アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
一方その頃。校内の廊下で大量の使い魔と戦闘していた都ひなのは嫌な予感がしていた。
「この使い魔の強さ……もしかしたら魔女迷宮の産物かもしれねぇな……」
「魔女迷宮……ですか? それは魔女結界とどう違うので?」
「魔女結界の上位版みたいなもんだ。魔女結界が魔女を乗せた馬車なら、魔女迷宮は魔女の城、要塞と言う奴もいるな。ワタシも何回か挑んだことがある。ダンジョンみたいになっていて、単独での突破は困難を極める。魔女結界が何層も折り重なっているようなもんなんだ」
「そんな……それじゃあ、そんな危ないところに紗枝ちゃんは……! っ!」
「あ、待て! 真里愛! っ……たく、どいつもこいつも勝手に行動しやがって……!」
由貴真里愛を追い掛けようとした都ひなのだが、その行く手を使い魔たちに遮られる。
「クソッ! まずいな……この使い魔、青い魔力を使いやがる……紗枝は赤、真里愛は青だ。これじゃあ相性有利が取れない……アタシは緑の魔力だから、本当ならアタシが適任なのに……! どけどけぇ! 後輩どもを助けに行くんじゃい! 道をあけろぉ!」
†
舞台は戻り、悪魔は魔女迷宮・第一層を調査していた。桐野紗枝の顔と名前は把握したので、もし彼女がどこかで窮地に陥れば超直感が働き、助太刀魔法で駆けつけて助けることができる。裏を返せば彼女がピンチに陥るまでの間はゆっくりと調査することができる。それは悪魔の元々の性格らしくない、冷徹にも見える合理的な行動だった。
さて、悪魔はいったい何を調査しているのかというと、それは魔女結界の攻略法の鉄則。魔女の弱点探しである。次々と襲い来る使い魔を相手取りながら、天井、壁、床、至る所に記されている魔法文字を見逃さず、この迷宮の女王である魔女は何を訴えているのか知っていく。天井には「どうして」壁面には「なんでこんなことに」地面には「こんなのってないよ」などと魔女の感情が記されている。もっと奥に進めば、より有益な情報が手に入るため、悪魔は先に進む。
そして第二層の天井には「成り上がりたい」「事態は“遷延”を許さない」壁面には「見返したい」「紅蓮の炎のような激情」天井には「もう誰にも頼らない」「妨害して足を引っ張りたい」と記されていた。
(性質は《遷延》か……属性は使い魔のそれから分かりきっていたことだが《水属性》……となれば耐性は必然《火属性》および《炎》となり……そして弱点は《協力》か……。第二層でここまで分かるということは、第三層が終点となる可能性が高い。先を急ごう)
悪魔が調査を終えたとき、背後から戦闘音が響いてくる。振り返ると由貴真里愛が使い魔の大群に追われていた。同時、悪魔の超直感が反応する。誰かの命が危ない。おそらく桐野紗枝だろう。
「真里愛! 俺の手を取れ! 紗枝のところに飛ぶぞ!」
「えっ!? ────分かったわ!」
判断の早い由貴真里愛は悪魔の手を取る。悪魔は刀剣魔法を使って刀を生成。続けて助太刀魔法で桐野紗枝の下に瞬間移動した。
†
時はほんの少し遡り。桐野紗枝は魔女に苦戦していた。こちらの攻撃が効かない割に、あちらの攻撃は効いてくる。どうやら相性が悪い魔女らしい。それくらいは推察できる。だが聡明な彼女にも欠点はあった。それは一人で問題を解決しようとする意固地な部分である。まさにその孤独な決意が、かえって魔女の力を強めているとも知らず、桐野紗枝は追い込まれていた。そしてとうとう致命的な一撃が飛んでくる。使い魔に囲まれて回避は不可能。相性が悪く魔女の火力が強いため防御も不可能、貫通される。
まさに絶体絶命の時、桐野紗枝の目の前で青い輝きが閃いた。水流を巻いた刀は周囲の使い魔を斬り飛ばし、由貴真里愛の武器たるハンドパペットが水流を打ち出して魔女の攻撃を相殺する。桐野紗枝は目を見張る。いきなり現れた謎の少年も不思議だが、それよりこんな危険な場所に由貴真里愛が現れたことに疑問を呈する。
「ま、真里愛さん!? どうして……!」
「どうしてって、友達がピンチなのよ? これを助けないで何が魔法少女よ」
しかし桐野紗枝は苦い顔をする。由貴真里愛が助けに来たことを喜ばしく思っていないようだ。彼女を危険な目に遭わせたくないと思っているのだろう。その様子を横目に見つめていた悪魔は一言。
