アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
【西とか東とか気にしてんのは、
昼過ぎの大東区・西町。そこは別名“まやかし町”と呼ばれる場所で、日々悪い噂が絶えない区画である。だが地元に住む人々は、根拠のない悪評に流されず、子供は通学路として、大人は駅に続く通りとして、日常的に使っている。
そんな西町の一角にて、電柱の影に隠れて怯える小学生の男女がいた。まだ低学年の二人は黄色い帽子を被っており、路地の奥側にたむろする三人の不良を見ている。不良は高校生くらいの外見で、見た目にインパクトのあるオラついた服を着ている。あからさまなヤンキー座りで路地の中央を陣取り、何本も缶ジュースを飲んでは騒いで、常に豪快な笑い声を上げながら通行の邪魔をしていた。
「……ん?」
そこに白髪の青年が通りかかる。電柱の影に隠れる小学生と、彼らが見つめる不良たちを見て、ある程度の事情を察し、小学生のそばで一緒にしゃがみこんだ。
「なぁお前ら。どうしたんだ? 家に帰らないのか?」
「ひっ……!」
「おいおい。そんな怖がんなくていいって!」
青年は快活な微笑みを浮かべて、子供たちの恐怖心を取り除く。
「お兄ちゃんに言ってみろ。何に困ってんだ?」
『…………』
少年少女は互いの顔を見合わせると頷き合い、どうやら目の前の好青年を信じることにしたようだ。
「あ、あのね……!」
「あそこのにいる人たちが怖くて、通れないの……」
「そうか……別の道じゃダメなのか?」
「右の道は工事中なんだ……」
「左の道は行き止まりだよ!」
「そうか……それは困ったな。よし! お兄ちゃんに任せろ! ちょっくら行ってくっから!」
「えっ!? で、でも、あの人たち、すごく怖そうだよ……?」
「だいじょーぶ……?」
「だいじょぶだいじょぶ! 安心して家に帰れるから心配すんな!」
青年は「よっこらしょ」と立ち上がるや否や、目付き鋭く顔付きを強ばらせて不良集団を睨みつける。
『……っ!!』
その気迫に驚いた少年少女は、不良に向かっていく青年から目を離せないでいた。
「…………」
青年の歩みは不良集団の前で止まる。道が遮られて進めない。
「ギャハハ! お前それはねーって!」
「いやいや! マジなんだってマジマジ!」
「ホラ吹くのも大概にしろよてめー!」
通行人の気配に気付くこともない集団。これで声を掛けて道を開けてくれれば御の字。だがもしそうはならなかったら……おそらく目も当てられない事態になるだろう。この先の展開を想像してしまった青年は冷や汗を流す。
(っ……チクショウ。高校生って意外とでけぇのな……でもオレだって来年は高校生だ。こんくらいでビビってらんねぇよ……)
青年は拳を握り締めて声を発する。
「おい。ちょっと邪魔だからどいてくんねぇか?」
三人の男が振り向く。青年はギョッとするが、ここで足を引けば腰抜けだ。そう意気込んで睨み返した。
「あん? なに? あー……ごめんごめん。ちょっとバカ騒ぎしすぎたわ」
「ほら、どいたよ」
「さっさと行けば」
「……! お、おう。サンキューな」
意外と話の分かる不良集団は道を開けてくれた。だが青年はここを通りたいわけではない。故に注意する。
「だけどよ。ここは通学路なんだ。たむろするなら場所を変えてほしい。じゃなきゃガキどもがビビって通れないんだ」
「……あーそーなんだー。悪いねぇ……」
……と言いつつ、不良たちは動く気配がない。
そして青年の前に缶ジュースが転がる。ぴくりと眉間が動いた青年は、一応注意することにした。
「……あの。それ、ちゃんと片付けてくださいよ。ポイ捨ては────」
「テメェさっきからうるせぇんだよぉおおおお────!!」
「ぐっ!?」
突如として猿のような叫びを上げた不良が、青年の胸ぐらを掴み腹に膝蹴りを入れる。
後方からは「ヒッ!」と怯える声。悶絶する青年は眉間にシワを寄せて這いつくばる。
「あーあー兄貴を怒らせちまったなぁ!」
「こりゃあ二級拷問コースだぁ。兄貴のお灸はキツいぜぇ?」
