アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
未明頃。夜明け直前の川辺にて、悪魔は雲ハリネズミの匣兵器を開匣する。
「キュー!」
「魔法生物……キュゥべえと契約したハリネズミか。闇属性のようだが……いったい何を願ったんだ?」
「キュ?」
「知能は低いか」
飛び出してきたのは雲の炎を糧として紫色の魔力を発するキュートなハリネズミ。
キョロキョロと辺りを見回しており、おそらく恭弥を探しているのだと直感する。
「すまない。たぶん恭弥から譲り受けたんだ」
「キュ!?」
「あいつが小動物を人に譲るとは思えないが……いや、捨てられたわけじゃないだろう。本当だ。それだけオレが信頼されている……と受け取るべきなのだろうか……?」
「キュー?」
「……ふっ。よろしくな。……ん?」
雲ハリネズミが飛び出して空っぽになった匣の中に手紙が隠れている。
それに気付いた悪魔は手紙を広げて読んでみた。
『沢田綱吉。ボクの雲ハリネズミは凶暴だよ。もし言うことを聞かないようなら悪魔の口付けで従えてごらん』
『悪魔の口付けの例としては“エネルギーが切れたら匣に戻る”という制約がいいと思うよ。そうすれば事故の無い戦力になるはずだ』
『ハリネズミのお世話の仕方。餌は雲の炎または紫の魔力。ちゃんとお世話すること。それができないなら咬み殺すよ』
『ちなみに彼女は三姉妹の末っ子だ。ボクは上の子の二匹を手懐けた。魔法生物は現代で珍しいみたいだけど、共存できるならこれほど愛らしい存在はいないね』
『名前は自由に付けなよ』
「……名前か。何にしようかな……」
「キュ?」
「とりあえず戻ろうか」
悪魔はテントに戻る。その横を雲ハリネズミがトコトコと歩いて付いて行く。
「キュ? キュー!」
「ん? どうした?」
ふと雲ハリネズミは何かを伝えたそうに鳴き声を上げる。
それで悪魔は直感した。何らかの
やがてテントの中から、まだ髪を結んでいない暁美ほむらと百江なぎさが出てくる。
「まだ眠いのです……無差別に魔力パターンを発しているのは誰なのです……?」
「お、おはようございます……! あの、誰かは分からないのですが、突然念話が……!」
「まさか入名クシュか? なんと言っている?」
「子ライオンを見つけたとかなんとか言っているのです……」
「あ……場所が分かりました! それと、なんだか戦闘中みたいで……」
「────急いだ方が良さそうか?」
「全然余裕みたいなのです」
「ただ救援を要請したい程度には困っているみたいで……」
「どういうことだ? まぁいい。移動しよう。誰か案内してくれ」
「キュ!」
そこで雲ハリネズミが駆け出した。短い足でトコトコと走る。その速度は人間の早歩きで追い付くレベルだ。
「待て。オレの頭の上に乗ってくれ。鳴き声の方向に飛ぶ」
「キュ!」
「ほむらとなぎさは準備が出来次第、応援を頼む」
「了解なのです。五分くらい待っていろなのです。そしてあとでその可愛い動物を紹介するのです」
「わ、私、ランボちゃんを起こしてきますね……!」
雲ハリネズミは悪魔の頭上に飛び乗る。
開匣。新品のグローブを装備した悪魔は橙色の死炎噴射で空を飛び、入名クシュの下に急行する。
「キュ……キュー!?」
「高い所は怖いか? 悪いが慣れてくれ」
ひと山ふた山を越えると、雲ハリネズミが下に向かって鳴き声を上げる。
悪魔も森の中で、うっすら橙色と紫色の魔力が激突する瞬間を垣間見、急降下。
「クシュ!」
「っ! 悪魔……!」
入名クシュの姿は発見したが、肝心の子ライオンの姿が見えない。
刹那、橙色の魔力を光らせる高速物体が飛んでくる。
「魔属性の噴射か!」
悪魔は同速度の出力で緊急回避。橙色の高速物体は木々の間を掻い潜り旋回している。