「なぁ、お前。彼女が助けに来てくれたことの何が不満なんだ?」
「え?」
「あの魔女の弱点は“魔法少女同士の協力”だ。一人で戦うのは分が悪い。おとなしく共闘を受け入れるべきだ」
「……そういう問題じゃない」
桐野紗枝はボロボロの体で立ち上がる。そして悪魔の肩にわざとぶつかるように押しのけ、あくまで自分ひとりで戦うと言いたげに前に出た。
「ちょっとまって、紗枝ちゃん! いったいどうしてそこまで……」
「……心配させちゃってごめんなさい、真里愛さん。でも、これは私の戦いなんです」
不意に桐野紗枝の影となる場所に魔法文字が浮かび上がる。《裏切られた》《騙された》《もう誰も信じられない》……そして桐野紗枝が再び一人で魔女に立ち向かうことを決めると、地面にびっしりと音を立てて大量の魔法文字が刻まれていく。それを見た悪魔は、魔法文字の羅列が単語ではなく文章になっていることに気付き、それが桐野紗枝の過去を物語っていると知る。
桐野紗枝は幼少期、両親が多額の借金を背負い、夜逃げする羽目になった。そうなった原因は両親がお人好しだからである。友人の借金に関して連帯保証人になったあと、その友人が雲隠れしたことで、両親が借金を返済することになった。毎日のように借金取りが来ては怒号を発して金を返せと言いに来る。それは幼い桐野紗枝とその弟にとって珍しい光景ではなかった。両親はいつもこうなのだ。誰かの為に無駄な善良さを見せて、無駄に騙されて、無駄に責任を背負わされる。どうしようもない両親だったのである。そのたびに桐野紗枝は弟を連れて公園に逃げ、借金取りが去るまで家に帰ることはなかった。そんなある日、夜遅くまで公園に残っている桐野紗枝たちを見て心配してくれた一人の男性がいた。治安の悪い街で子供たちが夜まで遊んでいても誰も気にしない中、その男性だけは桐野紗枝たちに優しくしてくれた。親が迎えに来るまで一緒にかくれんぼしたり、鬼ごっこしたり、色々な遊びに付き合ってくれた。男性は聞く。なぜ子供がこんな夜遅くまで遊んでいるのかと。男性に懐いていた桐野紗枝とその弟は事情を打ち明けて助けを求める。毎日怖い人が来て家に帰れない。ならばと男性は返した。「安心しろ! 俺が助けてやる!」 ────でもそれは違った。ウソだった。いや、そもそも立場が違っただけの話だ。ある日、両親は夜逃げを決めて家を飛び出した。それに気付いた借金取りが追いかけてくる。そこに男性が現れた。桐野紗枝は男性が助けに来てくれたのかと思った。でも違った。男性は借金取りの仲間だった。桐野紗枝は聞いた。助けてくれるんじゃなかったの? 男性は死んだ目で返した。「そんなこと言った覚えはない」 男性に捕まった桐野紗枝は嘘つきと叫んで腕に噛み付き、その隙に家族と逃げおおせた。そうして神浜市にやってきたのだ。あれから桐野紗枝は決めた。誰かに勝手に期待して、誰かを勝手に信じて、最後に勝手に裏切られるのはツライから、もうやめよう。両親は頼りない。だから頼らない。弟妹は守るものだから頼れない。だから自分が強くなって守るんだ。誰も助けてくれない世界なら、自分が頑張るしかない。努力を積み、強くなり、考え、決めて、立ち向かう。そうやって家族を守っていくと決めた。だから桐野紗枝は誰にも頼らない。否、
「────」
悪魔は思い出す。ウワサさんの言い分を解釈すれば、魔女ガタリは自分ソックリの魔法少女の過去を語るらしい。今回の魔女ガタリは“成り上がりたい”というワードを多く使っていた。それは桐野紗枝の境遇からも当てはまることだ。どうやら本当に今回の魔女ガタリと桐野紗枝は似た者同士らしい。だが唯一違う点は、相手の足を引っ張ってまで成り上がりたいと思う点だろうか。桐野紗枝はそんなことを思うような人間ではない。彼女は誰かの足を引っ張るくらいなら、そのぶん自分を高めようとする性格だ。
桐野紗枝の過去は分かった。そこで悪魔は魔女ガタリの危険性について考える。
(魔女ガタリ……危険だな。魔法少女の記憶を読んで、その魔法少女の過去を語るのか……故に、魔女ガタリ。それだけならいいんだが……もし、もしもだ。魔女ガタリが“自分が魔法少女だった頃の出来事”を語ることがある場合、魔女が元々魔法少女であった事実が発覚してしまう。魔女の真実を知って動揺する魔法少女が、その状態で魔女といつも通り戦えるだろうか?)
