アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
千秋理子は思い悩んでいた。
────まさかッ! 貴様は……!
それは違う。理子は何もしなかった。それは悪魔の命令を無視したという意味ではない。悪魔は千秋理子に何も命じなかった。あの
ならばなぜ、あのとき悪魔は、あんな嘘をついたのだろうか?
眉間にシワを寄せて、悪ぶることで、何がしたいのだろうか?
千秋理子は分からない。だから少しでも知ろうと思った。今は無理でも、いつか機会があれば。
もしかしたら怖い人かもしれないけど、自分たちを殺人鬼から助けてくれた命の恩人だから……。
†
昼過ぎの工匠区・デンキ街。誰も来ないであろうビルの屋上にて。
アシュリーは笹川もみじの奇行に難色を示していた。
「あの……先程から悪魔さんに何度もバケツの水を掛けていマスガ……これでもう百回は超えましたヨ? 鼻の穴や口の中に水が入って溺死してしまうかもシレマセン! あの! だから! そろそろやめてくだサーイ!」
「なんだと? そう言われてもな……魔法以外で目を覚まさせようとするなら、やはり冷水を浴びせる以外に方法はないではないか!」
「それはそうデスガ! それにしても脳筋すぎマス! ゆっくり休ませても良いのではないのデスカ? というか悪魔さんは重傷デス! なぜ病院に連れて行かないのデスカ!」
「病院に連れていくと沢田が怒るからダ!」
「ワタシの口調を真似しないでクダサイ! あと沢田って誰なんデスカ!」
悪魔の処置について言い合う笹川もみじとアシュリー・テイラー。
それを黙って見守るしかない千秋理子。悪魔の致命傷については、既に笹川もみじの応急処置によって傷口が縫われ、止血され、包帯が巻かれている。それでも出血が止まらず、巻いたばかりの包帯が真っ赤に濡れている。悪魔は一向に目を覚ます気配がなく、冷水を浴びせるたびに顔色が青紫になっている気がするので、これはいよいよ病院に運ばなければ本当に命が危ないと理子は思うようになる。
「……あ、あの! やっぱり病院に連れて行った方が……」
「うむ……そうだな。流石にそうしなければ本当に死んでしまう! だがやはりダメだ!」
「なぜデスカ!?」
「沢田は
「えっ……」
「スミマセンが、それはたぶん騙されていると思いマス!」
「なぬっ!? 沢田の奴、いっちょまえにオレを騙していたのか!? ぐぅ……では何が正しいのか……冷水がダメなら往復ビンタ百発か!?」
「!?」
「ダカラ! なぜそうなるのデスカ!? 病院という選択肢を忘れないでクダサイ!」
「ぐぅ……クローム髑髏がいれば施術魔法でなんとか止血はなるのだが……」
……徹底的に病院という単語を無視する笹川もみじ。
なんだか馬鹿っぽそうな人だが、だからと言ってこれは行き過ぎだ。
もしかしたら何か理由があるのかもしれないと思い、千秋理子は勇気を出して問い掛けた。
「あの! 何か……病院に連れていけない理由とか、あるんですか……?」
「────。……それはお前たちが知らなくてもいいことだ。極限にな!」
笹川もみじは悪魔の片腕を注視しながら言った。
やはり何かあるらしい。だがそれを語ってくれそうにはない。だからと言って放ってもおけない。
このままでは悪魔は死に向かう一方だ。せっかく破滅から逃れたのに、その結果が治療不足の死亡では居た堪れない。
「あの! それなら調整屋さんはどうでしょうか?」
「む! この都市には調整屋があるのか! そこまでどれくらい掛かる?」
「かっ飛ばしても一時間は掛かるのではないデショーカ?」
「なんと……その間に沢田の体は死んでしまうぞ! 魔法少女の高速移動に耐えられるとは思えんな! 故に却下だ!」
「そ、そうですか……」
いわゆる八方塞がりな状況に陥る。
そのときキュゥべえの声が響き渡った。
「やぁ。お困りのようだね。僕が力を貸そうか?」
「むっ! これはキュゥべえの声! どこにいるのだ?」
「匣の中だよ。あ、出さなくていいよ。外に出ると僕は活動を停止してしまうからね」
「極限に何を言っているのかさっぱり分からないぞ!」
「分からなくていいさ。君の理解力には端から期待していない。それよりアシュリー・テイラー。君の魔法を借りたい」
「! ワタシデスカ……?」
指名が入ったアシュリーは悪魔に近付き、交代で笹川もみじが離れる。
