アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
翌朝。左目の奥底から刺激を受けて覚醒した悪魔は、草地の上でよだれを垂らしつつ起き上がる。全身は脱力しており、まぶたもとろんと力を失い垂れかかってる。目をこすりながら公園の時計台を見上げて、現在時刻が早朝の六時過ぎであることを確認。ふとキュゥべえはどこに行ったのかと周囲を見渡すと、手の甲に暖かな毛皮が触れて、ふわふわとした感触を味わう。自分のとなりで頭と尻尾を丸めて眠っているキュゥべえを見つけた悪魔は、その白い体の一部に
「ぷぎゅ!?」
「ここはどこだ」
「宝崎市だよ。首都圏に近い街だ。ここなら二木市の魔法少女も、そう簡単には追って来れないだろう」
「宝崎市か……聞いたことないな。では、気絶してから何時間が過ぎた」
「二時間くらいかな? これでも早い方だ。まだ立ち上がるのは難しいんじゃないかい? もうちょっと休んだら?」
「あれだけの魔力と死ぬ気の炎を放出したのは久しぶりだからな……しかし休み続けるわけにはいかない」
「なぜだい? 何か急ぎの用件でも?」
「あぁ。────魔女反応だ」
悪魔の左目の奥底には、藍色のソウルジェムが結界魔法により縮小化された状態で封印されている。そのソウルジェムが魔女の反応を感知して、悪魔の左目の痛覚を刺激させたことにより、悪魔は深い眠りから目覚めたのだ。ほかにも藍色のソウルジェムのとなりには緑色の宝石を輝かせるリングが廻っている。さらに悪魔の右目の奥底にも同様の封印結界が施されており、その中には
「そんな疲労困憊の状態で戦えるのかい? ほかの魔法少女がなんとかしてくれるさ。……なんて言っても、君は聞く耳を持たないよね」
「あぁ。よく分かっているじゃないか。ちなみに、その
「それは分からない。実際に行ってみないとね」
「場合によっては野放しもありえるということか。なら死人が出る前に片付けるぞ」
「やれやれ。わかったよ」
跳躍したキュゥべえは悪魔の肩に飛び乗り、ぐるりと首を一周して、いつもの位置に落ち着く。そして悪魔は走り出し、魔女の反応を感知した場所に向かう。
「……!」
早朝のランニングコースとして、よく使われているだろう河川敷。その道の中央に魔女の結界の出入り口が立ち塞がっていた。本来、魔女や結界の姿は普通の人間には見えない。魔女が自ら姿を見せようとすれば話は別だが、それは特例中の特例だ。よって悪魔は両目に魔力を流すことで、なんとか魔女の輪郭を把握している。さらに呪いの力や特殊なコンタクトレンズを併用することで、現在ではハッキリと魔女や結界の存在を目視で認識できるようになっている。
「十秒以内に終わらせる」
「どうぞ、ご自由に。君がどれだけ素早く一体の魔女を倒しても、その間にボクらは数千数万の魔女を量産するだけさ」
一日に1000人を殺して1500人を生む。そんな古事記におけるイザナミとイザナギのような口喧嘩を一日のノルマとして済ませた悪魔は、いざ魔女結界に飛び込もうとする。次の瞬間、魔女結界の中から一人の魔法少女が飛び出してきた。それはつまり正面衝突の形となり、悪魔の胸に魔法少女の頭がぶつかった。結果、悪魔は地面に背中を強打し、魔法少女はぶつかった相手に覆いかぶさる形となる。
「うわっ!?」
「いたっ!!」
「ぷぎゅ!?」
キュゥべえの体が少年少女と地面の間に挟まれる。二人の人間の重みに押しつぶされそうなキュゥべえは脱出を試みるが、どう踏ん張っても抜け出せそうにない。キュゥべえに息切れの心配があるのかどうかは定かではないが、やがてキュゥべえは脱出を諦めた。そして曇った声で「早く退いてくれないかな?」などとのたまっている。
「いてて……。っ?」
ふと悪魔は震えを感じ取った。それは自らの体から生じる震えではない。目の前の女の子の体が、今にも泣き出しそうなくらい怯えていたのだ。それを目にした悪魔は疾く察する。きっと彼女は、
「……大丈夫か?」
「────っ!? あ、えっと、あの……ぶ、ぶつかって、ごめん、なさい……。……じ、じゃなくて! あの、ここは危ないので逃げてください!」
「どこに? 逃げたのはお前だろう」
「────ッ!!?」
容赦ない煽りを浴びせた悪魔は、茫然自失と座り込む魔法少女を脇にどかして立ち上がる。
「…………」
黒髪お団子の女の子。魔法少女としての変身衣装は、全身を覆う黒いローブの姿が印象的。メイスのような武器を両手に握り締めていることから、最後まで戦うか逃げ出すかで葛藤していたことが見て取れる。紫色のソウルジェムはその七割が穢れているが、今すぐ穢れきって魔女化する気配はない。それを見て取った悪魔は、魔女結界に視線を移した。
「……ちょっとだけ、そこで待っていろ」
「────え?」
