※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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五重奏(クインテット) 千秋理子編



五重奏(クインテット) 千秋理子編
【これ、千秋屋のお弁当です! 美味しいので、食べてください!】千秋理子


 

 工匠(こうしょう)区。昼前の時間帯。

 

 南凪区から徒歩でやって来た悪魔は、ふわりと鼻を刺激する良い匂いに釣られて足を止める。匂いの元がどこにあるか探していると長蛇の列を見つけ、人の頭を数えるように辿っていけば、終着点は弁当屋だった。看板には《千秋屋》とあり、とにかく旨い米飯と惣菜が評判らしい。

 

「…………」

 

 悪魔の腹がキュルキュルと鳴る。もう半月は食べていない。直近で口に入れたものは公園の水道水、それもコップ一杯分だ。水分補給には気を付けているが、食事は月に一度と制限している。悪魔の計画が十年後、百年後、千年後と、いつ実行できるか分からない以上、無駄に食べて無駄に代謝することで寿命を減らすような真似はしたくない。かといって空腹は我慢するのが難しいもので……ついつい、こういった旨い匂い漂う店の前では無意識に立ち止まってしまう。もはやこれは本能の悲鳴だろう。腹が減ったと大の字になって暴れる子供のように、悪魔の胃袋はキュルキュルと鳴り続ける。

 

「いらっしゃいませ! 千秋屋にようこそ!」

 

 店の中では小学生くらいの女の子が受付をしている。しっかりした子でレジ係を担当しているようだ。店の後ろで追加の弁当を作る夫婦との仲を見る限り、この弁当屋は家族で経営している店なのだろう。

 

「理子。受付交代するわ。外に出て友達と遊びに行ってもいいのよ?」

「ううん。大丈夫! わたし、お手伝いするの好きだよ!」

「じゃあ休憩ね。マメジと遊んでらっしゃい」

「……うん……」

 

 女の子は複雑な表情で台から降りて店の奥に消えていく。どうやら両親ともう少し長く一緒に居たかったようだ。しかし両親の方では娘が外の友達を作れているのか心配している様子。超直感も極めれば会話ひとつで家庭事情が透けて見えてしまう。無意識に感じ取ってしまうとはいえ失礼だと戒めるように悪魔は目を伏せた。

 

「────ワンッ!」

 

 次の瞬間、悪魔の目の前に犬が居座っていた。今の鳴き声は「俺の縄張りで何してんだ」という質問だと直感する。

 

「わ、マメジ! 急にどうしたの?」

「グルルルルル……」

 

 今度は人間の声。そちらに目をやれば、先ほどの看板娘がリードに引っ張られていた。普段は飼い主の少女を振り回すような散歩はしないが、今回は緊急の要件らしい。いわゆる不審者に対して飼い犬が過敏に反応している。おそらく店に来る常連客の顔は全て覚えているのだろう。賢い犬だ。そして新規の客でもいきなり吠えたりはせず、まずは様子を見るように躾けられている。非常に賢い。

 

 さて、そんな賢い犬が、いきなりガンつけて吠えてきたということは、それなりに怪しい人物として見られているということだろう。悪魔はふっとはにかみ、誤解を解くため膝をついて犬と目線の高さを合わせた。

 

「すまない。常に気を張り詰めているから“怖い奴だ”と感じたんだな。常に死ぬ気の生き物ほど怖いものはない。まったくその通りだ。本当にお前は賢い犬だな」

「──……クゥン……」

 

 マメジと呼ばれていた犬の頭をひと撫でした悪魔は立ち上がり、最後に大きく深呼吸した。なるべく弁当屋の旨い匂いを吸って離れようと思ったのだ。何も食べない生活を始めてから身に染み付いた貧乏性の癖である。

 

「あ、あの、ごめんなさい! うちのマメジが……! いつもは、こんなふうにいきなり吠えたり、唸ったりしないんですけど……」

「いや、構わないさ」

 

 悪魔は息を吐くと、旨い匂いは堪能したことだし、さっさと弁当屋から離れようと思う。だが意に反して腹は鳴り、足が動かない。不動の悪魔は本能と戦う。

 