幸いにも今回の魔女ガタリは自らの生前を語る様子はない。加えて桐野紗枝は戦闘に集中しているため、仮に魔女ガタリが自らの生い立ちを語っても気付くことはないだろう。由貴真里愛はもともと魔女が魔法少女の成れの果てであることを知っているため動揺も薄いはず。つまり桐野紗枝にさえ気を付けていれば問題はない。ただし今の彼女は、それ以外の問題が根強そうだが。
「きゃあ!」
「紗枝ちゃん!」
桐野紗枝が魔女の一撃を受けて吹き飛ばされる。戦闘経験は豊富であるためギリギリ致命傷は避けたようだが、あの傷ではしばらく立ち上がれない。ソウルジェムも八割が濁っており、治癒に魔力を回す余裕もなさそうだ。
そこで使い魔の集団が、魔女の獲物を横取りしようと漁夫の利を狙ってくる。魔女と使い魔は親子のような関係だが、決して仲が良いわけではなく、どちらかというと互いを自己嫌悪するように嫌い合っている場合が多い。だからこそコンビネーションは取ってこないため各個撃破が楽であり、魔女との戦いの際に使い魔が庇い立てするようなことは稀である。それは戦闘慣れしている魔法少女ほどなんとなく理解している。
その一方で、こういった魔女の不意すら突くような漁夫の利の攻撃に、浅学の魔法少女は弱い。トドメの一撃と言わんばかりの攻撃が意識外から飛んでくる。
次の瞬間、橙炎の逆噴射で桐野紗枝の前に躍り出た悪魔は、時雨蒼燕流の剣術によって使い魔の集団を斬り飛ばした。すぐに由貴真里愛も駆け付けてきて、桐野紗枝を抱き起こして跳躍し、一時撤退を図る。
「ぐっ……!」
「紗枝ちゃん! あぁ大変……傷口がひどいし、それにソウルジェムが、もう……!」
懐からグリーフシードを取り出した悪魔は、それを桐野紗枝のソウルジェムに当てる。穢れを吸収しきったあと、もう少しで孵化しかかるグリーフシードを懐にしまう。ホッと胸をなでおろした由貴真里愛は感謝した。
「悪魔さん……! ありがとう、今のはかなり危うかったわ……」
「…………」
悪魔は思う。桐野紗枝が誰にも頼れなくなってしまったのは、キュゥべえの願い事で失敗しただけではない。過去に勝手に信じて勝手に裏切られた経験があったからこそ、他人に対して頑なになってしまったのだ。つまり彼女は過去の借金取りの男性とキュゥべえ……人生の大事な局面と言える岐路で、
故にこそ悪魔は何かを言いたげな視線を桐野紗枝に送る。魔力を回して治癒に専念していた桐野紗枝は、ふと悪魔からの視線を感じて面を上げた。両者の目が合う。次の瞬間、悪魔は真顔で指摘した。
「お前は上がる場所を間違えている。成り上がりたいなら思い上がるな」
「……は?」
ふとした悪魔の一言。それに驚いた桐野紗枝は目を点にする。由貴真里愛も目を丸くしていた。
今の彼女は過去の失敗に囚われて柔軟性を失っている。それをなんとかするため悪魔は説得を始める。
「貧乏だからって友情までケチるなよ」
「────ッ!!」
悪魔は超煽りをぶちかました。今の発言が最も桐野紗枝に効果的だと直感して、あえて選んだ言葉である。
「……アンタ、急に何よ?」
「凄むということは、図星だったということか」
「っ……!」
桐野紗枝、キレた! ……となるはずだったが、桐野紗枝は傷の痛みに悶えて顔を歪める。そして危うく喧嘩になりかけた空気に緊張した由貴真里愛は、今はそんなことを言い合っている場合ではないと言いたげに悪魔を睨んだ。
「お前はそこで回復に専念していろ。お前ほどの強さなら護衛は要らないだろう。──さて真里愛、さっさと魔女を倒すぞ。サポートを頼む」
「え、えぇ……わかったわ」
悪魔と由貴真里愛は並び立ち、背後に横たわる桐野紗枝を守るように、魔女と使い魔の軍団を見据える。
「ま、待って……! そいつはともかく、真里愛さんは……!」
「心配しないで、紗枝ちゃん。すぐに終わらせるから」
悪魔は刀を構えて駆け出す。由貴真里愛は振り返って桐野紗枝に微笑んでいたため、少し出遅れて走り出した。そこで桐野紗枝が立ち上がり、出血しながらも由貴真里愛の腕を掴んだ。
「ダメ! おねがい、します……もう少しで、回復するから……」
「さ、紗枝ちゃん……」
「わがままで、ごめんなさい……でも私、真里愛さんに、危険な目に遭ってほしくないだけで────」
悪魔の頭上を一体の使い魔が通過する。その程度なら問題ない。桐野紗枝の実力なら、たとえ負傷していても十体程度の囲い込みなら容易に突破できる。それに彼女の近くには、まだ由貴真里愛もいることだし、何も問題はない────そのはずだった。悪魔は何かの異変を直感して立ち止まり、焦ったように振り返る。
「真里愛!?」
「……え?」
悪魔が見逃した使い魔の一体。それが由貴真里愛に突進した。その一撃を受けた由貴真里愛は吹き飛ばされて地面を転がり、それからピクリとも動かなくなる。
「────え……?」
桐野紗枝は目の前の事態を受け止めきれず、悪魔は尽きぬ疑問に動揺していた。
(なぜだ! 今の攻撃は躱せたはず!