「スイッチ魔法を使って、悪魔の意識を逆転させてほしいんだ。いわゆる睡眠状態の意識から、覚醒状態の意識にね。無意識から意識への逆転とも言える。そうすれば悪魔は目覚める。あとは自分で処置できるはずだ」
「え……そんな強引な事をしてもいいのデスカ……?」
「非常事態だからね。やるなら早めがいいと思うよ」
キュゥべえに促されたアシュリーは、笹川もみじを見て確認を取る。
「うむ! キュゥべえは嘘はつかないからな! 本当のことは言わないが、悪魔のことは大事にしているみたいだし、試してみてもいいと思うぞ! 極限に怪しいがな! 極限に!」
「……で、では……」
アシュリーは意識を集中させて、悪魔にスイッチの魔法を掛ける。意識の逆転なんて初めて行うため時間が掛かる。本当にうまくいくか保証はない。魔法の使用は慣れていないと実感が湧きにくく、本当に魔法が掛かったかどうか、発動したかどうかが分かりにくいのだ。
といってもソウルジェムの反応を見れば、魔法がどのように作用したのか、ある程度探ることはできる。が、それは魔法少女の中でも知る人ぞ知る豆知識のようなものだ。常識と思っているのはベテラン程度だろう。
「────《スイッチ》!」
手応えは不明。だが次の瞬間、悪魔は息せき切って飛び起きた。
「────ッッッ!!? ケホッゴホッ! うっ……頭が……それになんだ、喉が……まさかまた水をぶっ掛けたのか……!?」
「おぉ沢田! 起きたか! その通りだ! いやしかしアシュリーよ! 礼を言うぞ! 理子も看病してくれて感謝する!」
溺死寸前だった悪魔は咳き込む。すると咳き込むたび傷口から血が滲んで出血が始まった。
「っ……京子ちゃんのお姉さん。どういう方法で起こしてくれたのかは知りませんが、今から施術魔法で縫合して完全止血するので、また気絶したら起こしてください」
「うむ! 任せろ! アシュリーがやってくれるぞ!」
「アシュリーが? ……まさか、何かを逆転させたのか?」
「はい。キュゥべえが、意識を逆転させたらドウカト……」
それを聞いた悪魔は思案する。
「……それなら今度は、怪我という概念自体を逆転させることはできないか? その分のグリーフシードは払うから……」
「……What? それはつまり……どういうことデショウカ? あとグリーフシードは不要デス! 先程の魔女から手に入れましたカラ! 理子と半分こデス!」
「そうか……いや、ピンと来ないなら仕方ない。下手に筋肉や皮膚が裏返っても面倒だ」
「沢田。今お前は凄まじく恐ろしい発想をしたと思っているのだが……」
そこでキュゥべえが感心したように唸る。
「なるほど。怪我の反対は健常。概念自体を逆転させることで、細胞を促進させる治癒を使わず、細胞自体の構築による回復を考えたのか。それは復元の領域だ。君の応用的な発想力には毎度驚かされるね」
「唯一人類がキュゥべえに抗えるとしたら、そういった知性くらいだからな」
キュゥべえがいなければ、今頃人類は原始人のような暮らしを続けていた可能性がある。その知性を手に入れたのもキュゥべえのおかげかもしれないが、それでも手に入れた知性の活かし方は、人類が研鑽して獲得した産物だ。もしキュゥべえに勝てる要素があるとしたら、まさにその知性と、キュゥべえでさえ理解が及ばない感情くらいのものだろう。
「…………」
悪魔は脳が働かない事を自覚する。貧血気味だ。血を流しすぎた。悪魔はバイオレットのソウルリングに紫色の炎を灯し、雲の増殖効果によって血液を増やしていく。だが死ぬ気の炎で増殖したものは時間経過で消滅してしまう。つまり後々血液が増えるまでの応急処置程度の効果しかない。魔法のような魔力があれば別だが……と、そこまで考えて悪魔はアシュリーの顔を見上げた。
「?」
「アシュリー。ただの戯言として聞いてくれ。血液が足りない。輸血したいが血液型が異なる場合、スイッチ魔法で血液の性質を転換させて、別の血液型に変えることは可能か? 加えて闇属性の増殖効果を使えば転換した血液を増やすことができる。アシュリーは闇属性だから理論的には可能なはずだ」
「えっ……そ、そんなこと、考えたこともありませんデシタ……でも、たぶん、とても難しいと思いマス……」
「だろうな。高度な魔法の行使は、それ相応の修行が必要になる。……ただ閃いただけだから、あまり気にするな。初めに戯言と言ったろう。別の方法で助かるから心配ない」
悪魔はインゴットのソウルリングに生命力を注いで魔力を生成する。そのまま《施術》の魔法を発動して、全身の怪我を縫い上げて繋ぎ留めた。一応の完治である。しかし次の瞬間、悪魔は生命力が底を尽きたことで気絶した。すかさずアシュリーが《スイッチ》の魔法を行使することで、悪魔の気絶が逆転し覚醒。どうにも無理がある蘇生を達成する。
