アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
宝崎市の街が夕焼けに燃えている。放課後、独り静かに下校していた黒江は、今朝の鉄橋が見える河川敷を歩いていた。夕陽の光を反射して輝く美しい川の流れ。それを眺める余裕すらなく、下を向いて家路に着く彼女のもとに、その白い生物は現れた。
「やぁ黒江。今朝の件について、何か考えてはくれたかな?」
「……。……考えたって……あの、悪魔のこと……?」
「それもあるけど、本題は
「……悪魔、契約……?」
思わず黒江は足を止める。なんて物騒な名前なんだと驚いたのもそうだが、わざわざキュゥべえの方から話しかけてくるということは、それなりの事情がある話なのだと薄々勘付いたのだ。
「彼は
「……え? それって……」
「そうさ。だから結論から言おう。悪魔という少年は、
「────っ!?」
またもや黒江の頭は、様々な思考でいっぱいになる。
(じゃあ、本当に魔法少女をやめられる? そういうことなの? 単にからかわれたわけじゃなかったの? キュゥべえが言うなら本当のことなのかもしれない……でも魔法少女をやめるって、それじゃあ……誰がその代わりを……)
「……話の続きをしてもいいかい? 彼の魔法は、いわゆる
「……難しいことは、よく分からない。ただ……なんで、言葉を濁したの?」
「それが気になるのかい? なら答えよう。といっても、これはボクの見解に過ぎない話だ」
キュゥべえは正座すると、そのもふもふとした尻尾を左右に振り続ける。
「実は以前訪れた街で、ちょっとした騒動に見舞われてね。彼の魔法を知った魔法少女たちによって散々な目に遭わされたんだ。ひどい時には拷問まで受けたんだよ?」
「拷問……? なんでそんな……」
「たとえば君だって今、本当に魔法少女の運命から解放されるなら元の人間に戻りたいと、そう思っただろう? その思いが強く行き過ぎたのかな。どうしてか彼の取り合いに発展したんだよね。別に人数制限なんてないのに、勝手に椅子取りゲームを始めて争いだしたんだ。挙句の果てには殺されかけたこともある。……そういった経緯があって、今は“うわさ”として話をぼかし、危険を回避しようとしているんだと思う」
「……そっか。だから他言無用って……」
「そうだね。うわさといえど、それが広まれば捜索される。かつて彼を拷問した連中も、そのうわさを聞いて居場所を突き止めに来るかもしれない。だから彼は、本当に信頼できる人を見定めているんだ。その点、君はうわさを広めるような子じゃないから、きっと彼も安心して、君の話に応じてくれるんじゃないかな?」
「…………」
話に応じる。それはつまり、本当に魔法少女をやめたいのか、という話だろう。
(たしか魔法少女をやめるには、かなり大きな代償を払う必要があるって、悪魔は言ってた……代償って何を払うんだろう……怖いな……でも、それも聞かなければ分からないし……)
「……黒江。ひとついいかい? ボクはね。君に忠告をしに来たんだ」
「……忠告?」
「あぁ。これはとても大事なことだから、よく聞いてくれ。まずボクとしては、君が悪魔の契約に応じる可能性が高いと思っている。なぜなら君は今朝の魔女との戦闘で、魔女の人質となった一般人を見捨てて逃げてしまったからね。それを見た彼……悪魔はきっと、
「……っ」
黒江のソウルジェムが、水に針を突き刺したように波紋が広がり、微かに揺らめいて濁りが増す。
「でもボクとしてはね? 魔女を倒してくれる魔法少女を一人でも失うことは、人類社会にとって大きな損失になると考えているんだ。だから魔法少女をやめるなんていう選択肢は、あまり勧めたくないのが正直な本音。……けれど黒江。今一度よく考えてみてほしい」
「……考える? 何を?」
「たしかに魔法少女をやめることも、君の人生においては一つの選択肢だ。しかし、そうやって魔法少女が減って行ったら、
「…………」
「あ、でももちろん、君は願い事について失敗しているよね。たしか
キュゥべえの営業トークが終了する。もちろん目的は黒江に魔法少女を辞めさせないためだ。しかしキュゥべえにとっては、魔法少女を辞めたあと、再び契約してくれる分には、そっちの方が良いという魂胆があった。
「さぁ。悪魔の下に行くといい。話だけでも聞いておくのは損じゃない」
「……。…………あの人は、今どこにいるの?」
「今朝の鉄橋の下さ。あれからずっとお昼寝しているよ。昨日は色々と大変だったからね」
「…………」
黒江は歩き出す。その足取りは、なんとなく軽くて、後ろ髪を引かれているように引っかかっていた。その背中を見送るキュゥべえは、じっと赤い目で見つめて分析する。
(黒江。黒髪にお団子頭で紫色の瞳を有する普遍的な少女。性格は臆病で内向的。魔女との戦闘に大きな恐怖を感じており、魔法少女を辞めたいと常々思っている。だが同時に、魔法少女という在り方に強い憧れを抱いており、理想の自分として輝きたいという願望を捨てきれていない。その葛藤は彼女のソウルジェムを綺麗に穢れさせている。なんて典型的な魔法少女なんだろう。ボクは感情というものを理解できないが、統計的にああいう娘が悪魔契約のあと、ボクと再契約すれば、きっと魔力係数は現在の二乗……いや、それより、もっと上昇するかも。そうなれば魔女化した時のエネルギーは莫大に膨れ上がる……)
キュゥべえの分析は希望的観測に満ちていく。無論それだけでは完璧な分析とは言えない。きちんとデメリットも考慮に入れて思索を凝らす。
(しかし唯一の懸念点がある。悪魔契約には、魔法少女の魔女化を防ぐ契約も存在する。もしその契約を交わされてしまうと、せっかくの良質なエネルギーが回収できなくなってしまう。だから悪魔契約は、ボクにとっていつも博打になる。……といっても、百年程度の寿命で死去するのが人間だ。悪魔は延命技術を確立しているから、おそらくあと五百年は生きられるだろうけど……その程度じゃあ、ボクたちの計画を邪魔する質量には至らない。仮に君が五百年を掛けて数千数万の魔法少女を救ったとしても、その間にボクたちインキュベーターは数億数兆を優に超える魔女を生み出している。だから君の
それはその通りである。キュゥべえ、もといインキュベーターは、約三百万年前から人類の進化を見守ってきた地球外生命体である。人類が裸で洞穴に住んでいた時から、数え切れない量の魔法少女と魔女を生み出してきた。それと比べれば悪魔の足掻きは、まさに一匹の
(さて、再契約を誘う発破は掛けたし、ボクはノルマをこなそうかな。悪魔の観察と保護は、別の
そうして通常のキュゥべえは、夕焼けに燃える街の路地裏に消えていった。
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用語解説
【魔力係数】ざっくりと言ってしまえば、魔法少女の素質を指す。運命力とも。魔力係数が高いほど多くの因果を絡み持つ。故に高い魔力係数を持つ者は、偉大な運命に導かれて歴史に名を残す事が多かった。また、魔力係数は男性のみならず、魂持たぬ無機物でも存在する可能性がある。しかし魔法少女システムを発明したインキュベーター側の事情により、もっぱら地球の女性にしか用いられない学術用語となっている。