悪魔は魔女結界に飛び込んだ。キュゥべえは挟まれている状態から脱出して一息ついており、完全に後れを取ってしまっていた。
「おっとまずい。離れ離れになってしまった。……まぁでも彼なら大丈夫だろう。黒江。君よりは魔女との戦闘に向いているからね」
「……キュゥべえ……あの男の子って、いったい……」
「それより結界の出入り口から離れていた方がいいよ」
「……?」
悪魔が魔女結界に飛び込んでから数十秒が経過した。次の瞬間、魔女結界のゲートから莫大な炎熱が放出された。さながら怪獣が火を噴くが如くの熱量。それに黒江がおっかなびっくりしている間に、魔女反応が完全消失する。すると空間にひずみが生じ、別次元の位相に存在していた魔女結界が消滅した。魔女結界の中に攫われた人々は解放されて河川敷の土手に倒れた状態で現実世界に帰ってくる。悪魔も砕け散った魔女結界のゲート付近にその姿を現し、その額には橙色の炎が点っていた。そして中空には一個のグリーフシードが廻っており、徐々に舞い降りてくる。そんな光景の一部始終を黙って見つめるキュゥべえと、呆気に取られる魔法少女こと黒江。
「遅かったね。三十秒近く掛かっていたけど?」
「迷宮の攻略に手こずった。体力が限界で魔力の生成ができず、仕方なく魔力よりコスパのいい死ぬ気の炎を使って噴射による移動を行ったが、それも限界ときた。おかげで最後は徒歩を強いられたぜ。加えて
「言い訳かい?」
「反省と言ってくれ」
悪魔の額に灯る炎が消え去る。しかし三白眼は相変わらずで、キリリと引き締まった顔立ちを保っている。
悪魔は中空に浮かぶグリーフシードを手に取ると、黒江の前に屈み込む。そして彼女のソウルジェムの穢れを吸収すると、使用済みのグリーフシードを懐にしまい、まだ一度も使っていない新鮮なグリーフシードを懐から取り出して、それを彼女の手のひらの上に乗せて握らせた。
「あ……えっと……なんで……!」
「取っておけ。新品だ。それより、お前の名前を聞きたい」
「え? あ……わ、私は……黒江、と言います……」
「そうか。苗字か名前か分からない名前だな。オレは悪魔という。……ところで、ちょっと話があるんだが」
「……?」
河川敷の途中には鉄橋がある。そこに移動した悪魔と黒江は、河川敷の土手で目を覚ました人々が一人ひとり無事に去っていく姿を見届ける。やがて全ての一般人が「なんでこんなところで寝ていたんだろう……?」と混乱しつつ帰っていくのを見届けた悪魔は振り返り、その肩にキュゥべえが飛び乗って、二人とも黒江を見つめた。
「なぁ黒江」
「は、はい……!」
「いきなりで驚くかもしれないが……
「────え……?」
黒江は混乱していた。彼女の今の心境は、非常に複雑多岐にわたる。まず悪魔の存在。彼はいったい何者なのか。魔法少女ではないのに魔女を軽く一蹴した。その計り知れない強さの秘密も知りたい。そしてなぜ悪魔と名乗っているのか。先ほどは黒江という名前のことを苗字か名前か分からないと口にしたが、それなら悪魔という名前こそ、そもそも本名なのか。いや明らかに偽名だろう。全てがおかしい。そして悪魔が魔女と戦闘している間、それについてキュゥべえに質問してみたら「彼は万能の魔法使いだよ」という答えが返ってきた。それはそれでどういうことなのだろうと理解が追いつかない。キュゥべえは女の子だけじゃなくて、男の子も魔法少女にできるのか。いや、魔法
ともかく、そんな謎だらけの存在を前にして、驚かないはずがない。しかし黒江は鉄橋で一般人が去るのを見守っている間、悪魔に対して何も質問できなかった。それは、やはり先ほどの一言が心の奥深くに重くずっしりと響いていたからだろう。
────逃げたのはお前だろう────
黒江のソウルジェムが微かに濁る。
そんな中、悪魔と名乗る少年は、これまた非常に混乱させる質問をしてきた。
────魔法少女をやめられるってうわさ、知ってるか────
(……わけわかんない……)
「黒江、聞いているか?」
「……! は、はい……」
悪魔には妙な圧がある。別に凄まれているわけではない。物腰も柔らかく、至って冷静だ。どちらかというと冷静すぎて怖いくらいだが、それは顔面が整いすぎていて、つい怖いと感じてしまうような威圧感であって、決して悪い人ではないというオーラはたしかに感じ取れる。しかし、つい先ほどまで魔女と戦闘して、そこから逃げてしまい、深い負い目がある少女にとって、同年代の男の子の低い声色というものには、やはり少々びくついてしまうものがあった。
「そうか。ところで、黒江は魔法少女だ。ということは、何か願いを叶えてもらったということだ。どんな願い事を叶えたのかは聞かない。ただ一つだけ聞きたいことがある。────その願い事について、何か後悔はあるか?」
そう聞かれた黒江は、漠然と思った。
