!!」

 

          †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第5.2章 悪魔青鈴回想 トゥルスメモリア・トラジェディア ‐並盛編・黒曜編‐】

 

      《γ,000,000,999》

 

 沢田綱吉の名は捨てた。悪魔じみた旅路が始まった。故に悪魔と名乗り始めたのかもしれない。否、悪魔の蛮行を、悪魔の名によって免罪符にしようと思いついた。そんなダメダメな理由こそ、沢田綱吉にはふさわしい逃げ口上だろう。

 

 キュゥべえによると、並盛町には三人の魔法少女がいる。水野むく・笹川もみじ・恭弥アーデルハイト。水野むくは同じクラスだ。笹川もみじは知らないが、笹川京子の姉だという。恭弥アーデルハイトは最凶の風紀委員長として知られている。悪魔も遅刻した際、何度かボコされたことがある。

 

 悪魔の現在目標は、魔法少女救出。そのためには悪魔自身が強くなる必要がある。一人では限界があるため、協力してくれる仲間も必要だ。その点、水野むくあたりに魔法や魔力の使い方を教わり、ソウルジェムや魔女化の真実を知っても耐えられる精神性を持つ場合は真実を教えて協力を仰ぐのも手だろう。

 

 その時、獄寺隼人という少年が現れる。彼は沢田綱吉をボンゴレ十代目候補と呼ぶ。訳が分からない奴に付き合っている暇はないが、超直感という不思議な力によって、獄寺隼人が嘘をついているようには感じられない。詳しい話を聞くことに。するといきなり大量のダイナマイトを投擲されたので瞬時に制圧。どうやら試されていたようだ。土下座する獄寺隼人からは、たしかな忠誠心を感じる。そして彼の話を聞くと、悪魔は衝撃を受けた。自分がイタリアマフィアの最大手ボンゴレファミリーのボスの血を引く子孫ということが判明。キュゥべえも太鼓判を押している。

 しかし、それは今の自分には関係のないことだ。

 

 獄寺隼人に魔法少女を知っているか問いかけると、魔法少女(UMA)の実在は信じていると返される。魔法少女がUAMかどうかはさておき、ボンゴレファミリーの初代ボスは、インキュベーターと呼ばれる白い狐を敵視していた伝説があるという。白い狐は“選ばれてしまった少女”の目にしか見えない。まさにキュゥべえのことだ。悪魔は、獄寺隼人がオカルト好きという点を気に入り、魔法についての研究考察を任せる。

 

「使える手は全て使う。それが悪魔の合理性だ」

 

 並盛町最大の図書館にて、悪魔と獄寺隼人は一週間近く缶詰となり、インキュベーターから様々な情報を引き出した。ソウルジェムとは魂の摘出と具現化。希望と絶望の相転移によって生じるエネルギーが、宇宙の熱的死を回避する。そして魔女化は現象のようなもの。

 

「十代目。液体から気体への相転移を蒸発と言います。これを換言すれば、希望から絶望への相転移を魔女化……と言えるのではないでしょうか?」

「すまない。何を言っているのか理解できない。キュゥべえ。獄寺の言い分は正解に近いのか」

「そんな認識でいいと思うよ。君たちの理解力には期待していないし」

「十代目。キュゥべえはなんと?」

「大筋はそれでいいそうだ。が、おそらく詳細は間違えている。教える気もないらしい。地球人では未だ理解できない段階にある領域のようだ。──あと十代目はやめてほしい。俺はマフィアになるつもりはない。また、ボンゴレとやらが悪い組織なら潰すと宣言しておく」

 

 それでも構わないと獄寺隼人は言い切る。仕えるべきはボンゴレではなく沢田綱吉だからだ。

 

「……実力と忠誠心を持て余しているな。いいだろう。獄寺隼人。お前のことは、俺が存分に使ってやる」

「……!! ありがとうございます、十代目!!」

「だからそれやめろ」

「はっ! すみません……日本に来るまで、ずっと脳内シミュレートでそう呼んでいたので、なんだか慣れきってしまいまして……!」

 