「ぐっ……テメェら……ッ!」
青年は痛む腹を抑えながら睨み上げる。
それが不良たちの癇に障ったのか、嬲られるように蹴られ始めた。
「がはっ! づっ……! やめっ……ぐふっ!?」
それが数十秒は続いただろうか。ぜえぜえと息を吐く不良たちは飽きたように塀に腰掛けた。
「話にもなんねぇな。俺たちがいつどこで何しようが勝手だろうが。あーあーウゼェ。ジュースが不味くなる」
「ちゃんと動画に撮ってやるから安心しな! ネットに流して学校でお笑い種にしてやるぜ!」
「中防、生意気な口を叩いてフルボッコ! ってタイトルでな!」
「っ……!」
歯ぎしり。体中アザだらけの状態で立ち上がり、口角を引きながら口を開く。
「チッ……ウゼェのはどっちだよ……」
「あ?」
「お前らのような輩がいるから、大東の評判が悪くなるんだ……反省しやがれ!」
跳ぶように駆けた青年の拳が、不良の鼻っ柱に激突する。
「ぐあぁっ!?」
「なっ────テメェやりやがったな!」
「覚悟しろ!」
「そりゃあコッチのセリフだボケ! 動画は撮ってんだろ……んならこれは正当防衛だクソがァ!!」
一対三の一方的な殴り合い。されど青年は屈せず、根性と気力で立ち向かう。
その後方では、青ざめる子供たちがいた。
「ど、どうしよ……ぼくたちのせいで、お兄ちゃんが……」
「け、けいさつ……! おまわりさん呼ばないと……!」
しかし子供たちは恐怖で身が竦んでいるのか、少年は尻餅を撞いてしまい、少女は青年が殴られる光景を見て痛みの共感のあまり目も体も固く閉じてしまう。
「…………────」
そこへ通りかかる二人目の青年。彼は橙色の鋭い目付きで前方の喧嘩を見つけるが、なんら問題はなしとでも言うように、歩む速度は一定のまま突き進む。傍らの電柱の影で怯える子供たちを目にして事態の流れを直感。なるほどこれは、
「ぐあぁっ!!」
体当たりで突き飛ばされた青年は地面に倒れて背中を打つ。そこへ不良の一人がトドメとばかりに顔面を踏みつけに来た。咄嗟に青年は身を庇うため両腕でガードする。だが次の瞬間、青年の体に鈍痛は走らず、代わりに不良の叫びが聞こえた。
「ガッ!?」
「────!」
青年の傍らを通り過ぎた茶髪の青年が脚を出した。それは不良のすねに当たり、弁慶の泣き所を打たれた不良は脚を抱えて尻餅を搗く。
「あぁん!? なんだテメェはぁ!?」
「いでー! いでーよぉー!」
「おうおう! 俺たちに喧嘩売って朝日を拝めると思────」
────それは、一瞬の出来事だった。
「……ッ! ……グ……グ……!! グオッ……! グオッ……ゲオッ!!?」
ガン垂れるため前に出てきた不良の土手っ腹に容赦ない拳をめり込ませた悪魔のような青年は、悶絶して崩折れた一人目の不良を捨て置き、進行方向にいる二人目の不良に突き進む。
「な、な、てめ────」
二人目の不良が殴りかかる。その拳を手のひらで救い取った悪魔のような青年は、相手の拳を車輪のように回し、まるで合気道のように相手の体を宙で一回転させた。すると相手は背中から落下。くずおれている仲間の背中とぶつかって共倒れになった。
「ガハッ!?」
「ウボァ!?」
気付けば悪魔のような青年は、三人目の不良のそばを通り過ぎていた。
「すげぇ……」
悪魔のような青年は一歩も止まらず、まるで障害となる壁なんてないかのように平然と前へ進んでいく。
その姿を見た白髪の青年は、知らず知らず、彼の凄味に対する感想を口に出していた。
「……!? ……ま、まて! おまえ、ふざけんな! 逃げんなゴルァ!!」
「────っ! 危ない!」
悪魔のような青年の背後から三人目の不良が襲いかかる。白髪の青年は危険を知らせるため声を上げたが、それは必要ないことだったとすぐに気付いた。
「……ンッ!? ゲボ……!? ゲボゴボ……!! うげぇえええええぇ! な、ナンダコレぇ……ウヴォエエエエエエエエエエエエエ────!!」
突然、不良はカラフルな吐瀉物を口から撒き散らす。