「……あのぅ……お兄さん。お腹、きゅーきゅーって、鳴っていますよ?」

「…………知っている」

 

 少女の一言で羞恥心を覚えた悪魔は、ようやく腹の音を聞かれた恥ずかしさが本能に勝り、その場から立ち去ろうとした。

 

「? あれ、買わないんですか?」

 

 しかし、少女の純朴な疑問のせいで再び足が止まってしまう。

 

「……すまない。つい美味しそうな匂いがして立ち止まってしまったんだ。実は金欠で……冷やかしになって申し訳ない。用もないのに店の前に立つのは邪魔だったな」

 

 体のいいことを言って悪魔は立ち去ろうとする。そこで野太い男性の声が上がった。

 

「おっ! いやぁ。うまいねぇ、お兄ちゃん! そんな風に言ってくれるなら、特別にタダでお弁当あげちゃおっかな!」

「あ、お父さん!」

「……っ! いや、本当に! そういうのじゃなくて────ごめんなさい!」

 

 少女の父親は話を聞いていたらしく、持参していた弁当を本心から悪魔に手渡そうとしていた。それを直感した悪魔は逃げ出す。貰った弁当を悪魔が食べることはない。流石に捨てるのは悪いから誰かに渡そうと思っても、そもそも受け取ってくれる人がいない。つまり処理に困るので、ここは逃げ出すのが吉だ。そう判断した悪魔は風のような速さで走り去った。

 

   †

 

 川沿いの公園。ベンチに座る悪魔は休憩を取っていた。先刻から腹の虫が鳴り止まない。毎日食事は魔力で済ませているが、この空腹感ばかりはどうしようもない。何もしないから空腹に身悶えするのだ。ならば常に何かしていれば空腹に身をやつすこともない。かといって連戦続きの体を休ませることも大事である。今朝の神浜ミレナ座の時のように突然意識を失うのは危険すぎるからだ。しかしそうなると休憩のため動かないということで。動かないということは、腹が鳴り続けるということである。

 

「ジレンマだな……」

 

 肉体を休ませようとすれば精神が苛む。精神を安定させようとすれば肉体が軋む。あちらを立てればこちらが立たず。心身の調子を整えるのは戦闘において大切なことだ。だから悪魔は店の前を通りたくないのだと愚痴る。今回は工匠区という歴史ある街の景観を観光気分で見て回っていたら、知らぬ間に商業街まで足を踏み入れてしまっていた。その直前にあった《たけ工房》辺りで引き返していれば……と悪魔は後悔する。

 

「先に立たないことを考えてもしょうがないな。観念して、今は空腹を我慢しつつ休眠だ」

 

 悪魔は後頭部に両手を回してベンチに寝そべる。

 木漏れ日の中、心地よい風が吹き、人々の平和な喧騒が耳を打つ。

 

「あっ────だ、ダメだよ、マメジ!」

 

 不意に冷たく、頬にヌメっとした感触が残る。

 

(……何かに……舐められた?)

 

「────ワン!」

 

 悪魔が目を覚ますと、傍らには舌を出して息を切らす犬の顔がでかでかと映っていた。

 

「ご、ごめんなさい! こら、マメジ! お兄さん寝ていたのに、起こしちゃダメでしょ!」

「クゥ~ン……」

 

 悪魔は起き上がる。束の間の休息を邪魔されたが仕方がない。なぜなら先程から旨い飯の匂いが漂ってきて寝るどころじゃなくなっていたからだ。その匂いはどこから来ているのかと辺りを見回すが、近くに料理屋はない。悪魔は首をかしげる。次の瞬間、悪魔の腹は糸を巻くように鳴り響く。

 

「……!」

 

 その音を聞いて目を丸くする少女。赤っ恥をかいた悪魔は疾く退散しようか迷う。

 

「……あの、ちょっと待ってください!」

「?」

 