そこで入名クシュが警告した。
「気をつけて、悪魔。この魔法生物、速すぎて全く姿を捉えられない……!」
「スピード勝負は望むところだ。あとはオレに任せてくれ。新兵器を試してみたい。お前も戻ってくれ」
「キュ!」
雲ハリネズミは匣に戻る。
そして悪魔は着地し、無防備な姿勢で佇立する。
「──!? 悪魔……何をしているの!」
「西部劇であるだろ? 早撃ち勝負ってやつさ」
さらに悪魔は目を瞑る。視覚では追いきれないなら、超直感のみを頼りにする。
────ヒュンヒュンと羽音のような音がする。だがそれは錯覚だ。あまりの速さに風切り音がそう聞こえるだけ。聴覚さえ切り捨てる覚悟で、悪魔は暗闇の中に意識を没頭させる。
「────────」
「……Gyaoooooooo!!」
刹那、悪魔は直感した。空中高速移動の最中、獅子の咆哮が後方より迫り来る。
瞬間、橙と紫────すなわち大空と雲のソウルリングに炎を灯して匣を開匣。
「
一瞬にして悪魔の背後に出現したホバーシールド。それは使用者の周囲に浮遊して追随する一枚の巨大な輪っかの盾。輪の中は三層構造になっており、外層は嵐の分解と雨の鎮静の相乗効果によって、非常に優れた“ダメージ削減力”を有している。中央層は雷の硬化によって“対貫通の防御力”を誇り、内層は大空の調和効果によって万物万象を石化・風化させる“万能的防御力”を有している。
そのホバーシールドに高速物体は激突。外層を破ったが中央層を破ることはできず動きが止まる。
「標的確認。捕獲する」
「キュー!」
ホバーシールドと同時に開匣していたのは雲ハリネズミ。悪魔によって注入された大量の雲の炎と自前の魔力を噴き出し、子ライオンを暗黒の膜で包み込む。それは絶対的遮断力の特性により、決して破られない檻となって悪魔と子ライオンを闇の中に閉じ込めた。
「ガオ!?」
「……さて、このまま雨の炎を放射して捕まえてもいいが……せっかくだから試してみるか」
暗黒の膜の中、悪魔と子ライオンは対峙する。
そこで悪魔が開匣した。飛び出したるは雨のキャノンレーダー。それは雨の炎の塊を上空に打ち上げる小型の砲塔。打ち上げた雨の炎の塊を爆発させて広範囲に降らせることで──発散効果を使えば更に範囲を拡大可能──雨の発散効果がレーダー替わりとなり、降りしきる雨の炎に接触した物体の造形や位置の詳細な情報が《嵐のコンタクトディスプレイに送信表示される。また、これはホバーシールドに取り付けることができ、取り付け時は《レーダー付きホバーシールド》となる。
しかし悪魔は今コンタクトを開匣装備していない。つまり上記の用途で使用するつもりがないという事だ。
キャノンレーダーが雨の炎の塊を撃ち込む。それは膜の天井に激突して爆発。鎮静効果が空間内に充満する。
そして死ぬ気の炎や魔力は、熟練すれば自らの意思で操作することができるため、悪魔は自身の炎で生み出した雨の鎮静効果で己の身動きが取れなくなることはなく、子ライオンの体の動きだけが完全停止する。
「ガ……オ……!」
「さて、雲ハリネズミは大人しかったから必要なかったが……たしかに悪魔の口付けは、こういった魔法生物を従えるのに有効な方法だ」
悪魔は子ライオンに近付いてソウルジェムを探す。
子ライオンは頭部に鉄製の兜のようなものを身に付けており、その兜の中央にひし形の宝石が嵌められていた。
ソウルジェムの濁り具合は八割。どうやらギリギリの所で救出できたらしい。
「……ガ……オ……」
「──……やはり何度見ても悪質だな。魔法生物は願い事によって人並みの知能を手にしなかった場合、
そこでキュゥべえが匣の中から声を出す。
「そうさ。だから魔法生物はエネルギーの回収時間効率が優れている。その代わり魔女や魔物を狩ることを覚えないから
悪趣味が過ぎる。そう吐き捨てた悪魔は子ライオンのソウルジェムに唇を当てた。