 それから獄寺隼人には、魔法少女が元の人間に戻れる魔法の発明考察を依頼する。そのためには叛逆魔法の考察が必要ということで、あらゆる有機体・無機物に叛逆魔法を掛けることで、様々な現象を書き留め、叛逆魔法の研究を進めた。

 

 そして、ある日のこと。突として図書館に手榴弾が投げ込まれてバズーカ砲が撃ち込まれた。獄寺隼人によれば敵対マフィアの襲撃らしいが、悪魔は青二才の思考を直感する。牛柄の服を着た幼女。羅宇らんというマフィアが戦いを挑んできた。リボーンが日本の並盛町に来る予定であると聞き、羅宇らんもやって来たが、リボーンの姿が見えない。リボーンは沢田綱吉の家庭教師になるため日本に来たそうなので、沢田綱吉がリボーンの居場所を知っているはずだ。そのため沢田綱吉に襲撃を仕掛けたとのこと。それについて獄寺隼人が答える。

 

「十代目。リボーンさんはイタリアにいます。現在ボンゴレはヴァリアーと戦争中なので、アルコバレーノは喉から手が出るほどほしい戦力なんす!」

 

 よく分からないが、羅宇らんのあては外れたようだ。ずーんと落ち込む羅宇らんは、がまんできず泣き喚いて暴れる。爆弾地帯となった元図書館。雲行きが怪しく、嵐の予感。雷が鳴り始める。すると羅宇らんは雷に怯え始めた。その時、キュゥべえが問いかける。

 

「羅宇らん。雷が怖いのかい? なら、それをどうしたい?」

「かみなりこわいぃいいい!! ランボさん、かみなり消したいぃいい!」

 

 願いは叶えられた。深層意識では雷を克服したい気持ちにあふれていたため、恐怖耐性系魔法、電撃相殺系魔法、避雷針系魔法の三種を獲得。悪魔は失態を演じる。まんまと目の前で魔法少女を作られてしまった。すぐにキュゥべえの口をガムテープでぐるぐる巻きにする。

 

 そして悪魔は、当面の目的を決定。羅宇らんを連れて魔女退治、グリーフシードを集めて延命させる。さらに水野むくと接触し、魔法や魔力の使い方を教わる。説得が失敗した場合は恋愛魔法も視野に入れる。そして獄寺隼人には、魔法少女契約解除魔法の考案を一人。また、悪魔が魔法や魔力に関する知識を入手次第、逐次報告するため、その他の研究も進めておくこと。獄寺隼人は二つ返事で承知した。

 

 それから悪魔は羅宇らんを連れて並盛町を探索し、魔女退治を繰り返す。水野むくと接触し、その精神性に驚きつつ、真相を伝える。水野むくは疑う余地なく、悪魔を信じてくれた。そして内心では、クラスメイトの笹川京子と、沢田綱吉の妹たる青音すず、その両名を殺したも同然のインキュベーターに怒ってくれていた。そして水野むくは、悪魔の“もっと強くなりたい”という願いに応えるべく、時雨蒼燕流の九代目として、流派を伝授することに決定。

 水野むくは魔法少女となった際、初めての魔女戦闘で惨敗し、助けられなかった人がいる。その悔しさと失敗を二度と繰り返さないため、父親・水野剛に頼み込み、時雨蒼燕流を継承したという。

 悪魔は叛逆魔法による潜在能力開放魔法で、血の滲むような努力の末、時雨蒼燕流を継承。その間、事前に集めておいたグリーフシードによって、水野むくと羅宇らんのソウルジェムは清潔を保っていた。

 

