アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
月夜の谷底。川辺の蛍火。月光を浴びる凛とした表情は幻想的で、吸血鬼のような洋風の衣装を身に纏うは銀髪赤眼の女の子。その手には紅い長剣と碧い短剣を携えて、胸元には白いリボンをあしらい、コウモリのような形をした真紅のソウルジェムを光らせていた。
「魔法少女か」
「……! あなた、魔法少女が何かを知っているの?」
「あぁ。オレは悪魔だ。こんなところで何をしているんだ?」
「……悪魔……?」
彼女は警戒している。何かを考えてもいる。
そこで直感した。彼女は魔法少女や魔女の存在が世間に知られることを恐れている。それが如何に危険であるか想像できているのだ。
「……安心しろ。確かにオレは一般人だが、魔法界に関わらざるを得ない立場にある。つまり魔法少女の同業者と思ってもらって構わない。どちらかといえばインキュベーターの敵だ」
「……そう、なんだ。────私は入名クシュ。よろしく、悪魔」
悪魔は岩場から飛び降り、入名クシュに手を差し出す。
それに応じたクシュと握手を交わし、さっそく本題に入った。
「クシュは魔女狩りの最中か? 縄張りを侵す気はないとだけ言っておこう。もしよければグリーフシードを貸すが?」
「その必要はない。確かに人のいない夜の山奥は魔女が少ないけど、それは裏を返せば魔法少女も少ないということ。だから魔女を狩り放題。既に予備のグリーフシードを揃えられるほど潤沢している」
「そうか。なかなか出来る魔法少女なんだな」
「……そっちは?」
「人探しの最中だ。友人の魔法少女が失踪している。しかもキナ臭い。陰謀と事件を感じる。ここら辺で最近、特に変わった事とかは無かったか?」
「特にない」
スピーディーな情報交換。
そこで悪魔は直感していた。人探しをしていると伝えてから、入名クシュの様子がおかしい。
「……どうした?」
「ううん……実は、私も探し物をしている。それは人じゃなくて動物だけど……」
「動物? ……もしよければ聞かせてくれないか。何か力になれるかも知れない」
「そっちは人探しをしているんじゃ?」
「それが手詰まりでな。今夜は切り上げて休もうと思っていたんだ」
ならばと入名クシュは、懐から新聞紙の切り抜きを数枚取り出す。
「これ見て」
「……数ヶ月前の記事と、最近の記事だな」
数ヶ月前の記事の内容は『神浜市の動物園から脱走した子ライオン』のニュース。
最近の記事の内容は、それが未だ捕まっておらず、最近北養区の山中で目撃されたという噂が広まっているというニュース。
「……子ライオンか。成長したら危なそうだな。しかし日本の大地には合わず、もうどこかで死んでいるんじゃないか?」
「それはない。なぜならこの子ライオンは────
「──! つまり……
「? 魔法……生物?」
悪魔は説明する。
「あくまで便宜上の呼称だが、キュゥべえと契約した人間の少女を“魔法少女”と呼ぶなら、キュゥべえと契約した動物は“魔法動物”または“魔法生物”と呼ぶ。人間の少年なら“魔法少年”という風にな」
そして、魔法少女が成長した姿を“魔女”と呼ぶなら、魔法生物が成長した姿は“魔物”と呼ぶことになる。
さらに神話や伝説において語られる魔物──ケルベロスやミノタウロス──などは、キュゥべえのせいで“魔物化”した経緯から発祥したと、悪魔は推察している。
「なるほど……」
「……ということだが、キュゥべえ。何か弁明はあるか?」
「え? キュゥべえ……?」
入名クシュはキュゥべえの名前を聞いて過敏に反応する。
それが気になった悪魔だが、今は腰の匣を叩いてキュゥべえをたたき起こす。
「ふむ────確かに契約した覚えがあるよ。神浜市の動物園で窮屈そうにしているライオンが居たからね。ほかの動物に比べて感性が豊かで、とても繊細な子供だった。よって魔力係数も悪くはない。第二次性徴期の少女と比べれば、かなり回収の効率は落ちるけどね」