しかし今は考えている場合ではない。すぐに踵を返して駆けつけた悪魔は由貴真里愛を抱き上げ、戦場から遠い安全圏にゆっくりと寝かせた。
「ま、真里愛さん!!」
治癒が間に合わず血を流す桐野紗枝も駆けつけてくる。そのソウルジェムは完全浄化したばかりだというのに、既にその五割が濁りつつあった。あまりにも消耗が激しい。それほど彼女は追い詰められているということだろう。誰も失わず、守りたい人を守るために孤独に戦う。それを貫き通そうとした結果、自らの不始末で友を危険な目に遭わせた。揺らぐ信念は少女の心を絶望へといざなう。
「……迷惑を掛けたくない優しさも、度が過ぎれば臆病な甘さに変わる」
「……っ!」
「まだ死んだと決まったわけじゃない。お前は真里愛を守っていろ。魔女は俺が────ッ!?」
次の瞬間、桐野紗枝は大量の魔力を放出して魔女に向かっていった。
(この分からず屋……! まだ根は深いか……! だが、由貴真里愛。君の狙いは分かった。たしかに彼女のトラウマを取り除くなら、あともう一歩だ!)
桐野紗枝は決意を改めず単身突撃する。そして魔女と激突するが、たった一撃で返り討ちに遭った。魔女の弱点は協力。ならばその反対である単独は耐性となり、大きな防御力を得てしまう。それを防ぐため悪魔も魔女と切り結ぶ。そうすれば二対一。一応は協力という形になり、不完全だが弱点を突くことができる。そして魔女は桐野紗枝を狙う。先ほどから悪魔には目もくれない。まさか魔女ガタリには、自分と似た魔法少女を優先的に攻撃する特徴でもあるというのか。
そこで悪魔は青い炎を宿す刀を振るい、桐野紗枝を助けた。直後、桐野紗枝はどこか怒るように問い掛けてくる。
「どうして……なんであなたは私を助けるの!?」
否、それは泣いていた。もしかしたら由貴真里愛は死んでしまったのかもしれない。その疑念が頭から離れないのだろう。もはや自暴自棄になりかかっている桐野紗枝を見て、悪魔は毅然と答えた。
「人を助けるのに理由なんて要らない。それでも強いて理由を挙げるなら……
「っ……それが本当だとしても、全部が全部あんたみたいな人じゃない!」
悪魔と桐野紗枝は怒涛の攻撃を加えるが、魔女のダメージは少ない。やはり二人が真に協力しなければ弱点は突けないようだ。共に攻撃しているとはいえ、その足並みが独立しているため、協力している
「桐野紗枝。お前の過去はキュゥべえから聞いた。君は誤解している。人に頼ったせいで失敗したと思い込んでいる。そのトラウマに怯えているだけだ。恐怖から決意した覚悟は信念とは言わない。ただ現実から目を背けて逃げているだけだ」
「そんなこと……!」
「だから助言しよう。君は────人を見極める力を身に付けろ」
悪魔は攻撃の手を止め、戦い続ける桐野紗枝に語りかける。
「もっと柔軟に対応しろ。頼る頼らないの押し問答は不毛だ。頼るべき人と、頼ってはいけない人を見極めろ。それが今の紗枝に必要な能力だと思う。それができたら一歩成長したってことだ」
その上で悪魔は選択を迫る。
「よって選べ。今ここで。俺を頼れば事態は好転するか否か、見極めてみろ」
桐野紗枝は歯を食い縛る。そんなこと言われるまでもない。薄々は勘付いていたことだ。それでも一度決意したことを簡単に曲げるようなことはできない。それは卑怯な行いだからだ。……そんな感情を直感したのか悪魔が助言する。
「剣を鞘に収めるのも勇気と聞く。間違った信念を曲げて正しい信念に直すことが卑怯というのなら、お前は一生、間違ったままだ」
それでも怖いんだ。既に由貴真里愛が大変な目に遭ってしまった。結果、桐野紗枝は選択した。