「沢田……そのようなことを繰り返していては命がいくつあっても足りんぞ。それでは寿命を延ばしたところで……」
「逆ですよ。寿命を延ばすことで、この繰り返しの負債が払えているんです」
「むぅ……しかしだな……」
「ところでお姉さん。この街には非常に旨い弁当屋があるんですか、その弁当、要りますか?」
悪魔は保存用匣を開匣して、中から千秋屋の弁当を取り出す。
「あ!」
それは先刻、理子が公園で上げた弁当だった。
悪魔は申し訳なさそうな顔を一瞬したあと、笹川もみじに手渡す。
「おう! 既に美味しそうな匂いがするぞ! 沢田は飯を食わないからな。惜しいことをする奴だ! では頂くぞ。いただきます!」
笹川もみじはガツガツと豪快に食べ始める。頬を膨らまして一心不乱に食べるさまは見ていて飽きない。
「────うむ! 旨い! これはすごく旨いぞ! 店の名前を教えろ!」
「千秋屋だそうです」
「千秋屋だな! 覚えたぞ! 予約はできるか!? ボクシング部が優勝を飾った暁には団体で申し込みたい! この旨い弁当でパーティーを開きたいぞ!」
「……だそうだけど……理子、構わないか?」
「あ、はい! いつでもお待ちしています……!」
笹川もみじの豪快な食べっぷりを横目に、悪魔はアシュリーと理子に向き直る。その表情は真剣であった。
「さて……まずはお礼を言うべきかな。あの状況で共闘してくれてありがとう」
「!」
「いえ! それはこちらのセリフデース! 悪魔さんは命の恩人デスネ!」
「お互い様ってやつだな。それで聞きたいんだが……ああいう手合いの魔法少女は、この街に多いのか?」
「……いえ。わたしは、初めてです……」
「ワタシもデース……まさか人の命を狙う魔法少女がいるなんて……とても恐ろしかったデス……」
「……そうか。ではウワサというものは知っているか?」
「うわさ……ですか?」
「なんのうわさですか?」
ウワサとうわさ。前者は未知なる存在であり、後者は言葉の上の概念。すぐに後者を思い付いて、前者に対する考慮がない以上、彼女たちにとってウワサもまた未知なる存在なのだろう。
「すまない。質問を変える。最近になっておかしなことが増えたとかはないか?」
「おかしなこと……いえ、特には……」
「ワタシも……特にアリマセン!」
「そうか……これは空振りと見るべきかな……」
悪魔は俯いて思案する。対する理子とアシュリーは役に立てなくて申し訳ないという感情を抱えていた。それを直感した悪魔はすぐさま訂正する。
「いや、知らなくても無理はない。どうやら神浜市では最近、異常なことが多発しているようなんだ。何も知らないで遭遇していたらまず命はない。今回はとりあえず、そういった危険があることを知ることができて良かったと考えるべきだ。よって以後、細心の注意を払って行動してほしい」
「……はい」
「了解デース!」
そこで弁当を食べ終えた笹川もみじが言った。
「ごちそうさまだ! して沢田。やはりお前はボスが似合うな!」
「……!」
「いや、良い仕切り屋という意味だ! お前はよく周りが見えている! 変わってなくて安心したぞ!」
「……それならリーダーシップがある。の一言でいいでしょう」
「うむ! そうとも言う!」
笹川もみじは立ち上がり、ちらりと目配せして屋上の反対側に歩いていく。
その意図を察した悪魔は、理子とアシュリーに解散を告げた。
「それじゃあ解散するか。理子は家族が心配しているんじゃないか」
「……あっ!」
「ワオ! 急にどうしましたカ? 理子!」
突然驚いた様子で声を上げた理子は、大慌てで口に手を当てる。
「いけない! わたし、マメジのこと忘れてた!」
「オウ! そういえばソウデシタ! マメジには悪いことシマシタネー……!」
「はは。たぶんすごく心配しているだろうから、早く行くといい」
「はい! ……あの、悪魔さん。助けてくれて、ありがとうございました!」
「いつか恩を返しマスネ! KAWAII巡りでもシマショー! それに悪魔という名前がホラー? いえ、オカルトっぽいので、悪魔さんとジャパニーズホラー巡りも良さそうですね! see you later!」
理子とアシュリーは背を見せる。そこで悪魔は思い出したように呼び止めた。
「あ、ごめん。ひとつ質問と、あと伝えたいことがあるんだった」
『?』