「もう黙れ」
このまま話し続けていると魔女化の話題に入ってしまう。そう思ってキュゥべえを黙らせた悪魔だが、ふと入名クシュが血相を変えて悪魔に詰め寄った……否、キュゥべえの声が響く匣に向かって勢いよく詰め寄った。
「キュゥべえ! そこにいるの!? ねぇ、ちょっと話をさせて! 何もしないから!!」
「……!? お、おい、どうしたんだ、クシュ?」
キュゥべえは返事をしない。
そこで悪魔は直感した。おそらく入名クシュは願い事で失敗し、それによりキュゥべえを嫌悪して怒りを向けているのだと。
「……クシュ。もしよければ話を聞かせてくれないか? すまないがこのキュゥべえはオレの友人なんだ。文句は別個体に言ってほしい」
「っ……」
「キュゥべえは何匹もいる。その中のどれがクシュと契約したキュゥべえなのかは、情報を共有しているインキュベーターしか知らない」
「……インキュベーター?」
「知らないか。ならばそれも情報交換と行こう。その代わりクシュの話を聞かせてほしい」
悪魔はクシュの顔を見つめながら振り返り、岩場の方に戻って座り込む。
導かれるような視線を察した入名クシュは付いていき、悪魔と背中合わせで座り込んだ。
「…………。────簡単な話だよ。キュゥべえと契約した時、私は『もう朝なんて来なければいいのに』と願ってしまった。そのせいで夜の間しか起きられない体になった。朝から夕方までは眠り続けてしまうの」
「それであんなにキュゥべえを嫌悪していたのか。しかしどうしてそんな願い事を? 下手すれば地球の自転が止まるか、太陽が消えるかして、地球は滅亡していたぞ」
「……
「そうか。自分の心の中に思っていることも含めて、綺麗に願いが叶えられるとタカを括っていたのか。随分と乙女だったんだな? そんな軽い気持ちの代償がこれでは、なかなか遣りきれない思いだろう。せめて契約したらどうなるのかキュゥべえに相談するべきだったな」
「…………」
入名クシュは自業自得を理解しているが納得できず、憂いでいる。
そこで悪魔はキュゥべえに声を掛けた。
「さて、キュゥべえ。クシュと契約したインキュベーターは、今どこにいるんだ?」
「分からない。ただもうその僕は居ないと思うよ。ある日を境に神浜市の僕らは機能を停止した。既にカラスについばまれて片付けられているか、今もまだ神浜市のどこかで倒れているか……いずれにせよ、その個体を見つけるのは絶望的だと思った方がいい」
「だそうだ。しかし別個体とは言え、括りとしては同じインキュベーターだ。クシュ、言いたい事があるならコイツに言っていいぞ」
「言われた所で僕にはどうしようもないけどね」
入名クシュはチラリと匣を見る。
「……どうすれば元の体に戻れるの?」
「それはどういう意味だい?」
「っ……分かるでしょ? 元の状態に戻りたい。普通に朝、起きれるようになりたい……」
「ふむ。けれどね、それは僕の管轄外だ。自分の責任は自分で何とかしてくれ。そういう契約だっただろう?」
入名クシュの殺気が光る。そこで悪魔が間に入った。
「インキュベーターはこういう奴らだ。まともな交渉や取引はできない。相談なんて以ての外だ」
「じゃあどうすれば……」
「要するに、魔法少女を辞めたいとまでは言わないが、朝に起きれるようになりたいんだろ? なら幾つか策はある」
「────! それ、本当なの……?」
インキュベーターは魔女化を狙っているため、魔法少女に希望を与えるような情報は流さない。ただし絶望に叩き落とすため、実現不可能な希望を語ることで、後々その魔法少女が不可能だと知って絶望を深めようと画策することはある。そしてなぜ不可能なことを語ったのかと問われれば「魔法少女は奇跡を可能とするんだろう? それなら可能かもしれないと思ったんだよ」と理不尽な言い残す。
そんな悪徳業者に騙される前に、悪魔は知恵を授けることにした。
