アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
夕陽が差し込まない鉄橋の真下。そこに風が吹き込むと、素肌に凍てつきを感じる。とても寒々しい場所だ。ぼうぼうと繁茂した草地を掻き分けて進むと、一段と高いコンクリートの上に、その悪魔なる少年は寝そべっていた。黒江は常人ではない跳躍力で冷たいコンクリートの上に降り立ち、おそるおそる悪魔に近付いていく。その隣にはキュゥべえが丸くなって一緒に寝ている。なんだか可愛い光景であるが、思えばなぜキュゥべえがここに先回りしているのだろうと、黒江は頭の片隅で疑問を抱いていた。
(……こんなところで昼寝して、風邪とか引かないのかな……)
疑問の中でも、相手の体調を心配する方の疑問が先に浮かんだ黒江は、勇気を出して声をかける。
「……あ、あの……悪魔、さん……?」
「……………………」
しかし返事はない。どうやら悪魔は死ぬほど疲れているようだ。
(……ど、どうしよう……結構、深い眠りなのかな……? 起こしたら悪いかな……思えば今朝、目の下にすごいクマが出来ていたし……キュゥべえの言っていることが本当なら、やっぱり色々とあって疲れているのかな……)
まさか拷問を受けた話が、つい昨夜の出来事だとは黒江も思わないだろう。たしかに悪魔は疲れていた。よく見れば顔は土に汚れて切り傷だらけ。両腕には包帯が巻いてあり、両脚のあちこちには絆創膏が貼ってある。そんな傷だらけの悪魔だが、一人の魔法少女を救えるかもしれない可能性を見逃すほど疲れ切ってはいなかった。
「…………、────来たか」
「っ!?」
悪魔は起き上がる。まだ休息は不十分といった顔をしており、あぐらを掻いた状態から動こうとしない。いや、動けないと言った方が正しい。そして黒江を手招きし、とりあえず自分の前に座れと据わった目でモノを言う。
「……いや、待て。ここは寒いし、座れば冷たいか。場所を移すか?」
「え、えっと……お、お好きにどうぞ……?」
黒江はスカートを膝の下に敷いて正座する。鞄は隣に下ろして、行儀よく話をする姿勢に入った。それを目にした悪魔は、ならばと会話を始める。魔法少女は風邪を引かない。厳密には魔力を駆使すればどんな病気もすぐに治る。痛覚も遮断できるため熱いも冷たいも感じない。それを黒江が知っているなら大丈夫だろうと、悪魔は判断した。
「ではまず、キュゥべえから何か言われたか」
「え? あ、まぁ……色々と……」
「どうせ
「え、えっと……?」
話が見えない独り言は勘弁してほしい。そう言いたげに黒江は身を揺らす。
「……まぁいい。それで黒江。ここに来たということは、覚悟は決めに来たのか」
「……覚悟、と言われましても……詳しい話を聞かないことには、なんとも……」
「まぁ、そうだろうな。では、これから長い話になる。難しい話にもなる。なるべく簡潔に説明するから、まずはそれを聞き終わったあと、気になったことを質問しろ。それ以外の挙手は許さない」
「は、はい……!」
黒江は、まるで教師を相手にするように背筋を伸ばした。彼には謎の教師みを感じてならない。外見的にも背丈的にも同年代のはずなのに、なぜかこちらの身を引き締めさせるような威厳・貫禄・カリスマ性といったオーラが、悪魔からはひしひしと感じられた。
「では、魔法少女をやめられるうわさについて説明する」
(……え? うわさ? あれ?)
「実は、あれは嘘だ。本当はオレの知り合いに、魔法少女を人間に戻せる契約魔法の使い手がいる。ただし、そいつは人間のクズだ。それが心配で、本当は紹介したくないんだが……そんなクズが相手でも、どうしても魔法少女を辞めたいというのであれば、そいつを紹介する。これは、そういう話だ」
(…………。……えっと、これって、ウソ……だよね? だってうわさの正体は、悪魔さん本人で……って。────あ、そっか……私がキュゥべえから本当のことを聞いたの、悪魔さんは知らないから……だから、まだ私が騙されている前提で、話を進めているんだ……)
実は悪魔の言っている知り合いが、悪魔自身であること。それに気付いていることを、黒江は口にしなかった。あるいは口にできなかった、と言った方が正しいかもしれない。内気で臆病な少女にとって、貫禄のある男性の話を遮るのは、そこそこ勇気がいる行為だ。といっても、いつもの黒江の調子なら、きちんと手を挙げて事情を知っている旨を報告できただろう。しかし
「さて、その知り合いの魔法の性質について説明しよう。ここが奴のクズたる所以だ。というのも、それは────」
「…………それは?」
ふと、悪魔の口が止まる。それは言うに言えないといったような唇の形をしており、かなり苦い顔をしていた。
「……やはり、こればかりはいつになっても、何回も口にしていても、慣れないな……」
それは完全なる独り言だった。悪魔はイライラしているわけではないが、やや紅潮して口ごもる。
その様子を(どうしたんだろう……)と見つめる黒江は、しかし何も言わず座して待った。
「…………。……すまない。よし。オレは覚悟を決めたぞ。今から奴の魔法の性質を言う」
「はい。早く聞かせてください。これでも暇じゃないんです」
早く家に帰らないと家族に心配される。それもあって黒江の発言には重みがあった。
「……奴の魔法の性質は
「……愛……ですか?」
「そうだ。術者と対象者が愛の誓いを交わすと《悪魔契約・第一書》という魔法が行使される。これは対象の願い事を破棄することで、キュゥべえによる魔法少女契約を解約する魔法だ。その際、願い事によって改変された出来事は、全て元の状態に戻る。元の状態というのは、願い事を叶える前の状態に戻ることを言う。つまりは歴史の改竄だ」