無言。何も答えず、応答せず。ただひたすら魔力の暴力をぶつけて魔女と戦っていた。
「……そうか。分かった。馬鹿に付き合っている暇はない。お前のせいで由貴真里愛は死んだ。俺まで巻き込まれるのは困る。そこまで面倒を見るほどお人好しじゃないんでな」
悪魔は立ち去る。遠のく気配を実感して、桐野紗枝は自嘲した。全て彼の言う通りだ。悪魔と名乗る少年は、口惜しいほど桐野紗枝の心を抉ってきた。だがそれは全て桐野紗枝の成り上がりに必要なことだったのかもしれない。それを否定したい気持ちも強いが、それは意固地というものだろう。そうだ。桐野紗枝は意固地になっていた。意地を張っていたんだ。
もはや尽きかける魔力と意識の中、桐野紗枝は死を予感する。────だが、負けていられるか。確かに桐野紗枝は間違えたかもしれない。どうしようもない間違いをしでかした。どう詫びればいいのかも分からない。だが死で詫びる気は微塵もない。こんな失敗をしてしまった以上、三度目の正直だ。必ず由貴真里愛の仇を取り、少し……自分の今後の方針について考え直してみよう。
そうと決まれば迷いは切れた。桐野紗枝は
「────まったく。その体たらくで本当に勝てそうなんだからタチが悪い。実力が伴ってしまっているが故の過信もあったようだな、桐野紗枝」
「……えっ!?」
どこからともなく悪魔の声が響いてくる。だが悪魔の気配はどこにもない。
「俺に気を取られるな。
悪魔の言う通り、先程まで勝っていたはずの桐野紗枝の魔力が押され始めていた。そこで右側から霧のような炎に紛れて悪魔が出現し、魔女の魔力を斬り飛ばす。それに合わせて桐野紗枝は指示通り右に回避。魔女の大技は左側に逸れて大きく爆発した。
「っ……あなた、なんで……呆れて帰ったんじゃ……」
「お前は二つ勘違いと間違いをしている。まず俺はお前の命令を聞く人形じゃない。俺には俺の意思がある。俺は勝手にお前を助ける。由貴真里愛と同じようにな。そして俺は、お前の意見なんて端から聞いていない」
「……」
「次にお前は判断を誤った。もはや言うまでもないことだが、最初から俺との共闘の是非を見極めて好転すると打診していれば、今頃こんなに苦戦することなく倒せていた。これは仮定に仮定を重ねた話じゃない。お前の戦闘経験の豊富さから見ても簡単に推理できる状況だっただろう」
「…………」
桐野紗枝は思う。悪魔は人を見極める力を身につけろと言った。それを受け入れるなら、自分は悪魔のお人好しな性格を見抜けなかったせいで、今こんなピンチに陥っていると考えられる。
「……そう思うのか。紗枝も心が優しいな。決して“悪魔や由貴真里愛は勝手に付いてきただけだから死んでも私のせいではない”とは考えないのか」
「なっ……!? え、なんで、私の考えていること分かって……!」
「多少読心術をかじっているだけだ。希望するならコツを教えても構わない。安心しろ、超直感ではない、まともな読心術だ」
「超……直感……?」
「さて、魔女も大技の反動から体勢を立て直す頃だ。紗枝は下がっていろ。魔力の使いすぎでソウルジェムに負荷が掛かっている。このままでは(ひび割れて)死ぬぞ」
悪魔は新品のグリーフシードを取り出して、桐野紗枝のソウルジェムを浄化する。そうしてまた孵化寸前になったグリーフシードを懐に戻した。
「え、でも……あいつの弱点は……」
「安心しろ。友情の手本ってやつを見せてやる」
悪魔は左手小指に嵌めたソウルリングに青い炎を灯し、ひとりの親友に呼び掛ける。
「────力を貸してくれ、水野むく」
†