「その特異体質に対抗できる魔法を開発するしかない。例えば覚醒系の魔法とか。常時自分に魔法を掛けることになるからグリーフシードの消費は激しいが、君ほどの実力者ならグリーフシード集めの問題はクリアできるだろう。そして問題の魔法開発についてだが、君の固有魔法を教えてほしい」
「固有魔法……私の使える魔法は《吸収》くらい」
そこで悪魔はピンとくる。
「吸収系の魔法か……願い事が『朝が来なければいいのに』だから、それが曲解されて“太陽のエネルギーを奪う”ひいては“太陽から得られるエネルギーを奪う”あるいは“朝の否定”ゆえに“日中睡魔”などといった概念が生まれ、それが因果と絡み合いエネルギーを吸い取る魔法になったのかもしれない。それなら自分にエネルギーを注ぎ込む魔法も派生する形で開発できるはずだ。難度はそう高くない。エネルギーを吸収したなら、次はエネルギーを消費するのが道理だろう? 食事と生命活動然り、充電と電気使用然り」
「……そうか────具体的にどうやるの?」
「勉強と修行だな。典型的な流れを言えば、魔術学を嗜み、高度な魔力コントロールを修得し、固有魔法を別の形に発展させる
「……分かった。でも、それが出来なかったら?」
「師事できる人を見つけるか、覚醒魔法を使える魔法少女に協力してもらうか。考えようによっては解決策は幾らでもある。ただそのためには人との巡りあわせが必要だけどな」
「そう……」
入名クシュは考える。魔法開発が最も見込みがある可能性だ。しかし師事できる人は居ない。きっと覚醒魔法を使える魔法少女からの協力というのも難しい。北養区という片田舎に住む以上、人との出会いは少ない。こんな体では遠出も難しい。
「それと、あともう一つだけあった」
「……?」
「クシュ。“魔法少女をやめられるうわさ”って知ってるか? なんでも願い事を無かったことにして元の人間に戻れるらしい。しかも魔法少女ではなくなったから、もう一度キュゥべえと契約して願いを叶えてもらい、また魔法少女になることもできる」
「────……なんか、都合のいいうわさだね」
「ハハッ。そうだな。でもそれを言うなら、魔法だって随分と都合のいい技術じゃないか。やろうと思えばなんだって出来ちゃうんだから。とんでもない奇跡だぜ」
「…………」
入名クシュは岩場から飛び降りる。
「ありがとう。私、ずっとどうすればいいか分からなかった。相談できる人も居なかったし、学業と粛清で精一杯だったから」
「そうか。何か困ったことがあれば声を掛けてくれ。魔法開発の手伝いもできるかもしれない。連絡先でも交換しておくか?」
「……そうだね」
悪魔と入名クシュはスマホを取り出して連絡先を交換する。
「ところでクシュ。これから子ライオンを探すのか?」
「うん。人里に降りたら危ないし……保護しておきたい」
しかし、その子ライオンは既に魔物化している恐れがある。魔女や魔物は生前の行いや強い執着心に引っ張られて動くが、とりわけ魔女は元が人間のため生前の感情に引っ張られて行動方針が決まる。対する魔物は、元が草食動物であれば逃げ足が速く、肉食動物であれば狩猟に特化した能力が標準搭載されている。つまり子ライオンが魔物となっていた場合、いくら入名クシュが魔法少女として強くても、かなりの苦戦を強いられるかもしれない。
「クシュ。元が肉食動物の魔法生物は狩猟や戦闘に特化している。魔法生物になったことで人並みの知能を手に入れて罠を張っている可能性も高い。だから探索にも入念な準備が必要なんだが……それでも行くつもりなんだよな? それなら約束してくれ。危険だから決して一人では戦うな。もし見つけたらオレに報告しろ。すぐに駆けつける」
「……了解。じゃ、またね」
「────あ、ちょっと待った」
悪魔に呼び止められた入名クシュは振り返る。
「小さなキュゥべえって知ってるか?」
「? 知らない」
「そうか。ならいいんだ。またな」
入名クシュは飛び上がって一息に崖を登り、北養の北方に広がる山奥に去っていく。
それを見送った悪魔は仲間たちの所に戻り、遅めの夕食を終えた全員は各々のテントに入った。
†