 そして幸先の良い一報が入る。獄寺隼人が、魔法少女契約解除の魔法につながるヒントを得たというのだ。さっそく悪魔はそれを聞こうと外に出る。瞬間、笹川もみじが襲来。胸ぐらを掴まれて顔面にパンチを食らう。だが敵意はない。悪魔は直感する。

 

「お前が沢田綱吉だなッ!! 京子が死んだ時、そばにいた生き残りの少年! 病院で入院していると聞いたが、脱走! 忽然と姿を消して一ヶ月が経った! 血眼になって捜したぞ!! そして、なぜ逃げた! なにか、やましいことでもあるのかーッ!!」

「ある。俺は、三人を助けられなかった」

「……犯人を、知っているのだな」

「あぁ。キュゥべえだ」

 

 刹那、笹川もみじは光り輝く圧縮魔力を拳から解き放ち、悪魔の肩に乗るキュゥべえを殺そうとした。無論、キュゥべえを殺されるわけにはいかない。インキュベーターには死すら生ぬるい地獄を味わってもらう必要がある。

 

「なぜそいつを助ける!」

「アンタが話を聞かないからだ。まずその頭を冷やす」

 

 悪魔は叛逆魔法を駆使して辛勝。勝利のためには魔法少女の真実を伝えて油断させるしかなく、敗北した笹川もみじは雄叫びをあげて撤退。魔女化しないよう水野むくが見張ることに。何かあれば悪魔が駆けつけて無理やり悪魔契約を結び救出する作戦を立てる。

 

 そして悪魔は、笹川もみじとの戦闘で、一つの疑問を手に入れていた。水野むくの使う魔力と、羅宇らんの使う魔力と、笹川もみじの使う魔力は、どれも特性が異なる気がする。それについてキュゥべえに問いかけると、驚きの新事実が発覚した。

 なんと魔力には、大雑把に七種類の効果があるというのだ。それは簡単に色で見分けられる。橙・赤・青・緑・黄・紫・藍。効果で分けるなら、調和・分解・鎮静・硬化・活性・増殖・構築。さっそくこれを獄寺隼人に伝える。ソウルジェムの色も魔力の特性に関係することが判明。笹川京子のソウルジェムは藍色ゆえ構築の特性を持つと知る。それら情報を体系化し、魔力の七属性と七性質と命名した。

 

 すると魔法と魔力の可能性が指数関数的に増加。固有魔法と魔力性質を組み合わせることで、様々な魔法を開発できる事実が発覚。獄寺隼人の机上の空論を実現するべく、悪魔は叛逆魔法を駆使して魔法を開発。結果、悪魔契約の雛形が完成。それは水泳の魔女を不可欠とする下劣な魔法だった。

 必要なものは、インキュベーターテクノロジーへの深い理解と、ソウルジェムの叛逆的分解作用。次に悪魔の魂との調和によって、固形化した魂を元の形状に戻す。が、そのためには悪魔との深い繋がりが必須。深い繋がりはなんでも良いのだが、叛逆魔法の別側面が恋愛性質となるため────最も手っ取り早い方法は官能的結合。最も遠回りな方法は恋愛成就や愛の自覚。そういった工程を経ることができれば、魔法少女は元の人間に戻ることができる。インキュベーターも理論上可能だと認めた。

 

 そこで現(・)在(・)の(・)悪(・)魔(・)が口にする。

 

「だが今にして思えば、叛逆魔法は並行世界へのスライドだった。つまり悪魔契約とは“対象が魔法少女になっていない可能性”を引っ張ってくることで、対象にその可能性を事実として改竄し、上書き保存する魔法だったんだ。俺は、てっきり魂の固体と昇華をフォルダごとに分ける、またはフォルダの解凍というイメージだったんだが……なるほどな」

「……」

 

 悪魔契約。それは暁美ほむら──時間停止魔法を行使。悪魔に心を読まれないため──が求める魔法。それがあれば鹿目まどかを元の人間に戻すことができる。その鹿目まどかは今、マギウスに囚われている。……時は動き出す。