(なんで……そんなことを聞くんだろう……)
その疑問と不信感を察知した悪魔は、慣れたように対応する。
「そうだな。たしかに、まずはオレのことが気になるはずだ。疑問も不信も当然の反応だ。少し話を急ぎすぎたな……だが、いつになっても女の子との会話デッキがこれしかなくてな……」
「……会話デッキ……」
「いや、今のは聞かなかったことにしてくれ。それより話を続けよう。もし後悔があるなら、こんなうわさがあるんだ」
一拍置いた悪魔は、次の発言をしっかりと黒江に記憶させようと厳かな雰囲気を作る。
「
「────」
「
「…………」
「その覚悟があるなら、また今度、オレに声を掛けてくれ。そのうわさについて、もっと詳しく話してやる」
悪魔は振り返り、背中で言い残す。
「ちなみに、元の人間に戻れるということは、またキュゥべえと契約できるということだ。つまり願い事をやり直せる。そういった点も考慮して、考えてみてくれ」
そして去り際、期待しない声色で呟いた。
「最後に、このうわさは他言無用だぜ」
悪魔は鉄橋から立ち去った。彼の肩にはキュゥべえが乗っている。そんな不思議な後ろ姿を見届けた黒江は、独りぽつんと残されて佇立するほかない。
「……。今のは……いったい……なんだったの……?」
頭の整理が追いつかない。黒江の状態を一言で言い表すなら、まさにそれしかなかった。
(魔法少女をやめられる……? 急にそんなことを言われても、信じられないし……いや、本当にあるなら、ちょっと期待したいけど……でもうわさなんでしょ……? というか、そもそも自分のことを悪魔って名乗る人のこと、まったく信じる気が起きないし……)
「やぁ。お困りのようだね。黒江」
「……っ!? キュゥべえ……!」
鉄橋の手すりを伝って現れたキュゥべえ。そこで黒江は無意識に違和感を覚えた。それはキュゥべえがやって来た方向である。いま黒江の目の前にいるキュゥべえは、悪魔が立ち去った逆の方向から現れた。さらに言えば、なんだか体の模様も少し違う気がする。悪魔の肩に乗っていた時のキュゥべえは、体の一部に魔女の口づけのような変な模様があったような気がしたのだ。しかし黒江は、そんな違和感をすぐに気のせいだと思って忘れてしまう。なぜなら彼女は、キュゥべえが複数いることを知らない。そういった先入観が、目の前の明らかな疑問を払い除けてしまう。
「黒江。今の君になら、どんな質問にも答えてあげよう。それだけ今の君は混乱状態にあるようだからね」
「……そんなことを言われても……それに私、これから学校だし……」
「そうか。たしかここは君の通学路だったね。それじゃあ話はまたあとで。ただし早めにした方がいいよ。彼……悪魔は、いつも同じ街にいるとは限らないからね」
「…………」
†
用語解説
【悪魔キュゥべえ】魔女の口づけに似た文様を体に付けられたキュゥべえのこと。個体識別のため悪魔が付けた。
【魔女の口づけ】魔女が持つ能力。
【宝崎市】関東地方の町。近未来な都市。
【魔女】呪いを振りまく存在。因果応報。光があれば闇もある。否、光があるから影ができる。
【魔女反応】魔女が持つ魔力パターン。
【ソウルジェム】それは魔法少女の証。本来の姿はタマゴのような形状の宝石で、魔法少女の魂の波動によって宝石の色が異なってくる。普段は持ち歩きに適した銀色の指輪に変形し、指輪の裏側には宿主の名前が魔法文字で記されている。戦闘時は変身アイテムとして使用し、魔力の消耗に合わせて穢れが蓄積されていき、宝石の輝きが濁っていく。また、ソウルジェムには独自の信号パターンが存在し、ひとつとして同じパターンは存在しないため、魔法少女を判別し、その位置情報を掴むGPS機能として活躍している。
【グリーフシード】十分に魂を喰らった魔女を倒すと産み落とす種。ソウルジェムの穢れを吸収するが、一定量の穢れが溜まると魔女として孵化する。クローン。
【悪魔の右目】その瞳の奥には“愛しい女の子の魄種”が廻る。
【悪魔の左目】その瞳の奥には“好きな女の子の魂石”が廻る。
【結界魔法】悪魔のそれは「結界で覆った物体を手のひらサイズの立方体に収縮」する魔法。
【魔女結界】魔女が持つ能力。結界魔法とは異なり、魔女の心象風景が具現化された空間。それは現実世界とは位相が異なる空間に存在し、現実世界との間を行き来する門(ゲート)が存在する。
【呪いの力】“終わらない逆転劇”
【特殊コンタクトレンズ】匣兵器。晴属性の活性性質による視力増強のコンタクトレンズ。別名「晴スコープ」。なお見えないものを見る力は存在しない。それこそ世の摂理が“逆転”あるいは“叛逆”しない限りは……。
【必殺魔法(マギア)】魔法少女が魔女との戦いの中で開発する必殺技。
【魔法少女をやめられるうわさ】悪魔が流している噂。その真相やいかに。