それは悪魔の口付け。効果は封印。一定以上の魔力を使用したり、ソウルジェムの穢れが危うくなったら、強制的に匣の中に収納して穢れの蓄積を留める封印術式。
「ガ……ガオ……!!?」
「────悪いな。せっかく自由になれたのに」
悪魔は直感した。この子ライオンは自由を希望している。その感情は切実で、とても大きな願いだった。
おそらく生まれた頃から外の世界に憧れていたのだろう。ほかの仲間はそうでなくても、この個体だけが強い感情を持って、憧れと希望を抱いていた。そこをキュゥべえに付け込まれたのだ。そして「外に出たい」という願いを叶えて動物園を脱走し、北養区の山中に逃げ込んだ。
しかし日々、穢れの蓄積によって魂と肉体に痛みが走る。解決策も分からないまま近い死を予見して、夜が来るたび怖かっただろう。まるで化け物のように変化した自分が悪夢に出てくる。何度も何度も。それが未来の自分の
それは本能の気付きだ。知能が足りなくても、野性の本能がキュゥべえとの契約は
そんなはずじゃなかったのに。
こんなはずじゃなかったのに。
ただ、外に出てみたかっただけなのに────
「オレが面倒を見る。もう絶望しなくていい。安らかに眠れとは言わない。オレも旅をしているからな。一緒に行こう」
悪魔はグリーフシードを取り出して、子ライオンのソウルジェムを浄化する。
「────ガ、オ……」
やっと肉体の痛みが消える。ようやく魂の激痛が解かれる。
そうして子ライオンは、どこか安堵したように、そして疲れきったように、ゆっくりと両のまぶたを閉じた。
魔法生物になってから初めてと言っていい安らかな眠りに就いた子ライオンは、空っぽの匣に吸い込まれて封印される。次からは大空の炎の注入により、雲ハリネズミと同様、彼の開匣ができるだろう。
「もういいぞ。いい遮断力だ。よくやった」
「キュ~!」
雲ハリネズミは絶対的遮断力を有する膜を解除する。風船がバチンと割れた音と共に雲の炎と紫の魔力が拡散し、膜の中から外に出た悪魔は新鮮な森の空気を吸い込んだ。
「悪魔……あの子ライオンは?」
「この匣の中だ」
「あんなに速いのを捕まえたんだね。手伝ってくれてありがとう。……でもその子、これからどうするの?」
「オレが面倒を見る。魔法生物は放置できないからな」
「そう……グリーフシードは大丈夫なの?」
「問題ない」
悪魔はレーダー付きホバーシールドを匣に戻す。
そこへ暁美ほむらとランボ、百江なぎさが駆けつけてきた。
「到着なのです! そしてなんだか終わった雰囲気なのです! これは走り損なのです!!」
「はぁ、はぁ……悪魔さん、クシュさん、大丈夫でしたか?」
「ねぇねぇ。朝ごはんまだー?」
入名クシュは三人を見て感謝する。
「私の念話を受け取ってくれたのはあなたたち? ありがとう。助かった」
「いえ、何事もなくて良かったです……」
「なぎさは欲を言えばもう少し寝ていたかったのです」
「ねぇねぇ! ランボさんはねー! 朝ごはんはまだかって聞いてんのー!」
「キュー!」
ふと雲ハリネズミが鳴く。
甘えているようで、悪魔が頭を撫でると、百江なぎさとランボが興味を示した。
「あ、そうなのです! クマ吉、そいつをなぎさにモフらせるのです!」
「アルマジロだー! ランボさんもさわりたーい! でもトゲが痛そうだからこわーい……」
雲ハリネズミと触り合う百江なぎさとランボ。
そこで暁美ほむらが聞いた。
「あの、悪魔さん……この動物は? クシュさんが戦っていたのも、この動物なんですか?」
「いや、違う。……そうだな。その話は朝食の中でしよう。クシュ、お前も来るか?」
「……そっちがよければ。まだ夜明け前だから、ギリギリ大丈夫かも」
かくして悪魔たちは魔法生物の捕獲に成功し、キャンプ地に戻った。
†