 

 さっそく獄寺隼人は、羅宇らんとの悪魔契約を勧めるが────それが意味するところは陵辱だ。到底できるはずもない。さらに悪魔は、そもそも羅宇らんに悪魔契約を使う気はなかった。それより次の指示を出す。ソウルジェムの変化が可能なら、ソウルジェムを二つに分けることも可能なのではないか。理論上は可能だが、それをしてどうするのか。悪魔は答える。

 

「ソウルジェムに蓄積する穢れ・濁り、総称して瘴気を得たい。マイナスとはいえ、エネルギーには何らかの使い道があるはずだ。それに俺が半分のソウルジェムを浄化していれば、もう半分のソウルジェムが染まっていても魔女化することはない。仮に魔女化しても通常より性能が半減した魔女となる。つまり退治しやすい。ほかにも目的がある。俺は魔法が欲しい。そのためには多くのソウルジェムが必要だ」

 

 かくして獄寺隼人は、悪魔契約の雛形の応用で、第二の悪魔契約の空論を開発。さっそく悪魔は実行する。ソウルジェムの叛逆的分解作用によって分割。それだけでは単に分けたのみ。ソウルジェムと悪魔の繋がりを強めることで、より魔法の性能は向上、魔力回転率も上がり、瘴気の浄化・吸収も容易となる。そのためには無論、恋愛性質を用いた儀式が必要不可欠だ。悪魔は、時雨蒼燕流の道場で暮らしていた間、羅宇らんと絆を育んでいた。そして妹にハグするように優しく抱擁する。恋も愛も知らぬ五歳児。ならば兄の力で癒しを与え、水泳の魔女に認めてもらう。そうして悪魔は、羅宇らんのハーフソウルリングを獲得。代償として羅宇らんの実力も半減するが、もとより羅宇らんに戦闘させる気はない。

 

 そして水野むくから報告が入る。笹川もみじが絶望して魔女化しそうだという。さっそく水野むくから借りていた、助太刀魔法が宿る青刀で転移。殴り合って分かり合おうとする笹川もみじと戦闘。その最中、悪魔は賭けに出る。悪魔契約の雛形は、性交か真実の愛が必須。それは悪魔と笹川もみじの関係値では不可能だ。ならば第二の悪魔契約を行使する。殴り合って分かり合うことで絆の力を溜める。そして笹川もみじが「俺が魔女になる前にトドメを刺せ!」と叫んだ瞬間、悪魔はソウルジェムを殴ってかち割り分割。ハーフソウルリングに変えて、叛逆的大空死炎で瘴気を浄化。笹川もみじを魔女化から救った。

 

 そして悪魔は、笹川もみじを二度降した男・沢田綱吉という名前で、不良界隈に噂されることになる。その噂は最凶の風紀委員長・恭弥アーデルハイトのもとにまで届いていた。彼は強者と戦えることを期待して、唐突に悪魔を襲撃。悪魔は応戦するが、活性硬化魔力、幸運と電撃の魔法を駆使しても、恭弥アーデルハイトに勝てないと悟る。叛逆魔法があれば死ぬことはないが、倒すこともできない。とんでもない怪物を前に恐怖が勝る。単純な肉体スペックだけで圧倒される。魔法戦闘をしているはずなのに、恭弥は未だに魔力すら使っていない。

 

「いいね。きみ。咬み殺すより、挽肉にしたほうがよさそうだ」

「……っ!!」

 

 悪魔は悪寒を抱く。恭弥の一撃で廃墟のラブホまで吹き飛ばされた悪魔は────

 

「ほむら。ここから先は大人の時間だ」

「えっ!? わわっ! 急に目の前が真っ暗に!? どうしてこんなこと……! それに大人の時間って、いったい……?!」

 