 少女はポーチを開いてゴソゴソと何かを取り出す。その間マメジが突進してきて撫でろ撫でろと要求してきた。悪魔はマメジの毛という毛をわしゃわしゃと掻いて遊ぶ中、少女は可愛いハンカチに包まれた弁当箱を取り出した。瞬間、悪魔はハッとする。匂いの正体はそこにあったと。

 

「あの! これ、食べてください!」

「……はい?」

 

 とうとう悪魔は小学生くらいの女の子から施しを受けるレベルまで地に落ちてしまったのか。突然の申し出に困惑する中、少女はハンカチをほどいて弁当箱の中身を見せる。

 

「おい……」

「これ、千秋屋のお弁当です! 美味しいので、食べてください!」

「……すまないが、払える金を持っていない」

「た……タダです!」

「そもそも、それお前の昼飯だろう?」

「おうちに帰って食べるから大丈夫です!」

「ありがとう。でも気持ちだけ受け取っておくよ」

「そ、それなら……それなら……お昼ご飯、いっしょに食べましょう!」

 

 悪魔は直感する。この女の子は心から心配してくれている。腹の鳴り方が尋常ではなく、きっと朝から……いいや前日から何も食べていないのだと察したのだろう。ホームレスのように思われたのだろうか。その疑問も残ってはいる。だが詮索はせず、黙って受け取ってくれたらいいなと思いながら、小学生にとっては大人も同然な中学生男子を相手に、勇気を出して弁当箱を渡そうとしている。その勇気はとても素晴らしく、だからこそ心が痛む。

 

「…………旨いのは、食べなくても分かっている。それより俺は眠たいんだ。悪いな」

 

 悪魔は狸寝入りを決め込んだ。その場で寝そべり、下手くそないびきをかく。すると少女も俯いたあと引き下がっていった。ことんと何かを置く音を響かせて、マメジと一緒に走り去っていく。

 

(……旨そうな匂いが離れない……)

 

 狸寝入りをやめて起き上がると、傍らにはハンカチで包まれた弁当箱が置いてあった。

 

(……直感では聞き分けの良い子だと思っていたんだが……意外と頑固な所もあるんだな……)

 

 それとも普段は聞き分けのよい子でも、流石に目に余る空腹ぶりを見せていたのか。おそらくそれだろうと悪魔は失笑し、自らの不甲斐さなを認める。

 

「まぁ……元々ダメダメだったからなぁ……優しい気持ちは本当にありがたいけど、さすがに小六くらいの女の子にご飯を施されるのはプライドが傷つく……」

 

 さて、この弁当。どうしたものか。鳥の餌にしても構わないが、さすがにそれは向こうも傷つくだろう。その現場を見られるわけではないが、悪魔の方が良い気がしない。ここは馬鹿正直に弁当屋へ返品に行くべきか……その場合、事情を話す必要も出てくるだろう。それはそれで正しいのかという気がしなくもない。

 

「参ったな……」

 

 ここに羅宇らんや百江なぎさがいれば、簡単に処理してくれたのだろうが……そうやって子供組に思いを馳せる悪魔は、空を仰いで一息つく。

 

 ────次の瞬間、右目が疼いた。魔女反応である。

 

「ッ……本当にこの街は異常だな。魔女の数がほかの街と比べて十倍は多いんじゃないか?」

 

 だとするなら奇妙なことになる。魔女の数は街の治安の悪さに比例しており、治安が悪いほど魔女が集まりやすく、魔女が多いほど治安が悪くなりやすい。そういった悪循環を容易に生み出す。それにしては一見したところ、神浜市の治安はさほど悪くなく、魔女が多いせいで治安が悪化しているような印象を受ける。

 

(それに関して調べる必要もあるか……)

 

 しかし今は魔女退治優先。悪魔はベンチから立ち上がると、不意に肉体の軋みを感じた。空腹を気にしすぎたのか腹痛までする。到底戦えるコンディションではない。

 

(だが……犠牲者が出ないよう、せめて現場に行かなければ……)

 

 悪魔は体調不良の中、近くにいるはずの魔女を探してヨロヨロと駆け出した。

 

   †

 

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