「え、えっと……ちょっと待ってください。なんか頭がこんがらかってきました……」
「例えば、過去に交通事故に遭って死にかけた女の子が居るとする。その子はキュゥべえに「助けて」と願った。この場合、悪魔契約・第一書の魔法を使ってしまうと、その子はどうなると思う?」
「……願い事が破棄されるという話なので、その……たぶん、大変なことに……」
「状況にもよるが、元の人間に戻った瞬間、死亡する確率が高い。もし「助けて」と願わなくても生き残っていた可能性があるなら、それに賭けてもいいが……やはり死亡するリスクが高い。こういった願いを叶えている場合、第一書は不可能だ。あまりにも危険すぎる」
「…………」
悪魔は、黒江がどういう願い事を叶えたのかは聞かなかった。それは話が終わっていないのもそうだが、まだ初対面に近い間柄でデリケートな話は聞くべきではないと判断したからだった。
「そして第一書というからには、もちろん第二書が存在する。だが、こちらは更なる代償を必要とする。それは愛の誓いだけでなく、自分の魂や命をオレに預ける必要が出てくるんだ」
(あ、いま悪魔さん、
「命を預ける。それは生半可な覚悟では出来ないことだ。ただし、第二書の魔法の恩恵は計り知れない。人間には戻れないが、たとえばソウルジェムの穢れを浄化する必要がなくなる。つまり穢れが溜まることがなくなるんだ。これは破格の性能だろ? その代わり、オレが死んだら第二書の契約者はその時点で全員死亡する」
(またオレって言った……知り合い設定はいったいどこに……)
悪魔のポンコツぶりに話が頭に入ってこず、黒江は煩悶する。
「……ちょっと難しかったか。とりあえず簡単だが、大雑把な話はこんなところだ。何か質問はあるか?」
「えっと……それじゃあ、愛の誓いって、具体的にどういう……なんかそこだけ曖昧で、気になっていたんですけど……」
黒江の質問。それは当然の疑問だろう。しかし悪魔は押し黙った。いや、口を開きかけては閉じる動作を繰り返している。次第に顔は赤らんでいき、最終的には目元を手で覆ってしまった。それを目にした黒江は、なんとなく予想が付いてしまったような気はするが、それでも聞かなければ決心が付かないと思い、どんな答えが返ってきてもいいように色々と想像してみた。
「…………。────。恋愛の魔法と、言ったよな」
「はい」
「…………。────オレの知り合いのクズ野郎は、……、……、…………、っ……じょ、
「────────」
黒江は固まった。悪魔の耳が真っ赤っかだったからだ。
(……え? それはだからつまり、どういうことなの? そういうことなの?
「……これで話は終わりだ。オレはこの手の話は三回に分けることにしている。今回で二回目だ。今の話を聞いた上で覚悟が決まったならオレを探せ。オレの居場所を突き止めた上で訪ねてくるなら、もう恥ずかしがる必要もない。観念して細かい説明をする……だろう。オレの知り合いが。あのクズ野郎が。……そういうわけで、よく考えといてくれ」
「えっ、ちょ……」
「自分の願い事は無かったことにしても良いものなのか。自分の命を赤の他人に預けられるのか。愛の誓いとはすなわちどういうことなのか。魔法少女をやめたらどうするのか。ただの人間に戻ったら、知り合いの魔法少女にはなんて言うのか。再契約するとしたら、どんな願い事を叶えるのか。……このように考えることはいっぱいある。だがオレは明日にもこの街を出ているかもしれない。相談相手が欲しいなら、それはそれでオレの所に来ればいい。いくらでも相談に乗る。何も来た時点で取って食うわけじゃない。そこは安心してくれ。それに魔法少女なら、ただの人間相手に遅れは取らないだろ。────ちなみに、オレの魔力パターンはこれだ」
悪魔は立ち上がると、左目のソウルジェムから魔力の波長を流し、そそくさと逃げ去った。
「……こういうの、ヘタレって言うのかな?」
今までの会話を片目片耳で見聞きしており、突然そんなことを呟いたキュゥべえは、とことこと悪魔のあとを追いかける。
「…………。……えぇ~……マジかぁ……」
黒江は、自分でもよく分からないため息をついた。
(……怪しい。けっきょく話もよく分からずじまいだったし……普通こういうのは、その手の詐欺と考えるべき……だよね?)
当然である。なんなら、この時点で警察に通報しても構わない。というか、そうするべきである。
「……………………、────────」
とりあえず黒江は立ち上がり、鞄を忘れずに取って帰路に着く。そして彼女の頭の中は、悪魔に言われた通り、様々なことを考えていた。それは家に帰ってからも変わらず、晩ご飯を食べている間も、お風呂に入っている間も、宿題をしている間も、寝る時間が来ても、消灯しても、布団に入っている間も、ずっと考え事は止まなかった。ぼうっとする頭なら、気付いた時には眠りに落ちて朝になっていると思ったが、逆に目は冴えるばかり。
(……たぶん、たぶんだけど……
黒江は、ある種の諦観を得ていた。
(……別に、
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用語解説
【悪魔契約】性質「恋愛」を魔法として発展させた契約魔法。開発者が悪魔であるため悪魔契約と称する。この名付けは第一書の所業(愛の契約)に対する皮肉でもある。
【愛の契約】SEX。同衾のこと。悪魔契約の発動に必要な契約儀式。
【悪魔契約・第一書】「契約者と愛を誓い合う」ことで“魔法少女解約”程度の効果が得られる契約魔法。
【悪魔契約・第二書】「契約者と愛を誓い合い、契約者の死と同時に死亡する」ことで、その重さに見合う破格の効果が得られる契約魔法。