 悪魔は雲の炎を灯し、暁美ほむらの視覚と聴覚を遮断する。

 貪られる悪魔。貪る最凶の獣。無論、ただヤられてばかりの悪魔ではない。初体験を取られたのは癪だが、その代わり第二の悪魔契約を交わすことに成功。恭弥アーデルハイトのソウルジェムを分割、恭弥が驚いた隙を見て逃げおおせた。

 

          †

      《γ,000,009,999》

 

 悪魔は並盛町に住む魔法少女とは全員出会ったため次の街に移る。赤河町や緑町で魔法少女と接触、時に敵対、時に篭絡し懐柔。並盛町の魔法少女と異なり、友好的かつ精神的に逞しい魔法少女はほとんどいなかった。

 

 そして黒曜町に到着。黒曜ランドにて魔女退治をした際、ジュリー凪と邂逅。魔属性についでレアな無属性の魔法少女だ。さっそく仲間になってくれるよう親睦を深めて説得。彼女の固有魔法は施術。これまた魔法研究と開発に欲しい人材だ。

 

 しかし悪魔は、嫌な予感を覚えていた。ジュリー凪と繋がるどこかの誰かに、邪悪なオーラを感じる。その時、水野むくから連絡が入る。黒曜中の不良が並盛中の生徒を襲う事件が連日発生。笹川もみじも──魔法少女であるというのに──倒されて、恭弥アーデルハイトも黒曜ランドに向かったまま戻らないという。今、悪魔はどこにいるのか。

 

「……凪」

「……ごめんなさい、悪魔。騙していたわけでは、ない……」

 

 悪魔は魔法界隈への介入に忙しく、一般界隈やマフィア界隈の世情に疎かった。シトピ隼人から緊急の連絡が入る。極悪犯の集団・六道骸とその一味が脱獄。ボンゴレ十代目を狙っている恐れ有り、との報告。すかさずシトピ隼人と水野むくが助太刀魔法で悪魔のもとに馳せ参じる。黒曜チームとの戦闘。ジュリー凪とM・M以外は魔法少女ではないのに、それなりの技術を有している強敵。

 

 悪魔は六道骸と相対、死闘を演じる。その際、シトピ隼人が独断専行で動いた。六道骸のスキルは強力で、水野むく・笹川もみじ・恭弥アーデルハイトの肉体が操られて、悪魔が絶体絶命の窮地に陥った際、シトピ隼人は、自分だけが人間であることに強い劣等感を抱いていた。そして悪魔から止められていた、キュゥべえの契約に応じる。願い事は、悪魔様を助けること。激励魔法の獲得。約束を破って契約した隼人に激怒した悪魔は、隼人の顔面を殴り抜く。それと同時に第二の悪魔契約を成し遂げた悪魔は覚醒。初めて魔力の第二性質を発見し、魔力に熟練することで使えるようになる発展性質・火属性の分析魔力を行使。幻術の原理や特性を見抜き、脳を操る幻術から脱却。死の淵で勝利を得る。

 

「だが問題はそのあとだ」

 

 復讐者(ヴィンディチェ)が出現。六道骸を連れ去るという。悪魔は、六道骸のスキル・六道輪廻が、自らの目的達成に必要と判断。そのため六道骸を奪われるわけにはいかない。それは建前であると六道骸に見抜かれたが、ともあれ放ってはおけない。もはや悪魔は善悪の世界に身を置いておらず、秩序を破壊する混沌として生きようとしている。悪魔は復讐者に攻撃するが、包帯を巻いた謎の赤ん坊によって倒される。復讐者に逆らえば投獄あるのみだが、復讐者は悪魔を捕らえようとする気配がない。

 なんでも復讐者には掟があり、魔法界隈に関わる者を収監してはならないというものがあるそうな。インキュベーターと関わるとロクなことがない。そんなセリフを吐いた赤ん坊は、魔法少女たるジュリー凪と関わった六道骸を、マフィア界の掟に違反した者として罰則を与えるべく死刑と断定。それは一瞬の出来事だった。悪魔と復讐者が戦っている間に逃亡を企て、行方をくらまそうとしていた六道骸は、心臓を握りつぶされて死亡。復讐者はどこかへ消えていった。