「あ、頭がイテェ……! 目が回る……! なんだこのキモイ生き物は……!? 二人に見える……残像かぁ!? あぁ足が氷漬けに! なんだここはなんで教室にいるんだ!? ウゲェエエエ────吐き気が止まらねェ……! の、飲んだジュース……ぜんぶ出る……アババババババババババ────ァ~!!」
片手で頭を抱え、片手で腹を抱える不良は、意味不明な言葉を並べて悶え苦しんだ直後、吐瀉物の上に倒れ込んで意識を失った。
その一部始終を見ていた青年は、しかし何がどうなっているのか全く理解できなかった。ただ一瞬、指先サイズの黄色い炎と藍色の霧が見えた気がしたが、そんなものいきなり空中に現れるはずがないので気のせいだろうと青年は思う。
「────っ!?」
さらに青年は異常に気付く。全身の痛みが消えているのだ。喧嘩でついた傷も、いつの間にかカサブタができるほど治っている。
驚きの連続で思考が真っ白になる青年。その間も先へ進んでいく悪魔のような青年を見送って、不意にハッとした。
「ハッ! そうだ! おいガキども! 今のうちだ! とっととここ通っておうちに帰るぞ!」
『────ッ!!』
青年の呼び声に応じた少年少女は必死に走って、路上に倒れる不良集団を避けるように抜き去る。しかし一旦立ち止まった少年少女は振り返り、自分たちのために戦ってくれた青年に感謝を述べた。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「かっこよかったよ!」
「! へへ……でも暴力はいけないからな! あくまで正当防衛ってことでよろしく!」
「うん!」
「ばいばい!」
走る少年少女は、続いて悪魔のような青年の傍らを通り過ぎる。
「……!」
「……お、お兄ちゃんも、あのお兄ちゃんを助けてくれてありがとね!」
そう言って走り去る子供たち。
悪魔のような青年は黙って目を閉じ、頷くように帰路を見守る。次の瞬間、背後から白髪の青年が飛びついてきた。後ろ首に腕を回して、興奮したように瞳をキラキラとさせている。
「よぉ! お前すげぇ強ぇな! 正直めっちゃ助かった! ありがとな! マジでサンキュ!」
「……あぁ」
「おぉ……クールな奴だな。俺は
「悪魔だ」
…………数秒の沈黙が流れる。
「……マジで? いや確かに容赦なく腹をめり込ませるパンチ入れたり、魔法のように相手を投げ飛ばしたり、何やったのか分かんねぇけど吐かせたり……やることなすこと異次元すぎたけど……」
「冗談だ。あだ名みたいなものだよ」
「あ、やっぱそうか! いやーマジで一瞬、本物の悪魔かと思っちまったぜ! いや、悪い意味じゃなくな! だってお前めちゃくちゃ優しいもんな!! いきなりヒーローみたいに現れたし! いやーかっこよかったぜ!」
「そうか。オレは勇気がある和泉の方がかっこいいと思うけどな」
「なんだよ照れんなぁコノヤロー!」
和泉壮月と名乗った好青年は、悪魔に興味が湧いたのか、感謝と質問を繰り返す。
「なぁなぁ。お前、西の人間じゃないよな? でも東って感じもしない。もしかして観光客か?」
「そうだな。神浜市をぶらぶらと歩いてる。────それより、ここは不良の溜まり場なのか?」
「ちがう。ここは小学生の通学路だ。それに……不良なんて、西にもいるだろ」
「?」
ふと曇る壮月の顔。
予想していた回答とは、ややベクトルの異なる言葉が飛んできたことに悪魔は首をかしげる。
「西ってなんだ?」
「…………! あ、いや……。っ……そうだよな。西とか東とか気にしてんのは、
悪魔は直感する。どうやらこの神浜市には東西という概念があり、そこで何かしらの軋轢が生じていることに。
「……あ、わりぃ。ともかく、本当にありがとう! 何度礼を言っても足りねぇから長居しちまったな。ここもあんま悪いとこじゃねぇからよ。観光、楽しんでくれよな!」
「あぁ。ありがとう。それとそっちも、さっきの奴らの逆襲とかに気を付けろよ」
「おう!」
和泉壮月は元気よく手を振って走り去る。それを無言で見送った悪魔は、ふと人の気配を感じた。
†