「まず、小さなキュゥべえって知ってるかな?」
「小さな……キュゥべえ?」
「ワオ! それはとてもかわいらしいキュゥべえが想像できマスネー!」
どうやら知らないらしい。ならばと悪魔はうわさを流す。
「それじゃあ、魔法少女をやめられるうわさって知ってるか?」
「……?」
「魔法少女をやめる……? そういえば、SNSの書き込みで見たような気がシマス……」
「魔法少女に関するうわさがネットに流れるのか?」
やや呆れる悪魔だが、今の掛け合いで、特に二人は現状に不満がないことを直感する。
「そうか。ありがとう。じゃあ最後に、何かあったらオレのことを強く念じてくれ。すぐに駆けつけるから」
「! はい! 本当にありがとうございます!」
「サンキューネー!」
理子とアシュリーは跳躍し、人通りの少ない路地に消え降りていく。
悪魔は立ち上がろうとしたが、まだ体がふらついて歩けそうにない。もう少し休憩が必要だと感じていると、笹川もみじが体調を案じてくれたのか戻ってきた。
「沢田。今日はケーキ屋に行かないか」
「……はい?」
「オレはドクターストップを命じる。少なくとも夜になるまでケーキ屋を回るぞ」
「いや、それオレ食べきれませんから……心配してくれるのは有り難いですけど、オレはまだやることがあるので……」
やんわりとドクターストップを回避する悪魔だが、笹川もみじはここで折れる漢ではない。
「……第三日曜日」
「!」
「月に一度は食事をすると言っていたな。……ちゃんとケーキは食べているのか」
「…………」
「どうなのだ? 沢田。京子はなんと言っている」
笹川京子は、笹川もみじの大事な大事な妹である。
「……何も。魔力を流して蘇生しようとした時に拒否されたあれきり音沙汰なしですよ」
「そうか。ということは、やはり京子は沢田を応援しているのだな」
「……、…………お姉さんは、どうなんですか」
「無論応援するとも。同じ妹を持つ者同士だ。妹を亡くすツラさは極限に分かる。だが────」
不意に笹川もみじは、悪魔の片腕を強引に手に取った。
「!? ちょ、お姉さ────」
「だが! 沢田! この両腕はいただけん!」
「──!」
「実を言うとだな。お前の頼みを無視して、先ほど一度だけ、活性の力を使って貴様の右腕を治療しようとした! だが治療できなかった! それはなぜだ! そう思っていたら、わずかに右腕を覆っていた霧の炎が晴れた!」
「……それで……何を見たって言うんですか……」
「っ────!」
笹川もみじは悪魔の胸ぐらを掴み、激昂叱咤する。
「
「……」
「なぜだ! なぜそんなことになっている! 言え! 言わねば殴るぞ!」
「……知ったところでどうするんですか」
「極限にどうもせん! オレは……お前の今後については、あえて何も言わん! だがオレの目を誤魔化すような真似はよせ! 貴様はオレの妹の命を預かっているのだぞ! その意味を今一度よく考えろ! このたわけが!」
「……!」
それは確かにそうだ。笹川京子のソウルジェムを持ち歩く以上、その責任を果たす義理と人情と役割がある。
よって悪魔はついに観念し、現状について語りだした。
「……イクスバーナーのせいです。死ぬ気の炎に耐性を持つグローブがないので、自らの手や腕が焼かれてしまって……」
「……どうしても、それを使わざるを得ない状況があったのか」
「はい。何度か。……しかし両手に炎を灯して戦闘する以上、イクスバーナーでなくとも両腕の炭化は遅かれ早かれの問題でした。あとは霧の炎の構築で炭化した腕を固めることで、あとは義手のように動かして誤魔化していました。
「────────」
つまり、既に腕が炭化して、義手を使っている状態でも、まだ何度かイクスバーナーという技を使ったことがあると。
「……沢田。オレは同じ妹を持つ者として、お前の努力を尊敬している。そして京子と沢田、お前たちふたりの覚悟も理解しているつもりだ」
「…………」
「故にオレは変わらず並盛町を守り続ける。どんな魔女からも極限に守る! だからお前たちもしっかりと守りきれ。極限にな!!」
「……はい。お姉さん」
「────だが、風邪だけは引くなよ。ではな」
笹川もみじは、水野むくから借りたのであろう帰りの分の日本刀を取り出して、日本刀に込められている助太刀魔法を使い、並盛町に
「……ははっ。ほんと、お姉さんには敵わないなぁ。また叱られちゃったよ。京子ちゃん……」
虚しくも乾いた笑みをこぼす悪魔は休憩を終えて、また別の街に旅立つのであった。
†