 

 しかし輪廻とは廻るもの。六道骸は肉体こそ失ったが、精神は誰かに憑依することで意識を繋ぎ、存在を保つ。そしてジュリー凪に、悪魔と協力するよう指示。なによりそれはジュリー凪自身が望んでいたことだと六道骸は見抜いていた。

 かくして悪魔と六道骸は、言葉の上ではそのような事実はないが、実質的に一時的な共闘関係を結ぶ。お互いにお互いのスキルを得ようとする関係だが、悪魔は超直感によって、六道骸は六道輪廻のスキルによって、相手の気持ち・相手の前世が分かるため、他人事とは思えない不思議な繋がりを感じていた。

 

          †

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第5.3章 悪魔青鈴回想 トゥルスメモリア・トラジェディア ‐逃避行編・見滝原編‐】

 

      《γ,000,099,999》

 

 そして悪魔は、シトピ隼人やジュリー凪と共に魔力の研究を進めて、魔法少女の教育メソッドを確立。また、新たにシトピ隼人・水野むく・ジュリー凪と第二の悪魔契約を交わしたことで、全属性の魔力を使用可能となり、全ての熟練性質も会得した。

 また、黒曜ランドでの戦闘で、初めて魔法動物ヒバードと接触した悪魔は、この世には魔法少女だけでなく、インキュベーターと契約を交わした動物もいることを知る。彼らはグリーフシードの必要性を解する知能すら持たないため、魔女化もとい魔物化待ったなし。魔法動物を救助するためにも、恭弥アーデルハイトと協力し、魔法動物園を創設した。

 

 それから悪魔は、かねてより計画していた“笹川京子蘇生計画”の実行を提案。そのためには笹川京子と同属性のソウルジェムが必要であり、肉体を冷凍保存する装置が必要だった。悪魔とジュリー凪は共に藍色魔力を注ぐことで再生速度を二倍化し、笹川京子の肉体をパーツごとに蘇生。パーツを鎮静魔力で停止保存。全てのパーツが揃えば施術魔法で縫い合わせ、手術痕が消えるように構築魔力で整える。あとは本人のソウルジェムと肉体を接触させることで────笹川京子は蘇生した。

 

 悪魔と笹川もみじは涙する。一方、覚醒当初の笹川京子は錯乱していた。青音すずと三浦ハルの存在を探す。彼女たちは死んだと説明。否、青音すずは生き返る可能性がある。悪魔と会話を重ねて行くたび落ち着きを取り戻していった笹川京子は、悪魔に非業の運命(死ねない体)を与えてしまったことを気にしていた。

 

 悲劇はそこからだ。笹川京子の蘇生によって凶兆が多発。ワルプルギスの夜に匹敵する大型魔女が、黒曜ランドの地中より爆誕。カブトムシのような魔女は、並盛町を薙ぎ払った。最初に笹川もみじが、悪魔と笹川京子を庇ったことでソウルジェムが砕かれた。次に羅宇らんとジュリー凪が為すすべもなく頭部を吹き飛ばされ、死んだと自覚したことでソウルジェムが割れた。水野むくとシトピ隼人も応戦したが殺され、恭弥アーデルハイトは圧勝こそしたが、最期の超音波攻撃によってソウルジェムが耐え切れず破壊。悪魔の契約者たちは、瞬く間に全滅した。

 

 インキュベーターは、その原因を笹川京子の呪いにあると言う。彼女は悪魔に対する逆転勝利を願った。すなわち笹川京子がこの世にある限り、悪魔には無理難題の試練が降りかかり、常に悪魔はそれに対する挑戦を強いられる。故に悪魔を奮起させるための試練が訪れる。

 

 ────正義の味方は、悪の到来なくしては存在できない。故にヒーローは、悪の到来を喜ぶべきなのだ。

 

「ふざけるな」

 

 悪魔は認めなかった。笹川京子の生存が、世界を滅ぼす原因になることを、死んでも認められなかった。

 

「悪魔。君は選ばなければならない。笹川京子を救うために世界を滅ぼすか。世界を救うために笹川京子を殺すか」

「ならばオレは、その運命に叛逆する」

 

 そして悪魔は、無謀とも言える暴挙に出た。笹川京子に悪魔契約の雛形を提案。笹川京子は、兄と並盛町の人々を生き返らせるために了承した。悪魔は、こんな形で体を重ねることに絶望し、笹川京子は、これが後戻りできない罪であることを知りつつ懊悩し────笹川京子は元の人間に戻って、再びキュゥべえと再契約。魔力係数が二乗されたことで、大規模な願い事が可能となり、笹川京子は兄と仲間たち、そして並盛町の人々を蘇生させた。

 

 すると再び凶兆が相次ぐ。悪魔は笹川京子を連れて、その凶兆から逃げることにした。凶兆は放置せず、一つずつ潰して回っていれば、なんとかワルプルギスの夜に匹敵する未曾有の災害は発生しないことを突き止める。だとしても、いつまでも続けられる旅ではないことは承知していた。それでも悪魔は突き進む。笹川京子の気持ちが沈んでいっても飛び続ける。

 

 悪魔と笹川京子の逃避行。笹川京子を救うための研究は並盛町の仲間たちに任せて、悪魔と笹川京子は各地を回り、多くの魔法少女と悪魔契約を交わして救い、時に敵対されてしまい凶兆の片付けを邪魔されて災害が勃発。その土地の魔法少女すべてが全滅することも珍しくなかった。なおも悪魔は挑み続ける。笹川京子が「わたしは生きてちゃいけないんだ」と絶望しても、無理やりソウルジェムを浄化させて、ソウルジェムがひび割れそうになれば説得して、笹川京子の勇気を何度も奮い起こさせた。しかし、それも限界が近い。

 

 悪魔と笹川京子は、東京都の主要都市を網羅したため、他県にまで足を運ぶようになっていた。そして関東圏を網羅する頃には、北関東にある山あいの最新都市・見滝原市に辿り着く。

 

 暁美ほむらは、親しみのある街の景色を見て驚いた。

 

「見滝原市……!」

「そこが……俺と京子の最終地点だ。厳密には、オレが本(・)当(・)の(・)悪(・)魔(・)になった街と言うべきか」

 

          †

 

      《γ,000,999,999》

 

 よく笑う佐倉杏子は問いかける。

 

「なぁなぁ悪魔、悪魔! 今までの旅って何があったんだ~? なんか話してくれよ!」

「なら今まで旅してきた中で一番面白い話をしよう」

 

 悪魔は旅路の中で経験した幕間の一節を語る。

 その話を聞いた巴マミと佐倉杏子は渋い顔をした。

 

「まるでハロウィンの季節に語られるフランケンシュタインの怪物ね……」

「それのどこが面白い話なんだよ! 胸糞悪いわ!」

「これが俺の中で一番マシな話なんだ。ほかの話は聞かない方がいい」

 

          †

 

 悪魔は思い出す。さすがに次のような話は聞かせられない。

 

 笹川京子は、かつて自らのソウルジェムを破壊しようとしたことがあった。以降、それは絶対にしないでほしいことを、悪魔は笹川京子と約束した。

 

 しかし笹川京子は、ついに絶望して、魔女化する前に自らのソウルジェムを砕こうとする。彼女は諦めたというより、諦めざるを得なかった。魔女化したら本当に世界を滅ぼすことになる。なにより悪魔に逆転勝利を強いて無茶させるのがいたたまれなかった。

 

 しかし悪魔は、それでも……無茶をしてでも、笹川京子を助けたかった。

 

 折り合いのつかない男女は戦闘に発展する。自殺しようとする魔法少女、それを防ぐため逆転勝利が発動する悪魔の少年。

 

(だから首を切り飛ばした。オレは……好きな人の首を刎ねたんだ……)

 

 そうして笹川京子のソウルジェムを、瞳の中に封じ込めた。

 

          †

 

 以降も悪魔は、魔法戦闘において巴マミに師事し、その姉弟子となる佐倉と親睦を深めていく。

 

 やがて悪魔は二人と共に七種類の魔力に独自の名前を付ける。イタリア語重視の巴マミと、呼びやすさ重視の悪魔・佐倉杏子の三人が案を出し合ったことにより、英語とイタリア語が混ざった命名となる。

 

          †

 

 悪魔・巴マミ・佐倉杏子〔純粋〕の三人は、虐待児の百江なぎさと邂逅する。キュゥべえやユゥの魔の手から守りつつ、百江なぎさが巻き込まれた事件を追っていく。その過程で笹川京子は復活し────百江なぎさは夢を叶えた。

 

 悪魔は、再び笹川京子の首を刎ねざるを得ない状況に追い込まれる。人ひとりを殺しておいて、魔女化寸前の百江なぎさに「生きてほしい」とのたまう自己矛盾に苦しむ。そして「旅は、もうここまででいいよね……京子ちゃん……だってオレたち、すっごい、がんばったもん……」と諦めかけたその時。

 

 逆転勝利の呪いが発動。魔女化した百江なぎさと悪魔契約を結び、魔法少女の姿に戻す。そして悪魔は超(ハイパー)モードに戻り、機械的に一念発心。諦めたはずの旅を、当たり前のように再開する。そのため、そろそろ見滝原市から旅立つと言い出した。

 

 

 

 その一部始終を見ていることしかできなかった未熟者の佐倉杏子は、悪魔が背負う羽目になった“終わらない逆転劇の宿命”に歯噛みして義憤する。

 

「なんだよこれ……残酷すぎんだろ……っ!!」

 

 佐倉ではなく、杏子と呼んでほしかった。そんな乙女心と。

 京子という女を助けるため。救うため。守るため。闘い続ける馬鹿野郎をどうにかするために。

 

 そしてたたみかけるように起きた、佐倉杏子の一家心中事件。

 

「あたしも見滝原市を出る」

 

 もはや純粋なままではいられないと悟り、強くなくては運命さえ思い通りにならないと察した佐倉杏子〔偽悪〕は、ただひたすら一途に強さを追い求めて……師・巴マミのもとから立ち去った。

 

          †

 

 それからの佐倉杏子のモットーは『好きに生きて、好きに死ぬ』

 

          †

 

 それは在りし日の記憶。

 

 ────佐倉。オレが苦しみながら勝ち続けるところを見ていてほしい。いつか必ず、苦しみながら負け続ける魔法少女の運命を────この手で変えてみせるから。

 

 

 

「それはあたしの役目だ。大バカ野郎……」

 

 

 

          完

 

 

 





 青音すずの願い事は、皮肉にも沢田綱吉を殺し続け────
 笹川京子の願い事は、皮肉にも沢田綱吉を生かし続け────

 かくてツナは死に続け、生き続ける。
 其は、さながら無間地獄の永久機関。

 その物語の題名こそ────アクマ†マギカ。
 では、その絵本を永久(とわ)に紡ぎ続ける記録装置の題名とは────アクマレコード。

 されど物語(マギカ)は、此処(ここ)にて潰(お)える。
 されど記録(レコード)は、何かに願われて保存(のこ)された。

 異端の信徒すら拝むことはない魔道書として、

 とある教会の中から終幕(マギカ)の鐘が鳴り響く。
 虫食いの本(レコード)は、蓄音機を兼ねた壇上に捨て置かれていた。


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